IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第二十四話 次席の実力

 始まりを告げるブザーに鼓膜が揺らされると、箒はすぐさま行動を開始した。楯無からのアドバイスその一。開始直後は無闇に攻撃しようとせず、相手の出方を伺うべし、を実行に移したのだ。楯無曰く、彼女が箒に勧めたこの装備は機動力に特化し、敵の攻撃をかわしながら懐に潜り込み、近距離から斬撃を浴びせるという攻撃のスタイルらしい。勿論、打鉄本来の防御力も健在である。そのため、使いこなすことが出来れば代表候補生であろうとそう簡単にとらえることは出来ないのだと、楯無は言っていた。専用機相手となるといささか苦しいだろうが、同じ量産機ならば問題はないとも言っていた。

 

 だからこそ、先手は譲るのだ。試合には流れというものがある。これはどのスポーツにも言えることだが、勝者というのは決まって試合の流れを掴んでいる。言い換えれば試合の流れを掴むことが勝利への条件だといってもいい。そして、大方のスポーツでは最初にその流れを引き寄せる条件は『先制』だ。野球においても、サッカーにおいても、先取点というのは勢いを作り、試合を有利に進めていくための重要な要素だ。

 

 ISにおいても、それは当てはまる。ボクシングや柔道のような格闘技系に近いISの試合では、それが殊更重要になってくる。こちらが攻撃するとき、自然と相手は受け身もしくは防御の態勢に入らず得ないからだ。自身への被害を最小限にとどめるには、攻撃の最中よりもそれが終わった後の隙を突いた方が攻勢に転じやすい。故に、先制攻撃をしかけてくる。流れを掴むために。

 

 そこを突く。楯無に伝授された戦法は、先制はさせてやるが、先手は取らせないヒットアンドアウェーだった。

 

(よし、これで楯無さんの言う隙が出来る……!)

 

 しかし、如何なることにも例外はつきものである。この時、箒と楯無の最大の誤算は敵の実力を読み違えたことだった。

 

「うん。やっぱり、そう来るよね」

 

 聞こえるのは、感嘆と惜しげな色を含んだ声。紅葉の視線は、しっかりと箒を射抜いている。そして、彼女の双肩に装備されているミニガンの銃口もまた、しっかりと箒に向かっていた。

 

 判断を間違えた。そう箒が結論に至るのに、そう時間は要さなかった。剣道で培ってきた直感が、動体視力が、反射神経が、総動員されて自らの身に迫っている危機を察知する。動く。身を翻し、無理やり進路を後方へと変えた。が、一歩遅かった。

 

 底光りする銃口が、火を吐いた。圧倒的なまでの暴力の嵐が、意図を持って一斉に弾きだされていく。

 

 その一端が箒を襲う。進路変更が間に合わず、微かに残った肩部の装甲を容赦なくミニガンの弾丸が穿いていく。

 

「うぐっ……!」

 

 くぐもった声が箒から漏れた。直撃ではなかったとはいえ、その威力は絶大だ。不安定な体勢だった箒は、そのままその余波からくる衝撃に吹き飛ばされてしまった。加えて予想外の出来事に混乱する箒は、迫りくる地面に対処できなかった。そのまま地面に激突し、シールドエネルギーをごっそりと削り取られてしまう。

 

(よ、読まれてたのか……くそっ!)

 

 思考回路が困惑と混乱で埋め尽くされる中、本能だけが迫りくる危機が終わっていないことを感じ取っていた。箒の意識が気づくよりも、数秒早く彼女の身体は地を蹴った。直後、その地面を追うようにして嵐が到着し、その空っぽの空間を破壊しようとする。

 

 不幸中の幸いだったのは、この攻撃で箒の混乱が収まり、冷静を取り戻せたということだ。

 

(焦るな。不意を突かれただけだ。それに、不意を突くのなら楯無さんの方がよっぽど質が悪かったはずだ)

 

 思い出すのは修行と銘打たれた、地獄の数日間。想像するだけで寒気が走る。悪魔のような笑みを携えた楯無と比べたら、先の一幕など子供のお遊び程度だ。冷静さを欠くほどではない。そう自分に言い聞かせながら、機体を常時トップスピードで保持し、弾丸の雨をかわし続ける。

 

「へぇ、初めてにしてはそんな動きもできるんだ。じゃあ、私ももっと頑張っちゃおうかな」

 

 余裕のない箒とは対照的に、紅葉の表情は曇り一つない。緊張すら感じられなかった。彼女も初めての試合のはずなのに、その顔に浮かんでいるものといえば焦りとも緊張でもなく、未知なるものに触れたことによる興奮だけだ。純粋にこの試合を楽しみ、また箒の動きを見て感心し、感想まで付け加えている。本当に同じ一年なのかと疑ってしまうぐらいだ。

 

 だが、これが打鉄の『零桜』装備相手でよかったと心底思う。もし、この相手がセシリアやラファール・リヴァイヴだったら、箒は勝率はほぼゼロに等しかったであろう。何しろ、その装備が箒の換装装備『紫電』と相性が悪い。『零桜』は圧倒的な火力で中距離での敵制圧を仮定してつくられた装備だ。その主だった武装が、ミニガンである。

 

 だが、このミニガン、弱点がある。それが銃口の位置だ。

 

 ミニガンはその構造上、撃ちだせる方向は前方に限られる。ほかの武装とも異なり、肩部の装甲に取り付けられているため小回りが利かない。そのため、あの圧倒的な暴力の嵐は紅葉の前方から扇状にしかその被害を及ぼすことが出来ないのである。 

 

 よって、箒がとるべき行動は一つ。ミニガンの射線上に捉えられないように、逃げ回ることだ。

 

「速いですね。さすがは機動重視の『紫電』です。私の射線上をことごとく、すり抜けていきますねー。それを操る篠ノ之さんも、これまた」

 

 拙い技術でなんとか飛び回る箒を、紅葉がそう評価する。まるで高みから試合を見物しているようなそんな雰囲気だった。余裕綽々だ。

 

 それがより彼女と箒の間にある技術力の差に磨きをかけているようで、箒は面白くなかった。だが、そんなことに腹を立てたりする余裕はない。必死に彼女の射線上から逃げ回るだけで、手一杯だ。

 

(……ちっ。避けても避けても、あの肩の奴がついてくる! どうすればいいのだ、こういう場合は……!)

 

 こんな事態など想定していない。話と違う。困惑する。箒の弱い部分がにじみ出て、表に顔を出そうとしていた。

 

 また自分は力及ばないのか。

 

 そう思うと歯ぎしりするほど、歯を食いしばっていた。また、だ。また感じていた。セシリアとの交渉の時にも感じた、あの熱い正体不明の感情を。

 

 負けたくない。もう足手纏いにも、大切な誰かを守れず泣きたくはない――――――逃げ出したくない!

 

 熱が胸を支配して、脳を沸騰させる。ぐちゃぐちゃに溶けて、混ざって、意識に語り掛けてくる。

 

 篠ノ之箒という女は、

 

「私は死ぬほど負けず嫌いなんだ。だから、お前にも負けてやるわけにはいかない」

 

 女性にしては鋭い目つき。その男勝りの言動で過去、何度『男女』とからかわれてきただろう。その度に一夏が庇ってくれたが、そんな優しさを箒は何度も恥ずかしさと悔しさで突っぱねてきた。

 

 一夏に剣道で負けるたび、どれだけ強くなろうと鍛錬を重ねただろう。

 

 あの顔を何度驚愕で染めてやろうと思ったことだろう。

 

 それから時間が過ぎ、箒は中学で誰よりも強くなった。男にですら勝てるという自負がある。

 

 でも。それでも彼の顔は驚愕で染まることはなかった。ただ祝福し、優しい笑みを向けてくれた。

 

 それだけでも胸が張り裂けそうなほど嬉しかった。頑張ったかいがあったと思った。だが、心の奥ではずっと叫んでいた。

 

 違う、と。そうじゃない、私はお前を驚かせてやりたいんだ、と。お前の心底驚いた顔を見て、どうだすごいだろう、と言ってやりたいのだ。もう、お前に守られるだけの弱い人間ではないんだぞ、と言ってやりたいのだ。

 

 そして、そうすることで、私はようやくお前の隣に立つことが出来る。守られる存在ではない。隣に立ち共に歩む者として、私はお前の隣に立ちたい。

 だから、負けられない。楯無に、セシリアに、本音に、神皇に、虚に、千冬に、松木に、みんなにもらったこの絶好を逃すわけにはいかないのだ。

 

「私のとっておきだ。しっかりとその目に焼き付けておけ」

 

「……何かする気だね」

 

 箒の動きの些細な変化に、紅葉が興味深そうに眉を吊り上げる。

 

 その瞳にはやはり、素人のような緊迫感は感じられない。

 

 抜刀した高振動ブレード『飛電』の刃が、陽光を反射させる。抜身の『飛電』はどことなくその凄まじい切れ味を、見た者に彷彿とさせる凄みが感じられた。真なる名刀は見るだけで、その者を圧倒する。この刀にもそういった類の、畏怖が宿っているようだった。

 

 

 

「篠ノ之流剣術中伝、篠ノ之箒――――――参るッ!」

   

 

    *    *    *

 

 

「うー。なによ、あの動き。完全に経験者のそれじゃない」

 

「反則級なのは認めますよ。あれがどこにも所属していない一般人って言われても、にわかに信じられませんよね」

 

 楯無の呻きに、神皇も同意するように頷き返す。

 

 以前から彼女の実力の程を知っている神皇にしても、改めてその凄まじさを感じさせられる試合だった。決して箒の操縦技術が下手なわけではない。初めての試合にしては、よく乗りこなしている方だ。短いながら楯無の指導を受けただけはある。稚拙さが残るも、その動きは他のクラス代表と比べても頭一つ分抜きんでていた。それは誰の目からも瞭然としている。

 

 だが、それでも箒の実力は同じ初心者であるはずの日向紅葉の足元にすら及んでいない。一方的な試合展開とまではいかないものの、紅葉はいまだその実力のすべてを発揮しているわけではなく、その表情からは箒の動きを楽しむ余裕すら感じられる。

 

 まるで強者の趣だ。初心者然とした焦燥を一切、彼女は持っていないのである。

 

「にしても、交換武装なんてよく許可しましたよね、学園側が。あれ、それなりにお金かかるでしょうに」

 

「毎年よ。この学園はセキュリティーのレベルが高いうえ、日本からも世界からも独立した、いわば秘密国家というべき場所。内部の情報は外部には漏れる心配もないし、万が一どこかの国からハッキングを受けようものなら、即刻委員会に追及されてしまい、下手をすればIS産業から撤退せざる得なくなる。そういった面を利用して、この学園は各国の新型の試作機が稼働データを採取する目的で集まってくるのよ。秘密の花園で、操縦者としての腕前を鍛えながら、同時に新型の稼働データまでも手に入る。まさに一石二鳥ね」

 

「今年で言いますと、オルコットさんや凰さんがその例になりますね。織斑君は、ちょっとわからないですけど」

 

「あの子は例外だから、稼働データ以外にも取られてるわよ。まぁ、それさておき。それでもこの学園に集まるのは新型だけじゃないわ。新しい換装装備もまた、ここに運ばれてくる。一年生ではまだやらないんだけど、二年生や三年生になってくるとずっとあの装備でやるのは、ちょっとだけ足りないのよ。そうした理由で、この学園にはまだまだいっぱいあるの。今回、本当は一年生に貸し出すのは教師陣は渋ってたんだけどね。織斑先生の鶴の一声でなんとかなっちゃった」

 

「なんとかなっちゃったって……」

 

 軽い感じにそう言う楯無だったが、神皇は言葉を失うほど驚いていた。

 

 本来、換装装備は一年の課程を修了し、それなりの経験を積まなければ使用許可は下りない。使うのもタダではないのだ。壊せば、莫大な費用がかかるし、何より数が少ない。それをまだろくに経験もない新入生に使わせるのは、金をどぶに捨てるのも同義だ。

 

 しかし、今回新入生である彼女らに使用の許可を出したのだという。これは神皇の知る限りでは、異例のことだった。

 

「でも、使えるといってもそれを使いこなすことが出来るのとは、また違いますよ」

 

「そうね。その点、日向さんは完璧ね。『零桜』の特性をよく理解しているし、うまく弱点を補っているわ。箒ちゃんの『紫電』にもうまく対応して、接近を許してない」

 

 一見すると紅葉の射撃は、先の簪と戦った人物のそれと似ているが、その実、技術面で大きく違う点がある。

 

 紅葉は機動力に物を言わせる箒にミニガンの掃射で対抗しているのではない。掃射を行えば、先の試合の二の舞にとなるだろう。ラファール・リヴァイヴと違い、銃火器に後がない『零桜』では弾切れを起こすと詰んでしまうからだ。特にミニガンのようなガトリングは弾の消費が激しいため、使用する際は慎重な判断を必要とする。その分、紅葉の手段は正しい。

 

「箒ちゃんの動きを見極めて、その先……軌道上に弾丸を撃っているのよ、彼女は。そうすることで、無駄に弾を浪費することもないし、着弾確率もむやみやたらに撃つより飛躍的に上昇するの。いくら機動力が格段に優っているとはいえ、操縦者はまだ素人に毛の生えた程度の箒ちゃん。付け入る隙はいくらでもあるわ。このままだと……」

 

「このままだと、篠ノ之さんが負けて会長が玄兎さんと同室になれませんね」

 

「……うぅ」

 

 痛いところを突かれて、楯無は思わず唸り声を漏らした。こんなはずではなかった。まさか、こんな実力者が隠れていようとは思いもしなかったのだ。しかも、それが一回戦で当たるとは、箒も自分もとことん運のない。楯無はただただ自分の不運さを呪うしかなかった。

 

「かんざしっちにも見習わせたい戦い方ですね。余裕で、それでいて常に戦況のさらにその先を予測し、計略を立てる。まさに、一流といっても過言ではないですね」

 

「ええ、そうね。簪ちゃんはちょっとあがり症なところがあるから……今日も最初の試合は緊張しまくってたし」

 

「そのあと玄兎さんにお説教を受けて、落ち込んでましたがね」

 

 神皇はにやつく頬を隠そうともせず、楯無に向ける。他人の不幸をこの上なく好む。まるで悪女のようだ。他人の不幸は蜜の味。まさしく、神皇にとって不幸とはそういうことなのだろう。

 しかし、彼女の性格はよく知っている楯無だ。彼女が他人の不幸を面白がるのは、その人物のことを信頼しているという裏返しでもある。悪戯を仕掛けるのも、決して親しい間柄の人物以外にはしたりしない。そういった面を知っているからこそ、先の神皇の発言を微笑ましく楯無は思えた。

 

「あ、篠ノ之さん、何かやる気ですよ!」

 

 神皇が興味深そうに目を見開いた。その視線の先には、明らかに先ほどまでの機動とは違う動きをする箒の姿があった。

 

(本当は鈴ちゃんか簪ちゃんの時までの切り札のつもりだったんだけど……仕方ないわ。一つ派手にやっちゃって、箒ちゃん)

 

 彼女の勝利を祈りながら、楯無はその行方を見守る。

 

 試合は佳境に突入しようとしていた。

 

 

 *    *     *

 

(さてさて、何をする気なのかな)

 

 雰囲気をがらりと変えた箒を眺めながら、紅葉はにやつく頬を抑えることが出来なかった。今から箒が何をしでかしてくれるのか。それが心底楽しみで仕方がなかった。

 

 技術力ではまだまだ紅葉にすら達しておらず、経験の面ではそれこそ他の生徒と大差ない。全体的な実力も、まだ紅葉を身体の奥底から燃え上がらせてくれるまでには至ってはいなかった。

 

 だが、それでも。

 

「なんだろうねぇ、このワクワク感! 未知との遭遇ってやつかな? それとも、〝姉さん〟に選ばれた君への興味かな!」

 

「何をごちゃごちゃと!」

 

 目と鼻の先の場所をミニガンの銃弾がかすめていく。すれすれのところを通り過ぎていく弾丸に、箒は冷や汗が止まらなかった。いくら操縦者の命にかかわるような怪我を防ぐために、何重ものセーフティーがかかってるとはいえ、これほどまで近くで銃弾が撃ちだされるのはやはり肝が冷える。本来、精密射撃に向いていないミニガンをここまで緻密に操れるとは、さすがは入学試験次席といったところだ。

 

 だが、それでも当たらなければ意味がない。箒も決して被弾をまったくしていないというわけではないが、それでも最小限の被害に留めている。機動力重視の『紫電』の性能が、うまい具合に箒の経験と技術の低さをカバーしていた。

 

(しかし、日向紅葉といったか……こいつ、隙が無い。常にこちらの予想の先を見越してくるその洞察力と、それを有効に活用するためのテクニック。厄介だな。どうにもやりにくい)

 

 箒は剣道で鍛えていたおかげで洞察力と先読みには少しばかり自信がある。剣道は常に相手の動きを先読みし、どこにどう打ち込むのかがカギとなってくる競技だ。当然、相手の動作、癖、視線、雰囲気からその動きを予測するというのは常日頃から行ってきた。小学校、中学校と同級生たちのように遊ぶこともせず剣道に注ぎ込んできた箒にとって、その技術だけは同学年では負けない自信があった。

 

 だが、そんな自信すらも紅葉は軽々と凌駕してくる。呆れて、物も言えなくなってきた。

 

「さぁ、そろそろ君も限界なんじゃないかな。徐々にだけど、ミニガンの凶弾がその分厚い装甲を穿ち始めたよ?」

 

「言われなくても、もうやるしかないさッ!」

 

 紅葉の挑発に箒はまんまと乗ってしまった。言われずとも、仕掛けるつもりだったが、先の一言で彼女のペースに巻き込まれてしまった。自覚はある。しかし、行動に移してしまっている以上、後戻りは即ち敗北を意味することぐらい箒にもわかった。

 

 『紫電』を装備した打鉄が、急上昇を始めていた。目指すは、ミニガンの死角となる頭上もしくは後方。

 

「させないよ!」

 

 腰部から放たれるのは幾十ものミサイル。そのすべてが向かうのは、箒の高速機動が行き着く予測範囲だ。「――――――しまっ」と箒がその行動を読まれていたことに、歯噛みした。覚悟を決めた顔で迫りくるミサイル群に『飛電』の切っ先を向ける。

 

 突撃。広範囲に広がるミサイルの群れに向かって、箒はその身を投げ出した。さすがにこの行動は紅葉にも予測し切れていなかったようで、目を丸くして驚いていた。

 

 ミサイルとのすれ違いざま、両腕部に取り付けられてある『飛電』が真一文字に振りぬかれた。鈍色の一閃が、鉄の塊を切り裂き、続いて爆発を引き起こした。それに巻き込まれるよりも早く、その場を全速力で駆け抜けていく。すれ違っては、斬りおとし、爆発に巻き込まれるよりも早くその場を颯爽と風となって吹き抜ける。

 

 爆風が吹き荒れる中、箒の視線はたった一人を射抜いていた。敵は悠然と構えている。その表情は興奮と驚愕に満ちた表情で、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ッ!」

 

 力がこもる。背後から爆風に押され、箒の勢いはさらに加速していく。同時に爆発と撃ちだされるミニガンによってシールドエネルギーが削られていき、徐々に敗北の足音が近づいてきていた。恐らく、これがラストチャンスだ。失敗するわけにはいかない。

 

「フゥ…………ハァァァァァァアアアアアアッッ!」

 

「――――――――なッ!?」

 

 箒の機体と紅葉の距離が『飛電』の攻撃範囲内に入ったかと思った瞬間、箒の姿が不意に掻き消えた。直後、凄まじい衝撃とともに『飛電』が突き立てられた。

 

 紅葉の思考は至って、冷静にこの状況を分析していた。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)。一瞬にして、トップスピードに迫る加速を起こすISの操縦技術の一つ。箒はこれを『紫電』がトップスピードに入った瞬間、発動させていたのだ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)発動以前から超高速状態にあった打鉄は、更なる加速力を得ることでその勢いを増していき、『飛電』による刺突の威力を極限にまで高めていた。以前、対セシリア戦で玄兎が見せた最後の一撃を基に、楯無が授けてくれた箒の切り札。

 

 それが今、見事なまでに炸裂した。

 

(油断しちゃったよ……これは予測してなかった。一本取られたね…………でも、どうしようかな? このままだとアリーナの壁に激突して、たぶんごっそりとシールドエネルギー持っていかれちゃうし。としても、この時点でだいぶ削られてるけど)

 

 飽くまでも平静は保ったまま、紅葉は思案する。

 

「くうッ――――!」

 

 箒が歯を食いしばり、さらに『飛電』の切っ先を押し込んでくる。壁に激突するまで、十秒となかった。気付いたときには、既に壁の中に紅葉の纏う打鉄がめり込んでいた。

 

 砂煙と埃が舞い上がる。衝突の余波が、壁の破片と試合会場の地面を掘り起こし、それらを天高く巻き上げていた。黄土色をした粉塵が、紅葉と箒を覆い隠すようにして空中を漂う。

 

 観客はそれを固唾を呑んで見ていた。誰もが先の攻防で勝敗が決したと思っている。だが、まだ試合終了を告げるブザーが鳴り響いてこない。会場が静寂に包まれていた。あのうるさかったミニガンの銃声も、今や足音すら目立ってしまう静けさに沈んでいる。

 

 次に鳴るのはブザーか。それとも、新たな攻撃の調か。

 

 答えは後者だった。

 

 耳をつんざくような爆発音に、紅蓮の炎に彩られた爆炎がアリーナを揺らした。続けざまに観衆の目に映るのは、壁際から派手に吹き飛ばされてアリーナ中央へと墜落する打鉄の姿。その姿は至近距離でグレネードを撃たれたことによる、深刻なダメージが見て取れた。

 

「がはっ……なんて、無茶なことを……」

 

「そっちだって、言えた義理じゃないですよ……。あんあ無茶苦茶な加速と攻撃。おかげで自分もダメージ受けちゃってるし……」

 

 満身創痍となった二人が鬱屈そうに、身体を起こし相対した。

 

 箒の切り札を受けて、紅葉がとった決死の攻撃が功を奏したようだ。代わりに自分の方にもかなりの被害を被ってしまったが、武装は無事であり装甲も自動修復中である。シールドエネルギーが二桁に突入していること以外、大した損害は見受けられない。九死に一生を得るというのはこんな気持ちなのだろう。賭けに勝ったというのは、心地が良い。

 

 対して、箒はままならないダメージを受けたようだ。零距離からグレネードの乱射によるダメージはさすがの打鉄でもこたえたようである。恐らく、あと一撃でも攻撃を加えれば箒のシールドエネルギー残量は底をつくだろう。

 

「往生際が悪いというか、なんとうか」

 

 立ち上がり、こちらに抜身の『飛電』を構える箒に紅葉は感嘆を通り越して、呆れてしまっていた。試合の決着はもうついている。覆しようのない、明らかな箒の敗北。

 

 なのに、彼女は諦めていない。まだ勝利を求めている。その貪欲なまでの執念には、さすがの紅葉ですら脱帽するほどだ。

 

「悪いな。負けられない理由があるんだ」

 

 ぎろりと睨みつけてくる。研ぎ澄まされた刃のような視線が、紅葉の身体を切り伏せようとしていた。

 

 まだ、勝負はついていない。勝機はまだある。そう言っているようだった。

 

 事実、彼女は動いた。小細工を一切弄さない、純粋な勝利のための一閃。負けず嫌いで、諦めの悪い、だがそれでも気高き誇りを纏ったその斬撃を、紅葉は――――――――

 

「なるほど、素晴らしいね。納得したよ。君に惚れた〝姉さん〟の気持ちがわかるよ。いい目だね…………でも、ごめん」 

 

 瞬く間に右手へ展開した『葵』で受け流し、箒が態勢を崩したその隙に、

 

「私はまだ、負けるつもりなんてないよ」

 

 流麗な斬撃を以て、箒に止めを刺したのだった。

 

 

    *      *      *

 

 アリーナのモニタールームで試合を観戦していた千冬は、このまさかの事態に思わずため息をついていた。

 

「まさか、篠ノ之が負けるとは……」

 

 完全に予想外だった。まさか、一回戦で千冬の本命が消えてしまうとは思わなかった。

 

「お膳立ても完璧だったのに、あいつは……まったく」

 

 教職員としてあるまじき行為とは思っているはいるが、致し方ない。唯一無二の弟のためだ。そう思い、今回箒が試合に出られるように最大限の根回しをしたつもりだったのだが。

 

 結果だけ見れば、いい試合だった。だが、内容を鑑みれば決していい内容だったとは言えない。

 

 箒は終始劣勢だった。しかも、攻撃を当てたのは最後の一撃のみ。あの一撃で紅葉のシールドエネルギーを一気に削り取ることができたのだから、それだけは評価してもいい。が、その他はてんで駄目だ。明らかに手を抜いていた紅葉の攻撃を避けるだけで手一杯の操縦技術に、試合経験の少なさからくる状況判断の誤り。細かいところまで指摘すると、きりがないほどだ。

 

 古い馴染として、なんだか情けなかった。こんなことなら、密かに個人訓練でもつけてやるべきだったか。

 

 後悔の念が頭に渦巻いて、動揺を隠しきれない。おかげで手に持ったコーヒーに砂糖と間違えて、塩を入れてしまった。試しに飲んだが、死ぬほどまずかった。

 

「シナリオが滅茶苦茶だ……ああ、こうなってしまってはアカイロ様がどのような行動に出られるか、予測できなくなってしまう……!」

 

 奔放で、こちらの意など一切汲んでくれない主人を思い出す。千冬の思い描いていたシナリオが崩壊した今、彼女にとって一番危惧すべきなのはアカイロの暴走だった。彼女が好みそうなシナリオを作り、進めることによって彼女の関心をこちらに向け、世界消滅レベルの気紛れを起こさせないように千冬は奔走してきた。今回の箒と鈴音、楯無と簪の出来事もすべて千冬が裏であれこれと手をまわして作った状況であった。

 

 だがしかし、それも今となっては意味もない。たった一人の存在が、千冬の苦労を全て水の泡としていた。

 

「日向紅葉……ここにきて、まさか出しゃばってくるとは。くそっ。完全に失念していた!」

 

 怒りが収まらない。なぜ、こんな時によりにもよって日向紅葉が出張ってくるのだ。彼女が出てくるのはもっと後、それこそ千冬の描くシナリオの後半だと思っていたのだが、その予測が今回は完全に裏目に出てしまっていた。ここまで順調だっただけに、その詰めの甘さが悔やまれる。

 

 さらに日向紅葉の表舞台への台頭は、今後どのような影響を及ぼすか分かったものではない。今は異分子が多すぎる。ただでさえ、瀧岸神皇や神谷玲也らや、ルイス・アシュダウン、クルト・アクスのような目障りな障害がいまだ健在なのだ。その中に突如現れては、こちらの計画を乱す紅葉の存在は、千冬にとっても無視できないものである。

 

 とはいえ、組織で動くルイスやクルトとは違い、個人で動きを見せる玲也や紅葉や神皇は行動の予測が立てにくい。神皇や紅葉は学園という縛りがある。それがある程度彼女らの選択肢を狭めてくれているのだが、問題は玲也だ。彼も紅葉同様、無視できる存在ではない。

 

 現時点で最も厄介なのは、行動が不気味で何をするか予測できない日向紅葉と、世界各国で姿を見せ何をするのかその行動パターンも思考パターンも予測が出来ない神谷玲也の二名だ。この二人だけは、シナリオに影響を及ぼす可能性を持っている。早急に芽を摘んでおきたいところだが、出方がわからない以上迂闊に手を出せば何が起きるか分かったものではない。

 

 それらを加味したうえで、このトーナメントもこれから先のことも計画を練り直さなければならないだろう。

 

「しかし、神谷玲也が所在を特定できていない今……目下一番の障害は日向紅葉だ。だが、あれだけはどう出るかわからん。余計なことをしないでくれるとありがたいのだが……」

 

 そう現実は甘くない。千冬がそれを一番よく理解している。

 

 それだけに千冬は不安な気持ちを隠せないでいた。奥歯が欠けるほど噛みしめてから、呪詛のように言葉を吐き出す。

 

「いざとなったら、〝私ら〟も出るぞ。準備をしておけ」

 

「了解しました」

 

 彼女の背後に控えていた数名から、声が上がる。

 その声を耳で受け止め、千冬はモニターに視線を移した。

 

 

 

『準決勝:二組代表、凰鈴音VS四組代表、更識簪』

 

 

 

 今日一番の好カードが今、幕開けようとしていた。

 

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