部屋に案内されると、部屋いっぱいに記者らしき人が集まっていた。
カメラやマイクが乱立し、会見が開始されるのを今か今かと待っているようだった。
「ルドルフ、何でこんなに記者が多いんだよ」
私はまだ素を出さずに、ルドルフさんに問いかける。ルドルフさんは一応軽い変装をしている。流石にバレたらまずいからね。
「ああ、今日の人気上位3人は、春のファン感謝祭の時点で注目と人気を集めていたんだ。この世代を引っ張っていくウマ娘としてな。あとはファントムレイダーがどんなのか気になった、興味本位の記者が少しと言ったところか」
「俺が気になるとか、物好きもいるもんだな」
「まあ、デビューしてないのにあのカサマツからスカウトされたウマ娘だからな。興味を全く持つなというのは不可能だろう」
「ほーん。で、何で生徒会長が居るん」
ニコニコしながらずっとこっちを見てきている生徒会長、キタサンブラックに向けて話しかける。
私が問いかけても最初は反応しなかったが、しばらく見ていると「え、私?」と言った感じの表情をして、こっちにやってきた。
「初めましてファントムレイダーちゃん。とりあえずお疲れ様」
「御託はいい。質問に答えろ」
「おおう。ズバッとくるね。まあ簡単に答えると、メイクデビュー戦ってアクシデントが多いから、生徒会メンバーか理事長、たづなさんの誰かが見ることになってるの」
なるほど。現に今こうして会見になるくらいの審議が起こったから、理に適っている。
そう考えていると、キタサンブラックさんがずっとソワソワしていることに気がついた。
「ね、ねえ。見間違えじゃなければ後ろにいるのって…」
「ああ。URA会長、シンボリルドルフだ。今日来れねえトレーナーの代わりだから、気にせずに進めてくれ」
「気にしないは無理かなぁ…。あ、そろそろ始めるから席に座ってね」
そう言われて、大人しく席に座る。
写真撮影は許可されてないのか、フラッシュは焚かれなかった。
『皆様、ご足労ありがとうございます。それでは、本日のメイクデビュー戦の審議の結果をお伝えしたいと思います』
さっきまでのふわふわした雰囲気ではなく、きっちりとした雰囲気でキタサンブラックさんは話し始めた。
記者はメモにペンを走らせていく。
『まず、初めにお伝えします。この結果は、私を含めた採決委員全員が決定したことであり、覆ることはありません』
それを聞いた記者の方からざわめきが起こる。
まあこんな前置きをされることなんて殆どないだろうから、仕方ないのかもしれない。
『では、結果をお伝えします。厳正なる審議の結果、ニューオーダーを競走失格処分といたします』
それを聞き、記者席からさっきよりも大きなざわめきが起こる。中には、「そこまで厳しい処分じゃなくても」という記者もいた。
キタサンブラックさんはそれを制し、プロジェクターに映像を映しながら説明を始めた。
『最初の審議では、最終直線での斜行のみが対象となっていました。この時点では、ニューオーダーは10着への降着処分として審議の判定は終わりました。ですが、こちらをご覧ください』
そう言ってキタサンブラックさんは、第3コーナーでの、ちょうど私が足を踏まれた時の映像が映し出される。
『この映像で分かる通り、ニューオーダーがファントムレイダーの脚を踏んでいること。それに加え、そのあとの減速により後続のウマ娘との接触が生じています。この点が再審議の対象となりました。その結果、接触されたウマ娘が転倒し競走中止となったことで、この処分を下すこととなりました』
あの後他の子にぶつかってたのかよニューオーダーさん。流石にそれは庇いきれませんわ。
記者のざわめきもだんだん収まっていった。
『では、これにて会見を終了いたします。なお、この後のレースに関しては予定通り執り行います』
キタサンブラックさんはそう言った後、礼をして部屋から出ていった。それに続いて、
私が部屋から出ようとした時、1人の記者に呼び止められた。
「ファントムレイダーさん、結局どうなんですか?」
「どうってなんだ」
「いやいやご冗談を。あんな気持ちのよくない決着、嬉しくないでしょう?」
何が言いたいんだこの記者は。怪訝な目をしながらその記者を睨んでいると、やれやれと言った様子で記者が再び話し始めた。
「だって、妨害された挙句、そのウマ娘に負けた。なのに結果は1着なんですから」
ああなるほど。コイツはニューオーダーの評判を下げたいのか。何か理由があるのかは知らないけれど、この記者、使えるな。
どうせ後々色々好き勝手に記事書かれるんだ。なら今から名声を下げておく。
「いや?妨害してきたくせに俺に押し負けて減速。しかもそのせいで失格だ。最高にスカッとしたわ。しかもパドックでなんて言ってたか。『私に負けて目を覚ます』?失格になっちゃあ元も子もねえってのに、とんだおおホラ吹きだ」
「な、なにを…?」
「はっはっは!最高やなぁニューオーダー!なんやったか、最速の委員長やったか?お前は走るのも速いみたいやけど、失格になるのも最速やないか!こりゃあ傑作や!!」
「ファントムレイダー、そこら辺に」
「うるせえ。黙ってろトレーナー代理。お前は俺のことなんも知らんくせにトレーナーの知り合いやからって私についただけやろが」
「ちょ、ちょっと待ってください!俺に押し負けたって、つまりニューオーダーの減速の原因はあなたじゃないですか!」
少し離れたところにいた1人の記者が、声を張り上げてそう言った。それを聞いてようやく理解したのか、部屋の中には罵詈雑言が飛び交った。
なんでこんな事したんだ。コイツを失格にしろ。ふざけるな。デビュー戦で妨害して勝って嬉しいか。何でお前がトレセンにいるんだ。
一部過激な言葉も混ざっていたが、気にせずに更に記者を煽っていく。
「あー。ワタシは踏まれたタイミングでちょうど脚を振り上げただけデス。ほら、コレで満足か?」
「なっ…!少しは反省しようと思わないんですか!?」
「そもそも踏んできたのはニューオーダーじゃ。そこ考えてから物言えよヒトミミ共」
「ヒトミミ…って、いい加減にしてください!」
「生憎、もう順位は変わんねえんじゃ。お前らがどんだけピーチクパーチク騒ごうがな。わかったらとっとと退けや」
そう言って、威圧しながら扉前に陣取った記者を睨みつける。
すると記者は何かの機械を手にして、涙目で震えながら笑っていた。
「録った」
記者はそれだけ言って、その場に座り込んでしまった。私はそれを横目で見ながら、部屋を後にした。
その背中に凄まじい罵声を浴びながら。
*
『『何考えているの?』』
「いや、アノ、はい。すんません」
会見が終わった後、私はスマホに届いたスズとオグリさんからの凄まじい数の着信履歴に気づき、慌てて折り返した結果、開口一番叱られました。悲しい。
自業自得という意見は受け付けないものとする。
『思ってた数倍悪してたんだけど。せいぜい下っ端とかそんな感じかと思ってたら、思いっきりボスじゃん。悪の組織の親玉じゃん』
「まあ、そう見られるようにしたからね。ニューオーダーさんの件に関しては8割くらい偶然だし」
『2割でも意図的なだけアウトじゃ!』
スズにボロックソに言われた。まあ仕方ないんだけど。
スズとオグリさんは今阪神レース場にいる。宝塚記念が始まる直前だから、緊張もあるのか語気は強かった。まあ、初めてのGⅠ。しかも宝塚記念はファン投票上位のウマ娘に優先出場権が与えられる。
スズは優先出場権を貰えていたから、ファン投票上位に食い込んだってことになる。
つまり、それほど多くの人に期待されている。地方から来たウマ娘、しかも初GⅠでここまでの評価をされるのは、異常と言ってもいい。プレッシャーも半端ないだろう。
「まあ、私からは1つだけ」
『何。そろそろ時間だから早くね』
「スズ。カサマツの意地を見せつけてこい」
『……了解。ありがと』
スズはそれだけ言うと、電話を切った。
私はふーっと息をはくと、電話が終わるまでずっと待ってくれていたルドルフさんに向き直った。
ルドルフさんはすごい笑顔だが、ものすごい威圧感を放っている。あれだ。普段温厚な先生がブチギレた時の教室の空気みたいな感じだ。
「え〜っと…ここから入れる保険てあります?」
「生憎取り扱ってないな。それより、君は何故そこまでして悪を演じるんだ。君はいずれ汚名を着せられていたと言うが、そのような事は起こり得ない」
「まあ、色々理由はありますけど。1番の理由はあまり人に言いたくない事なんですよ。それについて私も整理ついてないですし。いづれ話します」
「そうか。これはURA会長ではなく、いち先輩としての助言だが。自分で抱え込みすぎると、いつか壊れるぞ」
「……肝に銘じておきます」
そんな会話をした後、私が控え室を出ると、そこにはニューオーダーさんがいた。
ちょっと待って何でここにいるの?まずいこんなことになるなんて微塵も考えてなかった。
慌てて口調や意識を切り替え、悪のファントムレイダーになる。そんな事をしていると、ニューオーダーさんが、途切れ途切れ話し始めた。
「貴女は、なぜ、私を庇ったのですか」
「庇ったぁ?何言ってんだお前」
「私が、意図的に、貴女の足を踏みました。決して、褒められた事では、ありません。でも、貴女は、何も言わなかった。何故なのですか」
「…うるせえな。その方が俺にとって都合が良かっただけだ。俺はお前を利用したんだよ。わかったらとっとと帰れ。目障りだ」
ニューオーダーさんは私の返答を聞くと、少しの間ポカンとしていたが、その後小さく「ありがとう」と言うと出口の方へ歩き去っていった。
何なのあの人。怖いよ急にドアの前にいて話しかけてくるとか。
しかもありがとうって。何、もしかしてもうバレた?流石にそれはないか。
まあ色々あったが、私のメイクデビューは幕を終えた。
*
メイクデビューから数日後。場所は変わり、とある出版社の会議室。そこで1人の男が、他の編集者たちに熱弁していた。
「ほら!ファントムレイダーはこんな事言ってんですよ!?もう大々的に取り上げましょうよ!」
「しかし、ヒールというものが存在する以上、演技という可能性も…」
「じゃあヒトミミ発言はどうなんですか!立派な差別用語ですよ!」
「まあ、そこは何とも言えんが」
ファントムレイダーの行動や言動は、あの会見にいた記者たちに大きな衝撃を与えた。
普通とは言い難いが、ウマ娘のレースもスポーツだ。相手に敬意を払ったり、賞賛したりするのは普通であり、暴言などは忌避されるものだ。
「しかも見てくださいよこの経歴!
「何?それは事実なのか?」
「既に中央とカサマツに電話取材して裏付けは取ってます」
更には、彼女の経歴も悪影響を及ぼした。
不祥事を起こしたカサマツ。オグリキャップを排出したからという理由で残っている地方トレセン。これが仮に普通のトレセンだった場合、最悪潰されていてもおかしくはない。
そんなトレセンからの編入生、しかもメイクデビューすらしていないのにスカウト。
いわゆる、裏口入学を疑うのも、なんらおかしい話ではない。
「…わかった。一面はお前に任せる。ただし、くれぐれもURAからの苦情は入れるなよ」
「わかってますよ。それじゃあ書いてきます」
男はそう言って、会議室を後にした。
会議室から出て男のデスクに着くまでの間、男は見出しをどうするか考えていた。
あまりにも過激な見出しではいけない、しかし注目するような見出しでないといけない。
「そうだ。『カサマツからの編入生、差別発言か!?』でいこう。事実を見出しにするだけなら何も言われないだろう」
そうして、その見出しはそのまま通り、週刊誌の一面を飾ることとなった。
この記事の内容は瞬く間にSNSで拡散され、URAにも抗議の電話が多数届いた。
結果、ファントムレイダーは『史上最悪のウマ娘』として名を馳せることになる。