人間が持つ超常的な能力が“個性”と呼ばれる時代。
“個性”を持たないのに異様に個性が強いペンギンたちがいた。
そのペンギンと唯一会話できる人間がいた。
彼らは自らをヒーローと呼ぶ。

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第1話

 何もない殺風景な部屋の中。

 初めて入った取調室は、錯覚なのか、少し肌寒く感じて不安を抱いてしまう。

 椅子に座っている青年はまだ若く、こうした状況に慣れていない。小さく縮こまってしまうのは当然といえば当然。彼は見るからに不安そうだった。

 

「それじゃあ、自己紹介から始めよう。僕は塚内(つかうち)直正(なおまさ)。君の名前は?」

 

 目の前に座っているのは特徴らしい特徴のない若く見える男、塚内。

 他にも二人の警察官が室内に居る。

 片方は“個性”の影響で猫の頭をしていた。

 

 質問をされて、答えないわけにはいかない。

 まだ高校生くらいであろう若い青年は重々しく口を開く。

 

「俺、いや、僕は――」

「私は隊長(たいちょう)。なぜそう呼ばれているかって? それは他ならぬ私が隊長だからだ」

 

 名前を言おうとした青年がびくっとして、いつの間にか机の上に立っているペンギンを見て目を丸くする。

 少し小柄だが妙に堂々としたペンギンだ。後ろ手に翼を組み、偉そうにすら見える態度だった。

 

「ちょっと⁉」

「我々は世界を股にかけて活躍している。ある時は動物園でサービスを振りまくアイドル、ある時は動物たちの安全を守る秘密組織、そしてまたある時は、まあこれは最近の話なのだが、我々は人の安全を守るためのヒーロー活動を始めたのだ」

「隊長! 俺が話しますからじっとしててください! 人間はペンギンの声が聞こえません!」

「ペンギンがヒーローになるのはおかしいって? では逆に問いたい、人間を守る人間諸君。ペンギンが人を助けるために理由が必要か?」

 

 青年がペンギンを両手で抱えて机から下ろした。

 大人しくはしているのだが不服はありそうで、ペンギンは床に立って青年を見上げている。何やら険しい顔に見えなくもない。反対に青年は見るからに気を使っている態度だ。

 塚内はそんな不思議なやり取りを黙って見ていた。

 

「隊長、ここは俺が話しますから。お願いですから大人しくしていてください」

「そうか、仕方ないな。まったく人間とは難しい哺乳類だ。我々の言葉が理解できないなんて」

 

 ふう、と息を吐いて青年が再び塚内に向き直る。

 ようやく自己紹介ができそうだ。

 

「失礼しました。俺は(ぺん)銀太(ぎんた)です」

「ああ。話を聞かせてもらうから、よろしく」

 

 挨拶を済ませた後も銀太は落ち着かない様子でそわそわしていた。

 その理由には塚内も気付いている。

 取調室の中には現在、人間である彼らの他に4羽のペンギンが居て、特に拘束されるでもなく思い思いに歩き回っているのだ。

 

 “個性”が認められる社会が始まって以来の状況なのではなかろうか。

 塚内自身、ペンギンを取調室へ連れてきたのは初めてで、少なからず困惑している。

 ただ仕事は仕事。今は銀太から話を聞かなければならない。

 

「さっきのは君の“個性”だね?」

「はい……俺の“個性”は変形型の“ペンギン”で、自分がペンギンに変身したりペンギンと話したりできます。ペンギンを生み出したり操ったりはできません」

 

 “個性”とは、今や人間の大半が持って生まれてくる超能力を指す言葉である。

 生まれてくる人間のほとんどが持っているそれを銀太も持っていて、それ自体が問題視されることはないが、少し珍しいタイプの“個性”であるらしい。

 

「なるほど。動物の特徴を持つ“個性”はよく聞くけれど変形型は珍しいね。それにペンギンと会話することができるというのもあまり聞かない」

「すみません……それであの、だから、つまりですね」

「ああ、なんだい?」

 

 銀太がちらりとペンギンたちを見る。

 自分たちに用意されたパイプ椅子の上で跳ねたり、壊したりしていた。

 

「この人たち、いや、人じゃなくて。ペンギンたちは元からこうだったってことです……」

 

 そこに居る4羽のペンギンたちは異様だった。人間のような立ち振る舞いはほんの序の口。明らかにペンギンとは思えない行動をいくつも見せている。

 パイプ椅子の上で跳ねて遊んでいたのは可愛いものだったが、翼で掴んで持ち上げ、豪快に振り回して壁に当て、破壊しているのは看過できない。

 

 そもそもを言えば問題なのはこのペンギンたちなのだろう。

 ただ彼らと話せるのは特殊な“個性”を持っている銀太しかいない。

 

 塚内は再び机の上に乗ってきた可愛いペンギンを見て苦笑し、再び銀太に質問する。

 気になることが多過ぎて何から聞けばいいのか。

 ひとまず状況を整理しようとした。

 

「えっと、それじゃあ、君が知っている彼らのことを教えてくれるかな? 名前はわかる?」

「あ、はい。そこに居るのは――」

「待つんだ通訳。我々を紹介するのならしかるべき順番があるはずだ。そうは思わんか?」

「あー……はい」

 

 銀太が可愛いペンギンを紹介しようとすると、さっきのペンギンが素早く机に乗ってきた。

 頭が平たくて、小柄だが態度は大きい。

 割り込んできたタイミングといい、言葉は理解できずともリーダーであろうことは状況からして塚内にも理解できた。

 

「隊長です。このチームのリーダーで、決断力があって、よくデタラメは言うしノリと勢いで自信満々に間違えたりはしますけど、基本的にはいい人です。あ、ペンギン」

「人生経験が豊富」

「あと人生経験が豊富です。動物園で働いたり、秘密組織として動物を守ったり、最近はヒーロー活動も始めていて、えっと……」

「アメリカ、イギリス、ロシア、マダガスカル、その他諸々。そして日本」

「アメリカ、イギリス、ロシア、マダガスカル、その他諸々。そして日本……あっ、で、活躍しています。デンマークはだめなんでしたっけ?」

「諸事情あってな。その件については思い出させるな」

 

 塚内の目には、隊長というペンギンに気を使いながら説明する銀太の姿が映っていた。

 嘘をついているようには見えず、独り言を言っているように見えないのは、他ならぬ隊長が身振り手振りを交えて銀太に何かを言っているからである。塚内には言葉として聞こえないとはいえ、彼には人間の言葉と同じように聞こえているらしい。

 

「本の宣伝」

「え? 本なんか出してました?」

「これから出すんだろう。どんな有名作家であれ宣伝しなければ本は売れない」

「あぁ、はいはい……えっと、隊長はこれまで色んな活動と活躍をしてこられたので、俺が隊長の話を聞いて本にする予定です。出版されたら買ってください」

「よろしい。では次だ。コワルスキー!」

 

 隊長が誰かを呼ぶ素振りをすると、4羽の中で最も背丈が大きいペンギンが机に乗ってきた。

 

「通訳。言って差し上げろ」

「えー、ブレイン担当のコワルスキーです。作戦を考えたり、発明家でもあるので色んな物を独自に開発したりします」

「こんなことを言うのはなんですが、町中に放たれたスライム型の生命体は私の発明品です」

 

 銀太が突然、コワルスキーだと紹介したペンギンのくちばしをぎゅっと握った。まるで喋らせまいとしているかのようだが、そもそも何を言っているかはわからない。

 塚内の怪訝な顔を見ると銀太がハッとして、何事もなかったかのようにコワルスキーのくちばしから手を離した。

 

「しかしあれは私自身も予期しない結果が出ておりまして。まさかあれほど増殖して、しかも衝撃を与えると爆発するなんて」

「コワルスキー。もうやめて」

「彼は何を言っているんだい?」

「いえ、さっきから英語的な汚い言葉を吐いているので。基本的には頭がいい感じですがたまにテンションがバグります」

「そうか……」

 

 銀太の態度に対して隊長がやれやれと言いたげに首を振る。

 

「まったくお前は、なぜ通訳なのに通訳せずに勝手なことを言い出すんだ。コワルスキーの功績に嫉妬しているのか?」

「隊長、その話は今関係ないのであとで聞きます」

「心配しなくてもお前にもちゃんと活躍の場がある。だからコワルスキーの手柄を奪おうとするんじゃない」

「だからその話はあとで……! ほ、他の仲間を紹介していいですか?」

「紹介したいということか? だったら早くそう言えばいいのに。リコ!」

 

 高く跳び上がって激しく宙返りをしながら、後頭部の毛が逆立っているペンギンがやってきた。

 何やら他のペンギンとは様子が違う。パイプ椅子を破壊していたのも主に彼だ。

 

「リコです。えー……暴れ、いや、色んな物を呑み込んで運んだりとか、好きな時に吐き出すことができます。特技です」

「ヴォォアッ」

 

 リコというペンギンが口から何かを吐き出した。

 警察官の帽子だ。

 そこに居る人間全員がきょとんとして、一瞬口を閉ざして沈黙する。しかし一番にハッとした銀太が慌てて帽子を手に取り、リコの頭に被せたが、人間サイズのためあまりにも合っていない。

 

「おぉ、おしゃれさんなんですっ。古着屋巡りが特に好きで」

「あと破壊が大好き」

「それから破壊が、いやいやそれは別に、あと力持ちですね!」

「ンベェッ」

 

 リコが口から拳銃を吐き出した。警官が持っているのと同じ物だ。

 今度は驚く前に銀太がそれを拾い上げ、押し込むようにしてリコに再び呑み込ませる。

 

「おもちゃも好きなんです! 一人遊びが好きなんでね!」

「いや、ペン君、今のは……」

「ふ~む、風向きが怪しい。しかし紹介はまだ終わっていないのだ。出番だぞ新人!」

 

 トテトテ歩いて塚内の前にやってきた、可愛いペンギンが右の翼を振る。

 気になることが多く、銀太が嘘をついていることもすでに理解していたが、指摘する前に彼が来てしまったために塚内はひとまず追及しなかった。

 

「あっ、この子は新人。そういう名前です。特技は、え~、可愛くてキュートなこと」

「それだけじゃないぞ。木製バットで警官を殴ることもできる」

「バットで警官を、いやなんでもないです!」

「よーし新人、アピールチャンスだ。ダンスを見せてやれ!」

「了解っす!」

 

 新人が笑顔でタップダンスを始めた。

 なぜいきなり踊り出したのか、塚内たちはぽかんとして状況を理解できていない。

 それに対して隊長たちは笑顔で楽しげにステップを踏み、一列になって新人を応援していた。

 

 どういう状況かはわからないが確認しなければいけないことは数多くある。

 塚内は新人のタップダンスを眺めながら、銀太に声をかけた。

 

「えっと……紹介は終わった? っていうことでいいのかな?」

「は、はい」

「ありがとう。それじゃあここからは僕が気になったことを質問させてもらうね」

「長丁場の予感だな。そんなことはさせないぞ。コワルスキー! 作戦を立てろ!」

「イエッサー!」

 

 銀太は混乱していた。

 どう考えても状況は絶望的にまずい。

 塚内が質問をしようとしているが、同時にペンギンたちが何やら話し合いを始めて素早く行動に移そうとしており、放っておくのは絶対に良くないが止めるのもまずそうで右往左往してしまう。

 

「まず前提として、君たちに聞きたい話は、一時間ほど前に起きた何者かがスライムを町中にまき散らした事件についてなんだけど」

「刑事の取り調べと校長先生のスピーチほどしつこいものはありません。今すぐ離脱すべきだと考えますがこのまま逃げたのでは我々が怪しまれるだけです」

「ふむ。ではどうすべきだ?」

 

「何者かが突然スライムをまき散らして、多くの人と建物に被害を及ぼしたんだ。現在調査を進めているが今のところ有益な情報が全くない」

「答えは簡単です。我々のことを忘れてもらえばいい」

「メン・イン・ブラックか。リコ! 記憶消去スプレーだ!」

「アァー」

 

「事故というにはまき散らされたスライムの性質が非常に危険なものでね。明らかに人為的に開発されたものじゃないか、という見解があって、今は成分を調べているところだ」

「これよりピカッで記憶でっちあげ作戦を開始する! コワルスキー、狙いを定めろ!」

「了解であります」

「新人、注目を集めろ!」

「わかりました! おーいここだよー! おーいおーい!」

「リコ、こいつらに聞かせるカバーストーリーを用意しておけ!」

「ンワァー」

 

「事件現場には活発に動くペンギンが居たという目撃情報があった。普通に考えればペンギンが何をするんだ、とは思ってしまうが、見たところ彼らはとても頭がいい。できれば事件当時、現場で何をしていたのか詳細を聞かせてほしい」

「あいにくだが我々は冤罪だというのに黙って言いなりになるようなマヌケではない。ひったくり犯を捕まえたヒーローは我々なのだ。まあ確かに途中でスライムが爆発したし、何人か警官を殴り倒した気はするが、結局犯罪者は捕らえた。骨は折れたかもしれんがそういうこともある」

「おそらく複雑骨折です」

「ヴァ~ウー!」

「隊長! 囮になってます! みんなこっち見てますよー!」

 

「あ~もうっ、みんな一気にしゃべらないで! なに言ってんだかわからなくなるから!」

 

 バシュッ! という大きな音がした。

 あまりに騒がしくて耐えられなくなり、思わず目を閉じて銀太が叫んだ直後、何やら嫌な予感がする怪しい音がして、恐る恐る目を開けると、すでに塚内と二人の警官が朦朧としていた。意識はあるようだが見るからに目がうつろで口が半開きだ。

 

 ハッとしてペンギンたちを見ると、コワルスキーが霧吹きを持って中身を発射しており、塚内たちに吹きかけていた。

 中身はコワルスキーが開発したもの。記憶の一部を消去してしまうという代物だ。

 

 発言は聞こえていたはずだが、あまりのうるささで理解できていなかった。

 ようやく状況を呑み込めた銀太は激しく動揺し始める。

 

「なんてことを……!」

「よーし無事に記憶を消去することができた。続いてカバーストーリーを吹き込む時間だ。それで我々への疑惑は晴れる。通訳! 私の言うことを一言一句そのまま復唱しろ!」

「ええっ⁉ ちょ、ちょっと待ってください! やってることほぼ(ヴィラン)ですよ⁉ ヒーローがやることじゃありませんって!」

 

 銀太は制止しようとするが隊長は彼に振り返って怪訝な顔をする。

 

「いいか通訳、状況を何一つ変えられない正論を言うものじゃない。正論を言っていいのは言えば状況を変えられる時だけだ」

「ち、違うと思いますけど……」

「生意気な部下は望むところだ。しかし今は話し合っている時間などない! コワルスキー、残量はどれくらいだ?」

 

 コワルスキーは容器の中を確認し、隊長へ向き直る。

 その背後でリコが警官三人を一列に並べて、新人は扉に近付くと耳を当て、外の様子を探った。

 

「署内の全員に使うほどはありません。もってあと四、五人」

「ふむ、ではどうするか。全員に使えないとなれば使う人間を慎重に選ばねばならん。できれば味方につけて我々が有利になるやつを」

「怖い会話をしている……」

「となれば、組織とは、上司の命令に逆らい辛い!」

 

 得心を得たと言いたげな隊長が大声で叫んだ。

 わかる気がする。が、わかってはいけないと思った。

 困惑しているのは銀太だけのようで、ペンギンたちは隊長の発言に納得しているようで、唯一新人だけが「本当にいいの?」と思っていそうなものの、口を挟むタイミングを逃し続けている。

 

「やるべきことは決まった! リコ、カバーストーリーを私に伝えてくれ」

「アー、ガー、アァー」

「それでいい。通訳! 私が言うことを復唱しろ!」

「えっ⁉ えっ⁉」

 

 鋭い声で命令されて銀太は反射的に気をつけをしてしまっていた。出会ってからまだ日が浅いとはいえ隊長の勢いには負けてばかりであり、いつの間にか従っていることが多い。

 隊長はデタラメを言うことも多いが異様なほどに決断が早く、迷わないことが強みであった。

 仲間たちはそんな彼を信じて即座に全力で行動するため、勢いに乗るのを得意としている。

 

「リコ! 扉を開いて移動の準備だ!」

「ドカーン?」

「ドカーンだ」

「ちょっと⁉ それはだめですって!」

「新人! 扉が開いたら外へ出てアピールをするのだ。我々はただの可愛いペンギン。爆弾なんて持っていなければ使い方もわからない、全くの無害なのだと」

「わかりました! でも、あの、僕らは(ヴィラン)じゃなくてヒーローになるはずじゃ……」

 

 ようやく新人が疑問を口にできた。

 「うん?」と首を傾げた隊長であったが彼の眼前まで歩いていくと、優しく肩に翼を置く。

 

「いいか新人、お前にいくつか質問をする。道に迷っているおばあさんを見つけたらどうする?」

「えーっと、道案内をしておばあさんが行きたい場所まで連れていってあげたいです!」

 

「初めてのおつかいをしている途中で荷物が重くて歩けなくなっている子供を見つけたら?」

「荷物を持って一緒に家まで帰ってあげたい!」

 

「職を失って公園のブランコに座っている元サラリーマンを見かけたら?」

「肩に腕を回して一緒にワンカップを飲んであげたい!」

 

「つまりお前はすでにヒーローであり、我々は共にヒーローだということだ。ヒーローとは資格を得てヒーローになるのではなく、人を助けるその精神によってヒーローとなり得るのだ」

 

 新人は目を丸くして笑顔になり、「わあ」と感動した様子であった。

 

「我々は(ヴィラン)か?」

「いいえ! ヒーローっす!」

「よろしい。ならばすぐに行動あるのみだ!」

「了解っす! がんばるぞー!」

 

 やる気になった新人がペタペタ足音を立てて扉へ向かう。

 その背を見送ってから、隊長は銀太を見た。

 思わずびくっと反応してしまったが、視線だけは逃げずに見つめ合った。

 

「なあ通訳、実を言えば一番最後にチームに入ってきたのがお前だ。新人よりも新人だ。だからまだ慣れていないというのはよくわかる」

「は、はあ。慣れる慣れないじゃ済まない気はしますが……」

「だが我々はチームなんだ。仲間たちが力を合わせればきっとなんとかできる」

 

 何やらいい感じのことを言われている気がする。だが悪人のような行動に思えて仕方ない。

 銀太はひたすらに困惑して、いつものように隊長の勢いに押されて負けようとしている。

 それでいて彼自身、それをよしとしている側面があった。そもそも銀太は誰かの指示で動いている方が力を発揮できると自覚している。その相手がたまたまペンギンだっただけだ。

 

「何も心配するな。とにかく私についてこい!」

「は、はい!」

 

 結局は押し切られて銀太も勢いに乗ってしまう。

 そうして彼らは警察署内を大胆に走り回ることになったのだ。

 

 

 

 

「なんだ⁉ ば、爆発⁉」

 

「ペンギンだ! ペンギンが滑ってくる!」

 

「うわあっ⁉ スライムのようなものがぁ⁉」

 

「なんかっ! すごくムキムキになっている人がぁ⁉」

 

「吸い込むと眠ってしまいそうなガスだ! 危ない!」

 

「一番偉いのはペンギンだワン」

「どうしました署長⁉ しっかりしてください!」

 

 

 

 

 家に帰った銀太は疲れを隠せず、何かを考えるよりも先にリビングにあるソファに倒れ込んだ。

 全く想定していなかった出来事が起こった。

 彼らに出会って以来、様々な事件に巻き込まれてきて慣れたつもりでいたものの、今日起こったことは簡単には受け止められないほど衝撃的だったのである。

 

「諸君、我々は成し遂げたのだ。この星型のマークは我々が警察の協力者であり、警察に認められたヒーローであることを表している」

 

 隊長をはじめ、ペンギンたちは星型のバッジを胸の辺りに貼り付けていた。

 もちろん銀太の服にもつけられている。

 彼らは4羽と1人のチームであり、隊長は銀太が人間で後ろ向きな考えだからと言って見捨てたりはしないのだ。

 

 ペンギンたちはそれぞれバッジを手に入れたことを喜んでいる。特にわかりやすいのが目を輝かせて「わあ~!」と声を発している新人だが、コワルスキーやリコも満足そうな様子だった。

 隊長は喜ぶ彼らを見回して嬉しそうにしている。

 

「つまり、今日から我々も正式なヒーローだ。今後冤罪や間違いで逮捕されることなどはない」

「やったー! 念願のヒーローになれた! やりましたね隊長!」

「落ち着け新人。まったくかわゆいやつめ。忙しくなるのはこれからだぞ」

 

 ヒーローになれたことではしゃいでいる新人の頭をぐりぐり撫でた後、隊長はコワルスキーへ振り返って声をかけた。

 今回の作戦が成功したのは彼の発明品を次から次に使い、それらをリコが呑み込んだ状態で持ち運んでいたからに他ならない。

 

「コワルスキー! (ヴィラン)が現れたらすぐに出動できるようにセンサーを開発するのだ」

「了解しました。すぐに終わります」

 

 指示を受けたコワルスキーがガラクタをいじり始めて、ガチャガチャと騒がしくなる。

 家にある日用品やゴミ捨て場から拾ってきたゴミで信じられない物を作ってしまうほど、彼の発明力は高い。しかしそのおかげで銀太の家に様々な発明品が転がっている。

 

「ヒーローになったからにはすぐに事件現場へ駆けつけられなければならんな。リコ、今の内に乗り物を確保だ。警察の厄介にはなるなよ」

「ヴァー!」

 

 バッジを呑み込みはせず翼で持って眺め、喜んでいたリコは、隊長に言われるとすぐにバッジを呑み込んでから動き出した。

 窓から外へ軽快に飛び出していき、どこかへ行ってしまう。

 銀太は不安そうにその姿を見送った。

 

「そしてヒーローになったからには我々のチームについて知ってもらわなければならんな。新人、我々でポスターを作るぞ! かっこいいやつをだ!」

「了解っす! 僕カメラ得意ですよ!」

「バカを言え! お前のように可愛いやつが写真に写らなくてどうする! こればっかりは全員で写るんだ」

「わあっ! それって素敵! そうしましょう!」

 

 嬉しくてたまらない様子の新人がカメラを取りに慌ただしく駆け出していった。

 隊長は優しい目でその背を見送り、くるりと振り返って銀太を見る。

 

「さて、通訳。お前が人間なのはわかっているがずいぶんお疲れの様子じゃないか。何か気になることでもあるというのか?」

「いや……ヒーローとは言ってますけど、ほぼ(ヴィラン)みたいな動きしてません?」

「そんなわけがないだろう。我々は人助けをするために誤解を解いたに過ぎん。手荷物を奪われたおばあさんも引ったくり犯を捕まえて喜んでいただろう」

「確かに喜んでましたね……僕らが捕まえた後、犯人をボッコボコにしてたのはあの人でしたし」

「いいことをしたのだ。人に誇れるようなことをな」

 

 隊長は堂々と言いのけるものの、銀太はそう思えないままでいる。

 警察署内で出会った署長の別れ際の様子を見ていると、とても心配でならない。明日からいつも通りに過ごすことができるのか、そればかりを考えてしまう。

 

 自分たちが犯罪者として逮捕されなかったのはよかったと思うが、正規の手続きを経て出てこられたわけではない。それを忘れられるほど銀太は能天気ではなかった。

 ペンギンたちのおかしな発明品と異常な行動力、そして洗脳された署長。それらがかみ合って今に繋がっている。

 

 彼らは自分たちをヒーローと言うが、あまりにも(ヴィラン)的な動き。

 銀太はぐったりしてため息をつかずにはいられない。

 

「おいおいどうしたんだ通訳。念願のヒーローになれたんじゃないか。うだつの上がらないお前が輝けるときがせっかく来たのだぞ」

「そ、そんなはっきり言わなくたって……」

「何も思わんのか? お前の胸にあるそれを見ても」

 

 隊長の言葉を聞いて、銀太は改めて自分の胸元につけられた星型のバッジを見る。

 他人ならまず聞き取れない言葉。彼が“ペンギン”の“個性”を持っているからこそ伝わる。

 デタラメが多くて、価値観が違って、人間の話が通じない、ペンギンの隊長。しかし彼だからこそ言える言葉があるのも確かで、銀太が影響を受けてしまっているのも事実。

 

「お前の悲願だったじゃないか。ヒーローになりたかったんだろう? どうして素直に喜ばない。ようやくなりたかったヒーローになれたんだぞ」

「いや……なりたかったヒーローになれたわけじゃ」

「細かいことは気にするな。正論を言うより先にやるべきことがあるんじゃないか?」

 

 銀太は改めて考えてみる。

 ひょんなことからペンギンたちが家に来て以来、慌ただしくて落ち着かない毎日を過ごし、事件に巻き込まれた経験は一度や二度ではない。

 しかしそんな日常に疲れながらも楽しんでいる側面があるのは確かだった。

 

 ヒーローと呼べるか否かは微妙とはいえ、曲がりなりにもヒーローになれたのかもしれない。

 色んなものに目をつむって考え直してみると確かに、嬉しさがないわけではなかった。

 

 銀太は子供の頃からヒーローに憧れ、自らもヒーローになることを夢見ていた。

 そのための努力もしたが、叶わず、彼は「才能がない」と判断されたその他大勢の一人として、高校を卒業してから今の今まで冴えない生活を送っていたのだ。

 

「ヒーロー……」

「そうさ! お前も今日からヒーローだ! たとえ世の人間が認めなくても私が認めてやる」

 

 ペンギンが言っているのだ。だが不思議と嬉しくなる。

 高校生の頃には誰にも認められなかった自分の努力が今になってようやく認められた気がして、なんとも言えない気持ちになってきた。

 

 本当はヒーローになりたかった。

 諦めたのはいつだっただろう。

 改めて隊長に認められて、他ならぬ彼によってチームに入れてもらえた、もとい半ば無理やり入れられたことを思い出し、複雑な気持ちにもなるが、やはり認めてもらえた喜びが蘇る。

 

「ヒーローなら、チーム名とかも必要ですかね?」

「おお、そうだった。そこはまだ考えていなかった。さてどんなチーム名がいいか」

「え~、ペンギンズとか?」

「却下だ。いいか通訳よ、チーム名は我々の存在を世に知らしめる名刺のようなものだ。ペンギンだからペンギンズだって? もっとかっこいい名前をつけなければ」

「そうですか? 可愛いと思うのに」

 

 あーだこーだ言って、時には落ち込むこともあるが、今となっては銀太の日常にはおかしなペンギンたちが根深く侵略してきていて、もはや切っても切り離せない存在になっている。

 結局は彼もその気になり、ヒーローになったことを喜んでしまった。

 

「ふぅ。色々気になることはあるけど、ヒーローは資格じゃなくて何をやったかで決まる。そういうことですよね隊長?」

「その通りだ。なあに、心配するな。必ず上手くいくさ」

 

 特に根拠もないのに隊長が堂々と言い放った直後、家の外からガシャンと大きな音がした。まるで交通事故でも起こったかのようだ。

 リコが居ない。隊長の言いつけで外に乗り物を調達しに行ったはずだ。

 まさかと思って銀太が飛び起き、気を取り直した先程の様子とは一転して、再び不安そうな顔で慌てて外へ飛び出していったのだが、今やそれが彼にとっての愛すべき日常なのだった。


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