IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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新年一発目の投稿。ついに鈴編が始まります。

原作とはちょっと違う展開を見せる一夏と鈴に要注目です!Σ(゚Д゚)


第十二話 恋愛戦線

 放課後の教室。窓から差し込む夕焼けの光がこの何気ない教室を幻想的な空間へと仕立てあげていた。見慣れた光景のはずなのに、見とれてしまう。

 

「あのね……もし、もしもね」

 

 緊張でうまく言葉が紡げない。あともうちょっと。あとほんの少しだけ頑張ればいいのだ。そう思ってもいつものように言葉が喉からすらすらと出てこなかった。引っかかって、外に吐き出せない。もどかしくて、何度も吐き出そうとするけども上手くいかない。心臓の音も普段より大きく、自身の内側にうるさく木霊している。

 

「私が将来、料理がうまくなったらさ……一夏、毎日私の酢豚食べてくれる?」

 

 何度も突っかかりそうになりならがも、何とか言い切った。だけど、心臓の鼓動は先よりも早く大きな音をたてていた。訊いたものの、内心不安でいっぱいだった。小柄な自分には不釣り合いなほど大きな不安が、彼女を押し潰そうとしている。無意識にスカートの裾をぎゅっと握りしめた。

 返事が欲しい。だけど、断られたらどうしよう。そんな相反する想いが胸の中でひしめき合い、きりきりと音を立てる。掌もじっとりと汗で濡れていて、今にも意識がどこかへ飛んでしまいだった。

 

「ああ、いいよ」

 

 その言葉を聞いて、喜びよりも先に安堵が訪れた。よかった、断れなかった。そして、遅れて喜びが彼女の胸に飛来した。

 

「ほ、ほんと……!?」

 

 内心、飛び跳ねんばかりに喜んでいる。それはもうお祭り騒ぎだった。なにせ一世一代の告白が成功した瞬間なのだ、嬉しいことこの上ない。

 そのうち心の中で押し殺していた笑顔が、許容量を超えて面に溢れ出してきた。もうそれはそれは、素敵な笑みであった。

 

 

 ――――――約束だからね。絶対に。

 

 

 それはほんの数年前に交わした約束。そしてそれは、今もなお少女の中に残り続けている希望だった。

 

 

 

      *      *     *

 

 凰鈴音の朝は早くも遅くもなかった。別に早朝に日課としているものもないし、ぐうたらといつまでも寝ているようなこともしない。それが鈴音の朝だった。「おはよう」と同室の者に挨拶をし、まず洗面台へと向かう。顔を洗い、歯を磨いてから、髪を整える。いつもそのあたりではっきりと目が覚める。そして、制服へと着替え、余裕をもって食堂へと足を運ぶ。偶に一夏のもとへ行くこともあるが、行き違いになっていたりすることがしばしばあったので五月に入った今ではまったく行っていなかった。そのまま食堂へ行った方が、彼と会う可能性は圧倒的に高いのだから、行く必要性が感じられなくなったといった方が適切である。

 

 そして、食堂に入るとまず朝食を注文し、それを受け取ってから一夏たちのもとへと向かう。「おはよう、鈴」と挨拶もそこそこに朝食を食べ始める。食べながら、やはり花が咲くのは雑談だ。

 

「クラス対抗リーグマッチ? なにそれ」

 

 朝食である焼き魚をほぐしながら、一夏が問うてきた。「あんた、クラス代表なのに知らないの?」と鈴音は少しばかり呆れ顔で言った。IS学園に入学してからはや一か月。一夏がクラス代表になったのも遠い日のことのようだった。この時期になると入学してきた新入生もだいぶ学園に馴染んでくるもので、最初のうちにある独特の緊張感というものはなくなっている頃だ。そして、入学したてのころには毎日のように出来ていたあの行列も、今ではなくなっていた。最初の内はまだ珍しいもの見たさで好奇心と興味が盛んにあったのだろうが、さすがに一か月も経つと次第にその興味は薄れてくるものである。貴重な男子生徒というのは確かにありがたいが、さすがに一か月も一緒にいるとそのありがたみというのもあまり感じなくなってくるわけで、今や生徒たちの興味は一夏に向けられることは殆どなくなってしまっていたのだった。一夏としてはこれでようやく落ち着いた高校生活を過ごせるので、万々歳なのだが。

 

 話を戻そう。クラスにも馴染みだし、IS学園の生徒としての自覚が定着しだしたこの時期にIS学園ではある行事が開催される。それがクラス対抗戦リーグマッチだ。

 

「学年ごとにクラス代表が試合するっていう行事らしいわよ? 外からお偉いさんも来るっていうから、学園側も気合い入れてるみたい」

 

 そう言うと鈴音は意識を朝食に戻した。今日の朝食はシンプルにトーストと牛乳という組み合わせだ。小食の鈴音はこの量でも充分にお腹が満たされるので、学園に来てからの朝食は殆どがこれだった。「ならば、一組の代表は一夏ということか」と言ったのは、隣で和食セットのお新香を箸でつまんでいる箒だった。「そういうことになる、のかな」

 

「ならば、また特訓だな」

 

 得意満面の顔で箒が言った。一か月前のセシリアと玄兎と一夏で行ったクラス代表決定戦の際にも、箒はこうして一夏に特訓しようと誘ってきていた。その時はろくにISのことは教えず、剣道ばかり教え込まれたのだが、果たして今回は何を指導してくれるというのだろうか。それを思うと一抹の不安を覚えるのだが、こうもやる気満々で言われると一夏としても断りづらく、また前回の特訓の際に指導された剣道が少しだけ試合に役立ってしまった分余計だった。

 

「私もその特訓に付き合うって言いたいところだけど、さすがに今回だけは無理ね」

 

 どうして、と一夏が問う。「だって、次のクラス対抗戦。私は二組代表だもん」

 

「鈴、お前……クラス代表だったのか!?」

 

「あんた、今さら……って、このやり取り前もやったわね」

 

 入学してから間もないころに交わされた会話を思い出しながら、鈴音はトーストを胃袋に収め、牛乳を一気に飲み干した。そして、鈴音達が朝食を終えるころ食堂の賑やかさは段々と粛々としたものに変わり始めていく。始業時間に近づき、登校しだす生徒が増えるためである。一夏たちも寝坊さえしなければ、いつもこの時間に食堂を後にし教室へと向かう。今日もそうだった。

 鈴音と別れ、一夏と箒が教室へと入るとそれまでがやがやと談笑していたクラスメートの視線が一気にこちらへと、主に一夏へと向けられた。彼女らの目には煌々としているものが宿っている。なんだか、興奮さめあらぬという感じだった。

 

「織斑君!」

 

 そこで一番近くにいた生徒、相川清香が一夏たち二人のもとへ駆け寄ってきた。「二人とも、クラス対抗戦の話聞いた!?」

 

「え、あ、うん。さっきだけど」

 

 一夏が戸惑いながら答えると、清香はそんな一夏の手をぎゅっと握りしめ、

 

「織斑君、絶対優勝してね!」

 

「これで食堂のデザート無料券半年分は、うちらのもんよ!」

 

「おーっ!」

 

 異様な盛り上がり方だった。それはもう、箒だけではなく一夏までもが引き気味になるほどに。どうも彼女らの頭からは鈴音の事は抜け落ちているらしい。セシリアと同じ専用機もちで、代表候補生の彼女の存在は優勝するうえでは避けては通れぬ問題だ。ましてや、一夏は一か月前に鈴音と似た境遇にあるセシリアに惨敗を喫したばかりである。あれから時間は経ったとはいえ、一夏のISの操縦技術はさして向上してはいない。つまり、勝つ見込みは薄いと言ってもいい。だから、先の食堂では箒がコーチ役を買って出たのだ。

 

 しかし、少女らの妄想は止まらない。彼女らは一夏が今度のクラス対抗戦にて優勝し、半年もの間デザートを食べ放題できると信じて疑っていないのだ。ここまで妄信的に一夏の勝利を信じられていると、逆に優勝しないと、それこそ鈴音の言う通り彼女らからなんと言われるかわかったものではない。気を引き締めて臨まないと、自分の首を絞めかねない、そんな勢いだった。

 

「ほら、なにぼさっとしている。邪魔だ、席につけ織斑」

 

 一夏の後ろから聞こえた声は千冬のものだった。「は、はい」といって、一夏は慌てて自分の席に着席した。気づけばいつの間にか清香も箒も自分の席にいるではないか。危機察知能力という点においては、彼女らは優秀なのだろう。そんなことを思いながら、一夏は教壇へと上がった千冬の言葉に耳を傾けた。

 

 

    *     *     *

 

 完全に遅刻だった。時計の針は始業時刻である八時十分を大幅に過ぎて、すでに一周の半分を超えていた。もはや言い訳など通用しないほどの大遅刻である。つい数秒前まで寝ぼけ眼でいた玄兎も、これには驚いて一瞬のうちに脳が覚醒した。布団から跳ね起き、そのまま洗面台へと向かう。顔を洗い、完全に意識を目覚めさせる。

 

「こんなことなら、ナギの近況報告だけ聞いて寝ておくんだった!」

 

 昨日の夜中の出来事を後悔するように叫ぶ。昨晩のことだ。不定期にくる、ナギからの近況報告があった。内容は最近来た依頼のことや皆の身の回りで起きた些細なことなど他愛もないことばかりで、それらをナギが気まぐれで連絡をよこしたときなどにちょっとばかり聞くのが、玄兎らの定番だった。普段ならばナギ一人と十分ばかり話し合って終了であったが、昨晩はなぜかアリサと束も加わっていた。ナギからの近況報告もいつもの三割増しの長さで聞かされた。横やりが多かったのだ。そして、話を徐々に徐々に長く、そして多人数でのものへと変わっていた。途中から江波や瑛梨、なおまでもが参戦してきたのだ。いつの間にか全員が集結していた。そうやっているうちに夜は更けていき、結局玄兎が就寝できたのは翌日の午前一時を回ったころだった。皆、それだけ内心寂しかったということだろう。口には出さないが、何だかんだで玄兎がいないと彼彼女らは調子が出ないのかもしれない。

 

 そうして、玄兎は見事に寝過ごしたのであった。

 

 制服の袖に腕を通し、床に転がっていた鞄をひったくると玄兎は扉を蹴り破り、全速力で廊下を駆けた。さすがにこの一か月で寮から教室までの道のりはちゃんと覚えた。最初のころはどういう行けばいいのか分からずに道に迷い、結局それが原因で遅刻して千冬に大目玉をくらったのでさすがにこればかりは真剣に取り組んだ。そのかいあって、今では一人でも寮の自室から教室まで行けるようになった(確認だが、普通の人は一回か二回も行けばだいたいの道のりは覚えるものである)。

 全力疾走したおかげか、目的地に到着するまでさほど時間はかからなかった。

 

「はぁはぁ……ま、間に合ったか!?」

 

「どこをどう見れば、そんな台詞が吐けるんだろうな、小僧」

 

「あれ、おかしいな……目の前に仁王がいるぞ?」

 

 言い終わるかどうかの境目で、頭部に強い衝撃があった。千冬お得意の拳骨だ。

 

「また遅刻か」

 

「はい、そのようですね」

 

 と他人事のように玄兎が呟くとまたしても千冬の拳が玄兎の頭めがけて振り下ろされようとしていた。慌てて釈明の言葉を述べる。「じょ、冗談です冗談」

 

「お前、今日で何度目だ」

 

 ため息をつきたい衝動を何とか堪えながら千冬が言った。すでにこめかみあたりがぴくぴくと動いていて、なんともいえない迫力を醸し出している。「三十回目?」と恐る恐る玄兎が尋ねると千冬は、「つまり毎日ということだな」と結論を導き出した。

 

「そ、そうなりますねぇ。ははっ」

 

 そう言う玄兎には反省の色はまったく見えない。どうも事の重大さを理解していないようだった。

 千冬は頭を抱えたい気持ちを押し殺しながら、彼に早く席に着けと促した。もう授業は始まっているのでこの馬鹿に構っている暇はないと判断したのであろう。さらにこの男は遅刻の常習犯。いくら拳骨を喰らわせようと、何百枚もの反省文を書かせても、彼の遅刻癖というかルーズさは治らなかったのだ。いまさらどうこう言ったところで、時間の無駄なのである。ちなみに彼が先月までに書いた反省文の総数は約千枚を超えている。書かせておいてなんだが、これは資源の無駄遣いなのではないか? 最近の千冬の悩みはもっぱらそれだった。

 

「そういえば、朝飯食ってねぇ……」

 

 席に着くなり思い出したように呟く。目が覚めてからここに来るまでばたばたと慌てていたから、すっかりとそのことを失念していた。あの状況でゆっくり食事をする暇はなかっただろうが、朝食は一日のリズムを作る大事な要素だ。食事が命の次に大事な玄兎にとって、その朝食を抜くということはつまり最初からガソリンが空になりかけている車で日本縦断をやろうとしているようなものである。恐らく、午前中すらももたないであろう。

 なるほど、的中だった。

 

「し、しぬぅ……な、なんでもいいから、飯……」

 

 二限目を終えた段階で、玄兎の空腹は頂点に達してしまっていた。すでに餓死寸前の人のような形相をしている。休み時間の間に食堂に行って補給をしている時間はないし、今ここに食料になるものを誰も持っていなかったことも災いしていた。あまつさえ彼は常に午前中の授業は空腹感と戦わなければならないというのに、今日は朝食抜きときた。燃費が悪い彼にとっては、最悪といっても過言ではない状態だ。

 

「あ、あの……大丈夫?」

 

 今朝、一夏に興奮した面持ちで話しかけていた清香もさすがにそんな状態の玄兎には心配そうな顔をしていた。常日頃から午前中は寝るか空腹を訴えていることしかしていない玄兎だが、ここまで来るともはや何かの病気なのではないかと疑ってしまう。彼にとって食事とは、薬物中毒と同じ効果でももたらすのだろうか。

 そんな清香に玄兎は「だ、ダイジョブ…・…じゃない」と一人逝きそうな声音で呻いた。もはや聞き取るのも難しいほど小さな声だ。

 

「保健室とかに行ったら?」

 

「……結局……空腹……」

 

「…………それもそうだね」

 

 しかし、そんなやり取りをしている間に無情なチャイムが次の授業の始まりを告げた。同時に次の授業の担当である秋庭が教室へと入ってくる。「は~い、皆さん、授業始めますので」

 

「腹減った……」

 

「そうですね~、この時間帯になるとどうしてもお腹空いちゃうんですよね。食べ過ぎはよくありませんけど、食べなさすぎも体に毒ですから」

 

「ですよね……!」

 

「でも、今は授業中なのでこちらに集中してくださいね?」

 

「………………はい」

 

 そして、ようやく四時限目が終わったころには彼は変わり果てた――――主に雰囲気が――――姿で机に突っ伏していた。気のせいか頬がこけているようにも見えなくない。それも彼の放つ雰囲気、オーラというものが妙な色に変色してしまっているからであろう。もはや玄兎が、飢餓に襲われた貧しい農民にしか見えなかった。

 

「一夏! 食堂に行くわ……よ? なにこれ」

 

「玄兎さんだったものだ」

 

 授業が終わるや否や教室に飛び込んできた鈴音が、死にかけていると比喩されてもおかしくはない状態の玄兎を見て、困惑気味に呟いた。それに箒が淡々と答える。「ガス欠らしい」と箒が言うと鈴音も納得したようになるほどと相槌を打っていた。さすがに一か月近くも付き合いあると、この程度の事では動じなくなっていた。最初のころはこうなった玄兎を見て保健室へ担ぎ込もうとしたりしてかなりの動揺をしたものだが、今となってはもはや日常的な光景の一部になりつつある。周りの対応も自然とあっけらかんとしたものへと変わっていた。

 

 しかし、ここまで酷い状態になったのを見るのは皆初めてだった。原因は朝食を抜いたことらしいのだが、一回食事を抜いたところで果たして普通の人間はこんな風になるであろうか。確かに彼が朝食時に食堂にいなかったのは違和感があった。その理由が寝坊とまでは分からなかったものの、一夏たちが食堂へ来るころには既に大量の料理をテーブルに並べて始業時間ぎりぎりまで食堂に居座っているのが彼の常であったから、何かあったと半ば予想はできていた。それに一夏たちが彼を朝の食堂で見かけなかったのは、実は今日が初めてではなかった。前にも片手で数えられるほどの回数、寝坊して朝食を食べ損ねて教室へやってきたことがあったのだ。その時はどこから持ってきたのか懐からパンを取り出し、休み時間の間ひたすらそれらを食べ続けることで空腹にならずに済んでいたようだった。ほかにも本音が偶然持っていたお菓子を食べていたりしたこともあったので、よくよく考えてみると彼が午前中の間何も口にせず過ごすのは今日が初めてなのである。

 

「それにしても、朝食抜いたぐらいでなんて様なのよ。みっともないわよ、男として」

 

「…………食堂行ってくる」

 

 鈴音の呆れたような言葉も無視して、玄兎が立ち上がった。席から立ち上がる瞬間、ふらりと体が左右に揺れたが何とか両足で踏ん張ったらしく、持ちこたえていた。本当に大丈夫なのだろうか。

 

「くろむー、食堂行こうー」

 

「お、おう」

 

 ふらふらと蛇行しながら歩いている玄兎の後ろから、ぶかぶかの制服に身を包んだ本音が追随していった。「ほら、さっさと行くわよ。午後は一組二組合同の実技だったでしょ?」

 

「じゃあ、遅刻はできないよな。担当は千冬姉だし」

 

 教科書を片付けた一夏が、渋い顔で頭を掻いた。IS学園の実技は実際に訓練機を使っての授業になっており、訓練機の数に限りがあるためか授業は常に二クラス合同で行われることになっている。一夏たちの一組は、隣の鈴音がいる二組と合同だ。内容も本物のISを使って行われるので、随分と本格的なものばかりである。おかげで一夏もここ一か月で前よりもマシにISを動かせるようになっていた。しかし、それでも『マシ』程度だ。何度も繰り返し訓練して、ようやく出来るようになってきたのである。

 

 幾度となく失敗をした。時にはグランドに大穴をあけたりもしたし、下手打って千冬の拳骨を何度も喰らったりもした。自分は器用なほどだと自負している一夏も、ISの操縦には四苦八苦した。何しろ難しい。今まで味わったことのない感覚が常に操縦中は襲ってくるので、不慣れな一夏にはちとやりにくい面があるのだ。ほかの生徒もこれにはさすがに苦戦していたようだった。

 

「まぁ、最初は皆そんなもんよ。そのうちに慣れてくるって」

 

 そんなもんかなぁ、と言いながら一夏は席を立った。鈴音の投げやり気味な答えにやきもきしながらも、一夏は食堂に向かうため教室をあとにした。

 

 

 

       *     *    *

 

「なんで、当たりませんの!?」

 

 セシリアの悲痛な叫びは徐々に焦りとなって、引き金にかける指を動かしていく。何度も銃口が跳ね上がり、光の銃弾が敵を穿たんと直進する。しかし、銃弾が穿ったのは敵の遥か下方の地面だった。

 

 

 ――――――これで何度目ですの!?

 

 

 玄兎の時も似たような状況があった。だが、現在彼女が置かれている状況とそれは似て非なるものである。まずは敵方の動き。玄兎の時は彼が馬鹿正直に接近しようしてくれたおかげで、幾分行動が予測しやすく狙撃が容易であった(成功したかどうかは別として)のだが、今回は違う。まず、敵方はこちらに接近する意図はなく、セシリアの銃撃をかわし、防ぎ、隙を見計らって遠距離および中距離からの攻撃を行ってくる。動きは玄兎ほど早いものではないが、一つ一つの動作が洗練され美しい。無駄がないのだ。最低限の動きでかわされ、反撃をしてくるのである。

 

「甘いですっ!」

 

 麻耶が声を上げた。訓練機、ラファール・リヴァイヴの装甲をかすめていく光弾に目もくれていない麻耶は手に持つアサルトライフルのトリガーを引き絞った。耳にこびりつく銃声が空気を揺らし、木霊する。銃弾はセシリアに着弾した。衝撃で態勢が崩れ、セシリアの意識が麻耶からほんの一瞬だけ外れた。だが、勝負においてその一瞬の隙は勝敗を喫するうえで命取りになることがある。まさにこの時がそうだった。

 

 セシリアが意識を麻耶に戻したときには、すでに麻耶の姿はセシリアの目の前にあった。

 

「(瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?)」

 

 爆発的な加速を生み出し、相手との距離を一気に詰める技術。それはかつて世界最強と謳われたブリュンヒルデ、織斑千冬が最も得意としていたものだった。

 接近戦はセシリアが苦手とする、というより彼女の専用機『ブルーティアーズ』が苦手とする間合いだった。主に遠距離射撃を特化してつくられた機体であるから当然なのかもしれない。近距離武装がないわけではない。だが、それもこう近づかれた状況では役に立つ立たない以前に、展開することすらできないであろう。

 何が外れるような音と銃撃音が眼前で響いた。腹部付近を襲ってくる衝撃に顔を歪める。ISの防御力は折り紙付きなのだが、何もすべての衝撃を吸収してくれるわけではない。こんな至近距離で発砲、それも対IS用のアサルトライフルの連射だ、衝撃をなくせというほうが無茶である。それから数秒もなかった。目の前で手榴弾が炸裂し、小規模な爆発が生まれた。セシリアの身体がなすすべなく吹き飛ばされ、地面に激突し転がっていく。何度も地面と空が激しく移り変わっていき、ようやくそれが終わったとセシリアが感じた頃にはISのシールドエネルギー残量が尽きたことを示すアラームが鳴り響いてた。

 

「か、完敗……ですわ」

 

「オルコットさん、代表候補生なだけはありますね~。かくいう私もひやひやしました」

 

 悔しそうにISを待機形態に戻したセシリアとは対照的に、麻耶はほっと安堵したような表情を浮かべていた。

 

「よし、これで皆も教職員の実力は理解しただろう。これからは敬意をもって接するように」

 

 そんな千冬の言葉にずらりと整列し、模擬戦を眺めていた生徒達が一斉に「はい!」と返事をした。

 

 午後の授業は一組と二組の合同で行われる実技であった。先の試合は千冬の提案により、一組の専用機もちであり入学試験を主席で合格したセシリアと副担任である麻耶の模擬戦だった。結果は見ての通り、麻耶の圧勝。代表候補生、専用機もちが訓練機相手にこうも軽々と負ける姿はそうそう見れるものではないだろう。しかも、それをいつもおどおどとして頼りない印象が生徒にある麻耶がしてのけたというのは、少なからずセシリアには驚きを禁じ得なかった。人は見た目によらない、という言葉が胸にしみる。

 列に戻る途中、セシリアは色々な顔を見た。麻耶の実力に唖然とした表情をする者、負けたセシリアを馬鹿にするような目つきをする者、先の戦いをなんとも思わず涼しい顔でいる者。まさに十人十色だった。ついでに言うと、その中でも特に異彩を放っていたのは織斑一夏の阿保面だった。そして、彼のその顔が克明にセシリアの脳裏に焼き付いてしまったのだった。

 

 セシリアが列に戻ると授業は通常通り再開した。だが、その時に玄兎の姿はそこになかった。

 

 彼がいるのは学園の保健室。具合の悪くなった生徒を寝かせるための寝台に、玄兎は寝ていた。その理由は単純明快で、昼食の食べ過ぎである。朝食を抜き、餓死寸前と表現していいほど追い込まれていた玄兎はこれでもかと昼の食堂で食べ物を胃に詰め込んでいた。その結果、気分を悪くしてしまいここに担ぎ込まれてしまったという次第であった。朝を抜いたからといって、昼に食べ過ぎて体調を壊してしまったら本末転倒である。

 

「うぅぅぅ……苦じぃ……」

 

「自業自得よ」

 

 苦しそうに呻く玄兎に、楯無は呆れたように呟いた。時刻は放課後。窓の外からは運動部の元気のいい掛け声と烏の鳴き声が聞こえてくる。日は沈みはじめ、空が段々と赤と紫に染まりだしていた。

 

「入学式からまだ一か月。あなたが倒れてここに運び込まれるのこれで二度目よ? それもすべて空腹で」

 

「いやぁ……あははは」

 

「そろそろ、その燃費の悪さをどうにかしないといけないかもね。あと遅刻癖も」

 

 現在、玄兎は教師間ではちょっとした問題児扱いになっている。遅刻は毎日のようにするし、授業は寝てばかりでろくに聞きはしない、挙句の果てには空腹で倒れてしまう始末。手におえないどころではない。どう対応したらいいのか分からないと、教師間でもっぱらの話題である。経歴も、性格も、体質も異質すぎてどうしたらよいのかさすがの教師でも考えあぐねているのだろう。いくら怒っても、罰を科そうとも、彼はそれを直そうとはしなかった。むしろ、ここまでくれば清々しくて逆に感心してしまいそうになる。

 しかし、生徒会長として生徒の怠惰な生活ぶりをこのまま黙って見過ごすわけにもいかない。「提案なんだけども」と楯無は話を切り出した。

 

「玄兎の遅刻癖を直すには、まず早寝早起きを徹底するべきだと思うのよ」

 

「まっとうなご意見どうも」

 

 楯無の正鵠を射た答えに、玄兎は渋面を作った。何となくだが、嫌な予感しかしないのだ。「それで、なんだけどね」そう言うと、楯無は意を決したようにごくりと生唾を飲み込んだ。緊張で上擦りそうになる声を何とか抑え、よしやれ! と自分自身を鼓舞し楯無は続けた。

 

「玄兎と私が……その、同室になるというはどうかな?」

 

「却下だ」

 

「えー!?」

 

 かなりの勇気を振り絞っての提案だったのだが、ここまであっさりと拒否されると肩透かしを食らった気分になる。もう少し、悩むとか慌てふためくような素振りをしてほしい、楯無はそう思った。

 玄兎としては、楯無の意図などこれっぽちも読み取っていないようで顔をしかめたまま、顎をしきりに指でなぞっている。

 

「えー、じゃないだろ。そもそもいい年の男女が同室で夜を過ごすのはな駄目だろ」

 

「一夏君や箒ちゃんはしてるもん」

 

「一夏は病気だからな」

 

 そう評した玄兎の顔には困り者を見るような、憐れみがあった。織斑一夏はどうしようもない鈍感野郎だ。もはやその認識は一年一組の共通認識となりつつある。理由など言うまでもないであろう。

 玄兎はそうした一夏ならば同室が女であろうと、たいして問題はないだろう、ということだった。少なくとも間違いなど起こらない――――同室の者としては是が非でも起こってほしいかもしれないが――――であろう。

 

「なら、玄兎は病気じゃないの?」

 

「俺はあいつみたいにガキじゃねえんだ。少なくとも、間違いは起きるだろうさ」

 

 そう言って玄兎は楯無を見た。まるで骨董品を鑑定する鑑定家のようだった。頭から顔へと移り、顔から胸それから腰へと行き、最後には脚を見てから唸った。「見事に育ったなぁ」と感慨深そうにつぶやく。それを聞いた楯無はほぼ反射的に胸を隠すように両腕で体を抱いた。

 

「な、どこを見てるのよ!?」

 

「お前の身体」

 

 どこまで素直な男なのだろうか。ここまで率直に思っていることを言われると、なんだか怒る気も失せてきてしまう。不思議なものだ。

 

 ごほん、と玄兎が気を取り直すように咳ばらいをする。「まぁ、要するに、だ」

 

「俺と同室になるのはやめておけ。お前の方はともかく、俺のほうが何かと危ない気がするんでな」

 

「あら、玄兎でも女の子の身体見て興奮したりするんだ?」

 

 楯無が悪戯っぽく聞くと玄兎は少し考えてから、答えた。「勿論。しないほうが逆に男としてどうにかしてる」そう言って肩をすくめる。見た目が一見すると女に見える彼から「男について」を語られると、なんだか違和感を覚えてしまう。それは恐らく楯無だけではあるまい。

 しかし、と楯無は困ったように内心呻いた。先の提案は自分でもかなりいい線をいっていた作戦だったのだ。これで駄目となると、楯無には打つ手が残ってない。折角彼の気を引く、絶好のチャンスだったというのによもやこのような形で不意になろうとは彼女も思わなかった。悔しいという感情を胸の内にとどめ、表に出さないように細心の注意を払いながら楯無は話を続けた。

 

「でも、それじゃあどうするのよ、遅刻のこと」

 

「頑張る」

 

「次に遅刻したら罰として、生徒会の書類処理と夕飯抜きね」

 

「…………が、がんばる」

 

 若干最後が弱弱しかったが、ここは彼を信じるほか手はないだろう。次に彼が遅刻した時は、本当にその罰則を行い身をもって反省の意を示さなければならないということを、自覚させてあげよう。そうなれば、いつかは彼だって自分に泣きついてくるはずだ――――――楯無は次なる策略を脳内で巡らせながら、席を立った。そろそろ生徒会室に戻らないと、他の役員に怒られてしまいそうだった。

 

「じゃあ、私はこれで戻るけど……もう無茶しちゃだめよ? 玄兎は食べないとすぐに倒れちゃうんだから、自己管理はしっかりとね」

 

 手に持っている『無病息災』と書かれた扇子を勢いよく広げ、口元を隠す。「じゃあ、またあとで会いましょ」

 

「おう。俺はもうちょっとここにいるわ」

 

 その言葉を聞いた楯無は、首を縦に振って分かったと告げて保健室を後にしていった。

 

 

     *       *      *

 

「やっちまったぁあああああああああああああああああああ!」

 

 玄兎の絶叫が寮の廊下に響いた。時刻はすでに午後七時を回り、寮生のほとんどが食堂へと足を運んでいる時間である。そんな時間に玄兎が廊下で何をしているのかというと、

 

「なんで、あそこで断るんだよ! 普通は、こちらから頭下げてでもOKするところだろうがよ! 何が『俺のほうが危ない』だ! 調子のってセクハラしてんじゃねえよ!」

 

 絶賛、後悔中だった。何をかは言わずもがな、先の楯無の提案である。

 実のところ、何気ない表情で先ほどの一件を乗り切っていた玄兎であったが内心はこれでもかというほどに心臓が早鐘を打っていた。分からないでもない。何しろ、彼女からの提案は男にとって、思春期真っ盛りの男にとっては実に魅力的で、夢のようなものだった。もし、玄兎がもう少し楯無と交流が深かったならば喜んでその案を申し受けていたであろう。

 

 だが、彼はそうしなかった。正確にはできなかったのだ。

 

「……確かに、恥ずかしかったけどもさ」

 

 女性とのコミュニケーション能力においては玄兎は同年代ではかなりある方だと自負している。人間関係も極端に男の知り合いというものが少ない。なにせ、自身の風貌が女性に近しく、またそれが端正な顔つきをしているがためか女性には同性のように接せられ、逆に男からは高根の花のような存在と扱われるから、自然と人間関係が偏ってしまったのだ。

 しかし、だからといって女性に対して何の感情も抱かないというわけではない。それに楯無は玄兎にとって、ある意味特別な存在だ。

 

 真っ白で何もなかった玄兎の世界に色を与えてくれた。

 

 喜び、楽しさ、悲しみ、痛み、切なさ――――――そして、初恋。そのすべてを教えてくれたのが、楯無なのである。所謂、恩人というやつであろうか。

 そんな彼女からの折角の誘いだったのに、玄兎はあまりの恥ずかしさからわけのわからないことを口走った挙句、それを断ってしまった。それを嘆かずに、どうしろというのだろう。

 

「……うるさいわね。少し、静かにしたら?」

 

 廊下に膝から崩れ落ちた姿勢で固まっていた玄兎の後ろから剣呑な声が聞こえてきた。一か月近く付き合いがあると、もう姿を見なくとも声を聞いただけでその声の主が誰だか判別できるぐらいにはなる。「何か用か? 鈴」

 

「用ってわけじゃないけども……いや、単にあんたがうるさかったから注意しただけなんだけど」

 

「……こっちにも複雑な事情があるんだ」

 

 仏頂面で玄兎が言う。

 

「何があったかは知らないけど、ちょうどよかった。あんた、見たところ暇よね」

 

「いや、これからしばらくして食堂に直行だ」

 

「あ、夕飯がまだなら本当にちょうどいいわね」

 

「……どういうことだよ?」

 

 鈴音の言葉に玄兎は首をかしげた。夕飯がまだならちょうどいい、ということは食事に関することなのだろうか。そうだったら嬉しいけども、と考えつつ玄兎は鈴音の次なる言葉を待った。

 

「今日ね、酢豚作ったのよ。でも、ちょっと作りすぎちゃってさ、処分に困ってたところだったんだ~」

 

「もしかして、ご馳走してくれんのか?」

 

「味の感想を聞かせてくれるのなら、ね」

 

「勿論。全力で感想を言わせていただきます」

 

 鈴音の料理の腕前は知らないが、食べさせてくれるというのなら断る理由もなかった。踵を返した鈴音の後を玄兎は、まだ見ぬ料理に舌鼓を打ちつつ追っていった。

 

 

 

「う、美味い! 普通においしいぞ、これ」

 

「ふん。この凰鈴音様にかかったら、こんなの御茶の子さいさいよ」

 

 そう言って得意げに鈴音は笑った。

 しかし、と玄兎。「お前、こんな酢豚作って……なにしてたんだ?」玄兎は眼前に広がる酢豚の山を眺めながら、訝しむように尋ねた。

 

「……りょ、料理の練習かな?」

 

「それでも、十人前ってのはどう考えても作りすぎだろ……」

 

「いやぁ、気合いが空回りして……」

 

 鈴音の後を追って玄兎が彼女の部屋に入ると、そこに待っていたのは大量のタッパーに入れられた酢豚だった。それもざっと十人前分。料理の練習とはいえ、いささか作りすぎ感は否めない。恐らく、玄兎に話しかけてきたのは、この量を食べきるには彼が必要と判断したからであろう。この時間帯ではいつもなら食堂で夕飯だろうが、玄兎ならばこの程度の量食後であってもぺろりと平らげる。今日はまだ夕飯を食べていないから、なおさら楽勝だ。

 酢豚を胃の中にどんどん放りながら、「だいたい予想はつくけどな」と玄兎は言った。口いっぱいに詰め込まれた酢豚をしっかりと咀嚼し呑み込んでから、玄兎ははぁと小さくため息をついた。

 

「一夏もこれだけ美味い酢豚食べさせてもらえるんだから、幸せもんだよなー」

 

「い、一夏はか、関係ないでしょ!?」

 

「いや、焦りすぎだし、噛みすぎだし、バレバレだし」

 

 鈴音は慌てて否定したが、さすがにそれで騙される玄兎ではない。伊達にこの一か月間、一夏と鈴音を見てきたわけではないのだ。「まぁ、男を掴むにはまず胃袋って言うらしいしな。いい線行くと思うぞ?」

 

「そ、そう?」

 

「まっ、ああいうタイプにはストレートに告った方が逆にいいと、俺は思うけどな」

 

「は、はぁ!?」

 

「どうせなら、この料理を渡す時に告白も一緒にしちまえば? そうすれば、面倒くさくならずに済むだろ」

 

「…………簡単に言ってくれるわね、あんた」

 

 確かに、玄兎のいうことにも一理ある。一夏は異性からの好意に異常なまでに鈍感だ。もはやあれは病気だといっても過言ではないかもしれない。実際に彼を見た神皇曰く、昔から女性の好意に塗れて過ごしてきたために、好意もしくはそれに近しい感情が自分に向けられることが半ば無意識のうちに当たり前だと思っているのではないか、ということだった。それが事実ならばなんとも図々しい男である。

 余談ではあるが、彼の中学時代はそれすごいモテ方だったらしく、バレンタインデーの日には彼の持つチョコはそれもう山のようにあったという。そこまで大きくない学校ではあったが、バレンタイン当日に送られたチョコの数は約生徒の半数、あるいはそれ以上の数に上ったらしい。一夏の鈍感具合も異常だが、そのモテ方もまた異様な様相だ。

 

 閑話休題。

 

 ただでさえ鈍感な一夏に、今の鈴音(そして箒)のようなアプローチでは到底その好意は届きはしないだろう。本気で相手に好意を伝えたいならば、遠回しなものではなく真正面からそれを伝える方がまだ相手の印象に残るし、インパクトがある。正面からならばさすがの一夏も気付くであろう、とは玄兎の意見だ。

 

「言えるなら、、とっくに言ってるわよ……」

 

 頬を微かに赤らめながら鈴音が言った。事実、彼女にそこまでの度胸があれば今頃はきっと二人の仲は違う様相を示していたであろう。「そこを勇気だして、告るんだよ」酢豚を口に放り込みながらも、玄兎は飽くまでもその意見を崩そうとはしなかった。

 

「どうせ、あの男に今と同じ手法じゃ通用しねえんだ。それなら、開き直るほか方法はないだろ。それにな、いつも何気なく一緒にいるやつからの告白ってのは、意外に事そいつを意識するようになるもんだ。あの馬鹿がどうかは知らんが、今までと百八十度見方は変わるはずだぜ?」

 

 説明する玄兎の言葉には妙に迫力があった。まるで実体験を話しているかのような口ぶりだ。まさか、と鈴音は思った。「あんたも告白された経験があるの?」

 

「へっ? 俺?」

 

「どうなのよ。更識会長と仲良さげだし、私だけがこうずけずけ言われるのも癪だし」

 

「……俺とあいつは昔馴染なだけだ。それ以外のなんでもねぇよ」

 

 視線を鈴音から逸らし、玄兎は逃げるように口の中に酢豚を詰め込んだ。

 

「あんたもいろいろ言う割にはチキンじゃないの。呆れた」

 

「事情ってもんがあるんだ。ふか~い、事情ってのがな」

 

「じゃあ、告白されたことは?」

 

 この質問に玄兎はうぐっと答えに窮するように言葉を詰めた。そんな反応を見た鈴音はにやりと相好を崩した。

 

「あるのね? あるんでしょ? ねえねえ、教えて教えて!」

 

「……ナイニキマッテルサー」

 

 身を乗り出しにやけ顔で迫ってくる鈴音から逃げながら、玄兎は「と、とにかく!」と逸れかけた話題を強引にもとに戻した。

 

「お前は一夏とこれ以上の進展を望むのなら、告れ。あの大馬鹿野郎に鈴、お前の好意をはっきりと分からせるにはそれしかねえ」

 

 それは鈴音がそれを望むのならば、ということが前提の話だ。彼女がこのままの関係でいいと言えばそれまでだし、玄兎が何から何までフォローしたり口添えしたりすることもない。元から二人の関係に何かしらの文句をつけたいわけじゃないので、玄兎としてはどっちに転んだとしても関係ない話だった。

 

 だが、見てて面白い展開になりそうなのはどちらかといえば、

 

「そういえばあんた、便利屋やってるらしいわね」

 

 思い出しように鈴音がそれを口にした。玄兎は少々驚いたようだったが、しばらくすると「おう。だが、それがどうかしたか?」と言葉を返した。

 

 しばらく鈴音は何かを迷うように俯いていたが、やがて何かを決意したかのように顔を上げた。強い光を宿した瞳が玄兎の双眸を射抜く。

 息を吐き、緊張したような面持ちで鈴音はそれを告げた。

 

「じゃあさ、私の告白の手伝いをしてくれ、っていう依頼はどうかな?」

 

 思わず舌をかみそうになった。どうかな、というのはつまり可能か不可能かということだろうが、答えは可能だ。便利屋『紅い兎』のモットーは、農業から要人の護衛、家事の手伝いといったものまで幅広く依頼を受けるというところだ。犯罪行為以外であれば、基本的になんでもやるのが『紅い兎』の理念だった。だから、告白の手伝いというのも一応請け負うこともできなくもない。

 

「依頼ってことになれば、正式に料金が発生するが、いいか?」

 

 彼女が玄兎個人にではなく、『紅い兎』として玄兎にそれを依頼するのならば当然としてそこには金銭の取引が生ずる。依頼料は依頼の内容によって大きく変わるが、今回のような場合の依頼だと一万円程度が妥当な数字であろう。その分、依頼された側にはその依頼を最後まで遂行する義務が発生するわけだが、そこはぬかりなく玄兎は行える自信があった。

 それを聞いた鈴音は少し悩んだようだが、大丈夫、と一言つけて了承を示した。

 

「代表候補生にはある程度の資金が給付されるからね。今のあんたよりは、懐が温かい自信があるわ」

 

「じゃあ、決まりだ」

 

 そう言って玄兎は改めて依頼内容を確認する。

 主なものとして、鈴音の一夏へ告白する手伝いをしてほしい、というが今回の依頼内容である。期間は鈴音が告白をするまでとし、要となる作戦は後日改めて議することで了解を得た。報酬の支払いは依頼が完了したのちに現金手渡しで行い、金額も依頼が終わってから決定する。そして、この案件を誰にも部外秘とすること。

 これが今回の仕事の中身である。本来ならば依頼を受ける際には江波やナギに一報を送るのが常なのだが、これは紅い兎全体としての正式な依頼受理ではなく飽くまでも玄兎個人が請け負ったものとする依頼形態だ。わざわざ報告しなくともよいだろう。それにこれはこの学園内だけで完結する仕事であるし、どのみちほかの面子は関わることはできないので報告したところで無駄に時間を浪費するだけである。

 玄兎はいくつかの手順を飛ばしつつも、依頼を正式に『請けた』ことを鈴音に伝えた。

 

「つうことで、詳しいことはまた明日だ。こちらもできる限りのサポートはするが、成功するかどうかはお前次第だ。期待してるぜ」

 

 玄兎のその言葉を聞いた鈴音は、少々悔いを残すような顔をしていたがやがて吹っ切れたように

 

「やるなら、とことんやってやろうじゃないの!」と気合十分といった感じを見せた。

 

「てことで、酢豚御馳走様でした」

 

「って、もう完食したの!?」

 

 一夏のためにと作った酢豚は、いつの間にやらその姿を忽然と消していた。すべては玄兎の胃の中にある。

 

 

     




果たして鈴の恋の行方はどうなってしまうのか…………。

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