「ここ…は…」
思わず足を止めてしまう。
扉の先には辺りが一望できる光景が広がっていた。
コンクリートが剥き出しとなった床と誰かが落ちない様に置かれた金網のフェンス。
だがそんなフェンスの乗り越え方を私たちは知っていて、よく3人で超えて屋上の縁で語り合ったのを覚えている。
下では夕暮れに彩られたグラウンドが広がり、街が今日の終わりを告げる様に人々が家へ帰宅していっているのが見える。
忘れられない光景。大切な思い出だ。
「ヒロさん・・・!服が」
「・・・なっ!」
メルルから指をさされ自らの服を見ると服は懐かしいものへと変わっていた。
もう着ることはないと思っていた服装。中学時代の制服に私は身を包んでいた。
だが驚くところはそれだけではない。
「メルル。その姿は」
「え?・・・ああ!」
メルルは自らの両手を見て驚く。
メルルの姿が人魂から元の人間の体に戻っていた、だがきているのはいつもの服ではない。私と同じ制服に身を包んでいた。
「ヒロさん。この服って」
メルルは物珍しそうに自らが着ている服をつまむ。
その疑問に応える様に私は口を開き
「そうですよメルル。私たちが着ていた制服です」
私よりも先にその答えが耳に入る。
また、聞こえるとは思わなかった声。失ってしまった声。
「ユ・・・」
「大魔女様ぁ!!」
私が声を上げるよりも早く、歓声が上がる。
そのまま普段の彼女の姿とは全く違う素早い動きでメルルはその声の人物に抱きついた。
「頑張りましたねメルル」
「はい・・・はい!私頑張りました・・・!」
じゃれつく大型犬をあやす様に彼女はメルルの頭を撫で褒める。
その動きにメルルは嬉しそうに頬を彼女の体に擦り寄せる。
そんな二人に呆然とするものの、私はコホンと一息ついて、彼女に声をかけた。
「・・・久しぶりだなユキ」
「ええ、久しぶりですねヒロ」
儚く微笑む彼女の姿は思い出の姿と全く変わっていなかった。
同級生で、諸悪の根源で、親友の月代ユキが中学時代の制服姿でそこにいた。
死んでいなかったのか。
その言葉を口にしたかったが、それが違うことを私はすでに知っている。
「君も今のメルルと同じ・・・」
「そうですね。私も残滓です」
私の問いにユキは頷く。
「私は大魔女月代ユキの魔法の残滓、この夢の魔法の進行役です。なので決して月代ユキではない…と言いたいところですが、私は月代ユキの記憶も情緒も一緒の存在、今だけは私をユキと呼んでもいいですよ?」
「それなら私は君をいつも通りユキと呼ぼう」
「ええ、そっちの方が私もしっくりきますよヒロ」
そう答えたユキはクスクスと楽しそうに笑った。
あの時と全く変わらない仕草、思わず望郷に意識が引っ張られる。
だが、今はそんな時間すら惜しい。
「それでユキ、鍵の入手方法は?」
「あら、もう少しゆっくりお話しませんか?」
「急げと急かしたのは君だろう?」
「ふふ、それはそうですが、久しぶりにこの格好を楽しみませんか?」
そうユキはいうと、抱きつかれていたメルルから離れステップを踏むように私の前に移動する。そしてくるりとスカートを翻すように回った。
スカート、そして彼女の長髪がたなびく。
まるでドラマのワンシーンのような光景に目を奪われる。
現にメルルは頬を赤らめて惚けてしまっている。
確かに綺麗だ、だが今は時間がないのだ。
「思い出話に話を咲かせるのは後だ、時間がないと言ったのは君だろう?」
「ソレはそうですが、どうも牢屋敷の後、色々と大変な事に巻き込まれているらしいではないですかありヒロ・いえ、自分から巻き込まれていっていると言った方がよろしかったですか?」
ユキが楽しそうに私に尋ねてくる。
思わず顔を顰めてしまう。
「・・・今はそんなことどうでもいい。ソレよりもエマだ。もしのんびりして間に合わなくなってでもしたら」
「いえ、間に合いました。早すぎるぐらいです」
「なに?」
ユキの言葉に私は眉を顰める。
するとユキはまたしてもクスクスと笑い、手招きしながらフェンスに向かって歩き始める。
そんな彼女に連れられて私とメルルは屋上の端に降り立ち見下ろた。
「・・・なんだこれは?」
思わず呟いてしまう。
景色が変わっていた。
先ほどまであったグラウンドは消え、波紋ひとつない静かな湖が現れていた。
そしてそんな湖はテレビ画面の様に映像を映し出している。
あれは・・・みんなと・・・私?
「大魔女様・・・これは?」
メルルの疑問にユキは微笑む。
「これは『名無しの魔女』とエマ達の最後の戦いが始まったところですよ」
「戦い?それになぜ私があそこにいる?」
私が質問をするとユキは金網のフェンスに足をかけた。
「だ、大魔女様!?危ないです・・・!」
「大丈夫ですよメルル慣れていますから。ですよねヒロ」
ユキはそういい私にウインクを投げかけ、私は小さく頷いた。
「確かに慣れているが・・・それよりもユキ。今は私の質問に・・・」
「こっちで話しましょう?二人とも」
フェンスの向こうに降り立ったユキが屋上の縁に腰をかけ手招きをしてくる。
・・・はぁ
こうなったユキはテコでも動かず、質問にも答えてくれないだろう。
「行こうメルル」
「え?・・・は、はい・・・!」
私はメルルの手を取りフェンスを乗り越える。
途中右往左往するメルルを手助けすると、過去にエマの手助けをしたことを思い出し、さらに過去に思いを寄せてしまう。
そして私たちは、一人違うものの、あの時の青春と同じ様に3人で懐かしい場所に、数年前と同じ様に屋上の縁に腰掛けた。
「それで・・・答えてくれるのか?」
私がユキにそう尋ねるとユキはコクリと頷いた。
「はい。本当はこのエマ達の最後の裁判が終わるまでにきてほしかったのです」
「おわるまで・・・?こうして今始まったところを見るとかなり時間があった様にも思えるのだが」
「はい、ありましたね」
「もしや、私たちはそこまで焦る必要はなかったのではないか?」
「その通りです」
ユキが私たちを騙した事に楽しそうにクスクスと笑う。
思わず表情を顰めるが、側から見たら呆れた様な表情になっていたのかもしれない。
ユキのその行動に不思議と悪感情はなかった。
なぜかこの行為が何のためにあるのか、この光景で察することができていた。
「なぜそんな嘘を?」
そんな私の疑問にユキは笑顔で答えてくれた。
「だって、できるだけ長くあなた達と話したかったですから」
早く合流して、夢が終わるまでの間、共に時間を過ごしたい。
だから私と早く連れてくる様にメルルに言ったのだろう。
・・・・まったく
「しょうがないな・・・ユキは」
そう語る私の表情がどんな表情だったのかはわからない。
ただ、私の視界に映る二人は笑顔であった。