くろとしろのダンス   作:つるみ鎌太朗

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 城へ連れてゆかれると、当然のようにアスワドとはなればなれになった。その代わり王子が温かく迎えてくれた。最後に会ったときの同じように優しかった。

 

「ポルカ、よく戻ってくれた」

 

 騎士たちよりもさらに心を尽くしたもてなし。この城で育った者だけが持つ清らかさがにじみでていた。

 

「あの日、きみが来ないから心配してお供と城じゅうを探しても見つからなかった。それからあの男も消えたと聞き、町まで兵を聞き込みに行かせればきみを抱えて出ていったと言う。そのあとは城の兵から捜索隊を編成して、王都付近を片っぱしから捜させた」

 

 王子は「本当によかった」と言ってポルカをぎゅうと抱きしめた。その肩の向こうから、初めて会った日と同じように星と神話の神々がこちらを見ている。

 

「あの男とおどって日々をすごしていたと聞くけれど、こわかっただろう。ぼくはそんな状況できみをおどらせたくないから城へ招いたというのに」

 

 ポルカは王子には本当のことを説明しようとしたが、さえぎられてしまった。

 

「きみは母親のために自分を犠牲にしようとしていた。ぼくはそのけなげな心に打たれた。だからなぐさめようと思ってここへ連れてきたんだ。だが、きみの踊る姿を見て気持ちが変わった。きみには才能がある。伸ばせばきっと開花する。そのときが来るまできみが稽古に打ち込めるように環境をつくってあげたかった」

 

 つよく握り締められた手が痛かった。うなだれ、口をかたく閉じる。

 王子がゆっくりと告げた。

 

「……一週間後、舞踊団の中でも歳若い娘たちが宴の間で踊ることになっている。収穫祭を祝って神へ舞を捧げるためだ。そこできみを披露したい。この伝統ある行事で父に認められればさらに将来を保証できる。お母さんとおなじ稽古場でおどれるようにだってなるんだ。どうか頑張ってほしい」

 

***

 

 母にも会うことができた。城での生活に慣れたのか、一座にいたころよりもずっと上等な絹の衣装に身を包み、淡い色あいの化粧でうつくしい顔立ちを引き立たせている。

 

「ポルカ、無事でよかった……」

 

 いちばんなじみのある温もりに抱かれてポルカはつい目がうるんだ。

 母が一日の大半をすごす稽古場は白一色に統一されている。物珍しそうに見まわしていたら、くすくすと笑われた。

 

「あんたもそのうちここに来るわよ。どうして教えてくれなかったの? 王子から直属の踊り子として招かれたって。いなくなってから知って驚いたわ」

 

 どこまで伝えたものかポルカは首をひねる。だが母は何も言わずともポルカのことならなんでもわかってしまうのだ。

 すべてお見通しとばかりに笑みを浮かべながら。

 

「もしかして、あたしに気を遣ったの?」

 

 うなずくと頭を撫でられた。

 

「ばかね。あたしのことを考えるなら隠しごとはやめなさい。それこそ心配して稽古に身が入らなくなっちゃうんだから」

 

 そのことばにポルカは顔をひきつらせたが、気づかない母ではない。

 

「どうしたの? なにか悩みでもあるの?」

 

 すかさず訊ねられる。母の前で、ポルカはアスワドとの旅を思い出しながら踊った。

 身をかたむけ、アスワドに抱えられて連れ去られたことをあらわすマイム。手で顔をおおい、なみだをかくすようなしぐさ。しかしすぐに両手はやわらかく半円を描くようにひろげられる。

 それまでの道化らしいおどけた動作から一転、愁(うれ)いをおびたまなざし。口もとに浮かぶ笑みがポルカをどこか大人びて見せた。両手のひらが心臓の音をたしかめると前へと差し出される。

 

 彼女の手を取るのはこの世にただひとりだけだ。

 アスワドの手を取れば彼女の足どりに甘いかおりがついてまわる。道化からひとりの少女へ変わり、淡い青のスカートが花びらのようになびいた。

 しかし背をそらすと糸の切れたようによろめく。その手が宙をさまよった。ゆれる瞳がいなくなった相手をさがしてきょろきょろと忙しなくうごく。

 ポルカはその場で膝まづいた。その祈りはアスワドに向けてのものだ。

 彼を救いたいという気持ちを天へささげる。

 踊りが終わるまで母は焦らず、うんうんと相槌を打ってくれた。

 そして面白くてならないとでも言うように口のはしを持ちあげる。

 

「あのアスワドが……ポルカ、あんたなかなかやるわね。さすがあたしの娘」

 

 肩に手を置いて、まずはそう言われた。よくわからずにいると急にまじめな顔をされる。

 

「ねえポルカ。さっきも言ったけど、自分の気持ちは隠さずに正直に言えばいいの。そのためにあたしだってここに留まったんだから……あたしが、あんたを置いてひとりだけ城にのこると思う? 王には事情を話して、次の宴ですばらしい舞を見せればあんたをここに置いてもいいと約束していただけたの」

 

 顔を上げると母はほほえみながらも目を濡らしていた。

 

「正式に決まってから言おうと思っていた。そのために必死で稽古をして、あんたと話すひまもなかった。でも、そんなに悩んでいたなんて。気づいてあげられなくてごめんね」

 

 母の涙を見たのは初めてだった。母はポルカを抱き寄せると今度は自分の気持ちを明かした。

 

「あたしが今まで一座に残っていたのは、あんたの父親以外の楽士の音楽で踊りたくなかったから。あのひとの音楽でないと、最高の踊りはできないと知っているから……。でもね、王に踊れと言われたらそうする他ない。しかたなかった。城に招かれるとわかれば迷ったけど、あのまま一座にいればあんたの才能だってつぶしかねなかったことでしょう。それを思えば、あたしのちっぽけなプライドなんて捨ててもいい気がしたの」

 

 どうやっても、あのひとはもう帰ってこないのだから。

 母はそう言ってポルカをさとす。

 

「だからあんたは幸せにならなきゃならない義務があるのよ。親なんて子どもに尽くすもの。それを後ろめたく思うなら、もっとわがままになりなさい。そしてうんと甘やかさせて。それがあたしにとっての幸せなんだから」

 

***

 

 その後ポルカは王子のもとで稽古に打ち込んだ。

 本番でともに踊る娘たちはすでに宴で何度も舞っている経験者ばかり。最初こそ足並みをそろえられずに邪険にされたが、それにもめげずに練習していると慣れない箇所を教えてもらったり、自主稽古に誘ってもらえたりするようになった。

 宴の間に近い控室で出番を待っていたら、王子がこっそりやってきた。

 

「ポルカ、あんなにがんばったんだ。きっと上手くいくよ」

 

 娘たちがあこがれの王子の登場にはしゃいでいたが、ポルカはからだをこわばらせる。緊張とすこしの後ろめたさからだ。いつもより念入りにからだをほぐして舞台へ立った。

 宴の間は先日よりも人であふれかえっていた。

 

 しかし王と王子の位置だけは変わらなかった。ポルカが上目で王子に視線を送ると、はげますように笑いかえされる。くちびるをきゅっと引き結んで娘たちの列にならんだ。

 王直属の楽士たちは王子の囲う者たちよりも歳が上で、いかにも経験豊富そうだった。何人か稽古でも演奏してくれたものの、これほど大勢の奏でる音楽で踊るのは初めてだ。

 

 打楽器の地響きとともにからだを高く跳びあがらせる。張りつめた弦楽器のしらべに手足を絡めとられ、ぜんまいじかけの人形のようにうごく。

 そこへ木管のやわらかな音色が溶け込んでいった。まるでばらばらだった娘たちが円を描くかたちになって集まってくる。高くかざした腕が一点で集中し、花開くように弾けた。

 ふわりと重力を感じさせない跳躍が妖精を思わせる。彼女たちのからだに生命がみなぎり、手足がひらひらうごくたびに風が巻き起こる。なびく髪が実る稲穂のようだ。

 すこしずつ合わさっていくうごき。音と調和し、場を温かな空気が包む。

 終わるころにはひとびともすっかり魅入っていた。

 大きな拍手を浴びた娘たちがお辞儀をする。楽士たちにも喝采がおくられた。

 王がにこやかに労をねぎらう。

 

「今年の収穫も上々だった。これも毎年そなたたちのような娘がすばらしい舞を神に捧げてくれるからこそのたまもの。特に、そこの娘。途中で合流したというのにひとつも陣形を乱さぬとはりっぱだったぞ」

 

 王の慈愛のこもったまなざしがポルカに向けられている。まわりの娘たちが笑って、こそこそと小突いてきた。誇らしい気持ちで満たされたが不安もふくらんだ。

 王子の視線に射抜かれるようだった。

 くじけそうになったが、ひとびとの中に母の姿をさがす。母ならきっとポルカの背を押してくれる。見つけきれなかったがきっと自分を見守っているはずだ。

 王がやさしげな声で言う。

 

「なにか望みはあるか? 申してみよ。できるかぎりのことはしよう」

 

 となりで満足げに笑う王子からポルカは彼のねらいがわかった。おそらく王と王子のあいだで話はついているのだ。あとはポルカが願えば母と同じ場所で稽古ができる。

 ひとびともポルカの返事をしずかに待っていた。

 深く息を吸う。のどがからからに乾いてくっついてしまいそうだ。

 そして彼女は望みを口にする。

 

「あ……す、わど……」

 

 そこにいる全員が首をかしげた。たかが舞踏家ふぜい、それも貧乏一座の団員のことなど知る者はほとんどいない。彼らはポルカがさらわれたことも知らないのだろう。

 だが王と王子はちがう。

 

「そなたをさらった者か? いったいどうしたと言うのだ」

 

 きびしい口調だったがポルカはつづけた。

 

「あ、すわ、ど……あいたい」

 

 両手を胸の前で組む。まっすぐ王と王子を見つめ、返事を待った。

 彼らは顔を見合わせてどうするか決めかねているようだ。

 しかし王子が意を決したように提案する。

 

「彼女が会いたいと言うなら、牢から連れてきてやるくらいしてもいいのではないでしょうか。その後おかしな真似をしようものなら兵に即刻下げさせます」

 

 王がかたわらにいた兵へ声をかけた。彼は宴の間から下がると、どこかへ去ってゆく。

 娘たちが膝をつく中、ポルカだけが祈る姿のまま立っていた。

 そこへ兵が男を連れて戻ってくる。浅黒い肌にはいまだ白い包帯が巻かれていたが、自分で立ち上がれるまでには回復していたようだ。

 ひさしぶりに会えたアスワドをしっかり見たいのに視界がにじむ。

 

「さて。望みは叶えたが……まだなにかあるかね?」

 

 王の問いかけにポルカは膝をついた。

 

「い、っしょに踊り、たい」

「この男がおどれるのか?」

 

 王もアスワドの実力は知っている。そのうえでだれも声をかけなかったのだから、ここ数カ月で劇的に上達しているとは思うまい。ポルカもそのことはわかっている。

 だが彼が真摯に取り組んだことさえ伝われば王の心を動かせるかもしれない。もしくはここに集まるひとびとのうち、だれかひとりでも目を留めてくれれば。

 牢から出してもらえるだけでもアスワドはきっと救われる。

 疑わしい目を向ける王へ王子が言った。

 

「わたしにもあの者が踊れるとは思いません。だが、わたしの踊り子がそこまで言うのであれば、そうするだけの価値はあるのでしょう。いちどだけチャンスを与えてみては? それで見る価値もないようでしたら牢へ再び放りこめばよいことです」

 

 そのことばを聞き入れたのか、王が兵に視線を送った。アスワドの拘束されていた腕が解かれる。彼は背を押されるとポルカのもとへ走ってきた。

 

「ポルカ! ばかなことしやがって」

 

 ポルカは抱きついてアスワドを見あげた。

 

「どこへ連れていかれるのかと思っていれば、どんな無茶をした? オレはどうすればいい?」

「い、っしょに踊る」

「無理して喋らなくてもいい。前はわからなかった……いやわかろうとしなかった。でもいまはおまえがなにを言いたいかは踊りでわかるんだ」

 

 手を差し出せば彼に力強くにぎられる。

 

「オレがどこまでできるかわからねぇが、やってみよう」

 

 ポルカがうなずくと、ふたりは旅をしていたときと同じ体勢を取った。

 落ち着けば相手の息づかいがわかる。ブランクはあってもずっといっしょに踊ってきた。

 ふだんどおり互いの呼吸を近づけて、アスワドとポルカは踊りだした。タイミングは同時。

 事情を知らないひとびとも固唾をのんで見守る。

 離れていたぶん、ふたりは相手のリズムをたしかめるように見つめあった。手のひらの返し方が変わらないことがわかると、鳥のつがいが肩をならべるのと同じように腕をひろげる。

 跳躍はポルカが小波でアスワドが大波。ふたりで鳥がわたる海となり、また風となった。

 これまで旅をした町並みへと飛んでゆく。記憶の波に身を任せ、これまでの景色が色鮮やかによみがえった。そのすべての町でふたりはともに踊った。

 最初は道化と剣士としていがみあっていた。しかしすこしずつ距離が縮まり、いまではダンスのパートナーは相手しか考えられないほどだ。手を伸ばして求めあう。

 

 最後にポルカがアスワドの腕の中へおさまると拍手がひびきわたった。

 ふたりは抱き合ったまま王を見あげる。王もまた立ち上がり、惜しみない賛辞をおくった。

 

「そこの男は、つい数か月前までただの素人だった。それがこれほどまでになるとは。もちろん、まだ破れかぶれなところはある。だがその情熱、ただものではない。ううむ……」

 

 王は迷っているようだった。アスワドに可能性を見出し、成長を見てみたいとは思うものの、罪人であることが決断を鈍らせている。

 そこをまた王子が声をかけた。

 

「父上。では、あの者たちはわたしが預かります。あのふたりは分かちがたい二対の原石。ともにいるほうがなにかと都合がよろしいでしょう?」

「しかし次期王のおまえの身になにかあったら……」

「おそらく心配ありません。そうだろう? アスワドよ」

 

 王子のどこか裏のある問いに、アスワドがいつもの不敵な笑みで応じる。

 

「はい。このご恩に報いるよう、心を入れ替えて稽古に打ち込む所存です」

「それを破ったときは……」

「存じております」

 

 わっと歓声があがった。兵が連れてきた時点で彼が罪人であることは一目瞭然だった。そこから釈放を勝ち取るという逆転劇を目の当たりにして、ひとびとは湧いた。

 笑みを浮かべる者。厳格な性格のために王へ大声で抗議をする者。

 そして、ふたりに向かって駆けてくる者。

 金の髪を結い上げ、純白のドレスを着たシスルだ。

 

「アスワド、あんたやればできるじゃないの!」

 

 うつくしさに磨きをかけた彼女を見て、アスワドがだらしのない笑みを浮かべる。

 

「へへっ、惚れ直したかい」

「またそんなことを言って。あんたの相手はそっちでしょ?」

 

 母に指をさされ、ポルカもみずから自分を指す。アスワドがどもりつつ、

 

「なに言ってんだ。ダンスのパートナーって意味だろ」

「へぇ、そうなの。どうでもいいけど、あんたポルカにまた乱暴な真似をしたらただじゃおかないからね。こんどは地の果てまで追っかけてやる」

「おいおい。母娘どちらとも追いかけっこはごめんだぜ」

 

 アスワドが肩を落として見下ろしてきた。芝居がかった疲れた顔から一転、心からうれしくて仕方のないような、まるで少年のような笑顔になる。

 

「おまえとの追いかけっこはここでエンドだな」

 

 ポルカもまた目を糸のようにして笑った。そこへそっとアスワドの顔が近づく。

 頬に触れるやわらかな感触。

 

「これからもよろしく、相棒」

 

 やさしいキスに、ポルカは耳まで真っ赤になった。

 

 

   おしまい

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