お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作:うずつるぎ

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 義眼(セカンドアイ) 

 サイボーグ化技術の一例。
 眼球のレンズ構造を再現し、神経に接続することで視野を確保する。

 ナノロボットが開発される以前、見える義眼の登場は多くの視覚障碍者に希望の光を見せた。
 けれど、光があればまた闇もある。
 義眼を邪まな目的に使う者は後を絶たなかった。

 結果として、『Rebuild』が開発された現在、義眼を持つ者は冷たい目を向けられている。


第6話 まだ不完全なる私の神様

 闇に溶けた銀色の刃が、冷たい光芒を描いて俺の首筋を追い掛ける。

 

 足を細かく動かして死の短剣を躱す。

 間髪入れずに空気を裂くジャブ。

 手のひらに軽く払い除けて、カウンターを返す。

 

 

 薄闇に浮かぶ青白い月が、汗を零して短く息を吐いた。

 

 

「これなら……どうよッ!」

 

 真っ白な左拳がローブへと駆け込み──が、それは巧妙なブラフ。

 本命は回し蹴り。

 一歩退くと、三日月の軌跡が素早く迫る。

 

 

 まるで狙撃手とは思えない、実戦に裏打ちされた格闘術だ。

 

 

 と言っても、俺にとっては赤子をあやすものと変わらないのだが。

 

「──甘いな」

 

 駒のように身体を捩じり、右腕を闇へと伸ばす。

 見開く青白い瞳。

 がら空きの小さな顔面を鷲掴み、そのまま床へと叩き伏せる。

 

 

 頭蓋のぶつかる鈍い音が、体育館に似た訓練場を鳴り響いた。

 

 

「う˝……ぁ……!」

「チェックだな」

 

 これで、今日5度目のチェックメイト。

 仰向けに倒れた銀髪から手を放す。

 切れ長の目が、縄張り争いに負けた猫みたいに俺を睨み上げた。

 

「これから毎晩、アタシの訓練に付き合いなさい」

 

 

 それが、あの日に俺を鎖で縛り付けた命令の正体だった。

 

 

 コイツは俺と同じく一匹狼。

 なぜ他人へと、中でも俺へと近づこうとしたのか。

 その思惑は蜃気楼のように掴めない。

 

 が、勝者は敗者を従える。

 それが世の理だ。

 あれからというもの、俺は午後7時30分になってはヨルとの訓練に付き合わされていた。

 

「……もう、こんな時間ね」

 

 時刻は既に午後9時。

 今日はこの辺りで終わりだろう。

 真っ白な腕が、訓練服に付いた埃を払。

 

 銀色の流星群が、薄闇の訓練場に軌跡を残した。

 

「流石に、近接の本職には敵わないわね」

「当然だろう。俺の方が貴様より強いのだからな」

「あら?狙撃になると立場はてんで逆だと思うけど?」

 

 青白い瞳が得意げになって流し目に漆黒のローブを映す。

 どんな時であろうと、優位に立っている奴を見るのは不愉快だ。

 俺はフードの底にハッと鼻を鳴らす。

 

「だとしても、総合的な観点に立てば俺の方が上だ」

「……だったら、偶にはアドバイスぐらい寄越しなさいよ」

 

 げんなりと肩を落とす細い身体。

 本来なら助言などしてやるはずもないが、約束は約束だった。

 

「今の貴様を振り返ってみろ。大振りの足技には隙が生まれる」

 

 それっきり会話は消え失せた。

 ところ住む場所は同じ寄宿舎であるが、仲良くお喋りしながら帰るような間柄でもない。

 

 一足先に部屋へ戻り、就寝準備を経てベッドへ倒れ込む。

 木目の天井を背景に、空間ディスプレイを展開。

 義眼で撮影したF14拠点制圧作戦の映像を振り返る。

 

『みんな!出番だよ!!』

『なにッ!』

 

 問題のシーンが流れてきた。

 アレックス達が石油タンクの影から現れて、火花と共に、銃撃の雨を降り注ぐ。

 

 

 とその瞬間──アドラは『不自然に』、詰まらない銃弾を受けた。

 

 

「確かに、人工知能であれば……銃弾も致命傷にはならんのだろうが……」

 

 ならば、なぜアドラは怯んだのか。

 その後、銃撃と石油タンクの爆発を躱すようにして撤退したのか。

 

 ぼんやりと浮かぶ疑問の雲を掴むようにして、指先は顎をさらりと撫でる。

 

 情報を整理しよう。

 アドラは人工知能だ。

 人間と違って情報処理のラグは15秒以下。

 つまりは、俺の『スーパーゾーン』状態を常時保つ化け物である。

 

 そんな無敵のアドラが攻撃を貰ったのは、これ以外に2度。

 

 1度は、俺が『スーパーゾーン』を発揮した時。

 もう1度は、地下東京でアルナが曲がり角から殴りつけた時。

 

「共通点はなんだ……?」

 

 前者は、未来予知とは似ても似つかない『力』で同じ土俵に上がっていたから。

 しかし後者は──アドラにとって簡単に避けられるはずの一撃ではなかったのか。

 奴はどうして阿呆から一撃を。

 

 力強く目を瞑って、思考に沈む。沈む。沈む。

 意識は次第に暗い渓谷へと落ちていく。

 やがては意識の切れ端が闇に吞まれかけた──その瞬間、

 

「……そうかッ!」

 

 眩い光が宇宙を爆ぜたような感覚に、俺はベッドから跳ね起きて手のひらを鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 繰り返されるインターホンの音が、巣穴に丸まる意識を叩き起こした。

 

 重く、瞼を持ち上げる。

 まだ薄暗い部屋の中、壁掛け時計が午前7時15分をぼんやりと浮かべている。

 

「……『また』来やがったか」

 

 ぼそりと、乾いた口から零れ落ちる言葉。

 程よく温いベッドから這い出し、ひやりと冷たい空気を羽織って玄関扉を押し開く。

 

「おはよ、六ちゃん!」

 

 

 真夏の太陽みたいに暑苦しい笑みが、玄関先の廊下をほわほわと輝いていた。

 

 

「帰れ」

 

 俺は眉間に皺を寄せて一言飛ばし、翻ってドアノブを引く。

 

 とそこへ、強引に隙間へ捻じ込まれる華奢な腕。

『規格外のサイボーグ』の馬鹿力が、呆気なく扉を開け放った。

 

「一緒に朝ご飯食べに行こ!」

 

 薄桃色のアホ毛が、犬のしっぽみたいにパタパタと動く。

 

「断る」

「じゃあ待ってるね!」

 

 今度こそ強制的に扉を閉め鳴らした。

 最後までニコニコ笑っているアルナなど、放って置けばいい。

 廊下を3歩辿ったところで、ピタリと、脚が立ち止まった。

 

 

 あの阿呆からは、アドラについて訊き出したいことがあったのだ。

 

 

「……チッ」

 

 舌を鳴らして反転し、そっと玄関扉を押す。

 アメジストの瞳は覗き魔のごとく、じいっとこちらを覗いていた。

 

「つくづく思っているが……貴様は阿呆の子だな」

「だって、こーでもしないと六ちゃん独りぼっちじゃん」

「俺は1人で構わないが」

「独りは寂し過ぎるよ!」

 

 隣を喚く子犬無視して、寄宿舎を発つ。

 漂う香りに胃袋を掴まれるがままに、隣接する本部のエントランスを潜る。 

 

 廊下を辿って到着した食堂は、モブ共が至る所でひしめいていた。

 

 聞き覚えのある高慢な声が、雑多な食堂内を圧巻する。

 

「クハハッ!!栄光へと至らんとする者共よ!不足する力があれば我が補ってやろう!!」

 

 

 エプロン姿のユンジェが、両手のトレイを皿回しのようにして食堂内を駆け巡っていた。

 

 

 まるっきり異常な光景。

 しかしここでは日常茶飯事の奇怪。

 モブへの奉仕など、まるで意味が分からない。

 

「我の次なる地は、帰郷の白衣よ──」

 

 頭のネジが吹き飛んだ中二病を尻目に食堂ロボットから朝食を受け取り、空いている席に座る。

 

「いっただっきまーす!」

 

 クジラが大口を開いて、ガツガツと白米を頬張った。

 

 耳障りなこと極まりないが、モノは食える時に食っておくことが肝要だ。

 廃都市での経験だけは俺を裏切らない。

 温かいスープを喉に流し込みつつ、本題を切り出す。

 

「おい、貴様」

「なに?」

「今から1つ、俺が質問をしてやる。正直に、そして正確に答えろ。いいな?」

「ん~……」

 

 小さな喉仏は、曖昧な相槌を伸ばした末に、

 

「ヤダ!!六ちゃん生意気だもん!!」

 

 紺色の制服を纏う両腕が、ほわほわとした笑顔にバツ印に構えた。

 

 ピキリと、陶器の割れる音が眉間から聞こえた。

 

「……貴様に選択権なんぞあると思っているのか?俺が質問に答えろと言っている」

「そんなに聞きたいことあるの~?じゃあ六ちゃんの鮭ちょうだい!」

「……こっちの肉ならやっても良いが」

「それ培養肉じゃん!わたし本物が好きだから鮭さんが良いな!!」

 

 欲深きアメジストの瞳が、ぐっと身を乗り出す。

 その目玉にフォークを突き立ててやろうか。思うも、コイツの協力は避けられまい。

 拳をぐっと握り込んで、鮭のプレートを差し出す。

 

 

 箸が泥棒猫のように颯爽と伸びて、俺のタンパク源を咥えた。

 

 

「地下東京でアドラと接敵したことは覚えているか?」

「覚えてるよ!」

「……あの時、貴様は曲がり角で待ち伏せして、一発ぶち込んだ」

 

「その瞬間、アドラはお前の動きを認識していたか?」

 

「してなかったと思うな!わたしがパンチした時、あの人びっくりしてたから!!」

 

 ぶわりとストロベリーブロンドの髪を揺らした、能天気な解答。

 

 証拠はない。

 しかし、俺の仮説を裏打ちするに充分な証言だ。

 阿呆の答えに確かな手応えを握り締める。

 

 とそこで、華奢な腕がぽんと手のひらを叩く。

 

「あっ!もしかして弱点に気が付いたとか!?」

「ふん。あとは貴様で勝手に考えろ」

 

 朝食を終えて、一足先に食堂を発つ。

 

 俺は残されたもう1つの謎を解き明かすことを念頭に、1日のルーティンへ繰り出した。

 

 

 

 

 

 どうして、『人類連合軍』などというレジスタンスが存続しているのか。

 

 HAF地下アジトでの生活を始めて、約1か月半。

 この組織は、何から何までがキナ臭かった。

 

 規模。

 食糧供給。

 AIへの反抗が許される程度の資源獲得。

 

 地底の街は確かに、一定の秩序を構築している。

 

 もちろん、共栄都市に潜むスパイが技術や資源を横流ししているのは事実だ。

 なればこそ、俺や師匠は裏切り者を処分していたのだから。

 

 

 しかし、アドラが資源の密輸を見落としているとは思えない。

 

 

 調べれば調べる程に、明瞭な答えは見つからない。

 毎度の如く、情報収集は何か陰謀めいたものを感じさせられる結果に終わる。

 

「……まぁ、どうでもいいことだな」

 

 ウインドウを収納し、青い光の世界から解放される。

 

 俺はアドラを壊す。

 コイツらは管理体制を破壊したい。

 今のところ利害は一致している。

 後ろから刺されることはないはずだ。

 

「もう暫くは付き合ってやるか」

 

 情報収集に利用した個室を発つ。

 カビ臭い香りが、一挙に鼻腔へ流れ込む。

 

 本棚が観光地みたく押し合う空間は、空調設備が吐き出す風音を残して口を噤んでいた。

 

 ロボット司書の他に、閲覧室に人陰は見えない。

 と思ったが、熱心に記事へと目を通す量産型大学生が徐に顔を上げる。

 

「やぁ、六月一日隊長」

 

 凡人は深紅の瞳に微笑みを湛え、明るい茶髪のシースルーマッシュを揺らした。

 

「無意味に話し掛けるな」

 

 ジロリと見下し、端的に吐く。

 平均的な指先が頬を掻く。

 

「僕と君はよく似ている気がするんだ。だから仲良くしたいんだけど──」

「──散れ。貴様らと慣れ合うつもりはない」

「ハハ……じゃあ、個人的に応援しておくことにするよ」

 

 如何にも平凡といった苦笑いを鳴らす様子。 

 しかし、コイツは俺がいつ閲覧室を訪れても、『同じ少女』の情報ばかりを取り入れている。

 

 病的なまでの少女に対する執着。

 

 明らかに、異常だった。

 

 時刻は既に午後6時。

 手を振るレオナルドを放って、食堂へ向かう。

 

 寄宿舎、食堂、訓練場。

 この三点移動が基本。

 基礎から実践まで、日中の大半は戦闘技術の向上に費やす。

 

 そのようにして俺は日中を有意義に過ごし、午後7時30分、

 

「……行くか」

 

『とある交渉』を行う為に、俺は今日も今日とて訓練場へ向かった。

 

 

 

 

 

 今日も孤独に沈んだ訓練場は、夜間の帳に熟睡していた。

 

 天井のライトを点灯し、叩き起こす。

 黙々と柔軟体操をしていると、待ち人の影が伸びる。

 

「待った?」

 

 雪のように白い手先が、薄いグローブをグッと装着した。

 

「サッサと準備をしろ」

「もう準備運動は済ませて来たわ」

 

 戦闘前の掛け合いはない。

 突如、足先が鞭のように床を滑る。

 

 が、近接戦闘能力が一晩で大きく向上するはずもない。

 結局1時間後には、乱れた銀髪が、荒く息を繰り返して地べたに這いつくばっている。

 

「こんなもので満足か?」

「え、えぇ……今日も助かったわ……」

「礼などいらん。そういう約束事だろう」

 

 それだけ残して、いつものように1人訓練場から踵を返す。

 

 とその直前、俺は両足をきつく押し留めた。

 

「……」

 

 まだ、この場を去るわけにはいかない。

 今日の俺にはやるべきことがあるはずだ。

 分かってはいるが──この先を思えば、湿疹が身体中に吹き出すような予感が肌を撫でた。

 

 帰れ。残れ。

 理性と本能が異なる命令を下す。

 思わず眉を顰めて二の足を踏む。

 

 それでも結局は訓練場に居座る俺が、今ここにいる。

 

 

 アドラを確実にぶちのめす為には──不本意ながら、『規格外のスナイパー』の力を借りずにはいられないのだから。

 

 

「……おい」

 

 ローブの裾を薄闇に翻す。

 ダンゴムシみたいにゴム質な床で蹲る細身を睨んだ。

 切れ長の目が、胡乱げな色を浮かべて俺を見上げる。

 

「な、なによ……」

 

 無言に、手を差し出す。

 南極の大地のような感触に、背筋を走り抜ける悪寒。

 手を振り払いたくなる衝動を、グッと喉奥に押し返す。

 

 俺は屈辱を腹の奥底に堪えて、『お願い』を口に出した。

 

「ヨル、次の任務から俺と組め」

 

 

 真冬の静寂が、薄暗い訓練場を流れた。

 

 

 ポカンと、開いたまま固まる薄い唇。

 やがては微かに震えて、金魚のようにパクパクと掠れ声を洩らす。

 

 やはり、俺からそんな言葉が出てくるのは予想外だったか。

 しかし断る理由などないだろう。

 目まぐるしく泳ぐ青白い瞳を眺めて、俺が思ったその瞬間、

 

「……嫌よ」

 

 短く放たれた拒絶の一言に、パシンと、差し出した手は強烈に払われた。




次回の投稿日は8月20日の水曜日となります。
それでは、また次話でお会いしましょう!
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