IS~インフィニット・ストラトス~死神の黒兎   作:曾良

6 / 41
第五話 入学、そして決闘の報せ

「疲れた……」

 

 疲労困憊の表情で織斑一夏は机に突っ伏した。もう春だというのにまだ教室内は肌寒く、一夏は身体をぶるっと震わせる。だが、背中に走る悪寒はきっと寒さだけの所為ではあるまい。

 一夏がこうも疲労を見せている理由、それは周囲から一夏に寄せられる好奇な視線にある。

 織斑一夏が今日から所属するこのIS学園に男子生徒は一夏を除けば一人しかいない。全校生徒数が一学年で優に千を超えるこのIS学園で、男子生徒の入学というのは創立されてから今日までの間一回としてなかった。それはISが女性にしか扱えないため、必然的にIS操縦者育成を目的とするIS学園に男子は入学できないからだ。

 そのためクラスの大半、というより一夏を除く全員が女子である。その中では唯一男子である一夏はとにかく目立つ存在だ。例えるならば、綺麗な桜が咲き乱れている並木道にたった一本バナナが生えているような、そんな違和感がこのクラスにはある。

 

 まるで晒し者にされているような気分を味わいながら、一夏は大きなため息を吐き出した。

 

「恨むぞ~、千冬姉ぇ……」

 

 自分の唯一の肉親である千冬の名を憎々しげに呟く。別に一夏が好奇の視線に晒されているのは千冬の所為というわけではないが、少なくとも遠因ではある。

 

 

 今から約一か月前のことだ。中学三年生だった一夏は私立藍越学園の入試を控え、休日の殆どを机の前で過ごしていた時期。仕事で滅多に家に戻ってこない姉の千冬が、その日は珍しく家に帰ってきていた。

 

「戻って来るなら前もって言ってよ、千冬姉。それなら食事もちゃんとしたものを用意できたのに……」

 

 何か月ぶりかに見た姉の顔に、一夏も思わず顔を綻ばせた。事前の連絡もなしに帰ってきた姉に苦言を呈しているものの、やはり本心では嬉しいのだろう。

 

「お前が気を遣うことはない。ここは私の家だ。好きな時に帰ってきて、何が悪い」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、千冬は一夏が注いでくれた紅茶を啜った。それにしても紅茶を淹れるのがうまくなった、と千冬は思う。最初の頃は淹れ方すらろくに分からず、四苦八苦していた一夏だったが回を重ねるごとにその腕を上げていき、今では店で飲む紅茶と遜色ないまでに上達している。

 

(自分の弟ながら、末恐ろしいな……)

 

 一夏の将来を考えると何故かぞっとした。何せ、今日自分が帰ってきたのはその将来を一夏から奪うためなのだから。

 紅茶を飲み干したティーコップを置き、千冬は自分の脇に置いておいた紙袋を自分と反対側のソファーに腰かけている一夏に差し出した。

 

「うん? なんだこれ」

「制服だ」

「え、制服……?」

 

 突然知らぬ学校の制服を手渡され困惑する一夏を尻目に千冬は説明を始めた。

 

「一夏、お前には今年の春からIS学園に通ってもらう。それが制服だ。サイズはぴったりのはずだが合わなければ言ってくれ。一緒に入っている参考書は」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、千冬姉。IS学園の制服って、一体どういう?」

「参考書は入学前に読んでおけよ。必読だからな。それと入学したら寮暮らしになるから必要な荷物をまとめておけ」

 

 一夏の言葉を無視し、千冬は手に持つ参考書を捲る。流し読みでページの抜けがないか確認した後、IS学園の制服を怪訝そうに眺めている一夏に放り投げた。

 

「うわっ、重っ……!」

 

 ずっしりとした重さ一夏の腕にのしかかる。参考書の重量は分厚い電話帳とほぼ同じくらいで、まるで赤ん坊を抱いているようだ。

 手渡された参考書を見て、一夏の顔が曇った。いきなりこれを読めと言われても困る、とでも言いたげだ。

 

「お前も突然すぎる話に戸惑うかもしれないが、これはもう決定したことだ」

 

 そう言う千冬の表情は険しい。

 

 ぶつぶつと愚痴を零し始めた一夏は、ふとある疑問を口にした。

 

「あ、でも千冬姉。俺、IS動かせないんだけど……?」

 

 当然の疑問だった。ISは女性しか扱えないというのはこのご時世では小学生でも知っている世界共通の常識である。勿論、IS操縦者育成するのが目的の教育機関であるIS学園も入学できるのは女性だけだ。千冬は当然ながら、一夏もそのことは当然知っている。だからこその、疑問なのだ。ISを動かせないはずの自分がどうして、IS学園に入学しなければならないのか。

 

 一夏のそんな疑問に、千冬はこう即答した。

 

「お前は動かせる」

 

 

「―――――は?」

 

 一夏が頓狂な声をあげる。千冬が何を言っているのか分からない、とでも言いたげな表情だ。

 

「お前はISを動かせる」

 

 千冬はそう言い切り、先ほどまで紅茶が入っていた空のティーカップを手に取った。千冬が高校時代に修学旅行先で購入したこれは緑を基調とした色合いで側面に複雑な紋様が彫られている、スコットランドのティーカップだ。偶然、修学旅行先のお土産店にあったものを気まぐれで買った物だが今ではその独特の紋様が気に入っており、紅茶を飲む際は必ずこれを使っている。

 

 依然、千冬の言葉の意味を理解しかねている一夏を余所に千冬は立ち上がった。

 

「一夏。部屋にいるから、夕食ができたら起こしてくれ」

 

 昨日から一睡もしてないんだ、と付け加えた千冬は二階にある自分の部屋へと行ってしまった。

 一人リビングに取り残された一夏は、大きくため息をつくと机の上に置いてある分厚い参考書へと目を向けた。

 

「必読……か」

 

 机上の参考書に手を伸ばす。持ち上げると、見た目以上にずっしりとした重さを感じる。

 これを入学前に読んでおかなければならないのかと思うと、頭が痛い。軽く1000ページはあるのではないか。

 

「何がなんだかよく分からないけど……読むか」

 

 どうして自分がこんな分厚い参考書を読まなければいけないのか、その理由は分からないが千冬が読めというならば読まなければならないのだろう。読まなければ、殺される。

 覚悟を決め、一夏は参考書の一ページ目を捲った。

 

 

 

「あんときはしんどかった……」

 

 二ヶ月前のことを思い出しながら、一夏は苦笑する。あの時の自分は本当によく頑張ったと一夏は思う、あれだけ分厚い参考書をよく読破できたなと。

 

「一夏」

 

 一夏がぐったりとしていると、聞き覚えのある声に呼びかけられた。

 

「お、箒か。どうした?」

 

 顔を上げた一夏の前にいたのは、篠ノ之箒という一夏の幼馴染だった。長い黒髪のポニーテールが特徴的な少女である。

 幼馴染とはいうものの、一夏と箒がこうやって会話を交わしたのは実に数年ぶりだ。最後に話をしたのが小学三年の冬なので、実に六年ぶりとなる。

 

「ちょっと、いいか」

 

 目配せで廊下に出ろ、と伝えてくる箒に一夏は気怠い気分を押し殺し、立ち上がった。精神的な疲れはあるが、それだけでは久しぶりに再会した幼馴染の誘いを断る理由にはならないだろう。

 一夏が立ち上がると、遠目で一夏を見ていた女子生徒からざわめきが起きた。物珍しそうな視線が一夏に突き刺さる。

 いくら男が珍しいからといっても、陰でひそひそと小声で話すのはやめてほしい、と一夏は思った。まるで自分の悪口を言われてるようで、なんだか居心地が悪い。更に時折聞こえてくる会話内容が、

 

「ちょっと、そっちが先に話しかけてよー」

「え、恥ずかしいよ。そっちが先にお願い」

 

 話しかけたいなら話しかけてくればいいのに、彼女らはそれをやろうとはしない。やるか、やらないかの悶着を見せられるより、気軽に話しかけてもらった方が一夏としても有難いのだが。

 視線から逃げるように廊下へ出た一夏を待っていたのは、さらなる数の視線だった。

 

「あ、織斑君が出てきた!」

 

 教室で起きたざわめきより大きなざわめきが廊下に生まれる。大方、学園創立以来初の男子生徒を一目見に来た者達、といったところだろう。

 次第にざわめきは喧騒に変わり始めた。こうなればいつ彼女らの抑えている衝動が爆発するか分からない。

 

「困ったな、これ……」

「一夏、屋上に行くぞ」

 

 一夏が困ったように頭を掻いていると、隣にいた箒が一夏にだけ聞こえる小さな声でそう告げてきた。さすがに箒もこの大観衆の中で幼馴染との六年ぶりの会話を始める気はないらしい。

 一夏は今にも話しかけてこようとしている女子生徒達に一言断りを入れ、箒と共に屋上へと向かった。

 

 

「六年ぶりだな」

「ああ。小学生以来だ」

 

 屋上につくなり、口を開いたのは箒だった。

 

「その、なんだ……元気だったか?」

「ああ、もうばっちりだ。箒は?」

「私は風邪などひかん。いつも鍛えてるからな」

 

 そう言う箒は少し誇らしげだ。

 

 箒の実家は篠ノ之神社という神社で、その敷地内に篠ノ之道場という剣道場がある。営んでいるのは箒の両親で、特に当主である柳韻は剣道歴四十年、段位は八段、称号は教士という実力者であった。その門下生はひっそりとした場所に道場があるにもかかわらず、全盛期には百人近くいたらしい。かつては一夏や千冬もこの篠ノ之道場の門を叩いている。

 だが、時が経つにつれ次第に道場は廃れていってしまった。理由は定かではないが、門下生の激減によるものだと一夏は昔千冬から聞かされたことがある。一夏や箒が剣道を学びだす頃には、すでに篠ノ之道場には千冬ただ一人しか門下生は残っていなかった。

 千冬は成人し、箒とその両親は重要人物保護プログラムの所為で家を出ていくと道場に残ったのは一夏ただ一人だけであった。そして、そんな一夏も中学入学と同時に道場をやめてしまったので、それから道場がどうなっているかは知らない。

 懐かしい思い出が蘇ってくる中、一夏はふと最近の新聞記事を思い出した。

 

「あ、そういえば箒。お前、中学の全国大会で優勝したんだってな」

「あ、ああ。よく知ってるな、そんなこと」

 

 箒が驚いたような表情を見せる。まさか六年間会ってもいない幼馴染が、そんなことを知っているとは思わなかったのだ。

 

「新聞に書いてあったからな」

「でも、あれは相当小さな記事だったぞ……?」

「大会のことは前から知っていたからな。箒の名前を見つけたのは偶然だけど」

 

 偶然にしてもすごいものだ、と箒は思う。箒が全国大会で優勝したことを知らせる記事は、当事者である箒ですら見つけるのが困難なほど小さな記事で、それも見つけにくいような場所にひっそりとあった。そんな記事を偶然にしろ、一夏が見つけることができたのは奇跡に近い。

 

「今更だけど……優勝おめでとう、箒」

 

 本当に今更なことだ。箒が優勝したその大会があったのは去年の夏で、もう半年以上の月日が経っている。それを今となって祝されると、なんだか残念なような嬉しいような表現し難い複雑な気分になってくるのだ。

 だからといって、一夏からの祝福を邪険にするような考え方を生憎箒は持ち合わせていない。

 

「優勝できたのは本当に偶然なんだがな」

「それでも優勝できたことはすごいと思うぜ」

 

 一夏が屋上の手すりに身体を預け、空を仰ぎながら言った。

 偶然、とは言うものの箒は確かに剣道においては全国トップクラスの腕前を持っている。それは全国大会で優勝するに足りるだけのものだ。実際、前に所属していた中学でも箒に一対一で勝てる者は部の中にはいなかった。

 だが、スポーツや勝負ごとにおいて勝敗を決めるのは何も腕の良し悪しだけではない。勝負は時の運、という言葉がある通り勝負とはやってみるまで分からないものだ。どんなに実力差がある相手にでも、時にはあっさりと負けたりすることもある。剣道の試合においてもそうだ。箒がいくら全国トップクラスの実力者であっても、予選の一回戦であっさり負けてしまうかもしれない。勝負の世界とはそういう風にできている。

 自分が昨年の大会で優勝することができたのも一種の幸運だと、箒は思うのだ。あの時は自身の体調も良好で、精神状態も十五年という短い人生の間で一番研ぎ澄まされていた。自分の実力にも確固たる自負があったし、負ける要素などどこにもなかった。

 

 そういう偶然の重なりが結果として“優勝”に繋がったのだと、箒は考えている。

 

 優勝は偶然。それは今の箒が思う偽らざる本音なのだ。

 

「と、とにかく今はその話はいい!」

 

 箒が強引にこの話題を終了させる。今日一夏を連れ出したのはこういう話をするためではない、思い出話に浸るのはまた今度だ。

 

「今日はだな、そのお前に聞きたいとこがあるんだ」

「聞きたいこと?」

 

 一夏は首をかしげた。六年ぶりに再会したばかりの幼馴染に聞きたいこととは、一体なんなのだろうか。

 

「お前は私がいなかった六年間に、その……か、かの」

 何をそんなに緊張しているのか、箒は顔を真っ赤にさせながら言葉の節々を噛みまくっていた。思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、一夏は次の言葉を待つ。

「か、かの」

 

 と、そこまで箒が言いかけた時、その言葉を遮るように次の授業の始まりを告げるチャイムが二人がいる屋上に響いた。

 

「あ、やべ。もう授業始まるぞ、箒!」

「え? あ、ああ……」

 

 どうやら思っていたよりも話し込んでいたようで、時計を見るともう授業開始時間を過ぎていた。このままだとクラス最初の遅刻者に確定である。

 一夏が慌てて走りだした。今ならまだ担任が教室に来ていない可能性もある、全速力で駆けていけばまだ間に合うかもしれない。

 

 血相変えて走っていく一夏を追いかけるようにして箒も屋上を出た。

 

 

 *    *    *

 

 一夏と箒が教室へと全速力で駆け込んできたのは、授業開始を知らせるチャイムが鳴ってから約一分後のことだ。屋上から二人が所属する一年一組までそう遠くはないが、近い距離でもない。歩けば、三分はかかるのはまず間違いないだろう。それでも一分という短い時間で駆け抜けられたのは日々の鍛錬の賜物だ。

 二人が教室へと入った時、担任の教師はまだ教室にいなかった。どうやら副担任共々、急な用事で授業に遅れるらしい。

 

「はぁ……助かった」

 

 席に着くなり箒は大きなため息をついた。屋上から教室まで全力疾走したせいか、額に汗がにじみ出ている。折角、朝にシャワーで朝練の汗を流したばかりだというにこれでは意味がない。

 

(結局、話せずじまいか……)

 

 箒が今日、休み時間に一夏を連れ出したのにはある理由がある。屋上で箒が言いかけた通り、一夏に訊きたいことがあるからだ。その内容はというと、一夏は彼女がいるかどうか、である。

 一夏は客観的にみると――――箒の中では断然に――――俗にいうイケメンと呼ばれる部類に入るだろう。あの端正な顔立ちと優しそうな目元にころりとやれてしまった女性は数えきれないほどだ。ある人物の情報によると彼が所属していた中学にはファンクラブまであったとか。恐ろしい人気である。

 

 箒の姉である束が一度、

 

「いっくんのモテっぷりは、もはや“呪い”レベルだよー」

 

 と言っていたのも納得がいく。

 

 箒と一緒にいたころの一夏はまだ小学校の低学年だったためか、そういうこととは無縁の人物であった。正義感が人一倍強く、誰かが虐められてるとその虐めている相手に殴りかかるような人物で、その度によく千冬に説教されていたことを箒は今でも覚えている。決して気性が荒いというわけではないのだが、昔はまだ精神的に未熟だったためか最初は口喧嘩だったものが気付けば殴り合いに発展していた、なんてことが一夏にはざらにあった。

 

(しかし、一夏も成長したものだな。こうも恰好よくなるとは……)

 

 そこまで考えて、箒は顔が熱くなるのを感じた。今の一夏は六年前と比べて、随分と男前になっている。小学生の頃、クラスメートと喧嘩して姉の千冬にこれでもかと叱られ、貞腐れていた人物とは思えないほどの成長っぷりだ。

 そこでがらっと教室の扉が開く音がした。

 

「すいません、遅くなりました」

 

 入ってきたのはこのクラスの副担任である山田麻耶と同じくこのクラスの担任である織斑千冬だった。急な用事とかで授業に遅れてやってきた二人だが、何故だかその表情は嬉々としている。まるで何かをやり遂げたような笑みだ。

 麻耶に関しては先ほどのHRの時も――――千冬と一夏の自己紹介時を除けば――――にこやかな表情をしていたので、これが通常運転なのだろう。千冬に関して言えば、彼女はいつもつっけんどんな相好をしているのでああいう風に笑っているのは珍しい。笑っているといっても、不敵な笑みだが。

 何かあったのだろうか、などと箒が考えていると廊下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「うわっ、本当にここで勉強しなきゃいけないんですか、俺」

「当然だ。今からここがお前の通う教室だ。ほら、とっと入れ」

 

 教室の入り口立っているのは一人の男性。一見女性と見間違えてしまいそうな中性的な顔立ちに、男性にしては少々小さい背丈が特徴的な人物だ。私服の上からIS学園の制服を羽織るという少々不格好な姿をしている男は、千冬に促されると口を尖らせしぶしぶといった様子で教室に入ってきた。

 男は麻耶の隣までやってくると、クラス全体を眺めるように見渡し、

 

「えと、俺の名前は赤神玄兎って言います。気軽に玄兎でいいんで、よろしく」

 

 頭を掻きながら、玄兎は短い自己紹介を終えると一夏の隣の席へと腰かけた。

 

「さて、遅刻していた赤神君もやってきたことだし、授業を始めましょうか」

「男!?」

 

 麻耶が何事もなく授業を始めようとするのをクラス全体に響く奇声が遮った。発生源は誰かは分からない。が、それだけで十代女子の燻っていたものに火がつくのは充分である。

 

「織斑君に続く、二人目の男子!」

「しかも、織斑君とはまた違うタイプ!」

「女の子っぽくてかわいい!」

 

 黄色い歓声があちらこちらから上がってくる。IS学園創立以来、実質二人目の男子ということで女子達は喜び、舞い上がっている。一夏の時は、初めてということで少し緊張も混じっていた所為か抑え目だったものが、二人目ということでなくなっている。若者の慣れというのは早いもので、ほんの一時間もあればその場に順応してしまうものだ。そのため、一夏の時には緊張で言えなかったことがこの時は平然と口にすることができた。

 そんな生徒たちを見て、千冬は頭を抱えたくなった。ここにいる生徒の大半は女子高の出身で、男子というものにあまり耐性がない者が多い。ただでさえ同学年に男子生徒がいるということが珍しいと思っている生徒達であり、ましてやここは必然的に女子しか入学することができないIS学園だ。ここに限定していえば、男子というものは絶滅危惧種よりも貴重な存在である。そういった存在が目の前に二人もいるのだ、興奮するなという方が無理な話だ。

 しかし、ここは教育施設である学校だ。ある程度の節度は守ってもらわなければならない。

 

「うるさいぞ、お前ら。既に授業開始時刻を大幅に過ぎている。騒ぐ暇があるのなら、授業に集中しろ」

 

 千冬の一喝が教室に響くと、それとほぼ同時にあれほどうるさかった喧騒が嘘のようにぴたりとやんだ。騒ぎ出すのも早ければ、それが収まるのも早い。さすがは倍率が一万以上という超難関を突破し、今日ここに入学を果たした者達である。

 

「はい、それでは早速授業を始めますね」

 

 麻耶の一言でようやく授業が始まった。

 

 

 

 

「ふぅ……予想以上に疲れた……」

 

 二時限目の授業終了を告げるチャイムが鳴るのと同時に玄兎は机に突っ伏した。最初のごたごたがあった所為で授業時間は通常と比べて短かったが、それでも慣れていない玄兎にとっては苦痛だったようだ。

 IS学園は普通の一般高校とは違い入学初日から授業がある。一般的な主要科目に加え、IS関連の授業も行わなければならないこのIS学園のカリキュラム上、今日は入学式なので授業はありません、なんて悠長なことは言ってられないのだ。時間があるのなら有効に活用する、教育機関らしい考え方である。

 

「えと……赤神、だっけ?」

「おう、なんだ織斑」

 

 声をかけてきた一夏に玄兎が間抜け顔で返答する。数十分という短い時間とはいえ慣れないことをした所為か、玄兎の表情には疲労の色が見え始めていた。まだ初日が始まったばかりだというに、この調子では一週間も持たないのではないだろうか。声をかけた一夏ですら、心配そうな顔をするほど今の玄兎は精神的にまいっていた。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。ちょっと往生しそうなだけだよ」

「それは大丈夫と言えるのか……」

 

 その程度の冗談を言えるほどには、体力が残っているようである。

 

「で、何か御用?」

「俺は織斑一夏。一夏でいいぜ」

「ああ、そういうこと……。俺は玄兎でいいからな」

「これからよろしく、玄兎」

「おう、よろしくな」

 

 律儀な奴だな、と玄兎は思った。玄兎は今朝行われたHRに遅刻のため出席しておらず、そのため一夏や他のクラスメートの自己紹介を聞いていない。玄兎しては別にそれでも何の問題もなかったのだが、一夏はそう思わなかったのだろう。

 お互いの自己紹介を終えると、早速一夏が口を開いた。

 

「そういえば、玄兎はなんで遅刻してきたんだ?」

「あー……寝坊したんだよ。寝坊」

 

 頭を掻きながら玄兎が答える。正確には寝坊とは少し違うような気もしなくはないが、何も知らない人物にそれを説明するのはやや面倒だ。ここは当たり障りないことを言った方が無難だ、そう思い玄兎はあえて一夏に真実を告げないでおくことにした。

 

「寝坊かぁ……千冬ね、織斑先生に怒られなかったのか?」

「いや、怒られはしなかったよ。睨まれはしたけど」

 

 ここに来る前の千冬を思い出して玄兎は身震いした。彼女にしては珍しく理不尽な暴力はなかったものの、その分あの刃物のような視線はいつにもまして鋭かったと思う。

 玄兎が引き攣った笑みを浮かべているのを見て、一夏も思わず苦笑した。弟として幼い頃から千冬の恐ろしさを知っている身としては、彼の感じている感情にはある程度共感できる部分がある。あの獲物を探す猛禽のような眼差しは、人生の殆どを共に過ごしてきた一夏ですら未だ恐怖を感じるぐらいだ。千冬と知り合って、まだ日の浅い玄兎にはきついことだろう。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 そんな二人の会話をその声が遮った。

 そこにいたのは金髪碧眼の少女である。

 

「おう? なんだ、用事か?」

「まあ! なんですの、その態度は! わたしくに話しかけるのですら光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないでしょうか!?」

「お、おう……なんか、すまん」

 

 彼女の気迫に押された玄兎は理由もわからず謝罪の言葉を述べた。怒髪、天を衝くという表現がよく似合う光景である。

 

「い、一旦落ち着こう……な?」

 

 玄兎が苦笑いを浮かべながら、怒っている少女を宥めようとする。理不尽な怒りを収めるためには、これが一番手っ取り早い。ここで下手に反論でもすれば、彼女の怒りは収まるどころかさらに大きくなって帰ってくるだろう。それは今の玄兎にとって得策ではない。

 

「ふん。まあ、いいですわ。下々の発言に逐一目くじらを立てていたら、さすがに気が持ちませんものね」

 

 逐一ということばを使うあたり、彼女は相当日本語を勉強したのだろう。日本人と遜色ない流暢な日本語だ。

 気を取り直すため、少女は一度大きく咳払いをし、その青い瞳で一夏と玄兎を交互に見た。

 

「私はイギリス代表候補生のセシリア・オルコットと申します。以後、お見知りおきを」

「俺は織斑一夏。これからよろしくな」

「へぇ、代表候補生なのか。どうりで入学初日から自信満々なはずだ」

 

 セシリアと一夏は互いに自己紹介を終えているはずだが、という疑問を玄兎は感じたのだがそれを今言うのは野暮のような気がした。

 

「代表候補生か……ということは、専用機持ちか?」

 

 玄兎の記憶が確かだと、近年イギリスは第三世代のISを開発に力を入れていたはずだ。詳細な情報までは憶えてないが、一号機まで完成し試行段階まで開発は進んでいたはずである。

 セシリアはもしかすると、その一号機の搭乗者ではないか。そう玄兎は考えたのだ。

 

「ええ、当然ですわ」

 

 鼻高々にセシリアはそう答えた。

 ここIS学園は『IS運用協定』通称アラスカ条約によって創られた教育施設であり、その創立にあたっては様々な規則が取り決められた。その中に“学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されない”というものある。つまり、IS学園というのは教育機関でありながら国からの干渉受けない、半ば独立した機関だということだ。しかし、その規則があるが故、IS学園は他国のISと自国のISを比較をしたり、新技術の試験運用を行うのに適しており、時折試験運用もかねて新型ISを専用機に持つ代表候補生が入学してくることが稀にだがあるらしい。

 

(まっ、殆ど楯無と簪の情報だけどね……)

 

 更識姉妹の顔を思い出し、苦笑する。

 楯無と簪の二人は、玄兎が学園に入学することが決まってからというもの毎日のように電話をかけてくるようになった。さすがに二人一緒にというわけではないが、楯無の次の日は簪、その次は楯無、といった具合で交互にかけてくる。しかもその内容は、IS学園の規則のことやら、学園に入学する前にしておくことなど、聞いていると頭が痛くなりそうな内容ばかりだったのだ。連日の疲れもあってか、内容の半分も憶えていない。辛うじて憶えていたのが、先の規則とそれに関することだけだ。

 

(さて、どう出てくるかな)

 

 記憶の隅に残っていた情報をもとにセシリア・オルコットという女性について推測できるのはここまでである。彼女が何の目的があって話しかけてきたかは分からないが、その目から敵意が消えない限り玄兎は警戒心を緩めるわけにはいかない。

 

「なぁ、玄兎……代表候補生って、なんだ?」

 

 そんな二人を近くの席で目を丸くして見ていた一夏が、首をかしげながら訊いてきた。

 

「一夏、お前……そんなことも知らないのか?」

 

 玄兎が呆れ声でそう返した。世間知らずにもほどがある。

 

「おう、知らん」

「胸を張って言うことじゃねえよ」

 

 どうやら冗談などではないようだ。本気でその単語を知らないらしい。もはや、呆れを通り越して笑いが込み上げてくるレベルだ。

 笑いがこみあげてくるのを堪えながら、玄兎は視線をセシリアから一夏へと移し、向き直った。

 

「あのな。代表候補生っていうのは、こう……なんていうか、凄く強いんだ。分かるか? すごく強い」

「せめてエリートと言ってくださらないかしら?」

 

 玄兎の小学生のような説明にため息をつきながら、セシリアが横槍を入れる。その表情は呆れというより、本物の馬鹿というものを目の前にしてどうしていいのか分からない――――そんな表情だ。

 そんなセシリアを余所に玄兎の隣で真面目に説明を聞いていた一夏は「ああ、なるほど」と一人満足げに頷いた。

 

「今じゃ、中学生でも知ってそうなことなんだがな、これ」

「う~ん、昔から千冬姉は俺にIS関係のテレビとか見せてくれなかったからなぁ。隠れてみたりしたけど、それも中学入る前だし……よく憶えてないんだよ」

「言い訳はよろしい。ところで、そろそろ席に着かんと先生来るんじゃねえか?」

 玄兎はそう言いながら、横目でセシリアを見る。

「……そうですわね」

 

 まだ、何か言いたげな表情をしていたセシリアだが時間を見て思いとどまったようだ。次の予鈴は一分もせずに鳴るだろう。千冬にいらぬ説教をされたくなければ、早めに席についておく方が無難だ。そのことは優等生であろうセシリアも重々承知のはずである。

 セシリアが席に着くのを玄兎が確認したのと、千冬と麻耶が教室の扉を開けたのはほぼ同時だった。

 

 

 

「そういえば……クラス代表を決めないといけなかったな」

 

 教壇に立つ千冬が授業中、ふと思い出したようにそんなことを呟いた。

 クラス代表とは、一般の高校でいうクラス委員のようなものだ。クラス委員と違う点は、年に数回開催されるクラス対抗戦にクラス代表として出場するぐらいで、あとはクラス委員と何ら差異はない。

 

「私は織斑君がいいと思います!」

 

 麻耶のクラス代表についての説明が終わるや否や、一人の女子生徒が言った。

 

「私も織斑君がいいと思います!」

「お、俺!?」

「自薦他薦は問わない。どんどん、言ってくれ」

 

 千冬が一夏を見て、にやりと口角を吊り上げる。

 

「じ、じゃあ俺は玄兎を推薦するよ!」

「お、おい! 俺まで巻き込むなよ!?」

「旅は道連れ」

「道連れの意味が違うだろ、それ!」

 

 自分が指名されないように息を殺し、じっとして存在感を殺していた玄兎だがさすがに隣の席にいる一夏にはばれていたようだ。

 

「じゃあ、私も赤神君がいいです!」

「私も!」

「無慈悲だ……」

 

 玄兎が悔しそうに呻く。どうやら彼女らには慈悲というものはないらしい。

 学園において男子というものはこのクラスにしかいない希少な存在だ。どうしても担ぎ上げたくなるのだろう。

 

「ふむ。では、織斑と赤神のどちからがクラス代表ということで」

 

「待ってください! それでは納得がいきませんわ!」

 

 千冬の言葉を遮るようにしてセシリアが叫んだ。ばん、と机を叩き立ち上がる。

 

「男がクラス代表なんていい恥さらしですわ! 代表とは実力がある者がなるべき立場。それをそこの世間知らずの猿に任せるなんて、このセシリア・オルコット、そのような屈辱は断固反対ですわ!」

 

 声を荒らげ、興奮気味にセシリアが言う。彼女が何を言いたいのか、それは玄兎にも何となく察しがつく。先の休み時間の会話でも分かったように一夏はISについての知識は皆無だ。技術に関していえば、セシリアと玄兎を除く全員が素人である。そんな中でクラス代表を決めなければいけないとなると、普通は自然と代表候補生であるセシリアに票が集まるはずだ。だが、今回はそうではなかった。

 例外というのは何事にもつきまとう。今回の一件もそうだ。本来ならばセシリアに集まるはずの票が、男という理由だけで一夏や玄兎に流れていってしまった。プライドの高いセシリアにとって、それは屈辱以外の何物でもなかったのだろう。

 

「そうか……分かった」

 

 そんなセシリアの様子を見て、千冬が何かを考え込むような仕草をする。しばらくすると千冬は黙考を終え、

 

「では、こうしようか。来週の月曜、第三アリーナにて織斑とオルコットは試合をしてもらう」

「試合ですか……?」

「ああ。その試合に勝った者が晴れてクラス代表になる――――――どうだ、これなら異論はあるまい」

 

 確かにそれならばセシリアの言う“クラス代表には実力者がなるべき”という点も解決する。

 決闘を受けるのか、それとも否か。千冬の問いに真っ先に答えたのはセシリアだった。

 

「分かりました。それで、この一年間屈辱を受けずに済むというのであれば、喜んでその試合受けましょう」

 

「……決まりだな」

 

「ちょっと、千冬姉! 俺はまだ何も」

「うるさい」

 

 まだ何かといちゃもんをつけてくる一夏に、千冬はため息を吐きながらその拳を振り下ろした。

 

「織斑先生だ。何度言えばわかる」

「……はい、すみません」

 

 これ以上文句を言ったら殺される。一夏は本能的にそう感じ、文句をつけたいのを押し殺しながら席に座った。

 

「では、試合の日時は先程言ったように来週の月曜だ。三人とも準備をしておけ」

「俺もかよ!」

「当然だ。お前も代表の候補者なんだぞ」

 

 最悪だ、と玄兎が呟く。先ほどまで、織斑とオルコット、という名前しか千冬の口からは出ていなかった。当然、自分は候補から外されたのだな、と玄兎は思っていたのだ。内心、それを喜んでもいたが。

 

「ちくしょう……俺はやらねえぞ……絶対に」

 

 新たな門出にそんな決意を固めた、玄兎であった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。