IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第三十七話 決戦/決着

「参ったわね、これは」

 

 状況は絶望的だ。セシリアの主力武装である『スターライトmk-Ⅲ』 は破壊され、度重なる戦闘で『ミステリアス・レイディ』のエネルギーは底を尽いた。攻撃に回せるだけのエネルギーはなく、敵の攻撃から逃げ回ることしか出来ない。セシリアもまた主力ともいえる武装を失ったことで全体的な火力が不足している。これでは決定打どころか、あの防御を打ち崩すことすら出来やしない。

 

「どうしますか? このまま救援を待ち続けたところで、わたくし達が持つかどうか……!」

 

 一夏が戦線を離脱したことによる影響は、このチームに少なくないダメージを与えていた。元々、即席で結成されたチームだ。穴だらけなのは基から承知の上であり、そこから一人でも抜ければ一気に瓦解するのは目に見えていた。

 

 だが、こうも脆いとは楯無も思っていなかった。

 

 確かに未熟なチームではある。三人でなければ機能しないチームを未熟と言わずしてなんというか。熟練者ともなれば一人が抜ければ即座に陣形を変え、残存した人数で連携を再編成する。さすがに楯無はセシリアにそこまでの技術を要求しているわけではないが、少なくとも一夏の抜けた穴ぐらいはどうにかなるだろうと高を括っていたのだ。

 その結果がこれである。一度瓦解し始めれば、もう内側から止める事は出来ない。

 しかし、その間も敵は攻撃の手を緩めてはくれない。むしろ、好機と感じたのかその猛攻は留まるどころか更にその激しさを増していた。

 

「――――ッ!」

 

 紙一重の攻防戦。一切の隙すら許されない熾烈さは瞬きすら命取りとなる。

 先に捕まった方が負けだ。

 これは根競べ。

 楯無とセシリアが逃げ切るか、敵が二人を殲滅するか。

 集中力を切らせば、待っているのは死だけ。

 どちらか一人でもその魔の手に追いつかれた瞬間、勝敗は喫する。

 

「しまっ……!?」

 

 触手の切っ先が捉えたのはミステリアス・レイディの脚部、その側面だ。そこへ正確無比に撃ちだされる一撃は、逃げ回る楯無をしっかりと捉えていた。

 地面に叩きつけられ、楯無が呻き声を上げる。そして、そこに決定的な隙が生じた。

 振り上げられた触手が、楯無めがけ振り下ろされる。

 回避行動は間に合わない。

 楯無は諦めたように目を瞑り、来たる衝撃に備えた。

 だが、楯無の予想に反し、襲ってくるはずの衝撃はやってこなかった。

 楯無は恐る恐る瞼を開いた。

 

「――――なに簡単に諦めようとしているんだ、お前は」

 

「く、玄兎……!」

 

 漆黒の衣に身を包んだ少年はそう言って、不敵な笑みを浮かべていた。

    

 

 

 

「なんで……玄兎が」

 

「俺がいちゃ駄目なのかよ……」

 

 まだ目の前の現実をはっきりと認識出来ていないのか、楯無は目をやたらと瞬かせていた。

 

「玄兎がここにいるってことは、あっちの方は大丈夫なの?」

 

「あー……いや、そっちは取り逃がした。あと一歩だったんだが」

 

 しかし、実際のところこの《アルマ・ハルマ》の暴走がなかったとしても、ルイス達を捕縛出来ていたかどうかはわからなかった。たった二人と数機でIS学園を襲撃、制圧するような連中だ。奥の手を隠し持っていたとしても不思議ではない。

 

「だから、後はアリサと瑛梨に任せて俺はこっちに来たわけ。わかった? OK? ――――ッ!」

 

「え、きゃっ――!」

 

 敵は会話を交わす間すら待っていてはくれないようだ。触手の先端を槍のように尖らせた一撃が、二人を襲う。玄兎は咄嗟に『衣』を纏い、楯無を庇ったが勢いまでは相殺しきれずそのまま後ろへ吹き飛ばされてしまう。

 

「チッ……! せっかちな野郎だな!」

 

 空中で体勢を整えつつ、玄兎は再び迫ってくる触手の槍に舌打ちする。矢継ぎ早に繰り出される攻撃は一発一発が必殺の威力を持っているが、真に恐ろしいのはそこではない。威力がただ高いだけなら玄武の『衣』で完全に相殺することが可能だ。しかし、そこに異常なまでの反応速度と攻撃速度が合わされば、いくら『衣』といえど防ぎきることはできない。

 

 『衣』は玄武のエネルギーを過剰に消費する。『衣』はそれ自体、あの触手と同じエネルギー物質で構成されており、それを形成し展開しておくには常時エネルギーを放出状態にしておかなければならない。そのため『衣』は連続して長時間の発動は不可能である。また、一般の楯とは違い、攻撃によって摩耗すれば瞬時に損傷個所を再構成し修復するという性質がある。故に今回のようなスピードに優れている相手とは相性が悪いのだ。

 

「この状態ではちと、きついな」

 

「何よ、私が重いっていうの?」

 

「そうは言ってねえだろ。第一、お前さんをお姫様抱っこして逃げ回るってのは、やりにくくてしょうがない」

 

「くぅ……! これもそれも全部あいつが悪いのよ! あいつが!」

 

 なんでこんな時に限ってお姫様抱っこなのよ――――と、楯無は玄兎の腕の中で場違いな怒りを覚えていた。しかし、いくら怒りをぶつけたところで今の楯無にはどうすることもできない。黙って、事態の行く末を見守ることしか出来ないのだ。

 

「セシリア! お前の方は大丈夫か?」

 

『ええ、なんとか……ですが、もうほとんどエネルギーが残っておりませんの』

 

「何分行けそうだ」

 

『精々、五分が限界ですわ。BT兵器を使用すれば、の話ですが』

 

「よし、それだけあれば十分だ」

 

 玄武とメインの武装を失ったブルーティアーズでは少々決定打に欠けるが、それも致し方ない。

 

 そう割り切り、玄兎は作戦を伝えようとした。

 

『――後ろですわッ!』

 

 玄兎よりも先に、セシリアからの通信が飛んだ。内容は背後からの攻撃を知らせる警告だ。

 

 振り返らず、ハイパーセンサーによる視界補助で攻撃を視認する。

 

「面倒くせぇ、ッ!?」

 

 だが、その警告により意識を背後に逸らしたのが仇となった。後方の触手から遅れて、前方から迫ってくる触手に気付けなかったのだ。

 気づいたときには回避行動が間に合わないほど至近距離まで接近を許していた。

 咄嗟に身を捻るが、敵の攻撃からは逃れられない。

 

(回避が無理なら、防御するしか!)

 

 楯無を抱く腕に力を込め、玄兎は『衣』の出力をさらに上げる。

 槍の先端が空間を掻っ切り、速度を増しながら突き進む。

 そして、その槍の先端が『衣』に突き立てられようとしたその瞬間、彼らの目前を白い光の奔流が覆った。

 白い光に呑み込まれた触手の槍は、まるで煙が風に吹かれたように消滅していく。

 

「何が起こったの……?」

 

 楯無が茫然と呟く。

 一瞬であの攻撃を消滅させてしまった、白い光。それはまるで白式のバリア無効化攻撃の如く――――

 

「よぉ、遅かったじゃねえか、ヒーロー?」

 

 玄兎が向ける、その視線の先。

 

「すまん、遅れた」

 

 純白の粒子に身を包んだ騎士が軽く頭を下げていた。

 

 

 ――――面子は揃った。

 

 

    *     *    *

 

 アリーナでの決戦が最終局面を迎えようとしている時。深手を負った鈴音の応急手当のため戦線を離脱している簪は、血まみれで横たわる少女を見下ろし小さく息をついた。

 

「今出来ることは……これで全部。あとは……待つしかない」

 

 鈴音は胸部を深々と斬られてはいるが、幸い命に別状はなかった。ISの絶対防御に威力を削がれたのかもしれない。鈴音の状態から見て内臓が損傷していることはなさそうだ。

 これならきちんとした医療機関で然るべき治療を受けることが出来れば、傷痕は残ってしまうだろうが最悪事態だけは避けられるだろう。

 

『……簪? 聞こえるか?』

 

 通信が入る。玄兎からだ。

 

「く、玄兎……!? ど、どうして」

 

『事情は後でだ。とにかく、ちょっと出てきてくれ。お前に頼みたいことがある』

 

「え、ええ……えと、わかった」

 

 簪がそう答えると玄兎はお礼を言ってそのまま通信を切ってしまう。事情が呑み込めない簪だが、玄兎からの頼み事だから断るわけにもいかない。

 攻撃を警戒しながら、簪は壊れたピットの残骸の隙間からアリーナを覗き込む――――と、その時だった。

 

「ちょ、ちょっととぉぉおぉおおおおおお!!」

 

 絶叫がアリーナに響いた。いまだ戦闘音がアリーナを揺らす中、場違いなその声は真っ直ぐ簪に向かって近づいてきていた。

 簪の眼前を影が通過する。一瞬の出来事だった。通過した影が弧を描くようにして簪の元へ飛んでくる。

 

「きゃ、きゃっ!?」

 

「ぎゃふっ」

 

 影は勢いよく簪に突っ込んできた。互いに軽い悲鳴を上げながら、絡み合いピットの中を転んでいく。

 ようやく回転の勢いが止まった頃には、簪は全身埃まみれになっていた。

 

「いたたっ……ごめんね、簪ちゃん! 怪我ない!?」

 

「え……お姉ちゃん?」

 

 飛び込んできた人影の正体は姉である楯無だった。アリーナで一夏とセシリアと一緒に《アルマ・ハルマ》の暴走体と戦っていたはずの彼女がなぜここにいるのか、またなぜISの展開を解除してここに飛び込んできたのか。

 

 いくつもの疑問が簪の脳裏によぎるが、それを余所に楯無の心配はあった。

 

「ああ、あのバカッ! よりにもよってなんで簪ちゃんめがけて私をぶん投げるのよ! 下手したら私も簪ちゃんも怪我するかもしれないのに!」

 

「あ、あの……お姉ちゃん、落ち着いて」 

 

 彼女の話から察するに、玄兎の頼み事とは楯無のことだったらしい。ISを展開できなくなった楯無をあのまま生身で戦場に残しておくのは危険だ。玄兎としては出来るだけ危険から遠ざけようとしたのだろう。その方法が無茶苦茶なのは、いかにも彼らしい。

 

『受け取ったか? 簪』

 

「うん……ちゃんと、届いた……」

 

 ちゃっかり楯無の扱いが酷い。

 

『じゃあ、鈴と楯無をよろしく頼むぞ? もしもの時はお前の判断で動け。いいな?』

 

「も、もしもの時、って……!」

 

『そりゃあ、勿論俺らが負けた時だよ。まぁ、その時はこっちも切り札を切るしかねえんだけどな。それでも駄目だったときは、頼むぜ、簪』

 

 通信越しでも玄兎にそう言われては、かぶりを振るわけにはいかない。何を隠そう玄兎の頼みだ。玄兎が自分を頼りにしてくれているという事実だけで、簪はどんなことよりも嬉しくなる。

 そこまでで玄兎は通信を切った。もう玄兎からの通信は戦闘終了まで入ることはないだろう。

 

「玄兎……」

 

 拳に力がこもる。本当に玄兎は大丈夫なのだろうか。無事に帰ってきてくれるのだろうか――――そんな心配ばかりが浮かんでくる。

 簪はあの化物の恐ろしさを直に体験しているわけではない。楯無とは違い、鈴音に付きっきりだったからだ。

 だが、それでも暴走した《アルマ・ハルマ》の危険さは理解している。

 国家代表で第三世代機のパイロットで生徒会長で、何より幼い頃から憧れだった姉が負けた。ただそれだけで、簪には《アルマ・ハルマ》がどんな存在か理解するに足りていた。

 

「大丈夫。玄兎なら、大丈夫よ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「信じなさい。玄兎は強い……どんな奴にだって負けない。お姉ちゃんが保証する……だから、簪ちゃんは安心して、あいつが帰ってくるのを待っていればいい」

 

 そう言って、楯無は簪の頭を撫でた。

 楯無の言葉は優しくて、まるで母親が子供をあやすような感じがした。楯無と簪の母親は簪が生まれてすぐ、若くしてこの世を去った。それなりの名家だった更識家では使用人が母親代わりになっていたが、心のどこかでは寂しさを感じていた。そんな時、決まって姉が母親の真似事をして簪の頭を撫でるのだ。すると、不思議なことにそれまで心にぽっかりと開いていた穴が、綺麗さっぱり消えてしまう。

 初めのころは拙くて、痛いこともあったが今ではすっかり慣れている。優しく、包み込んでくれるような手つき。それは今でも簪の不安をすっぽりと覆い隠して、見えなくしてくれる。

 

「……勝って、玄兎……っ」

 

 振り絞るような簪の言葉は、彼には届かないけれど。

 今の自分に出来るのはこれぐらいしかないのだから。

 信じよう――――彼の強さを。

 

    *    *   *

 

 

「楯無さん、だいぶ派手に飛んでいったけど大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ダイジョブ。あいつはああ見えても、頑丈だからな」

 

「それは女性に対する侮辱にも聞こるのですが?」

 

「ハハッ、テレルナー」

 

 これでも楯無は玄兎に抱えられているときは幸せそうな顔をしていたというのに。現実というは非情だ――と、一夏はため息をついた。

 

「さてさて、無駄話はここまで。残った面子でこいつをどうにかしないといけないわけですが」

 

「どうにかするって……簡単に言ってくれるな」

 

 玄兎の言葉に、一夏が苦々しい顔で答える。

 戦線に一夏が復帰したとはいえ、戦況が大きく変化したわけではない。玄兎が加入したが、代わりに楯無が戦線を離れた。彼女の抜けた穴というのは、やはり大きい。一夏よりもよっぽど技術も経験もある、玄兎との連携だって彼女の方が数段うまくこなすはずだ。

 だが、そんな泣き言を言っても、楯無がいなくなってしまったこの状況が変わるわけではない。

 

(……あの〝力〟がもう一度使えたら、ちょっとは違ったかもしれないけど)

 

 一夏が玄兎と楯無を間一髪で救った、白い光の一撃。あの触手を一撃で屠った静かな光の奔流――――それが一体何なのか、撃った一夏すら分かっていない。

 ただ、暗い闇の中で白い光に包み込まれたと思ったら、目の前には玄兎達がいて、二人を助けようとただ反射的に刀を振るった――ただ、それだけ。

 思考の介在もなく、本能的に感じていた。今の自分には二人を救える〝力〟があると。

 振るい、解き放て。

 誰かにそう囁かれているような気がして、それに導かれるように一夏は〝力〟を振るった。

 そこに一夏の意思は無くて、まるで腕を動かせるのが当たり前のように一夏は力の振るい方を知っていたのだ。だから、改めてその〝力〟を振るおうとしても、一夏の意識や思考はその力の使い方を知らなかった。

 あの〝力〟は一度振るうだけで、戦況を左右できる程の力だ。このふざけた戦いを一気に収束させることが出来る力。だが確かにそれは存在するはずのに、掴もうとしても霧のように手からすり抜けていく。一夏はそんな自分が悔しくて、歯がゆくてたまらなかった。

 

 やっぱり、自分なんかが英雄(ヒーロー)になんかなれないんじゃないかとも思う。

 だけれど、一夏は今も前を向いて剣を握っている。自分なんかを英雄(ヒーロー)だったと言ってくれてた少女のためにも、今ここで一夏が折れるわけにはいかないのだ。

 

「一夏。お前、さっきの白いやつ、もう一度使えるか?」  

 

「……ごめん。さっきは無我夢中で……正直、何をどうしたのかすら覚えてないんだ」

 

 やはり玄兎は一夏のあの〝力〟を頼りにしていた。だけれど、その期待には応えられない。一夏は歯がゆさを堪えながら、正直に言った。

 

「そうか……まっ、そう人生そう甘くねえってことだな。元々、降ってわいたようなもんだったんだ。気にすんなよ?」

 

「でも、あれがあったらもっと簡単に勝てるのに……今の俺じゃ、玄兎の足手纏いになるかもしれないのに」

 

「そんなこと気にすんな。どちらにしろ、あいつに勝つにはお前抜きには考えられないんだ。胸を張って、自分が止めを刺してやるって気持ちじゃねえと、負けちまうぜ?」 

 要するに気持ちの持ちようだ。現実の差に足が竦んで自分を追い詰めすぎると、むしろ負ける確率を高めてしまう。慢心や傾倒して周りが見えてなくなってしまうのは駄目だが、どんな相手にだろうと何が何でも勝ってやる、負けるはずがないと、そんな大仰な心構えで臨むことの方がかえって大切なのだ。

 

「最初から諦めてたら勝てるもんも勝てなくなるぞ? っと!」

 

 背後から狡猾に襲うとしてくる触手の槍をかわしながら、玄兎はそう言う。実際、玄兎も言うほど《アルマ・ハルマ》の暴走体を甘く見ているわけではない。あれに勝とうとするならば、万全な状態で四神を揃えなければきついだろう。四神は束が作ったISの中でも最高傑作と謳われる代物だ。それが四機、同時に相手取らなければ確実に倒せないと玄兎は考えている。

 

 それだけの相手にも関わらず、玄兎が余裕を見せているのはむしろ精神的な理由からだ。あまり敵の強さを意識して張りつめ過ぎると、思わぬところで足元をすくわれかねない。どんな敵が相手だろうと、心に余裕を持つことが勝利への第一歩となる。

 

「どちらにしろ、わたくし達には後がありませんわ。ならば、怖気づくよりも早くやってしまった方が、悔いも少ないのではないでしょうか?」

 

「セシリアの言う通りだ。背水の陣ってやつだ、俺たちの後ろに逃げ道はねえ。なら、潔く前に突っ走った方がすっきりするだろ」

 

 触手の槍をかわし、その嵐の中を掻い潜って玄兎とセシリアは《アルマ・ハルマ》に一撃を入れる。BT兵器による射撃と、大鎌の斬撃。絶えず訪れる攻撃は、先程まで絶対的な優位性を持っていた《アルマ・ハルマ》を少しだけ押し始めていた。

 

 ――――凄い。玄兎が入っただけで、こうも変わるのか。

 

 巧いというのか、彼は連携の取り方が絶妙なのだ。阿吽の呼吸のようにセシリアの射線から身を逸らし、彼女への攻撃をカバーする。また、一夏が斬撃に移ればカバーと追撃を続けて行い、セシリアへの対処も忘れない。楯無も十分すぎるほど巧かったのだが、玄兎の巧さは次元が違っている。まるで潤滑油だ。彼がいるだけでセシリアと一夏すら連携が、さらにうまく機能し始めていた。

 

「ちっ、やっぱり堅いな……それにあの触手が邪魔だ。一体何本、だせんだよ」

 

 両腕があった部位から発生しているものとはまた違う箇所、浮き彫りになったコアの周辺を守るようにして新しい触手が出現していた。その姿はやはり醜悪の一言に尽きる。

 

「一夏、セシリア。ここからは、さっき話していた案で行くぞ!」

 

「了解しましたわ」

 

「了解」

 

 突破は無理と判断するや否や、玄兎は即座に作戦を変更した。通常の連携から、一夏のバリア無効化攻撃を主体とした連携に切り替えたのだ。

 

「一夏! 俺たちのエネルギーは残り少ない。決めるなら一発だ。いいな!」

 

「おう!」 

 

 零落白夜はまだ発動させない。自身のエネルギーを消費して発動する零落白夜は、諸刃の剣だ。恐らくエネルギー残量から見てもそう連発できるものではない。故に玄兎の作戦はシンプルなものになった。 

 まずはセシリアと玄兎で《アルマ・ハルマ》への道を作る。そうして出来た道を通り一夏が接近、零落白夜を発動させ一気に仕留めるというのが、今回の作戦の内容だった。

 もう三人には小細工を弄せるエネルギーは残っていない。ならば、単純に力押し、数の力に物言わせるしかなかった。

 

「援護射撃行きますッ!」

 

 セシリアの掛け声。目標へと急速に接近を始めた玄兎の肩すれすれを通って、《アルマ・ハルマ》を穿つ。しかし、それはあっさりと触手により防がれ、続けざまに玄兎を薙ぎ払おうと触手が動く。

 

「へっ、何度も何度も飛ばされっかよ!」

 

 『衣』を全身に纏い、玄兎は更に突進するスピードを上げる。その間、横合いから二度、三度と触手が放たれていたが『最強の楯』を自称するだけあって、びくりとも揺るがない。前回は不意打ちだったために不覚を取ったが、本来『衣』と真っ向からぶつかり、突破するのは極めて困難なことだ。伊達に最強を謳ってはいない。

 だが、それでも燃費の悪さだけはどうすることも出来ず、この攻防で残存エネルギーの八割を消費してしまった。もう、後はない。

 

「らぁッ!」

 

 大鎌が切り裂いたのは両腕の部分にある二本の触手だ。それを半円を描くように、大鎌で斬りおとす。

 

「今だッ、行けえええッ! 一夏!」

 

「ウォオオオオオオオオオオオッ!」

 

 玄兎の背後、五メートル。突進する玄兎のすぐ後方に付いていた一夏が、玄兎の合図とともに《アルマ・ハルマ》の目の前へ飛び出した。

 手には雪片弐型。既に零落白夜は発動している。

 敵は隙だらけ。核であるコアをこちらに曝け出し、まるで斬ってくださいと言わんばかりに一夏を待ち受けていた。

 一夏が一歩踏み込む。下段に構えていた雪片弐型を更に低く、その刀身を下げる。

 裂ぱくの気合いが鳴った。

 逆袈裟掛けに刀身を振り上げ、その惨たらしい姿を一刀のもとに切り伏せる。

 コアを守るように触手が蠢きだすが、零落白夜によるバリア無効化攻撃はエネルギー物質を振れた先からすべて消滅させる。

 

 最後にもう一太刀、一夏は先ほどとは真逆に刀を振り下ろす。

 

「これで――――最後だッ!」

 

 これですべてが終わる。柄を握る手に力がこもり、振り下ろされる剣先がもう一度《アルマ・ハルマ》の胴体に吸い込まれていく。

 

 

 またしても変化は唐突に現れた。

 

 

「――ッ!?」

 

 止めを刺そうとした一撃が押し返された。雪片弐型の切っ先は既に胴体を切り裂き、その内部に食い込んでいる。だが、まるでそれを内側から押し出そうとするように、何しらの力が一夏の一撃を押しとどめていた。

 押しても引いても、びくともしない。

 焦燥感が募る。全身から危険信号が嫌というほど鳴り響く。心臓の鼓動が早まり、それがさらに一夏の焦燥を高める。

 

「一夏ッ、離れろ!」

 

 玄兎の切羽詰まった叫び声に一夏は、我に返った。雪片弐型を量子変換し、すぐさま距離を取ろうと後ろへ飛び退く。それを追いかけるように、触手が伸び一夏を絡め取ろうとする。

 

「セシリア!」

 

「わかってますわ!」

 

 こちらの攻撃が不発に終わったことを悟るや否や、玄兎は即座に対応を切り替えた。不発に終わった追撃を諦め、セシリアへ一夏の援護を命じる。セシリアもそれは想像していたようで、間髪入れずブルーティアーズによる援護射撃が伸縮する光の触手を穿った。

 

「……しくじった」

 

「反省は後だ。今はもう一度、あいつに肉薄するチャンスを狙ってろ」

 

 玄兎はまだ謝罪しかけた一夏に向かって、そう言い捨てた。ここは戦場だ。一刻一刻で戦況が絶え間なく変化する中で、何かやる度に一々反省していてはこの目まぐるしい渦の中では生き残ることはできない。後悔があるのなら、それを次に繋げ活かす。反省は終わった後でいくらでやれる。

 

「しかし、あれも防がれたとなると……どうするかね、次は」

 

「確かに一太刀目は入ったんだ。感触はあったんだ。だが、二回目は止められた……まるで、あの内部全体があの触手で出来ているみたいだ」

 

 一太刀目の感触と二太刀目の感触の違い。それは切った箇所の違いだとか、角度の問題だとかで済ませられるようなものではなかった。まるっきり、切った物体が違う。感触が一度目と二度目では一切違うのだ。

 最初は硬質な物を断ち切ったようで、二度目は柔らかいものに刃が挟まれたような、なんとも言えない感触だった。

 

「もしかして、あの機体の内部は触手、もしくはそれと同質の物体で埋め尽くされているとでも言いたいんですの?」

 

「想像しただけでも吐き気がするな、それ」

 

 内部から漏れだす触手の群れ。想像するだけで背筋が凍る光景だ。さすがの玄兎でもそれだけは一生お目にかかりたくなかった。

 

 しかし、それでは説明がつかない部分がある。

 

「でも、触手だとしたら零落白夜で消滅させられるはずじゃないのか じゃあ、なんで斬れずに止められたんだ?」

 

 一夏の困惑ももっともだが、それに対する回答は思いのほか早く得られた。

 

「そりゃあ、あれだろ。常に触手を生成し続けていれば、お前の零落白夜が消滅させるより多くの触手を生み出すことは可能だろ。そうすれば、攻撃を受け切ったことの説明は付く……一撃目で学習したってところか、厄介だな」

 

 だが、ダメージは確実に与えている。先程の攻撃が無駄にならなかっただけでも良しと、思うべきなのだろう。

 

「……つまり、あれを倒すために越えなければならない壁がまた一つ、増えてしまった……ということですのね」

 

「ああ、そうだな。しかも、失敗するごとにあいつは学習し、対策を練ってくる」

 

「つまり、倒すのなら次で、一撃で倒さないといけませんのね」

 

 セシリアがため息をつき、かわいた笑顔を浮かべる。

 出来ることなら急いでこの場から逃げ出したい気分だ。何せ、相手が相手なだけに勝てる気が全くしない。自分たちが無事でいる未来よりも、悲惨な最期を遂げる未来の方が容易に想像できる。

 

「――――もう一度、俺に任せてくれないか?」

 

 そう言ったのは一夏だった。一夏は何かを決意したように、唇を引き結び二人を見ていた。

 

「そう言うが……出来るのか?」

 

「……さっきの白い光。あれなら、一撃で倒せる」

 

「ですが、それは使えないとおしゃったではないですか」

 

「だから、五分、いや三分だけ俺に時間をくれ! そしたら、俺があいつを倒してみせる」

 

 セシリアは押し黙り、やがて玄兎を見遣った。

 玄兎はしばらく考え込むと、「いけるのか?」と静かに問いかけた。

 

「おう。任せろ」

 

 そう答えた一夏の表情は、根拠のない自信だけからくるものではないような気がした。だから、玄兎は深々とため息をつき「仕方ない」と頭を掻いた。

 

「そうまで言うなら任せるぜ。どのみちお前の力なしじゃ、あいつには敵わなんだろうからな」

 

「……いいんのですの? 本当に使えるかどうかも分からない、まして使えたところでどうなるかもわからないものに頼りまして」

 

「ここまでくれば自棄だよ。少しでも希望があれば、縋りつくしかねえ。そういう状況にまで追い詰められてんだよ、今はな」

 

 どちらにせよも、こちらに有効打になる手段はもうない。ならば、可能性が低くとも希望のある選択肢を選ぶのは当然だ。

 その玄兎の判断にセシリアも「そうですか……」と引き下がる。彼女も理解しているのだ、この戦局があまりにも厳しいことに、一縷の望みに賭けなければならないほどだと。

 

「じゃあ、決まりだな。いいか? これが恐らく最後だ。これが失敗すれば、たぶん俺たちに勝ち目はない。だから、全力で行く。全力で時間を稼ぐ。あとのことなんて考えるな。ただ、残る力を以て敵に臨め」

 

 ――――それが玄兎の下した、最後の指示だった。

 

 

 

    *     *    *

 

 

「いいか、セシリア? あの馬鹿の時間稼ぎをしている間、絶対注意を俺たち以外に向けさせるな。今回は完全に俺たちは囮だ」

 

「言い切りましたわね。囮、と。このイギリスの代表候補生で、入学試験主席のわたくしを」

 

「仕方ないだろう……それに、俺はお前と量産機で引き分けた」

 

「なっ! それを今更蒸し返しますの!? というか、貴方のその機体、一体どこから……」

 

「男のIS操縦者なんて、訳ありに決まってんだろ?」

 

 左目を覆ったバイザーを、こつこつ、と叩き玄兎は笑ってみせる。

 

 訳ありとは言うが、玄兎の場合謎が多すぎて、むしろそういう次元の話では収まらない。女性はミステリアスな方がいい、とは聞くがまさかその類を目指しているわけではあるまい――と、セシリアは無為な思考をストップさせる。

 

「さぁて、行きますか」

 

 構える。セシリアの得物はインターセプター。日々、使いこなすための訓練は怠っていないとはいえ、この土壇場で使い切れるかどうかイマイチ心配ではある。だが、こうした実戦で使いこなすために訓練を積んできた。ここで使えませんでした、ではあまりにも格好がつかない。

 

「さて、どう引っ掻き回してやろうか」

 

「あまりこういうのは得意ではないのですが……」

 

「安心しろ。いざとなったら、助けるからさ」

 

 余裕そうにそう言うが、実際のところは玄兎だって限界ギリギリのはずだ。セシリアまで気を回す余裕があるとは思えない。「貴方の助けなど、いりません。得意でなくとも、遅れなど取りませんわ」と強がってみせるが、それでも一抹の不安はある。

 

 その不安を紛らわすように、セシリアは得物を構え、敵を睨みつける。

 

「可愛くないねえ……まっ、期待してるぜッ!」

 

 開幕の合図は玄兎が撃ちだすエネルギー弾。掌から発射されるそれが、一直線に敵へと向かっていき、それに追随するように玄兎が飛翔する。

 敵が大した動きも見せず、触手で振り払うように空間を打つ。まるで蚊でも追い払うようにいともたやすく、弾丸は弾かれ、消滅する。

 

 だが、それでいい。初めからダメージなど期待してはいない。

 

「だらぁッ!」

 

 大鎌が繰り出され、触手がそれを迎え撃つ。自在に形を変える槍が鎌と激突、激しく空気を振動させ、弾く。

 それで終わりではない。もう一撃、次は体を回転させながら胴体を下から斜めに切り裂こうと、狙いを定める。

 敵もこちらの意図を見切り、後退し鎌の刃から逃れようと身を捻った。

 だが、玄兎は更に追撃をかける。

 空を切った鎌、その刃の外側を《アルマ・ハルマ》へ押し込むように前へ突き出した。斬撃ではなく、打突や打撃に近い攻撃――――命中、その腹部へと刃の外側が押し当てられる。

 

「オラぁッ!」

 

 ブースト。残り少ない、エネルギーを使いスラスターを全開にし、大鎌を押し込む。

 だが、敵もスラスターによる推進力で対抗してくる。拮抗し、次第にISの機能差で玄兎の方が押され始めた。

 

 その間も触手は玄兎を狙って、その矛を放とうとしている。

 

「わたくしもいることを忘れては困りますわ!」

 

 高速で突っ込んでくる影。それが《アルマ・ハルマ》の眼前にまで迫ってきいた。なけなしのエネルギーを使っての瞬時加速(イグニッション・ブースト)、それもエネルギー不足で加速したのは一瞬だけ。

 だが、それでいい。それでいいのだ。

 この一瞬さえ加速してくれれば、インターセプターの刀身は――――

 

「頭ががら空きですわよ?」

 

 ――――《アルマ・ハルマ》の頭部を捉える。

 

 すれ違うように、セシリアの斬撃が《アルマ・ハルマ》の頭部を破壊する。すれ違いざまの一瞬の攻防。伸ばしてくる触手が追いつかない速度で突っ込んできたセシリアに、《アルマ・ハルマ》は反応が遅れた。玄兎の対応もある。さすがの機械でも同時に敵を相手にするのは苦手らしく、反応がほんの一瞬だけ遅れ、そこに隙が生じた。

 インターセプターの刃は《アルマ・ハルマ》の機体を動かす、メインAIを破壊していた。

 既に半分壊れかけていたところに、止めを刺した形だ。

 完全に機能を失った《アルマ・ハルマ》はまるで赤子のように暴走を始める。駄々っ子のように両腕の触手を伸ばし、手当たり次第に破壊の爪跡を刻んでいく。

 恐らく、もう視界すらまともに機能していない。ハイパーセンサーは壊れ、機体を制御するためのコンピュータは死んだ。

 あとは、この機体のコアそのものを破壊すれば、《アルマ・ハルマ》は機能を完全に停止する。

 

「やれぇエエエエエエエエッ! 一夏ァァァアアアアアア!」

 

 《アルマ・ハルマ》の攻撃範囲から離脱していた玄兎が、叫ぶ。ありったけの声で。最後の希望を、止めの一撃を――――

 

    

 

  *     *    *

 

 

 二人の手前、啖呵を切ったものの本当にあの〝力〟を引き出せるか、少しだけ心配ではあった。

 

「だけど、失敗するわけにはいかないんだ。俺はヒーローなんだ、あいつのヒーローなんだ。かっこ悪いところは見せられない――――だから、力を貸してくれ」

 

 瞑想するように目を閉じ、一夏は語り掛ける。

 誰ともわからない相手に。

 静かに問いかけ、答えを待つ。

 

 

 ――――君が願うのなら。

 

 

『―――コア起動プロセス、開始。シンクロ切断、新たにコアとの接続を開始、完了。『黒』との同調、失敗――放棄。『白』のみの接続を確認。プロセス、終了――――コア再起動(リブート)』

 

 力が湧いてくる。

 以前とは違う。黒くて、重くて、暗い力ではない。

 優しくて、静謐で、清浄な力の奔流を感じる。

 自我を飲みこもうとはしない。包み込んでくれる。

 

「これが、力……」

 

 ――――そう、君の力。前の君とは違う、君が望んだ誰かを助けるための力。英雄(ヒーロー)になるための力。

 

 ――――そして、最後の希望。

 

 ――――さぁ、いってらっしゃい。絶対に勝って、次は私に会いに来て。

 

 その声が途切れると同時、一夏の周囲に再びあの白い粒子が舞いだした。

 それらは次第に雪片弐型へと集まり、その刀身に白い刃を形成する。

 柄を握る手に力が入り、一夏は上段に雪片を構えた。

 静かだ。

 まるで周囲の空間から自分だけが弾きだされたように、静かで、ゆったりと時間が流れている。

 

『私が将来、料理がうまくなったらさ……一夏、毎日私の酢豚食べてくれる?』

 

『ああ、いいよ』

 

 これは記憶だ。一夏が長い間、忘れていた――――『白い』扉の奥にしまわれていた記憶。

 

『絶対忘れないでよね、この約束』

 

「ああ、ごめんな、鈴。約束破っちまった」

 

 今更になって思いだす。いくらなんでも、遅すぎる。

 いっぱい傷つけた。

 いっぱい泣かせた。

 たぶん、これからもまた泣かせてしまう。そんな気がする。

 だけど、それでも――――

 

「俺はお前と笑っていたい。笑って、過ごせる未来が――――箒と同じように、お前の英雄(ヒーロー)になりたい」

 

 それが一夏の願い。

 

 憧憬にある姉の姿に己を重ね、そしてそこにたどり着くため。

 

 ここは絶対に負けられない。

 

「だから、ここで終わりにしようぜ」

 

 

 ――――世界が白に染まった。

 

 

 

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