今回はいよいよ後編ということで、クラス代表決定戦も大詰め!
玄兎と一夏の試合、勝敗の行方は…!? 一方で玄兎は何やら企んでいるようで……?
「ひ、引き分け……」
疲労困憊といった具合で、ベンチに腰掛けた玄兎が消え入りそうな声音で呟いた。それにはどこか安堵したような、それでいてにじみ出る悔しさを押さえきれなていないような声であった。
気持ちはわからないでもなかった。
玄兎とセシリアのクラス代表をかけた試合は、壮絶な激戦の末に『引き分け』という形で決着を迎えていた。セシリアの猛攻を物ともせず肉薄した玄兎が放った痛烈な一撃。それはそれまでの加速に加え、至近距離から瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって威力を高めた打突だった。さすがの第三世代機とはいえ、それをまともに食らえばただではすまなかったようで、勿論、壁に激突した衝撃によるダメージもいくらかはあっただろうが、たちまちシールドエネルギーの残量が底をついた。だが、同時に度重なるレーザーの雨の中に晒され続けた『打鉄』のシールドエネルギーもまた、底をついていた。それもほとんど同じタイミングで、だ。
これは幸運なのか、不運なのか。玄兎のシールドエネルギーがゼロになった瞬間が、あと少し遅ければ玄兎が勝利していた。逆に、もうちょっとでも早かったならば敗北していたのだ。セシリアにしてもやはり、彼のシールドエネルギーがゼロになるのがもう少し早ければ勝っていたし、遅ければ負けていた。最後の最後のまで紙一重な試合である。
ともあれ、玄兎。これで残す試合はあと二つ。そのうち、玄兎が行うのは次に行われる第二試合で最後だった。
「さすがに連戦はこたえる」
そうぼやく玄兎の顔には、発言とは裏腹に疲労の色は一切見えない。表情と言葉が噛みあってないのだ。白々しすぎる。
「でも、よく頑張った方じゃない? 量産機で、専用機相手に。それに相手は最新鋭の新型。お姉さんとしては、引き分けだとしても、鼻高々よ」
楯無が手に持っている扇を、ばさっ、と広げる。そこには「戦果上々」と記されていた。
「御褒美として、いいことしてあげたくなるぐらいに、ね」
「じゃあ、飯おごってくれ」
「ちょっと!? もうちょっとぐらい考えてよ!」
別にこれといって期待していたわけではないが、さすがにもうちょっとは思考をしてほしかった。彼にはもう少し、そういった思慮深さをを身に着けてほしいものだ。そうすれば、自分の苦労は幾分か減るというのに。
隣にいる玄兎に気付かれない程度に、小さくため息をつく。
「それにしても、よくあんな無茶が出来たわね。運がよかったから、引き分けに持ち込めたみたいなものだけど」
「わかってるよ。生憎、俺はもっぱら近距離戦闘がメインでね。今回みたいな、相手には弱いんだよ」
玄兎が大仰に手を広げ、肩をすくめる。
「まぁ、それでもどうにかなったんだしな。終わり良ければ総て良し、ってことだ」
「あのねぇ……」
自信ありげに言ってのける玄兎に、楯無は呆れ顔をつくった。確かに今回は何とかなったのだろうが、それは相手がまだ未熟だったからだ。セシリア・オルコットは確かに代表候補生でかつ専用機を持っており、その実力は入試の時の実技試験で学年主席という成績からもわかるだろう。だが、それでも〝まだまだ〟だ。国家代表は勿論のこと、上級生の代表候補生と比べるとその実力は明らかに見劣りしている。今回の試合を見た楯無も「IS学園の一年生としては上出来。でも、専用機をもつ代表候補生としてはイマイチね」という少々辛口な評価を下していた程だ。
だが、ここは世界で唯一IS操縦者および技術者を育成する教育機関、IS学園である。彼女の実力は、ここで過ごす三年間のうちにどんどんと上がっていくだろう。だが、いくら時が経とうが諸事情で玄兎は自身のもつISを使えない。つまり、ずっと量産機で彼女と戦うことになる。するとどうなるだろう。今回のように勢い任せの作戦が通じるだろうか。いや、通じない可能性のほうが高い。なにせ、専用機は操縦者とともに成長するもので、乗れば乗るほどそれに比例して、強くなっていく代物だ。三年が経つ頃には、彼女はその機体を自由自在に操っていることだろう。たいして、玄兎は量産機。腕前は上がっているだろうが、機体の性能差はどう足掻こうが埋められるものではない。時間が経ち、セシリアが操縦者として成長すればするほど、玄兎の勝ち目はどんどん薄くなっていくのだ。今回のような無茶な攻勢が功をなしたのも、この時期だからこそともいえよう。
楯無の呆れ顔の理由はこういったことに由来していた。しかしどうせ彼の事だ、そんなことは承知している上での発言なのだろう。
「まぁ、玄兎がそれでいいなら、私は何も言わないけど」
どのみち本人がこの調子なら、言ったところで無駄であろう。そう判断した楯無は、話題を次に移した。
「それで、次はこの一週間みっちりと育ていた、弟子の一夏君だけど、どうするの?」
「どうするもなにも、やることは決まってるんだ。予定通りにやるさ」
あっけらかんとして言う玄兎の言葉には、どこか含みがあった。それは何かを画策する策士、もとい悪だくみに興じようとする悪者のようにも見える。しかし、なぜだろうか。楯無にはその計画がどうしても失敗しそうな気がするのだ。何と言ったらいいのか分からない感覚なのだが、とにかくテレビによくある毎回登場しては主人公にお決まりのパターンでやられてしまう悪役のような感じが、玄兎からひしひしと伝わってくるのである。
――――――杞憂、だといいんだけど。
その答えが出るのは、今から一時間後のことである。
* * *
織斑一夏は非常に耐えがたい興奮に襲われていた。心の底から温泉の源泉のごとく湧き出てくるそれは止まることなく、一夏の中を駆け巡っていく。それは感情が渦を巻き、自身の心を飲み込まんとするような、不思議な感覚であった。
「前々から知ってはいたが、改めてみるとやはりすごいなあの人は……」
モニターに映る玄兎の姿を見ながら、箒が感嘆の言葉を漏らした。ここにいる全員が、それぞれリアクションは違えど、似たような感想を抱いているだろう。それほど、先の試合はすごかった。
専用機というのは、何も訓練機としてこの学園にある『打鉄』と『ラファール・リヴァイヴ』の二機と機構自体に大した差異があるわけではない。ただ、その二機は今現在主流である、第二世代型、と呼ばれるISの中でも量産に成功した最もベーシックなタイプというだけだ――――――とはいっても、ISの中枢となるコアの数に限りがある以上、量産化とは「第二世代型においての完成形」ということを指すのであろうが。
専用機というのは、そもそも訓練機が万人が操縦するために作られたものであるならば、それに対する、ある一個人が操縦するために作られた機体のことだ。あえて違いを上げるのなら、その一点だけであろう。ただ、訓練機は誰もが使えるようにシステムやらを調整しているのに対し、専用機は当然というかその個人に合った調整をISに施している。そのため、ある程度の優位性を持っているのは否めない。
特にセシリアの専用機『ブルーティアーズ』は今現在、各国で開発競争が行われている操縦者のイメージ・インターフェースを用いた特殊兵装の搭載を目標とした、第三世代型と呼ばれるイギリスの最新鋭機である。国家代表の専用機でも第二世代型が主流の今では、かなり貴重な存在だ。勿論、その性能も第二世代型、それも訓練機として調整された『打鉄』とは比べものにならないものを持っている。先ほどの試合を見ても、それは明らかであろう。実験機の域を出ていないとはいえ、さすがである。
そうすると、浮上する話題が一つ。機体の性能差で圧倒的に不利であったにもかかわらず、代表候補生であるセシリアと互角の勝負を繰り広げ、引き分けという結果を得た玄兎についてだ。
彼のあの動きは、ISのことについてはまったくの素人である一夏が見ても、充分「違和感」を感じるものであった。何しろ、一夏たち男性操縦者が発見されたのは今年の二月から入学式の直前である四月の初めごろだ。それまでに一夏がやっていたことといえば、千冬に半ば強引に渡された参考書を読んだり、気晴らしにやる掃除ぐらいで、あとは毎日のように押しかけてくるメディア以外何ら以前と変わらない生活を送っていた。そのころはまだ自分がIS学園に入学するという実感がなかったから、ある意味気楽だったのだろう。現に一夏が自分が「IS学園に入学したんだ」と心から実感したのは、入学直後の一時限目の授業中だった。
そして、そんな生活を送っていた一夏は当然ながら、ISとは無縁の生活を送っていた。いやしかし、まったくの無縁とは言えない。何しろ、そのころはまだ初の男性IS操縦者ということで、世論が熱気を発していた時期である。寄せられる好奇な目や好奇心らは、直接的間接的とわず一夏本人につきまとっていたはずだ。それを常に無視し心に留めないほど、中学生の神経は図太くはないはず。どちからといえば、それらから逃れたくて、無意識のうちに普段の生活を心掛けていたのかもしれない。
要するに、玄兎よりも先に「ISを動かせる男子」として発見された一夏ですら、学園に入学するまでISと直接かかわる機会がなかったのだ。入学式の直前に見つかったと「される」玄兎に、それができたとは到底思えない。
だが、それは玄兎が一夏と同じような立場の人間であった場合のみに成立する推測だ。玄兎が何らかの形で、学園に入学する以前にISと関わりを持っていたのなら、操縦技術を何らかの形で教授できる環境に身を置いていたのなら、その限りではない。それどころか、そうであった方が彼に関する疑問のいくつかは氷解する。あの素人離れした戦闘技術も、そうであるならば納得がいく。
だが、残念ながら今の一夏は先ほどの一戦をそこまで穿った見方で見れるほどの客観的な主観も、精神的余裕もなかった。
「織斑」
「は、はい。なんでしょうか、織斑先生」
千冬に名前を呼ばれ、危うく千冬姉というプライベートな呼称で返事をしそうになった一夏は、慌ててそれを喉元で修正し返事を返した。姉が自分の担任の教師だとわかってから一週間がたつが、やはり長年の癖というのはそう簡単に矯正はできないらしい。今でも咄嗟の時や、先のような不意に呼ばれたときなど思わず「千冬姉」と呼んでしまう。それが原因で毎日、彼女から出席簿で理不尽な暴力を振るわれるのは、一夏としても悩みの種であった。
ところで、呼ばれた原因。千冬は眉間にしわを寄せ、まるでため息を我慢するような顔つきで、
「お前の専用機の到着が遅れている。もしも、次の試合開始時刻に間に合わなかったら、お前も訓練機で行く。準備をしておけ」
「え、せ、専用機?」
千冬の説明に何のことかわからないと言いたげに首をかしげる一夏。それを見た箒がすぐにフォローへと回った。
「昨日の放課後、千冬さんから話があったろう。あれだ」
「ああ、あれか」
耳元で囁くような箒の言葉でようやく一夏は、その記憶を掘り出した。
昨日放課後、確かに一夏は千冬に「明日、お前に専用機が届く」なんてことを言われた。その時には「専用機ってなんだろう」程度にしか思っていなかったが、今改めてそのことを考えると遅れてじわじわと驚愕が浮かび上がってくる。
何しろ専用機だ。軍にも、どこぞの企業にも所属していない、一介の高校生の一夏にたいしては破格の対応である。
「とにかく、時間が惜しい今、いつ届くかもわからない機体を待って、試合を長引かせるわけにもいかん」
そこで千冬は言葉を切り、一夏に背を向けた。千冬の本音を言えば、この待っている時間ですら惜しいが、さすがに休みなしの連戦ともなると操縦者の方も疲れるし、何より戦闘後のISの修理にはいささか時間を食うのだ。急ピッチでやったとしても、それ相応の時間がかかる。故のこの時間は無駄のようで、必要な時間であった。
だが、そうはいってもこの時間に一夏のやることは何もない。さきほど、玄兎とセシリアの試合が始まる直前には既に準備運動や柔軟体操を済ませあるし、ISにおいてはド素人の一夏にはISの整備などという器用な時間の使い方もできなかった。
ようは暇であった。
時間惜しい、とはいつつも一夏本人がやることはこの時間何もない。別に今すぐに試合を始めても一夏としては何ら問題なかった。むしろ時間がいるのは、一夏以外の面子だった。玄兎は先ほどの試合で『打鉄』に無理をさせたのが災いしてか、その整備に幾分か時間がかかっている。一方のセシリアも、玄兎程ではないとはいえ、似たような有様であった。
麻耶は先ほどからしきり時計を気にしているし、千冬はモニターに映る何かを凝視したまま、表情すら動かそうとしない。この場の雰囲気が直接的ではないしろ、間接的な原因の一部である「自身の専用機の到着が遅れている」のせいであると思うと、一夏としてはどうにも居心地が悪い。さきほどまでの興奮や闘志もいつの間にか冷めてしまっていた。
「あ、あの俺ちょ、ちょっと外に出てくる」
とりあえず、外の空気を吸いたい気分だった。
「時間までには戻ってこい」
「わかりました」
「わ、私も行くぞ、一夏!」
千冬の言葉を得て、この場を去ろうとした一夏を慌てて箒が追った。この場にいる生徒は箒と一夏の二人だけで、一夏が出ていき、箒一人だけ取り残されるという状況が嫌だったのだろう。
モニタールーム――――普段は教職員のみが立ち入ることができる、アリーナの映像室とでもいうのか。そういった部屋だ――――を後にした一夏は、とりあえず気を紛らわすため歩き出した。目的地はないが、制限時間はあるこの状況で、動き回れる範囲は限られれている。ならばピットに行くのがいいだろう、と一夏は思った。どうせ時間が来ればあそこへ行くのだし、ちょうどいいだろう。
「……勝ってやるぜ、玄兎」
一夏の小さく呟いた言葉は、隣にいた箒にすら聞こえることなくただひっそりと空中を漂い、消滅していった。
* * *
一夏の専用機、名を『白式』という。白を基調とした騎士のようなフォルムは、二十一世紀騒乱の間接的原因ともなった一つの《ある事件》の際に出現した、あるISを彷彿とさせる。外見部分ではそのISとはだいぶ違うが、その機体そのものが発する独特の雰囲気というのだろうか、纏うオーラがよく似ているのだ。
箒の白式を見た時の第一印象はこのようなものだった。箒自身、あの事件の事を事細かに覚えているわけではないが、何しろその当事者たるのが自分の姉なのだから、その事件に対する印象というものはほかの人よりも強かったといえる。もっとも、姉とその事件の関連性はいまだ姉の口からはっきりとした答えを貰っているわけではない。確証はない、だが根拠と勘はある、というなにぶん不安定なものの上に成り立っている推測のために、なまじ問いただすこともできないのだ。明確な証拠でもあれば、あの妙なところで頑固な姉の口を割らせることはできるのだろうが。ともあれ、それがわかったところで箒に対するメリットはなく、むしろデメリットしか生まれないので、箒の中ではこの問題は未解決のまま脳の奥隅に追いやられていた。
「織斑、準備は?」
「大丈夫です。いつでも行けます」
「なら、とっと行ってこい。赤神はすでに出てるぞ」
箒の視線の先ではそのような会話が交わされていた。時刻はすでに次の試合が開始される時間を過ぎており、『打鉄』の整備を終わらせた玄兎はすでにアリーナのグランド内に出て対戦相手の一夏の登場を静かに待っている。一方の一夏も専用機がほんの数分前に届き、慌てて準備に入った次第であった。
専用機が、初めからその人専用に調整されているわけではない。まずは、『初期化』と呼ばれる状態にしてから、『最適化』と呼ばれる作業で操縦者のデータをもとにISのシステムプログラムを個人用に書き換え、それと同時に「一次移行(ファーストシフト)」と呼ばれる段階へと移ることで、ようやくその機体は名実ともに専用機としての役割を得るのだ。ちなみに、このややこしく小難しい一連の作業のほとんどはIS側のコンピューターが自動で行ってくれるため、操縦者はただ乗っているだけでよかったりする。
「箒……行ってくる」
箒に目配せした一夏が、そう言った。
「ああ、勝ってこい」
正直なことを言えば、今の一夏があのセシリアと互角の勝負を繰り広げた玄兎に勝てるとは思えない。たった一週間の特訓ぐらいで勝てるほど、勝負の世界は甘くないのだ。それを箒は知っている。
だが、同時に勝負の世界には、絶対、というものは存在しない。昨日まで勝てた相手に、次の日には勝てない。そんなことはざらにあるだ。
だから、箒はあえて「勝ってこい」という言葉を使った。強者が弱者に負けるはずがない、という理屈はこの世界のどこにもない。強者も時として、敗北を喫するときもある。ならば、その可能性に賭けてみるのも、勝負の醍醐味というやつではないか。
飛び立つ一夏の背を見ながら、箒は胸の内でそんな思いを馳せていた。
それは先ほどの一戦とは、一線画した、良くも悪くも毛色の違う試合であった。
激しくぶつかり合う剣戟。ISの高速移動下で繰り広げられるそれは、見るものを圧倒し、、ある種の魅了をもたらす。セシリアと玄兎の一戦がスポーツとして、操縦者の技量を競うとしたのならば、こちらはさしずめISによる見世物、といったところだ。そういう風に思えるほど、この一戦は見るに飽きなかった。
「おいおい、まだまだ動きが甘いぞ、一夏。集中しろ、集中を」
「やってるって!」
余裕顔で笑みを浮かべる玄兎と、眉間にしわを寄せ渋面になりながらも刀を振るう一夏。その二人によって展開されている剣劇は、もう十分ばかりの時間続いていた。
「太刀筋なんてもんは、俺には分からんが……俺が楽々と捌ききれるぐらいってことは、まだまだってことだな」
玄兎はそう言いながら、一夏の一太刀を軽くいなした。試合が始まってからずっとこうだ。一夏が攻撃し、それを玄兎が慣れた刀さばきでいなす。その繰り返しだった。何度一夏が攻撃をしようとも玄兎には届かず、逆にカウンターによるダメージで一夏のシールドエネルギーは少しずつじりじりと削られていっている。このままいくと、間違いななくジリ貧だ。
玄兎にいなされたことにより、一夏の態勢は前のめりに崩れた。
「よっと」
そんな態勢の一夏の背を踏み台のようにして玄兎が上へと飛翔する。ただでさえ態勢が悪かった一夏は、それが追い打ちとなり完全に態勢を崩してしまった。致命的なロスだ。
またもいいようにあしらわれた。圧倒的な実力の差、経験の差を見せつけられ一夏は歯噛みした。
「まだだっ!」
「おっと、何回やっても同じだって」
加速からの横へ一文字に一太刀。力のこもったいい太刀筋だった。だが、それでも玄兎にとっては遅かった。
横からくる一夏の太刀筋に合わせ、玄兎は葵を下から半円を描くようにして振るう。刀の刃と刃をぶつけ、自身の刃の上を相手の刃が滑るように力と角度を調節、相手の力を利用してその力を別方向へと逃がす。そうすることで、一夏の攻撃を無効化し、かつ一夏の態勢を崩すことができるのである。
ついでにいうと、玄兎はこの技術を表面的には軽々と使っているが、その内心はとてつもない集中力を要していた。幾分、難易度の高い技術のためまだ会得して日が浅い玄兎にはそう簡単に扱える技術ではないのだ。それでもこの試合で使うのは、ちょっとした練習も兼ねてだった。いまどき、刀一本でISの試合に臨むことは普通はない。というより、ISに遠距離武装がついていないことすらないのだ、それも致し方ないだろう。だが、一夏の白式はある事情で、武装が一つしかなかったのだ。それが刀であったために、玄兎は練習にはもってこいだと思ったのだった。
「単純だなぁ、お前。もうちょっと攻撃の幅つうもんがないのかね」
玄兎が頭を掻きながらいうと、崩れた態勢を立て直していた一夏がむすっとした顔で、
「初心者だからな」
と言った。開き直ってはいないだろうが、不満があるようだ。
初心者だからしょうがない、が通じるのは小学生までだ。そう言おうとしたが、寸前のところでやめた。いや、玄兎だって今からやったこともないスポーツやれと言われてもできないし、できないでいたら「へたくそ」と言われてそれに対して「初心者なもんで」と返さない自信はない。というより、今の一夏よりもしかめっ面で「しょうがないだろ」とか言いそうだった。
とにかく、一夏の気持ちはある程度理解できる。初心者だから、やり方が単調になっても仕方ない――――――わけがない。
「言い訳すんな。お前の言い分もわかるが、ちょっとは考えろ。ただ闇雲にやればいいってもんじゃないんだぞ」
「考えろって言われても……」
一夏が思案顔になり、唸り始めた。それを見て玄兎は盛大にため息をついた。この男は、馬鹿か。
すぐに空いているもう片方の手に焔備を展開。命中するかしないかなどお構いなしに、乱射する。片手なので銃口の跳ね上がりに対応できず、狙いが定まらないが、一夏を驚かすぐらいならこれぐらいでちょうどいい。
「うわっ、何すんだ!?」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿」
いきなりの銃の乱射に驚きを隠せない一夏だったが、
「何相手の目の前でご丁寧に、立ち止まって考え事するんだよ。狙ってください、といっているようなもんだろうが、それじゃ」
「あ……」
その一言でようやく合点がいったといわんばかりの顔になった。馬鹿は馬鹿でも、天然の方なのだろう。扱いにくいというより、扱いたくない部類の人間だ。
「思考は常に動きながらが鉄則だ。立ち止まって一々やってたら、あっという間に蜂の巣だぞ」
焔備の引き金から指を離した玄兎が、どうしようもない悪ガキを見るような目で一夏をみたまま、説明する。自分も昔こうだったのかな、と思うとなんだか感慨深いものがあるが、それに浸っている余裕はなかった。勝負、とくに一対一の勝負を行うスポーツの世界では、一瞬のうちに勝敗が決まる。その一瞬に起こる駆け引きこそが、その勝負を左右する天秤なのだ。駆け引きに勝てば、おのずと勝利を得るが、負けるとこれまた試合にも負ける。勝負とはそういうものだ。だからこそ、その大事な一瞬に、立ち止まって考える、なんて愚行を起こす一夏には玄兎も呆れずにはいられなかったのだった。
「とにかくだ、一夏」
再び焔備の引き金に指を置く。狙いは勿論、一夏。今回は葵を量子変換で収納し、きちんと両手で焔備を扱っている。これならば、先よりも命中精度は上がるはずだ。一夏相手ならば、よほどのことがない限り外しはしないだろう。
「これは俺がお前にしてやれる、最後の特訓だと思え。勿論、俺は勝つつもりでいくからな」
「お、おう……」
一夏が戸惑い気味に返した。そして、そんな一夏の頬をかすめるようにして玄兎の弾丸が通過していった。
驚きに目を見開く一夏だが、そんなことは相手方の玄兎には関係ない。むしろ、驚いてもらった方が好都合。
「ほら、逃げないと蜂の巣だぞ!」
マシンガンの最大の特徴はその連射力。何発もの銃弾が一夏めがけ、シャワーのごとく降り注いできた。
「くそっ!」
本能的に横へとステップし、紙一重のところでそれをかわす。だが、それで終わりではない。絶え間なく銃弾の雨は一夏のもとへ降り注ぎ、一夏はそれから必死に逃げた。反撃しようにも、白式には遠距離武器はなく、あるのはこの「雪片弐型」だけだ。雪片弐型は、かつてISで世界を制した姉――――織斑千冬が使っていた第二世代機「暮桜」に搭載されていた「雪片」という武装の後継である。彼女はかつてこの刀一本とその技術だけで、世界一へと上り詰めたらしいが、その時の千冬はこういう状況をどうやって切り抜けたのだろうか。
(考えろ……考えろ考えろ。千冬姉なら、こんなときどうすると思う。それを考えるんだ)
ちなみに一夏は千冬が現役だったときの試合をあまり見たことがない。というより、千冬がなぜか見せてくれなかったのだ。だから、こっそりと姉の目を盗んでちらりと見ることしかできなかった。
そのようなおぼろげな記憶で、千冬の戦い方などわかるはずもない。それに一夏はまだISという世界に触れてから、日が浅く、経験や技術にも差があるだろう。仮にこの状況で千冬がとるであろう行動が予測できたとしても、それを実行できるような技術を一夏が持ち合わせていないのである。
またも、万事休す。だが、諦めるにはまだ早い。何かあるはず、逆転できる何かが。
一夏の頭はいつになくフル回転していた。迫りくる銃撃の嵐を避けつつ、この場を逆転できるアイディアを思案するという、とてつもなく難しい作業を並行してやっているのだ。さらに一方はまだ慣れないISの操縦である。脳がこれまでになくフル稼働しているのは、当然と言えば当然であった。
「逃げ回るだけかっ、一夏よぉ!」
玄兎の声に段々と嬉々としたものが混じり始めている。どうやらこの状況が面白くなってきたらしい。こちらの気持ちも知らないで、と一夏は愚痴りたい気分だったが生憎そういった暇はなかった。
「あ、そういえば……?」
そういえば、千冬が白式の初期化と最適化を行っているときに、この機体についていくつか説明をしてくれていたのだった。そして、その中にいくつか気になることがあったのだ。白式に備わっているある特殊な能力について。
「白式はほかのISとは少し違ってな。拡張領域というものがない。つまり、白式に備わっている武器は雪片弐型ただ一つというわけだ。が、その代りに白式は第一形態から『単一使用能力(ワンオフ・アビリティー)』と呼ばれる特殊な能力が使える。これは通常第二移行(セカンドシフト)後に発現する固有能力なんだが、使い方次第ではお前でも代表候補生と戦えるようになるかもしれない強力な力だ。上手く使えよ」
千冬の説明は淡々としていたが、丁寧ではあった。
「ワンオフ・アビリティー……」
思い出したその単語を口の中で復唱する。それを使えば初心者の一夏ですら、あの代表候補生とも渡り合えるだろう、と千冬は言っていた。ならば、ここで使わない手はない。
しかし、ここで一夏はあることを思い出した。初心者だから、それは致し方ない事なのであろうが、それは今のこの状況においてはあまりにも痛恨なことであった。
――――――そもそも、どうやって使うんだ……?
そう、使い方がわからないのだ。ワンオフ・アビリティーをどうやって発動させればいいのかもわからないし、そもそもどんな能力かも知らないのである。こればかりはどうしようもない。自分が初心者だということを呪うしかなかった。
『力の振るい方なんて、僕よりも君のほうがよくわかってるじゃないか』
一夏はハッとして、顔を上げた。今の声はなんだ。どことからともなく聞こえた、先の声は。
聞き覚えのあるようで、ない声だった。とある人物の声に似てはいたが、声の感じがどことなく違っていた。女のようで、男のようで、どちらともはっきりしない曖昧な声である。それが不意に思い出したように、脳裏にフラッシュバックしたのだ。いや、正確には、耳に、というべきか。
誰なのか、という問題はこの際一夏にとってはどうでもよかった。重要なのはその内容。なぜかはわからないが、今はその言葉の中身が大事なような気がする。一夏自身にもわからない不可思議な感覚が、そう告げているのだ。思い出せ、と。
「……よし」
意を決する。やるしかない。やらなければ、負ける。やるんだ、やれよ。そう自分に言い聞かせ、一夏はくるりと身を翻した。
宙を足場にするような動きからの上への跳躍。弧を描くようにして、玄兎の背後のほうへと回り込むとそこからさらに下へと潜り込むように飛行する。
「ちょこまかちょこまかと……っ!」
急に動きが細やかになった一夏に、玄兎が思わず舌打ちした。下に行ったかと思うと上へ行き、上に行ったかと思うと右へ左へと動く。それはまるでネズミや虫が逃げ回っているようで、行動が予測しづらい。闇雲に、というわけではなさそうだが、法則性もまたなさそうだ。それがまた余計に一夏の行動を予測しづらくしていた。
この一連の動作に意味があるとすれば、彼は間違いなく何かを仕掛けようとしている。その何かには玄兎にも心当たりがあった。思っていた展開とは違うが、結果が同じであれば途中の細かい過程などどうでもよい。
玄兎は胸の内にある思惑通りにことが運ばれていることに少々笑みを浮かべたが、すぐに緩みかけた口元を引き締めた。まだ終わったわけではない、不測の事態というのも充分に考えられることだ。何しろ白式のワンオフ・アビリティーはあれである。一夏が扱いきれるかどうか、いささか心配ではあった。
「さてさて、お手並み拝見」
焔備を収納し、葵を展開する。そろそろ弾切れも近かったころだ、近接戦闘に切り替えるにはちょうどいいタイミングであろう。
まずは相手方の出方を見る。行動が予測できない以上、それに則った攻撃は行えない。ならば、待つほか方法はないではないか。玄兎は葵の切っ先を下に向けたまま、じっと一夏を観察した。
一夏はまだ玄兎の周りをうろうろとまるで蚊のように飛び回っている。隙を狙っているのか、彼の双眸は獲物を狩ろうとしている獰猛な獣のように細められていた。
動きはすぐにあった。
一夏がちょうど玄兎の真下に差し掛かった時だ。それまで玄兎の周囲を旋回し続けていた一夏が、突然とその進行方向を変えた
直下からの急上昇。それも速い。白式のスペックは同じ第三世代型と比較しても高いといえるレベルで、当然ながら「打鉄」のスペックをはるかに凌いでいる。特に飛行能力においては、同じ第三世代型のブルーティアーズよりも有するものは上だ。それが勢いをつけて突っ込んでくるのだ、それはそれは速いであろう。
(朱雀よりは……でも、これは!?)
すぐに防御態勢をとった。下から迫る雪片弐型の刀身が葵とぶつかり、火花を散らす。加速がついている分、威力がある。「ぐっ……!」と玄兎は奥歯をかみしめながら、一夏の斬撃を上へと逃がす。
「……エネルギー残量が急に……」
一夏の攻撃を受け流した直後、玄兎は思わず顔をしかめた。シールドエネルギーの残量を示す数値が、驚くべきスピードで減っていったからだ。たった一度、攻撃を防御しただけでここまでもっていかれるものなのか。どうやら白式の能力は、玄兎の考えていたよりも厄介な能力のようだ。
零落白夜。それが白式のワンオフ・アビリティーの名だった。効果はいたってシンプルで、エネルギーの無効化だ。エネルギー質のものなら何でも消滅させることが可能で、エネルギーの残量に関わらずシールドバリアですらも消滅させることができる規格外な能力である。シールドバリアをいとも簡単に突破し、本体に直接ダメージを与えることができるこの能力は、まさに一撃必殺。まともに喰らえば、ただでは済まない。実際、かすめただけの玄兎でも、相当量のシールドエネルギーをやられているのだ。
玄兎の頭上に通り抜けていこうとしていた一夏の身体が急にブレーキがかかったように止まった。スラスターを逆噴射したのだろう、態勢に無理がある。
だが、それでも一夏は構わなかった。
「はぁああああああ!」
くるりと身を返し、スラスターを吹かす。さすがの玄兎でも本気の焦燥が顔に張り付いた。なんとも無茶苦茶な操縦をする。
先ほどまでの勢いはないが、それでも『零落白夜』は発動している。雪片弐型の光輝く刀身が、玄兎の頭上に振りかざされる。さすがにこの距離で避けるのは無理だ、受け止めるしかない。
玄兎が葵を頭上にかがげるのとほぼ同時。雪片弐型の光の刃と葵の刀身がぶつかった。
「……くっ!?」
押される。一夏の会心の一撃に、玄兎の腕が徐々に押され始めていた。「打鉄」のスラスターを全開で対抗するが、相手も同じくスラスターを全開で突撃してくる――――結果は見えていた。
加速力は最新鋭機でもトップクラスの白式だ、いくら操縦者の腕がよかろうと量産機の打鉄が太刀打ちできるはずもなかった。
「なるほど。これは、すげぇや」
玄兎が嬉しそうな笑顔を浮かべる。そして、それからほどなくして試合終了を告げるブザーがアリーナに轟いた。
『勝者:織斑一夏』
* * *
「やったな、一夏!」
一夏がピットに戻るなり、そんな箒の第一声が耳に飛び込んできた。その声は明らかに嬉しさからくる興奮に包まれていた。どうやら一夏の初勝利は箒にとって、よほどのことだったらしい。
そんな箒とは対照的だったのは、当の本人一夏であった。先の一戦で燃え尽きたのか、呆け顔である。瞳の焦点もその間抜け面と連動するかのように合っていない。恐らくは試合の緊張から解放されたことで、疲れがどっぷりと溢れ出してきたのだろう。
「にしても、まさかあの玄兎さんに勝ってしまうとは……この一週間、特訓したかいがあるというものだな!」
鼻息も荒くなりつつある箒だったが、一夏はそれを「おう、そうか……」とどこか上の空で聞いていた。その二人の温度差は、傍から見ると妙な滑稽模様だ。まるで噛みあっていないのに、一方は興奮のしすぎで、もう一方は呆けてそれに気づいていないというのが、それに拍車をかけていた。
そんな奇妙な光景を見せている二人は、いまだそれを続けながらピット内にあるベンチに腰掛けた。「やはり、剣道が効いたな! あの中華娘の特訓よりも、私の特訓のほうが!」と箒。もはや浮かれすぎて、一夏に同意を求めることさえしていなかった。
現在、こちら側のピット内にいるのは二名だけである。試合開始前まではここにいた千冬と麻耶は、一夏の準備が終わった後すぐに別室のモニタールームへと戻っていた。そして、箒が意外に思ったのがここに凰鈴音がいないことだ。彼女ならば、いの一番にこの場へ来てそうなものなのだが。何か外せない用事でもあるのか、それとも観客席のほうで見ているのか。どちらにせよ、箒にとってはありがたいことである。
二人きり。否が応でもそれを意識せざる得ない状況だった。先までは一夏の初勝利に舞い上がりすぎてしまっていて、すっかりそのことを脳内から追い出してしまっていたのだが、こうやって興奮が少しづつ冷め始めると、やはり意識の表面に浮上してくるのはそれである。
興奮は一度それに陥るとなかなか治まるものではないのだが、冷めるときは一気に冷凍されたように冷めるものだ。つい数秒前までは一夏の勝利に酔ったように騒いでいた箒も、今ではすっかり自重モードであった。「こほん」と箒が空咳をした。妙なテンションで騒いでしまった自分が恥ずかしかったのか、その頬はかすかに赤みを帯びていた。
「初勝利は喜ばしいことだが、まだお前には試合が残っている。勝って兜の緒を締めよ、だぞ」
兜の緒を一番緩めていたのはどこの誰であろうか。自分で言っておきながら、なんとも説得力に欠ける言葉だ、と箒は思った。別段、箒が試合に出ているわけではないので兜の緒は緩めっぱなしでも問題はないが、要は気持ちの入れようである。自らも一夏とともに戦っている、そういう姿勢で応援するのが大事なのだ。
一夏の反応が薄い、と箒が気づいたのはそんな時だった。
「一夏? どうかしたのか?」
箒が訝しむような視線を投げかける。
「……あ、お、おう、箒。どうかしたか?」
一拍遅れて、しかも質問を聞いてなかったようで、箒の問いかけとまったく同じ言葉で一夏は返事を返した。さすがの箒もこれには、顔をしかめずにはいられなかった。どうしたのであろう。
「大丈夫か? まさかさっきの試合でどこか打ったとか……」
内心、それはない、と箒はかぶりをふった。ISには操縦者を守るためのシステムやテクノロジーが多数組み込まれていて、よほどのことがない限り操縦者が負傷するなんて事態は起こらない。先の試合も激闘ではあったが、そんなことが起こるような試合ではなかった。それに負傷していれば本人自ら申告するはずである。
「あ、いや、それはないんだけど……ちょっと気になることがあって」
「気になること、か?」
「試合中にさ、変な声が聞こえたんだよ。こう……なんていうかさ、どこかで聞いたことあるような、ないような声でさ。聞こえた、というより思い出した、っていうほうが近いかもな、感覚的には」
「変な、声?」
箒は眉を顰め、しばし黙考した。
幻聴だ。それは明らかに幻聴ではないか。試合中の一夏に声を届けるだけなら、モニタールームにいた千冬や麻耶、対戦相手の玄兎以外にも機器を使えば誰にでも可能だ。しかし、いくら可能だからといってそれをやるような非常識な人間はこの学園にはいない。ましてや、試合中である。もしもやった人物がいるというならば、あの鬼のように恐ろしい千冬に何らかの形で制裁を加えられているはずだ。しかし、そんなことが起きれば少なからずどこかで騒ぎにぐらいはなっている(千冬の最恐伝説にまた一ページ追加されるという意味で)はずだが、千冬がそれらしき行動をとったようには見えない。だとすれば、残る答えは必然と絞られてくる。
「一夏、それは幻聴だ」
箒は断言した。というより、これ以外考えられない。
「…………やっぱりそうなのかな」
一夏は納得がいかなさそう顔でそう呟く。
一夏としてはあの声がどうしても気になるのだ。胸の奥がもやもやして、息苦しさすら感じる。自分の事なのに、自分ではわからない。そんなもどかしさに、一夏はとらえられていた。
あれは、幻聴なんてものじゃない。そんな生易しいものではなくもっと――――――
「織斑、時間だ」
低く、刃のように鋭く尖った声でようやく一夏は思考の海から意識を浮上させた。時間を見ると、もうセシリアとの試合開始時刻まで二分を切っているところだった。
「ぐずぐずするな。急げ、またも先方は出てしまっているぞ」
淡々とした口調で千冬は一夏を急かした。どうやらセシリアはもう準備万端で待ち構えているらしい。上等だ、と一夏は座っていたベンチから腰を上げた。
あの声のことは確かに気になるが、今は目の前のことに集中していよう。
右腕の手首にある白式の待機形態の白いガントレットに意識を集める。数秒後、一夏の身体は量子変換された白式の光に包み込まれていった。
* * *
アリーナの観客席。そこにいたのは、一夏とセシリアの試合を真剣な面持ちで観ている玄兎とそんな玄兎に呆れたような表情をする楯無であった。
「……俺の計画に狂いはない」
「といいつつも、ものすごく心配そうな顔をしているけど?」
楯無の言葉に玄兎は無言を返した。その顔はいつになくしかめっ面だった。
「計画っていっても、聞いた限りだと結構大雑把なものじゃない」
「だからって、成功しないとは限らないだろ」
「成功してもたいして意味のない計画だけどね。これやるために、一週間一夏君の特訓を志願するなんて……馬鹿ね」
「俺は負けたくない。でも、代表にもなりたくない。なら、どうするかってのを考えた時、どうせなら一夏を代表にしてやろうと思ったんだよ。あのまま、あの金髪様がクラス代表になるのはちょっと癪だったしな」
「わがままここに極まりってことね……」
そのわがままのために、少しばかりの苦労を厭わないのはやはり玄兎らしいといえば玄兎らしい。
どことなく笑いがこみあげてきて、楯無はくすりと笑った。
「何が、おかしいんだよ」
唇を突き出して、妙に拗ねた態度で玄兎は言う。その姿がまたおかしくて、楯無は笑ってしまう。
「ごめんごめん。やっぱり玄兎は玄兎なんだなぁ、と思って」
楯無のその言葉に玄兎は困ったような表情で首をかしげた。意味が分からない。
「なんだよ、それ」
訝しむような視線を楯無に向けていた玄兎は諦めたように、視線を前に戻した。楯無の突飛な行動は今に始まったことではない。気にしたところで余計な気苦労が増えるだけで、無駄だ。
今、玄兎の視線の先では一夏とセシリアの試合が行われている。玄兎とセシリアが引き分け、玄兎と一夏は一夏の勝利で今日の二試合は決着していた。つまり、この試合の勝敗によってクラス代表が誰になるのかが決定するのだ。引き分けだった場合は、白星のある一夏が、その一夏が負ければ逆に今日負けがないセシリアがクラス代表ということになる。玄兎としては、是非とも一夏に勝利をもぎ取ってほしいものだが、どうやら戦況は玄兎の思惑通りには進んでくれないらしい。
一夏は劣勢だった。BTエネルギーライフル『スターライトmk-Ⅲ』による 遠距離射撃とBT兵器での容赦ない死角からの攻撃に、一夏は明らかに攻めきれていなかった。勝敗が決するのも時間の問題だろう。
玄兎がやや心配気味にこの試合を見ていたのも、一夏がセシリア相手に苦戦を強いられているからだった。一夏がこれに負ければ玄兎の計画は、一瞬のうちに水の泡となる。現時点では、玄兎は当初の思惑通りクラス代表になることはないだろう。ゼロ勝、一敗、一分け。この散々な結果ではクラス代表など、間違っても任命されないはずだ。
第一目標は果たしている。自分がクラス代表にならないことは確定事項で、あとは一夏次第。
「さぁ、男を見せてくれよ……織斑君」
玄兎は祈るように呟く。神様よ、どうか奇跡を起こしたまえ。そう願いを込めて。
結果はそれから五分もしない間に出ることになった。
その内容は半ば玄兎も予想していた通りのものであった。
『勝者:セシリア・オルコット』
無慈悲な神様は、玄兎を嘲笑うかのように必然的な答えを提示した。
「こんちくしょそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
玄兎の渾身の――――見様によっては、馬鹿ととられてもしかたない――――叫びは、隣にいる楯無の爆笑とともに虚しくアリーナに響き渡っていた。
玄兎の考えは基本的に常人とはかけ離れております。真面目なんです、そして馬鹿なんです。
ということで、第十話でしたが……。如何でしたでしょうか。最初から成功しない感丸出しの玄兎の作戦は見事なまでに失敗しましたね、めでたしめでたし。
次の更新はいつになるのやら~。では、また次の更新の時にお会いしましょう(´゚д゚`)グッバイ