IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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第三十九話 波乱への序章

 夜も更け、騒動の波もようやく引き始め、一時の静寂が訪れていた。

 だが、それも今この時だけ。翌朝になれば、再び騒動の余波が生徒達を混乱の渦へと引きずり込むだろう。

 恐怖は伝染する。そして、いつまでも彼女らの胸の奥に眠っている。

 消え去ることはない。忘れることなど出来ない。一時の忘却はあれど、いつかまた恐怖は目を醒ます。

 今は他の生徒を刺激しないように、皆が平静を装っている。事件そのものは既に解決した。残るは今回の一件で生徒達に植え付けられた恐怖や不安だけ。今でこそ落ち着きを取り戻しているが、いつまた爆発してもおかしくない危うい状況だ。下手に動いて不安を煽るような真似は避けなければならない。

 勿論、それは楯無達やほかの面子にも同様に言えることだ。まだ表では平静を保ててはいるが、内心は不安でいっぱいだろう。今は立場と状況が彼女らを気丈にしている。このまま状況が一変しなければ、さすがの彼女らでもどこかで綻びを生じてしまう。そうなれば、不安は伝染し、眠っていた恐怖を再び呼び起こす。そうして起こったパニックは、もう止められない。誰もが危惧する学園崩壊への第一歩を踏み出すことになる。

 

 故に玄兎が取れる行動は限られていた。

 

「江波か。報告を頼む」

 

『遅かったね。もう今日は連絡がないかと思ったよ』

 

「仕方ねえだろ。お前らとの話なんか、楯無達には聞かせられねえ。ただでさえ危ないバランスの上に立ってるってのに、その要にぐらついてもらうわけにはいかないんでな」

 

『それでこんな夜更けに、か。なるほど、玄兎なりの優しさってやつだね』

 

「馬鹿言え。今ここが機能しなくなれば、間違いなくルイスは追撃を仕掛けるぞ。手負いでも、まだあいつの手持ちにはカードが残ってる。こっちが焦って迂闊なことをすれば、俺たちもこの学園と一緒に共倒れするかもしれねえ。そんなこと死んでも御免だからな」

 

『確かに。言えてるね。それで? 何から話そうか?』

 

 玄兎の言い分に江波は微笑を浮かべ、次を促す。

 

「あの後のことについてだ。ナギはもう寝てるのか?」

 

『うん。束さんと一緒にだいぶ遅くまで作業してたみたいだ。残念ながら結果は芳しくなかったみたいだけどね』

 

「そりゃあ、残念だ。ルイス達が突然、目の前から消えた理由を突き止められればよかったんだが」

 

 玄兎達がルイス率いる無人機と交戦した際、アルマ・ハルマの暴走体の一撃を受け玄兎が海に沈んでいる隙にルイス達は逃亡した。そこまではいい、問題は彼らの逃亡の方法だ。

 

 玄兎達は過去に何度もルイスと戦ってきたものの、そのほとんどでルイスをあと一歩のところで取り逃がしている。

 そして、玄兎達の前から姿を消す時、必ずルイスは忽然とその姿をくらましているのだ。ステルスのように姿を消し、まるで幻のようにその場から消えてしまうのである。

 

 最初はステルスの類かもしれないと束もナギも躍起になっていた。だが、何度やってもその方法は掴めなかった。

 

「四神のように、束が改良したステルス機能でも熱源感知、レーダー、視認から機体を見えないようにするだけなら、まだ対処の仕様があるんだがな」

 

『消失。その名の通り、彼らは忽然とその場から消えてしまう。逃げ去った痕跡すら残さず、か……確かに不気味だね』

 

「どんなに姿を隠しても、そこにいることは変われねえ。動けば何らかの形で痕跡が残る。空気の流れ、足音や息遣い、特定しようとするならほかにだって方法はある。だが、問題のあいつらの手口はそのどれも残さない。言うなりゃあ、存在そのものが消えちまったみたいなもんだな」

 

『束さんは、ステルスよりも空間移動の方が正しいって言ってたよ。何でも、瞬間移動みたいなものだって。そもそも別の場所に移動していたのなら、その場には彼らの存在はないんだし、痕跡が残るはずもない』

 

「なるほど。瞬間移動か……しっかし、そんなこと本当に出来るのかねぇ」

 

 江波が語ったルイス達の逃亡方法に、玄兎が怪訝そうにつぶやく。何しろ眉唾物だ。信じろと言われて、信じる方が難しい。

 

『うーん、確かにそんなものがあったら僕も使わせ貰いたいよ。それがあれば、どこにいても蘭ちゃんに会いに行けるのに』

 

「ロリコン野郎は少し自重しような。頼むから、逮捕とかされないでくれよ?」

 

『僕は紳士さ。大丈夫だよ』

 

「変態という名の紳士、みたいな意味じゃないよな? 大丈夫なんだよな?」

 

 これを真面目に言っているのだから、心配にもなるというものだ。

 

『玄兎は心配性だなー。僕なら大丈夫だよ、絶対にへまなんかしないよ。したとしても、もみ消すから』

 

「お前の実家の権力が日本まで届いたらな……」

 

 江波の実家であるフォード家は世界でも有数な製薬会社を経営している。元々は兵器開発を主とする企業だったようだが、ISの台頭により兵器開発から退き、今では製薬会社として活動しているらしい。しかし、それは表向きの話で、裏では兵器開発と販売を続けているらしく、IS関連の事業も展開しているようだ。

 江波はその会社の社長の三男で、親のコネを使えばある程度の融通は利いてしまう。さすがに日本でもそれが通じるかどうかは分からないが、フランスでならば絶大な効力を発揮する。厄介事があって、フォード家の手を借りれば大抵のことはもみ消せるのだ。厄介な事件に巻き込まれやすい彼らにとっては、ありがたい話である。

 

「じゃあ、今回もルイスについては空振りか。せめて方法さえ特定出来れば、対処も出来るんだろうが」

 

『仕方ないよ。束さんの言ったことは、飽くまでも推測の域を出ていない。束さんは可能だって言ってたけど、机上の空論のようなものだしね』

 

 こればかりは今日明日で解決するような問題でもない。まだまだ彼らとの決着は先になりそうだ。

 

「じゃあ、次だ。回収した無人機はどうなった?」

 

 アリサと瑛梨が破壊された《アルマ・ハルマ》の残骸のことだ。あの後、彼女らに破壊され海に沈んでいた機体を、こっそりと引き上げ束のラボへと運び込んでいた。

 

 勿論、千冬や楯無には黙っての独断専行だ。飽くまでも『紅い兎』として、機体を回収したのだ。

 

『今、ナギちゃんと束さんが解析中だよ。もう少し時間がかかるみたい。ずっと部屋に籠って作業してたよ』

 

「こっちも収穫なし、と」

 

『こっちでも何か進展があったら、連絡するよ』

 

「ああ。だが、連絡は必ずこっちからする。下手なところで連絡すれば、一発で鬼がやってくるぞ」

 

『織斑千冬か……厄介な相手だね』

 

「ああ、マジで厄介な相手だ。あの出席簿アタックは、マジで痛い」

 

 もう総数で何度、あの攻撃を喰らったのだろう。いい加減、頭がへこんでしまいそうだ。

 

『あ、そうだ、玄兎。『紅い兎』宛に新しい依頼が来たんだ』

 

「こんなタイミングで依頼ってのもな……まぁ、貯蓄の事を考えれば我儘言ってる場合じゃないか。で? わざわざ、そんなことを報告してくるってことは、それなりの依頼だってことなんだろ?」

 

『正解。依頼主からは〝危険な仕事だから、気を付けるように〟っていう言伝を預かったよ』

 

「けっ、荒事関係かよ。俺たちは戦争代理屋じゃねえっつの。しかし、物騒な依頼だな」

 

 危険な仕事をわざわざ『紅い兎』に斡旋するような人物だ、きっとろくな人物ではないだろう。

 

『ちなみに依頼主は、例の情報屋。神谷玲也だよ』

 

「却下しろ。今すぐその依頼は断れ」

 

『まぁまぁ、落ち着いて……』

 

 かつて彼の仕事を引き受け酷い目にあった経験から、玄兎は玲也を毛嫌いしていた。アリサや束といった面子も同様だ。

 

 依頼を受けてもらいにくいとわかっておきながら、危険な仕事を『紅い兎』に依頼する。これだけでもこの事案がどんなものか想像がつくというものだ。

 

「IS案件か……」

 

『そうみたいだね。しかも、相手は前金として三十万、そして依頼の成功失敗に関わらず報酬をで百万払うと言っているんだ』

 

「……正気じゃねえ、値段だな。便利屋一つ使うにしては、破格過ぎる。ようは、そんぐらいあぶねえってことか」

 

『正直、僕は反対なんだけどね。何だか嫌な予感するんだ……結局はアリサちゃんの鶴の一声で受けることになったんだけど』

 

「メンバーは? その辺も相手からの条件付けもあったのか?」

 

『条件は一つ。少数精鋭であること、だってさ』

 

「うちには大勢の精鋭はいないんだがな」

 

 純粋に戦力として数えられるのは四人だけだ。そのうち玄兎は自由に動けない立場にある。実質、三人のみだ。

 

『それで誰が行くか決めるため、束さんの提案で激辛ジュースでロシアンルーレットをしたんだ』

 

「おい、ちょっと待て。どういう流れでそうなった。唐突過ぎるぞ」

 

『束さんだから』

 

「その一言ですべてが説明できると思ったら、大間違いだ……あながち、そうでもないと言いきれないのがあれだが」

 

 彼女なら突飛なことを言い出しても、誰も不思議に思わないだろう。篠ノ之束という人物はそういう人間なのだ。

 

「……あれ? おい、まさかアリサと瑛梨が気絶してたのって……」

 

『運悪くね。だから、デスソースだけは止めた方がいいよって言ったのに』

 

「あいつらは馬鹿なのか!? 馬鹿なんだな? いや、馬鹿だったな」

 

 どうしようもない理由だった。

 

「それで、その依頼ってやつは期日はどうなってるんだ。もしも、俺が動けるようだったら俺が行く」

 

 アリサと瑛梨が気絶したということは、ロシアンルーレットの結果はなおの勝利で終わったはずだ。つまり、玲也の依頼を受けるのは瑛梨とアリサの二人ということになる。

 実力だけで言えばアリサも瑛梨も玄兎に引けを取らない。純粋な体術だけでも玄兎に迫るアリサに、恐らくISでの戦闘になれば玄兎ですら勝つことが出来ない瑛梨のコンビだ。正直、生半可な連中では返り討ちに合うだけだろう。だが、依頼が依頼なだけに彼女たちだけは不安が残ることも事実だ。

 そのため念には念を入れて、もしも日程が調整できるようなら玄兎も同行しようと考えたのである。

 

『残念だけど、もう二人とも出発しちゃったよ』

 

「なに?」

 

 江波の答えに、玄兎は眉を顰める。

 

『どうやら急ぎの案件らしいよ。アリサちゃんたちも、バタバタして出て行ったしね』

 

「前と同じなら、まずは玲也を捕まえるところからか。面倒くせえな、もうお金貰うもん貰ってとんずらしてもいいじゃね?」

 

『今後、一切の仕事が入らなくなって、おばあちゃんの畑仕事だけで過ごすのなら、それでもいいんじゃない?』

 

「……頑張ってくれと二人に伝えておいてくれ」

 

 相手が相手なだけに、変な情報を流されても困る。こちらは信用が命なのだ。誰にも信用され無くなれば、仕事が来なくなってしまう。それだけは避けたかった。

 

『一応、束さんとなおちゃんがあっちのラボに移動して、サポートに回るらしいんだけど……』

 

「なおまでついていくのか? 大丈夫か? お前らの方には戦力が乏しくなるが」

 

『あっちの方が危険だと判断したんだよ。わざわざ、彼が僕たちを指名してきたんだ。念には念を入れておくのは、必要だと思うよ? それに、万が一の時には玄兎が駆けつけてくれるだろうしね?』

 

「無茶言うなぁ……」

 

 江波の言葉に、玄兎が苦笑する。

 冗談めいた言い方をしているが、江波は半ば本気でその言葉を口にしているのだろう。

 

 玄兎ならば駆けつけてくれる。その言葉は江波の玄兎への信頼の証なのだ。

 

「じゃあな。そろそろ俺も寝るわ。明日も後処理手伝いさせられるだろうからな」

 

『うん。おやすみ』

 

「おう、またな」

 

 

 

 

 通信を切り、玄兎は軽くため息をついた。

 

 空を見上げると、煌々と輝く月が眩しかった。目を細めながら、玄兎はふとその表情を消した。

 

 まるで先ほどまでの顔がはげ落ちたように、玄兎の顔が無で染められる。

 

「……駆けつけてくれる、ね。俺ならそうするのかな――――赤神玄兎なら」

 

 感情が籠られない声が、夜空に木霊し、消えていく。

 

 そこに立っていたのは先ほどまでは確かにIS学園一年一組に所属する、世界で二人目の男性IS操縦者である赤神玄兎だった。

 

 だが、今そこに立っているのは数十秒前までの彼ではなかった。

 

 誰だろう。

 

 そこに立っているの誰だろうか。

 

 分からない。

 

 分からない。

 

 

 ――――それは赤神玄兎なのか、それとも……。

 

 

「誰でもいいか。俺は俺だ。赤神玄兎だ」

 

 その言葉が、誰かに届くことはない。

 

 虚空に溶けて、消えていくだけ――――――

 

 

   *     *    *

 

「そうか……よし、報告ご苦労。下がっていいぞ」

 

 椅子に腰かける女性がそう告げると、目の前で直立姿勢を保っていた少女が鋭い敬礼をみせる。そのまま少女が部屋を退出していくのを見届けると、椅子に腰かけた女性は深くため息をついた。

 

「どうしたクラリッサ。疲れた顔をしているぞ」

 

 クラリッサと呼ばれた女性は顔を上げると、自分の対面に座っている少女に苦笑いを浮かべる。

 

「そういうラウラ隊長は、随分と嬉しそうに見ますよ?」

 

「ふん、なにを言っている。嬉しくないわけがない」

 

 ラウラ隊長と呼ばれた少女が、心底嬉しそうに頬を緩めた。

 

「ようやく玄兎の所へ行ける。よけいな手間を食ったが、これで晴れて私も日本へ行くことが出来るのだ。これが嬉しくならないわけがないだろう」

 

 ドイツ軍IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」通称、黒ウサギ部隊。ラウラとクラリッサが所属するその部隊は、かつてあの赤神玄兎と天宮瑛梨が所属していた部隊である。

 二人が軍をを退役して、はや二年あまり。はやる気持ちを抑え、ラウラは隊長としての責務をまっとうしてきた。順調に成果を積み上げ、今ではドイツ軍屈指のエリート部隊と呼ばれるまでに成長した

 

 そして先日、ようやく玄兎と瑛梨に会えるチャンスが巡ってきたのだ。

 

「IS学園ですか……一応、名目として開発中の第三世代機のトライアルだと伺っておりますが?」

 

「あそこには他の国の第三世代機もいる。どれほどこの国の技術が優れているのか、それを見せつける、という意味もあるのだろう。勿論、一番の目的は稼働データなのだろうがな」

 

 手元にある資料に視線を落とす。そこにはラウラの専用機として手渡された第三世代機の実戦データが記されている。イギリスや中国と比べ、若干開発競争に遅れているドイツはそれを少しでも早く抜け出そうと、少々躍起になっているようだ。自信過剰でありながら、プライド意識の高い技術者たちは、他国へ自らの技術力を見せつけるためだけにラウラのIS学園入学を二カ月も遅らせた。

 

「……隊長は元気でしょうか」

 

 クラリッサがぽつりと言った。彼女が言った隊長が、一体だれのことを指すのか。ラウラは敢えて指摘せず、言葉を続けた。

 

「元気さ。あいつが病気なんかするわけがない」

 

「また、偏食しすぎてお腹壊してないでしょうか……」

 

「……どうだろうな」

 

 妙なところを気にする副官にラウラは苦笑いを浮かべ、曖昧な言葉で返す。本当に彼ならそんなことを繰り返していてもおかしくはないからだ。肯定も否定も出来なかった。

 

「私が不在の間、部隊を頼むぞ、クラリッサ副隊長」

 

「了解であります、ラウラ隊長」

 

 黒を基調とした軍服に身を包んだ黒ウサギ部隊の隊員達は、皆がその左目に眼帯をはめている。クラリッサも例外ではなく、彼女の左目にはラウラと同じ黒色の眼帯がかけられていた。

 それはこの部隊が、創設された当初からあった部隊内での暗黙了解のようなものだ。

 傍から見れば異質な光景だが、本人たちは至って真面目に着用している。彼女らがあまりにも堂々と着用しているせいか、もはや部隊制服の一部として上層部にすら認識されてしまっていた。

 

 彼女らが眼帯をはめる理由――それは忘れないためだ。

 

 あの過ちを、彼の理念を、彼の思いを、彼の優しさを。

 

 そして、示すためだ。

 

 ここが貴方の帰る場所だと。自分達は何時までも貴方を待っていると。

 

 

 

 私たちは今でも貴方の家族なのだと。

 

 

「待っていろ、玄兎。今、行くぞ」

 

 決意新たに、一人の少女がまた旅立とうとしている。

 

 その先に待つのは果たして一体なんであるのか。

 

 彼女に待ち受ける運命も、玄兎に襲い掛かる運命も――――――まだ誰も知らない。

 

 

 

   *     *     *

 

 フランス某所。

 

 重厚な木製の扉を開けると、真っ先に飛び込んできたのは鹿のはく製だった。頭部だけのはく製がが壁が飛び出しているようにかけられている。それを照らし出すのは、年季の入ったランプの灯。仄かに灯った光は部屋全体を照らすには小さく、辛うじて視界が確保出来るほどこの部屋は薄暗い。

 本棚には様々な本が陳列されているが、そのどれもが黒魔術や悪魔に関するものばかりだ。不気味な装丁が施されている本の数々は、まるで部屋に侵入する者を拒んでいるような威圧感がある。

 そして、先程から鼻腔を刺激しているのは、部屋から漂ってくる甘ったるいにおいだ。胸焼けしそうなほど甘く、長居をすれば気分を害しそうなほどである。

 

 悪趣味な部屋ですね、と少女は内心で毒づいた。

 

 普段はあまり他人の悪口を口にしない少女も、この部屋には思わず顔をしかめた。

 

 しかし、それも一瞬のことですぐさま表情を引き締める。

 部屋の中央まで進むと、これも高価そうな木彫りの机と椅子に腰かけ、書類を読み耽っている男性がいた。

 

「ただいま、参りました」

 

「おお、ようやく来ましたね」

 

 少女が軽く言葉を発すると、座っていた男が少女に気付き、読んでいた書類を机の上に放り投げた。

 

「早速だが、もう話は通っているな? これから君にはIS学園に編入してもらい、ある人物と接触してもらいたい」

 

 男の言葉に少女は無言でうなずく。

 

「その人物は世界初の男性IS操縦者という肩書を持つ男だ。名を織斑一夏という」

 

「織斑、一夏……」

 

「そうだ。あの織斑千冬の弟で、数か月前に偶然にもISを起動させてしまったことで、男性で初めてのIS操縦者になった。君の任務は彼と接触し、彼の専用機のデータを盗んでくることだ」

 

 男は顎を手で弄りながら、大仰な口調でそう述べる。

 

「やり方は任せる。どんなやり方でも、データさえ盗めばよい。他の任務の詳細は追って伝える」

 

「了解しました。では、すぐに準備に取り掛かります」

 

 少女が踵を返し、部屋を出て行こうとする。そこで男が少女を呼び止めた。

 

「一つだけ忠告だ。あの学園には赤神玄兎という男がいる。そいつだけには注意しておけ」

 

 その言葉に少女は「ご忠告感謝します」とだけ告げて、部屋を出て行く。

 

 部屋を出ると、湿った空気が少女を出迎える。甘ったるい空気から解放され、幾分気分が楽になった。

 

「赤神玄兎……」

 

 忠告にあった、危険人物の男。

 

 その男の名を少女は何度も、何度も口の中で繰り返し呟く。

 

 何度も何度も、何度も何度も、何度も……狂ったように呟き続ける。

 

「ようやく……ようやくだよ、お母さん。これで、お母さんの仇を取れる」

 

 今度は小さく、感慨深そうに少女が呟いた。

 そして失っていたものを取り戻していくように、少女の瞳が、表情が、感情を宿していく。

 

「待っていろ、赤神玄兎。お前だけは――――――お前だけは私が必ず殺してやる」

 

 憎悪に満ちたその言葉が、小さく、だけれども力強く廊下に木霊する。

 

 憎しみに染まった少女の顔には、ただ小さな笑みが浮かんでいた。

 

 

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