旅の一行が、未知なる島へ向けての出発のための準備……主に食料と水の積み込みや装備を整えるなど……に丸一日ほど時間を使い、その後航海で数日を過ごしながら「海図」の示す場所に向かっている頃。
サザンビークには手紙が二通と風変わりな帽子が届いていた。
片方はクラビウス王へ宛てた報告書。
もう片方はチャゴス王子へ宛てた私信だった。
手紙は丁重に扱われ、自室のチャゴス王子の元に……帽子ごと届けられた。
親愛なるチャゴスへ
おじ上への報告でも書いたけれど、無事に神鳥の島に向かうための海図を手に入れることができたんだ。
詳しい話は帰ってからたっぷりしたいと思うけど、今回はあんまりにも冒険ロマンだったからちょっと聞いておくれよ。
海図はなんと、昔の海賊のアジトの最奥の宝箱に眠ってたんだ!
しかも宝箱には持ち主の海賊、「キャプテン・クロウ」の幽霊が取り憑いていて、彼と戦わなきゃお宝を手に入れられなかった。
だから僕は戦って(しかも一騎打ちして!)無事に海図を手に入れたってわけだ。
幽霊相手だけど無事に僕の剣が通用して嬉しかった。
これまでうちの兵士たちを相手に鍛錬に明け暮れてきた甲斐があったってものさ。
幽霊が持っていたキャプテンハットを戦利品に手に入れたから、僕の部屋にでも放り込んでおいて欲しい。適当にベッドの上とか。
あ、でも「プチルーラ」(この、物だけを送るルーラに名前をつけてみたんだ)で手紙より重いものを送るのは初めてだから、もし失敗して何も届かなかったり、壊れていてもそれは僕が悪いのだから気にしないでね。
今回はお土産がなくてごめん。
でもまさか、海賊の洞窟の中に転がっていた錆びた武器とか盾とか要らないと思うし。
そういえばチャゴスは僕の剥がした鱗を持っていったけど、こんなもので良ければいくらでもあげるので欲しかったら言ってね。
僕は回復呪文が得意だから実質無限に取れるし。
無事にサザンビークに戻って、キミに沢山の土産話をしたいと思ってる。
海上より エイト
チャゴス王子が裏にも何か書いていないかと手紙をひっくり返したところ、紙の裏に張り付いていた黒い鱗がポロリと落ちた。
同時に、思わずといった風に取り落とした封筒の中からぱらぱらと同じ色の鱗が零れ落ちる。
「ウギャアアアア! あいつ! だから手紙に鱗を入れるなって! おい、サヴェッラに行った近衛兵どもにちゃんと言い含めなかったんだな!」
「も、申し訳ございませんチャゴス王子、不手際がございまして……」
手紙を運んできたメイドは本人が悪い訳でもないのに平謝りであった。
「しっかりしろよ! いや……あの例のマルチェロとかいう不敬な聖堂騎士があんまりにも無礼だからすっ飛んだのかもしれないな! 早いところ視察に行かないと……僕の結婚式をめちゃくちゃにされたら困るからな! 僕が直々にもっと謙虚で有能そうな奴を指揮役に指名してやる! ついでに良さそうな人間を引き抜けそうなら引き抜いてやる!
おい、モタモタしてないで早く拾え!」
チャゴス王子は散らばった黒い鱗をメイドに拾わせると、その鱗が普段の「工芸品」に使われている小さくて丸っこい形をした鱗とは異なっていることに気づいた。
「ん? 前より硬いみたいだが、なにか形がヘンだ。あちこちスパッと切れて……戦って怪我したところの鱗かな? 前と違って血もついてないし、なら回復呪文で取れたんだろ。わざわざ剥がしたんじゃないならなんでも良い! せっかくだからこれもなにかに使えないものか……」
キョロキョロと見回していたチャゴス王子は、拾い集められたエイトの鱗がのせられたメイドのハンカチ……お手製のパッチワークに目をとめた。
素材は小さな端切れか、あるいは専用に布地を切り出したのか。
チャゴス王子はそれを粗末なものだと思ったが、平民出身のメイドが使うにふさわしいと思っていた。
見苦しくなく、清潔で。
パッチワークは小さな布を無駄にしないで、手間を掛けたなりのデザイン性がある。
これまでサボることと遊ぶことに夢中だったけれども、王子である立場には変わりない。
本物の高級品や芸術品を数多く見てきたチャゴス王子の脳裏にはパッチワークによってある連想がされていた。
「この鱗でモザイクアート……タイルアートみたいなものを作ったらいいかもしれないな。硬い鱗を狙い通りの形に削るのは手間も時間もかかって儲けが減るが、もともと切れているならそれを利用したらいいだけだ!
例えば王家の紋章や竜を象ってだな……まったくぼくの才能は恐ろしい、すぐに世界を席巻するデザイナーとして名を馳せてしまうな! わっはっは!
そうだ、切れている鱗を使ったモザイクバッジは『歴戦殿下の〜』という商品名にしてやろう、普通のものより値段を上げ、付加価値をつける! エイトが暗黒神と戦っている宣伝にもなるし、実際に少ないんだから希少価値も持ち出せるじゃないか! わはは! ぼくは天才だ! エイトに手紙を書けたら……これまでの旅でうっかり取れた鱗だけ送ってもらったのに惜しい!
なにが『いくらでもあげる』だ、そもそも自分で剥がすなと言ってるだろ! 痛いことは嫌だ。それに希少価値を下げるなよ、商売あがったりになったらどうしてくれる!」
チャゴス王子は勝手なことを言いつつも機嫌が良さそうだった。
そしてキャプテンハットをエイトの部屋に持っていくようメイドに命令すると、その体型からは想像できないほど機敏な動きで駆け出した。
今やチャゴス王子も父王に咎められることなく堂々と城下町に出入りできるようになっていたが、長年の習慣から兵士たちの目にも止まらぬ早さで裏路地を走り抜け、我が物顔で家々の隙間を驚くべき技巧ですり抜けていく。
「それにしても手紙が一方通行なのは困るよな、鱗以外にもこっちからも言いたいことが山ほどあるのに」
ほどなくして自分の「工場」にたどり着いたチャゴス王子は、掘っ建て小屋の扉を開ける前に誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
相変わらずの「無許可」製造販売だったが、知ったところで従兄弟が怒るとは全く思っていない。
良くて困惑、悪くて好奇心を刺激して根掘り葉掘り何時間も話を聞かれるくらい。
だが父王にこっぴどく怒られたのは多少堪えていたし、そろそろ言いたいことが溜まってきていた。
兄弟同然に育った従兄弟とは人生で最もそばにいた同年代で、主義が違えど折り合いがよく仲が良かったわけだし、今の自分は商売を始めて……当然のことだが何人もの平民に感謝されている。
きっとエイトはびっくりするだろう。
きっと愉快な反応を見せてくれるはず。
チャゴス王子はそう考えながらニンマリ笑う。
とはいえ、各地に派遣されている兵士たちに伝言するのもなかなか難しい。
チャゴス王子は「びっくりさせてやるのはあとの楽しみにしておこう」と思い直した。
「まぁいいや、エイトはすぐに僕に感謝するはず。人でも竜でも大人気、火でも吹けばお祭り騒ぎになるようにしてやる! ぼくはぼくで大儲けして笑いが止まらない! カジノで当てるより手堅くて儲かる! 使い道を考えてる間にも稼げてしょうがない!」
これぞウィンウィンということだ! とチャゴスはふんぞり返りながら小屋に入っていった。
◇
くしゃみが出そうになったのを噛み殺したせいで、耳の奥が一瞬キーンとした。
なんだろ。
釣竿を持ったまま僕は首を傾げた。
あ、手応え。
これはなんだろう……羽根が生えている魚?
美味しいのかな。
「兄貴、首尾はどうでげす?」
「そこそこかな。まぁ、保存食続きの彩りくらいになればいいと思うんだ」
「兄貴のお陰でメシには困らなそうでがす。あとでアッシが捌いて……」
「ふたりともーっ! なにか向こうに見えたって、トロデ王が!」
ゼシカの声にヤンガスと顔を見合せ、僕は魚を入れていた桶に網を被せると立ち上がった。
操舵席ではトロデ王が望遠鏡を片手に難しい顔をされている。
海図と世界地図を照らし合わせ、地図の上には目印代わりの石が置かれていた。
「揃ったようじゃな。
わしらは今、この海図に従って地図の……このバツ印のポイントを目指して進んでおる。恐らく、このバツ印に程近い大きな島が『神鳥の島』なのじゃろう……という話じゃったな。もうとっくに見えておろう。あの周囲が全て断崖絶壁に囲まれたあの島じゃ」
「大きな島なのに未開の地、というわけですね」
「殿下の言う通り。あれだけの面積を誇りながらどこの国の領土でもない、まぁ行きようがないのじゃから……もちろん知ってはおったが、完全に眼中になかったわけじゃ」
「鳥なら関係なさそうだな。だから神鳥のお膝元ってか?」
「鳥や飛べる魔物ばっかりってことにならないかしら?」
トロデ王のおさらいのお陰で海賊の洞窟の冒険で浮き足立っていた頭の中が冷静になった気がする。
「それでじゃ、このバツ印の場所にはなにか岩が飛び出しているように見えるのじゃ。ほれ、実際に見るのがいちばんじゃ」
望遠鏡を受け取ったヤンガスが海を見て唸った。
「なんじゃこりゃ! 兄貴、岩はひとつじゃないでがす。あんなボコボコ岩が飛び出していやがるところに近づいたら座礁しちまうんじゃ……」
「普通ならそうかもしれんが、そこは古代の魔法の船じゃからな。不思議なチカラで浅瀬に乗りあげるほど近づくとそれ以上近づかなくなるようになっておる」
またこの魔法船の知らない能力が出てきた。
根掘り葉掘り聞きたい気持ちを抑えて……トロデ王が造船したわけではないのだし……僕は質問した。
「それでは、今からこのバツ印のポイントに向かうので総員身構えよということでしょうか?」
「そうしたい気持ちはありますのじゃが、生憎今日は日が落ちかけておりますじゃ。明日の朝、あの岩に近づく算段でいこうと思うのでな。今晩のところはたらふく食べてしっかり寝るべし、というわけですじゃ」
なるほど、流石は大国の王。
どっしりとしているというか。
「案ずるなかれ、ここ最近の殿下は……そして他の者たちも少し良い顔つきになってきておる。ただでさえ生き先々で苦難続き、悲劇続きなんじゃ、だからといって頭の中まで悲劇的にならなくてよい。
広い世界を旅することを楽しんでも良かろう、わしは海図を手に入れてきたあとの憑き物が落ちたような顔を見て少し安心したのですぞ。肩のチカラを抜けと言われて抜けるものではありますまい、しかしそれでも王族たるものどっしりと構えてた依然としておってこそ、ですじゃ」
それはまるで、
こんな言葉をかけてくれたんだろうかって……こんな風に。
王族としての心得を説き、同時に楽しむことを肯定してくれて。
まるで見透かすように、だけど寄り添うように。
「しかと胸に刻みました。僕は……実のところ、知らないところに行くのが楽しいです」
「おおそうでしょうぞ」
「神鳥の島なんて聞きますと胸が躍って仕方がありません。どんな魔物と戦えるのか、あるいは神鳥自体とお手合わせできるのかな、とか。ええ、それくらいの気持ちで空飛ぶレオパルドを叩き落す助力を頂いてまりますので、早速夕食の準備を……」
ちらりと僕はさっき釣りをしていた方を見た。
「獲れたての魚を食べたことはあります。でも自分で釣った魚を食べるのは初めてですから大いに張り切ろうと思います。ぜひご期待を」
せっかくだから魚を捌くやり方も教えてもらおう。
剣と包丁は勝手が違うだろうけど、刃物という点では同じだし、やれないことはないかも?
それにこんな鱗まみれの手ならうっかり滑って切ってしまうこともなさそうだし、海上ではとやかく言われることもないだろうし!
トロデ王はにっこり笑うと、それを合図にしてめいめい夕飯の支度に散っていった。
チャゴスの驚くべき敏捷性は見張りがいただろうにベルガラックに遊びに行っていた実績が証明しています
祝!30万字 読んでくださってありがとうございます!