1
♪ すてきな美女を やばんな男が おっかける
♪ 美女がつかまる 男がするのは 口にも出せない なんてこと!
♪ でも ご安心あれ この道化 美女のためなら 大の男にも 立ち向かい
♪ とくいのダンスで 翻弄し 目を回させて あたまをドカン!
街の広場にとまった荷馬車から初老の男が降りると、とつぜん唄いはじめた。バリトンが街中に響きわたってゆく。
歌とともに躍りでたのは金髪を白の造花でかざりつけた女だった。その豊満なからだを、やわらかい曲線をなぞるような薄布のドレスでおおい、ステップを踏むたびにたっぷりとした皮膚がゆれる。
彼女はターンしながらうしろをちらりちらりと見やった。
追いかけるのは浅黒い肌をした男。肩までとどく髪はぶどう色。二メートルに届くのではないかと思われる長身には、黒の上着一枚にところどころほつれたズボン。全身に分厚い筋肉が張りついている。その太い腕が握るのは背たけと同じほどの大剣。
といっても見るからにつくりものとわかる粗末なものだ。彼は剣をぶんまわすと女を威嚇し、足留めする。わざとらしくその場に倒れ込む女へ、男が舌なめずりして手を伸ばした。
そこにやってきたのが安っぽい装飾の白い仮面をかぶった小柄な道化。赤と青の衣装に身を包み、宙返りしながら黒い男の前に降りると逆立ちしてそのあごを蹴りあげる。
仰向けにのけぞる男の首へその細い脚を巻きつけ、ぎゅうぎゅうと締めつけた。たまらず男が道化を振り落とすが着地すらも振付どおりですぐに体勢を立てなおす。
剣で叩っ斬ろうとされるもかわし、その勢いのまま男に体当たり。ううっとよろめく男に高くあげた足でまた蹴りを一発。
男が最後の手段とばかりに剣を投げ捨てた。雄たけびをあげて道化につかみかかろうとする。
だがその両腕に締めあげられる直前、道化は男の頭上へ飛びあがった。両脚をぴたりとそろえ、着地点はバランスを崩した男の後ろ頭。
道化に乗っかられると黒い男は無様にも頭から崩れ落ちた。
対照に道化は両手をかかげてうつくしい着地姿勢のままだ。
彼はその場で周りを囲む観客に一礼すると、拍手が湧きあがる。
そして荷馬車のすそで唄っていた初老の男が顔を見せる。赤いつば広帽をかぶった頭で空を仰ぎ、年季の入った声で唄いあげた。
♪ こうして男は地面とキッス 美女の口づけ 落ちるのは
事の成り行きを見守っていた女が道化へ駆け寄る。そして紅の塗られた頬へ、ルージュを引いた口でキスをした。
道化がわざとらしくその場でしなをつくって喜んでみせる。
初老の男の唄声もいっそう高まり、
♪ このわたし 道化の仮面の 朱い頬
広場に口笛や冷やかしまじりの歓声があがったのだった。
2
「ポルカ、よくお聞き。おまえの父さんは東洋人で、まじめだけがとりえの、ひよわで、象牙色の肌もかさついたような冴えない男だった。でもアコーディオンで奏でるメロディはあたし好みで、その音にのって踊るのはなにものにも代えがたい幸福だったわ。父さんもあたしが踊るさまが好きだと言ってくれた。音と踊りがひとつになったとき、ふたりの心もひとつになった。あんなひととは二度と出逢えないでしょうね。……そしてあたしたちは求めあい、愛しあい、その結果あんたが生まれたの」
母の白い手がポルカの短い黒髪をすいた。
母は眠る前に亡くなった父の話をしてくれる。ポルカはいま、十三歳。父親が亡くなったのは五歳のころだという。記憶にはないが母が父について話すとき、空色の瞳が薄闇にきらめいてうつくしいから、きっとすばらしいひとだったのだと思う。
荷馬車の幌ほろごしに星のあかりが見えた。母はひざにのせたポルカの頭をそっとなで、
「そろそろおやすみ」
と言ってから頬にキスをした。大人しく毛布にくるまり、ポルカはまぶたを閉じる。
いつか母を昼間の茶番劇の道化ではなく、自分自身の力で貧乏暮らしから救い出せたら。
離れたところで眠るアスワドの高いびきだけが真っ暗な世界にひびいていた。
***
アスワドは一座唯一の演目で悪漢を演じる同僚だ。歳は十八。天涯孤独の身で、一座に来るまでは盗みや賭博でその日をしのいでいたらしい。
おかげで当たり役なのか母を襲うしぐさなど違和感がまったくない。
それしかできない、というのも事実ではあるが。というのも前任者が一座から逃げ出し、唯一の演目もできないとなげいていたところを団長が現地で拾い上げ、初出演。演技などしたこともない素人なのに他に団員がいないから、と今現在までずるずる雇っている。
ポルカはアスワドがきらいだった。適役とはいうものの、わざとらしいしかめっ面をしたり、振付をいつまでたっても覚えられず剣のかまえはいつも適当だったり、演技はからっきし。そのうえ腹の居所が悪いと、振付どおりに足を向けただけなのに、つくりものの剣でひどくぶつ。
仕事もこなせない、私情は持ち込む、おまけに母に馴れ馴れしい。
今日も今日とてアスワドが母につきまとう。
「シスル。本当はあんなガキ一捻りで黙らせられんだぜ。でも仕事だから仕方なく毎回負けてやってんだ。それに、色気もねぇガキでもあんたの娘ってんだから、未来の父親たるオレが優しくしないワケにもいかねぇだろ?」
「ハイハイ。これからもポルカとよろしくやってちょうだい」
母が軽くいなしてもアスワドはめげずに食いさがる。
「あんたが言うならそうするよ。でもオレが本気でよろしくヤりたいのはあんた。やりたいっつーのは、アレだ、ホラ、そーゆー意味だよ」
ふたりのやりとりを聞いてポルカは腹がたった。下卑た物言いをされては願い下げだ。
そもそも今は芝居の練習中。あと一時間ほどで本番だというのに。
だらしのない男だとにらんでいると相手もさすがに気づいたらしい。
「お、ポルカ。さっきから見つめて、どうした? オレがハンサムなのは仕方ないが、あいにくオレは母娘どちらも手を出すほど節操なしじゃないんでね。ガキを愛でる趣味もねぇし」
にやけた顔で覗きこんでくるのに、そっぽを向いたらくちびるを尖らされる。
「かわいくねぇやつ。文句あんなら口で言え」
「ポルカは生まれつきうまく喋れない。だからあたしにはなんでも踊りで教えてくれるのよ」
「まったく話せないんじゃねぇんだろ? シスル、あんたのことは愛しているがちいと娘を甘やかしすぎだぜ。少なくともオレはこいつがおどって何を言わんとしているかさっぱりだ」
アスワドに両肩をつかまれ、顔をずいと近づけられた。
「オレは別にてめぇがキライってワケじゃねぇ、でもその話せるのに話さない、ってヒネた性根が気に食わねぇだけよ。ほら、なにか一言でも言ってみろ。おまえが不満に思ってんなら、直す努力はしてやるよ。なんと言ったって」
おまえはシスルの娘だからな。アスワドが歯を見せてにやついた。
その顔にポルカはムッとする。結局こいつにとって自分は母のアクセサリーか何かなのだ。
ポルカはアスワドの笑みで盛り上がった頬につばを引っかけた。
「……あッ?! なにしやがんだ、こンのクソガキ!」
アスワドが嫌悪をかくさず頬をぬぐう。
「せっかく仲良くしてやろうと思ったのによォ、もう許さねぇ!」
彼は転がっていたつくりものの剣を握り、ポルカをぎろりとにらんだ。まさかとは思ったがブラウンの目が憤怒に染まっている。
「アスワド、おやめ!」
いとしのシスルの言葉も聞こえないらしい。
ポルカが危険を察して駆けだすと、あとを追ってきた。荷馬車から降りて外へ出る。
街の人のざわめきが聞こえた。
「いつもの女のひとはどうしたのかな」
「あの道化、女の子だったのか」
「新しい演目かね?」
ポルカが苦労する人垣をものともせず、アスワドは剣を振り回して道をひらく。
逃げ道を剣でふさがれた。立ち止まると背中をつかまれ、地面へ押しつけられる。
ひやりとした砂利が頬にあたり、目の前に再び剣が突きたてられた。
「今回はオレの勝ちでエンドだ」
目だけで見やると、アスワドの勝ち誇った笑みが頭上にある。
その後ろに人だかりができているのが見えた。
遠くから団長の呼び声がする。心配でついてきたのだろう母の声も。
ポルカはただ歯をぎりりと食いしばり、憎い男の顔を見あげるばかりだった。