IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第二十九話 反撃の狼煙はあがらない

『終わった! 制限時間は一分!』

 

「了解!」

 

 降りてきていた隔壁が低い音を鳴らして、徐々に上へと上がっていく。制限時間が一分の内に出来る限りの通路を突破しておきたかった。目指すはアリーナの外。ナギにガイドを任せ、指示された方向へと玄兎と簪が駆けていく。もう何分こうしているか、わからない。無駄に広大で複雑な造りになっているこの施設に、玄兎は多大に苦戦を強いられていた。

 

「くそっ。もう隔壁閉まりかけてるじゃねえか!」

 

 ナギが取り戻したコントロールがあちらに取り戻されたのだろう。ガイドを一任している手前、ハッキングだけに集中してもらうのも困る。玄兎一人では、まず間違いなくこの施設から出れず迷子になるからだ。とはいえ、ナギと簪の二人のナビがあっても、彼は時折迷う。体力に圧倒的な差があるために、玄兎が先走り違う方向に走っていくときがある。すかさず声をかけるが、その時には隔壁が降りてきていたりして、結局手間を取らされる羽目になるのだ。

 

 勘弁してほしかった。

 

 この非常事態に何をコントのようなことをしているのだと、簪は憤りを通り越して呆れすら感じている。シリアスな雰囲気が一気に霧散して、何だか妙な気分になっていた。

 しかし、当の本人は必死なのだ。真剣に道を間違えているのである。責めようにも、わざとではないので責めきることもできない。簪はひとりそんなジレンマに頭を抱えていた。

 

『う~ん、やっぱり結構これ効率が悪いわね。やっぱり、ハッキングされているメインサーバーのほうに直接つないで、システムを完全に取り戻さないと難しいかも……』

 

 彼女の難しいという判断の中には、恐らく玄兎の極度の方向音痴というマイナス要素も含まれていることだろう。その対応にはもはや慣れというものが感じられ、彼女がいかに苦労してきたかを垣間見た気がした。

 

 ナギの言葉に、玄兎も渋面を作る。

 

「うなこといっても、結局はここを突破しなきゃそのメインサーバーにすらたどり着けないんだぞ」

 

『どうにかして、ハッキングしている奴らの位置を特定できればいいんだけど。ここさえ解放出来れば、更識さんのお姉さんも瀧岸さんの力を借りれるのに』

 

 瀧岸、というナギの言葉に簪は眉をひそめた。

 

 先に見た神皇の姿を捉えた映像。玄兎達は気づいていないようだが、彼女は一体なにをしていたのだろうか。

 

 嫌な予感がしていた。

 

 神皇といい、鈴音といい、楯無といい。皆がバラバラに散らばり過ぎていて、不安感をあおられる。まるで誰かが意図したように、皆が各自で動かざる得ない状況に陥っているのだ。偶然で片付ければそれまでだが、簪の頭の片隅ではいまだにその奇妙な不安が居座り続けている。

 

 そんな簪の内心もよそに、玄兎は頭を悩ませていた。

 

「こんな時に束はどこ行ってんだよ」

 

『なおちゃんと買い物。珍しく、二人で出掛けて行ったよ』

 

「アリサと瑛梨は?」

 

『激辛ジュース飲んで、寝込んでる』

 

「なにやってんの!?」

 

 肝心な時に皆役に立ってくれなかった。現実は非常だ。改めて、玄兎はそのことを思い知った。

 

「しかし、どうする? せめてアリーナ全体の状況を一気に知れれば、話は違うんだが……」

 

 そうすれば、はぐれている楯無や神皇とも連絡が取りやすいというものだ。だが、その連絡手段も今のところ手元にはなかった。その二つの条件をクリアできる場所を見つけることが出来れば、あるいは玄兎達が脱出せずともこの現状を切り抜けることが出来るかもしれない。

 

 だが、生憎玄兎はそんな場所の存在は知らなかった。ナギも内部構造のデータでしかこの施設を知らないため、どこがどういう用途で使われているのかまでは知ることが出来ない。目的はあるが、そこにたどり着くための道筋が解らないのだ。どうやったら、たどり着ける。どうやったら…………。

 

「あの……」

 

 玄兎の思考の袋小路を破ったのは、簪の声だった。

 

 イマイチはっきりとしない口調で、簪は続ける。

 

「え、えーと……玄兎が言っているのって、もしかし……先生たちのモニター室?」

 

「もにたーしつ、が何なのかは知らないが、そうなのか?」

 

「うん。アリーナでの模擬戦とかの映像も管理してあるし、監視カメラ映像もそこに集まってる……いわばアリーナの管理室みたいところ」

 

『そこだよ! そこだよ、更識さん! そこなら、今までわからなかったアリーナの映像も見れるから、襲撃者もわかる! そうすればその情報をもとに組織を特定して、対策を打つことだって……!?』

 

 ナギが興奮さめあらぬ表情で画面に顔を近づけた。気のせいか、鼻息まで荒くなっている気がする。「どこにそこまで興奮する要素があったかは知らないが、とりあえず落ち着け」と玄兎が言うものの、当の本人はそれどころではなかった。

 

 一人思考が先回りし、周囲を置いてけぼりにしている。

 

 これがナギという少女の本質だった。『紅い兎』唯一の良心にして、実は暴走すればあの濃い面子の中で最も面倒くさい。それがナギであった。

 

 普段は良識ある人間という皮を被っているから余計に質が悪い。ナギもまた、玲也に「変人の巣窟」とまで言わしめた『紅い兎』のメンバーであるのはもはや簪も納得するところだろう。

 

 話が逸れたが、とりあえず結論から言っておくことにする。

 

 簪の助言により目的地が変更となった。場所はモニター室だ。

 

 

 

 

 

 

 

 幸いだったのはモニター室の場所を簪が把握していたことだった。もしも、これでモニター室の場所を一から探すとなっていたらゾッとする。なにせ、今は状況が状況だ。面子も不安のある玄兎であり、とても事態の収拾に間に合っていたとは思えない。

 

 僥倖だ、と思いつつ玄兎は行く手を阻む目の前の隔壁を睨みつけた。この扉の先にモニター室がある。ようやくたどり着けたこの場所は、アリーナの通常の通路よりも格段にセキュリティが高かった。そのため近づくにつれて、足止めを喰らう回数が増えていた。ナギによって殆ど意味を成さない鉄の壁も、時間稼ぎ程度にはなっているがそれもこれで最後だ。

 

『よし。これで完了っと』

 

 ナギのその言葉を合図にして、鉄の壁が重々しいその腰を上げる。そうして開いた隙間に体を潜り込ませて、玄兎は素早く近くにあったドアを蹴り破ろうとした。ここまで来るのに、随分と時間を費やしてしまった。もはや一分一秒でも無駄には出来ない。

 だが、玄兎の蹴りが命中したドアはしばしの衝撃を周囲に伝導させると、後は何事もなかったかのようにまた無機質な姿を見せた。当たり前だ。そもそもこの学園にある部屋の入り口は殆どが、最高峰の強度を物理的にも電子的にも誇っている。伊達に世界最高峰などとセキュリティなどと謳っているわけではないのだ。玄兎の蹴り一発如きで開くほど、やわな造りにはなっていないだろう。

 

 焦慮から出たこととはいえ、急ぎ過ぎである。

 

「焦ったら……駄目だよ」

 

『更識さんの言う通り。まったく、どうやったら玄兎の蹴りでそこを蹴り破られるのよ』

 

 隔壁が完全に開くまで待っていた簪が、玄兎をたしなめた。ナギに至ってはため息も尽きたとばかりに、一瞥しただけだ。

 

「なっ、いいだろ別に! 開くんじゃないかと思ったんだよ」

 

『開くわけないでしょ』

 

 冷静なナギのツッコミに言葉を詰まらせる。

 

 と、そこで今まで無言を貫ていたドアに異変があった。電子音が鳴り、ドアが開いたのだ。

 

「せめて、扉の前では静かにできんのかお前らは……」

 

 姿を見せたのは不機嫌そうに頬引きつらせる千冬だった。その声から先ほどの会話が丸聞こえだったのかと思い、玄兎はばつの悪そうな顔をした。

 

「まぁ、いい。入れ」

 

「要件は……まぁ、察してるよな」

 

「当然だ。むしろ、来なければ説教だったぞ」

 

 すべてお見通しですか、と内心彼女の強かさに舌打ちしながら玄兎は簪んを連れ中にはいった。

 中には千冬のほかに恐らく試合のモニターをしていたと思われる麻耶がいた。彼女は玄兎を見ると、いつものようにおどおどすることなく真剣な目つきになった。どうやら彼女も玄兎の来訪を知っていたらしい。どういうことなのか。

 

 腑に落ちない点があるものの、今はそれよりも優先すべき事項がある。さっそく本題に入った。

 

「まず、確認したいんだが。ここはモニター室でいいんだよな? アリーナでの試合や監視カメラの映像がここで見られるってのも、あってるか?」

 

「ああ。その通りだ」

 

「じゃあ、決まりだな。ナギ、頼むぜ」

 

 千冬からの肯定の言葉を受け取ると、二の句も継がせず玄兎は作業に移った。まずは端末をネットワークに接続し、そこからハッキングを行う。

 

 それから玄兎はいくつもあるモニターに目をやった。

 

 恐怖によるパニックに陥っている観客席。隔壁が閉ざされ、整備室に閉じ込められた生徒達。廊下に蹲り、事態を把握できずにいる者。そして、アリーナで起きている決闘。

 それらが一斉に映し出され、玄兎は改めて自体の重さを感じ取った。

 最初に意識を傾けたのはアリーナでの戦闘だ。

 

「鈴と、えと……なんとかってやつだなこれ。それに、相手は……男か? それに後ろのISは、まさか」

 

「なんだ、知ってるのか?」

 

 苦い顔をする玄兎に千冬が問う。

 

「数か月前にアメリカのふろ……とある場所で見たことがあるんです。その時と姿形は変わってるけど、この独特な機械的な佇まい。それに頭部の複数のコード。間違いなく、こいつは無人機だ」

 

「む、無人機!?」

 

「や、山田先生。落ち着いて」

 

「だ、だって無人機ですよ!? お、驚きます」

 

 各国が第三世代の開発に勤しんでいる現在に至るまで、無人機ISを開発しようという動きは何度もあった。無人機になれば、わざわざ人のように訓練をする必要もないし、人が乗ることで起きるリスクも回避できるからだ。ただ、ISの独立稼働だったりと色々な面において技術が確立できなかった。そのため、昨今まで無人機ISなどこの世に一台たりともないはずだった。

 

 麻耶の驚き様に、驚きながらも玄兎は「そこじゃないでしょ、驚くところは」と一応のツッコミを入れておく。

 

「でも、このIS全然手を出す雰囲気じゃねえな……傍観しているのか? この男がそう指示したのか? もし、そうだとしてもなんでここに……」

 

 後頭部を掻きながら、玄兎は呻くように低い声で独り言を繰り返した。

 

「待機させる理由があるのか? 反撃を見越して? それとも、あれをあの場に置くだけで何らかのメリットが…………まさか、あのISが学園のシステムをハッキングしてんのか?」

 

 思考の海から引きずり上げた答えに、玄兎は眉を寄せた。面倒くさい事になりそうだと、直感的に思ったからだ。

 

 となれば、この事態から脱するためにはまずあの場に行かないといけなくなった。しかし、そうするためにはまずこのアリーナからの脱出が必要となる。これでは振出しだ。

 

「くそっ……まぁ、いい。次は」

 

 次に見たのは観客席に蠢く生徒達の群れだった。何百という生徒が集まって、喧騒を生み出しており、その雰囲気は恐怖が入り混じってかなり混沌としている。

 その中にいるべきはずの人影を探す。愛おしくて、守りたくて、この焦りの原因となっている彼女を目を凝らして画面の中から見つけ出そうとする。

 いた。生徒達の群れをかき分けていく一人の少女の姿を、監視カメラはしっかりと捉えていた。楯無だ。表情まではわからないが、これは間違いない。

 楯無の無事と所在を確認できたことで、玄兎はなんとも言えない安堵感に包まれていた。だが、それもすぐに新たな不安の種にかき消されていった。生徒達の喧騒が大きくなり、次第に悲鳴と怒号が混じり始めた。

 

「やばいな」

 

 口にしたときには、既に玄兎の脳裏にはこの現状で実行可能な作戦案が浮かび上がっていた。素早くその他のモニターを確認し、ひねり出した作戦が可能であることを確かめた。

 

 ちょうど、それと時を同じくしてナギの方も準備が完了したようだった。

 

『準備完了だよ、玄兎。これでさっきみたいにちまちましたことはしなくていい。でも、時間制限は相変わらずだし、もしもこのハッキングがばれたら対抗策を取られる可能性だってある。そこのところ、頭に入れててね』

 

「あいよ。大丈夫だ」

 

 ナギの言葉に、玄兎は笑みを返す。

 

 後ろにいる簪に目くばせし、もう安心しろ、という風に優しく目を細めた。

 

「さぁて、反撃の前準備と行きますか」

 

 

    *       *      *

 

「そういうわけだから、みんなはここにいてくれ! すぐにこの問題を解決させて、戻ってくるから!」

 

 混乱の渦と化していた生徒達に優しく、それでいて力強い声で玄兎は言った。不思議と安心感を覚える声音だった。それでも完全に恐怖によるパニックを収められたわけではなく、いつまた再燃してもおかしくはない。再燃し、次に爆発を起こせばその時こそ取り返しのつかない大パニックが起きるだろう。それを避けるためにはなるべく素早い解決が望まれる。

 

「でも、ちゃんと策はあるんでしょうね? もし、あの場凌ぎだったらいくらなんでも許さないわよ?」

 

「うんわけねえだろ。考えもなしに、ここに来るか」

 

 ここぞというときの頭の回転だけは定評のある玄兎だ。そこはぬかりないだろう。

 

 楯無は端末に向かってあれやこれやと指示を出す玄兎を横目見ながら、そう思った。なんだかんだで楯無の玄兎評は高く、信頼を数値として表すならとんでもない値が出ること間違いない。事実、彼は楯無のもとに来るまでにあらかたこの状況を打開する策とやらを導き出しているようだった。それから大まかな指示をナギに出したあと、楯無のもとまで最短距離を走ってきたのだ。

 

 これからどうするのか。楯無がそのようなニュアンスで今後の方針を尋ねた。

 

「追って状況は話すが、まずは元凶を叩く。織斑先生が教師陣に話をつけてるからそのうち援軍は来るだろけど、時間はかかる。だから、俺たちでどうにかする」

 

「どうにかするっていうけど、大丈夫なの?」

 

「無人機だけど、俺とお前なら大丈夫なんじゃね?」

 

「む、無人機って……ええ!?」

 

「驚くなよ。ここのシステムのハッキングを止めれば、こっちの勝ちだし、援軍も来て混乱も収まるさ。そのためにも、ここから一番近いピットを目指す」

 

 無視されてしまった。だが、彼の言い分には一理ある。この事態をいち早く収拾するためにも、こちらにシステムの権限を取り戻さなければいけないのだ。そうするためには早い話元凶を取り除いてしまった方がまどっろこしくない。システムハッキングの元凶が襲撃してきたISの内にいるのなら、実力者である楯無を含めて玄兎がそれらを打倒するのに赴くのは当然の流れといえる。ピットに向かうのも、あの場所なら壁を破壊せずともグラウンドのほうに出れるからだろう。

 時間がなかったとはいえ、作戦自体なんら申し分ないといえる。こちらには相手のハッキングを一時的とはいえ、無力化できる手段があり、また第三世代のISを所持する者が数名、そのうち幾名かは名立たる実力者だ。これだけ手札が揃えられているのなら、こちらにも勝機は十二分にあるのではなかろうか。

 

 だが、そう考える反面で楯無の中には不安という煙が立ち込めていた。

 

(相手はいっても、IS学園を襲撃している連中。勿論、こちらの出方を封じているとはいえ、反撃されることを想定してないとは思えないわ。確かに、こっちには玄兎達という見えない手札があったけど……本当にそうなの? 本当に襲撃してきた犯人たちは、玄兎達という規格外集団の存在を知らなかったの……? もしも、知っていたとしたらこの反撃は大いに予想できる。なら、これも想定内? だとしたら、これじゃあまるで)

 

「おい、ぼさっとするな。行くぞ?」

 

「あ、え、ええ……」

 

 出かかっていた言葉が脳裏で霧散し、思考が切り替わる。そんなことを考えていたらきりがない。今は目の前のことに集中しよう。差し迫るのは、この事件を解決に導くかどうかを握る天王山となるのだろうから。

 

 走りながら心と落ち着かせ、余計な思考を隅に追いやる。

 

「ここか」

 

 ものの数秒で到着した。現役の訓練を受けている高校生二人が全力疾走で駆け抜けたのだ。大幅な時間の短縮にはなったはずである。

 

 すぐさま端末に玄兎が指示を飛ばす。

 

 それからまた十秒後。低い起動音とともに、鉄の壁が少しずつ上へと上がっていったのだが――――

 

「おいおい、嘘だろ」

 

 玄兎が茫然と呟く。楯無も同じような気持ちだ。嘘でしょ、と叫びたい気分だった。

 二人の視線の先には、数センチ上へと上昇したところでその運動をストップさせた隔壁がある。よく見れば、あちらこちら凹んでいるようにも見えた。隔壁が何らかの衝撃で変形して、上がらなくなっているのだ。さらにすこしばかりの上昇で出来た数センチの隙間を除くと、その先は完全な行き止まりになっており、視界いっぱいの瓦礫の山が通路を遮断していた。

 

「仕方ないわ。玄兎、ここは会長の権限でこの壁をISでぶち抜けなさい」

 

「あとで修理代とか請求するなよ?」

 

「こんな緊急事態に起こったことなんだから、するわけないでしょ!」

 

「それじゃあ、お前がやれよ。『玄武』じゃ、威力不足だろうぜ。さっき試したけど、アリーナの施設全てが馬鹿みたいに頑丈な作りになってるからな。一気に突き破るなら、俺よりお前の方がいい」

 

 さりげなく今後発生するであろう問題を楯無に押し付けられたような気がする。それも正論のような言い訳まで付け足して。

 

 そんな玄兎にため息を吐くと、楯無は仕方なく自身の専用機を呼び出す。

 

「『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』!」

 

 蒼流旋(そうりゅうせん)を展開させ、構える。四連装ガトリング・ガンが内蔵されているこれならば、火力としては充分だ。

 玄兎が一定の距離をとったことを確認すると、楯無が壁に向かってその引き金を引いた。

 

「ちっ。さすがのIS学園。無駄に金使い過ぎなんだよ」

 

 舌打ちをし、憎々しげに吐く。

 

 楯無の攻撃に隔壁はびくともしなかった。傷はついたものの、破壊できるほどのものではない。

 ならばと次はランスを構え、楯無はそのまま壁に向かって突き出した。しかし、これも弾かれはしないが、突き刺さっただけで穿つことは出来なかった。さすがはIS学園。建物一つにしても、無駄に頑丈だ。恐らく、あらゆる事態を想定して(最悪のケースとして、ISによる襲撃もされているのだろう)建造されたのだとしたら、天晴れである。それが今となっては、こちら側の枷となっているのだが。

 

「予想外の事態だ。作戦変更だ。アリーナの外に出るぞ」

  

 

 

   *     *     *

 

 自分の体が石ころのように軽々と吹き飛んでいく様を、紅葉はいささか冷めた意識の中で感じ取っていた。奇妙な感覚だ。まるでこれが自分ではなく、他人に起こっている出来事のような錯覚を覚える。第三者の目線で物事を俯瞰しているような、酷く歪な感覚だった。

 

 だが、それもすぐに終わりを告げる。相当な威力だったのだろう。紅葉の体は打鉄ごとアリーナのピットに突っ込み、中にあったISやら機材やらを巻き込みながら一番奥の壁に激突した。その衝撃でピットの壁が歪み、崩れ、大量の瓦礫が辺りを埋め尽くした。

 

 ただの鞘での一振りでこれとは、まったく恐ろしい化け物と出会ってしまった。紅葉は内心、毒づき溜息を吐いていた。

 

 冗談ではない。なんだ、あれは。聞いていない、あんな化物級があちらにいるとは彼女は一言も言ってなかったではないか。

 

「いや……それはこっちのリサーチ不足、か」

 

 そもそも気紛れでこちらが今まで築き上げてきたものを壊すようなやつだ。初めからすべての情報を離すと限らないし、そうしたほうが明らかに彼女的には面白いのでわざと教えなかった可能性もある。いや、絶対にそうだ。それしかない。あの、馬鹿親はそういうことで生きていることを実感するのだから。そのためになら実の娘であろうと、平気で騙すだろう。

 

「だとしても、あれはないよー。初めに柳生って聞いたときは、まさか、と思ったけど本当に柳生慧眼流の伝承者だったなんて……酷過ぎやしないかい。あれの継承者は、代々化け物だってことぐらい、あれも重々承知だろうに」

 

 瓦礫に埋もれながらも、紅葉の口からは不平不満が溢れて止まらない。

 

「絶対に腕折れたよ……。うわぁ、すごいことになってる。あ、痛くなってきた……痛ッ!」

 

 腕の怪我を気にしだした途端、痛みが思いだしたように迸った。あの音から察するに、生半可な怪我ではないはずだ。

 

「ポキッ、じゃなくて、バリボリッ! って感じだったよ。って、痛い痛いッ!?」

 

 無意識のうちに腕を動かそうとして、電流が走ったような痛みに襲われる。慣れない怪我に、紅葉は再度大きなため息をついた。「怪我したのって、いつぶりだろ……こんなに痛いものだっけ?」と自嘲気味に言った。それから、腕の痛みを堪えながらなんとか打鉄から抜け出し、いまだ砂埃が舞うピットの床に座り込んだ。

 

 先の宗玄の一撃は本当に強烈だった。絶対防御やシールドバリアというISの防御システムですら、それを完璧に防ぐことはままならなかったのだ。腕一本で済んだのはむしろ幸運だった。打鉄には酷い損傷は見当たらないが、操縦者である紅葉がこの状態では戦闘に参加することは難しいだろう。

 

「さて、どうしたものかな。出口は塞がっちゃってるし、腕はこんなだし……四面楚歌だね。あ、でも、項羽君のときよりはましか。あははー、って項羽君よくこれで女の人に言葉を言う気力があったね……やっぱり、むかしの若きエリートさまは違うよ」

 

 痛みを紛らわそうと言葉を重ねるが、何だか虚しさだけが広がっていった。動くたびにぴりっとした痛みに襲われ、やる気がみるみるうちに搾り取られていく。

 

 ため息をつき、どうしたものかと考えを巡らせる。が、じっとしていても痺れるような痛みが治まらず、思考の海に潜ることを許してくれない。本格的に危ない状況に陥りだしていた。

 

 そんな時にこちらへ駆け寄る足音がした。数にして、二人。

 

「ひ、日向紅葉!? ど、どうした!」

 

「あー、箒ちゃんを倒した人だー」

 

「ど、ども」

 

 思わぬ顔ぶれに、さすがの紅葉も目を見開いた。なぜここにいる、という疑問よりも先に戸惑いの言葉が口からこぼれる。まさか人がここにいるとは思わなかったのだ。それも見知った人物がいるとは、さすがに予想していなかった。

 

「さっきすごい音がしたからー、何かなーって思って」

 

 本音が紅葉の疑問を先回りして、答えてくれる。しかし、彼女の答えには肝心な部分が抜け落ちている。

 

「あ、私たちはたまたま閉じ込められたんだよー。そこに偶然、もみじーが落ちてきたのー」

 

「も、もみじー? なんか、イントネーションおかしくない?」

 

「あだ名だよ、もみじー、いい響き」

 

 どうやら、彼女の中では決定事項らしい。しかし、あだ名というわりには本名と大した差がないのはどうなのか。

 

 そんなどうでもいいやり取りを本音の隣で見ていた箒が、不意に紅葉の腕に視線を注いだ。

 

「なっ! おい、日向紅葉、どうしたんだその腕は!?」

 

「あ、これ? さっきなんか変な男の人に刀の鞘で殴らたんだ」

 

「男!? それって、さっき映像で流れた侵入者の事か!?」

 

 どうやら襲撃の瞬間の映像だけはピットの中に流れていたらしい。

 

「見たの?」

 

「ああ、少しだけな。男が名乗りをあげるところまでは流れた。あとは、ぷっつりと途絶えてる」

 

「確か、箒ちゃんの顔見知りだったんだよねー?」

 

「といっても、おぼろげだ。この前の日曜、あのような男を見た可能性がある。思いだせていないが、デジャブが過った」

 

「篠ノ之さん、それ本当?」

 

「ああ、事実かどうかはわからないが」

 

 紅葉の質問に曖昧な答えを返す。箒自身も謎の記憶に困惑しているようだった。

 

(謎の記憶、ね。なるほど、やっぱり〝姉さん〟が選ぶだけの素養はあるということなのか。まったく、やっぱり君もあの人の切り札なんだ……)

 

 腕の痛みをこらえながら、紅葉は薄い笑みを顔に張り付けた。箒たちに見えないよう、顔を俯かせながら、その表情を愉悦に浸らせていく。

 

 

 

   *    *    *

 

 

 深いまどろみの中で、男は笑う。「お前は俺で、俺はお前だ。気にするな」と二枚目な顔つきではにかみ、軽快な笑い声をあげる。

 しかし、こちらとしてはそういうわけにもいかない。なおも食い下がらないところを見て、男が仕方ないとため息をついた。

 

「千冬姉は何考えているのか、わからない。俺がお前を乗っ取ったところで、何も変わるわけじゃない。そこには変わらず、織斑一夏という存在があるだけなのにな」

 

 それに俺は一度死んでるし、生き返る気はさらさらないなんだよな、と付け加えた。たゆたう意識で、男はそう言った。彼の生に関する考え方は豪くシンプルである。まるで研ぎ澄まされた刃のように、鋭く洗練されているような気がした。それでいて、ゴムのように何かを受け止めきれる大きさと柔軟さがある。一度、死んだことで何かしら精神的な成長があったのかもしれない。少なくとも、生者である者にはわからない価値観だった。

 

「とはいえ、俺とお前が統合されるのは時間の問題だ。出来れば、俺はお前に意識を保っていてもらいたいんだが……どうだかな。まぁ、頑張れ」

 

 と、男が言葉を切ったところで一夏の意識は現実へと浮上していった。

 

 

 

 起きると、視界に入ったのは真っ白な天井だった。おぼろげに記憶している彼との対話を脳内で繰り返しながら、ゆっくりと体を起こす。長時間寝ていたせいか、やけに体と頭が重い。

 

「あれ……先生は、いないのか。治療はもういいのか?」

 

 今日はIS学園の年間行事で最初に行われるクラス対抗リーグマッチが行われる日だったが、生憎体調がすぐれない一夏は保健医の支持のもとこうやって治療を受けに来る羽目になっていた。とはいえ、一夏はただ眠っていただけであり、実際にどのような治療が施されたのかは不明だ。治療が完了したのかさえ、疑問に残る。

 

 とはいえ、次に目が覚めれば治療完了よ、と言われていたのだから治療は終わったとみていいのだろう。

 一夏は脱いでいた上着を着ると、素早く制服に身を包んだ。そして、静寂に包まれる廊下へと出ていく。これからアリーナへ向かって試合の観戦をする予定だ。今日の試合には鈴音と一夏の代理である箒が出場することになっている。前日に見たトーナメントでは順調に勝ち進んでいけば、決勝で二人は相見える。時間を確認すると、決勝はすでに始まっていた。

 

 一夏は急ぎ、駆け足で廊下を進んでいく。しかし、来たことのない場所だったせいか、来た時のおぼろげな記憶を頼りに進むしかなかった。保健医の背を追いかけていた時に、あまり周りを見ていなかったことが駄目だったようだ。

 

 なんとか、知った場所にたどり着いた一夏だが、その瞬間凄まじい轟音が耳をつんざいた。

 

 体を震わせ、何事かと臨戦態勢をとる。あちらこちらで聞こえてくるのは、金属がぶつかり合う音と何かが崩れる音、倒れる音、壊れる音と様々だった。

 

(まさか……〝妖刀〟の襲撃!?)

 

 先の出来事思いだし、背筋が凍る。

 

 あの時のことはいまだ夢に出てくる。その度にうなされ、トラウマになりかけた。

 

 しかし、その事件に関しては妙におかしい部分がある。皆、奇妙なことにその衝撃的な出来事をきれいさっぱり忘れているのだ。一夏が後から尋ねても、知らない、なんだそれは、夢でも見たんじゃないかと一蹴され、自分のせいで危険に晒してしまった箒に至っても同様だった。自分はあそこで妖刀に襲われ、瀕死の重傷を負い、暴走した挙句宗玄にそのまま病院送りにされた。その事実が、結果だけをそのままに都合のいいように変わっていたのだ。まるで誰かがその事件そのものをなかったことにしているかのように。

 

 あの日、あのショッピングモールでは何も起きなかったし、誰も死ななかった。唯一あるとしたら、一夏が倒れてしまったことぐらいか。

 

「もし、みんなの記憶を消したのが妖刀なのだとしたら、みんなが危ない……ッ!」

 

 アカイロという存在を知らない一夏は、皆の記憶と自身の記憶の矛盾をそう結論づけていた。

 

「でも、どうなって……うん?」

 

 とそこで、一夏は自身の携帯が震えていることに気付いた。こんな緊急事態に誰だと思いつつ、とりあえず携帯の画面を見た。

 そこには赤神玄兎という、この学園で唯一同性の友人の名が表示されていた。彼がこのタイミングでかけてくるということは、この事態と何かしら関係がありそうだ。そう思い、一夏は焦りを押し殺すようにゆっくりと通話ボタンを押した。

 

『よっしゃ、繋がった!』

 

 喜色の声がスピーカ越しに上がる。その声色にどことなく焦りが混じっているのが、今の一夏には分かった。

 

「どうしたんだ、玄兎」

 

『急なことですまんが、お前に頼みたいことがある』

 

「頼みたいこと?」

 

 首を傾げる。まさか、おつかいではあるまいと場違いな考えを巡らせてから、再び彼の言葉に耳を傾けた。

 

 

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