IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第三十話 意地っ張りの少女

 成すすべなく吹き飛ばされていく紅葉を視界の端に捉える。あの天才が防御すら取れず、後方にその機体ごと消えていく光景は少なく衝撃を鈴音に与えていた。

 

「ちょっと、なんなのよあいつは!」

 

 聞いていた話と違う。彼女の話に出てきた柳生宗玄は武人ではあるが、飽くまでもただの人であったはずだ。しかし、今目の前にいるこの鎧武者はどう見てもただの武人、武を極めた人であるというにはあまりにも規格外すぎる。それはまるで武人などではなく、傍若無人に暴力を振りまくだけの災厄――――鬼のようであった。

 

「期待外れ……いや、もとい本気ではなかったか。まあよい」

 

 鞘を今一度腰に納め、宗玄が振り返った。「さて、今度はお前か?」

 

「さぁね。出来ることなら、さっさと終わらせたいんだけども……そういうわけにもいかないのよね?」

 

「どうだろうな。お前が俺を楽しませてくれるのなら、一考の余地もないことはない」

 

 鈴音の言葉に平然として面持ちで宗玄は言った。表情は依然として崩さず、獰猛な笑みを張り付けたままだ。溢れ出る闘志がその肉体を内から破裂させんばかりに膨れ上がっており、対峙しているだけでその迫力に気圧されてしまいそうになる。彼のあらゆるところから滲み出る闘争心は、意図してか否か先の彼の言葉を肯定しているようだった。

 

 ごくりと喉を鳴らす。

 

 鈴音の思考回路が急速に回転を始めた。この状況は正直に言えば少々厄介だ。宗玄だけでも充分厄介だというのに、その背後には無人機と思わしきISが二機も控えている。対してこちらは鈴音一人。第三世代機の中でも特に燃費を考えられてつくられた『甲龍』は、他の第三世代機と比べるといささか火力が心許なかった。これだけの敵に対抗する攻撃力が圧倒的に不足しているのだ。

 

「どうすんのよ、全く」

 

 頭数も火力も足りず、応援も見込めない。敵は代表候補生など楽に捻り潰せる実力者で、随伴するのは正体不明機でこちらは実力は未知数。学園のシステムは一部を完全に乗っ取られ、教師陣と他の戦力は頑丈なアリーナの鉄壁の向こう側に閉じ込められている。頼みの綱は閉じ込められている面子に彼らがいることだが、彼らが抵抗していたとしても今すぐに応援に駆けつけることは不可能だ。時間はかかるだろう。だが、その間に敵の目的が達せられないとも限らない。加えて、あのリクエストだ。無茶にもほどがある。鈴音は内心ふつふつと怒りを募らせた。こんなことになるのなら相応の対価をきちんと要求しておくべきだった、と鈴音は今更ながら後悔した。

 

「ほう、やる気か」

 

 徐に双天牙月を展開させる鈴音に宗玄がどこか嬉しそうな声を上げた。唇の端を吊り上げ、刀を構える。

 

「やるしかないじゃない。私がやらなきゃ、誰がやるっていうの!」

 

 間合いはさほど開いていない。一度の加速で鈴音と宗玄の距離は一気に縮まり、剣戟がその火花と打ち合わせられる鉄の甲高い音が合図となって幕を開く。振り下ろされる双天牙月を宗玄が真正面から受け止めはじき返し、そのままカウンター気味に鈴音へ袈裟懸けにその一太刀を振り下ろす。

 初撃が防がれたのを見るや否や鈴音は行動を後退へと移した。弾かれた反動で手放しそうになる双天牙月を何とか握り直し、即座に返ってくる斬撃を受けるのではなく身をひねる事で回避する。

 

「まだよっ!」

 

 先ほども目にした斬撃と打撃の二段構えの攻撃。袈裟懸けが不発に終わると弾かれたように彼の空いた片手が腰から鞘を引き抜く。これが先ほど紅葉を一撃で沈めた攻撃だ。受けてしまえば、鈴音もただでは済まない。しかし、カウンターの袈裟懸けを回避したことで鈴音の体勢は崩れている。避けることは不可能、ならばどうするべきか。

 

 決まっている。

 

「受けきるッ」

 

 弾かれ、上へと逸らされていた双天牙月を今一度力一杯に振り下ろした。その目標は二段構え攻撃の二撃目、宗玄が振るおうとする鞘である。

 激突。互いに体勢が崩れたことによる一撃は、双方に同様の衝撃をもたらしその機体を後方へと吹き飛ばした。

 

「ぐっ……!」

 

「ちっ!」

 

 先に姿勢を立て直したのは宗玄だった。受けた側であった宗玄の方体勢の崩れ方が浅かったのだ。その分、かろうじて相手よりも早く追撃に移ることが出来た。逆に鈴音は宗玄よりも少しばかり遅れて体勢を取り戻したが、時すでに遅し。宗玄の姿は既に彼の斬撃が鈴音の身を切り裂ける圏内へと侵入を果たしていた。

 

 ISのハイパーセンサーが警告音を鳴らし、彼女の脳もまた本能的に敵の攻撃を察知する。

 

 崩れた体勢は持ち直しているが、このままでは防御は間に合わない。先手を取っている宗玄の一振りの方が圧倒的に早く鈴音に到達する。故に防御は駄目だ。ならば、鈴音がとるべき行動はたった一つしかない。

 宗玄の刀が流麗な残像の尾を曳き、鈴音を切り裂こうとしたまさにその瞬間。彼女の両肩にある装甲がスライドし、空間圧によって砲身を形成、その余剰で生み出されたエネルギーを弾丸として装填した。この一連の作業は一番弱い出力である時ならば、人間が瞬きするもなく完了する。そして、装填された不可視の弾丸が敵に向かって撃ちだされるのはそれとほぼ同時。敵が不可視の弾丸による衝撃に驚愕と一瞬の意識の推移するのはさらに数秒のズレが生じる。この間合いだと、その数秒のタイムラグは殆どなかった。

 よって、威力よりも撃ちだす速度を重視した衝撃砲の一撃は宗玄に何らダメージを与えることは出来なかったが、ほんのわずかな隙を作りだすことには成功していたのである。

 

 この隙に鈴音は大きく後退した。衝撃砲の文字通り衝撃を利用し、『甲龍』の機体をスラスターと併用して宗玄の間合いから離脱させたのだ。

 

 この一連の動きに、宗玄は唸るような声を漏らした。

 

「天晴れだ。よもや、そのような動きで俺の一撃をかわそうとは」

 

 ISの姿勢制御を一時的ではあるが解除し、全てをマニュアルで操作することで本来ならばISの機能によって封殺されているはずの自身にかかる反動を発生させる。それを利用し、鈴音は間合いを開いたのだ。宗玄の言う通り、天晴れな機動である。

 

「舐めないでよね。こっちはこっちで何百という人数がいる代表候補生の中から選ばれてるんだから! これぐらい朝飯前よ!」

 

 実際、先の機動を鈴音は反射的なものだった。状況を把握した瞬間、鈴音は思考するよりも早く衝撃砲の作動と姿勢制御プログラムのマニュアル移行を同時に行っていた。これは努力が結実したというよりも、彼女の持つ圧倒的なセンスがその片鱗を見せたという方が正しい。そもそも姿勢制御プログラムをマニュアルに変更するなどというのは、下手をすれば墜落の危険性もある行為だ。もしも操作を寸分でも違えていれば、衝撃砲の反動によって鈴音と『甲龍』はその身体を凄まじい威力を以て地面に叩きつけられていたことだろう。しかし、そうまでしなければ先の攻撃はかわせなかった。紙一重とはまさにこのことだ。

 

「ふん、面白い。少しは楽しめそうな奴がいるッ!」

 

「そっちこそ、あんまり調子乗ってると痛い目みるわよッ!」」

 

 剣戟の調が再開され、静まり返っていたアリーナが低く唸る。空気が震え、音が鈴音の全身を打った。二度、三度、四度と互いの剣が交わる度に双天牙月を通して衝撃の痺れるような感覚が鈴音の両腕に伝わってくる。彼の刀は重かった。一撃が今まで戦ってきた者達と比べ物にならないほど重いのだ。ISの補助もあって宗玄との筋力の差は一切この打ち合いには関係してこないはずだが、それでも気を抜けば双天牙月が弾き飛ばされそうになる。宗玄から放たれる圧力が鈴音にそう錯覚させているのか、彼の機体かもしくは刀が特殊な能力を有しているのかは分からないがこのままではジリ貧だ。

 

(どうすんのよ、この状況。このままじゃ、奥の手まで切らないといけないじゃない)

 

 その思考が過ること自体、鈴音が追い込まれつつある証拠だった。普段ならば奥の手を使用することなど些かも考えない、〝あれ〟は自らの死すら覚悟したときかそれに準ずるときのみ初めて使用をするような諸刃の剣だ。常時、一手としておくようなものではない。そして何よりこのような敵達の眼前で晒していい代物ではなかった。簪の時は気分が昂ぶって、思わず使ってしまったが後にこれでもかと後悔したほどだ。

 

(敵がこんな強いなんて、千冬さん敢えて言わなかったわね……ッ! このままじゃ、あんたのリクエスト通りにはならないってのに!)

 

 だが、そう愚痴ったところで宗玄は手を緩めてくれない。それどころか打ち合うたびにその斬撃の速度が上がってきており、次第に鈴音が押され始めていた。

 劣勢、このままいけばそのうち鈴音の反応速度を超えた領域に宗玄の斬撃が到達する。鈴音も反応速度には玄兎の次に自信があるが、さすがに今の状況ではそれも生かすことが出来ない。速すぎるのだ。何らかの補助があったとしても、人間がここまでの速さを刀を振るうことなど出来るものなのか。

 

 そうしている間にも『甲龍』のシールドエネルギーは着実にゼロへと近づいている。見れば、今ちょうど半分を下回ったところだった。このペースで行けば応援云々の前に、シールドエネルギーは底をつく。その前に決着をつかせたいものだが、何せ当初の予定とはだいぶ状況がずれてしまっている。そう都合よく事が運ぶかどうか。

 

「まぁ、なるようになれってことね。どちらにせよ、これを耐え切れば……ッ!」

 

「その余裕、いつまで持つかなッ!!」

 

 鍔迫り合いの合間にあがる叫ぶような両者の言葉だが、その内容からも宗玄と鈴音の心の余裕は歴然とした差があるのが伺えた。精神的にも、状況的にも鈴音は圧倒的な劣位にある。宗玄の言う通り、今の鈴音の余裕はもう意地で保っていると言っても過言ではなかった。だからこそ、この意地だけは何があっても崩れてはならないと思う。鈴音にも代表候補生の矜持がある。何百、何千という数の候補生たちを押しのけて自分はこの最新機のパイロットにまで上り詰めたのだ。そこに至るまで、死ぬほど努力を重ねた。何人からも疎まれて、嫌われて、それでも約束のことだけを胸に鈴音は頑張ってきた。

 

 鈴音は屍の上に立っている。今まで競り合ってきたライバルたちの無念の上に立っているのだ。立つ理由が母との約束を、一夏との約束を果たすためであったとしてもそれだけは変わらない。

 

 自分には暴言を投げつけるくせに、上の連中に媚を売る者。

 

 努力もせず、上達しないのは他人のせいだ、機体のせいだと文句ばかりを言う者。

 

 努力しても、他人からの悪意に負けてしまった者。

 

 諦めてしまった者。

 

 いろんな人間がいて、色んな事があった。だけどそんなことはどうでもいい。

 鈴音の意地は矜持は、そんなところにあるのではなかった。

 

「ふんッ!」

 

「――――くっ!」

 

 ついに均衡が崩れ、宗玄の一振りが鈴音の体を揺らした。力ずく体勢が横へと押しやられる。天上と地面が激しく入れ替わり、鈴音の脳が情報を処理しきれないとばかりに混乱をきたし始め、意識が上下の認識を曖昧にさせた。

 

 駄目だ。次の追撃に備えきれない。無防備な格好を晒してしまえば、それはもう敗北宣告にも等しいことだ。その瞬間に鈴音の敗北が確実のものになる。

 

 負けるのか。

 

 ここで、千冬からのリクエストにも応えきれずに、このわけのわからない戦闘狂に自分の一世一代のイベントをぶち壊されたにもかかわらず。

 

 

 ――――――ふざけるな。

 

 

 自分はどんな道を経て、ここにいる?

 

 どんな辛く、厳しく、苦しいを乗り越えてきた?

 

 自分の足元には無念のうちに屍になったライバルたちが転がっている。隙あらば、自分をその屍の群れに引きずり込もうと死人のように腕を這わせている。今まで鈴音はその腕を払い続けてきた。だが、ふと今負けてしまったら自分がその腕につかまりあの屍たちの群れに引きずり込まれてしまうのではないかと思った。

 そこは負け犬が集う場所だ。競争に負け、ふるい落とされた者が行く地獄の淵である。

 

 おいで、おいで、落ちて来いよ。

 

 そう呟き、嘯き、囁いている気がした。

 だからこそ鈴音はそれらを振り払うように、叫ぶ――――――

 

「舐めるなぁぁぁぁぁアアアアアアアアッ!」

 

 迫ってきた宗玄の一撃を、脚部で受け止める。装甲が砕け散り、シールドエネルギーが大幅に削られていく。ISが警告音を鳴らし、ふくらはぎ辺りから生暖かい液体が流れ出るのを感じた。 

 

『脚部装甲破損・脚部スラスター破損。本体ダメージ:中。直ちに戦闘区域からの一時離脱を推奨』

 

 鈴音仕様に少々手を加えてある『甲龍』のOSが先の一撃によるエラーを表示する。どうやら片足が逝ってしまったようだ。

 しかし、それがどうした。この程度戦闘を続行するにはかすり傷にも等しい、無問題だ。戦闘区域から離脱するなど論外である。

 

「なっ」

 

 ここに来て初めて宗玄の顔に焦りらしい焦りが生まれた。まさか鈴音がダメージ覚悟で足で受け止めるなど思いもしなかったのだろう。そして、生じるのは僅かな隙だ。そこを鈴音は見逃さなかった。

 

 くるりと空中で回転し、体勢を整えるとすかさず宗玄の懐に入り込み腕部小型衝撃砲『崩拳』を大出力で叩き込んだ。小型とはいえ、この至近距離での高出力の一撃である。さすがの宗玄も耐え切れず、苦悶の声を上げた。いける、そう確信した鈴音はもう一撃『崩拳』を叩き込み、連続して先から起動させておいたもう一方の衝撃砲『龍咆』を最大出力でその日本武者のような装甲に容赦なく撃ち込んだ。

 

 宗玄は堪らず、距離を取った。それを見て鈴音はほくそ笑んだ。

 

 あの男が初めて自分から間合いを開いた。それがたまらなく嬉しかったのである。

 

 ――――――私はあんたたちとは違う! あんたたちが落ちていったそこに私は落ちない! 

 

 自分は強い。だからこそ、ここにいる。この足元に転がる彼女たちとは違う。

 だからこそ、負けるわけにはいかなかった。自分は強い、彼女たちとは違うのだと証明したかった。あんな奴らとは自分は違うのだと、思いたかったのだ。

 

 それが鈴音の意地。代表候補生で専用機もちの矜持であり、プライドであった。

 

「あんまり調子に乗ると、痛い目見るって言わなかったけ?」

 

「がはははっ! ああ、言ったな。確かに、言った。いやはや久しぶりだぞ、ここまで痛いのは」

 

 鈴音の言葉に、宗玄の嬉しそうな声が連なる。かつての武士を彷彿とさせるその鎧は攻撃を受けた個所が砕け、特に『崩拳』を二度も撃ち込まれた胸部などは酷い有様だ。とはいえ、それでもその他の装甲は健在で与えられたダメージも全体から鑑みれば大したことのないものであろう。やはりこの男を沈めるためにはあの斬撃を掻い潜り、分厚い鎧を突破したうえで直接本体に衝撃砲のような絶対防御を突破させる一撃をお見舞いするしかない。だが、それにはいささか問題が残っている。

 ISは元々、シールドバリアがあるため装甲の必要性は薄く全体的に備え付けられる装甲は少ない傾向にある。楯無の霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)などは特にそれが顕著に現れていよう。宗玄の場合、全身を武者鎧のような装甲で覆っており従来のISとは一線を画す見た目だ。唯一露出しているのは頭部のみで、足の先から手の先までまるで赤備えの武将のような趣である。それは鈴音の『甲龍』やセシリアの『ブルー・ティアーズ』とは違って、明らかに実戦を想定して作られたものだ。八割方の出力で三度も衝撃砲を、しかも至近距離で受けたにもかかわらずあれだけの損傷しか与えられていないところからもその防御力の高さがうかがえる。

 これを突破し、宗玄にダメージを与えるとなると先のような至近距離から最大出力の衝撃砲を喰らわせてやるのが一番だが、そこに行き着くだけでも至難の業だ。何しろ、隙が無い。先程は咄嗟の判断で片足を犠牲にし、虚を生ませたが何度も使える手ではないし、引っかかる相手でもないだろう。

 

(あと、何分で応援が来る? 戦闘が始まってから今で、何分経った? 私はあと何分持ちこたえられる?)

 

 競技用ISにはリミッターがかけられており、一つはエネルギー量を抑えるためのリミッター、一つはISの機能を制限するためのリミッターである。

 

 前者はISのコアから生成される大量のエネルギーが競技用としては有り余るものであるという理由からで、後者は機能をいくらか制限することでISそのもの脅威度を低下させ兵器としてではなく競技のための道具、いわばクレー射撃の銃やアーチェリーなどの弓のようなものであるという認識を持たせやすくするためという理由から国際条約で定められたものだ(それでも充分、旧兵器の性能を大きく上回っているのだが)。だが、それは世間一般に告示されているいうなら一般市民を納得、安心させるためのものであり本当の理由はまだほかにある。

 それはISによる戦争の回避だ。ISが篠ノ之束によって発表されてから、各国の懸念は詰まる所ISの軍事利用であった。どこの国が最も先にISを完成させ、実戦的な物を作り上げることが出来るか。開発競争は熾烈を極めたが、同時に各国の首脳たちに過ったのはこれが引き金となって引き起こされる第三次世界大戦という最悪な未来図だった。もしも、ISによる第三次世界大戦が巻き起これば人類は確実に破滅を迎える。そうならないために国際条約で定められたのが、二つのリミッターであるのだ。

 これは即ち、ISの実戦投入による戦争介入を防ぐための措置でもある。そのため競技用に開発されたISはIS本来の莫大なエネルギーの恩恵を僅か程しか受けられていない。その大部分は制限されてしまっている。

 

 そのせいで一度のエネルギーの補給ではそれほど稼働時間は長くない。シールドバリア、ハイパーセンサーなどのその他機能、搭載されている武装やそれらを展開あるいは収納するための量子変換。競技用とはいえ、動かすだけでもISは馬鹿みたいにエネルギーを食う。今のように一試合を経て、宗玄のような化け物相手に機体性能ギリギリの駆動を連続していればいくら第三世代では燃費がよい『甲龍』であれど、エネルギーが枯渇するのは当然の結果だ。むしろ、ここまでよく持った方である。

 限界は刻一刻と近づいている。鈴音に残されている時間はあまりにも少ない。怪我もしている、痛みは感じないが時間が経てば経つほどこの怪我が戦闘に影響を及ぼすことになる。そうならないためにも早期の決着が望まれるのだが……。

 

「ふん、しかし遊んでいられるのも残り僅かなようだ。見れば、お前も残された時間はあまりないようだからな」

 

「あらら、もうギブアップ? 情けないわね」

 

「俺としてはもう少し、この心地を味わっていたかったのだがな。何しろ、こちらにも都合というものがある。――――名乗れ、小娘」

 

 宗玄の要求に鈴音は一瞬困惑と怪訝な表情を浮かべた。だが、それも一拍の間のみですぐにその問いの含む意味を理解した。

 

「――――凰鈴音。覚えておきなさい、〝あんたたち〟を倒す人間の名前よ」

 

「凰鈴音……覚えたぞ、俺らを止めるなどと嘯く大法螺吹きの名。しかと、この柳生宗玄に刻み込んだわ!」

 

 両者が空を疾駆した。

 

 互いに刻限が迫る中で、闘争心をむき出しに刀を振るった。奮う心が目の前の男を、少女を斬り伏せろと喚いている。

 刀同士が激突し、甲高い音が何度も空間を揺らした。その度に心臓が大きく脈を打ち、脳にありったけの血を送ってくる。まるでもっと、もっと、そう急かしているかのように。

 

「がははははっはッ!」

 

「ハァ――――ッ!」

 

 笑声と咆哮。両者ともに譲らぬ剣戟による攻防は、次第に熾烈を極めていった。先よりもさらに速く、依然として速度を上げ続けている。斬撃の残滓が尾を曳き、像として映っていた。

 思考なぞとうに置いてきた。ただ本能の赴くままに刀を振り、敵の攻撃を防いでいる。思考の余地など一切介在しておらず、鈴音もまた宗玄同様に獣の如き闘争心のみが自身の体を突き動かしていた。

 

 一人はこの闘争に死を感じ、生を実感するために。

 

 一人は自らの意地と矜持を、プライドを守るために。

 

 二者は獣と化した。

 

 しかし龍と虎、その二体の闘争は唐突に終わりを迎える。

 

「し、しまっ……!」

 

 鈴音の一振りが空を切ったのだ。読まれていた、いや徐々に上がっていた宗玄の反応速度がついに鈴音の剣戟の速度を超えたのである。ここに来てまさかの、痛恨のミスであった。

 

 そしてそれは、この戦場において決定的な痛手となる。

 

 抉る。その表現が相応しい、一太刀であった。絶対防御を突破し、鈴音の肉体へと到達した刃が弧を描くように彼女から肉を削いだ。幸いだったのは、その一太刀が届いたのが斬撃の届くギリギリのところであったこと。そのため意識だけは何とか失わずに済んでいた。

 

 だが、それでも重傷だ。切り裂かれてから間を置いてから、鮮血が飛び散った。腕と胸を袈裟懸けに斬られ、脳を針で貫かれたような痛みが全身を駆け巡った。あまりに痛さに叫び声をあげることすらままならない。

 

 一気に噴き出す血飛沫が宗玄の顔を、刀を赤く染めている。

 

「終わりだ」

 

 宗玄が低く、呟き刀を鞘に納めた。それは鈴音の命に対してか、それともこの闘争に対してのことだったかは分からない。

 ただ、鈴音はそう呟く宗玄の姿を朦朧とする意識の中が映すスローの世界で眺めていた。

 

 終わったのか。

 

 自分は負けたのか。

 

 あの負け犬たちと同じように、無様に落ちていくのか。地に伏すのか。

 

 嫌だ。そう叫ぼうとしても喉に力が入らない。

 

 伸びてくる屍の腕を振り払おうとしても、腕に力入らない。振りほどけない。

 

 駄目だ、引きずり込まれてしまう。あの地獄に、自らの弱さを越えられず屈した者が集うあの場所に。

 

 助けてくれ、誰か。この手を掴んで、引っ張り上げてくれ。誰か――――

 

 

 

 

 

 ――――――鈴音。

 

 

 

 

 母の声だった。懐かしい母の声。記憶の奥底に埋もれていた昔日の母の言葉が、不意に蘇ってきた。

 

 

 

 ――――――どんなことがあっても、諦めちゃ駄目。諦めたら全てそこで終わっちゃうけど、諦めなかったらまだ終わりじゃないの。だから、諦めないで。最後の最後まで頑張りぬいて……約束よ?

 

 母は言う。諦めるな、と。最後まで諦めないでと、そうすれば終わりではないのだと。終わりは希望も何もないが、終わりでなければ希望はまだあるのだと。母はいつの日か言っていた。

 夕日に照らされたあの日の軒先で、母はそう言ったのだ。

 

「ああ、そうだったよね。ごめんなさいお母さん」

 

 また、約束を破るところだった。また諦めるところだった。

 

 もう諦めないと誓ったのに。

 

『衝撃砲出力最大。照準:敵機《アンノウン》』

 

「何ッ!?」

 

 大好きな母との約束を破るわけにはいかない。

 

 ならば、ここであの男を落とすことを諦めるわけにはいかないのだ。

 

 鈴音は最後の力を込めて、衝撃砲を起動させていた。血まみれの顔で引き攣った笑みを作り、驚愕に表情を染める宗玄を見遣った。

 

「終ってないわよ」

 

 直後、二つの衝撃砲から放たれた不可視の弾丸が確かにあの赤備えの鎧に突き刺さるのを鈴音は見た。

 

  *    *    *

 

 世界が暗転する。反転する。

 

 天と地が逆さまだった。滴り、零れ落ちていく鮮血は重力に逆らう。壊され、剥がされた赤色の装甲もその塗装も、何もかもが落ちずゆっくりとゆっくりと上へ、天上へと登ろうとしている。

 微かに残る鈴音の意識はそんな風に世界を見ていた。

 まるで自分を含めたすべての存在が天へと帰そうとしているかのようだ。

 自分が置かれている状況を正確に判断できない。今、自分がどのような状態にあるのか分からない。自分は今何をしているのか…………。

 

 壊れかけた意識に、ぱりっ、というひび割れのような音が走った。

 

 視界が黒く塗りつぶされ、徐々に意識が遠のいていく。

 

 末端の感覚を脳が拒絶する。指先から腕へと、足先から腰へと冷たい闇が身体を這っていき、鈴音から四肢を奪っていく。

 

 次第に鈴音の体が頭部を残し、闇に呑み込まれた。

 

 寒い。冷たい。感覚はすでに麻痺し、奪われ、鈴音の支配下から離れている。

 鈴音の肉体はすでに彼女のものではなくなっていた。自由に動かすこともままならず、感覚すら既にない。

 

 これが死か。

 

 この闇が死という概念なのだろうか。

 

 なんと、冷たいのだろう。

 

 なんと、恐ろしいのだろう。

 

 あの時、自分の目の前で母はこんなものに屈しなければならなかったのか。そう思うと、鈴音は仄かに意識に怒りを迸らせた。だが、それはも一瞬のことだ。すぐに霧散し、再び無に戻る。

 

 もはやどうすることもできない。

 

 あれに逆らうことはできない。

 

 本能がそう告げている。諦めろと、屈せと、飲まれて消えてしまえ、と。

 そして、残っていた意識の上に闇が張り付いた。ひび割れた意識はその重みに耐えきれず、ぎしぎし、と音を鳴らした。

 

 ひびが徐々に意識全体に広がっていき、やがて耐え切れず瓦解した。

 崩れた意識は闇に呑まれ、ゆっくりとだが沈んでいこうとする。

 その時だった。沈み行こうとする鈴音の意識に語り掛けてくる声があった。

 

 その声は聞くと安堵する。

 

 その声は聞くと幸せな気分にしてくれる。

 

 その声は聞くと胸を熱くしてくれる。

 

 その声は聞くと自分を一人の乙女にしてくれる。

 

 その声は聞くと自分は恋をしているのだと思わせてくれる。

 

 その声は――――――

 

 

 

 

「待たせた、鈴」

 

 

 ――――――この世で最も焦がれた彼の声だ。

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