3つ目の空間
一面雪景色、足元には凍った泉。
そんな寒く険しい空間
・・・だったと思うのだが。
目の前にはさまざまな小道具が置かれた煌びやかな舞台。
芝生のような遜色の絨毯の上には長机と椅子が置かれ、長机の上に綺麗なテーブルクロスがかけられ、その上にティーカップなどの小道具が置かれており、長机に付属して置かれた数個の椅子はどれも細かい遜色がされている。
小道具や家具からして、まるで森の中のお茶会。
そんなセットが用意された舞台の上に私は立っていた。
元の雪景色の光景が全くない、それだけ成り代わり先に心象風景が塗りつぶされてしまったのだろうか?
思わず呆然としてしまうが、これから何をすべきなのかがなんとなく予想できてはいた。
ボサッ
そんな音が足元から聞こえる。
そこには薄い本が落ちている。
表紙には『【改訂版】不思議の国のアリス お茶会シーン台本』と書かれている。
台本を開いてみる。すると一ページ目にデカデカと赤文字が書かれてあった。
『台本通りの劇を行い、終了後この劇の監督の名をあげよ』
やはり・・・劇か
薄々感じていた嫌な予感が正解している事に表情が歪むのを自覚する。
ソレならばこの空間の主人はおそらく・・・レイアか?
頭の中で宝中に笑う友人の姿を幻視しながらも私はページをめくった。
そこにはわずか数行にしか満たない劇の台本が書かれてあった。
これならばすぐに寸劇をすることが可能だろう。
だが、内容があまりにふざけていた。
はぁ、と今日一番のため息が出る。
正直やりたくない。やりたくないが、ここで時間をロスするは間違っている。
ならばやるしかないのだろう。
台本を数分間一通り見返し覚えてパタンと閉じる。
セリフ、仕草全て頭に入れた。自分のものだけではなく他の役者のもだ。
イレギュラーが無ければ一発で行けるだろう。
そんな確信と共に私は台本に書かれた指定の席に私は座った。
その瞬間だった。
「なっ!?」
衣服の違和感に気がつき視線を下ろし私は声を上げてしまう。
配色バラバラ、ツギハギだらけの奇抜なスーツ、顔の大きさよりも大きいシルクハット。
そんな珍妙な格好に自らの姿が変わっていた。
そんな馬鹿げた服装に物申すよりも早く天から声が響き始める。
ナレーター 『そこは怪しい怪しい森の中、その中でおかしなおかしなお茶会をしている者たちがおりました。それは狂った帽子屋と話を聞かないチェシャ猫と3つの鳴き声しか喋らない三月ウサギ、彼らは席に座って今か今かと狂った帽子やがお茶会を開始する合図をまっております。』
男か女かもわからぬ声。
だがその内容を私は台本で見ていた。
おそらくこれが始まりを告げるナレーターの台詞なのだろう。
ならば私は役になりきらないといけない。
不服だが。
私は顔に笑顔を貼り付け、椅子に深々と座る。
周りに視線を向ける。
そこには先ほどまでなかったものが2つ増えていた。
1つ。椅子の上に置かれた奇妙な表情をした猫のぬいぐるみ。
おそらくあれがチェシャ猫だろう。
2つ。別の椅子の上に置かれたウサギのぬいぐるみ。その表情の部分はくり抜かれ中で白い人魂が浮いている。
なるほど、三日月ウサギはメルルの担当なのか...
他に増えた役者はいないようだな。
いや待て
慌ててメルルに視線を再度向けると、人魂は混乱しているように右往左往と揺らめいている。
そんな足元には私が持っていた台本と同じ物が投げ出されている。
あの様子だと台本を読んでいないどころか、何故こんなところにいるのかすら理解していないのだろう。
マズイ。
何故ならば次のセリフは
ナレーター 『ついに待ちきれなくなったのか三月うさぎが泣き声をあげます!』
そんなセリフと共にスポットライトが三月ウサギ・・・
ーーーーーつまり次のセリフを喋る役者、メルルに集中する。
「え?・・・えぇえええ・・・!」
メルルが困惑した声を上げる。
台本と違うセリフ。
ソレがダメだったのだろう
バシャ!!
「ひゃう!!」
突然天から降ってきた水を被ったメルルが悲鳴を上げる。
その瞬間スポットライトが全て消え、私の服装が元に戻り、メルルがかぶっていたウサギの着ぐるみが消える。
劇を失敗してしまったが故に最初に戻ってしまったのだろう。
失敗すると次はない、なんてことがなかった事に安心しつつ、私はメルルに駆け寄った。
「大丈夫か?メルル」
「はい・・・びしょ濡れですが痛いとかは」
「火の玉も濡れるのか・・・」
「私も初めて知りました・・・」
メルルが無事な事に安堵しつつ私は足元の台本を手に取る。
全く濡れていない。読むには問題はなさそうだ。
「ヒロさん。ここは一体・・・?」
「どうやら次のお題は劇の役者になる事らしい・・・それよりもメルル。結果的に呼び出してしまう事になったが、アリサとは・・・」
「それは大丈夫です・・・短いながらもちゃんと話せました」
メルルのどこか明るい声が耳に入る。
わずか10分足らずで呼び出す事になってしまいしっかり話せたか不安だったが、この様子からして、彼女自身が納得しているのなら私に言う言葉はない。
「それならよかった」
「はい・・・!それにしてもヒロさん、今拾ったものはいったい?」
メルルが、私が拾った台本の周りをふわふわと浮かぶ。
「これは今から私たちが行う劇の台本だ」
「劇・・・ですか。私・・・そんな事やったことなくて・・・」
「あの牢屋敷で役者なのは君とレイアの2トップだと思うのだが」
「そんなことは・・・」
「現に私たちは最後までか君が死ぬまで、君が黒幕だと気が付かなかった」
「うぅぅぅ・・・・」
牢屋敷の記憶を思い出しながら彼女にそのことを告げるとメルルは明滅しながら高度を落とし始めた。
人の体があったら崩れ落ちていたのかもしれない。
言いすぎたか?いや、そうでもないか
そんな自問自答をするが気を取り直して、私はメルルの前に台本を差し出す。
「悔やんだり、悩むのは後にしよう。まずはこの台本を覚えてくれ。時間がない」
「はぃ・・・」
ユキが早くと言っていたのもあるのだろう、メルルは声が元気がないものの、ふわふわと再浮上する。
だが、台本の周りを漂うばかりで台本を受け取ろうともしない。
「メルル・・・それで台本は読めるのか?」
私が疑問を口にすると、人魂はぶるぶると震えた。
「いえ・・・全く読めません・・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・読んでもらわないと困るのだが?」
「手がなくて・・・台本を受け取ることも、読むことも・・・・」
「・・・私がページを捲ろう」
「ありがとうございますありがとうございます・・・・!」
「セリフは三つしかない。ゆっくりでいい。セリフとタイミングをしっかり覚えてくれ」
「本当にありがとうございます・・・ごめんなさいぃ・・・」
そうして私たちは数分間セリフを覚えセリフ合わせを行った。
数分後
「やろうか」
「はい・・・!ヒロさん・・・!」
メルルの返事を聞き私は席に座った。
次の瞬間、服装が変わり劇が始まる。
ナレーター 『そこは怪しい怪しい森の中、その中でおかしなおかしなお茶会をしている者たちがおりました。それは狂った帽子屋と話を聞かないチェシャ猫と3つの鳴き声しか喋らない三月ウサギ、彼らは席に座って今か今かと狂った帽子やがお茶会を開始する合図をまっております』
先ほどと同じセリフ。問題はここからだ。
ナレーター 『ついに待ちきれなくなったのか三月うさぎが泣き声をあげます!』
そのセリフと共にまたもやメルルがライトアップられる。だが今回のメルルは一切動じず・・・いや少し気恥ずかしそうにセルフを紡いだ。
三月ウサギ 『めるめるめ〜』
メルルのセリフが終わると今度は私にスポットが当たる。
正直今から言うセリフは気恥ずかしい、それに仕草も好みではない。
だがやるしかないのだろう。
私は椅子から立ち上がり、大げさなほど手を広げ、あたりに宣言をするかの様に口を開く。
帽子屋 『おお!ついに終末の時はきた!我ら選ばれし者は産声を上げる!』
チェシャ猫 『にゃ〜ん』
三月ウサギ 『め〜』
チェシャ猫の機械音声とメルルの鳴き声が挟まる。
なぜ私だけセリフがここまで多く、仕草も指定されているのだろうか、他の2役と比較してもおかしいのではないか?正しくない。
そんな疑問が頭を巡るが、私は台本に書かれた気障ったらしいジェスチャーをしながら役に成り切る
さっさとこんな劇を終わらせるとしよう。
帽子屋 『私たちは光の女神に選ばれた!そうすべてはDiamond daustによって導かれた』
バシャ!
水をかぶる。スポットライトが消える。服装が元に戻る・
残ったのはびしょびしょの私だけ。
なぜだ?私のセリフは正しかったはずだ。間違ってない。
そんな怒りにも似た感情で頭に血が昇りそうになるが、頭から物理的に冷や水が被せられた事により、頭が冷えていく。
キンキンに冷えた水だ。まるで凍った泉から汲んだかの様な水。
こんなところで元の3つ目の空間の要素を取り入れないでほしい。
私はイライラとしながら無言で台本を見返す。
・・・ああ、間違っていないはずだ。セリフも指定された仕草もポーズも。
一体何がダメだった・・・・?
「あの・・・・読み方・・・ではないですか・・・?」
私が頭を悩ませていると、メルルがおずおずと言ってきた。
「読み方?しっかりと台本に書いている様に呼んだはずだが・・・英語の発音が悪かったのか?」
「いえ・・・そうではなく・・・変な読み方をしている・・・とかはないでしょうか?」
メルルが伺う様に言ってくる。
・・・嫌な予感がする。
これは台本なのだ、小説と違いそんな変な読み方をさせるならふりがなぐらい親切心でつけるはずだ。
だが頭に浮かぶのは一人の少女。
私はこの劇の中心がレイアだと思っていたのだが、もし私の予測通りならば・・・
私は天に向かって叫んだ。
「この台本にふりがなを振ってくれ」
するとじわりじわりとインクが滲み出る様に台本に文字が追加されていく。
私とメルルは書き込まれていくその文字をじっと見つめる。
・・・・・・・ふざけるなよ
パァアアン!!
思わず私は台本を地面に叩きつけ甲高い音が鳴り響く。
「ひ、ヒロさん・・・落ち着いてください・・・!」
メルルが落ち着かせようとしてくるが止まれない、止められるか!
「ふざけるな!『光の女神』とかいて『てんし』?『Diamond daust』と書いて『天使の囁き』だと?そう詠ませたいならば最初からその様に書け!正しくない読み方を私にさせるな!」
「落ち着いて・・・おちついてくさいぃ・・・・」
いーや落ち着けるものか!そもそも最初から言いたいことがあった!今まで黙っていたが我慢できない!
私は急ぐがあまりうちに溜め込んでいたモヤモヤを吐き出すべく口を大きく開いた。
数分後
帽子屋 『私たちは過去(よる)を潜り抜け、困難(よる)に立ち向かい、そして暗夜(よる)を歩いてきた!』
チェシャ猫 『にゃん』
三月ウサギ 『めるめるめ〜』
帽子屋 『さぁ行こう!希望(うた)に導かれるまま、希望(あす)に向けて流れ星(星の涙)の様に、希望(あさ)に向かって歩もうではないか!』
私のふざけた正しくない最後のセリフが劇場に響く。
次の瞬間過剰なほど拍手があたりに響き渡る。
その白秋は数秒間聞こえた後唐突に消えた。
静まり返る周囲。動と静の急激な変化に困惑するが、これは劇を達成できた・・・と言うことなのだろうか?
すると目の前にひらりと一枚の紙が落ちてくる。
その紙を手に取り見ると、そこには一文
『この劇の監督は』
「アンアンだな?」
「え?」
メルルの呆けた声が聞こえる。
だが次の瞬間、私の答えの正誤を表す音が響き渡った。
ぴんぽーん
そんな気の抜けた音が辺りに響く。
その音と共に私の服が元の赤と黒の服に戻った。
ふぅ・・・
思わず一息をつき、椅子の背もたれにもたれかかる。
どっと疲れた
そんな私にメルルから声をかけてきた。
「劇なのでレイアさんかと思ったのですが・・・」
メルルの言葉に私は首を振る
「これがレイアの劇ならばこの場にレイアがいないのがおかしい。彼女なら自らスポットライトに当たりに行くはずだ」
「な、なるほど」
「そしてこんな台本・・・アンアンしかいないだろう」
「・・・確かにそうですね・・・っ!きゃあ!」
私の言葉に返答したメルルが悲鳴をあげる。
メルルに視線を向けるとそこには人影がまたしても現れていた。
「ーーーっ!!」
「あ、あ、あぁあぁああああっ!!」
人魂を掴み、文句がある様にブンブン手を振る小柄な人影。
振り回され悲鳴を上げるメルル。
持っていて熱くないのか・・・
そんな疑問を抱きながらはぁと、深くため息をつく。
「ーーっ!!」
「や、やめてくださぃい!!」
人影の腕が縦横無尽に振り回され人魂がサイリウムの様に振り回される。
人魂による白い光が宙を踊り、流れ星の様に見えて綺麗だ。
だがゆったりとそんな光景を見ている暇はない。
「アンアン。色々と言いたいことがある」
「ーーっ!」
「まず、特殊な読み方をさせたいのなら、ふりがなを書くといい」
「ーーーっ!」
「これは小説ではない。台本だ。脚本とも言う。演者が読めなければどうしようもないだろう?」
「・・・っ」
「まず君は脚本の書き方を学ぶべきだ。他にもあるが・・・今聞きたいか?」
「っ!!」
「おっと」
徐に人影から鍵が投げつけられる。
しかしその鍵はあらぬ方向へと放物線をかけて飛んでいく。
そして私から1メートルほど離れた手前で落下した。
まったく。
私はそんなアンアンの正しくない行動に腹を立てながら鍵を拾う
「感情のままにものにあたるのは正しくない。」
「ヒロさん・・・アンアンさんは消えて・・・」
「む?」
顔を上げるとそこにはアンアンの姿はなかった。
逃げたか・・・
彼女らしい最後の一幕に思わずため息をつきながら私は鍵をひねった。
カチリ
鍵が開く音共に扉が現れた。
「前と同じなら次で最後だが・・・」
「行きましょうヒロさん。エマさん達が待ってます.・・・!」
メルルがフヨフヨと浮かびながら扉の先へ先行していく。
次は一体誰がくるのか
そんな疑問と共に私は新たな扉を超えた。