IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第三十一話 反撃の狼煙

 走り、走り抜けていく。息も絶え絶えになりながら織斑一夏はIS学園の廊下を疾駆する。

 一般の高校と比べて規模が比較にならないほど大きいIS学園は、その内部が一部迷路のような構図になっていた。勿論、本当に迷路になっているという訳ではない。慣れていない人間が下手に冒険すると危ないというだけだ。基本的な道程さえ把握しておけば、学校生活はそこを往復するだけで事足りる。

 しかし、今回一夏が目覚めたのはいつもの保健室とは違う部屋だった。治療はいつもそこで行われているらしいが、間の悪いことに一夏はその部屋をこの目に映したのは今日が初めてだ。いつもは保健室で一夏が薬で眠りについた後、その部屋に運び込まれ治療が施され、再び保健室に目が覚めるまで寝かせているらしい。らしいというのも、人伝いに聞いただけなので一体寝ている間に何が行われているのかまでは一夏も知らなかった。おかげで今、見知った場所を探しながら爆走中だ。

「鈴が危ないかもしれないってのに……くそっ!」

 悪態をつくが、事態は一向に好転する気配はない。走れば走るほど見たことのない場所に出てしまう。急く心情はそんな状況に焦りしか覚えない。それが更なる焦りを生み、一夏から冷静な判断力を奪い思考力を鈍らせていく悪循環となっていた。

 いっそのこと白式を呼び出し、壁をぶち抜くというのも一つの手だ。むしろ、それが一番手っ取り早くまた鈴音の元へたどり着ける手段だろう。

 しかし、それにはある問題があった。

「外には襲撃してきた奴らがいるって話だし、玄兎も出来るなら温存しておけって言ってたしな」

 白式は第三世代機だ。故に機体性能は高く、速度に至っては他の第三世代機と比べても突出している。だが、第三世代機そのものが開発途上ということもあり、第三世代のISは全体的に燃費が非常に悪い。実用性重視の鈴音の『甲龍』は例外中の例外で、『ブルーティアーズ』のBT兵器や『ミステリアス・レイディ』のアクア・ナノマシンといった新兵器を搭載しているためにそのコストは第二世代と比べものにならず、いまだ第三世代の課題とされている。

 勿論、白式といえど例外ではない。白式には零落白夜によるバリア無効化攻撃がある。零落白夜はその絶大な効果の裏で、大量のエネルギーを必要とする単一仕様(ワンオフアビリティー)だ。通常、白式はこのエネルギーをシールドエネルギーで補っているため発動すると競技用ISの生命線ともいうべきシールドエネルギーがどんどん削られていくのである。

 まさに文字通りの一撃必殺。当たれば敵が、外せば己が負ける。

 ただえさえ燃費の悪い白式だ。鈴の元へと急行するのなら、襲撃者との戦闘は避けられない。そのときに白式のエネルギーが残っていなければ意味がないのだ。

 とはいえ、事態は一刻を争う。もしこれ以上突破口が見つからないというのなら、白式による強行突破も現実味を帯びてくる。心配があるとしたら、このIS学園の壁が雪片ですら破壊できないほどの頑丈さを秘めていないかどうかだ。もし秘めているのなら、その時こそ一夏は手詰まり、走り回る以外方法はない。

「とりあえず、どこか外が見えるところに行かないと……」

 地下なのだろうか。一夏が今いる場所は人工的な光が辺りを照らし、窓の一つもない廊下だった。ここが地上であるとするなら、ここまで窓の一つも目にしないのはいささか妙である。そういった点から察して一夏が今いる場所は地下である可能性が極めて高い。なぜ、地下で治療が行われていたかは謎だが今はその謎を追及している場合ではない、一秒でも早く鈴の所に辿り着かなければいけないのだ。

 そのためにも今は状況を把握しておきたい。自分の現在地すら知らない状態では、救援に向かうことすらままならないだろう。

 玄兎からの一報から外の状況は大まかだが把握した。敵の数は確認できただけでも三つ。しかし、そのほかにも潜んでいる可能性が高く、こうやってしているうちに鉢合わせする可能性だってある。玄兎はそう忠告していた。

 そして、その忠告は最悪な形で的中する。

「あれれ、こんなところに人がいますね~?」

 背後から声がした。全力疾走していた一夏のすぐ後ろからだ。少女のような幼子の声である。 

 反射的に一夏は振り向いていた。「だ、誰だッ!」鋭く誰何を飛ばし、身構える。この状況下で生徒と出くわしたという可能性は極めて低い、殆どの生徒はアリーナに閉じ込められている中一人だけのこのことこんな場所にいるはずがないからだ。ならば、誰か。帰結する考えは一つしかなかった。

「あれれ~? もしかして、そこにいるのはあの有名な織斑一夏さんじゃないですか?」

 無邪気な声音。それは至って普通の少女のものだ。これば普段の生活の中であれば、またか、と自らの知名度の上がり様に辟易するところである。

 だが、違う。そういうことではない。この状況下においては、決してそうではないのだ。

 彼女は異常だ。織斑一夏はそう感じた。おかしい、それははっきりとした感覚ではないが一夏は一目で少女の異常性に気付いてしまった。

「まさかこんなに早く、こんな場所で会っちゃうなんて。面倒くさいですね~」

 頭を掻きながら、少女は言った。

 冷静が過ぎるのだ。今、この状況下であまりにも彼女は冷静過ぎている。この未曾有の混乱の中で、この少女は一夏を前に「面倒だ」と口にした。呑気に頭を掻きながら。

 これを異常といわずして、なんという。

 異常なのは決してそれだけではない。外見もまた、異様な様相を醸し出している。

 全身を覆うのは黒いローブ。顔を隠されているが、かろうじて額から垂れる前髪だけは確認できる。背丈はかなり小さく、中学生か下手をすれば小学生ぐらいではなかろうか。それでいて口調は大人びている。正直、これだけでも充分不気味だ。

 そして、この場において最もその存在を主張しているものがある。

 ローブの奥に光る、紅の双眸だ。

「妖刀ッ――――!」

 瞬時に判断した。あの眼は先日、嫌というほど目にしたあいつらの眼と同じだ。あいつらと違う点があるとするならば、人間味があり意識を保っていることだろうか。だが、あの眼は間違いようがない。妖刀、箒が宗玄がそう呼んでいた化け物だ。

「ありゃ、もうばれちゃった? 仕方ないねぇ……標的、織斑一夏。もしも遭遇した場合の命令は確か……ああ、そうだったそうだった――――遊んでいい、だったね」

 少女がそう言った瞬間、一夏は全身が粟立った。

 殺気。来る。

 頭の中で瞬時に組み立てられた思考回路が一夏に命令を下す。

「びゃ、白式ッ!」

 愛機の名を呼んだその直後、一夏は体の中心に凄絶な衝撃を受けた。視界が歪み、意識がぶれる。体が九の字に曲がり、肺に溜まっている空気が強制的に外へ押し出されていく。そして、数秒もせずに後方の壁へと激突した。

「何が、どうな……って」

 壁にめり込んだ体が重力に従って床に落ちたことで、一夏は再び意識を取り戻した。一瞬とはいえ意識が飛んでいた事実に愕然としながらも、一夏は舞う埃や壁の欠片を払った。

 先程一体何が起こったのか、一夏は正しく認識できていなかった。ただ、強い打撃の感覚が腹部にあったことと、紙一重の差で白式を展開出来ていなければ危なかったことだけははっきりと理解していた。

「ふーん、結構速めに動いたつもりなのにちょっとの差でISを展開しちゃうんだー。もうちょっと速かったら、クリティカルだったのに。惜しッ!」

 そう言って悔しがる少女は、先ほどまで一夏が立っていた場所で地団駄を踏んだ。

 それを見て、一夏は背筋が凍った。

 比較にならない。先日、戦った妖刀とは比べ物にならないほど少女の動きは速かった。不意打ちとはいえ目で追うことすら、いや動き出したのを認識することすら出来なかった。まるで瞬間移動の如き、速度である。しかも、あの少女はまだ本気ではない。余裕がある。それでいてあの速度だ。彼女が本気を出したとき、果たしてどのようなことになるのか。想像に難くない。

(やばいやばい……! こいつ、この前の奴とは全然違う! 真面に相手をしてたら、命がいくつあっても足りねえ!)

 戦において退却も立派な戦略の一つとされるが、この場合においてもそれは言える。無謀であるということと勇気があるということは、似ているようでその実対極にあると言っても過言ではない。敵に背を向け、逃げるのもまた勇気が必要だ。自身と相手の力量差や状況を把握しきれず、敵との相対を選ぶのは己の力量を見誤っている者がすること。時には敢然と立ち向かうことも必要だろうが、今一夏が置かれているこの局面においてその敢然さは必要とされない。むしろ、邪魔である。

 それに一夏にはこの少女と戯れている暇などないのだ。一刻も早く鈴音のところに行かねばならない。

 故に一夏が選択するのは、戦略的撤退。彼女がここで何をしているのか、侵入者が学園の奥深くまで入り込んできているという事態は見逃せるようなことではない。だからといって今の一夏では対処することはおろか、相手にすらならないであろうことは目に見えている。ならば、自分は頼まれたことを、出来ることをやるしかない。

「来いッ、雪片!」

 しかし、敵もそうすんなりと逃がしてくれるわけではないのだ。少なくとも戦闘は覚悟しなければならないだろう。雪片弐型を呼び出し、中段に構える。

 そんな一夏に少女は意外そうに紅い目を丸くした。

「あれれ、意外だな~。てっきり、すぐさま逃げ出すかと思ったのに」

「これでも操縦者のはしくれだからな。それに男としてはやられっぱなしってのは、あまりいいもんじゃない」

「あはっ、なるほど。さすがは織斑一夏、こっちでも相変わらずってところだね」

 暗がりの奥で不気味に輝く紅い瞳。顔は見えないのに、その光る双眸だけは不気味なほどくっきりと暗闇から抜け出している。

 くすくすと笑いをこぼす少女は、ある程度笑い終えると「さてと」と一息をついた。

「あまり時間をかけ過ぎると、後々文句を言いそうな連中が多いし、ここいらで遊びは終わりにしておこうかなぁ~」

(……来るッ!)

「じゃあ、織斑一夏さん――――行くよ?」

 途端、少女から閃光が迸った。それは稲妻のようにジグザグ模様を描き、少女の体から放出されていた。そして、それが少女の右手に集まっていき次第に形を形成していく。

 それは槍頭が三つに分かれた槍、三叉槍(さんさそう)と呼ばれる武器であった。

「武器!? って、一体どこから!」

「貴方たちのそれと同じだよ。まあ、こっちのはちょっと特別製なんだけどもねッ!」

 三叉槍が一夏めがけ投擲され、一夏はそれを雪片で受けた。

 投擲とはいえ妖刀の怪物じみた腕力にものを言わせた投擲である。当然のこと威力は桁違いに高い。受けた一夏が若干押されてしまったほどだ。なまじ速さもあるため、半端なISによる一撃よりも重かった。

 だがしかし、攻撃はこれで終わりではない。

 三叉槍が投擲されたのとまったくの同じタイミングで、少女も動いていた。彼女の目指す先は一夏の目先、弾きかえされた三叉槍だ。彼女はそれを空中で器用に掴むと、そのままの姿勢で石突きを一夏向けて放った。

「ぐッ――!」

 何とか雪片で防御したものの、そのまま数メートルばかり後ろに押されていく。凄まじい突きだ。超高速で走行する車が突っ込んできたのかと思うほどの衝撃に、一夏は耐え切れず後方へとそれを受け流した。「おっとと……」と少女は体勢を崩しながらも、何とか着地し再び一夏に向き直った。

「今のは反応する、と。なら、次だね」

 少女がそう言った瞬間、忽然と一夏の視界から彼女の姿が消えてしまった――――ように見えた。

『敵反応後方に確認』

 ISのハイパーセンサーによる警告が、少女の位置を察知し伝えてくれる。

 背後。それが今、少女がいる位置なのそうだ。

 ついさきほどまで目の前にいた少女が、あの一瞬で自分の背後を取っているという事実に一夏は驚愕し、悟った。

 反応が追いつかない。少女が速すぎるために一夏の動きがそれを追随出来ていなかった。意識下には既に彼女の存在を捉えてある。だが、肝心の肉体が遅いのではいずれにしろ訪れるのは敗北と死という二つのみだ。

 そして今まさにその二つが背後から迫ってこようとしている。死神の鎌がすぐそこに迫ってきていて、なのに自分は何の対応もできない。

「くそぉおおおおおおおおおお!」

 予想される未来を思い浮かべ、一夏が咆哮する。間に合え、と自らの肉体に発破をかけた。

 だが、その努力も空しく少女の姿は一夏を攻撃圏内に捉えてしまった。

「はい、おしまい」

 その声が耳を這いずり、一夏が半ば諦めかけた……その時だった。

「それはこっちのセリフですね」

「――――何ッ!?」

 突如として現れたもう一人によって、少女の攻撃は弾かれたのだ。その際に振りぬかれた右足が少女の横っ腹に命中し、受け身の姿勢もとれぬまま少女は吹っ飛ばされた。

「まったく、同類の気配すると思ったらなんでまた織斑君と交戦なんかしちゃってるのかな、もう。おかげで織斑君の前でこの力を使う羽目になっちゃたじゃん」

「お前……誰だ!?」

 少女が誰何する。その言葉に乱入者はその双眸を鋭く細め、こう言った。

「IS学園一年四組、瀧岸神皇。君たちの同類だよ」

 

   *    *    *

 

「瀧岸……? な、なんでお前……ッ!?」

「詳しい話はあと。それよりも今は目の前にいる、このお嬢さんをなんとかする方が先なんじゃないの?」

 突然の出来事に一夏は困惑していた。玄兎から聞き及んだ状況は生徒の全員といわずも、その八割以上がアリーナの観客席に閉じ込められており、それを逃れられた生徒もアリーナ内部の隔壁によって身動きが盗れなくなっているはずだった。鈴音と紅葉にいたっては襲撃者と直に対峙しているという最悪な状況下にいる。その中で玄兎と楯無は如何なる手段を使ってかは知らないが、アリーナの外へと脱出し救援へと向かっているのだ。しかし、教師陣が使えず専用機もちで学園でも屈指の実力者である二人が救援に向かうという選択肢は悪くないが、何せあの閉ざされた場所から脱出するのは時間がかかる。そのため、運よく外部に居合わせた一夏に連絡を寄越したのだ。力不足とか、危ないかとそういう現代の平和主義、非暴力主義的なものを差し引いて玄兎は一夏に協力を要請した。

 それはつまり、人手不足であるということ。猫の手でも借りたい状況が差し迫っているということなのだろう。

 だというのに、神皇はここにいる。しかも、手には一振りの日本刀を携え、あまつさえあの人間離れした身体能力を有する妖刀の一撃を弾きかえし、蹴り飛ばした。あり得ないとは言えない。先日の事件の折、実際に宗玄は生身で妖刀と渡り合っていた。出来ないこともない。しかし、あれを可能とさせるのはそれもまた人間の枠組みにギリギリで留まっている者の所業だからだ。故に何ら普通のヒトと呼ばれる生物の枠組みの中に属する者にとっては、不可能な芸当のはずなのである。

 それを神皇はやってみせた。何より、彼女の両目に輝くさんさんとした紅は……。それが示す答えはつまり、彼女は――――――

「なによ、あなた。いきなりしゃりしゃり出てきて、同類だのなんだのって」

「それはこっちの台詞なんだけど。今日は皆にとって大事な大事な日だったのに、いきなり現れてよくもまぁぶち壊しにしてくれたわねぇ?」

「そっちの事情をこっちが知るわけないじゃない。運が悪かったと思って、大人しくしていてください」

 静かに交わされる挑発の言葉の数々が、ゆっくりと空に溶け消えていく。それはどこか嵐の前の静けさのような感覚に似ていた。

 ISのハイパーセンサーは顔はうつさずとも、少女の口元はおぼろげと映し出している。笑っていた。にやりと口角を釣り上げ、嘲笑するようだった。

「といっても、こちらとしてはあまりこんなところで時間をとりたくないんです。平和主義者の私としては無闇に人を傷つけたくないんですけど、どうやらそちらは大人しく引き下がってはくれないようですね」

「当たり前よ。こんなことしでかした奴を大人しく見逃す通りなんて、一体どこにあるんですかねぇ?」

「それもそうね」

 一息。神皇は刀を直ちに眼前へ構えた。

 そこへ影が飛び込んできたのは瞬きするよりも早い間だ。伸びる黄金色の槍の先端と神皇の刀がぶつかり、閉ざされた空間で甲高い音を鳴らす。乾いた舌打ちが聞こえ、少女が飛び退った。

「な、何が……」

「何がって、ただあの子の攻撃を受け止めただけだけど」

 平然と神皇は語ってみせるが、先の攻防は一夏が認識できるレベルとうに超えていた。辛うじて彼女たちの攻防の名残を残像や影、音や振動といった余波で感じ取る程度だ。音や火花が散ったかと思えば、勢いよく少女が元の位置に着地していた。それが先ほどの一夏に見えていたものである。

 もはや次元が違う。少女が一夏と戦っているときに見せていた速度の何倍もの速さが、神皇には的確に見えているようだった。少女が飛び込んできたという事実を知覚し、一夏が対処に移そうとしたときには既に神皇の防御が少女の槍を防いでいたのだ。あまりにも遅かった。実質、動けなかったも同然である。

 そして、神速の攻防は再開される。

 少女が槍を突きだし、神皇が受け流しカウンターで袈裟懸けを狙い、それを空中で紙一重に避けた少女が宙返りをするように一回転し、その勢いを乗せた槍を上から振り下ろす。この間、十秒とあったか。凄絶な攻撃の連鎖は、微かにその跡を一夏に見せたがそれだけであった。

 その合間、神皇は一夏の横に位置ついた。

「織斑君、こんな時になんだけどどうしてこんなところに?」

 本当になぜ今聞くのだろうか。「玄兎からアリーナに鈴たちを助けに行ってくれって頼まれたんだ。だけど、出口を目指している途中であいつと会って」神皇の登場や彼女の正体を見たことでそれどころではなくなっていたが、事態は一刻を争っている。こんなところでもたついている場合ではない。一分一秒でも早く鈴音の元に辿り着かなければならないのだ。

「事情は何となく察するよ。なるほど、玄兎さんがそう言うってことは外はあまり楽観視できる状況じゃないみたいだね」

「だけど、俺は出口を知らない。瀧岸はどこから」

 と、一夏が言いかけて神皇が後方の天井を指さした。「ないなら、作ればいいのよ、道なんて」

 そう言うと、神皇は不敵に笑みを浮かべ床を思い切り蹴った。尋常ではない速さで床を、壁を疾駆する。その片手間に刀で縦横無尽に辺りを斬りつけ、あちらこちらに切れ目という切れ目を生み出していく。斬られた箇所からぽろぽろと破片が剥がれだし、終いには大きな亀裂となって崩れ始めた。

 前方の方で少女と切り結んでいる神皇は間を見て、後ろを振り向き一夏に言った。「このまま、天上を崩すから! そしたら、私が来た道を通って!」槍を頬にかすめさせながら、神皇は次々に天井や壁を崩落させていく。それも紙切れのように、いとも簡単に切り裂いていくのだ。これには世界でも屈指のセキュリティーと頑丈さを誇るIS学園の校舎も形無しだろう。

 とにかく、道――――と形容してもよいのかいささか判断に困るが――――は出来た。あとは鈴音の元へ急ぐだけだが……崩落し人ひとりは優にくぐれそうな孔が開いた天井を見上げたまま、一夏は立ち止まった。「瀧岸!」

「な、なにッ……かな?」

 刺突をうまく回避しながら、神皇が少女から距離を取る。

「お前はどうするんだ!」

「残るよ」

 それとも織斑君が代わりにやってくれるの? と皮肉を交えながら彼女は言った。「じゃ、頑張って凰さんを助けて来てくださいね!」そう言って今一度、時間を置き去りにしたかのような速度の中に身を沈めていった。

 それを見届けると、一夏は後ろ髪を引かれる思いを吹っ切りそのまま天井から上の階へと突っ込んだ。

(なんかよくわからないけど、今はあれこれ考えている場合じゃない!)

 辺りを見回すと、なるほど目につくところに神皇の仕業と思しき孔が開いていた。あれを辿っていけば、彼女の通ったルートを逆行して外へと出られるという寸法だ。

 しかし、思っていたよりも時間を食ってしまった。最初の玄兎の電話からもう三十分は経ったのではないか。妖刀の出現は予想外だったとはいえ、時間を余計に消費しすぎた。一分一秒を争うこの状況では手痛い失態だ。

 一夏は加速した。足元が何度か揺れ、地響きのような音が聞こえてきたが一切振り返らなかった。

 彼女なら大丈夫だろう。

 不思議と、そんな安心感があった。

 

  

 

    *    *    *

 

 太陽の光がえらく眩しく思えた。

 まるで数か月ぶりに暗がりから出てきたような奇妙な感覚に囚われる。目を刺すような陽光に目を細めながら、玄兎は即座にナギへ通信を飛ばした。

「出たぞ! 状況把握ッ!」

『周囲に機影は――――いや、一機! 学園校舎上空!』

「楯無! 校舎上空一機いるぞ、気を付けろ!」

 怒号のような伝令に、楯無は思わず背筋をぴんと張った。今の玄兎はどこぞの軍隊の隊長のような風格を醸し出している。手際よく周囲の状況を把握し、即座に味方へそれを伝えている姿は手馴れているようでもあった。雰囲気もいつものおちゃらけたような飄々とした感じはなくなっており、張りつめた緊張感と集中力をたえず切らさそうとはしない。

 それは彼の中でここが日常から、戦場へと切り替わっている証拠だ。前も似たようなことがあった。あの時も玄兎は今のように、まるで指揮官の如き指令を次々と周囲に下していったのだ。

『玄兎、敵一機。接近中……来るよッ!』

「――――チッ! 楯無、IS展開しておけ。敵さんのお出ましだぜ」

 間髪入れず二人の鼓膜をスラスターの爆音が震わせた。音の発生源は校舎上空の急下降する無人機だ。恐らく外部からの援軍を警戒して待機させられていたうちの一機が、玄兎と楯無の脱出を察知し動き出したのだろう。

 二人は即座に自身の機体を展開させ、その場から飛びずさった。

 間髪入れず、熱の塊が飛来し周囲一帯を焦がし尽そうとする。

「おいおい、マジかよ。これ、火力上がってんじゃねえか?」

 無人機との間合いを取りつつ、玄兎は冷や汗を拭った。前回、アメリカのフロントで戦った試作機とはえらい違いだ。武装にしても明らかに物騒になっている。片腕に備わっている大剣など見たこともないし、まして先の高火力武装は玄兎が戦った機体よりも遥かに出力が上昇していた。その他にもハイパーセンサーによって映し出されている機体の細部にフロントで戦った機体との差異が見受けられる。恐らく、そのほかの性能も向上しているだろうと思ってまず間違いないだろう。

 正直、厄介の一言につきる。

(こいつらの動きは人と違って、読みにくいんだよな……。機械だから気配が希薄だし)

 玄兎は対人戦闘を得意としていた。敵の気配を獣如き感覚で察知し、人間離れした動体視力と反射神経で的確に敵の急所を攻撃する。これが専ら玄兎の戦闘スタイルだった。

 しかし、無人機はその名の通り機械がその機体を動かしている。人間が直接機動に関わらないだけ、その動きは通常のISとは一線を画したものになってしまう。生身の人間ではまずできないような動き、それを可能とするのだ。そのため人間と同じ感覚で戦ってしまうと、思わぬ場所でかわされたり反撃を受けたりすることがあった。前回のフロントでの攻防は無人機のそんな特性に翻弄され、随分と苦戦を強いられたものだ。

 その時は何とか勝利を収めたものの、苦手意識だけはしっかりと玄兎の中に残っていた。

 それも今回は前回よりも格段と向上した性能を持つ機体が相手だ。本音を言えば、戦わずしてやり過ごしたかったのだがそうやすやすと見逃してくれる相手でもない。玄兎が予想した通り、アリーナの場外に待機させられていた一機に捕まってしまった。

「あれがさっき言ってた無人機ってやつね」

「ああ。出来ることならやり過ごしたかったが……仕方ねえ。どのみち、こいつは倒しておいた方がいいだろうしな」

 無機質な赤い眼光が玄兎と楯無を捉える。それは生きた人間が向ける様々な感情がこもった眼と比べると、あまりに無感情で冷たい眼だった。所詮は人の手でつくられた鉄の塊だ。生物のような自意識が存在するわけがなく、ただプログラミングされた動きを電気信号で伝え動かしているに過ぎない。

 しかし、そう理解しているからこそなのか。楯無は相対する無人機がよりいっそう不気味に思えた。

「気を抜くなよ、楯無。こいつ、前に俺が戦った奴とはちょっと違ってる。映像で見た時はあんまし気にしなかったんだが……たぶん、性能は段違いだろうぜ」

「面倒ね。高出力の遠距離武装に、あんな大きい大剣まで備わってる」

「怖気づいたのか? もし駄目なら、あっちの方に行っても構わねえんだぜ?」

「何言ってるのよ。私はロシアの国家代表、こんな奴倒すなんて朝飯前」

「頼もしいことで」

 時間はかけられない。出来ることなら即撃破が望ましいが、敵も簡単にやられるほど甘くはないだろう。

 だが、こちらにも作戦がある。それを遅延させるということは、つまり作戦の成功率を下げることに繋がってしまう。そうなってしまえば、多くの人間が危険にさらされることになる。それだけは何としてでも食い止めなければならない。

 無人機がその巨大な大剣の切っ先を二人へと向けた。

 まるで決闘を申し込むかのような動きだ。二人に対する宣戦布告と捉えるべきだろうか。その外見とは裏腹になんとも人間味のある行動をするのだろう。

 玄兎は可笑しくなった。くすりと笑いその宣戦布告に応えるように『玄武』の唯一ともいえる近接武装『死神の鎌(デスサイズ)』を交戦の意思を示すように構えた。

「さて、反撃開始だ」

 

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