IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第三十五話 暴虐の使い

『会長。無事、全生徒の避難が完了しました』

 

 生徒会役員として閉じ込められていた生徒達の避難の誘導を買って出てくれた虚からの連絡に、楯無は「ありがとう。これでとりあえずは一安心ね」と安堵のため息を漏らした。《アルマ・ハルマ》との戦闘中、既に生徒達の避難は始めさせていた。どうやら襲撃してきたあの甲冑姿のISが撤退した直後からハッキングされていたシステムが復旧していたらしく、生徒達の避難を遅らせていた原因でもある隔壁もそれと同時に開かれていたようだ。そこで虚は他の三年生、特に代表候補生を中心に生徒達をまとめ地下のシェルターへ避難させていたらしい。それでも膨大な生徒数を誇るIS学園だ、全ての避難が完了したのはつい先程のこと。楯無たちが《アルマ・ハルマ》を倒した直後のことであった。

 

「まだ、逃げた奴らもしくはその仲間が近くにいるかもしれないから、しばらくはその場で待機しておいて頂戴。まぁ、逃げた敵は玄兎が追っていったし、こっちの敵も倒しちゃったから心配はいらないだろうけどね」

 

『わかりました。ふふっ、玄兎君なら心配ないですね』

 

「うっ、何よその意味深な言い方は」

 

『では、失礼しますね、会長』

 

「え、あ、ちょっと! 虚ちゃん!?」

 

 楯無の呼びとめも空しく彼女は楯無との通信を切ってしまった。何やら最後に意味深そうな言葉を呟いていたのが少し気になるが、彼女のことだあからさまに弄ってくるなんてことはないだろう。神皇ならば殊更面倒だが、今回に限っては彼女はあの場にいなかったらしい。恐らくはあの力を利用して、一人どこかへ飛び出していったのだろうが……彼女のことだ、その内ひょっこりと帰ってくるだろう。

 

「さーて、これはどうしようかしらね」

 

 楯無が視線を移したのは先ほどまで激闘を繰り広げていた《アルマ・ハルマ》の残骸だ。一夏の一撃により袈裟懸けに切り裂かれている。両腕はセシリアと楯無によって破壊され、肩から脇腹にあたる部分までは雪片弐型による一撃によって深々と切込みを入れられていた。両断とまではいかないが、この状態では起動することはおろかコアが無事であるかどうかも疑わしい。取り出してみないとわからないが、所属不明機のコアだけに無事であることを祈りたい。コアにはISのありとあらゆる情報が詰まっている。コアの詳細なデータは開発者の篠ノ之束にすら解けないほどのブラックボックスになっているため解析は不可能だが、どこの国家や企業に属していることになっているコアなのかぐらいのことは識別出来るようになっていた。それさえ分かれば、敵の根城やあの機体を提供したあるいはその開発を手助けした者の居場所もある程度絞り込めるだろう。それに無人機の残骸もある。これで少しは敵のこともわかるはずだ。あとはコアを取り出し、教師の到着を待つだけである。

 

 しかし、今回はターゲットをみすみす逃してしまった切り裂き魔(ジャックザリッパー)の事件の時とは違い、何とか上々の成果を残せた。前回の時は敵と戦うだけ戦って、結果が破壊したビルの代金を全額学園に肩代わりさせるというものだったのは苦々しい経験だ。玄兎が学園に借金をしたという形をとっているとはいえ、一応楯無も同罪であろう。今回の事件で少しは汚名を返上できたことは、楯無にとって長い間胸につっかえていたものがようやく取れたような感覚でもあった。楯無は再度、安堵に胸を撫で下ろした。

 

「コアを抜き取るって言っても、具体的にはどうすればいいですか? 楯無さん」

 

 一夏の疑問に、楯無は指を顎に当て考え込むような仕草をした。実際のところは考え込むというなんてことは行っていないのだが。

 

「そうねぇ、普通は専用の機械を使って展開させたISから直接抜き取るんだけど、この場合はそんな小難し事は考えずにただ抜き取るだけでいいわよ。コアの位置はそれぞれの機体によってまちまちだから、そこは探すのに苦労するかもしれないけど」

 

 活動を停止しているということはコアから流れているエネルギーもストップしているだろう。突然再起動し、動き出すというのはさすがにないだろうが念には念を入れておくことには越したことはない。楯無は慎重に《アルマ・ハルマ》へと手を伸ばし、そのコアの位置を探ろうとした。

 懸念がなかったわけではない。国家代表の楯無ですら聞いたこともない無人機という存在は誰にとっても未知のものだ。既存の考えで物事を運んでいると、思い掛けないところも落とし穴があるというのは十分考えられることだった。今は完全に沈黙している状態であっても、決して動かないとは断じず、常に警戒を怠らない方がいい。楯無はそう考えていた。考えていたのだが、やはりさっきの報告でどこか無意識のうちに気を緩めていたのかもしれない。

 彼女はそのすぐ上空、そこで異変が起こっていることに気付いてはいなかった。

 

 

    *    *    *

 

 

 そこはとても暗い場所だった。

 

 音もなく、温かさもなければ、冷たさもない。

 

 感触もない、手足の感覚すらなく、意識すらゆらゆらと揺れている。

 

 上も下も、左も右も、自分が今逆さまになっているのか、浮かんでいるのか、寝転んでいるのか、漂っているのか、留まっているか。そんなことさえ分からない。

 

 そして、そこにはある一点をだけを照らす光があった。

 

「どう? 壊れちゃった感想は」

 

 光は少女のような、大人の女性のようで、どちらでもあるような、どちでもないような姿をしていた――――奇妙な姿だ。まるで彼女自身、姿という形を持っていないかのような、そんな姿だ。

 

「暗くて、冷たくて、何もない。でも、怖くなんてなくて、そんなこと感じることもできなくて。ただただ君は無になっていく。――――たまらなく嫌なはずなのに、心も頭もそれを感じることが出来ない。ああ、なんて無力なのかしら。これが死、消滅、魂の破壊。輪廻転生の理から外された者だけが、陥る永劫の孤独」

 

 彼女は何を言っているのだろうか。彼女はそんなことを語る度に、酔いしれているような甘い口調になる。

 

「これでも私は悲しいんだよ? 一応、貴方たちは紛い物だったとしても私の子供には変わりないんだから……お母さん、悲しいんだよ?」

 

 そう言う彼女の言葉に、悲哀の色はなかった。「だからね、助けてあげようと思うの」と彼女は言った。

 

 助ける?

 

 何を?

 

 誰を? 

 

 どうやって?

 

「貴方にはまだやるべきことがあるでしょう? あなたがここにいるのは、何があったから? 何をしようとしていたから?」

 

 思い出しなさい、と言っているような語り方。しかし、言外に真意を持つその言葉は段々と魔力のような力を帯びていった。

 流れ込んでくるように景色が、声が、人が、記憶が自分という存在に刻み付けられる。失っていたはずのものを無理やり彼女は取り戻させたのだ。

 

 世界の流れに、輪廻の流れに逆らうような神をも恐れる愚行。

 

 だが、彼女は神だった。正真正銘の神様、この世界を創造し、自分たちを創った存在。絶対であって、揺るぎない、この世界の神である。

 

「さぁ、思い出したのなら言ってみて? 貴方は、何を、したいのかしら?」

 

 彼女は笑った。少女のような無邪気な笑みで、彼女はそう問いかけた。

 

「――――守らなければ、止めなければ」

 

 口から出る言葉は、はたして誰の意思が零したものだったのか。

 

 だけど、自らの口は彼女の言う、望みを告げていた。

 

 それが望み。ずっと見ていた、あの人のために。身体を与えてくれた彼のために、それが自分たちがいる理由に背こうとも。

 

「あいつらを倒したい」

 

 世界に逆らおうとも、将来彼を殺すであろうあの少年少女を――――――

 

「ふふ、じゃあ行っておいで。私が力を貸してあげる、貴方はなんたって私の大切な子どもだから」

 

 彼女は笑って、こちらに手を伸ばしてきた。そのまま腕で胸を貫き、それを通して膨大な何かを送り込んでくる。

 

「さぁ、行ってらっしゃい! これであなたの望みは叶えなさい! お母さんも見てるから」

 

 段々と薄れていく視界の中で、彼女は最後まで笑っていた。

 

 笑い、そして狂ったようにこう言った。

 

「楽しみにしておくから」

 

 意識はそこで完全な消滅を迎えたのだった。

 

 

    *    *    *

 

 最初の異変は目に見えぬ変化だった。故に気付くのが一瞬だけ遅れ、対処に致命的な遅れが生じた。 

 活動を停止していた《アルマ・ハルマ》の体内に異常なまで膨れ上がったエネルギーが反応が感知されたのだ。同時に供給を断たれていた《アルマ・ハルマ》が再びその眼に光を灯し、再起動した。

 

「え、なんで――ッ」

 

 その問いに答える者はいない。楯無はその言葉は空を切り、体と共に急激なエネルギーの膨張による衝撃で後方に吹き飛ばされてしまった。

 

 受け身すらろくに取れず、ただ飛ばされるがままに楯無は転がっていき、やがて壁に激突しそこに大穴を開けた。

 

「大丈夫ですか、楯無さん!?」

 

「何事です、の……?」

 

 ようやく事態を察した一夏とセシリアも咄嗟に各々の武装を呼び出し、臨戦態勢を取った。

 

 そして、気付いた。

 

 《アルマ・ハルマ》だ。《アルマ・ハルマ》から異常なまでのエネルギーが放出され、それが徐々に膨れている。

 

「なんですの!? これほどまでの高エネルギー反応は……!? 先ほどの倍以上ですわよ!?」

 

 さすがのセシリアであってもこの事態を把握しきれていないようで、その声に混乱と困惑が混じっていた。そんな彼女を見て、一夏もまたこの状況の異常さを理解する。代表候補生であるセシリアですら起こっていることを理解出来ずにいる、皮肉にもこれが一夏にこれが異常事態なのだということを理解させるに至った。

 

「なんなのよ、あれは……」

 

 恨めしく、激突した壁から抜け出してきた楯無が呟いた。その言葉がこの場にいた全員の言葉を代弁する。

 

 三人の視線の先、そこにはゆらりゆらりとまるで幽鬼の如く立ち上がる《アルマ・ハルマ》の姿があった。ボロボロになった身体を無理やり動かし、辛うじて残る両足を踏ん張るように立とうとする。それでも先ほどの戦闘によるダメージが大きいのか、切断された部分から火花を散らし、ひしゃげた機械を無理やり動かそうとしているような不快な音を鳴り響かす。

 

「まだ、動けたのか、こいつ……」

 

「動けるはずありませんわ。先程の一撃で確かに活動を停止していたはず……現に先ほどまでエネルギー反応は消失していましたわ」

 

「でも、動いているってことはまだ戦えちゃうってことよね」

 

 しかし、先の戦いで全ての攻撃手段を失い、機体の大部分が破壊されているこの状態で何が出来るというのか。

 まだ何か隠し玉を持っているのか、それとも根性という機械とは程遠い理屈で動いているとでも言うのか。

 どちらにせよ、今更動き出したところで《アルマ・ハルマ》に勝ち目があるとは思えない。

 

 しかし、何故だ。

 

 勝ち目があるとは思えない、そう頭では結論付けているにも関わらず目の前の《アルマ・ハルマ》から目が離せない。最初に《アルマ・ハルマ》と対峙したとき以上の緊張感に襲われる。何故だ、何故――――――こんなにも胸がざわつくのだろうか。

 

 そんなときである。

 

『――ワ―――ハ、カ――マモ――オ――トオサ――ニン』

 

「……なんだ?」

 

 声が聞こえた。それも機械が発するような声ではない。本物の人間が話しているような独特の生々しさを持った声だ。

 その声はまるで頭の中で反響しているように、何度も一夏に語り掛けてきた。声が聞こえるたび、頭の中が軋むような痛みが一夏を襲った。ノイズ交じりのその声はしかし、やむことなく流れ込むように立て続けて一夏へと語り掛ける。

 

『ココ――トオ、サ――――オマエ、ラ』

 

「誰の声だ……? 何を言っているんだ? おい、なんだよ、これ!」

 

「……一夏君? どうしたの?」

 

 頭に響いてくるようなその声に一夏は思わず叫び声をあげていた。

 声が聞こえていないのか楯無とセシリアは突如悶え苦しみ出した一夏に驚きの表情を浮かべていた。「声が……聞こえてッ」頭をおさえながら、一夏は唇を噛んだ。

 

「声? そんなのどこにも」

 

『――――――タオス――全員、倒す』

 

 楯無と声と頭の中の声が重なり、ごちゃごちゃに混ざっていく。

 気遣わしげな声と怒りに満ちた声が一夏の頭の中に響き、思考を乱す。もう、まともに思考することもできない。立っているのですらやっとだ。視界がかすれ、動悸が激しくなっていく。何が起こっているのか、思考が追いつかない。思考が崩れては構築され破壊され、また構築されていく。回路を巡るように何度も何度も思考は繰り返され、やがて崩れていく。

 

『白式が共鳴して、俺の意識を呼び起こしているのか。かかかっ、これは本格的に俺を起こしにかかってるな』

 

 その声には魔力が宿っていた。その男の声を聞くたびにまるで今ここにいる織斑一夏という存在が揺らぐような気がするのだ。意識が遠のき、自らの身体がまるで他人のものであるかのように思えてしまう。

 

 それが発作だ。またあの発作が襲い掛かってきた。

 

(くそっ……こんな時に!)

 

 ショッピングモールで倒れてしまった一件以来、ぴたりとやんでいたのにどうしてこんな時にまた起きてしまうのか。

 意識が霞むのを止められない、息が苦しい、体が動かない、誰か、これをどうにかしてくれ――――――その時だった。

 急にぴたりと発作が治まってしまった。波打ち際の波がさっと引いていくように、痛みが消え、遠ざかっていた意識が元に戻る。霞んでいた視界も晴れていき、焦点が合っていく。

 

「何が起こって……」

 

 ようやく意識を取り戻した一夏が顔を上げる。そして、その姿を目にした。

 そこには先程の《アルマ・ハルマ》の姿はなかった。代わりにそこにいたのは神々しい光を纏った、禍々しい〝何か〟だった。

 全身を高エネルギーの塊に包まれ、両腕があった場所には触手のようなものがうねるように生え、背中には天使の羽を模したような二対の翼がはためいている。それはまるで伝説にある天使と悪魔を掛け合わせたような悍ましい姿だ。そして、そんな悍ましい姿の中でも一際目を引くのやはりコアの表面が露出してしまっている胸部、一夏が袈裟懸けに切り裂いたその部分から伸びる無数に蠢く触手である。それが露出したコアの中心から伸び、体の前方の至る場所に伸び絡みついていた。さすがにここまで醜悪な姿は悪魔にも天使にもいないだろう。その名が冠する通り、まさしく『世界に終焉を告げる者』であるかのようだ。

 発作による意識の薄弱の後遺症で一夏はその決定的な《アルマ・ハルマ》の変異に気付けなかった。それに辺りを見回してみると一部先ほどとは打って変わって破壊されている箇所がある。アリーナの上空には敵の侵入を防ぐシールドが張り巡らされているが、それをいとも簡単に突破しアリーナの屋根に穴が穿たれていた。ほかにもまるで何かが這いずりまわったような破壊の痕跡があちらこちらに残っていた。アリーナは見るも無残な光景と化していたのだ。

 それが自分の意識がなくなりかけていた時に起きたことだと思うと、正直ぞっとする。なにせ、一歩間違えれば発作が起きている自分にその破壊が迫ってきていたのかもしれないのだ。もしもそうなっていれば一夏は確実に避けることは出来ず、餌食となっていたであろう。そう考えると自身の悪運の強さに一夏はただただ感謝するしかなかった。

 

「セシリア……状況はどうなってる? あれは一体……」

 

「どうもこうもありませんわ。敢えて言わせてもらうとするのならば状況は刻一刻と悪化の一途を辿っていますわ……――――――発作、なんですの?」

 

 一夏の問いに答えたセシリアはしばらくの間を置き、そう問い返した。一夏が頷き返すと「……そう、ですか」と言った。それっきり彼女はそのことに対して言及することはなかった。

 

 一夏からは彼女の背しか見えないため表情は伺えないが、その歯切れの悪い問答は一夏が知るセシリア・オルコットとは少し違っていた。一夏が知る彼女ならば「この一大事な時に発作なんて、なんともタイミングの悪い殿方なんですの!」ぐらいは言いそうなものだが。

 

「……何故だかすごく失礼なことを思われているような気がするのは、気のせいでしょうか」

 

「……気のせいよ、きっと。それよりも今はあれを何とかしましょ」

 

 考えていることが顔に出やすい一夏にその手の事を言い出したらきりがない。こういう時は一切無視してしまった方が面倒にならずに済む。

 

 楯無が視線を移し、セシリアと一夏もそれに倣う。

 

 傍若無人の破壊者はいまだ飽き足りないのか、アリーナをまるで砂の城でも壊すかのようにその両腕の触手による破壊を続けている。まだその破壊の手が楯無たちのいる場所へと届いていないためなんともないが、もしもあの力の矛先がこちらへ向けられればいくら楯無達とはいえ無事では済まないだろう。

 しかし、それは時間の問題でもある。今はまだ見境なく周囲を破壊しているだけだが、いつその標的がこちらに移ってもおかしくはない。楯無達が取れる手とすればこちらに気を取られていない隙に倒してしまうのが理想なのだが、果たしてそれは可能なのだろうか。あの嵐の中を掻い潜り、一撃も受けることなくあれに致命傷を与えるということは。

 

「ううん、迷っている暇なんてないよね。やるしかない、ってさっき言っちゃったし」

 

 迷いが生まれそうになる心に喝を入れる。先程もセシリアに言ったばかりだ。やるしかない。力の差がある、だがそれを『出来ない』理由にして逃げたところで状況は変わらないし、逆にますます悪くなってしまうだけだ。そんな意味のないことをやるよりは、どんなに差があろうとも立ち向かうことの方がよっぽど意味がある。それにここで逃げてしまったら、あの愛おしい彼に合わせる顔がない。

 

「一夏君もセシリアちゃんも、気合い入れていくよ! ここからは今まで以上に厳しい戦いになるけど――――私たちの学園を滅茶苦茶にしたツケ、もう一度たっぷりと払ってもらってましょう」

 

    *    *    *

 

「またこれは厄介なものが出て来たね……」

 

 《アルマ・ハルマ》の変異体の暴力によって半壊したアリーナの一角。そこに隠れていた日向紅葉はその凄惨な光景を目にして、そう口にした。

 つい先程一夏たちが立ち向かっていったが、まるで歯が立っていない。そもそも力量差云々の問題ではないのだ。

 あれは神が生み出した狂気そのもの。同時にISの本来の力をその意志とは無関係に形にしたものでもある。

 それはあまりにも醜いものだった。それは本来ある力の形を強引に捻じ曲げた結果だ。

 

(破壊の権化。自身の中にあるエネルギーを使い尽すまで止まらない災厄の化身――――〝咎人〟。ああなったら最後、誰にも止められない……)

 

 無邪気に振る舞う少女の姿をした彼女を思い浮かべて、紅葉はため息をついた。

 まったくもってその思考が読めない。一体何がしたいというのか。紅葉はそんな彼女の意図を計りかねていた。

 

「ああ、どうするんだ、一夏は! 楯無さんも! ついでにセシリアも!」

 

「落ち着いて篠ノ之さん。本音出ちゃってますから」

 

 一夏たちの戦況は芳しくない。そもそも全員が全員、前の戦いの消耗を回復できていない状態での連戦である。そのため体力や機体のエネルギーの消耗が著しく、その動きに精彩を欠いていた。

 

 加えて、あの機体は競技用ISの数十倍ものエネルギーを蓄え、それを放出し尽すまで止まらない正真正銘の化け物だ。消耗した状態で勝てるほど甘い相手ではない。

 

「でも、このままじゃジリ貧だよ。織斑君たちもこのままじゃエネルギー切れで動けなくなる」

 

「どうにかならんのか!?」

 

「私に聞かれても困りますよ……。しかし、唯一織斑君たちがあれに対抗できるとするなら、さっきみたいにバリア無効化攻撃ですけど…………」

 

「あと何度出来るんだろうねー、おりむー」

 

 本音の言う通りだと紅葉は思う。

 

 気を付けなければならないのは、『零落白夜』は諸刃の剣であり自身のエネルギーを犠牲にするという点だ。既にかなりのエネルギーを消耗しているため、『零落白夜』はそう何度も使えないだろう。

 

「でも、今回はあの厄介なバリアがありませんから、必ずしも織斑君をトドメに残しておく必要はありませんよね?」

 

「だが、あの中であいつに致命傷を与えられるのは一夏しかおらんだろう」

 

「甘いですよ、篠ノ之さん。今回の場合、核であるコアだけを破壊したら勝ちですですから、織斑君でなくとも可能なのですよ」

 

「確かに、それはあるかもー。でもでも、それって結局あれをどうにかしないといけないよねー?」

 

 だぼだぼの制服の袖で本音が指したのは、縦横無尽に空を打つ鞭のようにしなる触手だ。確かにあれをどうにかしないことにはコアを破壊しようにも攻撃が届かない。一夏も楯無もあの触手に行く手を阻まれている。セシリアの射撃も同様に触手に弾かれ、攻撃そのものが本体に届いていなかった。

 恐らくだが、あの機体を攻略するにあたってもっとも厄介なのはあの触手だ。あの触手をどうにかしなければそもそも攻撃が届かないのだから。

 だがしかし、あの触手はエネルギーの塊であり、斬っても斬っても消えないし、再び生えてくる始末だ。それこそ一夏の零落白夜ならば、と一夏たちも考えたようで一度発動して攻撃を行っていたようだが、結果は同じ。消滅させても、再び生えてきたのだ。そうなってはいくら一夏のバリア無効化であろうともいたちごっことなり、意味を成さない。結局のところ一夏たちはあの触手の猛攻を掻い潜り、本体へ辿り着かなければならないのだ。出なければじりじりとエネルギーを枯渇させていき、最後には動かなくなった愛機もろともあの世行きである。

 

「――――――ッ!」

 

「ちょ、篠ノ之さん!? どこに行くんですか!?」

 

 紅葉同様、最悪の想像でもしてしまったのだろうか。血相を変えた箒はそのまま立ち上がると、すぐさま走り去ってしまった。

 

 しかし、この状況下で一人単独行動をするのはあまり褒められたものではない。どこに危険が潜んでいるか分からない以上、このまま彼女を放っておくのは悪手だ。

 

「ああもうっ、私は怪我人なんですが!?」

 

「ああ、もみじーも待ってよぉ~」

 

 激痛に顔を歪めながら、紅葉は「なんでこんなことをしているんだろう」と一人ため息をこぼした。

 

 

 

    *    *    *

 

 切り札であった零落白夜が効かなかった。その事実に一夏は動揺を隠しきれなかった。明らかに集中を切らし、もろに触手による攻撃を受けてしまいそのまま後方に吹き飛び、壁に激突する。

 効かなかった、というのは少し語弊があるかもしれない。正確には意味がなかったというべきだろうか。

 エネルギー質のものならばすべて打ち消す白式の単一能力。だが、それは飽くまでも打ち消すだけであって、その副次効果などは一切ない。故に消滅させたとしても、再びそれを形成されてしまえばたとえ打ち消したとしても意味を成さないのである。

 何度打ち消そうがあれは復活してくる。悪夢のような光景だった。

 この圧倒的に不利な状況中でも一夏が戦えていたのは、ひとえにそういった切り札の存在が大きかった。切り札があるだけで心にゆとりができ、少なくとも余裕をもって戦えていた。だが、それももうなくなってしまった。

 

(零落白夜が効かないんじゃ……俺は)

 

 役立たず、と一夏は思う。

 

 ここまでセシリアと楯無と共に戦ってこれたのは切り札の『零落白夜』があったからこそで、それがなければただの足手纏いだった。現に何度も二人の足を引っ張っている。

 何もできない。どうすることもできない。

 一夏の中にそんな諦めにも似た感情が渦巻きはじめ、次第に戦う気力さえ奪い始めていた。

 セシリアと楯無は今もなお戦っている。だが、戦況は劣勢であり、決め手に欠けていた。加えて連戦による消耗だ。こればかりはどんなに実力のある人間でもどうすることもできない問題である。補給すらままならない状態での戦闘の続行は本来のパフォーマンスを十二分に発揮できない。そんな状態であれを相手取るという難しさは一夏の想像をはるかに超えていた。

 二人の顔には次第に疲れが見えだしていた。これだけ長時間、激しい戦闘を繰り広げ、息をつく暇さえなく緊張感に晒されておけば誰だって疲労を蓄積させる。だが、そんな状態での戦闘は如何に楯無であれど隙を見せないというのは無理だ。このままではジリ貧というのが目に見えている。

 

「もっと力があれば……皆を守れるだけの力が、俺に……っ!」

 

 悔しかった。

 

 何のために努力してきたのか。

 

 皆を守るためではなかったのか。そのために今まで努力し、ISを操縦してきたのではないのか。

 

 それは今、この瞬間にこそ発揮されるべきものではないのか。

 

 だが、現実は非情だ。一夏のちっぽけな努力などはねのけ、圧倒的なまでの力でねじ伏せてくる。

 

 いくら努力したところで追いつけないほどの壁となって立ちはだかってくる。

 

「俺は何のために……今まで!」

 

 拳を握りしめ、地面にたたきつける。痛みだけがじんわりと広がっていき、一夏は虚しさを感じた。

 

 何もできない自分が恨めしい。

 

 弱い自分が恨めしい。

 

 誰でもいい。誰か助けてくれ。

 

 こんな弱い自分を助けてくれないか。

 

 誰でもいい、誰か――――

 

『お呼びかい?』

 

 そして、男の声は優しげに響いた。

 

 

 

 

「お、お前は……」

 

 男の声に導かれるように、一夏の意識は現実から引き離された。ショッピングモールの時と同じだ。気付いたときには既に周囲の景色は真っ暗闇へと変わっている。

 声の主は相変わらずその姿を見せない。その声だけがまるで狭い部屋の中で話しているように反響して聞こえていた。

 

『久しぶりだな……って、さっきぶりだけどな』

 

「お前は何なんだ」

 

『おっと、唐突だな、これまた』

 

「当然だろうが」

 

 茶化すような男の言葉に一夏も言葉尻に怒りがこもる。

 今このような男の相手をしている場合ではない。自分にはやらなければいけないことがあって、とそこまで考えて一夏は思考を止めた。

 

「……やらなければいけないこと、か」

 

 突然の場面の転換に驚き頭から抜け落ちそうになっていたが、つい先程自分で言ったばかりではなかったか。自分では役者不足だと、だから誰かに助けを求めて――――――

 

『助けてほしいんだろ?』

 

 一夏の心を見透かしているように男は言った。

 

『誰でもいい、誰か助けてくれ。そう言ったのは一夏、お前じゃなかったのか?』

 

「……ああ。でも、なんでお前が」

 

『俺はあんまりお前に干渉するのは好きじゃない。だが、お前がそれを望むなら話は別だ』

 

「――――どういうことだ」

 

 男の言葉に一夏はしばしの逡巡の後、そう問いかけた。『簡単なことさ』と男は続ける。

 

『この前のショッピングモールのとき同じく、俺がお前に手を貸してあいつを倒してやるって言ってるんだ』

 

 一夏の思考が止まる。

 

 彼の言葉が一夏の断片的な記憶を刺激する。

 

 蠢く黒い腕の群れ。

 

 呑み込まれ、失う意識の感覚。

 

 男の問い。

 

 全てを背負う覚悟。

 

 あの時、一夏は男の問いに答えを出すことが出来なかった。全てを背負う覚悟がなかった。だからこそ、あのとき一夏は力に溺れ暴走したのだろう。

 暴走した時のことをはっきりと憶えているわけではなかった。ただ、霞みがかった意識の中で一夏は確かに力に溺れる快楽に近いものを感じていた。あのとき一夏は自身の中から溢れだす力の奔流に身を任せ、獣のような本能だけが全身を支配していた。

 しがらみを捨て、ヒトを捨て、理性を捨て、獣へと堕ちる。それは一夏が今まで感じたことのない解放感をもたらしてくれた。

 

『お前が望めばこの間のように手を貸してやる。これが千冬姉のシナリオだったとしても、今のお前じゃあれには勝てない』

 

 だが、同時にそれは一夏に恐怖を植えつける結果にもなった。

 

 自分の中に存在する正体不明の声。

 

 意識と解離した感情の昂ぶり。

 

 まるで自分が自分ではなくなったような感覚。他人が体を操り、自分の者ではない力を振るっている感覚。

 

 自身の理解の範疇を超えたそのどれもが不明瞭であり、暗闇の底のように果て見えず不気味さを持っている。

 

 恐怖を感じるなというほうが無理だった。

 

 今まで一夏が訴えてきた体調不良や鈍痛は予兆だったのかもしれない。自分の中にいる何が自分を蝕もうとしていることの前兆で、それはきっと自分を狂わそうとしている。もう一度、あの深みへと誘い理性という枷を壊そうとしているのだ。

 

 きっとそれが『力』というものなのだろう。

 

 途轍もなく大きな力が一夏の中で蠢き、胎動している。はっきりとわかるわけではない、理解できるわけでもない。だが、感じてしまう。

 一夏の中にある『力』は織斑一夏という存在すら蝕み、それをも呑み込もうとしている。

 

 この男の声はきっとその『力』が具現化した形なのだ。 

 力を欲する一夏に甘く囁き、今一度その『力』の衝動を解き放とうとしている。前とは違う、ただ流され溺れるのではない。

 次は自分で、自らの手によってこの『力』を求めろと男は言っているのだ。

 

 今の一夏にその『力』を制御することはできない。

 

 だが、求めずにはいられない。

 

 一夏には圧倒的に力が足りない。

 

 技量が足りない。

 

 経験が足りない。

 

 何より圧倒的に覚悟が足りなかった。

 

 覚悟がなければまた前回同様『力』に溺れ、理性のない獣と化すだろう。

 

 だが、それでは駄目なのだ。この絶望的な状況を打開するために、この『力』が必要なのだ。

 

 他を圧倒する、誰も届かないような、頂きの力が。

 

『さぁ、どうする。選ぶのはお前次第だ、一夏。答えを聞かせろ』

 

「お、俺は……ッ!」

 

 男の声は思考は麻痺させ、考える余地を与えてはくれない。

 体はとっくの昔から『力』に蝕まれている。

 選択肢などあってないようなものだ。

 その『力』はまるで麻薬のようなものだ。もう一度、その『力』を解き放てばもう二度と元には戻れなくなる。溺れれば、二度と這い上がってこれないような深い衝動の底に沈んでしまうだろう。

 

 だが、それでも――――

 

「――――皆を守れるのなら、どうなって」

 

 何もない虚空へと一夏は手を伸ばす。まるで差し出された誰かの手を掴もうとしているかのように、ゆっくりとゆっくりと近づいていく。

 

 これでいい。

 

 これで終わるのだ。

 

 誰も傷つかない、皆を守れる。

 

 

 

 

 

 ――――――だけれど。

 

 

 

 

『一夏! 何をそこでちんたらと寝ているのだ! さっさと起きろ、馬鹿者が!』

 

 

 

 

 ――――――あの幼馴染の少女はそれを許してはくれなかった。

 

 

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