IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第二十六話 激闘! 簪VS鈴

 鈴音と簪は互いに今日妙な縁で結ばれていると、両者互いにそう思っている。二組と四組という、たださえ顔を合わせる機会が少ない同学年のクラスでも、実技の時ですら会うことがない二クラスに所属している二人だ。勿論、四月の時点では名前を小耳にはさんだ程度の認識しかなかった。

 

 そんな二人が出会ったのは、幾つもの偶然が重なった結果だったのだろう。玄兎を通じ自身の恋路の応援を依頼した鈴音と、神皇のお節介で玄兎ともに打鉄弐式の製作に取り掛かった簪。一方は失意の底で、もう一方は恥ずかしさと嬉しさに胸が満たされていた、そんな時二人は出会った。

 泣きながら、自分と一夏との間にあった約束こと、それを彼が忘れていたのだと鈴音が告白した時のことは、今でも簪の記憶に深く刻まれている。

 

 忘れようがない。あの衝撃的な光景を、どこか懐かしさを覚える彼女の姿を忘れるわけがなかった。

 

 それ以降から、二人は度々顔を合わせる機会が増えた。意識してのことではなかったが、互いに秘密を知った知られた関係ということで無意識に仲間意識を持っていたのかもしれない。濃い付き合いではなかったが、薄く深い関係であると簪も思っている。

 

 そんな二人が今日この時、倒すべき相手として対峙した。互いに叶えたい願いのため、勝利を勝ち取るため。剣を交えようとしている。

 

「簪……まさか、こんな日にあんたと戦うとは思ってなかったわよ」

 

「わ、私も……だよ」

 

 奇妙な感慨があった。あの時、あの哀しみにくれた鈴音と出会った時から簪にはこうなる運命だったのではないかという思いがある。偶然出会い、細く短い糸で繋がれた二人の絆。ほかと比べても、脆く今にも途切れてしまいそうなほどの小さな繋がり。それがまるで今日この日に、二人を相対させるためにあったような感じすらする。

 

「でも、ごめん。簪が相手でも、私は負けられないの」

 

「うん。わかってる……私にもあるから」

 

 互いに強いまなざしをぶつけ合う。二つの双眸に宿る確かな想いが目に見えぬ圧となって、視線の先にいる相手に襲い掛かる。負けられないという思いが、二人から発せられる雰囲気を緊張感漂わせるものへと変えていた。

 

 試合開始の時間が、秒刻みに入った。直に試合が始まる。

 

「簪には感謝してるわ……あの時私は話を聞いてくれて」

 

「……話を聞いてただけだから」

 

「それでも私は、誰かに聞いてほしかったのよ。感謝しているんだから」

 

 だからこそ、と鈴音は言葉を紡いでいく。カウントは既に秒数を、残り一秒と表示している。

 

「私は優勝して、この願いをかなえる。だから簪、あなたに勝つ!」

 

 鈴音の言葉が終わるのと同時、試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 

 

   *        *        *

 

 

 先制したのは簪だった。荷電粒子砲『春雷』を即時展開すると、その銃口から凄まじいエネルギーを迸らせた。二門あるうちの一門は展開時に鈴音めがけ発射されていたが、軽くかわされてしまっていた。だが、二門目はまだ撃ちだしてはいない。鈴音の回避行動を予測。そこから移動着点を導き出し、そうやって算出したエリアへと残ったもう一門の『春雷』を撃ちだす。

 

「チッ!」

 

 間髪を入れず迫ってくる荷電粒子の塊を、憎々しげに鈴音は睨みつけた。回避行動を終えた直後にこれだ。反応が遅れること必須なうえ、攻撃が飛んできた位置がこれまた絶妙な場所である。ダメージは免れない。だから、肉を切らせる。せめて骨だけは切らせないように。

 

 危機を認知してからの鈴音の判断、そして行動は早かった。

 

 鈴音は初撃に対して左側へと回避行動をとっていた。簪の射撃はその回避行動を行った先、その到達点へと放たれている。

 その攻撃が当たる直前、軸となっていた左側とは反対側のスラスターに勢いをつけさせた。萎みかけていた噴出が、再びその勢いを取り戻していく。本来、両方を同時に操ることで前へと前進するスラスターは、片方だけをふかせるともれなくそのスラスターのある方とは逆位置を軸として、物体を回転させる。例えるなら船を漕ぐときの櫂のような働きをしたのだ。

 回転した鈴音の身体は、簪に対して側面をみせるような姿勢になる。そうすることで撃ち抜かれようとしていた右側ががら空きとなり、荷電粒子は微かに『甲龍』を掠るだけだった。だが、その余波からは完全にのがれること出来なかかった。

 

 直撃ではない分、その威力はかなりそがれている。しかし、その衝撃は鈴音を吹き飛ばすだけの威力を備えていた。

 

「くそっ……やってくれるじゃない」

 

 予想以上の一手に、思わず鈴音も舌を巻いた。これは考えていたよりも苦戦を強いられるかもしれない。

 

「逃が、さない……ッ!」

 

 再び、『春雷』による攻撃が鈴音に迫る。同じ手は喰えない。鈴音は彼女の思考を出来る限り、先読みをしよう心掛けた。先の攻撃から彼女の攻撃方法はこちらの攻撃パターンを見極めてからそこを突くというものではなく、最初の一手でこちらの行動を誘導して二撃目でダメージを与えるというものだ。今までの試合、ことごとく対戦相手が二撃目で撃墜されていたのを見て予想していたが、これで確信を持てた。

 

 相手の思惑さえわかってしまえば、それを回避する方法はいくらでもある。

 

「右、左、次は……上ッ!」

 

 機動力にものをいわせ、簪は八方様々な方位から『春雷』による暴力の嵐が吹き荒らしていた。こちらの攻勢に転じる暇すらない。まさに、暴風。轟く雷のような怒涛さだ。

 

 ここまでくれば、もはや二人の技術力は凄まじいものがあった。片や一方では相手に反撃を許さず、的確な射撃コントロールで行動を誘導、誘導した先を狙い打つ。一方で、その精密な射撃を完璧とはいかずとも紙一重で避けている。神がかってるようだ。観戦する観客も、その高いレベルに固唾をのんで行く末を見守っている。

 

(どうする? ここのままじゃ、どのみちジリ貧で負けちゃうじゃない! どうすればいいのよ、まったく!)

 

 頭の中で愚痴を吐き捨てる。そうでもしないと、この状況に対しての苛立ちが爆発しそうだったからだ。冷静さを保つため、あえて愚痴をこぼしたのである。しかし、逆説的にはそんなことをしなければ冷静さを欠きそうなほど、追い込まれているということだ。

 

(あの荷電粒子砲って、一体何発撃てるんだろ……。今まで合計して十発はくだらないから……そう長くはもたないはず)

 

 希望があるとすれば、弾切れを起こすことだろう。だが、荷電粒子砲に使われる弾丸は通常弾丸とは違い荷電した粒子を用いている。ISが開発される前までは技術力不足で架空の兵器とされていたが、ISに使われていた様々な技術を吸収した現代となってからは旧来の兵器を凌駕する兵器とその名を広めていた。が、この兵器も運用するにあたって幾つかの問題点がある。それがエネルギーの問題だ。これは小型なものですら電力を大量に喰らうのだが、兵器として稼働するとなるとそれはもう想像を絶する量の電力を喰らう。その点、ISは解決してくれている。ISには無限にも等しいエネルギーがあった。それから転用すれば、電力の問題はカバーできるのだ。

 

 とはいえ、競技用ISには様々な制限がある。利用できるエネルギーも本来のごくわずかだ。そのためエネルギーを食い潰す荷電粒子砲は、競技用ISにとってもそう何度も撃てる代物ではない。残り精々数発が限度といったところだ。

 

 そこに鈴音は勝機を見出していた。奇しくも初戦で簪がやったことを、鈴音は簪にしようとしている。

 

 その隙がいつ来るのかはわからない。ただ、今はただこの嵐を潜り抜けることだけを考えよう。

 

「くぅ……!」

 

 後頭部をすれすれで掠めていく荷電粒子に、思わず声が漏れる。今のは危なかった。

 

 そうしている間にも、簪の『春雷』が撃てる弾丸の最大数にまで達しようとしていた。

 

 来る。

 

 鈴音の勘がそう告げた時、『春雷』の銃口が鈴音を捉えた。照準は完璧、動き出すまでの時間と彼女が発射するまでの時間とでは、明らかに後者が早い。直撃する。そう感じて身をすくめた――――――――が、いくら待っても衝撃は飛んでこなかった。

 

 代わりに聞こえてきたのは、カチッ、という乾いた音だけ。

 

「――――――ッ!?」

 

 簪が声にならない悲鳴を上げた。もしかすると、射撃位置をコントロールするための演算に集中しすぎて、残弾数を確認できていなかったのかもしれない。彼女にとってみれば痛恨のミスであり、鈴音にとっては棚から牡丹餅である。このチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 

「もらった……!」

 

 ハイパーセンサーで簪の現在位置を確認した鈴音は、即座に反撃へと打って出た。

 

 『甲龍』の肩部にある装甲がスライドしたかと思うと、直後に発光。

 

「な、何がおき、うぐっ!?」

 

 自身の失敗で小さなパニック状態に陥っていた簪が状況を理解するよりも早く、彼女の腹部に目に見えない『何か』が到達した。まるで殴られたかのような感触に、簪の思考はさらに混迷を期していた。

 

(なに、あれ……? 何が起きた、の?)

 

 目に見えない殴打が、もう一度簪を襲う。次はボクシングのジャブのような一撃が左右から交互に

打鉄弐式の装甲を穿っていく。

 

「いけええええええ!」

 

 鈴音が渾身の叫びをあげ、それと同時に簪は正面からストレートのような衝撃を受けた。会心の一発であった。それを受け身も取らず、回避もできず、直撃を受けてしまった簪はそのまま重力に逆らわず、地面に落下した。

 

 

 

 

   *     *    *

 

「衝撃砲か……ちっ。厄介なもん、搭載してくれてんなぁ」

 

 モニターに映る試合の映像を見て、玄兎は苦々しく呟いた。

 

『衝撃砲。空間圧によって空中に砲身を作り出し、その反作用で砲身内に溜まった衝撃を放出する最新兵器だね。砲身は勿論、撃ちだされる弾丸すら不可視……確かに厄介だよ。一年前は理論構築段階だったのに、もう試作品が出来てるなんて……』

 

 ナギが玄兎の言葉を継ぐように、それについての説明を述べた。だが、その表情は玄兎と同じく苦々しいものを感じているようだった。

 

 二人が衝撃砲と呼ばれる兵器を目にするのは、実のところ初めてではない。前にも一度だけ、目にする機会があった。その時はまだ問題点だらけの試作段階であったが、いつの間にか実際にISへと搭載実験を行えるほどまでにその完成度を高めていたようだ。

 

『玄兎はどう? あれ、避けれそう?』

 

「どう……だろうな。実際にやってみないとわかんねえけど、砲身は三百六十度全方位に展開が可能で死角がない、かつ、弾丸は見えないときた。回避しようとしても、間に合わないだろうな。普通の銃器なら銃口からある程度、照準が割り出せるから容易なんだが……あれになると発射されるタイミングすら掴めねえ。その上、発射されたことに気付いたときには既に衝撃は届いているんだから、やりようはねえな」

 

 それでもまだ納得がいかないのか、画面を食い入るように見る玄兎は真剣そのものだった。恐らく、その衝撃砲の特徴を少しでも多く知っておきたいのだろう。今後のためにも、それは重要なことだ。

 

『玄兎だったら、例の野生の勘とかで避けられそうな気もするんだけど』

 

「さぁな。それこそ、やってみないとどうにもな。何かしらの弱点はあるはずだから、そこを見つけることが出来れば勝てるとは思うんだが……今の簪にそれが出来るかどうか」

 

 十中八九、現在の簪は混乱の真っ只中だろう。先程、彼女が見つけた自らの『強み』を生かした戦法が見事なまでに破られた。いや、破られたというよりは先に簪のほうが尽きてしまったというほうが正しいのかもしれない。とにかく、ここまでの試合で積み重ねてきた戦い方が、通じなかったのだ。予測はしていた。なにせ、相手は同じ代表候補生なのである。同等の実力を持っていても不思議ではないし、特に鈴音は代表候補生となって一年足らずで中国の最新鋭機である『甲龍』の操縦者に選ばれているのだ。その実力の高さは折り紙付きといってもいいだろう。

 

 そんな相手に、今まで素人を相手にして見つけた戦い方が通じるわけがない。まだ、簪の中で彼女の『強み』が己の技術へと昇華されていないのだ。

 それにかなりわかりやすい弱点もある。あの戦法、時間が経つと『春雷』が弾切れを起こすのは必然だ。そもそも荷電粒子砲自体を何度も連射すること自体、エネルギー消費はものすごい。射撃武装がそれしかないとはいえ、いささか無理のある戦法だと玄兎は思っていた。もうちょっと、武装の扱い方がうまくなればそれ相応のこともできるのだろうが。

 

 しかし、彼女と打鉄弐式何を隠そう今大会が初めての実戦なのである。マルチロックオンシステムが完成したのはこの試合が始まる直前だった。急ごしらえもいいところだった。

 

「焦るなよ、簪。お前の『強み』はその演算能力の高さだ。なにも、さっきの戦法だけがそれを有効に使えるわけじゃない。考えろ、そして実行しろ」

 

 玄兎の祈るような言葉は簪には届かない。

 

 

    *      *     *

 

 

(何が、起こって……!?)

 

 ISの絶対防御は完璧ではない。ある程度の強い衝撃を与えれば防ぎきれず、操縦者がダメージを受ける。やろうと思えば、この状態で嬲り殺すことだってできるのだ。

 先の一撃で簪は肺の中の空気を全て押し出されてしまった。さらに地面に激突した衝撃で、一瞬だけ意識が飛んでしまっていた。ダメージが大きい。

 

 思考が霞みがかり、それを払うように頭を振る。

 

「どう? これが私の『甲龍』が誇る第三世代兵装、衝撃砲なんだから!」

 

 ない胸を張って、誇らしげに告げる鈴音。それを見て、簪の内心はますます穏やかではなくなった。

 

(第三世代兵装って、打鉄弐式のマルチロックオンシステムと同じ……!?)

 

 動揺する。彼女の機体に第三世代の武装が搭載されていることは、初めから予想していたことだ。問題はそこではない。

 

 衝撃砲という名の、その武装の実力が問題なのだ。先の一撃から推測するに、恐らく衝撃砲とは不可視の弾丸を何らかの形で生成し撃ちだす武装である可能性が高い。勿論、その理論はまったく見当もついていないが。砲身は、あの肩部にある部分だろうが、見た目だけではそのようには見えない。あれが砲身だとすれば、どのように弾丸を射出しているのか甚だ疑問だった。

 

 目に見えぬ不可視の弾丸。それがどれだけの脅威なのか身を以て体験した今、簪はその恐ろしさは身に沁みて感じていた。

 

(せめて、発射の予兆さえわかるなら……)

 

 もし突破口があるとするなら、衝撃砲が発射する瞬間が何らかの形で察知できるか否かだ。通常の銃火器のように引き金を引く瞬間や、銃口の位置、銃の特性を知っていれば、おのずと照準されている場所を把握できる。銃口も、銃身もなく、弾丸も不可視の衝撃砲に通常の兵器と同じような予兆を感知出来さえすれば、対処のやり様はいくらでもあるのだ。

 

 しかし、今のところそれらしいものは知覚できていない。先の攻防も一瞬であり、苦心の末編み出した戦法があっさりとまさかの一手で敗れてしまったせいで、簪の心中はそんなことに気を割く余裕がなかったのだ。

 おかげで衝撃砲に対抗できる手立ては思いついていない。そもそも、情報が足りていなかった。一番効率がいいのは、もう一度あの衝撃砲の一撃をこの目に焼き付けることだが、それはつまりもう一度あれを喰らうということを意味する。どのタイミングで飛んでくるかわからない衝撃に回避など出来るはずもないのだから、もう一度あれを見るには喰らってみるほか手段はない。もしも、玄兎であったならば避けそうな気はするが、この場にいるのは玄兎ではなく、簪だ。出来もしないことを、希望的観測で実行に移すほど現実が見えていないわけではなかった。

 

 これ以上のダメージはなるべく避けたい。この試合は準決勝、全てを出し切らなければ勝てないとはいえ機体の損傷はなるべく少なくしておきたいのが今の心境だった。次は恐らく、箒を破った日向紅葉という少女との対戦だ。彼女はこれまでの試合を全て無駄な動き一つせず、それこそ遊ぶような動きで快勝を続けている。実力的には代表候補生並だ。そんな相手にいくら第三世代とはいえ、傷だらけの機体で挑むのは少々心許ない。故に、これ以上の機体の損傷を抑えておきたいのだ。

 

(まずは、その死角を狙う!)

 

 そのためには隙を作らないとならないだろう。だが、『春雷』は使えず、残りの手札は超振動薙刀『夢現』と簪の切れる手札でも奥の手であるあの武装だけだ。

 出し惜しみをしている場合ではない。全てを出さずに勝てるほど、鈴音は甘い相手ではないだろう。

 

 ならば、その手札。ここで切るのが最良だと、簪は思う。

 

「マルチロックオンシステム――――――始動」

 

 

 ――――――マルチロックオンシステム稼働開始。

 

 ――――――『山嵐』を対象敵IS『甲龍』へと自動照準。

 

 ――――――全四十八発、発射準備完了。

 

 ――――――システムオールグリーン。

 

 ――――――敵、ロックオン。狙い撃つ。

 

 

 無機質な声がシステムの稼働に問題はないことをを告げてくる。最後の言葉だけ妙に生々しい男の声で再生されていたが、簪は気にしなかった。恐らく、システムを弄る過程でナギが細工したのだろう。日本の国家機密レベルのものに触れさせたのは簪だが、まさかこんな悪戯まで仕込んでくるとは思わなかった。さすがは篠ノ之束の弟子だ。

 

 そんな筋違いな感嘆している簪に、鈴音は眉を寄せて訝しむような視線を送っていた。

 

(何をする気……なんだろ)

 

 明らかに先ほどまでとは違う簪の雰囲気や表情に、鈴音は警戒心をさらに上げていた。

 

 直後、打鉄弐式から都合五発のミサイルが発射された。

 

「ッ!」

 

 反射的に横へと回避する。だが、直進していたミサイルは鈴音のその動きを予期でもしていたかのように、その推進方向を直角に変更した。これにはさすがの鈴音も焦りを見せた。まさか、追尾機能があるとは思わなかったのだ。

 

 これに対し、鈴音はすぐにミサイルへの対処を回避から迎撃に切り替えた。第三世代に搭載されているほどの兵器だ。そう簡単に逃がしてくれるような、甘い機能ではないだろう。逃げ回ったところで、そこをさらに狙い撃ちされる可能性も高い。ならば、速攻で撃ち落とし、その隙を与えないことのほうが先決だと鈴音は考えたのだ。

 

 衝撃砲の照準をこちらを追随してくるミサイルへと定める。空間が圧縮され砲身を作りだし、その反作用で空気中に溜まった衝撃を一気に射出。目標物を追いかけていたミサイルへと到達し、ミサイルを爆散させた。

 

 これで簪の撃ちだしたミサイルは全て撃ち落とした。あとは、肝心のこちらの隙を突こうとしているであろう簪を見つけるだけだが――――――

 

 

「――――――後ろだよ」

 

 

「……なッ!?」

 

 気付くと背後に『夢現』を振り上げた簪がいた。いつの間に移動したのか、まったく気付けなかった。

 咄嗟に振り返りながら片手に大型ブレード『双天牙月』を呼び出し、振り落される『夢現』の斬撃を受け止める。だが、奇襲だった分簪側に勢いがある。鍔迫り合いが続く中、徐々に鈴音が押され始めていた。

 

(くっ……油断した。きっと、あのミサイルでこの位置に誘導されたんだ……自分が一番奇襲しやすい位置に!)

 

 これが更識簪の真骨頂か、と鈴音は奥歯を噛みしめた。自身の攻撃を最も効率よく相手に与えるため、常に先の先を読み、相手の行動を予測、そのうえで誘導することで必中ともいえる攻撃を加える。まだ、この戦術に慣れておらず、粗削りな部分がそこかしこに見られる状態でなかったら、さすがの鈴音でも危なかっただろう。洗練されなかった故に、助かったのだ。

 

 前に会った時から感じてはいたが、彼女の演算能力には相変わらず舌を巻く。伊達にあの難解なプログラムを一人で黙々と積み上げてきたわけではないということだ。

 

「でも、パワーじゃ私の『甲龍』のほうが!」

 

「パワーだけじゃ……ない。ちゃんと……わかってる」

 

 そんな簪の言に、鈴音は直感で嫌なものを感じた。まだ、何か隠し玉がある。

 

 その時、突然ISのハイパーセンサーがけたたましい警告音を鳴り響かせた。何事かと背後を映し出すハイパーセンサーに目をやると、そこにあったのはもう三発ほどのミサイルだった。

 

「な、なんで!?」

 

 一射目の後で鈴音に肉薄する直前に放っていたのかもしれない。となると、ここにいる簪や先のミサイルもこの一撃を成功させるための囮だったということになるのではないか。

 簪は初めから鈴音の動きを止めて、確実にあれを当てるためだけに行動していた。それに鈴音はまんまとはまってしまった格好というわけだ。これは『春雷』による攻撃が底をつき、こちらの有利になったと勘違いしていた鈴音に落ち度がある。簪は一体どの時点でこの一連の流れを、考えていたのだろうか。一体どこからが、この一撃のための布石だというのか。

 恐ろしくなる。更識簪という少女の可能性に。そして、そんな人物が自分の敵だという事実に鈴音は…………。

 

「まだ……よ」

 

「え?」

 

「こんなんじゃ……こんなんじゃ、全然ダメ。まだ甘いのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!」

 

 可能性はあった。一射目に放ったミサイルが撃ち落とされる瞬間を見て、あれが空間圧によって砲身と銃弾を作りだしているということを確信したときから、その可能性を考えていた。しかし、今更別の策を弄することも出来なかった。楽観視していたわけではないが、結果的にそうなってしまったことは否めない。

 

 そして、今。簪は目にしていた。その可能性を考慮せず、それに目を瞑るという行いがどれだけ愚かなことなのか。その答えを簪はまさに今、目の当たりにしようとしていた。

 

 衝撃砲は、全方位に展開が可能だ。従来の兵器とは違い、銃身を一射一射で作りだすことで、銃身が固定されないためである。

 

 要するに、衝撃砲に死角はないのだ。

 

「吹き飛べ!」

 

 彼女のその一言が引き金となったかのように、不可視の弾丸が衝撃となって背後に肉薄していたミサイルを爆破させる。そして、先まで簪優勢であった鍔迫り合いにも変化があった。衝撃砲を撃った反動でその勢いを増した鈴音が段々と押し返し始めたのである。

 

 衝撃砲の一撃で、形成が一気に逆転してしまった。

 

(後ろにもって……それじゃ、弱点なんてどこにもないんじゃ……!)

 

 とっておきをかわされた挙句、ここまで着々と積み上げてきた簪の優位性を一気に崩された。それは簪にとっては敗北宣告にも等しく思えた。また、ことごとく自分の策が破られていく。通じない。まるで自分が彼女よりも格下だと、言われているような気がして頭をくらりと眩んだ。

 

 もう駄目だ。勝てない。負けてしまう、いやそもそも最初から勝てる試合ではなかったのだ…………そんな諦めが簪の胸の中を支配しだした、そんな時だった。

 

『諦めんな、簪! 前を見ろ! まだ負けちゃいねえぞ!』

 

 突然、個人間秘匿通信(プライベートチャンネル)が繋がり、叱咤する声が聞こえてきた。

 

 玄兎だ。

 

『まだ、試合も終わってねえのに諦めんじゃねえ! 自分の作戦が全部潰れたって、負ける訳じゃねえだろ!? 全部ひっくり返せよ。この劣勢すらもひっくり返して、俺を皆を驚かせてやれよ! 簪!』

 

 その言葉で萎みかけていた簪の闘志に、もう一度火が灯った。

 

 そうだ、まだ終わってはいない。まだ、全てが終わったわけではないのだ。策が全て潰れたが、ならまた作ればいい。新しいものを、今度こそ敵を確実に倒せるそんな策を考えればいい。なんてことはない、まだ簪は負けてないし、負けてないのなら勝てないことはないのだ。勝手に勝敗をつけているのは簪だけだ。まだ鈴音は試合が終わったなどとは感じていないだろう。

 

(考えて……! なにか、弱点がある……はず。なにか、なにか……)

 

 だが、あの衝撃砲を無力化し、一撃をいれるなんてこと本当にできるのだろうか。既に簪の残された手札は『夢現』と計四十発の『山嵐』だけだ。近接戦闘はなるべく避けたい。先程なかったが、鍔迫り合いのような至近距離での戦闘の際に衝撃砲の一撃を喰らったら目も当てられないからだ。あと考え付くものとしては、『山嵐』の残った全弾全てを一斉に鈴音に撃ち込むことぐらいだが…………と、そこで簪はとある引っかかりを覚えた。

 

(全方位に展開が可能でも、一斉に迫ってくる『山嵐』相手なら……?)

 

 ここまでの攻撃を見た限り、射程距離は短く、連射もできない、加えて弾丸は直進することしか出来ないという推測を簪は衝撃砲に対して立てている。勿論、これらの推測は飽くまでも推測にすぎない。鈴音が意図的、または状況的に使わなかっただけという可能性も考慮しなければならず、いましがた思いついた考えを実行するにはそれ相応の覚悟をしなければならなかった。なにせ、これを失敗すれば簪は、もれなく王手をかけられるのだから。

 

「でも、やるしか……ない!」

 

 どのみち、ほかに手段が思いつかない。かなりの大博打だが、これに賭ける以外簪には道がないのだ。可能性としてもいささか小さすぎるもので、希望的観測が大方を占める危ない橋である。

 だが、そんな危険な橋であろうとも渡らなければ、待っているのはどのみち敗北という二文字だ。結果が同じなら、可能性が少しでもある方を選ぶに決まっている。

 

 覚悟を決め、腹を括る。

 

 まず初めにこの状態から脱しよう。『夢現』を器用に使って鍔迫り合いの状態からなんとか抜け出し、鈴音から距離を取った簪は改めて鈴音と対峙した。

 

「甘く見過ぎよ、簪。これであんたの奥の手もなくなったし、さっさと降参でもしたら? その方が私としても助かるんだけど」

 

「嫌です。まだ……決着はついてません」

 

「…………そう、よね。わかったわ、ここからは出し惜しみは一切しない。全力行くわよ、簪!」

 

「その、つもりです……凰さん!」

 

 次の瞬間、鈴音は目を疑うような光景に出くわした。

 

 簪が展開した『山嵐』は全部で六基。そのすべてから先ほどのミサイルと同じものが、一斉に撃ちだされたのだ。それも鈴音を取り囲むようにして、全方位から同時に。

 

「やばっ……!」

 

 さすがにこれを受けるわけにはいかない。受けてしまえば、恐らく負けてしまう。

 

 選択肢は逃げか、迎撃か。そのどちらかしかない。だが、これだけの数を迎撃することは不可能だし、これほどまでにびっしりと全方位に展開されてしまってはこの狭いアリーナ内で逃げ場所などないにも等しかった。退路を断たれた。必然的に残る手段は迎撃しかない。

 ここで訂正をしておきたい。先の簪の衝撃砲に対する推測は、ほぼ正解であった。だが、一つだけ間違いがある。それが衝撃砲は連射できない、という点だ。衝撃砲は確かに高威力の武装だが、その威力を発揮するためには連射能力を捨てなければならなかった。そうすることで連射は不可能だが、一撃で相手を吹き飛ばすほどの威力を実現できている。しかし、威力のコントロールが出来ないわけではなかった。威力を弱めることで、代償となっていた連射能力は復活し、使えるようになる。

 

 しかし、この誤算。確かにこの状況においては悔しいことだが、それでも連射だけではこのミサイル全てを撃ち落とすことは不可能だった。

 

 全四十発ものミサイルが鈴音へと迫る。それを威力を弱めた衝撃砲を連射し、対応する鈴音だったがなにせ数が数だ。対処が間に合わない。

 

 衝撃砲の掃射を潜り抜け、十数発のミサイルが『甲龍』の装甲を抉ろうと襲い掛かった。

 

 途端、爆発した。一つが爆発すると、近くにあったもう一つに引火し、これまた近くにあったもう一つに引火していく。そうやって連鎖的に爆発が起き、気付いてみればアリーナは一瞬にして爆炎と煙に包まれていた。

 その余波はそのミサイルを放った簪にも及び、少なからずダメージを受けた。離れていたつもりだったが、すこしばかり距離が近すぎたようだ。

 

 だが、これだけの物量で押し切ればさすがの鈴音もただでは済まないだろう。距離を取っていた簪ですらその爆風でダメージを負ったのだ。爆心地にいた鈴音はひとたまりもなかったはずである。

 

 勝った。今度こそ自惚れでも、楽観的な考えでもなくそう思った。これを見ている生徒も、教師も、来賓も全員がこの試合の決着がついた、あとは試合終了を告げるブザーが鳴るのを待つだけだと。そう思っていた。

 

「なんでッ!?」

 

 打鉄弐式のハイパーセンサーが突如、敵の攻撃を知らせる警告音を鳴り響かせた。方向は前方。いまだ黒煙で覆われているそこから、今度はしっかりと可視出来る『何か』が簪めがけて迫ってきていた。

 直感で簪は悟った。あれが衝撃砲なのだと。不可視の弾丸が、煙によってその姿を露わにされているが、間違いない。

 

 反射的にそれを避けることに成功した簪だったが、同時にこの攻撃が意味することに愕然とした。衝撃砲、それがまだ健在だということはつまり、

 

 

「――――――簪。一つだけアドバイスをあげるわ」

 

 

 声は背後からだった。思わず全身が粟立ってしまうような冷たい声音。それが彼女だと認識できるまで、幾ばくかのタイムラグが生じたほどの普段の彼女とはかけ離れた声だった。

 

「本当の奥の手っていうのは……一発で相手の心を折るような、そんなもののことを言うのよ」

 

 振り返る暇などなかった。背部に凄まじい衝撃を感じ、顔が苦痛で歪む。零距離で撃ちだされる衝撃砲は、まるで生身の身体を誰かに殴られているかのような激痛をもたらした。苦悶に満ちた声が漏れる。シールドエネルギーが目まぐるしい早さで削られていき、瞬く間に危険ゾーンへと突入した。恐らく、これでも手加減されているのだろう。彼女はまだ手札を全て切ってはいない。先程の攻撃をどうやって凌いだかは不明だが、明らかに不自然だった。なにせ、『甲龍』には微かな傷はあれど、その装甲に大した被害は見受けられなかったのだ。あの大爆発をほぼ無傷で乗り切るなど、どう考えても不可能。とするなら、まだ簪の知らない奥の手を鈴音は持ち合わせていたとしか考えられない。

 

 

 ここまで来て、また推測を誤った。それに気づかず驕り、負けたのだ。簪は自分の不甲斐なさと弱さを悔いた。

 

 

 そして、打鉄弐式のシールドエネルギーはゼロとなり、無情にも簪の敗北を告げるブザー音が高らかに鳴り響いたのだった。

 

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