IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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お久しぶりです。今でもうすっかり、一か月一話が平均投稿ペースになってしまいましたね。


第九話 代表決定戦 前篇

 アリーナの観客席はまばらで、試合を見やす場所を見つけるのは女子に紛れた玄兎を探すよりよっぽど簡単だった。比較対象としてそれはどうなのだろう、と神皇は自分で思っておきながら疑問に感じたが、事実であることには変わりない、という結論に至ったことでその思考を終結させた。我ながらどうでもいい脳内議題だったなと思いつつも、神皇は手に持った缶ジュースの冷たさに少しばかり身震いする。今年の四月は例年に比べて平均気温が低く、普段ならばぽかぽかとした陽気で他の季節と比べ比較的過ごしやすこの時期にも関わらず寒かった。真冬並みとまではいかずとも、薄着だと思わず暖かい炬燵に潜り込みたくなるぐらいには肌寒さが残っていた。そのため、販売機から買ったばかりの冷えたジュース缶は少し堪えるものがある。

 

「あ、ほら、かんざしっち。これ」

 

 とりあえず横に座っている簪に買ってきたばかりのジュースを押し付けるように渡す。これ以上持っておくと霜焼けにでもなりそうだった。一方で簪はそれを「ありがと」と一言お礼を述べてから受け取る。炭酸特有のぷしゅという音がなった。よくこの寒い中冷たいものを飲めるものだ。

 神皇は冷たくなった手に息を吹きかけながら、隣の席で集中しきった顔で空中投影されたキーボードを叩いている簪を見た。こんな場所に来てまで作業に没頭するとは、なんとも熱心なことである。

 

「……かんざしっち、よくこんなものわかるね」

 

 こっそりと後ろからディスプレイを覗き込んだ神皇が、顔を引きつらせながら言った。見ただけで脳が拒絶反応を起こしそうだった。

 

 そんな神皇の反応に簪は心底不思議そうな顔で、

 

「……頑張った、から?」

 

 となぜか疑問形で答えていた。本人もそう問われると答えに窮するようだ。簪も別に最初からこれができたわけではなく、あくまでも日本の代表候補生として勉学に勤しんだからこそ身についたスキルであって、なぜと問われると、先のように「頑張ったから」とか「勉強したから」としか言いようがない。

 

 神皇はそれに納得したのか、していないのかよくわからない顔つきでしきりに頷いていた。

 

「あ、そろそろじゃない? 試合が始まるの」

 

「そうだね……」

 

 神皇との話で集中力がそがれたのか、簪はいつの間にかキーボードを叩くのをやめていた。神皇はそれを見て少し罪悪感を覚えたが、すぐに気を取り直しアリーナ中央に視線を移す。そこにいたのは灰と青のISだった。二機のISは向かい合うようにして、宙に佇んでいる。それを見て、神皇は面白そうな見つけたように目を細めた。

 

「これはこれは、見ものだね。かんざしっちはどっちが勝つと思う?」

 

「玄兎」 

 

 迷いもなく即答した。その自信はいったいどこから来るのだろうか。相手は最新鋭の第三世代を専用機に持つ代表候補生で、対する玄兎が操るは日本が世界シェア第二位を誇る量産機『打鉄』である。機体からしても、玄兎は圧倒的に不利だった。十人に聞けば、十人が玄兎の敗北を予想するであろう。

 

「ほうほう、これは大きく出たね。でもでも、果たしてそううまくいくかな?」

 

「……どういうこと?」

 

「強者は時として弱者に敗北を喫するときもある、ということだよ」

    

     *     *    *

 

 

「すべての長たる存在は最強であれ、か」

 

 楯無がぽつりとつぶやく。この言葉は楯無が生徒会長になる際にとある人物から言われたものだ。IS学園における生徒会長とはすべての生徒の頂点にして最強の存在であり、その座に就くということはそれ相応の覚悟が伴われる。組織を引っ張るトップがしっかりしていれば、引っ張られる方もおのずとしっかりしてくるものだ。逆にトップがだらしないと、それに従うのもだらしなくなる。例えるならば、弦楽器に近い。弦楽器の弦は緩めると音は出ないが、弦をきちんと張れば心地いい音色を奏でてくれる。組織も同じようなものだ。ぴんっと弦が張れている組織は限って一人一人の自己意識が高く、総じてレベルも高くなる。古代の王政よろしく、ピラミッド組織であるとそれはなお顕著だ。ピラミッド組織の頂点に存在するのはたった一人であり、その人物が組織全体を引っ張っていく役割を担っているともいえる。つまり、先にもいったように組織という弦をぴしっと張るには、まずその頂点に君臨する長が組織という弦を張れるだけの器量を持っていなければならず、それを持っているものこそが長たるものに相応しいのだ。

 すべての長たる存在は最強であれ、その言葉にはそういった意味も含まれている。勿論、それだけではないが、要するにそういった心構えでいることが大切だということだ。

 

「なにそれ、俺に言ってんの?」

 

 楯無の隣で来る前に購買で買ってきたホットドッグを食べていた玄兎が、ケチャップを口元につけたまま仏頂面で訊き返してきた。

 

「確かにさ、俺は弱いっすよ。そりゃあ、もうね。同世代どころか、年下の女の子に負けるぐらい弱いっすよ……俺は」

 

「独り言なんだけど……」

 

 いつになく自虐的な玄兎に楯無も困惑気味にそう返した。もしかして、初めてのISの試合で緊張しているのだろうか。いや、それはない。この男に限って、緊張するなんてことはあり得ない。こう見えても、楯無よりも一つ年上である玄兎は、楯無が思っているよりも死地を潜り抜けてきている。この程度のことで緊張するほど、軟な精神の持ち主ではないはずだ。

 

 ということは、

 

「昨日の事、まだ根に持ってるの?」

 

 楯無が思い当たったのは、昨日のちょうどこのアリーナでの一件のことだ。図星だったのか、玄兎は苦々しい表情をしたまま逃げるようにまたホットドッグを食べ始めていた。

 昨日の事とは、玄兎が楯無に射撃訓練のスコアで大敗を喫したことを指している。玄兎から「射撃訓練に付き合ってくれ」と言ってきたので、別段楯無に非があるわけではないが、なにぶんスコアの差が差だったので玄兎としては面白くなかったのだろう。八つ当たり気味に昨日から学園の購買にあるパンを食している。

 

「へっ」

 

 どちらかといえば、男としての面目を保てなかったことのほうが玄兎にはショックだったのだが、それは楯無の知るところではなかった。

 

「そういえば、玄兎は試合はどっちで戦う予定なの?」

 

「量産機」

 

「打鉄?」

 

 首を縦に振り、肯定の意を示す。玄兎は今日の試合には自身が持つ専用機『玄武』ではなく、日本の量産機である『打鉄』で臨むつもりだった。理由は言わずも楯無にはわかった。彼のISは楯無やほかの者のISとは違って、競技用ではない。正確にいうと軍事用でもなかった。

 競技用のISはその性能にいくつかのリミッターがかけられている。ISがISたる所以ともいえる、膨大な内臓エネルギーもそのうちの一つだ。ISがスポーツとして用いられる場合、その戦闘の決着はシールドエネルギーと呼ばれるものの減少によって決着する。シールドエネルギーはISの周囲に展開されているシールドバリアが攻撃されることにより徐々に減少していく仕組みで、これが0になると敗北となるルールだ。

 軍事用は競技用と違って使用できるエネルギー量に制限がない。そのため、今回の試合で『玄武』を使うと玄兎が圧倒的に有利なアドバンテージを持つことになるのだ。玄兎はそれを考慮して、わざわざ機体性能が大幅に劣っている『打鉄』を選んだのだろう。

 

 玄兎が、そろそろだな、と言ってもたれかかっていた壁から背を離した。試合の時間が迫ってきている。

 

「そういえば、勝算はあるの? 専用機相手に、量産機で」

 

 後ろを歩いていた楯無が思い出しように言った。それに玄兎は、

 

「気合い」

 

 と答え、ポケットをまさぐりだした。そして、そこから一つの飴玉を取り出して、口の中へ放り込んだ。適当に選んだグレープの味わいと飴玉の甘みが口の中に広がっていく。

 

 

 ――――ああ、落ち着く。

 

 

 飴玉を口の中で転がしながら、玄兎は目前に見えてピット入口を見て、大きく息を吸いこみ、吐き出した。別に緊張しているわけではないが、念のためだ。意識してなくとも、無意識のうちに緊張していることもある。玄兎は昔から飴玉をなめるとなぜか緊張感がほぐれる癖があって、今飴玉をなめているのもそういう理由からだった。いらぬ緊張をしていては、動きが鈍って、勝負に負ける可能性が高くなるから、なるべく緊張やその類のことはほぐしておきたかった。

 

「お、来たか」

 

 ピットに入ると、待ってましたと言わんばかりに千冬が不敵な笑みを浮かべて、こちらを見ていた。周囲を見渡すと奥のベンチに一夏と箒の姿が見えた。その顔がいつになく緊張しているように見えるのは、恐らく錯覚ではない。だが、そんな彼の瞳は溢れんばかりの闘志に満ちており、さながら今すぐにでも戦わせてくれ、と言っているかのようだ。自分の力を試したくてうずうずしているその様子は、新しい玩具を買ってもらった子供が早くそれで遊びたくてそわそわしているようにも見える。

 

 玄兎はそんな一夏を一瞥して、歩を進める。歩の先にあるのは、今日玄兎が試合で使う予定である『打鉄』だ。まるで鎧武者のような姿をしているそれは、今回の主である玄兎が来るのを待ちわびていたように、その灰色の装甲を輝かせる。

 

「オルコットのほうはすでに準備ができているそうだ。急げ、後がつかえてる」

 

 千冬が急かす。そういえば、アリーナを確保したと言ってた後に、時間はあまりないぞ、とも言っていたような気がする。

 頭の隅でそんなどうでもいいことを考えながら、玄兎はそれに乗り込んだ。

 

「さっさと、終わらせてきますかね」

 

 口の中で転がしていた飴を奥歯で砕き、その破片を飲み込むと、玄兎の顔つきが先ほどまでとは変わって仕事人の形相となった。どこかしら含みがある言葉には、彼の考える企みがひしひしと伝わってくるようにも楯無は感じた。

 

「いってらっしゃい」

 

 楯無が呟いた言葉を背に受け、玄兎が今決戦の場へと飛び立っていく。

 

 

 

「逃げずに来ましたわね。それだけは褒めて差し上げます」

 

 対峙するなり彼女が言い放った言葉は、その節々に悠々とした余裕が感じられるものだった。最初に会った時と同じ歯に衣着せぬ高飛車な言動に、さすがの玄兎もむっとした表情になる。年下になめられていると思うと、なんだか腹の底でぐつぐつとしたものが煮えたぎるような思いがこみ上げてきた。

 

「それはそれは、どうも」

 

 ぶっきらぼうに返事をする。どうもこの手の女性は昔から苦手だった。自分が一番偉いと勘違いしているのではないかと、たまにその脳の出来具合を心配してしまう。相手からしてみれば、大きなお世話も甚だしい限りだろうが。

 二人は睨みあいながら、試合開始のブザーを待った。その間、二人は暇を持て余すように口笛を吹いたり、薄く微笑んで相手の動きを観察したりと、水面下で様々な探り合い――――今のところ、探りっているの片方だけだが――――を行っていた。こういうときの相手の行動にも個人の特徴というものが現れるものだ。そういった特徴や性格というものは、戦闘において重要なファクターになる。分かれば、それらから相手の行動パターンが推測でき、相手の動きや攻撃を予測しやすい。

 

 戦闘とは将棋やチェスだ。相手の何手か先を読み、それに対する反撃や策を巡らせなければ勝てるものではない。格下の相手にならばまだしも、互角もしくはそれに近しい実力を持つ者と対峙したならば、その力は必ずや必要とされる。要するに、頭を使え、ということだった。

 ブザーが鳴ったのは、そのときであった。そして、それとほぼ同時にセシリアの手には展開された銃が握られていた。銃口から眩い光が迸る。次の瞬間、それは玄兎の顔面すれすれを通過し、玄兎の後方にある地面を穿っていた。

 

「レーザー、ね」

 

 顔を少しばかり横に傾けたまま、玄兎が言う。先ほどの光の正体はレーザだった。どうりで速いわけだ、と玄兎は感心したように頷く。

 

「じゃあ、こっちも行かせてもらうかね」

 

 といいつつ、玄兎は後ろへ飛び跳ねるように下がった。正直なところ、先ほどの初撃をかわせたのは殆ど奇跡に近かった。さすがにあの距離であれを避けるのは至難の業で、やってのけた玄兎が逆にびっくりしたほどである。

 

 右手に近接ブレード『葵』を展開させ、下段に構える。まずは小手調べだ。

 

 玄兎が宙をけるようにして、加速した。『葵』の切っ先を下に向けたまま、セシリアに突撃していく。勿論、それを黙ってみているようなセシリアではない。玄兎の接近を阻害するようにかつ彼を的確に狙撃してくる。いくつものレーザーの熱線が玄兎へと降りかかり、玄兎は面倒くさそうに舌打ちを鳴らした。

 

「おっ、と」

 

 かわし、かわし、かわす。続けざまに放たれているレーザーを紙一重のところでかわし、徐々に玄兎はセシリアの距離を詰めていく。

 さすがは代表候補生といったところか、彼女の射撃精度はかなりのものだった。横に縦に、まさに文字通り縦横無尽に空間を動き回る玄兎の動きを予測して、正確に撃ち込んでくる。もし、相手が玄兎ではなかったら、蜂の巣よろしく穴だらけになっていたかもしれない。

 しかし、それでもまだ彼女の腕は未熟者の域を出ていなかった。――――――こんなもん、アリサと比べたら……。セシリアの射撃センスは確かにすごいものだ。第三世代機の搭乗者に選ばれるだけはある。実力も、あれだけの見えを切るだけのことはあった。だが、及ばない。玄兎の知る限りで、最強の射撃の腕を持つであろうアリサと比べると、やはり見劣りする。

 

「あいつらがすごすぎるだけか……。天才どもめ」

 

 吐き捨てるように玄兎が言った。『あいつら』に向かって思わず出た本音と愚痴が混じった言葉だった。

 セシリアとの距離は気づけばもう殆どなかった。いつの間にここまで肉薄していたのか。その答えを玄兎の脳が導き出すよりも早く、玄兎は『葵』を振り上げた。袈裟懸とは真逆の軌道を描き、『葵』の切っ先がセシリアに迫る。

 その時だった。『打鉄』のハイパーセンサーがけたたましい警告音を鳴らし、玄兎の耳を打った。同時にハイパーセンサーが映し出した『それ』を見て、玄兎の表情が驚愕に染まっていく。

 気づいたときには遅かった。

 

「ちっ!」

 

 勢いよく振り上げた右腕はもはや止まらない。勢いをつけすぎた。やむ得ず、玄兎は身体をずらし肩部にあるシールドでそれを受けた。衝撃で態勢が崩れ、『葵』の切っ先があらぬ方向へと向かう。

 直後、玄兎は『葵』を収納し、『打鉄』に備わるもう一つの装備、アサルトライフル『焔備』を展開した。展開するのと同時に、そのまま地面へ落下するように飛行。銃口をセシリアに向け、離脱の際に『焔備』の引き金を思い切り絞る。銃口が反動で跳ね上がり、撃ちだされた弾丸が四方にばらまかれた。闇雲な射撃だが、これはあくまでもセシリアの次の行動を追撃から回避へと誘導させるためだけに行った、いわば威嚇なので別段当たらずともよかった。それでも、乱発した弾丸のいくつかはシールドバリアに着弾していたようで、セシリアの苦虫を噛み潰したような表情がハイパーセンサーにくっきりと映し出されていた。

 

「それが、噂に聞くBT兵器……ブルーティアーズか。イギリスの第三世代兵器、この目で見れた光栄だね」

 

 憎いものを見るような顔で、玄兎は白々しいお世辞を述べた。その声はどこか棒読みに近かった。

 玄兎の視線の先にあるのは先ほど、玄兎を背後から射撃した通称〝ビット〟と呼ばれる第三世代機の装備で、正式名称、マインド・インターフェース兵器『ブルーティアーズ』である。

 ――――――操縦者のイメージを反映、具現化することで、本来複雑な独立可動ユニットを操ることを目的とした兵器。それが『ブルーティアーズ』つまりは、BT兵器と略称されるものだった。セシリアが操っているIS、ブルーティアーズはこのBT兵器を試験的に搭載している、いわば試験機なのである。

 そういえば、玄兎がレーザーの嵐のなかを接近しているとき、不意にそれがやんでいたが、恐らくはあの時にビットを玄兎の背後へと回らせていたのだろう。

 先の攻撃は運よく少量のダメージだけで済んだものの、直撃していればただではすまなかった。ああいう不意打ちをそう何度もかわせるものではない。先ほどまではセシリアが男相手だと油断していたからよかったものの、さすがにあれだけの動きを見せておいていまだに玄兎が「素人」だとは思っていないはずだ。次からの攻撃は本気の、それこそBT兵器の〝本領〟を発揮してくるに違いない。

 

 玄兎が一度、大きく深呼吸をしてもう一度呼び出した『葵』を右手に、『焔備』を左手に持ち直す。

 顔を上げると、セシリアがこちらをサファイアブルーの瞳で睨みつけていた。その瞳にかすかな動揺が浮かんでいる。

 

「あ、あなた……」

 

 目は口程に物を言う。彼女の目には明らかに、玄兎に対する疑問があった。素人だと思って油断していたら、とんでもない、経験者でありなおかつ下手な代表候補生よりもよっぽど操縦がうまかったのだ。セシリアでなくともああなる。

 

 だが、セシリアは何を思ったのか、勢いよく何度もかぶりを振ると、

 

「いいですわ。どちらにしろ、わたくしがやることは決まっています」

 

 と意を決したように言った。

 

 

 

    *    *    *

 

 

「いったい、なんなんですの……!」

 

 苛立ち交じりの愚痴が、セシリアの口からこぼれた。

 

(動きがもはや素人ではありませんわ。少なくとも、あの動きは訓練された者の……)

 

 最初の一撃も完全に見切られていた。でなければ、あんな風に物怖じせず真正面からくる攻撃を避けるなんて、ましてや首をかしげるという最小限の動きだけでかわすなどできはしない。

 それだけではなかった。その後の攻撃も彼はいとも簡単にかわしてみせ、あわやセシリアに一撃を見舞う寸前まで迫ってきたのだ。すべてが紙一重であった。彼がこちらの攻撃を避けるのも、こちらに迫り刀を振り上げようとしたのも、その一歩手前でセシリアが操るビットの攻撃が間に合ったことも、すべてが紙一重の出来事である。つまりは、危なかった。もう少しで、彼の一撃を受けていた、あと少しこちらの射撃が精確に欠けていなかったら。

 

 要は、先ほどの攻防は明らかに「素人」と繰り広げられる類のものではなかったということだ。

 

(ですが、彼は……!)

 

 男がISを起動させた。そんなニュースが世界中に流れたのは、ちょうど二月のころ。織斑一夏が私立藍越学園で、入試試験用に用意されていたISを動かしてから一週間も経っていなかった。

 それからというもの、世界はこの話題で持ち切りであった。それもそうだ。そもそも、ISは女性しか動かせないとされていた。何年か前までは、研究者たちが四苦八苦してどうにか男でも動かせるISができないものか、と日夜研究していたらしいが、それでも『ISは女にしか反応しない』という事実は揺るがなかったのだから、織斑一夏という存在が注目されたのは至極当然の結果であろう。

 一時は急激な熱を帯びていた織斑一夏に対する話題。だが、それとは正反対に赤神玄兎という男の名は知られていなかった。ニュースになったのも、IS学園の入学式直前である。不自然なタイミングではあったが、「偶然にも」という言葉で片付けられてしまっては、世間はどうしようもなかった。納得するしかない。

 現にセシリアもそれで納得していた。織斑一夏のときも、どういう経緯でISを動かしたなどという説明はある程度省かれて世間に出ている。それに、人間と言うものは一時の熱にうなされはするが、すぐにその熱も冷める生き物だ。それに織斑一夏から続いて二度目ということもあり、彼の話題はそこまで騒がれることはなかった。

 

 だが、セシリアはここにきてその不自然さにある疑念を抱いていた。

 

 

 ――――――彼は、いったい何者であるのか。

 

 

 考えてみれば、おかしいではないか。赤神玄兎はそもそもどういった経緯でISを起動したというのだ。織斑一夏の場合だと、世間一般的に認知されている「藍越学園に入試試験用として運び込まれていたISに、偶然にもその場に居合わせた織斑一夏が触れてしまい、その際ISが起動してしまった」というのがある。面白半分や興味本位。彼がそれに触れた理由はどうであれ、実際に織斑一夏の動かした経緯についてはある程度納得がいくものだった。

 だが、目の前にいる彼は違う。織斑一夏のようにどういったプロセスでISを起動するにいたったのか、それが不明だった。その時、セシリアは「物珍しいもの」程度にしか思っていなかったが、よくよく考えてみるとこれはあまりにも「出来過ぎ」ている。

 一般人、政府の機関に属する組織の人間以外はISに触れる機会は滅多にない。何か特別な行事や大会のようなものが行われなければ、間近で見ることさえないのだ。女性の、それも中学生以下の女性であれば、IS学園に入学するという道が―――狭き門ではあるが――――ある。

 だが、それは飽くまでも女性限定だ。男性はその限りではない。

 つまりは、男は女と比べてISに触れられる機会は比較的、いや或は絶望的に少ないのである。織斑一夏が遭遇した入試試験、というのはIS学園でもかなり稀な例であり、ISを学園外に持ち出すということ自体まったくといっていいほどないことなのだ。

 一夏は偶然に愛され過ぎていた。条件がかつてないほど揃っていた、だからISを動かせた。

 

 では、玄兎はどうだろう。彼もまた偶然に愛された男であったのだろうか。

 違う。起きるはずがない。一夏と同様、「偶然の一致」など玄兎のケースにおいては起きるはずがなかった。

 彼が世間に公表されたのは入学式直前。一夏は、起動させてから一週間近く経過した後。一夏のケースを参考にすると、情報が公に登場するまでにある程度のラグはあるものの、やはりすぐには発表が行われれている。つまりこれから、玄兎が史上二人目である「男性IS操縦者」であると発覚したのは、それから約一週間前ということ。誤差はある程度あるとしても、四月初めから三月終わりが妥当なところだろう。

 その時期は、日本では卒業式という節目も終わり、新たな門出に学生たちは胸躍らせているころである。学園側も入学式や、その他新入生のことで忙しい毎日に追われていたことだろう。当然であるが、入試も終わっている。だから、ISは外には持ち出されていることは決してない。

 

 一夏と玄兎のケースで違うのは、ここであった。そう「ISは学園の外には持ち出されていない」のである。これはどうしようもない、矛盾だ。深く考えるほど、泥沼にはまるような思考のループに陥ってしまう。

 

「いいですわ。どちらにしろ、わたくしがやることは決まっています」

 

 いい加減思考の泥沼から抜け出すため、セシリアをぶんぶんと頭を振り、先ほどの考えを頭の奥隅へと追いやった。この場でこれ以上考えても、どうせ答えは出ない。ならば、考えるのは後、もしくは気が向いたときにしよう。

 

 やることは一つ。

 

 目の前の敵を、倒すこと。かつてないほどの強敵だ。気を引き締めなければ、絶対に勝てない。

 手に持つBTエネルギーライフル『スターライトmk-Ⅲ』 の引き金に指を置き、その銃口を「強敵」へと向ける。

 

「本番は、ここからですわっ!」

 

 

     *    *    *

 

「こりゃ、道理で」

 

 と、やりきれない顔で玄兎は呻いた。

 

 セシリアが本気になったのは表情を見れば、すぐにわかった。余計な慢心があると油断が生まれ、腕がにぶる。先のセシリアがまさにそれで、その油断が出来た隙をついた結果として、あの攻防だ。とはいえ、あれは出来過ぎである。運が良かったのだ。そうでなければ、油断があったとはいえあそこまで代表候補生の攻撃が当たらないということはなかっただろう。

 とりあえず、神様に感謝しておこう。何となくそう思った玄兎は、内心十字を切ったり、うろ覚えの念仏を唱えたりした。無論、この戦いが終わるまで、というよりこれから先ずっとこの運が持ちますようにと願いを込めながら。

 なんてことを戦闘の真っ最中にやっているから軽くいなせるはずの攻撃も、紙一重のタイミングでかわすという超人じみたテクニックを披露せざる得ないのだろうが。

 

「うわっ。おおぉぃ!」

 

「情けない声ですわね! 先ほどの威勢はどこに来ましたの!」

 

 セシリアが怒気の混じった声で叫んだ。

 

「本気にもなると、さすがは代表候補生って感じが……うわっ!」

 

 玄兎の頬すれすれをかすっていく熱線に思わず表情がこわばる。ISにはシールドバリアや緊急時の絶対防御が備わっているとはいえ、こうも至近距離でレーザーが通過していくと、慣れているとはいえやはり怖い。それに今操っているのは乗りなれた愛機『玄武』ではなく、学園にある数少ない訓練機『打鉄』なのだ。心許ないのであろう。

 

「ちぃ……! こうも、続けざまに撃たれると、こいつじゃ迂闊に接近出来やしねぇ」 

 

 光の雨が嵐のごとく勢いで降り注ぐ。間を縫おうにも、頃合いを見計らったように飛んでくるミサイルが進路をふさいでくる。まったくもって、やりにくい戦闘だった。

 左手にもつ『焔備』で光の雨をそれこそ縫うように進んでくるミサイルを撃ち落とし、連続して降りかかる光弾を空中を転がるようにして、よけていく。

 

(玄武ならもうちょっとやりようがあるんだけどなぁ……これは装備が少なすぎるだろ)

 

 内心でそう毒づく。

 これならば大人しく防御力に長けている『打鉄』ではなく、もう一つの訓練機であった『ラファール・リヴァイヴ』を選んでおけばよかった。そういった後悔がいまさらながら噴出してくる。『ラファール・リヴァイヴ』ならば、全距離対応射撃型というだけあって、この距離間でも相手にダメージを与えられるであろう武器を備えているはずなのだ。そしたら、この状況を打開することもできたかもしれない。

 だが、もう今となっては後の祭り。後悔先に立たず、状態の玄兎にはどうするこもできない。スナイパーライフルよりも連射が速いが射程が短く、さらに威力も低いアサルトライフル一丁と、何の変哲もない日本刀によく似た刀の一本だけで、彼女を打倒するしかないのだ。

 玄兎は女顔だが、その心は日本男児であると思っている。実際に日本で過ごした時間よりも、長さも濃さも外国でのほうが上だが、昔に教えてもらった日本男児としての心意気だけはい色あせてはいないつもりだった。そして、その日本男児としてのいわば心得というものが、今回のこの試合においての玄兎の心境を如実に表していた。

 玄兎はそもそも、クラス代表になどなりたくない。大勢の前に立ち、先導するのが昔からどうも苦手だった。今回もあわよくば、一夏あたりが代表になってくれればいいのに、などという身勝手な思いを抱いてたりする。一夏のコーチを願い出たのも、彼が強くなってセシリアを倒せば――――勿論、そう簡単にいくとは自分自身思っていないが――――自分が四苦八苦しないで済むのではないか、ということからだった。

 しかし、代表になりたくないのならば早い話、この試合で全敗すればいいことだ。簡単で、実にシンプルなことである。

 だが、玄兎としてはこれだけはどうしても、嫌だった。安いプライドが邪魔したのだ。

 

「俺は男だ。女に負けるなんて、死んでも、嫌なんだよっ!」

 

 やけくそ気味に、体をひねりレーザーの光を回避すると、そのままの態勢で玄兎は突撃を仕掛けた。右肩を相手側に見せるようにして、嵐の中をかいくぐっていく。途中、何度か攻撃にさらされたものの、何の幸運かシールドエネルギーの残量はまだまだ残っていた。

 玄兎が最も手っ取り早いそれを拒否したのは、一夏に負けるというよりセシリアに負けることが嫌だったからだ。それはは理屈や論理的な話では到底説明ができない。玄兎にとってみれば、そこはかとない感情なのだろうが、抗い難いものでもあるのだろう。

 今まで玄兎が攻めあぐねていたのは、単純に『打鉄』と『ブルーティアーズ』の武装における相性が悪かったからだ。『打鉄』が遠近両用なのに対し、『ブルーティアーズ』は遠距離射撃型である。充分な間合いを取れば、そもそもの機体スペックの差なども考慮しても、そう簡単に負けることはない。だから、玄兎はその間合いをつぶすことを念頭に置いて、終始動き回っていた。機体スペックですでに負けているこちらとしては、何としても相手側が不得手とする間合いに持ち込みたかったのだ。だが、それを阻害したのがビットだった。ライフルでは到底できない死角からの射撃が可能なビットは、玄兎とにとって初めて対峙する相手だ。当然、対処法など知らない。

 もしも、これが『玄武』ならば強行突破して、無理にでも接近するということができたかもしれないが、幾分今操っている量産機は『玄武』と違ってシールドエネルギーの総量が少なく、強行突破を敢行しようものなら最悪の場合残量が0となり敗北することもあり得た。

 だからこそ、今の今までこのような無茶をしなかったのだが、このままだとこちらのじり貧だ。結局、負けてしまう。

 

 なら、やるしかないだろう。男ならば、潔く腹をくくるべし、だ。

 

「うぉおぉぉおおおお!」

 

 途中、迫りくるビットを強引に切り伏せながら、徐々に距離を詰めていく。

 

 

 ――――――まだだ。

 

 

 四方八方からの飛んでくるレーザーが、肩の、脚の、腰の装甲を穿っていく。だが、構わない。どちらにしろ、次の一撃で勝負が決まるのだから。

 

「小癪な!」

 

 ブルーティアーズを操っている間は自身の身動きができない。それがセシリアの弱点だ。ビットで攻撃してくる間は、ライフルからの攻撃はない。逆に狙撃があったときは、ビットからの攻撃がないのだ。

 

 攻撃は読みやすかった。

 

 さすがにこの猪突猛進の状態では回避行動も何もないが、彼女が動けば次にどれで攻撃してくるかなど今や手を取るようにわかる。だからこそ、彼女の次の行動に思わず目を、ぎょっ、とさせた。

 

「こうなったら、っ!」

 

 やけくそ気味に突進してくる玄兎は、少しダメージを受けた程度ではその動きを緩めようとはしない。ならば、いささか危ない橋を渡るのは、致し方ないことだ。

 セシリアが次の攻撃に選んだのは、ビットだ。それもミサイルの方だった。

 玄兎とセシリアの距離は、彼のダメージ覚悟の突進である程度縮まっている。決して、遠いとは言えない距離だ。この距離間で、ミサイルを使えば恐らくセシリアは爆風に巻き込まれて、自信もダメージを負ってしまう。それにもしもこれをかわされたら、今度こそ一撃をお見舞いされれるだろう。

 セシリアもこれに賭けた。相手側もダメージ覚悟、ならばこっちもそれと同等の覚悟を見せなければならない。

 

 二基のミサイルが発射され、煙の軌跡を描きながら猛進する玄兎めがけ突っ込んでいく。

 

 次に起きたのは、爆発だった。標的に命中した。

 

「やったっ!」

 

 と、セシリアも歓喜の声をもらすも、一瞬のうちにそれは驚愕の色へと染まった。

 煙の中から突き出てきたのは一本の刀。それから続くように煙と同じ、灰色の装甲がセシリアの目に映った。

 

 

 ――――――同時に、大胆不敵に微笑む一人の、少女のように美しい顔をした少年の顔が、見えた。

 

 

「はぁぁぁっ!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)による超加速。そしてその加速で威力を最大限に高めた『葵』による打突。突進力だけに任せた、出鱈目すぎる突きがセシリアめがけ放たれた。

 それは、『ブルーティアーズ』の装甲を穿ちながら、なお止まることはなかった。そのままアリーナの壁に激突し、粉塵を巻き上げる。

 誰かの生唾を飲む音が聞こえそうなほどの静寂が、アリーナを包む。

 

 

 勝ったのは――――――――――




勝ったのは、果たして……?


あとがきであまりいうことないんで、ここらで予告でも。


次回はいよいよ玄兎VS一夏。皆の予想とは裏腹に勝負の行方は、思いもよらぬ方向へと進んでいく……!

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