IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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再び二篇に分かれてのお話。まさかとは思うが、中編なんてものも入るのではなかろうな……?


第十七話 胎動する災禍 前篇

「それで、お前はこんなところで何やってんの?」

 

「いや、それはこちらの台詞でして……」

 

 人通りの少ない路地の一角。睨みあっている(というのも、一方だけなのだが)女性〝らしき〟人影が三つあった。そのうちの一人は呆れたような表情を浮かべ、もう一人は言い訳の言葉を探すように目を泳がせている。残る一人は、少し離れた位置から仏頂面でその様子を眺めていた。

 

「いや、別にストーカーしてたことについては文句は言わねえよ? 言ったところで、何にもならないだろうし」

 

 言葉に語弊がある。そう言って訂正を要求したが、発言者は表情を変えることなく鼻で笑った。この表情を見れば例え仏であろうとも、腹立たしくなることは間違いない。それほどに神皇は〝彼〟の対応に不満があった。いっそのこと本気で殴ってやろうかとも思った。だが、冷静に思考した結果それを行うと殺人事件に発展するという、極めて不本意な結論に至ったために実行に移すことは出来なかった。

 

「だって、玄兎さんが凰さんと日曜の朝から出掛けるという情報が私の耳に入ったんですもん」

 

「どこが発信源だ、その情報」

 

「知ってます? 寮の部屋って扉からだと侵入しにくいんですが、ベランダからだと本当にスムーズに入れるんですよ。思わぬところに穴がありましたね、これ豆知識です」

 

 それは超人的な身体能力と情報収集に対する意欲が強い神皇にしか出来ない芸当である。そもそも、女性しか入学することのできないIS学園の寮だ。泥棒や空き巣の類に入られる心配はまずない。寮どころか島の敷地内に潜入することさえ、ままならないからだ。そういった面もあってかセキュリティは万全と銘打つ学園寮は意外にも、抜け穴だらけである。普段から生徒や教師の私情を知りたがっている神皇からすれば、格好の狩場だろう。学園のセキュリティを全面的に信頼しているからこそ成る、慢心ゆえの死角。それを玄兎もまんまと突かれた形だった。

 

「それで……結局のところ凰さんとは何を? まさかとは思いますがデートとかじゃ……?」

 

 後ろの方に控えるもう一人を気にするように神皇の眼が端に動いた。彼女の視線の先にいるのは、いつもの余裕な笑みから一転し内心の不機嫌さが手に取るようにわかってしまう仏頂面を貫く楯無だった。理由は玄兎にも察しがついた。

 

「鈴の件は仕事関係だ。お前らが思っているようなことじゃねえ。それに、俺は今からちょっと用事でな。瑛梨とアリサにその役目を押し付けてある」

 

「ははぁーん。なるほど、よかったですね会長。これで玄兎さんをずたずたにしなくてもすみましたよ」

 

 鈴と玄兎の依頼について神皇は既に調査済みだ。恐らく、玄兎もそのことは先刻承知なのであろう。短い言葉のやり取りで神皇は完璧とまではいかないが、ある程度彼の意図を把握することができた。同時に後ろにいる先まで嫉妬心むき出しだった乙女の暴走を起こさなくてよかったと安堵した。楯無は玄兎のことになると案外わかりやすい反応を取るが、その分面倒くさい後処理をさせられることがある。テンションの浮き沈みが激しくなるのだ。落ち込むと生徒会の仕事も普段の倍以上は進まないらしく、生徒会の面子(玄兎を含め四人しか存在しないが)がどうにかならないかと神皇に相談までしてきたほどである。

 正直なところ、貴重な日曜の午前中を先輩の機嫌回復などという精神的重労働には充てたくなどない。神皇としてはこの場で楯無の心を穏やかにできたということは、その重圧から解放されたということを意味するのだった。

 

「……デート」

 

 ぽつりと楯無が言葉を漏らす。声に乗る感情が希薄で、音も小さいためによくは聞き取れなかった。そのため玄兎も神皇も一様に首を傾げた。

 

「折角の日曜なんだから、私とで、デートとととと! し、しましょっっ!」

 

 顔を真っ赤にして、楯無は何度も言葉を噛んだ。その姿は普段の凛々しい生徒会長からは想像もつかない醜態だった。おかげで楯無のこういう行動には慣れているつもりだった二人も、口を開けて固まってしまっている。

 

 先に硬直から抜け出せたのは、神皇だった。

 

「か、会長、どうか落ち着いてください。ほら、深呼吸して」

 

「落ち着ているわよ!」

 

 あやすように神皇が話しかけると、まだ顔を赤らめている楯無が逆切れ気味に怒り出した。相変わらずというか、感情の切り替わりが早い人だ。悪い意味で面倒だと神皇は思った。

 ワンテンポ遅れて玄兎が硬直から脱し、「ちょ、ちょっと待っててくれよ!?」と慌ててポケットから端末を取り出してどこかへ着信をかけていた。

 

「あ、はい。お久しぶりです……あ、はい。そのことでちょっと話が……え? 早く来い? ですから、今日は出来ればお休みできないかなぁーと…………無理? 無理……ですか。あ、はい。すぐきます」

 

 かしこまった言葉遣いで話す玄兎を新鮮な思いで眺めながら、彼の表情がどんどんがっかりとしたものに変わっていくのを神皇は感じ取った。もしかすると、彼の言っていた「用事」というやつなのだろうか。

 

「すまん。誘ってもらったのは本当にうれしいんだが、用事のほうがどうしても断りきれなくてな」

 

「え、いやいや。こっちこそ、そんな忙しい時に変なお願いしちゃってごめんね…………ごめんね」

 

 最後の言葉だけはやけに低い声だったのだが、果たして彼女はなにを思ったのだろう。想像に難くないそれを思い描いて、神皇はため息をついた。これは後処理が面倒だぞ、と少なからず思う。折角、解放されたと思ったのに。その矢先にこれとはとことんついていない。

 

「ちなみに、その用事ってなんなんですか? さっきは誰かに電話してたみたいですけど?」

 

「え!? な、なんでもないさ。うん、ちょっとしたアルバイトというか、お手伝いを頼まれているだけで。うん」

 

 少々焦慮のようなものを浮かべたまま、玄兎が後退りをした。言葉を迷っているように視線を宙に泳がせた後、やけくそ気味に「じゃ、俺はもう行くから!」と言って駆けだして行ってしまった。なんというか、怪しすぎた。

 

 しばらく時間を空けて、神皇は唸るように言葉を絞り出した。

 

「尾行します?」

 

「勿論」

 

 即答で返っていた返事に、神皇は胸を躍らせた。何やら面白そうな事になってきた、と。

 

     *      *     *

 

 再び尾行を始めたものの、さすがは元軍人なだけあって玄兎にはあっさりとばれた。何度もまこうと入り組んだ路地に入ったり、人混みの中をわざわざ進んだり、時には店に入ったと見せかけて実は隠れて楯無たちが入った隙を見計らって出ていく、という高度(なのかはわからないが)なフェイントテクニックを駆使され続けた。だが、それでも神皇はまけなかった。単純に五感が良すぎるのだ。人混みに紛れれば超人的な視覚で、路地裏に入れば聴覚と嗅覚で追跡し、フェイントに至ってはもはや第六感ともいえる超感覚で彼を発見した。

 

「流石に人間業とは思えないわね、それ」

 

「私も驚いています。案外、この力も役に立つもんですねー」

 

 妖刀と呼ばれる一種の超人的存在。その力を宿す神皇はその身体能力及び五感といった肉体のありとあらゆるものが、人間のそれよりもずば抜けている。過去にはその力が暴走して事件を起こしたこともあるのだが、今となってはその力も自在に制御できるようになっていた。普段の生活では滅多なことがない限り、力は使わないらしい。しかし、妖刀としての力を抑え込んでいる状態であっても、身体能力の方はある程度強化されたままなのである。一般的な身体能力よりははるかに高いと自負する楯無ですら、神皇には歯が立たない。事実、楯無は国家代表であり訓練の一環として様々なトレーニングをこなしてきた。軍人であった玄兎とすら対人格闘においては引きを取らない実力を持っている。そんな楯無ですら、敵わないのだ。圧倒的な力をもってねじ伏せらるのだ。

 

 そして、それは彼女が持つ本来の力ではないという。怖ろしいものだ。

 

 まるで、神皇が自分たちとは根本的に違う存在のようだった。本質的には人間として差異など微塵もない。彼女は紛れもない楯無と同じ人間だ。頭では理解している。だが、実際その力を目の当たりにするとどうしても考えてしまう。一体、妖刀とは何なのか、と。

 

「ちょっとばかり力を解放しましたし、当然と言えば当然ですけど。あ、ちょっとだけですから、ちょっとだけ!」

 

 何を焦る必要があるのか。神皇の弁明を微笑ましい思いで眺めていると、不意に神皇が「あれ?」と首を傾げその足を止めた。どうした、と楯無が問うと神皇は眉をひそめて辺りをきょろきょろと見回し始めた。

 

「見失った?」

 

「いえ、確かにこの辺りに……あれれ?」

 

 楯無も一緒になって周囲を見てみる。辺りはショッピングモールの一角で、飲食店が連なっているエリアだ。昼時を過ぎたとはいえ、まだ昼食をとるには遅くない時間ということもあって行きかう人々の数は多い。だが、先ほどまでの人混みに比べたらなんてことない数である。なのに、神皇は玄兎の行方を完全に見失ってしまっていた。 

 あり得ない、とは言わない。だが、妙だ。今まで神業のような追跡術を魅せてきた神皇が、何故ここにきて途端目標を見失ったのか。状況的にいえば先までのほうが圧倒的に、尾行しづらい状況だった。現に何度も見失いかけた。だが、それでも神皇の五感まではまけなかったのだ。

 

 それがどうして、このような場所で起きるというのか。

 

「つまり……?」

 

「近くいる……?」

 

 それは単純に見失ったポイントがここだったから、という明快な考えのもと成り立っている推理だった。隙はあった。神皇が楯無に向かって弁明しようとした瞬間だ。あの時にちょうど玄兎がどこかの店に入店したとすれば、二人の意識から自分が外れたタイミングを見計らって入ることが出来たのならば。その推理は正しいといえる。

 ミスディレクション。手品師が手品の種から観客の意識を外させることを、そう言う。まさに今の状態はそれだ。偶然か、あるいは狙ったものなのか。さすがに後者はないかもしれないが、玄兎ならばあるいはと思ってしまう辺り自分は彼に惚れているのだろうなと楯無は思った。どうしても彼の事をいつも過大に評価している気がしたからだ。それが事実だと信じてはいるが、自分以外も同じ意見であるかどうかと言われたら素直に首を縦に振ることは出来ない。恋は人を盲目にさせるのだ。

 つまり、前者。恐らく神皇も同じ思考の果てに、答えにたどり着いたのだろう。その表情が幾分、勝ち誇ったものに変わっていた。

 

「にしし、一体どんなスクープが待ってるのやら……。はっ、これをアリサさんに売れば、一儲け……」

 

「金銭欲は、そのスクープを手に入れてから出しなさい」

 

 すぐに情報で儲けようとする神皇の癖をたしなめ、楯無は改めて辺りを見渡した。名高い飲食店が軒並み店を構えるこの辺りきっての激戦区とされるこのエリアで、果たして玄兎は何をしているのだろうか。もしかすると、誰かと会うために待ち合わせているのかもしれない。もし、その相手が女だった場合、もれなく楯無の心に銃弾が撃ち込まれることになる。いや、男だとしても彼にそっちのけがないとはいい難いために(容姿が容姿なだけに)絶対にないとは言い切れない。事実、男に言い寄られたことがあると、自ら告白もしていた。

 そう考えると、なんだか全身が粟立つような感覚に襲われた。

 

 まさかの自らの好きな人を男に取られてしまうのか?

 

 いやそれはない。だって、あの玄兎に限ってそんなことは……。

 

「探さないと……!」

 

 急に心配になった。何だか、胸のあたりがざわつく。

 そんなはずはない、と。あの男か女かということに対しては人一倍こだわりのある玄兎に限ってそんなことがあるわけ――――――――ないよね?

 確信が徐々に揺らいでいく感覚が楯無を支配し始めた頃、不意に肩が誰かとぶつかった。軽くぶつかっただけなので、倒れることはなかったが自分がこんな往来の真ん中で立ち止まっていることを思い出して、反射的に「す、すいません!」と謝罪した。そして、振り返ってわが目を疑った。

 白い長髪に、一瞬女と見間違えてしまうほどの華奢な体。何よりその人物の顔を見て、楯無は言葉を失った。その顔には見覚えがあった。いや、見覚えがあるのではない、似ていたのだ。彼と、赤神玄兎の顔と瓜二つなのだ。よく見ると顔の微細なパーツまでそっくりだった。双子のようである。だが、楯無が見た彼の瞳には玄兎にはある何かがなかった。玄兎よりも冷たく、虚ろな目をしていた。

 

 気づけば、彼を凝視していた。

 

「なにか?」

 

 男に尋ねられ、楯無の声は上擦った。鋭く冷たい刃物のような声だった。首筋に刃物を押し当てられたような寒気が全身をかけた。

 

「い、いえ! 失礼しました!」

 

 そう言って、足早にこの場から立ち去る。後ろから神皇が訝しむように声をかけているが、楯無の心中ではそれどころではなかった。

 

 今のは何だ。誰だ。玄兎の家族なのか? だが、聞いたこともない。彼に兄妹がいるなど一度として、ない。

 では、他人の空似だったのか。にしては、あまりにも似ていた。髪の違いとあの表情の乏しい顔と目を見ていなければ、恐らく楯無ですら間違っていたであろう。

 

「どうしたんですか、いきなり歩き出して」

 

 不審そうに眉をひそめる神皇が、後ろから追いかけてきた。さっきの見てないのか。そう尋ねると神皇は首を傾げて「さっき? ああ、あの髪の白い人。すごいですね、あれ地毛なんでしょうか」と不思議そうな顔をした。どうやら顔までは見えてなかったらしい。

 やはり自分の勘違いなのか。世界には自分と同じ顔が三人いるという。そのうちの誰かに偶然出くわしてしまったのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。

 楯無はせり上がってくる謎の恐怖を振り払うように、そう自分に言い聞かせた。あれとは関わらないほうがいい。まるで本能がそう告げているようだった。

 

「いや、大丈」

 

「おい、聞いたか!? あの店に超可愛いメイドがいるってよ!」

 

「それってあの噂の!? 時々しか店に顔を出さないっていう! 都市伝説じゃなかったのか!?」

 

 楯無の声が後ろから走ってきた二人組の男の叫びによってかき消される。歓喜のにじんだその声に関係もないのに圧倒され、楯無は言葉を失った。

 

「……すごい二人組でしたね」

 

 神皇が苦笑しながら言った。確かに、すごい興奮のしようだった。

 

「どうやら、あの店のことみたいですね」

 

「『@クルーズ』……メイドとか言ってたから、メイド喫茶かしら」

 

「でしょうね。そうだ。ちょうどお腹もすきましたし、ここは一度その都市伝説の美少女メイドというのを拝見していきません?」

 

 神皇が閃いたとばかりに提案した。何気なくを装っているが、何かを企んでいる笑みがその表情の下に隠れているのに楯無は気づいていた。大方、今回の件で一杯喰わされた報復でもする気だろう。予想はつく。あの女顔でバイト募集にでも応募すれば、一発で受かるだろう。メイド喫茶のようなものならば、なおさらそのみてくれを放ってはおけない。神皇の考えが手に取るようにわかって、楯無は呆れ気味にため息をついた。

 

 

 

 もはや最初の目的が何だったかすら、忘れてしまった。興味本位とノリと場の流れでここまで来てしまった。勿論、玄兎と鈴音が決してデートなどという青春真っ盛りのイベントを遂行していたわけではないとわかったのは正直ほっとしている。そこからはもはや完全に勢いだった。感じていた嫉妬心が薄れて、恥かしい想いがこみあげて、それを塗りつぶそうと目の前にあった面白そうなものに飛びついたのだ。

 

 その結果が、これだ。

 

「お待たせしました。こちらコーヒとジャンボパフェになります」

 

 長い黒髪を煌めかせながら、メイドがにこやかに楯無たちに微笑みかけた。なるほど、確かに超一級の美少女だ。客である男性たちが狂喜するのも頷ける。同性の楯無ですらそう思うのだから異性の、しかもそういうものが好きな人たちにはたまったものではないのだろう。

 入店して、彼女を見た時楯無は本日二度目の衝撃に見舞われた。あの玄兎そっくりな白髪の男を見た時と同格、または同一の電撃に脳を揺らされる。今日はおかしなものをよく見る日なのか。朝見ていたテレビでは、自分の星座はかなり上位に入っていたはずだが……なんて思考を繰り返してしまうほどに楯無は自身の眼を疑いたくなった。

 

「赤神(あかがみ)白(しろ)ねぇ……玄兎さんに妹いたなんで初耳なんですけど」

 

「私も初耳よ。そもそも、玄兎自体昔の話をしたがらないし。いたって不思議じゃないわ」

 

「兄が女神なら、差し詰め妹は天使といったところですね。美少女というところが、瓜二つってなんだか複雑な感じもしますが」

 

 注文した巨大なパフェを凄まじい速さで胃の中にかきこむ神皇は、物珍しそうに忙しなく働く白をその目で追っている。

 

 そうあのメイドは何を隠そう、玄兎の妹なのだ。初めは玄兎が女装しているのではないかと本気で疑った。彼も化粧とかつらさえ着用すれば、このぐらいの美少女に変身することも可能なのだ。結局、二人の疑いの目は(慌てて出てきた)店長と白本人が、自分は玄兎の妹であるということ、そしてそれをあまり公にしたくないということを説明してようやく晴らすことが出来た。説明を受けた二人はたいそう訝しそうにしていたが、本人に言われれば楯無たちに否定する道理も理由もなかった。納得する以外、なかった。

 

 しかし、出来過ぎである。

 

「玄兎を追いかけて、見失った場所の近くの店に入ったら、たまたま玄兎にそっくりな妹がいるって……どうなのよ」

 

「どうぉうとうわれわしても」

 

「まず、その口の中にあるものをすべて飲み込みなさい」

 

 パフェを口いっぱいに頬張っている神皇は盛大に喉を鳴らすと、満足げに「お粗末様さでした」と合掌した。

 

「それで、会長はなにが気に入らないんですか」

 

「あの子よ。どう見てもおかしいじゃない。絶対に怪しいわ」

 

「もしかして、自分以外の年下の子が出てきて焦ってます? あ、そう言われるとアリサさんも瑛梨さんも、篠ノ之博士も歳は会長よりも上でしたね。ああ、合点がいきます」

 

「そ、そんなちんけな理由じゃないわよ」

 

「嫉妬ですか」

 

「ち、違うわ」

 

「そんな焦る必要もないと思いますけどね。だって、あの話が本当なら玄兎さんと白ちゃんは血を分けた兄妹なわけですし? 法律的というか、こう倫理的には会長のほうが有利ですって」

 

「禁断の恋なんてどうするのよ!」

 

「いや、心配しすぎですって」

 

 そんなことを言っていていたら、きりがない。第一、彼女は勝ち組なのだ。アリサや束から見れば、十分羨ましく恨めしい存在なのである。自身はそんなこと微塵にも思っていないだろうが、もうちょっと絶対的優位者の余裕というものがあってもいいのではないか。まるで自分が一番底辺にいるようなその振る舞いは、アリサや束のような者から見ればかなり疎ましいはずだ。身近にいないから、指摘されないだけ。だが、もしも今後――――――アリサ達のような感情を持つ者が学園に来たとすれば。その人物に楯無はどう映るのだろう。そう思うと、この嫉妬心剥き出しの恋する乙女生徒会長を心配せずにはいられない。

 

 ――――――持たざる者は真が何なのかを知り、持つ者は真がどこにあるかを知らない。

 

 楯無は玄兎のことが好きだ。誰が見てもそれは一目瞭然。公然の事実といってもいい。最近は行き過ぎて空回り気味だが、焦り過ぎだ。まだ三年ある。楯無が二年だというのを考慮すると、二年だが。その間、玄兎は学園に縛られる。アリサとも束とも気兼ねなく会えない。逆に楯無は毎日のように顔を合わせることが出来る。既に他者よりも有利なアイデンティティがある楯無にとっては、この条件はまさに勝ったも同然であろう。それも完璧なまでに整えられた舞台だ。彼をものにするのなら、またとない絶好の機会なのである。

 そうやって整えられた舞台に上がった楯無は、一人意味の解らぬ焦りを見せていた。それはなぜか。

 

 一体楯無は、何に焦っている?

 

「かいちょ――――――ッ」

 

 言葉を紡ごうとした神皇は突如耐え難い寒気に襲われた。全身を巨大な蛇に這いずり回られるような不快な感覚。それが脊髄を通じて、脳をつんざいた。

 続けざまに、自分の中で何かが爆ぜた。神皇の中の人ではない『何かが』暴れ狂い、叫び出す。

 力が暴走を始めていた。抑えきれない。

 もう止められない。神皇の瞳が黒から鮮やかな紅へと変化した。それは神皇が妖刀としての、呪われたその力を完全に解放した時のみに起きる変化。同時に力の抑制が出来なくなったという危険信号でもあった。

 意識が全て、血と暴力で埋め尽くされる。神皇という意識が刈り取られ、別の何かが浮上してくる。

 

「……神皇ちゃん?」

 

 神皇の変調に気付いたのか、楯無が心配そうに声をかけた。

 逃げて。そう伝えたいのに、身体がいうことをきかない。まるで興奮しているようだった。血がたぎって、今までにない位に力が暴走している。

 

 なんだこれは。何が起こっている。なぜ、自分はこうも、

 

「血ガ欲シイ」

 ぞくりと全身が粟立った。背後からの声だった。酷くしゃがれて、生気を感じさせない何かの声だ。人ではない。同じ人ではない存在である神皇にはわかる。後ろにいるそれは、自分と同種だ、と。

 認識して刹那もなかった。気づいたときには、神皇の身体は『@クルーズ』の店内から外へと移動していた。宙にいた。浮いている。奇妙な浮遊感が全身を包んで、ようやく神皇は事態を把握した。吹き飛ばされた。あの後ろにいた妖刀に、横殴りにされて硝子を突き破って店外に飛び出してしまっている。

 浮遊感を感じていたのは一瞬のようにも、永遠だったようにも思えた。地面に激突し、何度も地と空が交互に視界に入り、消えて、また入るを繰り返す。そして、向かい側の店へと突っ込んでようやく神皇の身体は動きを止めた。

 

 意識がぐちゃぐちゃにシェイクされたようだった。混濁して、焦点が定まらない。たださえ薄れかけていた意識が、先の攻撃でさらに不鮮明なものになっていた。これが力の暴走によるものなのか、頭を強く打ちつけたことによるものなのか、はっきりとしない。

 周りの風景が遠い。声も聞こえない。意識が定まらないせいで、五感に送られてくる感覚を脳が正常に捉えきれていなかった。感覚を感覚として、感じない。力が暴発しているような気もするし、そうでない気もする。まるで魂が世界から拒絶されているようだった。体と魂が切り離されてしまったかのようだ。

 

 何も感じない。何もわからない。ただ、無が広がっている。神皇という魂を虚無が支配している。そして、徐々に彼女の魂はその色を失っていき――――――――

 

「……ん……か……み……ゃん! 神皇ちゃん!」

 

 その一言で神皇の意識を現実に引き戻した。色を無くしていた魂が徐々に色づいていく。感覚が戻り、意識がしっかりと固定される。ぶれていた焦点が合わさり、神皇の視界に再び世界を映し出した。

 

「……会長?」

 

「よかった。無事ね。大した怪我はしてなさそうだし、うん。平気そう」

 

 心配そうにこちらを見下ろす楯無が安堵の表情を浮かべる。

 

「さ、さっきのやつは」

 

「残念だけど、見失ったわ。相変わらずすばしっこい奴らよね」

 

 全身に突き刺さったガラス片に顔をしかめながら、神皇が立ち上がる。妖刀としての力で傷は既に完治している。体に異常はない。

 

「状況を聞いても?」

 

 あたりを見渡しながら、神皇がしかめっ面を作る。

 

「正直なところ、私にも何がなんだかね。あなたを殴ったやつが現れた直後ぐらいから、あちこちでパニックが起こってるの。外は大騒ぎよ」

 

 楯無が困惑気味に肩をすくめた。どうやら自分の意識が飛んでいた少しの間に、事態は急転しているらしい。

 確かに意識を耳に傾けると、人々の悲鳴や怒号、叫びが聞こえてくる。それに混じって微かにだが何かが割れる音や異様な咆哮も耳に届いていた。奮える。魂が何かに共鳴するように、唸り声を上げる。

 

「みたいですね。さっきから力が暴走しかけて、大変です。たぶん共鳴してるんでしょう。同族に会って、嬉しいとか私としてはちょっと複雑なんですが」

 

「そんなことより、あれがまだこの近くにいるとしたら大変よ。切り裂き魔の時みたいに、自我があるってわけじゃなさそうだったし」

 

「……まずいですね」

 

 思ったよりも悪い状況に、神皇は思わず舌打ちした。自我がない妖刀は即ち一種の天災だ。内から湧き上がる破壊衝動にしたがって、破壊の限りを尽くすそれだけの存在なのである。自我がない分、止めようとすると必然的に方法が物理的なものにならざる得ない。だが、妖刀の身体能力は驚異的だ。究めればISと地上戦限定だが、互角の勝負をすることだってできる。それが自身を顧みず突っ込んでくるのだ、厄介なことこの上ない。差し詰め、人の形をしたミサイルといったところだ(ミサイルよりも圧倒的に質が悪いが)。止めるにはやはり同族である神皇か、ISという現代における最強の兵器を投入する他ない。

 

「さすがに今回は緊急事態だし、後先考えてる場合じゃないわよね」

 

「私もさすがに今回の事は目を瞑りますよ。あとでこのことをダシにして、会長をゆすろうとはしませんから大丈夫です」

 

「……全然信用できないんですけど」

 

 神皇の発現に含まれる微量な誠実さに、楯無は一抹の不安を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

    *     *     *

 

 

 突如起きたパニックは人々を混乱の渦に巻き込んだ。皆、事態を把握しきれていなかった。どこからともなく発生した悲鳴は人々の不安をかきたて、認識していない存在への畏怖へとその姿を変えていく。

 

 人間はこの世界のすべてを視覚、聴覚、嗅覚、触覚で知覚している。五感の内、味覚以外の感覚で表層的には世界の存在を認識しているのである。見て、聴いて、嗅いで、触って物事を判断し、識別する人間はその感覚が届かない、または感覚の対象外のものと接触するとある種の恐怖を抱く。

 人とその他の生物を区別する際にあげられる項目として脳というのが容量がある。大抵の生物が進化の過程を自らの肉体を変えることで、自然に適応し天敵への対処を身に着けていったが、むしろ人間はその逆を行った。肉体を変化させるのではなく、他の生物よりもより複雑に思考できる脳を手に入れたのだ。これにより、人はほかの生物よりも考え、その結果どう対処すべきかを学んだのである。

 

 しかしながら、脳は五感によって全てを認識する。認識し、思考し、対応することで人は複雑化した判断能力を獲得しているのだ。つまり、五感でも知覚できないものに対しては対応することができないともいえるのである。対処とは対処するべき対象があるからこそ、成り立つ。対処するべき対象を認識出来ていなければ、そもそも対処などすることは出来ない。否、する必要はないのだ。

 だが、いくらほかの生物とは変わった進化を遂げた人類であっても本能というものはいまだ健在だ。本能的に恐怖を感じることもある。認識、知覚できずとも本能が危険を脳に知らせ、恐怖によってそれを体全体へと伝播させるのだ。とはいえ、本能とは生物に元からある勘ともいえるもの。進化の過程で手に入れた思考とはまた別種の感覚だ。本能を思考で判断することは不可能ではないが、本能を認識し思考を始める頃にはとっくに本能による体への伝播は終わっているといってもいい。要するに、思考には考えるという人間らしいプロセスが必要だが、本能にはこれが必要ない。そのため、思考よりも身体に情報が伝えられる速度は断然速かった。

 このように本能で感じ取った恐怖は、人間が有する思考というプロセスよりも意識に到達するのが早いのである。本能的に恐怖を感じ、次に遅れて五感による情報が脳に送られ思考によって人は判断、対処を行う。後者の能力が効力を発揮しない場合、人は前者である本能的な恐怖のみにその思考を支配される。本能は思考によってある程度コントロールされるが、その思考がある意味での判断能力を奪われた状態となれば、当然コントロールされることはない。そうなった人々は原始的な感情に赴き、行動を起こすのだ。

 自身の命を守るために、生物として刻み込まれた生存本能によって選択される行動。即ち、危険区域からの〝逃げ〟である。

 

「何が起こってるんだ……?」

 

 戸惑いに満ちた一夏の声は、逃げ惑う人々の足音にかき消され箒の耳には届かなかった。

 一夏たちがいるショッピングモールが混乱と恐怖の渦に陥ったのは、ほんの数分前だ。切っ掛けは一つの悲鳴だった。原因は不明だ。ただ、逃げる人々が口々に「化け物」だとか「殺される」などと叫んでいることから、ただごとではないとだけ推測がなった。そもそもこの逃げていく人の数を見れば、誰もが物事を楽観的には捉えないであろうが。

 人々の波にのまれ一夏と箒は状況を確認できないまま、流されていた。二人の距離はそう離れてはいないが、この騒ぎだ、下手をすればはぐれてしまう可能性が高い。出来れば、この非常事態の中で見知った人物とはぐれるのは避けたい事態だ。人災ともいうべき状況下、一人でいるのと二人でいるのとでは心の持ちようは天と地ほどに差がある。無論、一人よりも二人の方が文殊の知恵も絞り出しやすいというものだ。

 

 故に、箒は人の作りだした激流に揉まれながらも一夏に手を伸ばした。念のために言っておく。これは決して、この状況を利用して一夏と手をつないでやろう、というやましい考えの元実行されたものではない。飽くまでも今後のためだ。

 箒の手が一夏の手へと到達し、それを掴もうとした瞬間、再び慟哭にも似た悲鳴が後方の集団から木霊した。

 

「ば、化け物!」

 

 男の上擦った金切り声が震えながらそう言葉を発した。恐怖の滲み出た、男としては情けない声だった。そして、二度目はなかった。男のその情けない声は、断末魔すらあげることなく静かにこの世界から消滅した。

 

 再び悲鳴が上がった。

 

 この位置からは確認できないが、明らかに常軌を逸した何かが後方で起きたことが一夏たちにもわかった。恐怖が胸の底からせり上がってきた。逃げなければ、という使命感にも似た本能が一夏の身体を動かした。近くにあった箒の手を掴み、自らも人の激流に飛び込んだ。手を掴まれた箒が「ひゃい!」と珍妙な声を上げたが、一夏には聞こえていなかった。逆らわず、流れゆくまま後方にある何かから自らを遠ざけようと足を動かした。そこに思考が介在する余地などない。本能が逃げろと訴えてくる、ただそれだけに従ってこの流れに身を任せていた。

 

 歪は唐突に現れた。世界の理から外れた異常なる存在。

 

「血……血ィ血血血ッ!」

 

 ゾッとする声だった。空から降ってくるおぞましい言葉が、空気の震えとなって一夏の鼓膜を打った。内容は聞き取れなかった。だが、ただの音の連なりにしては妙に寒気を覚えるものだった。一夏は思わず首を上げた。

 

 女がいた。返り血に塗れ、異常なまでに伸びた犬歯が牙のように顔を飾っている。その女が一夏の視界の中央で、春の日差しを遮り影を作りだしている。

 衝撃は遅れてやってきた。「かはっ」と肺から多量の酸素が吐き出され、背中が鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。視界が明滅し、一瞬だけ意識が刈り取られた。すぐに取り戻した意識も、すぐそばにあった女の不気味な笑顔に釘付けになった。やばい、と瞬間的に悟った。何がどうして、なんてことはもう一夏の頭にはない。思考のプロセスを一切放棄して、本能と勘と反射のみで一夏はそう判断した。これは非常にまずい事態、だと。

 悲鳴が重なる。箒と周囲の金切声が混じり重なって、消えていく。一夏を中心として円を描くように周りが開け、人々の流れが変わる。前方の人々はそのままに、後方は再び来た道を引き返す。混乱する人々は、もはや正常な思考をするものはいないようで、蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げていく。

 

「い、一夏!」

 

 箒もまた、その流れに巻き込まれ一夏から離れていく。懸命に手を伸ばすも、一度始まった流れに逆らうのは至難の業だ。命のかかわる事態が間近で起こったとなると、なおさら人々の必死さは半端なものではない。箒はなすすべなく、群衆に飲まれていった。

 

「血血血ィッ!」

 

 ひたすら同じ言葉を連呼する女の瞳は虚ろで、生気が感じられなかった。とても生きている人間の目とは思えない。死者の目だった。

 そんな女の細長い腕が一夏の首へと伸びてきた。首をよじってかわそうともがくが、馬乗りになられた状態ではそれも叶わない。容赦なく首を両手で絞められる。このか細い腕のどこにこんな力があるというのか。尋常ではない握力で、女は一夏の首を締め上げた。先の一撃で酸欠になったうえでのこれだ。ひとたまりもなかった。一夏の意識は瞬く間に薄れ、息苦しさで思考すらも出来なくなる。次第に息苦しさすらもなくなっていき、視界の約半分以上が白い靄に覆われていった。

 死ぬのか。自分はここで死んでしまうのか。無意識の内に死を一夏は想像した。死というのは、こうもあっさりと訪れるものなのかと思った。何が起きたのかも分からずに、何もできずに終わるのかと。

 恐怖はなかった。否、感じられなかった。あまりにも唐突で、理不尽なこの展開に一夏の思考は追いついていなかった。まるで物事を俯瞰しているような気持ちになる。自分のことではないような、まるでこの現実が他人事のように感じられる。

 首の骨が軋みだし、みしみしという音が骨振動によって伝わってくる。死というものを隣に感じているせいか、それすらもある種の音楽のように一夏には聞こえた。もはやこの段階で一夏の意識はあってないようなものだった。あとは、そっと息を吹きかけてやるだけだ。それだけで彼の命の灯火は消える。

 

 

 ――――――――面白くない。面白くないぞ、人間。もっと楽しませろ、もっと足掻いて見せろ。こんなところで散らせるために、お前を創ったのではないぞ……人間!

 

 

 脳に直接響いてくるような声。その声を聴いた途端、急に心臓が強く脈を打った。ひときわ大きい脈動があって、一夏の中にあった何かがその殻を少しだけ破ったような気がした。

 

「び……びゃ……っ!」

 

 最終手段。かすれた声が喉から絞り出される。かろうじて紡がれる言葉の連なりは、次第に完成へと近づいていく。

 

 名を呼ぶ。相棒の名を。自分がようやく手に入れた誰かを守れる、力の名を。

 

「来いッ――――――白式ッ!」

 

 本来ならば無断でISを展開させることは禁じられている。破った場合、国際問題にまで発展しかねない専用機持ちにとっては肝に銘じておかなければならない事項だ。だが、この際そんなことにかまってはいられない。こっちは命がかかっているのだ。世界で二人しかいない男性操縦者の命と引き換えなら、安いものであろう。

 展開されたのは生憎、腕装甲だけだった。だが、人間サイズ相手ならばすべて展開させるよりもこっちの方が殴りやすい。薄れる意識の中、一夏は展開された純白の装甲で女の顔面を思い切り殴った。手加減は一切ない。普通の人間ならば、即死レベルの一撃だった。

 さすがの女もこれには、耐えられなかったようで後方へ勢いよく吹っ飛んでいった。

 

「かはっ……はぁはぁはぁ……」

 

 女の腕からようやく解放され、一夏は貪るように酸素を肺へ送り込んだ。息苦しさが終わり、足りていなかった酸素が血流によって全身に運ばれていくのを感じる。脳が酸素で満たされ、視界が徐々にクリアになっていった。そうして元に戻った視界に、吹っ飛ばした女を捉えた。普通ならばあの一撃をくらって立てるはずもないが、さてどうしたものか。

 女はゆっくりと立ちあがろうとしていた。あり得ないと思うよりも先に、一夏の中にはやっぱりという納得があった。あの握力と腕力、それに最初にみせたあの跳躍力。どう見ても人間業ではなかった。信じられないが、彼女は人間以外の存在だと認識せざる得ないだろう。

 そこまででふと一夏は、自分がこんな非現実的なことと直面しているのに酷く冷静だということに気付いた。本来ならばあり得ないと一蹴するであろう考えが、いとも簡単にすっと胸に収まった。まるでこのような事態に慣れているかのような、奇妙な感覚だ。どうやら人はあまりにも強いパニックと動揺を起こすと、一周回って冷静になるらしい。自嘲気味に笑ってから、一夏は表情を引き締めた。

 片手に雪片弐型を展開させる。すべての装甲を展開させなかったのは、ここが街中の路地だということを想定してだった。それにすべてを展開させるよりも、こっちの方が敵のサイズ的には攻撃しやすいはずだ。

 瞬時に判断し、一夏はこの状況に最適と思われる選択肢を選び取っていく。まるで自分が別人になったようだ。未経験の事だというのに、異常なまでに落ち着いている。思考が正常に巡り、正確と思しき選択がわかる。

 

「俺が、俺がやらないと……ダメなんだ」

 

 この状況でこの異常をどうにか出来るのは自分しかいない。そのことを胸に刻み付け、一夏は雪片の切っ先を女に向けた。

 もう、あの女の事を人だとは思っていない。だから、本気で斬る。手加減も、手心も一切なしだ。

 女が言語として成り立っていない、音の連なりを口にしながら地を蹴った。直後、雪片の刀身にずっしりとした重みと衝撃が加わった。

  

 

      *      *      *

 

 

「……アマイ。オマエトシタコトガ、トンダミスヲシタナ」

 

 暴れ狂う男の首を愛刀で掻っ切り、切り裂き魔(ジャックザリッパー)は言った。場所は付近でも有名なショッピングセンターの一角だ。日曜ということもあって客が多かったのも災いした。一般人の混乱が大きすぎて、二次被害まで出始めている。彼の知る限りで、ここまで大規模なバグが発生したのは今回が初めてだ。そこに加えて、事象とは無関係な被害の拡大。対処に遅れてしまったのは手痛かった。

 

「そうだね。さすがに今回の件は僕でも読めなかった。僕のミスだ」

 

 非難めいた視線を受け、ルイスは歯噛みした。こうなることを予め予想できていなかったとはいえ、可能性はあったのだ。こうなるかもしれないというのは、少なくとも数年前の時点からルイスは懸念をしていた。だが、まさかこういう形で起こるとは思いもしなかった。完全に虚を突かれた形だ。

 だが、いくら悔やんだところで起きたことは変えられない。変えるべきは最悪の未来だけだ。被害を最小限に留めることだけを、考えるべきである。

「しかし、タイミングが悪いですね。生憎、リディさん達は留守番で、今度の襲撃のためにゴーレムも調整だ。動ける人があまりに少ない」

 まるで狙ったようなタイミングに、ルイスは思わず舌打ちをした。もしかすると、この現象には〝あれ〟が関わっているのだろうか。そうだとしたら、まったく趣味が悪い。どうせ今もどこかで高みの見物でもしているのだろう。本当にくそったれな奴だ。

 胸の内でここにいない誰かに愚痴をこぼし、ルイスは思考を巡らせた。

 

「とりあえず、みんな散り散りに事に当たろう。半蔵君、目標になる妖刀は何体いるかわかるかい?」

 

「目視で確認できる限りでは、五体はいるかと。そのうち、三体は何者かと交戦状態にある模様。そして、ここからいささか離れた場所に反応があることから範囲はこのショッピングモールだけではない可能性もございます」

 

 ルイスの問いかけに、背後に控えていた半蔵が片足を地に着けたまま現状を報告した。

 

「分かった。とりあえず、始末の方は半蔵君とジャックさんに任せるよ」

 

「主は?」

 

 半蔵の短い問いに、ルイスは少しだけ口角を吊り上げた。それはどこか懐かしむような笑みだった。

 

「事態は深刻だ。今は敵とはいえ、こうなったら束や千冬の力も必要になってくるかもしれない。彼女らにとっても、これは見過ごせない〝バグ〟だろうしね」

 

「では……」

 

「といっても、遠回しに要請というより催促するだけだよ。早くしないと大変なことになるぞってね。うまくいけば、あちらの手の内を拝めるかもしれないし…………それに気になることもある」

 

 ルイスはそう言うと、「ほら、急がないと」と半蔵を急かした。ここで悠長に構えている時間は恐らくあまりない。長引けば長引くほど、この事態は恐らく酷くなる。一度発生したバグは処理しないと、第二第三のバグを誘発する可能性があるからだ。可及的速やかに修復しないと、この世界というシステムは致命的なエラーを起こしてしまいかねない。そうなれば、ルイスたちのゲームオーバーだ。そうなる事態だけは、どうしても避けたかった。

 しかし、そう考えるのは何もルイスたちだけではないはずだ。千冬も、あの道化の爺も、世界に決定的な矛盾を起こすことだけは望んでいないはずだった。

 

「では、拙者はここから北に」

 

「オレハ、ニシダ」

 

 そう言い残した二人は直後、忽然とその姿を消した。まるで亡霊の如き、晦まし方だった。

 ルイスは二人がいったことを肌で感じ、ふぅとため息をついた。

 

「でも、僕の本分はどっちかといえば悪役っぽいんだけどなぁ。あの神様は一体何を考えてるのやら、これじゃあ僕がいいことしなきゃいけないみたいじゃないか」

 

 一人本音を零して、肩をすくめる。なまじ自分がこの世界でやっていること、やろうとしていることを考えると冗談なのかと思いたくなる状況だ。いまさら善行を積んだところで、これからやろうとしていることの罪の重さが軽くなるわけでもあるまいし。なら、せめて悪役に徹していたかったものだ。仕方ないとはいえ、誰かを救うという行動と自らの野望が矛盾していくのを止められない。

 

 もう一度、大きくため息をついた。

 

「しかしまぁ、この状態を見る限りあまりいいとは言えないんだよね。これは近いうちに、また一週目のときみたいなことが起こる前兆なのかな」

 

 そうだとしたら、実に厄介だ。次第によっては、計画を前倒しする必要性が出てくる。誰よりも早く、彼女に会う必要がある。

 

 前のような失敗を繰り返さないためにも。今のうちに不安の種は摘んでおいたほうがいいだろう。例えそれが、救える命、であったとしても。

 

「さて、僕も行きましょうかね」

 

 そう呟きルイスは歩き出す。目指すは、東の方だ。その方角には今も、派手な破砕音と銃声が響き渡っている。それだけでそこで行われている戦闘がいかに凄まじいものなのか、想像がついた。

 本日三度目になるため息をついた。これから先の未来に待ち受ける自分の運命を思うと、その表情は自然と曇っていった。

 

  




え? リーグマッチはまだかって? もうちょっと待っててね……?(; ・`д・´)

次回は後編(の予定)。平穏な休日が突如として終わりをつげ、登場人物たちの運命を大きく狂わせていく。
次回の話はこの物語においても、重要な話となる予定です。是非とも、見逃さないようにっ!


そして、感想をください。ほんと、切実に(真顔
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