※香澄視点です。
……扉が開き。
からん、と、音が鳴ります。
「──いらっしゃいませ」
店長の、凛とした声が鳴り響く──。
ここは、『カードショップ・ミラージュ』
……あたしの、アルバイトをしているお店です。
「……いらっしゃいませ」
遅れて、ではありますが。
……あたしも、あたしなりに声を出して、お客さんに、歓迎の意を伝えます。
……そして、やって来たお客さんが、店内のショーケースに展示されている紙版の『ファントムビルド』……つまり、『イミテーション』を、じっくりと眺めている様子を、確認して。
あたしはまた、手元の作業に戻ります。
……お客さんが来た時は、レジ対応もしっかりとしますが、『イミテーション』自体それなりの値段がしますので、あまりお客さんが並んだりすることは、滅多に無く。
それを待つ間は、どうしても暇なので、手元で何らかの作業をしているのが、通常です。
……それで。少し、昔のことのように感じますが、このアルバイトを始めたのは、あたしが高校に入ったばかりの頃……でしたね。
つまり、まだまだ最近の出来事……と言ってもいいわけではありますが。
しかし、何だか。
……あれから随分と時間が経ったような。そんな感じがします。
……思えば、雪菜さんと初めてカードバトルをしたのも、有栖さんと出会ったのも。ここでの出来事、でした。
……ううん、そうですね。
別に、ここでのアルバイトなんて、珍しい事でもない、ただの日常的なこと……なのですが。
……何だか、今日はやけにいろいろな事を、思い出してしまいます。
とりあえず、作業に集中しなければ……と。
手元にある、カードに、意識を向け直します。
今やっているのは、カードを束ねて、構築済みデッキを作る作業で。
次に組み立てるデッキは……《夜天の魔法》デッキ、です。
──詳しく言いますと、これはあたしが『レジェンダリーカップU18』で使ったデッキ……のことですね。
そして、また。あたしのデッキは、封印解除の段階によってデッキ名が変わりますので。つまり、これはあたしの3段階目のデッキのデッキ名に当たるもの……とも言えます。
店長が用意してくれた、デッキレシピが書かれた紙もありますが。
……しかし、このデッキにおいては、それは不要です。
カードの山から、該当するカードを探していき。
迷う事なく、セットの束に、加えていきます。
……イミテーションとして発売された、あたしの、『雲田香澄』の、デッキ。
それが発表された次の日に、たまたま雪菜さんのお家でみんなで遊ぶ予定があったので、遊びに行ったら。
発売翌日で品薄状態になっているにも関わらず、レジェンダリーカードを含めた40枚のセットが既に完成していたので、とても驚いたことを、よく覚えています。
……まあ、忘れるほどに前のことでもないというか。
その、本当に、つい最近の出来事なのですが。
……あたしが、そうして。
色々と思い出したりしながら、カードのセットを使っていき。
……そして、それがちょうど完成したのと、ほとんど同じタイミングで。
「……香澄さん、時間ですので、あがっていただいて、大丈夫ですよ。今日も、ありがとうございました」
「……あ、はい。その……お疲れ様、です。お先に、失礼します」
……アルバイトの終了の時間になったので、片付けだけ済ませて。
そして、お店の裏側へと入っていきます。
そこにある、ロッカーを開けて。
服を着替えて……それから、裏側から出て。
……店内の、お客さんの側へと、行きます。
そして、少し歩いて。
……テーブルが並んでいる、『イミテーション』のコーナーを抜けて。
『ファントムビルド』をするためのバトルフィールドへと、足を運びます。
……そして、そこは、それほど遠いわけでもないので、すぐに着き。
あたしは、そっと、扉を開きます。
「……ちょっと待ってね。今、かなりいいところだから」
「──ええ、もう1ターンで私が勝つところよ!」
扉を開くと。そこには、『ファントムビルド』で勝負をしている、有栖さんと、雪菜さんが、そこにいました。
「……あ、はい。えっと、それなら、少し、見てますね……」
中々、試合は白熱……と言いますか。
……もっと言えば、ちょうど試合の決着がつくかどうか、といったところだったみたいです。
雪菜さんが、あと一歩での勝ちが見えていて、それを有栖さんが防ぎ切れるかどうか……といった、状況みたいです。
……。
……それから。
勝負は、つきまして。
……結果は、雪菜さんが。ギリギリのところで、勝利しました。
「いやー、まさかあれでも防ぎきれないとはね……6ターン目にカードを使い惜しみしたのが響いたかなー」
「そっちの手札がわからないから何とも言えないけど、私の勝ち、ね。それで通算勝率はちょうど5割ずつ、よ」
思い返してみれば、何だかトゲトゲしたイメージで、最初は少し怖い人だと思っていた、雪菜さんですが。今は、極端に……と言っていいほどかは分かりませんが、笑顔が増えて。
……とても、楽しそうです。
そして、有栖さんも。
最初の頃の、色々と考えているような様子と比べると。
いろいろな事に対して、思いっ切り楽しんでいるような様子が、増えた……ような気がします。
まだ、1年も経っていないことで、まだ冬休みすら始まっていない……といった時期ですが。
しかし、何だかやっぱり、最初に会ったばかりの頃が、大分昔のことであるかのように思えて、仕方がありません。
……なんて。
あたしは、楽しそうに試合の振り返りで盛り上がる2人を、少しだけ、考え事をしながら、眺めます。
「……次はあんたの番よ!今度こそ、連勝を成し遂げて見せるんだから」
……そして、そんな風に、考え事をしていたら。
どうやら、連戦をしたいらしい雪菜さんに。対戦相手として、呼ばれました。
その、元々は。今日は、近くに新しいクレープのお店ができたから、あたしのバイト終わりの時間に合わせて、みんなで行ってみよう……というお話だったのですが。
……まあ、なんだかあたしもちょうど、無性にカードバトルをしたい気分だったので、都合がいい……です。
「……何か、バトルをする理由とかって、あるんですか……?」
……ですが、もしかしたら。
勝った方が負けた方からクレープを一口貰える、とか、そんな賭けをしている可能性もあるので、一応、バトルをする理由を、聞いてみます。
「……理由?そんなのないわ!私がただやりたいからよ!」
……しかし、そう言ったものは、特にないようで。
もっとも、理由があろうとなかろうと、カードバトルをすること自体は、変わりません。
それで言えば、あたしだってちょうど。
……特に理由もなく、そうしたいところだったので。
そう考えると、先ほどのあれは、まるで意味のない問いでした。
……思い返してみれば。
あたしは最初、理由があるのならともかくとして、そうでないなら『ファントムビルド』なんてしたくないと、思っていたのでしたね……。
それは、『フルオート』……今から思えば、その理屈まで分かっていますが……とにかく。当時は、まるで未知であったそれによって、勝利というただの結果がもたらされるばかりだったので、それが嫌で、できる限り回避しようとしていたというものでした。
……。
……そう、ですね。
唐突に。どうして少し前のことが、こんなにも遠い過去のことのように思えるのかが、ようやく分かった気がします。
……あの時から比べると、あたしや、あたしの身の回りの状況は、大きく変化しました。
その、大きな変化によって。それほど時間が経っていないはずの出来事が、こうも遠く感じるのでしょう。
……少しずつ、前に進んでいる。
それは、きっと、とてもいいことです。
けれど、同時に。
こうして、振り返ってみるのも、悪くない……のだろうと、同時に思います。
そしたら、あの時は必死で見えていなかったものも。
……もしかしたら、今なら、見え方が変わっている……ことだって、あるかも知れません。
「……ほら、ぼーっとしてないで、さっさとやるわよ!」
「……!はい!そうですね。前回は負けてしまいましたが。連敗は、阻止して見せます……!」
──小さな、カードショップの一角。
バイト終わりの、一時。
……そんな、何気ない時間が。
今のあたしの、宝物の1つです。
これにて、本作品は完結となります!
145話の際にも申しましたが、改めてお礼を言わせてください。
ここまで長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました!
創作自体は続けていく予定ですので、またどこかでお会いできたらと思います。
最後に、もう一度だけ言わせてください。
これまで、本当に、ありがとうございました!!