これは昔むかしの話です。
ある山奥にあった村のお話です。
唯一の楽しみは年に一度のお祭りくらい。
そんな楽しみも少ない村。
けれど、村人たちはいつもみんな『幸せ』そうな顔をしていました。
そんな中で一人の村人が言いました。
「ああ、最近どうにもうまくいかない」と。
その村人は猟師でしたが、最近どうやら不調のようです。
山奥に入ってもめっきり動物に出会えない。
いざ会えたかと思えば、すぐに逃げられたりと『不幸』の連続。
猟師は腕が悪いわけではないのです。
ただほんの少し『不運』が重なってしまった。
それだけのことだったのです。
「雛神様にお会いしよう」
そして、この村にはその『不運』――『厄』をとってくれる神様。
『雛神様』と呼ばれる神様がおりました。
「雛神様、雛神様。私の不幸を払ってください」
村長の許しをもらって、猟師は姫神様の元に行きました。
「ずいぶん『厄』が溜まっていますね。私が『代わり』に引き受けてあげましょう」
雛神様はそう言うと、猟師からすっと何かを引き出します。
それが村人たちが普段見れない『厄』でした。
「雛神様、ありがとうございます。このお礼は『ひな祭り』で必ず!」
村人たちは自分たちの目に映らない『不幸』、『不運』。
それを引き受けてくれる雛神様を大切にしておりました。
村で唯一のお祭りも、雛神様のためのお祭りです。
そのおかげで村人たちは『不幸』知らず。
雛神様のおかげで幸せに日々を過ごせます。
* * * * *
そんな幸せな村でも『突然の不幸』というものが訪れます。
それは突然の事故だったり、重い病気だったりします。
人々から厄をとれる雛神様でも、ふってわいたような大きな『不運』にはどうしようもありません。
けれど、そんな中で一人の若者が言いました。
「これは雛神様のせいじゃないのか?」
その言葉に他の村人たちは大怒り。
「いつも、私たちの不幸を払ってくれる神様になんてことを。罰当たりな!」
雛神様を大好きな村人たちにそんなことを言って、怒られないはずがありません。
けれど、若者は言葉を止めません。
なんで雛神様がいるのに、大きな不幸が突然やってくるのか。
一年に一度、雛祭りで厄を払ってもらっているはずなのに、大きな病気になるのか。
自分の疑問を皆にぶつけます。
どんなにひどいことを言われても。
どんなにひどいことをやられても。
若者は人々に「雛神様のせいだ」というのでした。
はじめは「そんなバカなことを」と聞く耳を持たなかった村人たちも、
あまりのしつこさに若者の話を少しずつ聞くようになりました。
そして、少しずつ若者の言葉が正しいんじゃないかと思うようになりました。
村人たちは大きな勘違いをしていたのです。
雛神様は人々から厄をとることができますが、無くすことができるわけではないのです。
村人たちから雛神様にとられた『小さな厄』は、消えることなく、少しずつ少しずつ『大きな厄』になってしまったのです。
そして、雛神様が抱えきれないほど大きくなった時、『厄』は村人の誰かに降りかかるのです。
村人たちは恐れました。
いままで、ただ村を不運から守ってくれていた神様が、まるで大きな災いを引き起こす祟り神に見えました。
村人たちは恐れます。
このあと、雛神様とどう関わっていくのかを。
あるものは、大きな不幸が起きないように、雛神様と関わらないのが一番だと言いました。
別のものは、それでは小さな不運に私たちはどうすればと言いました。
また別のものは、これまで通りでいいじゃないかと言いました。
突然の大きな不幸を恐れるもの。
日々の小さな不幸を恐れるもの。
そして、これまでの生活が変わってしまうことを恐れるもの。
さまざまな言葉が、村人たちの口から飛び出します。
けれど、どの考えにも反対の言葉が上がり、一つにまとまりません。
いつしか誰もが口を閉ざし、場は重い空気に包まれました。
そんな中で一つの意見が出ました。
意見を出したのは、はじめに雛神様のせいだといったあの若者です。
若者は言います。
みんなは今までのように雛神様に厄をとってもらいたい。
けれど、誰が受けるかわからない大きな不幸は受けたくないんだろ、と。
村人たちはその言葉に大きくうなづきます。
だったら、その不幸を引き受ける者を決めておけばいい、と。
それは誰もが頭の隅で思っていても口にはしない言葉でした。
村人全員の不幸を、誰か一人が引き受ければみんなが幸せになれる、と。
けれど、問題はだれがそれを引き受けるのか。
そんな不幸を誰が引き受けたがるのか。
若者は言います。
そして、誰が引き受けるかは「自分が引きうける」と。
村人たちは止めたのですが、若者の決意は変わりません。
こうして、若者が姫神様の近くで遣えることが決まりました。
若者を犠牲にするという事実を隠すために。
村人たちはこのことを、「若者が『婿入り』する」と呼びました。
* * *
こうして、若者は『夫』として、雛神様との生活が始まりました。
雛神様にとっては急にできた夫でしたが、
もともと村人たちを好いていた雛神様は、
自分を好いてくれる若者のために尽くします。
おいしい料理を、居心地のいい家を、綺麗な洗濯物を、と。
毎日、毎日、少しでも好いてくれているもののためにと。
その姿を見て、若者は心が痛みます。
自分と村人たちにとっては偽の婿入り。
雛神様が頑張るたびに、こんなに優しい人を騙しているのだと。
けれど、若者にも役目があります。
村の人々のために『厄』を引き受けるという仕事が。
姫神様の夫としての生活の裏で、
若者は雛神様の溜めた厄を少しずつその身に引き受けます。
少しずつ少しずつ。
自分に降りかかっても大丈夫な程度の厄をと。
けれど、そんなことが長く、うまくいくわけがありませんでした。
はじめのうちは何ともなかった若者も。
日々を重ねるたびに、徐々に自分の変化に気が付きます。
ちょっとしたことで、不運にも怪我をしやすくなりました。
ちょっとした体調の変化が、ひどい病気に悪化しやすくなりました。
一つ一つは時間をかければ治るようなもの。
けれど、そんなちょっとしたものが少しずつ積み重なっていきます。
それもそのはず、若者は厄を引き受けることをやめたりはしなかったのですから。
そして、そんな生活が長く続き……とうとう若者は病床に伏したままの生活になりました
村人全員分の『厄』は、やはり一人の人間が受けるには重すぎたのです。
雛神様は若者の病状が良くなるようにと手を尽くしますが、良くなるような『幸運』には恵まれません。
それもそのはず、若者は病状に伏したままであってもその役目を果たし続けたのですから。
そして、ついに最後の時を迎えました。
若者は自分の最後を悟り、ずっと心に秘めておこうとした気持ちを言ってしまします。
なぜ自分が婿入りしたのか。
どうして、ずっと病に伏せているのか。
これまで、だましていたことへの謝罪も込めて。
そして最後に思わず口にしてしまいました。
「私の人生は、とっても『不幸』だったよ」
それが、彼の『最後の言葉』だった。
その言葉に雛神様は涙します。
* * * * * * *
私が『ダイリ』を務めます!
* * * * * * *
「私に……夫ですか?」
ある日、村長に聞かされた言葉は意外なものだった。
突然、私の元に村長が来たものだから、もしかすると先日亡くなった村人について何か言われるのかと思っていた。
そう、『私が死なせてしまった』あの村人のことだ。
私は自分の力のことはよくわかっているつもりだ。
人々から厄を受け取り、それを蓄えるという能力。
厄というのは人の不運とか、不幸とか、そういうものの総称……もしくは原因のようなものだと思ってくれればいい。
私は人々から厄を引き受ける『流し雛』という存在から生まれたのだが、
どうにもこの力には欠点があった。
私は、厄を人々から受け取れるが、無くすことができない。
厄――つまり不運だが、それをなくすというのは、つまりは消費するということだ。
だけれど、私のこの身は『流し雛』――人形からできたものだ。
人の形はしているけれど、生きてないもの。
生きているわけではないから、運も不運も関係がないので、
私自身はいくら厄を溜めこんでも影響は出ない。
影響がない分、総量も変わっていないのだけれど。
けれども、これがただ溜めこむだけであるのだったら、別に問題はない。
私自身には影響がないのだ、いくらだって人々の厄をうけよう。
けれど、そうはいかない。
なぜなら、私の溜めこんだ厄は『周囲の人間』に影響を及ぼしてしまうから。
私は『流し雛』。
溜めこんだ厄を『ただ運ぶための道具』だ。
だから、流れ着いた先に厄が移ってしまうし、私にはどうしようもない。
だからできる限り、人間との接触を断って厄が他者に行きつかないようにひきこもることしかできない。
それなのに、夫を迎えるというのは……その者を見殺しにするに等しい。
そんなこと、許せるはずもない。
「申し訳ありませんが、私は夫を迎えるつもりは……」
そう言って断るつもりが、村長は頭を深く下げた。
「厄の悪影響ならば構いません……どうか、私たちに騙されてください。その者は『婿』としてここに来るのです」
『騙されてください』その言葉が重くのしかかる。
なんだ、つまりは婿というのは名目上で……『生贄』か。
私の溜めこんだ厄が誰に飛び火するかわからないから、あらかじめ犠牲者を決めておこうという腹積もりなのだろう。
そうしなければ、おそらくはこの村長は村人たちを押さえられなかったのだろう。
誰が私の溜めた厄を受けてしまうのか、その『不運』までは面倒を見る気がなかったが……この婿入りもある意味ではその不運か、その者には諦めてもらおう。
次の日、やってきた若者はとても変わり者だった。
無口で。
無愛想な男。
「あなたの妻となる、鍵山雛です。不束者ですがよろしくお願いいたします」
という私の口上に対して、相手は「ああ」とだけ答えた。
これでよく村長は『騙されてくれ』なんて言ったものだ。
いや、こんな変わり者だから、厄を引き受けるように役目を押し付けられて、か。
良いでしょう……村長、騙されてあげますよ。
そして、夫婦生活。
せめて、ここに居る間は快適にと思ってつくしたのだが……私は彼の笑顔をその生活で見ることができなかった。
どんなにおいしい料理でも……無表情。
ちょっと驚かせようと抱き着いてみても……無反応。
あなたも夫としてきたのなら、少しくらい演技しなさいよ。
彼は夫としては不合格だった。
けれど、もう一つの方は、優秀すぎるほどだった。
彼は一度に受ければ、すぐに死んでしまうほどの厄を。
長い時間をかけて少しずつ消化していった。
小さな怪我や、ちょっとした体調不良に代えて。
けれど、それもずっとは続かなかった。
彼が若いうちは何ともなかったようなことも、歳をとるごとにどんどん回復も遅くなった。
ついには厄を消化しきれずに……彼はずっと病床に臥せることになった。
私が何度も彼から厄を引き出そうとしたが、彼はそのたびに『やめろ』とだけ言った。
そして、今回も自分が死ぬかもしれないというのに、彼はかたくなに役割に忠実だった。
「これで最後かもな」
彼が言った。
その言葉に私もうなずこうとしたが、どうにもうまくうなづけなかった。
彼の体力は限界だ。
もう、この『不運』を耐えられはしないだろう。
私はその姿を見て思ってしまった。
『ああ、なんて不幸な人なんだろう』と。
不器用で。
不格好で。
自分の願いをかなえるために、こういう形でしか彼はここに存在できなかったのだ。
そのことを私はこの時知った。
彼の最後の言葉で、私はそれを知った。
「お前より先に死んでしまうなんて、俺の人生は『不幸』だなぁ」
そう、彼は今まで一度も見せたことのない優しい笑顔で言った。
本当に残念そうに。
* * *
私はあの時の村長に騙されたとしか言えなかった。
彼は、本当に私の夫としてきただけだった。
いや、もしかしたら役目の方もそうだったかもしれない。
けれど、彼は夫としても本気だったのだろう。
彼がずっと無表情で、無口だったのは。
きっとそれが飾らない彼の姿だったから。
もしくは、ずっと照れていたのかもしれない。
まったくもって、なんて不器用な人だ。
* * * * * * *
『私の人生は、とっても『幸福』だったよ』
それが、彼の『残した気持ち』だった。
最初で最後の私だけの『お内裏さま』を務め上げた人。
「私の神生も、とっても『不幸』でしたよ」
はい、ここまで読んでいただきありがとうございました!
筆者のカゴメです。
今回は昔話風!ってことで書いてみました。
初めてこんな風に書いてみましたが・・・書きづらっ!
もっと楽しく書きたかった感が半端なし。
次回はニトリの日ということなので、頑張りたいと思います。
かっぱっぱーかっぱっぱーにーとりー!