IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

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あけましておめでとうございます……って、だいぶ遅刻ですね。

今回の話は新章の冒頭、プロローグその1って感じの話です。


第四十話 新たなる影

 フランスのとある田舎町。ワインの生産で有名なこの地方は、この頃猛暑に襲われていた。つい先日の寒さなどどこへやらだ。加えて、ここ二日に渡って降り続いている豪雨がある。じめじめとしたうだるような暑さが、生きる者から生気すら吸いだしているような感じがした。とにかく、最悪といっていい気候具合だった。

 

「なんでまた、あいつはこんな場所を集合場所に選んだんだ。もうちょっと、マシな場所があっただろ。街の中とか」

 

 雨をしのぐために着用している合羽が、湿気と相まってじめじめとした暑さを服の中にもたらしている。おかげで汗が止まらない。そんな状態のせいか、いつにもましてアリサの愚痴は酷かった。

 

 そんな彼女に、隣を同じような格好をして歩いていた瑛梨が苦笑して、付き合っている。

 

「私たちは色々と顔バレしてるもんねぇ。特にアリサちゃんなんて、こっちの裏社会では有名人だし」

 

「親の七光りだよ」

 

「それでも、だよ。そんな大物が街中を、これまた裏では有名な情報屋と密会していたら、大騒ぎだよ。主にクロードさん、以下数名が」

 

 瑛梨の言葉をばっさりと切り捨てたアリサだったが、そのあとに続けられた言葉にはさすがに反論することが出来なかった。まったくもって、その通りだったからだ。いやそんなことはない、と必死に否定出来る未来を思い浮かべるが、生憎アリサの脳は実現不可能な未来を想像することはできなかった。容易に想像できる馬鹿な未来に辟易しながらアリサは一歩、また一歩と地を踏みしめて歩いていく。

 

 彼女らがどうしてこのような場所にいるのかというと、端的にいえば仕事だった。数日前、神谷玲也から紅い兎に対する依頼である。最初は前回のこともあって皆は渋い顔をしていたが、先方から「危険だから、なるべく手練れの二人だといいんだけど」という通達があって、アリサと瑛梨がこうやって足を運ぶことになったのだった。本来ならば危険がつきまとう仕事に関しては、玄兎とアリサの担当なのだが、生憎玄兎は今現在頼りに出来ない状況にいる。IS操縦者としての実力ならば劣っていないが、幾分それ以外の部分に不足が多い。そのため、元軍属であり紅い兎一の実力者である瑛梨が彼の代わりとして派遣された。勿論、もしものことを考えて、江波とナギは日本に、束となおをこちらのラボに待機させてある。

 

 万全を期して、玲也の指定した場所へと向かっていた。首都のパリから離れた郊外の町が、彼の指定した場所である。おかげでかなりの労働を強いられているが、そこは後からたっぷりと報酬をぶんどってやろうと思っている。

 

 しばらく歩くと、小さな民宿を見つけた。玲也が滞在しているらしい古ぼけた宿だ。

 

「随分古いな。アンティークや趣があるといえば聞こえはいいが……」

 

「実際は昔の建物を補修して、そのまま使ってみるみたいだね。壁が崩れかかってるし」

 

 互いに初見の古風な宿を見て、感想を述べていく。正直、あまり綺麗ではないし、建物自体の老朽化も酷い。見ただけでもこれが建てられてから、とてつもない時間を過ごしてきているとわかる代物だった。とてもじゃないが、うら若き乙女二人だけで訪れる場所ではない。あらゆる面で不安を煽ってくる宿である。

 

 しかし、ここに稀代の情報通であり、胡散臭さでいえば著者不明の歴史書並の神谷玲也がいる。依頼者である彼がいるのだ。なら、どんな場所であろうとも行かなくてはならない。たとえ、命の危険があったとしても、だ。それが紅い兎であり、玄兎と一緒にいようと決めた日から括っている覚悟だった。

 

 腰と懐に隠してある拳銃のグリップを撫でるように、確認する。セーフティーを解除し、臨戦態勢を整えておく。

 

 フロントらしき場所にいる年老いた老婆に彼の部屋を聞きだし、それが二階あると判明すると、二人は慎重に階段を上がりだした。取引相手の立場が立場なだけに、二人の行動は自然と緊張を孕んだものになる。

 情報屋のカミヤ。裏の世界では言わずと知れた情報通であり、依頼されれば誰のどんな情報だって金次第で売り払うことで知られている。そのため、彼は常日頃からありとあらゆる集団に追われているらしい。そのため、彼と接触するに至っては、そういう連中が襲撃してくる可能性も視野にいれておかなければ足元をすくわれる可能性があった。

 

 踏み出す度、床が抜けるのではないかと心配になる。軋む音がうるさいのだ。

 

「ここだな……入るぞ」

 

 二回、三回ノックをしてから入室する。あちらからの返事がないのは、織り込み済みだ。

 

 片手を銃のグリップに握らせたまま、二人は扉を開ける。

 

 そこはもぬけの殻だった。人っ子一人いない、静かな空間だった。

 

「襲撃されたような跡はない。となると」

 

 白けた顔で扉を閉め、見渡す。目に留まったのは、クローゼット思しきものだ。このタイプのものをアリサも見たことがなく、判断のしようがないが恐らくそうであろう。そして、そこにあるはずの空間をアリサは想像する。男一人ぐらいは入れるか、と推測した。

 

「瑛梨。サイレンサーはあるか?」

 

 聞くまでもない、撃つ気満々である。

 

「ちょっとタイム。さすがにそれはやり過ぎだと、思うよ?」

 

「クローゼットから声がするな。よし、確認のために撃とうか」

 

「それはもはや殺人と大差ないよー」

 

 妙に落ち着いた声がクローゼットから聞こえてきた。確認するまでもなく、

 

「そんなところに隠れてるからだ、神谷玲也」

 

「ちょっとした遊び心ってやつだよ」

 

「新調した銃の的にはぴったりだと思ったんだけどな」

 

「私も最近、撃ってなくて練習にって」

 

「僕は頼む相手を間違えかもしれないって、一瞬だけだけど思っちゃったよ」

 

 今回の依頼人、神谷玲也は汗をぬぐうようなジェスチャーの後、部屋に一つだけ備え付けられているベッドに腰を下ろした。粗末なベッドだ。固いし、汚れが目立つ。彼が勢いよく座り込むと、それに合わせて埃が舞い上がり、女性二人の眉を顰めさせる。

 

「さて、さっそくだけど本題に入ろうか。時間もないし」

 

「時間がないのなら、殺されかけるような真似はするな」

 

「……そうだね。今後、君の前ではふざけないよ。間違っても、死にたくはないから」

 

 真顔で対応するアリサに、若干その額に冷や汗を浮かべた玲也が引きつった笑いを浮かべた。彼女は何も冗談を言っているわけではない。本気なのだ。正真正銘、下手を打てば銃撃される。彼女の言葉には重みがあった。一方的に圧し掛かってくる、理不尽な重みであるが。

 

 さて、本題だ。それを彼はこう切り出した。

 

「とある要人がとある組織に捕まってね。それを奪還してきてほしいんだよ」

 

「救出作戦ってところか」

 

 玲也の直接的な切込みを、アリサが簡潔にまとめた。瑛梨がそれを噛み砕いて、要点を把握し、疑問点を洗いだす。

 

「主旨はわかったよ。でも、不明な点が多すぎて、こちらとしても引き受けずらいよ。せめて、救出対象の情報と敵対組織の情報は教えてくれないと」

 

「う~ん、こっちにも守秘義務ってのがあるんだけども……それを遵守してこの話がおじゃんになったら、それこそ本末転倒だ」

 

 そう言う彼の口調からは、内容にあるような思いが籠っているようには思えなかった。恐らく、彼が欲しいのは自分から喋ったという結果ではなく、仕方なく喋らざる得なかったという状況なのだろう。

 

 そこからは饒舌だった。

 

「対象はコードネーム、シルバーキー。元研究者で、例のフロントで働いていた経歴がある。本名は不明で、戸籍も偽物だった。とある筋から接触を試みたんだけど、僕が彼の邸宅を訪れた時には既に連れ去られた後だったよ。彼の拘置場所は見当がついてる。続いて、敵情報だけどこれに関してはさっぱりだ。数名の妖刀が確認されただけで、あとは全容も何もかもが不明。僕の情報網に引っかかりもしない、奇妙な組織だよ」

 

 彼にしては珍しく情報を得られていなかった。つまり、それほどまでの組織ということである。一国の大統領のプライベート情報まで網羅するこの男に、尻尾すら掴ませないのはかなり骨が折れるはずだ。が、この組織はそれをやってのけている。アリサも瑛梨も、少なからず驚きを禁じ得なかった。

 

 知り得る情報の開示が終わったのか、玲也は小さくため息をついた。この男には珍しく、小さな焦燥感が表情に出ている。

 

「準備にいくらか時間がかかるから、決行は明日以降。彼の拘置されている場所の状況次第だ。それに合わせて、工作もやらなくちゃならない」

 

 どうやら彼としてはこの作戦。是が非でも成功させたい腹積もりらしい。

 

「頼めるかい?」

 

 彼の問いに二人は揃って、ふんと鼻を鳴らした。

 

「問題ないな。要は人攫いだろ?」

 

「救出だってば、アリサちゃん……。まぁ、あっち側から見るとそうなるよね~。でも、どんな奴だって所だって、私とアリサちゃんのラブラブパワーを前にしたら敵ではないのだよ」

 

 言われるまでもなかった。頼まれたくないのなら、端からこの場に来ていない。これでも幾度か死線を潜り抜けてきた、身の上だ。覚悟ぐらい、とうの昔に決めている。

 

 二人の言葉を聞いて、玲也が安堵したように肩を落とした。

 

「相変わらず、この世界の女性たちは頼もしいね」

 

 嘆息交じりにそんなことを口にする玲也の声には、どことなく感慨深いものがあったような気がした。

 

    *     *    *

 

 夜の帳が降り、あたりが静寂に包まれた頃。瑛梨とアリサはその身を全身黒ずくめのマント姿という、なんとも度し難い出で立ちで手に持った双眼鏡を覗き込んでいた。

 

『あれがシルバーキーの捉えられている場所だよ』

 

 耳に装着してある通信機越しに伝えられた情報と、視覚から得られた情報をすり合わせて、頭の中で確実なイメージを作り上げる。彼女らの目が捉えているのは、十階建ての高層ビルである。実はこのビル、所有者である企業が架空のものであり、かつそこに記されていた人物の名前やらの情報が全て出鱈目だった。さすがに怪しいと思った玲也が徹底的に調べ尽してみると、やはり地下に広大な空間が広がっていることがわかり、そこから今回のターゲットが幽閉されていることも嗅ぎつけたのである。さすがは情報屋、といいたいところだが一体敵の情報をどうやって集めたのか、甚だ疑問を感じるところだ。しかも、その情報もつい先程「調べてみる」と言って出ていき、その数時間後になって「なるほど、判明したよ。サクサクと片付けちゃおうか」と笑いながら伝えられた。情報の収集速度が半端ではなく、またその網も抜け目がない。改めて、アリサと瑛梨は彼の手腕に舌を巻かざる得なかった。

 

 二人が動く。ナギ特製の携帯端末にはビルの全容を立体的に映し出されており、いましがた侵入経路を決定した。

 

「やっぱ、正面突破でしょ」

 

「変に裏口から行くより、正々堂々だからな」

 

 侵入ということに関しては二人はまだ素人に毛が生えた程度だ。玄兎ならば器用に侵入していくのだろうが、この二人に彼の真似は無理だった。普段から大雑把な性格の二人である。まどっころしいことは苦手なのである。

 

 当然、今は深夜。入口は頑丈なシャッターで塞がれており、一見すると入ることはままならない。

 しかし、この程度の障害は彼女たちからしてみれば、赤子の作った砂の城壁のように意味を成さない。

 

「おいで、『朱雀』」

 

 瑛梨が口端を吊り上げて、その名を呼んだ。

 紅蓮の奔流が吹き荒れた。朱い粒子が瑛梨の身体を包み込んでいき、それを形成していく。

 その姿は朱の如く、鮮やかで、炎の如く、猛々しい。が、その余分な機構を限界まで削ぎ落とした、シンプルな形態は一見すると酷く脆そうな印象を受ける。猛いが脆くもある。そんな矛盾した印象が、朱雀にはあった。まるで虎子だ。そこにある迫力は凄いが、なにぶん姿かたちが弱々しそうで損をしている。

 だが、忘れてはいけない。姿形はそのものの本質たり得ないことを。獅子は子であっても獅子であるということを。

 

「斬」

 

 目では決して追えぬ神速の斬撃。気づいたときには、既に彼女の放った刃は敵を切り裂き、鞘に収まっている。

 

 その一撃で車の衝突にすら耐えることが出来る鋼鉄の防壁が、その周囲にある壁もろとも崩れ落ちていた。加えて、その際中ではサブマシンガンで武装した男どもが胸から血を噴き出して床に倒れていた。事前情報で武装した警備の者がいる、という情報があったのでついでに斬っておいたのだ。

 

「さっ、行きましょ」

 

 瑛梨は何事もなかったかのように、けろりとした顔で言った。思わず、アリサも息を呑んだ。瑛梨の業は何度見ても、神がかっている。もしも、彼女と敵対するようなことがあれば生き残ることはできまい。意味もなく感じる寒気を堪えながら、アリサは建物の中へと入っていく。

 

 ロビー至って普通だった。飽くまでも表向きは一般企業として活動しているため、地下以外のすべてのフロアはこのようなどこにでもありそうな内装が施されてあるそうだ。それだけでも、この場所で行われていることがどんなことか、十分に想像がつく。

 この床の下に広がっている地下空間で、なにが行われているのか。そんなこと二人に

とっては知ったことではないが、

 

「依頼は絶対だからな。悪いが、派手にやらせてもらう――やるぞ」

 

「了解しましたーっ! とりあえず、最下層の地下五階までご案内~っと」

 

 次の瞬間、煌めいた神速の斬撃がロビーの床を真っ二つに切り裂いていた。一撃で床

をぶち抜き、二撃目で地下一階に広がるフロアとそこにいる害意のある者を斬り伏せる。突然の闖入者に地下内部にいた人間が驚く暇もなく、彼女らは強引に地下へと進んでいく。時にはフロアを移動し、最短距離で目標がいる幽閉場所への道をこじ開ける。まさに力技であった。

 

 瑛梨の斬撃が閃き、またアリサがその超火力を以て全てを薙ぎ払っていく。対処などさせない。間に合わせない。豪胆かつ迅速。それが今回、瑛梨達が導き出した依頼を達成し得るための答えである。隠密の二文字を頭の片隅にすら置かない、派手な奪還作戦。玄兎という隠密行動において最大の人員を失った彼女らには、もはや残された道はそれしかなかった。

 

 要するに、適材適所というわけである。四神の中でも最大の火力を持つ青龍と、最速最多の斬撃を放つ朱雀。この二つがあれば、小さな国家一つぐらい簡単に制圧できるというもの。ならば、このようなこじんまりとした建物などなおさら容易いはず。

 

「アリサちゃんっ!」

 

 壁を斬り刻み破壊していく瑛梨が、叫ぶ。その意味をアリサは瞬時に理解した。

 

「この下かッ!」

 

 反射的に暴食の二対の砲を下に向け、その砲口から超高圧に凝縮されたエネルギーを迸らせた。貫通力だけなら、瑛梨の朱雀よりもアリサの青龍のほうが高い。その威力たるや降りるごとに厚みを増していったこの地下エリアでも最下層の一つ上に位置する、事実上もっとも堅固な場所を最下層の天井ごと吹き飛ばすほどのものであった。これを出鱈目といわずして、なんといえよう。

 

 かくして、アリサと瑛梨の二人は最下層へと無事たどり着くことが出来た。

 

 

 

 

 

 二人が降り立ったのは一言でいえば異様な空間だった。白い、といえばよいだろうか。ただただ白い空間が広がっているだけなのだ。装飾品の類も嗜好品の類も一切ない。混じりけのない純白だけで彩られた場所だった。

 故にこの空間において、彼は異常者にも等しく際立っていた。色がない世界にただ唯一、色を持つ者。色がない世界においては、彼は恐らく狂人である。

 世界でたった一人を除きすべてが狂っていたとして、果たして狂っているのはどちらだろうか。その問いの答えは、狂っていないたった一人、である。常識とは多数の人物の認識が一致したときのみ、それは常識たり得る。だが、もし自分を除くすべての人間が常識を持たず、常識を持つのが自分ただ一人だったとしたら。非常識は世界の常識となり、常識は非常識となる。

 

 この最下層と呼ばれる世界において、色とは無色であり、それが全てでそれ以外はありえない。そう言われているような気がした。

 もしも、自分がこの中に閉じ込められていたら。瑛梨は想像してしまった。まるで世界から拒絶され、孤立しているような感覚。そこにあるのは想像を絶する、孤独と寂寥感だ。とてもじゃないが耐えられる気がしない。

 

「貴様がシルバーキー、とやらか?」

 

 この空間の異質さに危うく呑まれそうになっていた瑛梨をしり目に、アリサは狂人を見遣り言った。

 

「――――」

 

 彼はかくんと首を縦に振った。その動作には力がなかった。魂が抜け落ち、抜け殻となった肉体だけがそこにあるようだった。男は廃人となっていた。

 

「仕方ないか。おい、こいつを連れてさっさとずらかるぞ。この部屋にいると、頭がどうにかなりそうだ」

 

「う、うん……」

 

 廃人化した男を乱暴に担ぎ、アリサは急かすように言った。何もこの場に嫌な感覚を感じているのは瑛梨だけではない。アリサもまた、この部屋にただならぬ不気味さを覚えていた。早くここから抜け出したい。彼女が人間である限り、本能といわれる部分がそう急かすのだ。人間として、そういった反応は当然なのである。

 

 担いだ男に負担がかからないよう、注意を払いながらアリサは最下層を抜け出した。続いて瑛梨も脱出する。

 

 ようやく一息つけそうだ、とアリサは小さくため息をついた。まだ油断できない状況には変わりないが、あれだけ派手に暴れ回ってきたのだ。これよりも上で何かアリサ達の進行を邪魔する要素が働いているようには思えない。あったなら、来る途中で破壊しているはずだった。

 

「しかし、こいつは一体なんなんだ……? あんな気味の悪い部屋に閉じ込められてやがったし……おかしなやつじゃないよな?」

 

 男はこちらの存在を意識の片隅にしかとどめていないようで、時折頷くもののそれ以外は常に無反応だった。目も虚ろで、とても正気の者の目とは思えない。玲也はこの男のことをえらく気にしていたようだが、一体どんな情報を握っているのやら。依頼内容から逸脱した事項には、紅い兎は触れることが出来ない。絶対遵守される規約が、脳裏をよぎる。

 

 彼女らの任務はシルバーキーの奪還。それを成功させるための情報以外は不要であり、また依頼達成後それをどうするのかも知ることは出来ない。それが掟であり、便利屋としてやっていく以上守っておかなければいけない、ルールであった。

 不安はある。好奇心という欲求にせがまれて、不安を取り除くという口実の下、アリサは事実を知りたがっていた。

 

「ああもう! いいから、早く出るぞ! そして、帰る! 玄兎とデートする!」

 

「最後のほうに聞き捨てならない単語があったような気がしたんだけど……それは気づかなかったことにしとくよ」

 

 好奇心を抑え込むようにアリサは、別の欲求でそれを塗りつぶした。さっさと戻って依頼達成し、ホテルで就寝して、それからしばらくして日本へ帰り、玄兎とデートを満喫する。なるほど、いい案だとアリサは思った。ならば、早くここから出なければいけない。ここから出るのが遅れた分、玄兎とのデートが遠くなる。それだけは何としてでも、防がなければ。

 

「そうと決まれば、話は早い。さぁ、さっさとここから」

 

「おいおい、何やら面白そうな話してんな。ちょいと、俺も混ぜろよ」

 

「なっ!?」

 

 アリサの言に被せるように彼女の背後から言葉が飛んできた。

 

 咄嗟に空いていた片方の手にアヴァリスを展開。引き金を絞り、その銃口から雹の如き銃弾を走らせる。それも単発ではなく、装弾数全てを一気に後方へ掃射していた。

 

 同時に横へと飛び退く。顔を上げ、すぐさま敵を視認する。

 

「いってええええ!? いきなり、発砲とかそこの兄ちゃんいてえじゃねえか!」

 

「アレス。ツッコむところ、そこ違う」

 

「ああ!? じゃあ、一体どこを突っ込めばいいんだよ!」

 

「まず、あいつ。男じゃない、女だ」

 

「なにいぃいいいいい!? じゃあ、なんだクロノス! こいつは女だってのか!?」

 

「そう言った。というか、事前情報に青龍のこと書いてあった」

 

「うんなもん、読んでねえよ! つか、こいつどう見ても男だ、いてっ!?」

 

「失礼。貴様らがあまりにも失礼だったものだから、つい手が滑った。いや、ついな」

 

 といいつつ引き金にかける指は依然として何度も後方へと引かれている。そうやって撃ちだされた弾丸は、白煙の尾を曳いて、アレスと呼ばれた男の腹へと突き刺さり、彼のくぐもった声を漏らさせていた。

 

「おいこらてめえ! なにしやがっ、ぐあっ」

 

「お前ら敵だろ? というより、誰だ貴様ら」

 

 アレスがひるんだすきに片手でリロードを行ったアリサは、彼が態勢を立て直し威勢の良い罵声を飛ばそうとしたところをもう一度狙い打って、黙らせた。

 何度撃っても、致命傷どころか傷一つ負う様子がない。それどころか、痛い、ただそれだけの感覚だけで済ませている始末だ。これはほぼ、妖刀であるのは確定であるのは間違いない。それも相当な手練れだろう。雰囲気が違う。そこに佇んでいるだけで、こちらにピリピリと肌を刺してくる闘気がある。

 

 アレスが痛みよりも怒りに顔を歪め、口を開いた。

 

「俺の名前はアレスだ。それ以下でも、それ以上でもねえ。なんか文句あるか、嬢ちゃん」

 

 改めて、アレスが挑戦的な笑みを作った。体格としてはさほど大きくはない。精々百八十を超えるぐらいだろう。だが、その肉体は筋肉質で服の上からでも逞しく鍛え上げられた筋肉が確認できた。存外タフネスな理由もこの辺りにあるのかもしれない。

 しかし、それより目を引くのは彼の頭部。正確には彼の髪だった。それは例えるなら、まさに鶏のトサカのようだ。モヒカンのように中央だけ残して全て剃り上げられており、残った中央の髪は重力に逆らうように天に向かって聳え立っていた。何もかもが普通ではないこの空間において、それは奇妙なほど存在感を放っているのである。目を引かぬわけがなかった。

 

「クロノス……よろしく」

 

「おいおい、クロノスよぉ……敵に対してよろしくはねえんじゃねえの? これから殺すって相手に、なんか情けかけるみたいな振りに見えるぜ、それ」

 

 クロノスのどこかずれた発言に茶化すように言葉を紡ぐアレス。だが、その言葉の中にはこちらに対してのはっきりとした敵意が込められていた。言外に告げられた「宣戦布告」の文句である。

 

 来る。そうアリサは判断した。目配せで瑛梨に合図し、タイミングを見計らう。離脱する、その機を。

 

「うんじゃ、そろそろいいよな? こちとら、うずうずしてんだよ。あの高名高き四神とやれるんだからなぁ、こんな機会滅多にねえよなっ!?」

 アレスから感じていた殺気が一気に膨れ上がった。構えていたアヴァリスの照準をア

レスへと向け、引き金を引き絞る。

 

「遅いぜ、嬢ちゃん」

 

 それよりも早く、アレスはアリサの懐に入り込んでいた。気付かなかったわけではない。反応できなかったわけではない。ただ、動けなかった。速すぎて、意識が認識が追随出来ていても、肉体がそれに追いつけていなかった。何より肩に担いでいるこの男のことに気を取られ過ぎたのも、痛恨だった。

 

「しまっ」

 

 ここまで距離を詰められては青龍では反撃できない。かといって、回避が間に合う距離でもない――――

 

「嘗めるなよ」

 

 アレスの掌底がアリサに直撃しようとしたところで、突如アレスは自身の真横に強烈な死の気配を感じた。直感的に攻撃動作をキャンセルし、そのまま死の気配とは真逆に跳んだ。直後、疾風の如き一撃が衝撃波を伴ってアレスのいた場所を掻っ切った。

 

「おいおい、あれを追いつけんのかよ。化けもんか、そっちの嬢ちゃんは」

 

「お生憎様、私は全身の隅々人間のそれです。お前らみたいなものとは一緒にしないでくれます?」

 

 アリサを窮地を救ったのは後方にいたはずの瑛梨だった。彼女はアレスの攻撃を先読みし、彼とほぼ同時に動き出していた。それがなければやられていた。

 瑛梨はアレスと対峙している。彼女の口調がいつものおどけた時は違い、辛辣なものになっていた。瑛梨が本気を出しているときの証拠だ。。

 アレスの三白眼がさらに細められる。かつて相対した宗玄とはまた違った獰猛さを孕んでいるその表情は、見てるものに生理的嫌悪感を抱かせるものだ。狂人の愉悦など、常人には理解しがたいのである。

 

「かっかっかっ。いいねえ、少しは骨のあるやつがいんじゃねえか。ああん?」

 

「アリサちゃん、ここは私が食い止めておくから、そのうちに」

 

「……無茶はするな」

 

 そう言って瑛梨はちらりとクロノスに目をやる。背丈が二メートルを優に超えたその巨体は、細身の筋肉質なアレスと違って巌のように筋肉が隆起している。根拠としては薄いが、あの巨体がISに追随出来るほどの機動力を発揮できるとは思えない。逆にアレスは先の一幕がある。射撃型とはいえ全ての距離に対応できるアリサとは違い、瑛梨は純粋な近距離オンリーのタイプだ。人ひとりを担いで逃げるのは流石に無理がある。適材適所。ここは足止めに徹するべきだ。瑛梨は瞬時にそう判断し、またアリサも彼女のその判断を理解した。

 

「へっ。これまた俺らも随分と下に見られたもんだ。なぁ、クロノス」

 

「朱雀は四神の中でも一番強い。その潜在能力、ブリュンヒルデにすら匹敵する……そう書いてあった。油断、危険」

 

 ゆったりとしたクロノスの言葉に、アレスは唇を尖らせ感嘆するように口笛を吹いた。

 

「いいねえ。でも、俺たちほどじゃねえだろ? クロノスよぉ」

 

「当然」

 

 アレスの言葉にクロノスが力強くうなずく。その動作からはもはや疑心の欠片も感じられない。彼女たちの力より己らの力が上だという、確固たる自負のあるのだ。なんたる傲慢。だが、それを裏付けるだけの片鱗は先ほど見た。彼らの言う通り、油断するのは危険だ。

 

「言いたい放題言ってくれるじゃないの。だけど、こっちも手加減はしないわよ」

 

「たりめぇだ。こっちだって加減無しの全力投球だ。死にたくなかったら、手加減なんかすんじゃねえぞ!」

 

 アレスが腰を下げた。突撃の態勢だ。しかし、アレスは突然体勢を崩し、後ろに跳ねた。遅れてアリサの放った弾丸が彼のいた場所の床を穿つ。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをする間にもアレスの頬を数発の弾丸が掠めていく。

 

 先程のお返しとばかりに鉛弾を撃ち込んできたアリサが、満足したのかそのまま素早く踵を返しアレスとは逆方向へとスラスターを吹かした。それを恨みがましく睨みつけ、アレスは後ろにいたクロノスへと合図を出した。それを見てクロノスも「任せろ」と言いたげに、こくりと小さく首を縦に振った。 

 その巨体が一歩踏み出すと、部屋全体を軋むような音と揺れが襲った。それを見て、瑛梨は直感的に彼をここで逃がしては駄目だと悟った。

 

「行かせるわけ」

 

「させねえよ」

 

 二刀を構える暇はない。一刀のみで処理しようとその切っ先をクロノスに向けた直後、その刃先を回り込んできたアレスによって明後日へと弾かれる。

 

「くっ……!」

 

態勢を崩した瑛梨にアレスは好機とばかりに攻撃へと転じようとした。が、瑛梨は崩れた体勢のまま脚刃を蹴りの要領で袈裟懸けに切り上げることで、彼の動きを直前で牽制、その隙に態勢を立て直していた。

 

「まぁ、いいわ。一人残せただけでも上々よ」

 

「残せた? 勘違いすんなよ、残ったんだ。俺も久しぶりの殺し合いなんでな。なるべく強いやつとやりてえんだ」

 

「あら、それは残念。なら今日は貴方の最後の殺し合いってことね」

 

「へっ、ほざけ」

 

 互いに軽口をたたき合い、切り込むチャンスを伺う。

 闘志を、殺意を、爆発させる機会を待つ。

 互いに敵の実力は未知数。どちらが勝つかは予測不能だった。それが逆に二人の興奮を高めていた。昂揚が胸の内を支配し、炎となって二人を焼き付くす。

 

 動いたのは、同時だ。互いに最速の一撃を以て、ぶつかり合う。

 

「へえ、良い一撃じゃねえか」

 

「貴方こそ」

 

 彼女の神速の斬撃を容易く受け止めるアレスは、その一撃に心底感服したような声をあげた。まったく、これだから殺し合いはやめられない。アレスの表情がさらに狂的な愉悦に歪んでいく。

 

 一方で瑛梨は苦笑していた。受け止められた。あの一撃を、一閃を。それも難なくとだ。今までにない強敵の登場に、彼女もまた身体が熱くなった。

 

「いいわ。久しぶりにちょっと本気で戦ってあげる」

 

「くはははっ。いいねえ、それでこそ殺しがいがあるってもんだ!」

 

 見る見るうちに膨れ上がってきた破壊衝動に突き動かされるように、アレスは咆哮する。

 その身に轟々たる炎を纏い、顔を狂気で染めながら。

  

 

    *      *    *

 

 

 駆けて、駆けて、駆けていく。降りてきた道を引き返し、アリサは外へと急いだ。

 

「こちらアリサ。シルバキーと思しき男は確保した。だが、敵の追っ手に追われている。どうする、ここで迎え撃つか?」

 

『いや、出来るだけ戦闘は避けてもらいたいね。そこは地下とはいえ、街中にあるビルの中だ。そんな場所でISが戦闘を始めたら、大変なことになるからね。なるべく戦闘は避けて、合流ポイントまで急いでくれればいいかな』

 

 この作戦、指示の全ては玲也に任せている。いくら嫌いな人物とはいえこれは任務で、相手は依頼主だ。彼の指示がアリサ達にとっては最優先の事項であることは変わりない。だから、アリサは彼の指示通り迎撃ではなく、逃走に意識を切り替えようとした。

 

 その時だ。

 

「――どうやら、そんな呑気なことも言ってられないみたいだな」

 

「逃がさない。シルバーキー、渡さない」

 

 建物を揺らす地響きが背後から迫ってきていた。その体躯に見合わぬ速度で、クロノ

スと名乗った巨人がアリサめがけ一直線に走ってくる。

 それはまるで巨大な岩がこちらへ転がってくるような威圧感があった。一歩を踏み込むたびに床が粉砕され、耳障りな騒音を轟かせている。

 

「敵だ。捕捉された。逃げ切れない、指示を……いや、どのみちやることは一つか」

 

 肩に担ぐシルバーキーをちらりと確認しつつ、アリサはアヴァリスの照準をクロノスへと合わせた。

 

 引き金を絞る。強欲にも十数の弾丸を撃ちだしながら、なおも飽き足りずアヴァリスはその口から蒼い弾丸を吐き出していく。まるで闘争を支配するのは自分だと言わんばかりに、硝煙とマズルフラッシュの閃光が視界を埋め尽くした。その光景はまさに欲張りの名に相応しい、破壊の嵐だ。

 

「痛い、けど効かない」

 

 なおも立ち止まることなく、クロノスは突進を続けていた。何十発と撃ち込んだアヴァリスの弾丸を諸共していない。強靭や鋼の肉体とはいうが、これは幾らなんでも強すぎやしないか。

 

 クロノスはまるで石つぶてを投げられたように、体をはたく。いくら妖刀の肉体が硬かろうが青龍の火力をもろに受けて、何もダメージがないというはおかしい。アヴァリスは青龍の中でも一撃の威力こそ他の武装に劣るが、連射速度に関しては随一だ。たとえ一撃を耐えようとも、次から次へとやってくる弾丸には耐えられるはずがなかった。

 

 だが、現にあの男は大したダメージを受けていない。それはつまり、あの男の肉体は並の武装では傷一つつけられないということだ。

 

「勘弁してほしいな。そういうのはうちの大将だけで充分なんだ」

 

「俺、お前の攻撃、効かない。だから、諦めろ」

 

「ほざけ」

 

 出口まで残り三階ほどある。それまでこの男から逃げ切らなければならないが、案外この男、足が速い。全身の筋肉が巌のように隆起するこの男の脚力は、並の人間を遥かに超えている。巨躯のせいで速度は落ちるかとも思ったが、そんなことはない。その巨躯を支える強靭な足腰は、彼に尋常ではない速度を与えていた。しかも、その一歩一歩が激しい揺れと破壊を伴っているから、質が悪い。

 

 さらに運の悪いことに、今のアリサはISが持つ本来の速度を出せない状況にいる。

 生身で担がれているシルバーキーのせいだ。この救出対象のせいで、アリサは現在速度の制限し、逃走を続けている。生身のシルバーキーはISの通常速度でかかるGには耐えられないのだ。

 

「あぁもう! こいつを捨てて、とっと帰りたい!」

 

『それは困るね。本当に困るよ。彼には聞かなくちゃいけないことが山ほどあるんだ』

 

「はいはい、わかってるよ。いわれなくとも、これが仕事なんでな!」

 

 もう一度、アヴァリスを乱射する。

 

「効かない、と、何度言えば、わかる」

 

「生憎、敵の言い分を素直に聞き入れるほど私は馬鹿ではない」

 

「――ッ、これは」

 

 クロノスの巨体が突如、沈み込んだ。アリサの放った弾丸はビルの床を穿ち、地下へと続く大穴をあけた。

 

 その大穴が大きく開いた大蛇の口のように、クロノスを呑み込んでいく。

 

「そのまま落ちていろ」

 

 落下していくクロノスを背にして、アリサは再び出口へと向かおうとして――

 

「青龍、逃がさない――」

 

「なっ、こいつ――」

 

 床から伸びてきた野太い腕が、アリサの足を捕まえた。露出した浅黒い肌には極太の血管が浮かび上がり、瞬間――アリサは下の階に引きずり降ろされた。

 

 クロノスの凄まじい力に、アリサは抵抗することさえできない。

 周辺の床を丸ごとぶち抜き、アリサは肩に担いでいたシルバーキーもろとも一階下の階層へと落ちる。

 衝撃が全身を次々と襲い、遅れて背中を鈍い痛みが走った。引きずり降ろされた勢いのまま、床へと叩きつけられたのだ。

 粉塵が舞い上がり、視界がふさがれる。その隙をついて、アリサはクロノスの手から脱出した。

 

「先程の奴といい、なんとも手荒な歓迎だ――礼儀がなっとらんな」

 

 視界の端、そこにシルバーキーがどさりと、落下した。嫌な音だった。何かが潰れる音。まるでトマトを地面に叩きつけたように、赤色が飛び散っている。

 

(これは……まずいな)

 

「礼儀知らず、それお前ら。これ、礼儀知らずの、やること」

 

「お前らのような奴らに礼儀など勿体ないんでな。それよりも、いいのか? お前らの大事な人質が、死にかけてるぞ?」

 

「俺らに、関係ない。俺ら、お前らを殺すだけ」

 

 いまだ好戦的な目をするクロノスに、アリサは若干の焦りを感じていた。

 このクロノスとかいう男、全くシルバーキーのことが眼中にないのだ。平気でシルバーキーもろともアリサを攻撃してくる。まるで自分達にはこの男は関係ないと言わんばかりに。

 

「……その男はお前らの大切な客ではなかったのか?」

 

「違う。そいつは、もう用済み。だから、必要ない。餌としては、非常に便利だった」

 

(まさか、罠にはめられたというのか)

 

 考えたくない話だ。

 

(やはり、この任務を受けたのは失敗だったか――)

 

「おい、神谷玲也」

 

『……聞いてるよ』

 

「お前の依頼は二度と受けん」

 

『返す言葉もないよ。なにせ、君たちが今そこで危険にさらされているのは僕の責任だ。僕のせいだ』

 

 通信の向こうで玲也が歯噛みしたのが分かった。

 彼でもこの情報戦を制することが出来なかったのだ。世界で最も信用でき、信用できない情報屋。その彼を以てしても駄目だったのだ、誰がやったとしても結果は変わらないだろう。そうと考えれば、幾分諦めがついた。

 

『たぶん、彼の口振りからすると、僕の目的も果たせそうにないね――』

 

「なら、任務はここで放棄だ。もうこんなところに留まる理由もない」

 

 こうなると、下の方で戦い続ける瑛梨が心配になる。いつまで経っても登ってこないということは、まだ戦っているということだろうが……。

 

「――あいつのことだ。自力でなんとかするか」

 

「アレス、強い。朱雀でも、危ない」

 

「愚問だな。あいつに限って、それはあり得ん――」

 

 その時だ。床に亀裂が走り、二つの人影がそこから飛び出してきた。

 

 一人は人の身でありながら、火炎を纏った男。

 

 一人は朱色の鎧を駆り、一刀を振るう女。

 

「かっ――やっぱ、強いな朱雀よぉ!」

 

「貴方が弱いだけでしょう?」

 

「言いやがる!」

 

 全身に切り傷を負いながら、アレスが吠えた。対する瑛梨は、冷ややかな笑みを浮かべつつ、アレスに斬りかかる。 

 その命ある生物のような自在の刀捌きに翻弄されながらも、アレスは瑛梨の連撃のほんのわずかな隙を突き、掌から生み出した炎の弾丸を撃ちだしていく。

 

 二、三度の激突を終えると、二人は睨みあうようにして距離を取った。

 

「今回は随分と苦戦しているようだな?」

 

「まだ一刀だけだしね――それより」

 

 アリサのにやけ面に苦笑いを浮かべつつ、瑛梨はちらりと傍で倒れているシルバーキーに目をやった。

 

「撤退だ。文句はないだろう?」

 

『――仕方ない。君たちの無事が優先だ』

 

「だが、報酬は貰うぞ、神谷玲也」

 

 通信越しに乾いた笑い声が聞こえてきたが、アリサはそれを了承したと捉えた。どのみちこの失敗のツケはどのような形であれ、払ってもらうつもりでいる。

 

「おいおい、逃げられると思ってのかぁ?」

 

「俺、お前ら、逃がさない」

 

「さっきまで瑛梨相手に苦戦していた奴が、何を偉そうに」

 

「テメェだってクロノスに苦戦していたじゃねえかよ!? ああぁん!?」

 

「いらん荷物を背負っていたからな。しかし、それももうない。これで存分に暴れられる」

 

「けっ、どいつもこいつも女だってェのに血の気が多いなぁ! いいねぇ! 俺の血も滾ってきやがったぜェ!」

 

「アレス、冷静に行くぞ。青龍、朱雀ほどじゃないが、強い」

 

「クロノスがそこまで言うんなら、そうなんだろうよォ。だがな、俺の敵じゃねえ!」

 

「当然。アレスとクロノス、あいつらより強い」

 

 掌から溢れ出る炎の光が、薄暗い室内を明るく照らす。

 アレスの感情に呼応するように、その炎がめらめらと勢いを強めた。

 対してクロノスは、静かにその巨躯を鳴らす。

 

「アリサちゃん、あいつ強いよ」

 

「わかっている。お前が一刀だけとはいえ殺しきれなかったんだ。強いだろうな――」

 

「私の敵じゃないけどね」

 

「――それはこっちも同じだ」

 

 緊張感が張りつめ、場の空気を重くする。張り巡らされた糸のように、緊張は四人の体にまとわりつき、一歩でも動けばちぎれてしまいそうだ。

 

 そんな脆いこう着状態は、長くは続かなかった。

 

 ――突如として、四人を強い揺れが襲ったのだ。

 

「なんだ!? 地震かっ?」

 

「違う、これは――」

 

 下ではない。瑛梨は視線を上へと向けた。

 

 その時だった。

 

 耳をつんざくような甲高い警報音が、けたたましく鳴り響いたのだ。

 

「――なんだ、今日はもうしめぇかよ」

 

「時間かけ過ぎ、あと派手にやり過ぎた。当初の目的、早まったのかも、しれない」

 

「ンだよ、もったいねえなぁ――おい、朱雀、青龍」

 

 困惑するアリサ達にアレスはそう呼びかけ、

 

「地獄で待ってな」

 

 そう言って、アリサ達の視界は爆炎に包み込まれたのだった。

 

    *     *    *

 

 

 翌日、フランスの街中にあるビルが突如爆発したという事件は、瞬く間にフランス国内に広まっていった。爆発したビルはフランス国内でも有名な薬品会社のビルの一つで、爆発し炎上するビルの姿を何人も野次馬が目撃していたのだ。すぐにこの事件は新聞やテレビのニュースに取り上げられた。

 幸いにも爆発があったのは夜中だったために、社員はおらず死傷者は一名だけ。この一名も当日、忍び込んだ中年の男であった。爆発の原因もこの男が何らかの薬品に触れてしまったから――というのが、警察の公式見解だった。

 

「――けけ、死者は一名だけねェ……よく言うぜ。あの地下にはどんだけの人間の死体が埋まってるんだかよォ」

 

 今もなお野次馬が押しかけている事件現場を見て、アレスが呆れ気味に言った。野次馬に紛れるアレスは派手に吹き飛んだビルの残骸を遠目で眺めると、興味を失ったかのように踵を返した。

 

 しばらく街中を歩くと、周囲の人達より一際巨大な男を見つけた。クロノスだ。

 

「アレス、現場、どうだった?」

 

「相変わらず、見つかったのはシルバーキーの死体だけみたいだぜ? たくっ、どうなってんだか」

 

 アレスとクロノスはあの爆発のなか、崩れゆくビルから間一髪のところで脱出していた。いくら人外の存在であるとはいえ、あのビルの下敷きになってはひとたまりもない。痛みだけは人と同じだけ、彼らにもあるのだ。

 

「朱雀と青龍があの程度、死ぬわけが、ない」

 

「でもよォ、あの爆発であのがれきの下敷きだぜ? いくらISがあっても、そりゃあやり過ぎってもんだぜ」

 

「あれぐらいで死ぬなら、俺ら、苦労しない」

 

 納得いかないアレスに、無表情のままクロノスが答える。

 

 いまだあの現場から女性の遺体が見つかったという話はない。あの時爆発とビルの崩壊に巻き込まれたはずのアリサと瑛梨、二人の遺体が見つかっていないのだ。

 

「まぁ、それはそれで次の楽しみが出来たからよしとするか」

 

 たとえこの一件で二人を始末出来ていなかったとしても、アレスにとっては再戦出来る楽しみがまた一つ増えただけに過ぎない。ただ納得がいかないのは、あの凄まじい崩落に巻き込まれたにも関わらず、生き延びている可能性があるということだ。普通の人間に過ぎない彼女らが、それをやってのけるという事実に、アレスはどことなく納得がいかないのである。

 

 だが、そんなアレスの言葉に異を唱えるのはクロノスだ。

 

「俺ら、最初の目的、青龍と朱雀の排除だった。これじゃあ、目的、未達成になる」

 

「ンなこと最初からうまくいくなんて思ってなかっただろうが。あの用済みのジジィの処分と、そのついでに青龍と朱雀を始末出来れば儲けもの――あの腹黒も俺たちが成功するなんざ、思ってないさ」

 

 そんな言葉を吐き捨てる。

 

「腹黒、よくない。あの人、俺たちの上司。恩人だ」

 

「腹黒で誰かわかっている時点で、オメェも同罪だよ」

 

「むぅ……」

 

 そんな二人の行く手を阻むように、一つの影があった。

 

「おい、どこに行くんだい? お二人さん」

 

「ン? ああ、テメェか」

 

「セイド、何しに来た」

 

「おいおい、つれないねぇ~、お二人さんよぉ」

 

 セイドと呼ばれた男は、壁に背を預けたまま二人を見ると、含み笑いを浮かべた。

 

「折角、任務に失敗したお前らを慰めに来てやったのに、その態度はねぇぜ?」

 

「けっ、何が慰めに来てやった、だ。どうせ笑いに来ただけだろうがッ」

 

「まぁまぁ、そう怒るなってぇ~」

 

「セイド、あまりアレス、刺激するな。後が面倒」

 

「へいへい、わかりましたよ~」

 

 もたれかかっていた壁から離れて、セイドはアレス達に背を向けた。どうやら本当に冷やかしにきただけのようだ。

 

「テメェ、こんなところで油売ってていいのかよ。テメェにもあるんだろうが、あのジジィからの任務がよ」

 

「エリートな俺様は既に準備万端。もう手配も済んじゃってるのよねぇ~」

 

「確か、テメェの任務ってのは――」

 

「――IS学園。あの女の園に、クルト・アルト様はあの御方がいると踏んでらっしゃるのよぉ。ケケッ」

 

 そう言って、セイドは耳障りな甲高い笑い声をあげた。

 

「ブリュンヒルデ、いる。それに玄武も」

 

「俺様は君らと違って、油断も隙もねぇって。まあ、狙いはその二人じゃないんだがなぁ。ケケッ」

 

「そう言って、痛め見るのはテメェの方だぜ?」

 

「ご忠告どうも。まぁ、俺がついでに玄武やブリュンヒルデを倒しちゃっても、恨まないでくれよ~?」

 

「ウゼェ。勝手に言ってろ」

 

 そう言うと、セイドは耳障りな笑い声をあげながら、去って行ってしまった。

 

「何しに来たんだよ、あいつ……」

 

「セイドはプライド高い。俺ら、目障り、と思ってるから」

 

「そんぐらいわかってんよ――んで? IS学園つったら、この前、あの気障野郎が攻め込んで返り討ちにあった場所だよな?」

 

「ルイス・アシュダウン、計画失敗した。ほんの少し、前のこと」

 

 アレスはため息をつくと、疲れたような表情を浮かべて空を仰いだ。

 

「本当にそこなのかねェ――神様の居場所ってのは」




次回! ついにあの二人のヒロインが登場!?
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