機動戦士ガンダムSEED COORDINATION 作:笑嘲嗤
ミウの学校行事に母と二人でやってきた。ミウはヴァイオリニスト兼作曲家になることがプランによって確定している。プラン施行前からミウは音楽が好きだった。だからプランはミウにとっては良かったんだと思う。そしてホールでのミウのヴァイオリンの演奏が始まる。その演奏は確かに観客たちを魅了していた。だけど観客の中には厳しい目を向ける人たちもいた。
「あの子ハーフなんでしょ。なのになんで才能が認められるの?」「うちの子は純血のコーディネーターなのに」
そんな声があちらこちらから聞こえる。遺伝子こそ絶対とするコーディネーター社会なのに遺伝子で決まったことを妬む。その様はあまりにも醜く俺には感じられた。発表が終わり盛大な拍手に包まれる。ミウはステージの上で満面の笑みを浮かべていた。俺はこの笑みを守るためにザフトにいる。そうだ。そう考えればいい。家族さえいるのであれば、不本意な運命にも俺は耐えられる。
発表会の次の日、ラグンヒルが俺たちの家に遊びに来た。軍服ではなく清楚なロングスカートのワンピースを着ていた。
「お、お邪魔します」
「おう。まあ寛いでくれ。あ、靴脱いでね。この家は和風で靴禁止なんだ」
俺がそう言うと、ラグンヒルはヒールを脱いで俺の家に上がる。
「え?お兄ちゃんが女の人連れてきた?お母さん!」
妹のミウが酷く驚いていた。まあそうなるよね。
「いらっしゃい。ユウから聞いてるわ。ユウの母のマリアです」
「ラグンヒルです!隊長にはいつもお世話になっております!」
ラグンヒルは俺の母にぺこぺこ頭を下げている。
「ラグンヒルさんは赤服なんですってね。すごいわね」
「ええ、っと。まあプランがそう選んだので」
「でもあなたも頑張ったんでしょう。すごいわ」
居間で母のお菓子を摘まみながら、俺らはお茶を楽しむ。
「あの、マリアさんは何のお仕事をされているんですか?プランはなんと?」
「わたしは専業主婦。プランは確かに仕事しろって言ってきたの。看護師だって。でも夫の遺族年金もあるし、ミウのこともあるから家に居たくて」
「プランの仕事を断ってるんですか?」
「そうね。なんかぴんと来なくて。昔、大西洋連邦のアメリカにいたときはパラリーガルしながら弁護士目指してたんだけど。それを生かせない仕事はね。ちょっと遠慮かしらね」
ラグンヒルはひどく驚いた顔をしていた。コーディネーターにとっては信じがたい態度なのだろう。プランはコーディネーターにはすんなりと受け入れられた。遺伝子弄って生まれたコーディネーターにとっては自分自身の最大限の才能が発揮される仕事に就けるのならば本望だろう。
「でも仕事は向いているものにつくべきなんじゃ!?」
「そういうひともいるわよね。でもわたしは違う。わたしはもともと社会の弱い人たちのために弁護士になりたかった。まあ色々あってプラントに来たけど。仕事は確かに大事。でもしたくない仕事に就きたくない自由はあるんじゃないかしら?」
自由という言葉はプラントでは死語になりつつあるような気がする。俺は少なくとも元々大学の先生だった。だがそのポストを追われてザフトの兵士である。世の中はままならない。
「夫もそうだったわ。夫は弁護士だったけど、わたしたちのことを思ってザフトに志願したわ。本当は戦争なんていやだったはず。ナチュラルの妻とその子たちを守るために国に忠誠を尽くした。立派でもわたしはこのプラントで石を投げられながらでもいいから夫に生きていて欲しかった」
母は悲し気にカップのお茶に映る自分の顔を見ていた。
「どうしてナチュラルなのにコーディネーターと結婚したんですか?私たちは、その、全然違うのに」
「何を言っているの?同じ人間でしょう。あの人はね。優しかった。わたしはこの自分の赤毛が嫌いだったの」
赤毛はナチュラルの白人たちの中では忌避される身体的な特徴だ。
「夫はこの髪を綺麗だと言ってくれた。認めてくれた。だから愛した。それだけ」
この話は初めて聞いた。同じ女だから打ち明けたのだろう。ナチュラル、コーディネーターよりもずっと男女の差の方が大きいのかもしれない。
「そうなんですか。それは素敵な人だったんですね」
「ええそうよ。素敵な人。戦争さえなければね……」
二度の大戦は多くの人々に心の傷を遺していった。俺も知り合いを何人もなくしている。
「でも仇は帝国がとりました。地球連合はもうありません」
「勘違いしないで。わたしは復讐なんて望まない」
「え?でも憎くないんですか?わたしは同胞たちがユニウスセブンでいっぱい死んで憎かったです」
「それを言ったらエプリルフールクライシスでわたしの親族は一人も残さず全滅したわ。でもわたしはコーディネーターだからとあなたを憎いと思いたくない。復讐と憎しみの連鎖なんて駄目よ。許さなきゃいけないわ。人のあやまちをね」
ラグンヒルは黙り込んでしまう。母は信心深い人だった。第一次大戦後、故郷と連絡が取れて、両親やきょうだい、おいやめいたちが全て死んでいても涙を流すだけで悲しみに耐えていた。
「まあこんなお話はやめましょう。未来を考えなきゃダメ。ラグンヒルさんはお付き合いしている人はいる?」
「い、いいえ。でも婚約者はいます」
「あら、そう。でもその態度だと、別に好きってわけでもないんでしょう?ならうちの息子はどう?」
「おい、母さんやめろ」
油断すると恋愛トークか。女性はお喋りでいけない。
「ユウはあなたを大事にしてくれるとははずよ。ちゃんと女の子には優しくしないさいってわたしはしつけたんだから」
「やめて母さん。売り込みを母親にされるのは正直恥ずかしい」
「そうですね……隊長は優しくていっしょにいると楽しいですし頼りになります」
「なら好感触かしら?これあげる。明日二人で行ったらいいわ」
差し出してきたのは映画のチケットだった。べただなぁ。
「ええ。それってデート」
「お願いラグンヒルさん。うちの息子とデートしてあげて」
「やめろ母さん。もう俺は顔が熱すぎて痛いんだ」
いたたまれない。
「……わかりました!隊長!明日はよろしくお願いします!」
あらぁ。デート受け入れちゃったぁ。なんか母に言いくるめられてしまった。デートか。したことないな。初めてで緊張する。服はまともなものがあっただろうか。確かめておこう。
デートで映画なんてベタベタすぎて、きっと退屈だと思っていた。だけど俺たちの話は弾んでいた。
「あのシーン良かったですよね。二人の指が絡み合うのすごくドキドキしました」
「うん。ああいうのってきっと幸せなんだろうね」
俺たちはカフェで大いに語り合った。その後、エビデンス01を見に行った。
「本当に宇宙外生命体っているんですかね?」
「学説によると宇宙空間でもアミノ酸は普通に発生するから、あり得ない話ではないみたいだけどね」
「宇宙人がいるなら、今の私たちをみてどう思うんでしょうか?」
「わかんないなぁ。でも幸せに見えていて欲しいかな」
俺たちは小指同士をつないでいた。お互いに手を握り合いたい。多分そう思っていたと思う。だけど互いにおっかなびっくりで怖いから、多分ここまでで。でも顔は二人とも真っ赤で、きっと心臓はどくどくと高鳴っていた。俺たちは化石を十分に堪能し終わった後、ホールから出るため出口に向かった。そのとき、金髪でサングラスの男とすれ違った。そのとき眉間に火花が散るような不思議な感覚が走った。俺は思わず足を止めて振り向いた。
「どうしたんですか?隊長?」
サングラスの男も足を止めて振り向いていた。俺とサングラスの男は茫然と見つめ合う。なんだこの不思議な感覚は。
「隊長!」
ラグンヒルの声で我に返った。
「ああ。すまないぼーっとしてしまった」
「あのサングラスの人は知り合いですか?」
サングラスの男はもう俺に背を向けて去っていく。
「いや。知らない。けどこの先に知る。そんな気がする」
「なんですかそれ?」
俺にもよくわからなかった。なんだこの予感めいた確信は。やめよう。考えても無駄だ。だが引っかかったのは確かだった。
ラグンヒルを駅まで送って俺は家に帰った。だが家に近づくとだんだんと周囲が騒がしくなっていくことに気がついた。そして俺の家に人だかりができていることを知った。警察が黄色い進入禁止のテープを張っている。俺の家を囲うように。そして、家の入口から担架が二つ出てきた。それには白い布がかぶせてあった。ところどころに赤いシミをつけて。そして担架からこぼれた腕を見て気がつく。それは左手、その薬指には指輪があった。
「母さん?!ああ!あああああ!!?」
俺は駆けだす。そして人ごみをかき分けて制止しようとする警官をどかして担架の傍に寄り布をはぎ取る。そこには痛ましい顔でこと切れた母の顔があった。そしてもう一つの担架の正体もわかった。母さんよりも一回り小さい体。妹のミウなんだと。
「あああ、あああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
そこから先のことはよく覚えていない。俺は警察署のホールのベンチでただ茫然と座っていた。
「隊長!?大丈夫ですか?!」
ラグンヒルがやってきて、俺の手を握る。
「ラグンヒル……」
「隊長ぅ」
「母さんとミウ。死んじゃったよぅうう。ううぅ。ぁあぁ」
涙が止まらなかった。ラグンヒルが俺のことを抱きしめてくれた。だけどこの温もりに安堵はできなかった。俺の大切なものは、誰かの手によって壊されてしまったのだ。
次回からプランの闇を語ります。