東方project短編第1弾、鍵山 雛テーマの短編。
どうぞゆっくり拝見されてみてください。

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感謝の「想い」

 これは昔の話だ。

 人里に婚約を誓う1組の男女がいた。

互いに婚約を誓い合った時には既に彼女は身篭っていたが、その彼女に問題があった。

 生まれつき病弱であった彼女は早産の可能性が高く、無事に子供を授かる可能性は低いと余儀なくされた。

最悪、それ相応の覚悟も必要だと断言された。

互いに結ばれた現実を心から喜べず、ただ過ぎ去っていく時間を悲しみに明け暮れていた。

日が1日を過ぎる度に窶(やつ)れゆく体、それと反比例するように大きくなる我が子を見て彼女は悲しみに沈み、苦しだ。

 樹木を黄金一色に染める秋が過ぎ、水をも凍らせる寒冷が現れる冬を超え、桜の蕾が開花を待つ時期に人里ではある行事が行われていた。

師走の初旬、雛流しの時期だ。

 人里近くを流れる妖怪の山へ繫がる川があり、その川で御雛様に己の「厄」を乗せて流す。

『厄』を乗せて流す事で、川上の奥に住む「厄神様」にその「厄」を取り除いて頂くのだ。

人間が良き春を迎える為に行われる伝統である。

彼らは一縷の想いを御雛様へ震える声で祈りを捧げながら御雛様を川に流した。

寄り添い合うように流れる男雛と女雛の1組の御雛様が、視界から消えるまで彼らは人形に「想い」を募らせていた。

後日、彼らには珠のような元気な幼子が恵まれた事が一時期人里に話題をもたらした。

 

 

 

 霜月頃の夕暮れ時。妖怪の山を囲む生い茂る樹海。

その中を木々の根を避けながら奥へと進む人影。

その様相は、年を10超えた程度の若い少年であった。

 身に纏う着物を体に寄せ、陽光をも遮る樹海から伝わる寒さを耐え凌(しの)ぐ。。

耳に届く音は獣の遠吠えや虫の羽音が混じる雑音。

人里の喧騒など、もはや少年の耳には届かなくなっていた。

地面へと滴る蔦や蜘蛛が張り巡らす糸が視界を遮り、周囲への警戒を阻害する。

それらを払い除けながら、ひたすら陽光が届かぬ暗き獣道を足早に歩む。

 

 貴方がこの世で生きていられるのは、御雛様のお力があったから。

少年の母が彼へ毎日のように告げ続けた言葉。

彼が母に意味を聞き返すと、母は黙って優しげに微笑み返し続けた。

病弱である母から無事に産まれた件は、人里内に活気に包んだ。

父は涙を流しながら少年と彼女を抱き続けたらしい、当時の母を担当していた父の友人である医師が少年にそれを教えていた。

 少年が幸せに囲まれながら人里で10年の時を過ぎた頃だ。

少年に物心が芽生えて初めての雛流し。

流れゆく御雛様を眺めながら、少年は母の言葉を頭に浮かべていた。

御雛様が流れ着いた先には、誰がいるのだろうか。そして、その人物はどんな御方なのだろうか。

雛流しを終えた少年は真っ先に寺子屋へと足を運ぶ。寺子屋で歴史を教授している人物に聞くためだ。

日が晴天の空高くに登る頃。少年は息を切らせながら慣れた道を駆け、寺子屋に着く。

勢いを保ちながら寺子屋の敷居に上がり、無邪気な大声である人物の名前を叫ぶ。

少年の声に反応するように障子が開き、その先から1人の人物が現れる。

 

 人里では誰もが知る人物。彼女は月夜の日が訪れる度に、歴史を編纂し続けている。

陽光を水晶体が反射しているような輝きを放つ、乱れを見せない腰まで伸びた銀髪。

大胆に胸元を大きく開かせた上下一体の青藍色の服装を纏っていた。

彼女はこの寺子屋を管理し、人里の子に歴史を教授している人物。この寺子屋は彼女にとってのマイホームのようなものだ。

少年は息をつく事なく、勢いのままに彼女に尋ねた。

 

「御雛様を流す川の奥に、誰がいるんですか!? 上白沢先生!!」

 

 上白沢女史の公言はこうだ。行事で流す御雛様は川の奥にいる『神』により回収され、それらに溜められた「厄」を他の神々に献上する。

あの奥にいる神は「厄」を溜め込む役割を担いながら、その役割の恩恵によって自らの存在を保つ。

勿論、恩恵とは我々の感謝という信仰である。

 

 少年の中に芽生えていた疑問は、好奇心へと変化していった。

あの川の奥に行きたい、そう父に頼み込むのであったが、なにかと厳格であった父は首を縦に振らなかった。

人里から離れる危険性も一理あったが、問題であるのは少年の目的であったからだ。

 「厄」とはつまり、病苦である。

人間にとっては生まれた時から誰もが持っており、時が進むにつれてそれは大きくなっていく。

「厄」と「福」のバランスが崩壊してしまえば、その人物は必ず幸ならざる結末が訪れる。

 それを回避する為の行事が雛流しであった。

神に会いに行く、つまり自ら「厄」が集められた場所に向かうに等しい。

わざわざ毒と分かりながら突き進んでいく程、人は愚かでは無い。

父は何度も何度も、少年の頼みを断り続けた。時間が過ぎれば、いずれ落ち着く等と考えていたのだろう。

 

 だが、少年は好奇心を胸に抱き続け今もなお樹海の中を進み続けていた。

今頃、人里は騒動に溢れかえっているだろう。

母の泣き崩れる姿、父の焦燥を浮かべる姿。少年の脳裏に浮かぶ情景は、心に1闇を宿らせる。

 寒さと恐怖でまともに働かなくなっていく脳、心に生まれた疑念と後悔。それらは少年に少しずつ重くのしかかっていた。

足早だった勢いは段々と遅くなり、ついに歩みを止めて地に足を折った。

 

 獣の遠吠えが近づいたように聞こえた。

 

動かさなくては、少年は足を動かそうとした。

足は動く気配を見せず、その兆(きざ)しをも見せない。焦燥が少年を更に蝕む。

叫ぼうにも声も出ず、腕を動かそうにも震えでまともに機能しない。

このままでは自分は獣に襲われる。少年の心に不安と恐怖が侵食し続け、息は荒れはじめ、視界がぼやけ始めた。

 少年の体が地面に倒れこむ瞬間、少年の視線に「ナニカ」が通り過ぎた。

獣のように獰猛な気配は感じず、妖怪のような恐気も感じない。

その「ナニカ」は宙を上下に漂いながら樹木に姿を隠し、視界から消えていった。

 何かが視界から消えた瞬間、少年の足は震えを忘れたように駆け出していた。まるでゴールを目前としたような感覚。

いつしか、体の震えは地を踏み出す衝撃に打ち消され、荒れていた息は人里を駆けていたあの時と同じ躍動感を取り戻していた。

 

 少年が獣道を駆け続けていると、視界に先程の同じ何かがまた現れた。

異色な膜のようなものに覆われながら宙を上下に移動しながら漂う「ナニカ」。

それは奥へ進めば進む程、次第に大きさを増している。数が増したからだ。

少年が目の前に漂うそれらを通り過ぎようとした時、樹海に人のような声が響き渡った。

 

「駄目よ。 此方へ来てはいけない」

 

 それらを目前にして、足を止めた。

少年の意識はその声に安堵と疑問を浮かべる。

この先に誰かがいる、そしてその人物は自分は追い求めていた「神」であると。

 

「な、なんでだよぉ!?」

 

 震えながらも動揺を含んだ声で叫ぶように言葉を返す。

一瞬、静寂に包まれた樹海の奥からまた声が返ってくる。

その声は機械が返したように冷たいものであった。

 

「この先は「厄」が満ちた居場所。 貴方がここを通れば、「厄」は貴方を包み込むでしょう」

 

 声はそこで終わる。

語るに及ばず。生に溢れた生き物から集められた「厄」に襲われれば一体どうなるか。

襲いかかる不幸は、計り知れぬものとなるだろう。

 けれど少年の答えは、既に決まっていた。

駆け出した、声が聞こえるその奥へ。

目尻に涙を微かに浮かべながら、少年は「災厄の世界」へ飛び込む。

視界はまるで濃霧へ飛び込んだような黒紫色に染められた世界。

冷たく響いていた声は怒声となって少年の耳へ伝わる。

 

「早く帰りなさい? これ以上先に踏み込めば、貴方が……」

 

 声は途中で途切れた。

とてつもなく大きな「ナニカ」が地面に倒れ込んだような轟音が「神」の言葉を遮った為だ。

樹木だ、それも人を優に超える大きさのものだ。

 一瞬の静寂から、幼き子の苦痛に満ちた声が「神」に届く。

苦悶の声が響き渡り終えてすぐ、樹海に地を駆ける足音が再び響きはじめる。

音は小さくなっていくどころか、段々と大きくなっていく。

足音は「神」へ近づいていた。

 

「どう、して……」

 

「神」は驚きを隠せずにいた。

生に溢れかえっている物であればある程、生きる上で訪れる苦痛と哀愁を回避しようとする。

誰もが苦しみと悲しみを嫌う。それは普遍の事実であり、誰もが選ぶ選択である。

けれど、今駆けている少年は「神」に向かって走り続ける。

足音の強さが、少年の意思の強さを伝えていた。

 

「どうして、此方に来るの!? どうして、痛みに耐えてまで、此方へやってくるの!?」

 

 「神」自身も自らが信じられない程に荒れた声量であった。

視線の先から聞こえるのは繰り返される苦痛と嗚咽混じりの声と樹木に人がぶつかる音だ。

間が空きながらも「神」が居る方向へ駆ける足音は消えず、逆に音が近づいてくる。

 

「俺ぇ、はぁ!!」

 

 足音に混じりながら、絞り出したような声が響く。

成長仕切った肉体でもなければ、生まれ持って頑丈であったわけでもない。

痛みは痛みだ。辛いものは辛い。苦しみから逃れたいという感情は、誰もが持つ本能そのもの。

それでも少年はその苦しみから逃れず、心に培ってきた「想い」を告げる為に足を止めない。

 

「貴方がぁ、居なかったらぁ、生まれてこなかったから!! 貴方がぁ、「厄」を集めてくれたからぁ!?」

 

 少年の足音と声は途切れ、少年が地面に倒れこむ音が「神」に届く。

「神」は思わず手を差し伸べようとした。

けれども、少年に近づく事は「神」自らを包み込んでいる「災厄」が少年に襲いかかる。

「厄」増える事は、降りかかる不幸も、苦しみも、悲しみも増大する。

躊躇した「神」の腕先から、少年の立ち上がる音が聞こえた。

 

「だからぁ……だか、らぁ!!」

 

 物心ついたばかりの子供が、危険で暗い獣道をいつ獣や妖怪に襲われるか分からない恐怖を。

全身を襲う苦痛を耐えながら、それらを乗り越えてきた。

理由は単純明快だった。ただ感謝の言葉を、「自らの想い」を直接伝える為だけに少年はここまでやってきたのだ。

 駆け足の音は「神」の目の前で消え、「神」の視界に子供が1人飛び込んできた。

一瞬の出来事に戸惑いながらも「神」は自分へ飛び込んできた少年をその身に受け止め、抱きしめた。

ほのかな温もりを感じた少年は小さく、それでも「神」の耳に届くには十分な声量で言う。

 

「あり、がとう……」

 

 その言葉を告げると、「神」に抱かれたまま意識を閉じた。

「神」は少年を抱き抱えながらその場に立ち尽くしていた。

少年から伝わるほのかな温もり。

少年の落ち着いた心音が、青色の着物と赤を基調とするワンピースを挟んで伝わる。

「神」は呆然としながら、少年の言葉を頭の中で繰り返されていた。

ありがとう、今まで直接言われた事が無かった感謝の言葉。それは水のように「彼女」の心に浸透していった。

そして「彼女」はこの時、自分の頬に水の線が流れていた事に気づく。

 

 自らの役割を感謝された事など、この道一度も無かった。これ程に幼い子供が、それを教えてくれた。

立ち尽くしていた「彼女」はそのまま膝を曲げ、地面に座り込んだ。

そして、少年の頭を自分のスカートを挟んで膝下に寝かせる。所謂(いわゆる)、膝枕である。

「彼女」は右手で少年の髪を櫛(くし)で整えるように撫でながら、左手で少年の右手の人差し指を中指の上に移動させる。

「彼女」がある言葉を呟くと、彼を覆っていた「厄」は全て「彼女」の元へ移動していった。

 

「此方こそ、ありがとう」

 

 樹海に微かな一陣の風が通り過ぎ「彼女」の新緑色の髪がなびくように揺れる。

その時「彼女」が浮かべていた表情は、まるで聖母のような暖かな笑みであった。

 




此処までお読み頂きまして、ありがとうございました。
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