IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第三十三話 一寸先の未来をがむしゃらに

「なるほど……確かにそれが事実ならば、まだ手の打ちようはありますわね」

 

「でもそれって何だか拍子抜けだよな。考えてみればまず最初に思いつきそうなもんだし」

 

 この弱点を知らされたとき、セシリアと一夏はそれぞれ違う感想を浮かべた。

 

 セシリアは盲点だった、と己の間抜けさと未熟さを悔い、対して一夏はむしろ肩透かしを食らったような気分になった。

 それほどまでに楯無から聞かされたあの兵器の弱点というものはシンプルで、単純なものだったのである。セシリア達はそれを勝手に誤解し、複雑に考えすぎていただけだったのだ。

 

 固定概念と先入観は物事の本質を見失わせ、穿てる目を曇らせる。

 どの国も実現できていなかったISの独立稼働による無人機を実戦に投入できるまで完成させている敵の技術を、セシリア達は高く見積もり過ぎていたのだ。あれほどの技術を持っているのならば、バリア兵器に至っても既存の欠陥を克服しているのではないか――――そんな期待のような先入観がセシリア達から真実を遠ざけていた。

 本当はもっと浅い場所にあったものだ。それを勝手に深い場所へと求め、気付かず見つけられなかった。

 

 ただ、それだけのことだったのだ。

 

「でも、そう悲観することじゃないわよ? 私だって最初は気付けなかったんだから、これに」

 

 苦笑するような表情。どうやら彼女も二人と同じように、この事実に足元をすくわれかけたらしい。

 

「よくよく考えてみれば、あれを普通のISを基準にして考える方がどうかしているわ。人が乗って、初めて起動できるISを無人でしかもAIが操作しているという時点で、土台が違ったのよ」

 

 冷静になればわかることだ。

 自分たちが駆っているISと対峙しているISはその根本が同じであるものの、それを構築しているのは全く似て非なるものである。人を乗せることを前提にして作り上げられた機体と、操縦者を必要としない無人機として開発された機体では当然のようにそのコンセプトが違う。

 バリア兵器の欠陥はその使用におけるエネルギーの莫大な消費だ。ただでさえ競技に使用されるISはその莫大なエネルギーにリミッターをかけられている。そんな中で割に喰わないバリア兵器を実装させるのはあまりにも現実的とはいえなかった。見も蓋もないことだが「攻撃に当たらなければ必要がない」とはとある国家代表の弁であるし、「絶対防御とシールドバリアもあるのに、これ以上付け加えても意味があるのか」という意見が技術者や開発関係者からも上がっていた、最終的には「開発コストがかかるくせに、あまり使えるものではないから開発は止めにしよう」ということで落ち着いたのである。

 

 ともあれ、それは有人機に限った話であり、無人機でとなるとまた違った様相を呈してくる。

 無人機には人が乗っていない。つまり、有人機では考えられないが操縦者の身を守るための措置を講じる必要性がなくなるのだ。そして絶対防御、シールドバリア等々そういった操縦者を守るための機能を除いたことで、それまでそれらに割いていたエネルギーを他に回すことができるようになり、通常よりもより多くのエネルギーを利用することが出来るようになった。恐らくはそういった中で無人機の防御力を低下を危惧され、バリア兵器という捨てられた技術に目が付けられたのだろう。

 しかし、これは飽くまでも推測にすぎない。その推測が必ずしも的を射ているとも限らないし、見当違いの可能性もある。だが、少なくともこの有人機と無人機との違いはこの状況を打破するにあたっては、決定的なものとなり得るものであった。事実、それによって楯無は一つの「結論」にたどり着いていた。

 

 ――――――バリアは他の兵器との併用が出来ない。そして、使用中はその他の行動が制限される。

 

「カウンター狙い……ということですか?」

 

「う~ん、確かにそうだけどもあのIS、妙に動きが俊敏なのよ。カウンターを狙っても、高確率でバリア張っちゃうし。他の動きが制限されているとはいえ、その行動を瞬時にキャンセルすればバリアは使えちゃうの。さっきの砲身を壊さなければ、それのチャージ中を狙うこともできたでしょうけど……壊れちゃったからね」

 

 しょうがないよ、と楯無は言った。確かに楯無が先ほど言ったようにあの武器を壊さずしておき、それを使用しようとした瞬間を狙ってカウンターを仕掛けるのであればバリアは使わせずダメージを与えることが出来る。あの無人機の攻略法において最も簡易な方法だ。しかし、先のピンチに乗じてその武器は破壊されてしまっている。つまり無人機攻略において、三人は最も難易度の低い攻略法を失ってしまったわけだ。

 

「では、一体貴方はどのような方法を考えていますの? 秘策と言うほどです、考えはあるのでしょう?」

 

「も、勿論」

 

(と言ったものの、この弱点見つけたの私じゃないんだけども)

 

 口とは正反対のことを心の中で呟きながらも、楯無はその口角を高く吊り上げた。セシリアの言う通りあれだけ自信たっぷりに宣言したのだ、あれを破る方法をぐらい考えてある。「それには一夏君の協力が不可欠よ。というより、専ら一夏君がメインなんだけどもね」ここまで言えば、セシリアも一夏も想像ぐらいつくだろう。

 

「零落白夜……バリア無効化攻撃を利用するのですか?」

 

「でも、あれは当たれば一撃必殺だけど、当たらなきゃただのエネルギーの無駄遣いですよ?」

 

「何言っているのよ、当てればいいでしょう、そこは」

 

「でも、あいつの剣捌き妙に鋭くて、中々隙が無いんですよ。俺の動きを全て見切ってるように、こっちの動きにすべて対応してきて」

 

 熟練の剣士。あの無人機と剣を交えて、一夏はあの敵にそんな印象を持っていた。まるでこちらの全てを見透かしているような雰囲気をあれは纏っている。一夏の近しい人間で例えるなら、千冬や玄兎のような歴戦の強者を彷彿とさせるものだ。

 一夏の言っていることはただの言い訳ではなく、一つの事実であった。隙が無いのだ。あの巨大な図体のどこにも隙らしい隙が見当たらないのである。剣戟による隙を作ろうとも、人間ならざる身だからこそできる身のこなしと尋常ではない出力のスラスターによる回避は一夏の攻撃速度を容易に上回っていた。

 

 それに一夏の切り札でもある零落白夜は諸刃の剣だ。使えばエネルギーを全て無効にする一撃必殺の攻撃力を得る代わり、自らもまたエネルギーを犠牲にしなければならないのである。この場においては自らの命を削って戦うようなものだ、そう安易に使えるものではない。

 

「それなら簡単よ。当たるように仕向ければいいんじゃない。なんのためにお姉さんとセシリアちゃんがいると思ってるの?」

 

「失礼ですが、その方法ではわたくし達のどちらか一人がギリギリまであれを引き付けておく必要があるのですが……正直、難しいとわたくしは思いますわ」

 

 こちらの動きを観察するように静観を保っている無人機に目を向け、セシリアはその眉をひそめた。確かに彼女の言っていることは的を得ているし、彼女の言っている弱点が真実ならばその方法しかないことも理解している。だが、先ほどの戦闘からもわかるようにあの機体の性能は著しく高い。中でも回避能力においては第三世代機すら上回っているのではなかろうか。判断力もAIとは思わないほど早く、正確だ。複数からの同時攻撃にも把握から判断まで瞬時に行い、最適解において迎え撃っている。そんな機体を相手に一度として共に戦ったことのない三機が連携するなど無謀にも等しい。

 そもそも連携は長い時間の訓練によって、相手との息をぴったり合わせなければならないものだ。ぶっつけ本番でどうにかなるものではない。セシリアと一夏が拙くも連携が出来ていたのは、少しの時間だが対戦による相手の癖や行動パターンの把握が多少なりと出来ていたからだ。それでもそれは連携の「れ」の字すら知らない一夏がただ必死になって敵に斬りかかり、その都度繰り返される剣戟の嵐の中でセシリアがその一瞬の間にある隙に照準を絞っていたことで初めて成り立つものだった。つまりその連携はいつ崩れるか分からない危険な橋であり、細い手綱を慎重に見極めつつ引っ張っているようなものなのだ。 

 そこに楯無が加わるとなれば、ただでさえ危険な綱渡りをしているこの連携が崩壊しかねなかった。連携はその人数が増えれば増えるほどその難易度は高くなる。それを今日初めて一緒に戦う人とやれというのだ。いくら自分の腕に自信があるセシリアとはいえ、こればかりは素直に首を縦に振ることは出来なかった。

 

 でも、そんなセシリアの不安とは裏腹に楯無の表情は自信に満ちたものだった。

 

「セシリアちゃんは頭がいいから、色々考えちゃうのもわかるよ。確かに今の私たちじゃ、連携してあれをどうにかするなんて正直難しい。そう簡単に連携出来たら、誰も訓練なんてやらないし、させない」

 

 でも、と楯無は続ける。

 

「やらなきゃ、あれは倒せない。今いる、この三人だけで倒すにはそれしかない」

 

「ですが――――ッ!」

 

「セシリアちゃん」

 

 セシリアの言葉を楯無は遮る。彼女の言い分もよく楯無は分かっているつもりだった。

 

 そんなこと百も承知だ。

 

 簡単じゃないってことぐらい誰にだってわかる。それが如何に無謀で、無茶なことかぐらい言っている本人が一番理解している。

 

 でも……それでも、やらなければならない。

 

「今の貴方たちじゃ、あれを一人で満足に相手にすることもできない。力不足だよ、確かに」

「でもね、それは『出来ない』ってことの理由にしちゃいけないんだよ。それしか方法がないのなら、やるしかない。やらなきゃ終るしかない」

「じゃあさ、やってみようよ。今の自分に出来ないけど、未来の自分は出来るかもしれない。いや、出来るようにならなきゃいけない」

「道があって、それがどんなに険しい道でも――――立ち止まるぐらいなら、一歩前に進んで頑張ってみようよ」

「例えどんなに無謀であっても無茶であっても……不可能じゃないなら、『出来ない』ことはないんだよ」

 

 そう言った楯無は最後に「これは私の尊敬する人からの受け入りなんだけどね」と付け加え笑った。

 楯無の言っていることは正論だ。幾ら無茶や無謀な策であっても、それ以外の道がないのならそれを行くしかない。行かなくてはいけないのだ。だが、それは同時に危険な賭けでもあり、下手をすれば大打撃を喰らうことになりかねない。ハイリスクハイリターン。それも初めてやることだ、成功する確率は限りなく低い。

 

(わかってますわ……わかってますわ、そのぐらいのことは! でも、そもそもブルーティアーズは一対多向きで、細かい連携はあまりしたことが……)

 

 一つでも操作を失敗すれば、フレンドリーファイアー――――その一発でこの即興的な連携など崩れてしまうだろう。

 セシリアは自らの実力に自負がある。それは入学試験を主席という成績で突破したことでも、結果として現れているだろう。しかし、それは同時に自分の実力の程度を把握しているとも言える。自分が一体、今どの位置にいるのか。それを正確に把握しているからこそ、セシリアは揺るぎない自信を持つことが出来ている。

 

 だからこそ、だ。そんなセシリアだからこそ、楯無が提案する策を成功させるだけの実力が『今』の自分にないことを自覚してしまう。自覚して、失敗の可能性を考えて、その可能性がもたらす結果に尻すぼみする。

 確固たる自信は、同時に彼女自身に自らの限界を濃く線引きさせてしまっていた。

 

 他に方法はないのか。

 

 この三人でも出来る、もっと簡単にこの状況を打破できるような、そんな方法は――――――

 

「やろう、セシリア」

 

 楯無からの提案を渋り、答えを迷っているセシリアに一夏がかけたのはそんな言葉だった。

 

「楯無さんの言う作戦が本当に成功するかどうかなんて、俺にはわからない。正直、難しいことは俺にはさっぱりだ」

 

 本当にそうなのだろう。事実、彼はまだISというものに初めて触れてから半年も経っていないのだから。

 

「ならさ、いっそのこと楯無さんを信用してその作戦に乗っかってみようと思ってさ。難しいこと考えても俺じゃ多分無理だし、そこらへん全部丸投げで俺は俺の出来ることを目一杯やろうってな」

 

「ですが、成功する可能性は極めて……ッ!」

 

「やってみなきゃ。やってみなきゃ、誰にも分からない。『今』の俺たちには出来なくとも、『未来』の俺たちなら出来るかもしれない。俺たちが感じている限界は『今』の限界だ。一秒先、一分先の『未来』の限界じゃない――――――そう思うとさ、何だかやれるかもって気がしないか?」

 

 そう言って一夏はセシリアに向き直り不敵な笑みを浮かべた。

 

 やってみなきゃわからない。

 

 それもそうだ。当たり前だ、『未来』なんて誰にもわからない。わかるはずもない、だからこそ怖いのではないか。『今』の延長線上にある『未来』が、『今』の自分の限界を超えた先にあるかどうかなんて……ましてはそれが超えられるかもどうかもわからないものだとしたら、そんなの――――怖いに決まっている。

 

「あーもう! 一夏君の言う通りよ! セシリアちゃんは難しく考えすぎ、もっとリラックスして!」

 

 うじうじするセシリアに楯無も我慢ならぬ様子である。

 

「限界なんてのはね、セシリアちゃん。自分達が勝手に感じているだけの、ただの言い訳よ。自分が出来なかったことに対して、勝てなかった相手に対して、自分の実力よりも上だった、自分の実力では届かなかったって言うためのものなのよ。大体、一夏もセシリアちゃんも勿論私も成長期なんだから、すぐに成長して圧倒言う間に昨日の自分なんて超えちゃうわよ」

 

 畳みかけるような楯無の言葉に今度こそセシリアは目を丸くし、反論の言葉を無くした。

 

「本当の意味で『限界』なんてものがやってくるのは、その人が死ぬときだけよ。セシリアちゃん、貴方が『今』感じている限界はね、所詮今日か明後日にでも超えられる限界なのよ。そんな限界なら、一分先の未来でも十分先の未来でも超えちゃっても、何の問題はないわ!」

 

 言い切り、楯無はぴんと伸ばした指先をセシリアに向けた。その顔には中々煮え切らないセシリアへの苛立ちと、停滞する場への焦りの色があった。

 

 ――――セシリアに言葉かけた二人の顔には、不安という感情の色は一切ない。清々しいほどに、二人とも前を見ている。自分を信じ、可能性を感じている。

 

 なんて……愚直なのだろう。愚かしいほどに真っ直ぐなのだろう。

 

 それは今までひたすら努力を続けてきた『だけ』のセシリアに足りなかったものであるような気がした。

 

「やろうぜ、セシリア。お前ならやれるさ」

 

 なぜだか、セシリアは笑っていた。

 

 それは一体、どんな感情からくるものなのか。

 

「当然ですわ。わたくしはイギリスの代表候補生であり、第三世代機のパイロット。貴方のような方に言われなくとも、わかってますわ」

 

「おっ、調子出て来たな、セシリア」

 

「なら、決定だね。……空気読んで、待っててくれた敵さんのためにもちゃっちゃとやっつけっちゃおうか!」

 

 掌と拳を合わせ、三人は件の標的へと視線を移した。そして、まるで遅刻の無礼を詫びるかのように表情を変えた。

 

「随分、お待たせして申し訳ありません。そちらも随分と行儀よくお待ちいただいて、このセシリア・オルコット……心より感謝いたします。その礼としましては何ですが、このわたくしと一曲踊っていただけませんでしょうか」

 

「うわぁ、さすがはいいところお嬢さん。そう言うところも様になってるね~、女としてはちょっと憧れるわ……」

 

 ブルーティアーズを起動させ、その照準を敵機へと合わせるセシリアに楯無が感嘆と羨ましさを入り混じらせた感想を漏らす。敵もまたセシリアのそんな「宣戦布告」に、大剣を眼前に構えることで応じた。

 

「さぁ、参りましょうか、一夏さん。今宵の舞踏会は少々、派手になりますわよ?」

 

「どんと来い! 踊りなんてあんまり知らないが、盆踊りなら得意だぜ!」

 

「……舞踏会で盆踊りはどうかとお姉さんは思うよ」

 

 一夏の朴念仁っぷりは案外、こういうちょっとした天然さも関係しているのかもしれない。楯無は今日改めてそう思った。

 

「さぁ、踊りましょう。セシリア・オルコットとブルーティアーズが奏でる、円舞曲(ワルツ)を!」

 

 

 

  *    *    *

 

 この作戦が成功するかどうかはひとえに白式の持つバリア無効化攻撃にかかっている。今回の戦いで最も障壁となるのがバリアの存在だ。その障壁を突破し、敵にその一撃を届けることが出来れなければこの戦いに勝利することはできない。だが、敵はかなりの手練れだ。一夏も幾度と剣を交えたが、一度としてその機械の身体に傷をつけることは出来なかった。

 つまりこの作戦の肝となってくるのは、如何にして敵に一夏の一撃を届かせるかということだ。当たれば一撃必殺、失敗すれば自らにダメージを受ける諸刃の剣。零落白夜とバリア無効化攻撃はそんなリスクも孕んでいる。何度も試せるものではない。短期決戦であればあるほど望ましく、時間をかけるほどにこちらが不利になっていくのは明白だ。

 

「いいね? 私とセシリアちゃんであれの動きをギリギリまでひきつけておくから、一夏君はその隙を狙って最高の一撃を見舞っちゃいなさい」

 

「はいッ」

 

 真正面から一夏が対峙すれば自然と互いの剣と剣とぶつかり合いになる。幾ら一夏が数年の剣道経験者であっても、ISのその腕を活かしきるにはまだまだ経験が浅く、何より剣道そのものに対しても多少のブランクがある。先の攻防からもわかる通り、あの無人機の剣捌きは経験者のそれよりも遥かに巧い。そんな相手を正面から捻じ伏せろ、とはさすがに無茶な注文だろう。

 

「セシリアちゃんも、遠慮なんてせずにがんがん撃っちゃっていいからね。私の方もちゃんと射線は考えて動くようにするから」

 

「了解しましたわ」

 

 三人が三人とも無人機の動きを警戒するように、その周りをぐるぐると飛行していた。

 無人機が動く気配は今のところはない。故に周囲は不気味なほど静寂であった。嵐の前の静けさとでもいうべきか。その中に佇む機械の兵士の姿はまるで決闘に赴く武人のようであり、一寸たりとも隙を見せればその瞬間切り伏せられてしまいそうな雰囲気を纏っている。

 重々しい空気だ。無人機が放つ無言のプレッシャーは、張りつめた緊張の糸をさらに張りつめさせる。

 極限にまで伸び切ったその糸は、掠めただけでもう切れてしまいそうだった。

 誰かが動けばその瞬間から、始まる。

 張りつめていた緊張の糸が切れたその瞬間、同時に戦いの火蓋も斬って落とされる。全員がそれを理解し、それぞれの出方を窺っているのが今のこの膠着状態なのだろう。

 しかし、こういう膠着状態というのは長くは続かないものだ。決まって、この緊張に押し潰された誰かの糸が切れることで事態は一気に加速し進んでいく。

 

 そして、それは三人にとっても例外ではなかった。

 

「ハァッァぁああああああ!」

 

 叫び、無人機のちょうど後方から突撃するのは一夏だ。プレッシャーに呑まれちぎれそうなる緊張の糸をどうにか保たせ、彼はこの戦局を動かした。あのまま無人機の発する圧を浴びていたら、きっとあのまま手が出せなくなっていたに違いない。本当の強者はそこにただいるだけで周囲に影響を及ぼす。あの静寂の中で一夏はそんな感覚を覚えていた。

 

 だからこそ、その影響とやらがもろに出る前に勝負へ踏み切りたかったのだ。

 

 一夏の突貫に無人機はその大剣を以て応じる。

 

 下段からの切り上げ、対するは上段からの兜割りのような縦の斬撃。それら二つがぶつかり、火花を散らし、互いの刃を弾きかえした。

 

 初撃は予測通り。ならば、次はどう出る。

 

 一夏が体勢を立て直し、次の一撃を放とうと再び刀を構えた。

 向かい合う形になる無人機は崩れた姿勢を強引に戻し、再び迎撃の構えに移る。だが、直後にその構えを解き、素早く側方へと逃げた。間を置かずして、その場所を水に覆われた槍の先端が穿つ。

 

「チッ」

 

 舌打ちを鳴らすと、楯無はすぐにそのあとを追った。間一髪だったとはいえ、あの一瞬でよくも攻撃から回避へと判断を切り替えられたものだ。一夏の攻撃を囮にして、自分のしかけた刺突。見抜かれていたわけではないだろうが、判断からの行動、それに回避速度が尋常ではなかった。やはり、この敵は一筋縄ではいかない。「セシリアちゃん!」と楯無が指示するよりも若干早く、次の一手であるセシリアはその照準を敵機へと定めていた。

 

 一夏、楯無がそれぞれ眼前で攻撃直後の無防備な状態を晒しているこの状況は、スナイパーにとってこれほどやりづらいものはなかった。今のこの戦局は一秒の間に目まぐるしく動き、変わっていく。一瞬の躊躇が勝敗を大きく左右し、決定づける。蝶の羽ばたきも巡りに巡って竜巻を起こすと言われているように、どんなに些細な遅れであってもこういう戦いにおいては致命傷となり得る。

 二人はそれぞれ次の行動に移ろうとしている。連携もひったくれもない、行き当たりばったりの攻撃は一夏をセシリアの射線上に入れてしまうというミスを誘った。楯無は既にその射線上からはギリギリ逃れているが、今はまだ一夏がその無防備な体を晒している。

 

 どうするべきか。否。迷うな――――――撃ち抜け。

 

「――ッ!」

 

 一夏の頬が一瞬、熱く、そして痛みを訴えた。

 

 それは掠めていったレーザーの余波によるもので、一夏は目を剥き額に冷や汗をかいた。

 

「セシリア、お前ッ!」

 

「一夏君が射線上に入るのが悪いのよ。それはその分の勉強代だと思いなさい」

 

「くぅ……」

 

 楯無に正論を突かれ、一夏は喉元まで出かかっていたセシリアへの文句をしぶしぶ呑み込んだ。

 見れば、かすめていった方の髪が微かにだが焦げていた。それが自分の未熟さからくる代償だと思うと何だか哀しくなってきてしまう。

 

 しかし、そんなことに思考を割いていられるのはセシリアの一撃が無人機の腕を失った側の肩部に着弾し、その動きを鈍らせたからで今のような戦闘中に考えるようなことではない。そう自分に言い聞かせ、湧き上がる愚痴を無理やり胸の奥底に押し込んだ。

 

「さぁて、もういっちょいくわよ!」

 

 楯無の号令を合図に再び、一夏と楯無が飛び出し、セシリアがその後方で引き金に指をかける。

 

 一方で無人機は決して少なくないダメージがたたり徐々にその動きへ支障が出始めていた。片腕を丸ごと持っていかれたことが一番大きいかもしれない。全身に巡らされた電子系統が段々と逝き始めている。ある程度の損失があっても、他の場所で補えるように作られているこの機体でもさすがにここまで破壊されてしまったら、どこかしらに異常が起こるのは当然だ。むしろ、片腕を失って初めて異常をきたすようになるこの機体の方が異常といえるかもしれない。

 遠距離での攻撃手段も失い、武装はたった一つの大剣のみ。防御用にバリアもあるが、一夏の前ではないにも等しい代物だ。むしろ、動けなくなる分格好の的になる。

 

 それ故に無人機が取れる行動はあまりにも限られていた。

 一つに一夏と楯無の近接攻撃をいなすこと。

 次に二人の攻撃の隙間を縫うようなあの射撃を回避すること。

 一夏と楯無、どれか一方に集中しようものならセシリアに狙い撃ちされ、セシリアの狙撃を回避することに集中しようとするなら絶妙なタイミングで楯無がその先を潰してくる。そして、その二人に構っている間に一夏が接近し、零落白夜による一撃必殺の斬撃を見舞ってくるのだ。一番厄介なのは一夏の攻撃だが、それだけを注意していても残りの二人が息つく暇もなく攻防に参加してくる。拙い一夏の攻撃を、他の二人がアシストしている。そんな連携だった。いや、連携と呼ぶには少し強引で、個が独立して動き過ぎている。連携しているように見えて、実のところ実力者二人が初心者である一夏に合わせているだけのものだ。お粗末だが、この場合それがうまく機能していた。

 

 しかしながら、非情に厄介。

 この攻撃のメインは飽くまでも一夏だった。他の二人は徹底して、一夏のフォローに回っている。それがこの戦法の最も面倒なところだ。これがもしも一夏一人が相手ならばさほどの苦労もせず、倒せていたであろう。だが、ここに楯無とセシリアが加わると、彼の隙を狙ったタイミングで楯無とセシリアの攻撃が飛び、一夏の追撃が出来なくなってしまうのだ。彼がもしもフォロー側であっても、彼の技術ではここまで連携も回らなかったはずである。ミソなのは一夏は基本的に自由な攻撃を行っている点だった。そこにセシリアと楯無の即興の連携を挟み込むことによって、曲がりなりにもいい塩梅の連携をとれている――――ように見えるのだ。

 だが、そんな中にも弱点はある。

 

 連携のメインである一夏だ。

 

「クッ……!」

 

 一夏の動きは確かに時折、別人のようなときがある。それは決まって致命的なダメージを受けそうな時の一瞬だ。だが、それ以外は完全に初心者のそれだ。素人よりは動けるようだが、やはりセシリアや楯無と比べると格段に落ちる。

 付け入るべきはそこしかなかった。彼とまともに対決するのはすぐ背後に零落白夜による一撃必殺を覚悟するということだが、それでも楯無を相手取るよりは幾分マシだろう。

 無人機は袈裟懸けに斬り込んできた一夏の斬撃を大剣で受け止め、流すように力をそのまま後ろへと逸らした。そんな古武術のような動きに一夏は虚を突かれたように目を見開いた。今まで何度も剣戟をかわしたが、そのどれもが力に力で対抗するようなものだった。その中で一夏は無意識のうちに、無人機の動きを決めつけていたのだ。相手の力を受け流す、などという動きはしないのだと。だからこそ驚愕し、隙を生み出した。

 

(やっちまった……! くそっ!)

 

 雪片弐型の倍はあろう剣が目の前に迫ってくる。

 

 その時だった。

 

 一夏の脳裏にふとある言葉が過った。

 

 

 ――――――戦闘じゃあな、どんなに格好悪くても生き残った方が勝者なんだからよ、もっと死にもの狂いで一度剣道じゃなくちゃんばらやってる気持ちでやってみろ。

 

 それはクラス代表決定戦の前に剣道場であった一幕。

 玄兎が一夏との勝負を所望したあの日の出来事だ。

 彼の剣道はそれはそれは滅茶苦茶で、むしろ剣道として見れば反則のオンパレードだった。

 しかしあの時は特別に『どんな手を使っても、玄兎に攻撃を当てられれば一夏の勝ち』という変則ルールだったので別段一夏は文句がなかった。

 そして、結果は一夏の完敗。手も足も出ずに負けてしまった。一夏の渾身の一撃は全ていなされ、弾かれ、かわされた。それこそ古武術の動きにも似た斬撃を受け流すという技術に翻弄されたのである。

 その時に玄兎言った一言。それが今になって一夏の脳裏をかすめた。

 

 ――――――勝てよ。泥臭くても、格好悪くても、勝てばそんなの帳消しだ。

 ――――――拳と足みたいな肉体や剣や銃みたいな道具だけが戦うための武器じゃねえ。考えろ、勝つために何を使えるのか。

 ――――――いつもだったらやっても何の意味もない行動も、場合によっちゃ起死回生の一発になることだってあるだぜ? 囚われるなよ、いつまでも基本通りじゃその先にはいけねえぜ? 時にはがむしゃらにやってみろ。そうしたら、見えるものもあるってもんだ。

 

『――――――!』

 

 感情がないはずの無人機が驚いたように思えた。そんなことあるはずもないのに、なぜだか一夏はそう感じた。

 それもそうだろう。普通だったら自殺行為であるし、やったところで大した効果は期待できないものだ。それこそ無人機に搭載されているAIにすらそう刷り込まれているだろう。

 

 だが、無意味な単なる自殺行為でしかないからこそ『それ』は最大の効力を発揮した。

 

「うぉおオオッ!」

 

 無人機ですら予想だにしていなかった一夏の行動。

 

 それは、体当たりであった。

 

 何の小細工もない、小手先の技術も必要としない純粋な体当たり。崩れた体勢を元に戻しもせず、ただスラスターを全開で吹かせることで得た推進力だけで突進した。

 ISの戦闘において体当たりが攻撃とされることはない。何せ、相手は銃やら剣で武装をした史上最強の兵器なのだ。確かに急加速からの突進は威力があるが、一夏のように至近距離からのタックルは少々敵を怯ませるだけでそれ以外の効果は見込めない。むしろ、敵の懐に入り込んでしまうことで体当たりをした直後に無防備な状態を晒すことになるため、逆に危険度が増す。ハイリスクでありながら、リターンがあまりにも少ないのだ。というよりも、わざわざ武器がある状態で体当たりなんて攻撃を選ぶ操縦者がまずいないのである。飽くまでも一般的な常識の範疇の話であるが。

 

 しかし、それを一夏は敵の攻撃を目の前に迫ってきているこのタイミングで実行した。振りかぶられた大剣が自分の身に振り下ろされる直前に急加速、そして無人機のその巨体に向かってなりふり構わずぶつかったのだ。

 当然のように大剣の攻撃可能な範囲の内側に張り込んだ一夏は、寸前のところで直撃を回避した。そして、そんな一夏のまさかの行動に無人機も対応に遅れてしまった。

 体勢がほんの一瞬の間、揺らいだ。ただ、それだけ。たったそれだけの威力しかなかった。

 

 しかし、今この状況においてその一瞬は限りなく勝利に近づいた一瞬でもあった。

 

 体勢を立て直し、すぐさま一夏に追撃を試みる。

 

「あら、残念」 

 

 一歩、遅かった。

 

 その一歩が致命的な一撃となって無人機を襲った。

 

 彼女の手には振りぬかれた蛇腹剣が一振り。

 振りぬかれた先にあるのは、宙に舞う肘から向こうが大剣と化している巨大な片腕であった。

 この時に無人機は敗北を悟った。

 楯無が直後に後方へと下がり、同時にここへ降り注いできたのは青く輝くBTエネルギーの光だった。それらが一斉ではなく、ほんのわずかな間を置き迫ってきていた。

 無人機が取れる選択肢は一つ。バリアで防ぐしか方法はない。

 順次着弾していくレーザー光線の嵐の中、次に遅れてやってきたのはミサイルであった。バリアに弾かれると当然如く爆発した。そして、もくもくと煙幕を周囲を撒き散らしたのだ。

 

 

 その煙が晴れ、無人機の視界がようやくクリアになったその時には――――――

 

 

「――――――――零落白夜ッ!」

 

 

 ――――――白く輝く白刃の一撃は、無人機の身体を深々と切り裂いていた。

 

 

 

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