機動戦士ガンダムSEED COORDINATION 作:笑嘲嗤
ラグンヒルはユウの脱走を聞いて茫然自失になっていた。
「なんで、どうして」
理由はわかる。彼はプランの世界に見切りをつけたのだろう。だけどそれでもと思った。
「なんでわたしを置いていっちゃうの」
彼は自分を置いていった。その事実がラグンヒルを打ちのめした。軍港に戻ってから受けた取り調べも右から左に聞き流していた。そしてしばらくの自宅待機が命じられたのち、招集がかかった。アプリリウス市にある国防省のブリーフィングルームにラグンヒルは呼ばれた。そこへ入るとアビントンもいた。すぐに目を反らす。脱走したユウを追いかけて隊をまるごと失ったのにもかかわらず、アビントンはまだ今の地位にのうのうと座っている。その厚かましさにめまいがしそうだった。
「待たせたな諸君」
白服に金髪の男が部屋に入ってきた。中にいた隊員たちが一斉に立ち上がり敬礼する。階級章は大佐。
「仮面?」
ぼそっとラグンヒルは呟いた。大佐は目元を隠すように仮面をつけている。かつて噂に聞いた戦犯の一人であるラウ・ル・クルーゼのことを思い出す。上官なのに胡散臭さというものを覚えた。
「私はルゥ・ジ・アンサラー大佐。これから君たちの隊長になる」
口元だけが笑みで歪む。その様にどこか恐ろしさを感じる。
「もう諸君らも知っての通り、ユウ・ニニギ大尉が脱走した。我々は彼を追撃し、これを捕らえる、または討つ任を与えられた」
予想はしていたが、やっぱりそうなってしまいラグンヒルはやるせなさを覚える。モルモットにされる子供たちを連れての脱走。なのにザフトは彼を咎めるつもりなのだ。
「出発はいつですか?!早く奴を討たないといけない!やつは同胞たちをもう何人も殺しています!」
アビントンがそういう。お前がそれを言うのか?ラグンヒルの中で怒りが渦巻く。
「明朝出発となる。私の副長としてスペンサーとラグンヒルがその任に就く」
よりにもよって追撃部隊の副長。
「あの私は……」
「君の事情は聴いているが、斟酌するつもりはない。プランが選んだ軍人らしく振舞い給え」
辞任を申し立てようとしたが、アンサラーはぴしゃりと切って捨てた。そしてブリーフィングは終わる。各々が部屋を出ていく中、ラグンヒルは廊下でアンサラーを追いかける。
「待ってくださいアンサラー隊長!」
「なにかね?」
アンサラーは振り向きもせず、足も止めずにそう言った。
「ニニギ大尉の脱走には理由があります!彼は幼い子供たちを守るために脱走せざるを得なかったのです!」
「ふむ。つまり君は情状酌量の余地があるからユウ・ニニギ大尉を免責して欲しい。そう言いたいのかな?」
アンサラーはとある部屋の前で止まり、そこへ入る。そこは隊長のための執務室だった。ラグンヒルも中へと入る。アンサラーは机についてラグンヒルと向かい合う。
「はい。彼は間違ったことはしていないんです」
「たが正しいこともしていない。プランはそう判断する」
「ですが!!」
アンサラーに取りつく島はなさそうに思えた。
「土台馬鹿馬鹿しい話だ。コーディネーターの君が人体実験の否定を行うなど、本末転倒過ぎて失笑さえしてしまう」
「わたしは人間としてそんな反道徳的な行為に手を貸せないんです!」
「それが可笑しいのだ。コーディネーターは倫理を逸脱して生まれた存在だろう。なのになぜ道徳などと宣う?」
「わたしが道徳を言うことの何がおかしいんですか!それにあなただってコーディネーターでしょう!」
「違うがね」
「え?」
「わたしはコーディネーターではない。ナチュラルだ」
「うそ。なんでザフトの白服にナチュラルが……?!」
「おいおい道徳の話は何処へ行った?白服を纏うものがナチュラルなのがそんなに驚きかね?遺伝的能力を重んじるのであれば、ナチュラルだってコーディネーターを超えることはありうる話だよ。君はなんだかんだとコーディネーターだね。ナチュラルが自分たちを上回ることなどないと心底信じ切っている」
アンサラーはひどく動揺しているラグンヒルを無視して、お茶を淹れ始める。そしてティーカップに口をつけながら言う。
「で、道徳の話か?それとも私の素性が気になるのか?」
「い、いえ。ニニギ隊長は悪いことはしていないので、この作戦自体を」
「規律の問題場それは不可だな。まあこの後また君は道徳の話を持ち出して私の時間を奪うのだろう。だから先回りするがね、コーディネーターが道徳や倫理を語るのは滑稽なのだよ」
「それはなぜですか?」
「ジョージ・グレン。知っているな?」
「そんなの常識です。ファーストコーディネーター。私たちの始まりを齎した者」
「では一つ聞こう。かれは本当にファーストコーディネーターなのか?」
「え?でも」
「彼を生み出すために、幾人もの命を犠牲しなかったなど言えるのかね?答えはノーだ。受精卵へのコーディネート技術の確立のために実験で幾人もの失敗作を生み出して、ようやくジョージ・グレンが誕生した。彼一人を生み出すために、その影に何人ものコーディネーターのなりそこないがいたのだ。彼らは外聞が悪いから全員処分されたそうだよ」
その事実にラグンヒルは愕然とする。たしかにそうだ。言われてみれば筋は通っている。アカデミーにいたときに科学実験の講義も受けた。何度も試行錯誤を繰り返してようやく実験というものは成功するのだ。
「その末裔である君たちが道徳だのなんだのと語るのは滑稽に見えるよ。エゴがコーディネーターを生み出した。命は生まれ出もの。そこに手を加えて神を気取っていたのは君たちコーディネーターだろうに。なのに今更幼い子供たちがモルモットにされるから喚くのは筋が通らないとは思わないかね?」
ラグンヒルは黙り込んでしまう。反論が出来ない。たしかにコーディネーターはそういう存在なのだ。自分たちは闇から目を背けて光に手を伸ばしすぎている。
「道徳ではなく、エゴを語り給え。君とニニギ大尉の関係は知っている。秘密の恋は甘美だろう」
「わたしたちは恥じることはしていません」
「まだエゴを語れないのか?助け船を出して欲しいのかね?自分の恋人を助けてください。それだけでいいだろう。幼い子供たちだの、モルモットだの、道徳だの持ち出さなくてもそれだけでよいのだ」
仮面越しに目があった気がした。アンサラーは自分を鋭く見抜いている。
「……お願いします。ユウさんを助けてください。わたしは彼を愛してるんです」
「最初からそう言えばいいのだ。エゴこそが願いを叶える最短の道だよ」
そう言うとアンサラーはモニターを開いてどこかへ通信を繋いだ。
「ルゥ。一体何の用じゃ?妾は忙しい」
モニターには皇帝の姿が映っていた。ラグンヒルは目を見開く。
「忙しい?君の子供たちは相変わらず親離れが出来ないようだね」
モニターの下の方にブラックナイツの面々が映っていた。皇帝は彼ら彼女らの頭を撫でていた。
「脱走兵が出たんだ。だけど有能でね。私の監督保護下に置くから免責の勅語を出して欲しい」
「くだらぬな。そんなものは討てばよいのに。まあよい。すぐに送ろう」
「助かるよアウラ」
そして通信は切れた。
「……皇帝陛下に伝手があるんですか?」
「伝手ではない。貸しがある。まあその話はどうでもいいことだ」
そしてすぐに部屋の隅のプリンターが動き出す。そこから紙が一枚吐き出された。
「皇帝の勅語だ。ユウ・ニニギの脱走を免責する証明書だよ。もちろんプランのサーバー側でも電子証明が発行されているから彼の命はこれで保障される」
「あ、ありがとうございます」
「ではこれでいいだろう。下がり給え」
「はい!ありがとうございました!」
ラグンヒルは勅語を持って、部屋を出る。その足取りは軽かった。
「恋する乙女は盲目だな。視野が狭い。まったく……しかしユウ・ニニギ。あのエビデンス01の前ですれ違った赤毛のオッドアイの青年か」
アンサラーは椅子に深く座りほくそ笑む。
「いずれ知るとは感じていた。予想よりももっと早かった。停滞していた世界が動き出すのか。くくく、ははは!!」
その笑い声は誰にも聞かれることはなかったのだった。