IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第三十二話 VS機械仕掛けの兵士達

 火蓋を切ったのは楯無が放った鉛の嵐だった。四連装のガトリングガンから撃ちだされる鉄の塊は、その凄まじき火力を以て空を切り裂き敵機を撃ち抜こうとし、硝煙とマズルフラッシュをばら撒いた。

 無人機は即座に側方へと巨体をずらし、回避行動をとった。自身もまた鉄の塊であるにもかかわらず、その動きは俊敏だ。弾丸が後方へと流れるのも構わず斉射し追随する楯無をあしらうように、その機械は空中を滑っていく。

 

 そして、弾丸の雨は止んだ。しかし、それはほんの一瞬の出来事だった。だが、無人機に搭載されているAIはその隙を見逃さない。全身に備え付けられているブースターにより加速し、大剣を下段に構え接近する――――――――のだが。

 

「背後もーらいっと!」

 

 疑似聴覚が捉えたのは真後ろから聞こえてきた声だった。視界の死角すら完璧に把握するハイパーセンサーによってタイムラグなしで送られてくる情報には、黒い機体がその手に持った大鎌を振りかざした姿があった。

 

 一秒にも満たない、須臾の世界でAIはその機影の正体を自身のデーターベースから見つけ出した。

 

 ISの開発者である篠ノ之束が作りだした最高傑作、〝四神〟と称されるうちの一機。元ドイツ軍IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長で、現在は篠ノ之束と行動を共にする今作戦における最重要撃破目標である――――――〝自称〟男の〝美少女〟赤神玄兎が所有する『四神・玄武』それが今まさに背後で死神の如き鎌を振るおうとしている敵の名だった。

 男と自称するその女は悪鬼にも似た凄絶な笑みを浮かべていた。獣が獲物の首に牙を突きさす直前の、勝利の訪れを確信した顔だ。

 実際、背後から迫りくる大鎌は既にその反られた刃の内側に獲物を捕らえている。本来ならばこれで詰み、避けることも防ぐこともできない。人間の数倍の速度で思考を繰り返す機械のコンマ数秒のわずかな隙を突いたその離れ業は、たとえ機械であろうと対応できるものではないはずなのだが…………。

 

「……ッ!」

 

 大鎌がその機械の身体を真っ二つに裂こうとした瞬間、大鎌の刃が触れる空間にバリッという放電現象にも似た音が響いた。

 

 直後、玄兎は大鎌が見えない壁にぶち当たったかのような硬い感触を覚えた。衝撃が弾きかえされ、体勢が後ろへ引っ張られる。

 

「あ……やばっ」

 

 体勢が崩れ、カウンター気味に飛んでくる斬撃に玄兎は対応することが出来なかった。成す術もなく吹き飛ばされ、アリーナの壁を突き破っていった。

 

「玄兎!」

 

 楯無の動揺は瞬く間に広がった。

 

 どういうことだ。今の一撃は確実に無人機を捉えていた。防ぐ術などなかったはずだ、現に無人機の玄兎に対する対応は彼の攻撃よりもワンテンポ遅かったではないか。

 

 では、どうやってあの攻撃を防いだ。いや、どうやって弾いた。

 

「――――バリアだ」

 

 玄兎からの通信。どうやら無事だったようだ。

 

 しかし、気になることを言った。

 

「バリアって……でも、それじゃ」

 

「あり得ない話じゃない。むしろ、現実味のある話だ。あの機体がバリア兵器を備えていたって、何らおかしくはない」

 

 あのタイミングで機体背面からでも即座に攻撃を防ぐことが出来る兵器となるとそう種類はない。むしろ、バリアという発想自体、ISにとっては珍しいものではないのだから当然だ。ISを守る絶対防御においても、シールドバリアにおいても似たような機構を用いている。それらから派生させてバリアを生成できる兵器が作られていたからと、驚くほどことではなかった。

 

 だが、現状においてそれはあまりいい報せではなかった。

 

 先の脱出の際にも問題となったが、玄兎の『玄武』と楯無の『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』は他のISと比べて火力が低い。そもそも開発のコンセプトとして火力を必要としない思想であったために、この二機には必要最低限の火力しか積まれていなかったのだ。

 しかし、バリアという兵器を相手取った時に有効なのは高火力武装による一点突破。バリアの強度を超えるだけの破壊力のある一撃だ。近接武装による斬撃や打撃などではよほどものではない限り、それを破ることはできないだろう。

 

 一夏の『零落白夜』のようにバリアそのものを無効化できる手段があるのなら話は別だが、当然楯無の『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』にも『玄武』にもそのような兵器も能力もない。

 

「なぁに、心配なんかいらねえよ」

 

 瓦礫を押しのけ、玄兎が再びその姿を現す。

 

「どんなに強い武器だろうが、機械だろうが、弱点ってのは必ずあるもんだ。人間と同じ、完璧なものなんて存在しねえ。その穴さえ見つけることが出来れば、後はその穴を突いてやればいいだけのことだ。簡単だろ?」

 

 ふてぶてしいほどに彼の面構えは毅然としていた。自分の言葉を心の底から信じている、そんな顔だ。

 

「簡単、ってよくも言うわねえ」

 

「あら、国家代表にも難しいことがおありで」

 

「そっちこそ、元軍隊所属っていう割にはあっけなく飛ばされちゃって、格好悪いわよ?」

 

「ふん、言ってろ。後で惚れ直したとかなんと言っても知らねえからな」

 

「――――ッ!? 惚れ直したとか、私まだ惚れてすらないんだけども!?」

 

「――――ッ!? ああ、そうかい! じゃあ、後で惚れましたとか言っても今更だかんな!」

 

 と、そんな二人の会話に割って入るかのように無人機が横薙ぎに熱線を放ってきた。全てを焼き尽くすような出力だが、二人にとって見れば当たらなければどうってことはないものである。当然、この一撃も回避していた。

 

「とりあえず、この話はあのお邪魔野郎を排除してからにするか」

 

「そうね。この作戦を成功させれば、あとはゆっくり時間が取れるだろうしね」

 

 再び武器を構え直し、突撃のタイミングを計る。

 

 動いたのは殆ど同時だった。

 

 前に出たのは玄兎だ。振り上げられる大剣を鈍く光る黒い大鎌で受け止め、それをISのパワーアシストと腕部のスラスターによる推進力で上へと弾きかえすと、その大鎌の柄から右手を離し突き出すように前へと押し出した。掌底のような構えだった。

 ここまで至近距離だと無人機のような巨大な武装は役に立たないはずだ。左右の武装は共に長大な図体をしており、それは同時に小回りが利きづらく、懐に入られてしまえば無力化される恐れがある事を示している。玄兎はそこを突いた。

 

「オラァッ!」

 

 気合いの一声と共に彼の掌から光が放たれた。しかし、光が見えたのは一瞬の内だけ。一秒もしない内に光は収束し、質量と指向性を持ったエネルギーへと変わっていった。

 爆発と衝撃波が同時に押し寄せ、零距離でそれらを喰らった玄兎はたまらず吹き飛ばされてしまう。空中で地面を転がるように何度も回転したところで器用に体を捻り、立ち上がった。そこはちょうど無人機が見下ろしてくるような位置でもあり、何だか見下されているような気分になった。

 

(またバリアかよ。強力なだけに突破するのは骨が折れるな)

 

 先ほどの攻撃には手応えらしい手応えはなかった。恐らく、前の攻撃同様にバリアを張られたのだろう。

 

「じゃあ、こっちはどうだ」

 

 大鎌を収納させ、代わりに玄兎が展開したのは先ほどまで持っていた大鎌を半分よりも小さくしたような鎌だった。しかし、ただの鎌ではない。その柄からは鎖のようなものが伸びており、先には分銅のような巨大な塊が取り付けられていた。いわゆる、鎖鎌という武器だ。

 展開と同時に玄兎の右手に巻き付くような形で鎖が現れる。得物の感触を確かめ、再度無人機へと突進していく。

 銃口が玄兎を捉え、光が迸る。視界を焼き尽くすような光の奔流は瞬く間に玄兎へと押し寄せ、その姿を呑み込もうとする。だが、それで易々と攻撃を受けるほど玄兎も甘くはなかった。

 軽快なリズムを刻むように、玄兎は上空から斜めに放たれる光の奔流を無人機へとではなく、正面へと直進することによって回避する。正面、つまり無人機の真下に滑り込むように機体を加速させたのだ。玄兎と無人機の位置関係はちょうど玄兎が無人機に対して斜め下になるような形である。そこからの銃撃となると、当然玄兎が真っ直ぐに突進しているのだから斜め下に向かって撃たれることになる。つまり無人機の真下、玄兎から見れば上空ではなく正面のスペースは死角となるのだ。玄兎はそこに入り込み、攻撃を回避した。

 

 三度、加速する。狙うは脚部。少しでも多く無人機にダメージを与えることが出来れば、何らかの活路を見いだせるかもしれないという思惑が玄兎にはあった。そのためにもまず、機体の中で一番無防備な脚部を狙うのだ。上半身は武装が集中していて、かつISのエネルギー源ともなっている核が収納されている場所でもある。装甲は当然のように分厚く、バリアのような防御機構まで備わっているため攻撃力に欠ける『玄武』ではまともにダメージすら与えることはできない。それに対し、脚部は比較的に装甲が薄くなっている傾向にあるのが前回の戦闘でも確認されていた。

 

 刃が無人機の脚部を抉ろうと迫る。無人機はそれを避けられぬと判断すると即座に対処の仕方を回避から迎撃へと変え、その巨大な銃身の照準を玄兎へと向けた。この際、脚部の損壊は厭わない。脚部は切り捨て、接近してきた玄兎もろとも高出力の一撃で焼き尽くす。

 

 二機が交わったのは数秒にも満たない時間だった。だが、その僅かながらの間にも事態は着々と動いていた。

 

 玄兎がその動きを唐突に止めたのだ。攻撃を寸前のところで制止し、留まったのである。

 そんな彼の行動にさすがのAIも一瞬の混乱を期した。しかし、即座に攻撃続行を断じた。構うものか。どのみち、この攻撃が通れば同じこと。AIは機械的な思考で、単純にそう結論付けた。

 暗く、深い地獄に続く穴のようなその銃口に光が灯り始めた。もはや、玄兎が撃墜されるまで秒読みだ。これをかわすことなど出来るはずがない、確実に墜ちる――――はずだった。

 

「――――玄兎ッ!」

 

「構うな! やれ!」

 

 背後から凄まじい勢いで接近してくる機影が一つ、楯無だ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって急加速した楯無は蒼流旋(そうりゅうせん)の槍先を無人機に向けていた。無防備に晒されている背部への刺突の構えだ。しかし、無防備とはいえ先の玄兎による攻防によって無人機背部にはバリアを発生させる機構が備わっていることがわかっている。生半可な攻撃では弾かれるのがオチだが、今の楯無のこの一撃には瞬時加速による加速力が付加されその威力は跳ね上がっているはずだ。

 しかし、無人機も無反応という訳にもいかない。勿論、楯無が加速に入ったその瞬間からその視界にはその姿を捉えているが、今まさに玄兎への攻撃行動の真っ只中なのだ。既に引き金は引かれてしまっている。いまさら取り消すことなど出来ない。照準を変更しようにもあの加速ではこちらが振り向く前にこちらへ攻撃が届いてしまう。

 

 だが、機械仕掛けの思考回路にとってそんな単純な解を導き出すことなど一秒とてかからなかった。

 

 腕を犠牲にしたのだ。刺突を回避できず、また攻撃の中断も行えない。その状況下で下した判断は近接での攻撃力を犠牲にして、攻撃を逸らすというものだった。

 

「なッ……!?」

 

 水がうねり、渦巻くように槍の先端へと収束している。水で構成された槍。それが無機質な機械の肉体を貫き、人間の二の腕に相当する部分を破壊していた。

 火花が舞い、破壊ヵ所から静電気がぱちりと音を立てる。爆発は小規模なもので楯無にダメージを与えるほどではなかったが、確実に無人機の腕を粉々に粉砕した。

 だがしかし、無人機は稼働を停止していなかった。腕の一本や二本、壊されたところで機能が停止するほどやわな造りではないらしい。玄兎への攻撃は実行されようとしていた。

 破壊はそれから瞬く間に訪れた。光の槍ともいうべきエネルギーの奔流が真下にいた玄兎に突き刺さり、彼の体を重力に背かずただ下へ下へと追いやっていった。

 空気を焦がし、空間を焦がす。地へと突き刺さっても、それは灼熱となって地べたを焼いた。

 

 それに楯無の無言の悲鳴が重なった。

 

 あの一撃をもろに喰らってしまった。あれだけの広範囲に破壊を及ぼす一撃を、ガードしたとはいえ至近距離で受けてしまえば如何に玄兎とはいえ無事ではいられないだろう。絶対防御があるとはいえ彼自身へのダメージも相殺されているわけではないのだ。

 舞い上がった瓦礫と塵、そして熱波による黒煙が辺り一帯に漂う。その中心に玄兎がいるはずだが、その姿は塵煙に隠れうかがい知ることはできない。

 その真上に位置する場所でその光景を見下げていた無人機が、次の標的といわんばかりに楯無にその首を向けた。生命の鼓動を感じない、あの冷たい眼が楯無を見ている。

 

 ――――来る!

 

 直感的にそう感じた楯無は即座に迎撃の態勢をとったのだが、その直後ハイパーセンサーが捉えた熱源は無人機からではなくその真下、いまだ煙渦巻くその中心からであった。

 黒煙の中に一筋の閃光が奔った。その光は一直線に無人機めがけ直進し、回避が間に合わなかった無人機の片足を呑み込んだ。再び、爆散した四肢が欠片が塵となって空に散っていき、無人機がその不格好な姿を晒した。

 

「危ねえ、危ねえ。さすがにあれだけの威力をもろに喰らっちまったら、いくら玄武でももたなかったぜ。こいつの改修費、馬鹿にならないんだよなぁ」

 

「玄兎……!」

 

 先の一撃の余波で煙が晴れていき、徐々に彼の姿が見えていく。

 

 それは異様ともいうべきものだった。

 

 一度目にしたことがある楯無ですら、再度目にして言葉を失った。

 

 煙幕の中から現れたのは先ほどまで楯無とともに戦っていた『玄武』の姿はなかった。

 そこにあるのは黒だけだ。

 ついさきほどまで玄兎がいたであろう場所に立っていたのは、ゆらゆらと風に揺らめく黒い衣を羽織った一機のISだった。

 かろうじてそれがISだということが認識できるのは、『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』のハイパーセンサーがその機体を認識していたからだ。その機体は『玄武』だった。

 

「まったく……〝衣〟まで使う羽目になるとは、つくづくお前は面倒なもんを残してくれたもんだな」

 

『だってだって~、束さんは天才なんだもん! 暇を持て余して、ちょいちょいっとあんなものを作るのはしょうがないんだぞ?』

 

「へいへい。天才さんはスゴイデスネー」

 

『やったー! くーくんに褒められた!』

 

『馬鹿やってないで、ほら師匠。ちゃんとやってください』

 

『ちぇー、ナギちゃんの意地わるぅ』

 

「うんなことより、さっさと解析結果を聞かせろ」

 

 楯無と玄兎の秘匿通信に割り込んできた回線から、なんとも場違いな喜色を帯びた声が聞こえてきた。

 

 その声に楯無は聞き覚えがあった。

 

 一つは玄兎の仲間であるナギという少女。先程も玄兎とひっきりなしに通信をしていたのだが、もう一人の喜色を声は少女ではなく大人の女性のものであった。

 間違えるはずがない。この世界で恐らく、今最も有名であり世界中の国々がその消息を追っている人物。

 

『へへんーだ。この篠ノ之束さんにかかれば、ルイスが作った無人機ごときの弱点なんてあっという間に見つけちゃうもんね』

 

「それで?」

 

『見つけたよー。それもそれもごくごく単純なものだったから、すぐに見つけられた。どう? すごいでしょ、褒めて褒めて』

 

「帰ったらな」

 

『やったー! くーくんとイチャイ――――――』

 

『ごめん。回線切っておいたから』

 

「いや、ナイスだ、ナギ」

 

 何故、あの人たちはこの緊迫した戦場であのような漫才をしているのだろうか。

 楯無の胸中に最初に浮かび上がってきたのはそんな素朴な疑問だった。さっきまでとは打って変わって、まるでここがいつもと変わらないリビングであるかのような緊張感の欠片もない、余裕のある緩い会話。何故、あの人たちはこんな状況でそんなことが出来るのだろうか。これも場数の違いというものなのだろうか、それともただ単に彼らが緊張感を持ち合わせていないだけだろうか。

 

『も~う! 割り込んだ回線から突然追い出すなんて、ナギちゃん酷~い! おかげで十秒ちょっとまた入り込むのにかかったじゃん!』

 

「それで何かわかったか?」

 

 拗ねるような声を漏らす束に玄兎はため息交じりにそう言った。これ以上彼女の相手をしていると、本題に入るのが遅くなると感じたのだろう。

 

『当然だね。束さんにかかれば、あんなおもちゃ。一発だよ』

 

 声色が変わる。先程までのおちゃらけた雰囲気が一変し、急に冷え冷えとしたものになった。その変わりようはまるで猫の皮を被っていた虎が、その皮を破り捨てその狩人としての本性を剥きだしにしたかのようであった。

 彼女の本質はむしろこちらなのだろう。あの時と同様に楯無にそう思わせるだけのものが、今の束にはあった。

 

「じゃあ、期待しているぜ……天才さん?」

 

 玄兎がそう言うと、束は幾分かその棘を収め、

 

『うん。大丈夫』

 

 朗らかな笑みを浮かべたのだった。

 

 

    *    *    *

 

 決着がついた。その感触が確かにあった。手の中で震える刀が獲物を捉えた感触を伝えてくる。寸分の隙も見逃さず、宗玄は敵を斬った。その刃が彼女の身体に触れる手前、最後の抵抗とばかりに彼女のISは『絶対防御』を発動させていた。おかげで切れ味が少々落ちてしまっている。傷も出血とその深さはあるが、致命傷とまではいかない。

 

 しかし、これで彼女の敗北は決定した。

 

「終わりだ」

 

 と、宗玄は刀を納刀した――――その時だ。

 

 突然、彼のISがけたたましい音を鳴らしたのだ。ハイパーセンサーと呼ばれるISに備わっている機能一つ、その役割の一つに敵機の攻撃を感知するというものがある。そして、今鳴り響いている音は敵がこちらに照準を合わせたことを操縦者に知らせる、いわば警告音であった。

 宗玄が反射的に刀に柄へ手を伸ばし、視線をその姿勢を維持できず落下していく鈴音に合わせた。

 

 彼女は笑っていた。血に濡れた顔を引き攣らせながら、彼女は小さく口を動かした。

 

「終ってないわよ」

 

 その言葉ははっきりと宗玄の耳に届いた。そして、同時に彼の身体を不可視の砲弾が襲った。

 赤備えの鎧が砕かれ、絶対防御すら貫通したダメージは操縦者本人へと流れ込む。最大出力の衝撃砲は凄まじい破壊力を以て、その鎧武者を射抜いた。

 刀を抜く暇さえなかった。

 完全に沈んだと思っていたのだ。あの時、あの一撃で終わっていた、そう思っていた。

 だが、違った。彼女は諦めてはいなかったのだ。せめて宗玄に一撃を喰らわせるため、自身の最後の力を振り絞って引き金を引いたのである。

 

「まさに、イタチの最後っ屁ということか。くくっ……これはしてやられたわ」

 

『胸部装甲:破損 本体ダメージ:大 戦闘続行不推奨』

 

 さすがの宗玄もこれには堪えた。不可視の砲弾によって射抜かれたのは胴だ。肋骨の数本は折れ、内臓までダメージが届いてしまっている。しかし、いくら無防備になった瞬間を狙われたとはいえ、この威力ではたとえ防御していたとしてもその衝撃を完全に防ぎきることはは如何ともし難かったであろう。

 

(……ただの空気砲と侮っていたわけではないが、この威力、下手すれば死んでいたかもしれん。ルイスの忠告通り、どうやら武装に関してはこちらと相違ないようだな)

 

 本来、競技用のISに使われる兵器には威力制限というものが課せられている。ある一定以上の出力で相手を攻撃してはならないという規則だ。これは相手操縦者の身の安全を確保するために設けられたものである。だが、表向きには競技用とはいえ各国の思惑としては他国に対する抑止力という側面も持ち合わせていた。優秀なISを開発できる国は即ちそれ相応の軍事力を持つ国ということでもある。言わずもがな、各国が威力制限に則った武装を作ることはなかった。

 そのため競技用のISには本来ならば軍事用として利用できるほどの威力を備えた武装がふんだんに使われている。勿論、これは正確には規定違反であるが、元々の威力制限の目安というものが『その攻撃による操縦者へのダメージが致命傷及びに即死に至る可能性があるもの。または人体への影響が著しく高いもの。毒針などのIS本機ではなく、操縦者本人のみを対象とするもの。ISの操縦者の安全及びに操縦者保護を目的とする機能を故意に停止、または破壊する武装の競技中の使用を禁止する』というISの競技規則を基にされているものであり、明確な数値やデータで定められたものではなかった。元も子もない言い方をすれば、競技に使用した際に操縦者への過度な傷害を与えるものでなければいいのである。

 

 『甲龍』の衝撃砲もまたその例外ではない。その衝撃砲を出力の制限も関係なく、最大の威力で叩き込まれたのだ。ましては防御の構えすらとってはいなかった宗玄にとってその一撃は、痛烈なものであっただろう。

 

「だが、これしきでこの俺が止められると思っているのは大間違いだ、凰鈴音」

 

 口の端から血を滴らせながら、宗玄は再度柄を握った。

 加速し、抜刀の構えに入る。その間、口から大量の血が吐き出されたが宗玄は構うことなく鈴音に向かっていく。

 刀を抜き放った。煌めく凶刃が鈴音に迫り、止めを刺そうとする。

 

 しかし、それとは別に、

 

「鈴ッ――――――!」

 

 上空から超高速で迫ってくる影があった。

 何にも染まりきっていない白き身に、何者をも切り裂く光の刃を手にし、それは飛翔していた。

 

「させるかッ」

 

「ふんぬッ!」

 

 宗玄が抜き放った刃を掲げ、振り下ろす。そのタイミングを見計らっていたかのように、その男は鈴音の身体を抱きかかえると、片手で宗玄の斬撃を受けた。

 空気が軋んだ気がした。如何に宗玄が重傷であるとはいえ、その一振りに籠った念ともいうべきものは彼に恐るべき攻撃力を与えていた。それこそ一瞬、空気が軋んだと錯覚するほどの衝撃をもたらすほどに。

 

「グッ……ッ!」  

 

 このままでは押し切られると判断したのだろう。男は受け止めていた宗玄の刀を右方に流すと自身はその逆、左方に身をよじり鈴音を庇いながら逃げた。

 

「中々、良いタイミングで来るな。お前は」

 

「てめぇ、鈴に何しやがった!」

 

「なに、久々に楽しめたのでな。少々やり過ぎてしまった」

 

「この野郎……ッ」

 

「しかし、久しぶりだな、織斑一夏。こちらでいえば、つい先日ぶりなのだろうが」

 

 見るからに深い傷を負っている宗玄だが、その様相はそれを感じさせないほど余裕綽々だ。

 一夏と宗玄がこうやって対峙するのはつい先日に起きたショッピングモールでの一件以来だった。しかし、あの時のことを一夏はおぼろげにしか記憶していない。正確には妖刀と戦い、傷を負ったところまでは鮮明に憶えている。だが、それ以降の記憶が靄がかかったように見えづらいのだ。断片的とも言い難いその記憶の中で、唯一はっきりとしているものがあった。

 

 それはある男の顔。獣のように獰猛で、ぎらついた双眸。屈強な体を持ったあの男、柳生宗玄の名と姿だ。

 

「ああ、はっきりと覚えているぜ。柳生宗玄」

 

 他の記憶が曖昧なだけに、余計にそれが濃く記憶に刻まれているのだろう。

 

 そんな一夏の恨みの籠った言葉を聞き、宗玄は突然に笑い出した。

 

「やはり、そうか。あの男同様、お前もまた困ったものに好かれたものだ。しかし、そのおかげで今もお前は俺の名を記憶にとどめている。感謝せねばな」

 

「……何の話だ」

 

「いや、なに。あの気分屋の神にも、偶には感謝してやらねばならないという話だ」

 

「だから何を言って……!」

 

 彼の言葉の真意を理解できず、一夏が困惑する中で彼の腕に抱かれていた鈴音に動きがあった。微かにだが声が漏れる。「い、いち……か?」弱り切った声だった。一夏は「ごめん」と一言謝ると、

 

「待たせた、鈴」

 

 それを聞いた鈴音は弱々しく笑みをつくり「大丈夫だ」と力なく言うと、糸が切れた人形のように意識を失った。恐らく、絶対防御の救命領域対応が発動したのだろう。全てのエネルギーを防御に回すことで操縦者の命を守るこの状態は、同時にISの補助を深く受けた状態になる。そのためISのエネルギーが回復するまでの間、操縦者は昏睡状態に陥ってしまうのだ。

 

 だが、それでも負った傷が塞がるわけではない。外部からの攻撃をシャットアウトしたところで、既にある傷を癒すことはさすがに不可能だ。鈴音の場合、特に胸のあたりからの出血が酷かった。彼女を抱える一夏の手もみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 

 彼女のそんな痛々しい姿に一夏は思わず目を逸らしてしまった。そして、この事態の元凶である宗玄をもう一度睨む。

 

「そんな顔をするな。強者同士の決闘は、双方命がかけられるのが常だ。命を天秤にかけ、己の腕を振るう。敗北は一切において死だ。その小娘もそれは心得ているはず……今回は俺が勝ち、生き残り、小娘が負け、そして死ぬ。それだけよ」

 

「何が決闘だ! 勝手に襲ってきたのはお前だろ!? 命を懸けるように強いたのはお前らの方だろ!? それをお前らはそれが当然のように……ッ!」

 

 間に合わなかった歯がゆさと、宗玄のあまりにも時代錯誤な物言いにさすがの一夏も頭に血が上った。

 

 そもそもこの男には一夏自身、良い印象を持っていない。記憶自体はおぼろげなものではあるため、その印象がどこから来たものなのかは分からないが、とにかく一夏はこの柳生宗玄という男を快く思っていなかった。そのためか今の一夏はいつも以上に感情が沸き立っている。

 だが、そんな一夏の言葉にも宗玄は顔色一つ変えない。

 

「……理解できぬのも無理もない。俺とて、己の大事な人間がそのような目に合えばお前のように冷静さを失うだろう」

 

「じゃあ、なんで……ッ!」

 

「だが、それが〝戦う〟ということだ」

 

 毅然とした言葉だった。

 

「敵があり、武器を持ち、相対する。互いの正義と信念を以て、敵の信念を否定し、悪だと断じ、斬り合い撃ち合う。たとえ敵が善人だとしても、家族がいたとしても、そこに立つことが意に沿わぬことであっても――――奪い合うしかないのだ、片方の命が尽き果てるまで」

 

 それが戦うということ。

 

「弱ければ死に、強ければ生き残る。それは自然の摂理で、生物が生まれてから一度も狂ったことなどない。この理不尽な世界で、武器を持った者を前にして、武器を取り立ち向うということは、一つの例外もなく〝戦う〟ということなのだ。生と死を奪い合うということなのだ。――――――織斑一夏、一つだけ覚えておけ。お前の感じる理不尽は、お前の理屈の上の話でしかない。俺たちからすれば筋の通った理屈なのだ」

 

 獰猛な笑みが、声が静かに漏れ出ていく。

 

「この先、お前が大切な誰かを守りたいと願うのなら……お前自身が理不尽になるしかない」

 戦うことを決めたなら。理不尽な暴力を前に伏せず、抗おうとするのならば――――そして、そうすることで大切な誰かを守りたいのならば。

 

「敵は全て殺せ。味方なら全力で生かせ。温情は捨てろ、同情はするな」

 

 

 ――――――――さすれば、お前は何も失うことのない鬼になれるだろう。

 

 

 宗玄のその言葉を一夏は呆然と聞き入れ、その言葉の意味を、隠されている意図を読み取ろうとした。

 

 だがその直後、二人の間に割って入ってきたのは相も変らぬお嬢様然とした挑発的な言葉であった。

 

『何を言っているのかと思えば、戯言でしたとは。美しくはありませんね』

 

 一斉に二機のISが側方からの銃撃を察知した。二人の動きは殆どが反射によるもので、一夏は抱えた鈴を守るように後方へ、宗玄は痛みに顔をしかめながらも最小限の動きでその光線をかわした。

 

 宗玄の眼前を一筋の閃光が奔る。紙一重の回避、あと一瞬でも反応が遅れていれば直撃。

 

 そこで彼は気づいた。避けた先、回避された光が進んでいった先に見えた鈍色の物体に。円筒状のそれは二人から少し離れた場所で、誰もいないはずのところを飛んでいた。照準はこちらではない。何しろ、警告音はまるっきりなかったのだ。それは誰もいない場所へと撃ち込まれたのだった。

 

 そして、その物体に宗玄の回避した光線が吸い込まれるように着弾し、爆発。誘発された爆発はまるで計算されたかのようにその衝撃波を宗玄に向け、彼を押しやった。

 

『完璧ですわね』

 

『……ナイスショット。お、オルコット……さん』

 

「セシリア……! それと、えーと……」

 

『――――更識簪』

 

「そうそう、簪!」

 

 紅葉の衝突によってひしゃげているピットとは別のもう一方のピットから顔をのぞかせているのは、一夏も良く知っている顔ぶれだった。一瞬、簪の名前を忘れかけていたがそれ以外は一夏も胸をなでおろした(対面する機会は何度かあったものの、きちんとした自己紹介もなく、クラスも遠かったため記憶に残りづらかった)。とりあえず、彼女らの無事は確認できたのだ。残るは箒たちだが、この状況では確認のしようもない。今は目の前の状況を片付ける方が先だろう。

 

「凰さんは……ッ!?」

 

 飛んでくるなり簪は一夏に抱きかかえられている鈴音に視線を移し、言葉を失った。

 目を逸らしたくなる光景だった。深々と斬り込まれた胸からは今もなお出血が続き、数十分前までは快活な笑顔を見せていた顔は苦しげに歪められている。顔も出血による貧血で真っ青になっていた。

 嘘であってほしい。瞬きをして次に目を開けたらそこはいつも通りの自分の部屋で、全ては夢で鈴音も玄兎も楯無も、全員がいつものように「おはよう」と優しげな笑顔で言ってほしい。そして、こんな夢を見たことを笑い飛ばして貰うのだ。

 

 ――――――でもこれは現実だ。実際に、自分の目の前で起きている紛うことなき現実なのだ。

 

 だから、簪は逸らしたくなる目を必死に堪えた。

 ここで逃げたら、鈴音に笑われる。怒られる、馬鹿にされる。

 彼女が傷ついたのは逃げなかったから。最後まで戦ったから。胸の傷は、敵に背を向けなかったから。 

 なぜ鈴音はそこまでして、戦ったのか。

 簪には理解できた。

 逃げることは弱さだ。

 弱いから逃げるのではない。

 逃げるから弱くなるのだ。

 鈴音は弱くなりたくなかった。強くなりたかった。誰にも負けない強さを手に入れて、一夏の隣に堂々といたかった。ただそれだけだ。

 故に最後まで抗った。

 

 ――――――そこまで頑張った凰さんを前にして、私だけ逃げるなんてこと出来ないよね。

 

「……凰さんをピットに連れていきます。そこで、お、応急手当てを……!」

 代表候補生はその性質上、非常時においてどのような対応、対処しなければならないかという訓練がある。ISは兵器であり、下手をすれば一機で一つの軍隊を壊滅させることが出来る代物だ。故にそれを携帯し、扱う代表候補生には有事の際に素早く行動してもらわなければならない。そのためセシリアも簪もこの状況下であっても、比較的に冷静な判断を下すことが出来ていた。

 

 今現在の優先事項は負傷者の応急処置と退避である。

 

「私は、凰さんの手当にあたるから……オルコットさんと、織斑君はあいつを、お願い」

 

 簪が睨みつけるように見たのは先ほどの爆風によって少しばかり離れた位置に飛ばされた宗玄だ。もうもうと広がっていた煙幕の中から姿を現す鬼人の姿を目にし、簪はさらに目じりを吊り上げた。

 

「なるほど、わかりましたわ。では、ここからはわたくし達があの野蛮人の相手を務めます。いいですか?」

 

「ああ、どのみち俺はあいつを殴らねえと気が済まねえ」

 

「これで決まりですわね。しかし、くれぐれも無茶は謹んでください。わたくしがフォローできるとも限りませんので」

 

「了解ッ!」

 

 一夏の力強い返事を聞くと、セシリアは宗玄へと向き直る。それを見届け、簪はすぐに鈴音を抱きかかえるとピットへと向かった。

 

「なるほど。あの最初の銃撃とその前の口上はフェイク……本命は端から俺の背後に撃ち込んでいたミサイルで、俺にかわされることも考慮しての一撃だったというわけか。面白い」

 

 寒気がするような笑み。まるで野生の獣のような、血に飢えた表情である。

 

「賞賛はわたくしではなく、もう一人の方にお願いできます? わたくしはただ低速で飛行するミサイルを撃ち抜いただけですので」

 

「意外と謙虚なんだな、セシリアって」

 

「意外は余計ですわよ?」

 

「だって、普通なら自分ならこれぐらいのこと朝飯前ですわ、ってぐらいなことは言いそうなんだが」

 

「他人の手柄を横取りするほど、わたくしも落ちぶれてはいませんわ」

 

 一夏の失礼な横やりを自然に受け流したセシリアは、その手に愛銃を呼び出した。

 

 構え、照準を定める。

 

「さぁ、行きますわよ?」

 

 引き金に掛けた指を二度、手前へと引いた。実弾銃とはまた違うマズルフラッシュの光が、銃口から漏れる。そこから放たれた光の弾丸は真っ直ぐに敵の脳天をめがけて直進していく。

 敵は動かない。動こうとしない。まるでセシリアの一撃をその全身を受け止めるかのように、その場に留まり、身じろぎすらしなかった。

 

 その訳はすぐに判明した。

 

 彼の隣に佇んでいた二機のIS。そのうちの一機が彼を護るように射線上へと出てきたのだ。

 

 身代わりかともセシリアは思ったが、どのみちこの間合いでは防御も追いつかない。これで一機、確実に墜ちた――――そう判断した、瞬間だった。

 

 その機体を貫こうとしたレーザーの光が突然、弾かれたのだ。

 

「バリア兵器ッ!?」

 

 予想外なものの登場にセシリアは驚きを隠せない。確かに一昔前までは架空の兵器であったバリアは、現在においては確立された技術体系によって実在している。ISのシールドエネルギーや絶対防御などはその典型的な例だろう。だが、兵器として活用するにはいささか欠陥が多く、展開を維持するだけでも馬鹿にならないエネルギーが必要だったはずだ。ISでさえ、常時展開は不可能だし、シールドバリアは突破しようと思えば簡単に突破できる。絶対防御も使えばエネルギーを多量に持っていかれ、且つその名の通りに絶対に攻撃を通さないという訳でもない。鈴音が受けたようにそれすら突破する威力があれば、操縦者を直接攻撃することだって可能なのだ。

 そういった欠陥があって、今までどの国もバリア兵器というものをISに実装しようとはしなかった。むしろ出来なかった。運用とコストとそれがもたらす結果があまりにも見合っていなかったからだ。

 

 故に知識だけは持ち合わせていたセシリアも、ここでの登場は予想だにしなかったのである。

 

「――――どうやら時間切れのようだ。俺としてはお前たちともやり合いたかったが、それは次の機会へととっておくことにしよう」

 

 宗玄を守るようにして二機のうち一機が前に、そしてもう一機が肩を貸すように彼を支えていた。

 

 どうやらこのまま退却しようという魂胆らしい。一機を殿として残し、もう一機で負傷した宗玄を援護しながら離脱を図る。なるほど、セオリー通りの戦略だ。そして、この状況下では最も的確な判断である。

 

「させませんわッ!」

 

 だが、それは裏を返せば戦略的撤退をせざる得ない状況に追い込まれているということ。敵にとっての窮地は、こちらにとっては好機だ。

 

 撤退を始めたとみるなり、セシリアは即座に迎撃へと行動を移した。

 

「ブルーティアーズ!」

 

 銃身の長いライフルを構えている暇はなかった。腰部から複数のビットが飛び立ち、一斉に照準を宗玄へと定め、その銃口から眩い光を放ったのだが、

 

「バリア……ッ!」

 

 攻撃が弾かれたのを見ると、セシリアは思わず顔をしかめた。想像していたよりも反応速度が速い。全身を覆っている装甲と武装により巨大化した全体からは俊敏さの欠片も感じさせないが、どうやらその体躯だけでその性能を見積もるのは早計のようだ。

 

 しかし、攻撃はこれで終わりではない。

 

「――ッ!」

 

 疾駆する機体は彼らの真後ろの位置についていた。手に握る唯一の武装、雪片弐型を構えた。セシリアの斉射によって生まれたこの隙を一夏は見逃していなかった。無防備に背を晒している宗玄と無人機に対し、雪片の光の刃を横一文字に振るう。

 

 だが、まだ甘い。

 

 一夏の刃が振るわれようとした瞬間、それを察知した前方の無人機が凄まじい速度で一夏に迫ってきた。スラスターの逆噴射による急加速と、人体構造を無視した出鱈目な動きでこの隙を一瞬にして埋めてきたのだ。一夏の身の丈ほどもある大剣と雪片の光刃がぶつかる。

 衝突による衝撃が一夏の身体を揺らす。同時に手に伝わってくるのは鍔迫り合いによるびりびりとした痺れだった。

 

 重い。この無人機が閃かせた剣はまるで熟練の剣士のような斬撃だ。押し込めない、押し返される。

 ついに耐え切れなくなったのは一夏の方だった。一旦、鍔迫り合いの状態から剣を弾き、無人機と距離を取った。

 

「なんだよ、あの動き! 無茶苦茶だぞ!?」

 

(無人機ということは聞いていましたが……これはブルーティアーズと比較しても中々)

 

 ここに来るまでの間、セシリアはあらかた簪から今現在の状況というものを知らされている。無人機のことを聞かされたときは驚きもしたが、面と向かって対峙した今となってはむしろあれが有人機であると思うほうが無理な話だ。それよりもセシリアが驚いたのは、あの無人機の性能だった。先程の動きといい、機動力に関していえば第三世代のISにも匹敵する。そしてのあのバリア兵器と左右それぞれの巨大な武装、厄介というにはいささか度が過ぎているのではないのか。

 

「あれは無人機ですわ。ですから、先ほどのような人体構造を無視した動きをできますの。気を付けてください、ISの基本性能だけならわたくし達第三世代と同等ですわ」

 

「言われてみれば、無人機って感じはするよな、どことなく」

 

「理解が早くて結構ですわ」

 

「それでどうするんだ? あの動きだとたぶん、今からあいつら追いかけてもすぐ追いつかれるよな?」

 

「ですから、作戦変更ですわ。先程の殿方ともう一機の無人機の捕獲は諦め、最優先目標を目の前にいますこの機体に切り替えます」

 

 今から追撃しようとしてもどのみちこの無人機をどうにかしないことには何も出来ないだろう。無駄なエネルギーを浪費するだけだ。それならばいっそのこと目の前の無人機を捕獲し、敵の情報を少しでも得る方が賢い。それにこの無人機を突破し、宗玄に追いついたところでその先に彼らの仲間がいないとも限らないのだ。IS学園にこれだけの規模の襲撃を実行するような奴らだ、周到な計画と戦略を用意しているに違いない。この場合、無理に追撃するとかえって危険であるとセシリアは判断した。

 

 だが、そんなセシリアの考えに一夏は不満げだった。

 

「不満があるのなら、言ってはどうです」

 

「……鈴をあんなにしたあいつが許せねえ。あいつは根っからの戦闘狂だ、頭が狂ってる。そんなやつをこのまま放っておいたら、また誰かが鈴みたいになるんじゃないかって」

 

「要するに自分の知り合いがあんなことされて、怒り心頭ということですわね」

 

「……まぁ、そういうことだ」

 

「――――馬鹿ですわね」

 

「え?」

 

「ですから、馬鹿だと言ったのです。確かに凰さんをあのようにした方を、貴方は許せないでしょう。わたくしのプライドとしても、このまま好き勝手されてのこのこと帰すようなことさせたくありませんわ」

 

「だったら!」

 

「しかし、今は緊急事態。自らのプライドや怒り、憎しみに任せて行動していい時ではありませんの。ましては、まともに動けるのは二人のみ。わたくし達がやられれば、今度こそあの無人機は何をしでかすかわかったものではありません。今、第一に考えるべきはわたくし達の後ろにいる何百人という他生徒の安全であり、わたくし達の個人的な感情ではありません」

 

 ぴしゃり、とセシリアは言い放った。

 

 一夏の言いたいことも理解できる。セシリアも顔には出さないものの、その内心あの宗玄とかいう男に対しする怒りがふつふつと滾っていた。今すぐあの男の鼻っ柱をへし折りたい、そんな感情があるのは間違いない。だが、だとしても今のセシリアにはその感情を先行させることなど出来なかった。

 プライドがある。代表候補生としてのプライド、第三世代機を持つ者としてのプライド。それは今目の前の脅威を排除できるのは自分達を除いてほかにないという使命感にも似た感覚だった。

 

 そんな彼女の言葉を受けて、一夏はしばらく押し黙っていた。

 

「…………わかった。セシリア、やろう」

 

 力強い言葉だった。

 

 その言葉を聞き、セシリアはすぐさまライフルを構えた。

 

「男に二言はないですわよねッ!」

 

「当たり前だろ!」

 

 頷き、一夏は加速した。雪片を下段に構え、間合いに入った敵を逆袈裟掛けに斬りつけた。それを無人機は上段の構えから、大剣を叩きつけるような形で応じた。

 

 大気が爆ぜ、衝撃が一夏の頬を打つ。

 

 さらにもう一度の剣戟。二度、三度続けざまに剣戟が繰り広げられていく。

 

 そして、その剣戟の合間を縫うようにしてブルーティアーズによる援護射撃が無人機を襲った。八方から襲ってくる光の奔流を、無人機は精細な動きと人体では再現不可能な動きでかわし続ける。数発、回避が間に合わずその身に受けてしまったが、無人機は構わず再び間合いへ飛び込んでくる一夏を迎え撃った。

 また、剣戟。しかし、今度の展開は少し異なっていた。力に押し負けたのか一夏がその手から雪片を上空へと弾かれていたのだ。

 

「しまっ――――」

 

 一夏の視界を巨大な黒い穴が覆った。銃口だった。それはまるで黄泉のへと続く黄泉平坂のようで、一夏の脳裏に敗北と死という二つを過らせる。

 同時に一夏の危機を察し、セシリアがを『スターライトmk-Ⅲ』 の照準を無人機と定めた。が、脳裏を過ったのはバリアによって攻撃が弾かれた先ほどの光景だった。このまま攻撃したのでは恐らくバリアによってまた弾かれてしまう。だが、なにもしなかったら一夏が死んでしまう。

 数秒も経たない間にセシリアの脳内にはありとあらゆる選択肢と可能性が浮かび上がっていた。しかし、そのどれにもこの状況を打破できるものはなかった。

 

 セシリアが半ば苦虫を噛み潰したような表情をしかけたとき、異変は起こった。

 

 一夏と無人機との隙間、そのわずかに空いたその場所を何かが通過したのだ。両機は咄嗟に一歩、後ろへと下がる。

 それはまるで蛇がうねっているような形状をした剣だった。蛇腹剣と呼ばれる武器である。それが空から降ってきた、いや投擲された。

 

「今よ、セシリアちゃん! あのでっかい腕を撃ち抜いちゃって!」

 

「――――ッ!」

 

 呆然と今起きたことを理解しようとしていたセシリアに、唐突にそんな言葉が届いた。そして、その言葉の意味を理解するよりも早く、セシリアの身体は動いていた。それは既にセシリアの身体に嫌というほど沁み込んだ条件反射のようなものだった。

 

 トリガーが引かれ、撃ちだされた光の弾丸が無人機の腕部に着弾、その巨大な銃身を穿った。風穴を開けられた銃身は火花を散らし、派手な爆炎を伴って爆散する。

 

「うーん、お見事。さすがはセシリアちゃん」

 

 そう言ってセシリアの隣に降りてきたのは更識楯無、IS学園唯一の国家代表でありロシアの第三世代機を専用機に持つIS学園生徒会長であった。

 

 彼女は地面に刺さっていた蛇腹剣を抜きながら、片腕から煙を吐く無人機へと目をやり、満足げに頷いた。

 

「にしても、まさか本当に撃ち抜けちゃうとはねー。自分で言っておいてなんだけど、お姉さんびっくりしちゃった」

 

「まぁ、はぁ……」

 

「楯無さん……」

 

 無責任な、とは思わない。彼女その助言によって一夏が窮地を脱することが出来たのもまた事実だ。咄嗟のことで偶然も重なったとはいえ、結果的には楯無の言葉に従ったことは正しかったのである。結果良ければすべてよしとまでは二人も思ってはいないが、少なくともそんな彼女の無茶ぶりをここで指摘するような真似は一夏もセシリアもしなかった。

 

「だけど、ギリギリで間に合って本当に良かった。私がもうちょっと遅れてたら、ちょっと危なかったんじゃな~い?」

 

「全然間に合ってませんでしたけどね。ギリギリセーフかアウトの境目でしたからね」

 

「むしろ、わたくしが照準を合わせていなかったら間に合わなかったですから、アウトですわ」

 

「君たち、もしかしてお姉さんのこと嫌いなの?」

 

 なんて会話をしているも束の間、「うーん、やっぱりあの程度じゃ倒されちゃくれないわよね」楯無が苦笑しながら見遣るのは、片腕になりながらも依然として戦闘態勢を崩そうとしない一体の機械仕掛けの兵士だ。感情を宿していないはずのその双眸からは、まるで生きた人のようなむき出しの敵意が伝わってくるかのようであった。

 

「やる気は十分ってところかしらね」

 

 しかし、そんな異質な迫力に晒されてもなお楯無の顔には余裕の色すら見える。「随分と余裕がおありなのですね」というセシリアの問いが訝しむような言い方になるのも当然だろう。数的な優位に立っているとはいえ、敵の性能はまだ未知数。主力武装であろう武器の一つを破壊したとはいえ、どんな隠し玉を持っているのかもわからないのだ。あのバリアも健在である以上、この状況を素直に楽観視することは出来なかった。

 

 しかし、そんなセシリアの言葉に楯無はこれまた余裕の色をにじませた表情でこう言ってみせた。

 

「大丈夫。お姉さんにはとーっても凄い秘策があるからね」

 

「ひ、秘策……ですか?」

 

「そう、ちょっとあの調子に乗ってるあいつを懲らしめられるとーっておきの秘策がね」

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