お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作:うずつるぎ

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 Mアラート(共栄都市瞬時警報システム)

 かつて極東の島国で活用されたミサイル警報の発展版。
 凶悪犯罪等が発生した際に起動する。
 警報が青空を響くと同時に、街を張り巡る監視カメラのとらえた映像を、空間ディスプレイに共有するのだ。

 Mアラートはどんな証拠さえ見逃さない。
 もしも現代にアルセーヌ・ルパンが生きていたなら、彼は絶望しただろうか。それとも、強大な壁に興奮しただろうか。


第7話 神のまにまに

 ハリネズミのごとき無数の電針が、屋根上の足跡に突き刺さって黒い焦げ色を刻んでいる。

 背後から追従するドローンは、真夏の暗雲みたいに膨れ上がって地上へ影を落としていた。

 

「……まったく、頭の悪い奴らだな」

 

 奴らより1歩も2歩も早く空気を斬り裂いて、屋根上を跳び移る。

 正面に、ドローンの死骸がゴミ山のように積み上がって湾曲した屋根を見つける。

 

「こっちだよ~!」

 

 ぶんぶんと手を振る阿呆と、額から血を流してぐったりとした凡人と。

 俺は瓦を踏み壊し──合流地点へ身体ごと跳び込んだ。

 

「なにがあった」

「六ちゃんっ!!」

 

 拳銃を握った紺色の両腕が、天使の翼のように大きく広がる。

 

 強烈な悪寒が背筋を撫で抜けた。

 すかさず身体を横へと転がす。 

 一歩遅かった。柔らかい感触が、胸を圧迫する。

 

 子犬はアホ毛をパタパタとぶん回して、気苦労な飼い主の胸を飛び出す。

 

「んへへ……わたし頑張ったよ!!」

「離れろ……阿呆」

 

 思い切りひっぺ剥がしてやると、アルナは両腕をT字に整えて屋根上にたたらを踏んだ。

 

「わわっ!」

 

 そのまま片膝を着き、それぞれ色の違う拳銃が銃声を連鎖する。

 ふざけた調子に対して、その精密射撃は西部劇のガンマンのようだ。

 

 プラズマに感電するドローン。

 爆発して黒煙を吹くドローン。

 

 乳白色の頬がむすりとフグのように膨らんで、薄桃色の髪を揺らした。

 

「ぎゅーぐらいして欲しいなっ!!」

 

 まるでふざけた能天気な様子に、深く嘆息を洩らす。

 

「……貴様はアルナらしいな」

「ん?わたしはわたしだよ?」

 

 ピコピコと、薄桃色のアホ毛は頭の天辺を揺れ動いた。

 

「もう一度だけ聞くぞ。そちらで何があった」

「えっとね、歩いてたら悲鳴が聞こえてきたの。だからお家に入ったら、レオくんがロボにやられかけてて……それで急いで助けたの!」

 

 要は、凡人の奴はマーシャの罠にあわや死にかけた。

 そこをアルナが救助したが、お陰で街全体が敵となった。

 そういうことだろう。

 

 コイツの支離滅裂な言葉を理解しつつある自分に舌を鳴らす。

 

「とにかく、共栄都市を脱出するぞ。まずは第三区画に戻る」

「りょーかいっ!」

 

 露払いに阿呆さえいれば、凡人を抱えようと命の危機はない。

 意識不明のレオナルドを肩に担いで、春風の流れにフードを揺らす。

 第二区画と第三区画を繋ぐ環状壁のトンネルが、赤いコーンと黄色いバリケードを横断している。

 

「……封鎖されちゃってるね」

 

 警備ロボットは何かのパレードみたいに並び立って、地上車に長蛇の列を強要していた。

 街中に抗議を騒ぐクラクションの音が、重なり響いてよく聞こえる。

 

「……チッ。面倒なことを……」

 

 思わず悪態を突くも、いや、この状況は俺達にとっても優位に働くか。

 隣で靡くストロベリーブロンドの髪を覗く。

 

「アルナ、渋滞の最前列にある車を確認しろ。人間の運転手が居る車を探せ」

「えと……左から5番目の車線にあるよ!」

「よし、ならばヒッチハイクと行くか」

 

 担いだレオナルドを投げ渡し、俺は一挙に高速道路へと跳び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 警官帽子のロボ共が、渋滞する車の隙間からわらわらと溢れ出す。

 

 四方から振り下ろされる警棒。

 俺は漆黒のローブを捻じ曲げ、サイボーグの左腕で顔面を陥没させる。

 

「ふん。止まって見えるぞ?」

 

 小銃を使ってやるまでもない。

 卵の殻をかち割るように、ひたすらに格闘術を響かせる。

 

「な、なんだありゃ……」

「逃げろ!巻き添え喰らうぞ!!」

 

 車から飛び出す者。

 空間ディスプレイに映像を収める者。

 

 突如として現れた共栄都市の大犯罪者を前に、衆人は野鳥のようなどよめきを零した。

 

 目的の赤い車に辿り着く。

 ドアノブを強引に引っ張れば、当然、鉄の軋む音が剥がれた。

 アメジストの瞳が背後で大きく見開く。

 

「ろ、六ちゃん何してるの!?!?」

「おい、何をボケっとしている」

 

 紺色の制服をレオナルドごと後部座席へ押し込む。

 俺が助手席に座り込んだところで、ポカンと硬直していた運転手が、その顔を烈火に染めた。

 

「……お、お前らなんのつもりで──」

 

──漆黒の銃口を、運転手の額へ押し込む。

 俺はフードの底から淡々と、冷え切った言葉を吐いた。

 

「貴様に抗弁の権はない。黙って俺に従え」

 

 瞬く間に、燃え上がったはずの瞳は青白く鎮火する。

 

「……ヒッ!?じゅ、銃!?!?」

「不用意に動くな。今すぐ車を第三区画へ走らせろ。さもなくば殺す。車から逃げ出しても殺す」

 

 ニヤリと、分かりやすく歪める口元。

 

「さぁ、どうする?早くせんと拳銃が火を吹くぞ」

 

 

 震える両腕が、ハンドルを握り込んだ。

 

 

「わ、分かった!第三区画だな!!」

「それでいい」

「け……警備隊はどうするんだよ!?」

「構わず突っ込め。できなければ、俺が貴様を葬るまでだ」

 

 冷たい鉄の感触を、もう一段強く側頭部へ押し付けてやる。

 カチャリとトリガーを引く静音が、運転手に最後の決断を促した。

 

「ど、どうなっても知らねぇぞッ!!」

 

 ぶぉんとアクセルが雄叫びを鳴り上げる。

 赤いサイレンに警告を促す防犯ロボ。

 それでも止まらぬ車に、止む無しと銃口を構えるも──テーザー銃が放たれることはない。

 

 当然だ。

 俺は今、運転手に銃口を突き付けている。

 

 犯罪者に脅された善良な市民を傷付けることは、街のルールに反するだろう。

 

「よし。そのまま進め」

 

 バリケードを喰い破り、重い衝撃に大震撼する車内。

 暗い橙色が世界を包んだ頃、ふっくらと柔らかな頬が、ルームミラー越しに引き攣る。

 

「六ちゃん……これってハイジャックだよ!?!?」

「いや、ヒッチハイクだが」

 

 俺は運転手に行き先をナビゲートしつつ、少々乱暴な無賃乗車を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 人質を巻き込んだ逃避行は、思いの外に功を奏した。

 

 流石に、市民を移動の足にされるのは想定外だったらしい。

 追って来る防犯ロボ共は少ない。

 車は既に、第三区画の歓楽街近くを走り抜けている。

 

「クソッ……んでこんなことに……」

 

 速度超過の車内を響く運転手の苛立ちが、不意の呻き声を背後に呼び覚ました。

 

「……こ、こは……?」

「あっ、レオくん目が覚めたの?」

 

 瞼に固まる血が、パキリと割れる。

 意識がまだ明瞭ではないのだろう。

 夢の中をぼやりと泳ぐ深紅の瞳へ、俺は舌打ちと共に吐き鳴らす。

 

「馬鹿が。貴様がマーシャの罠に嵌まったせいで、俺達は絶賛指名手配中だ」

 

 

 瞬間、深紅の瞳はハッキリと翡翠の義眼を浮かび上げた。

 

 

「……違う!」

 

 車内を響き渡る否定の言葉。

 勢いよく上体を起こした凡人は、平均的な指先にくしゃりと明るい茶髪を握り締める。

 

「僕は、殺してなんか……ないんだッ!!ただ、家に帰ったら血みどろのマーシャが斃れていただけで……!!」

 

 みるみるうちに青く染まる顔つき。

 恐らくは、精巧な人形の死体と出くわしたのだろう。

 しかし……スペアの死体を見た程度でこれとは、コイツの在り様は一体──

 

 

──重い制御音が、車内を急激に揺らした。

 

 

「……うぇ!?」

 

 高速道路の半ばで立ち往生する車。

 俺は即座に、運転手の側頭部へと銃口を押し付ける。

 

「おい貴様!いつ車を止めて良いと言った!!」

「ち、違げぇって!アクセル踏んでも車が動かねぇんだよ!!」

 

 助手席から覗く。

 運転手の右脚は、確かにアクセルを踏んでいた。

 車に直接制御を掛けられたか。

 

「クソが……出るぞ、貴様らッ!!」

 

 あと少しで歓楽街へ辿り着けたものを。

 颯爽と車から降り立ち、今日も警報に騒がしい歓楽街を奥深くへと一挙に駆け出す。

 

 窓ガラスをぶち破る警備ロボットに、鳴り渡る鉛の銃声。

 乱闘の舞台となった歓楽街で、衆人は悲鳴を上げて逃げ惑った。

 

 普段は人に屯する表通りはひっそりと静まり返る。

 湯気に取り残された鉄板から肉串を奪い取り、ゴミ屑だらけの路上を勢いよく蹴飛ばす。

 

「六ちゃん、どこ向かってるの?」

「脱出ルートには覚えがある。一度師匠のねぐらに寄るぞ」

 

 そう言って俺は路上を抉り飛ばす。

 勢いづいた漆黒のローブに、背後から華奢な腕が伸ばされる。

 

「ま、待ってよ!」

「そんな暇はない」

「師匠って……六ちゃんの家族?」

「……記憶喪失の俺を拾ってくれた。だが──」

 

 背後に白亜の防犯ロボを引き連れて、暗い路地裏に入る。

 紛れて側溝へと逃げる黒猫と並走する。

 日陰に干されたままのカラフルなタオルを払って隘路を入り組めば、最奥に、重々しい鉄扉が沈黙している。

 

「ここがねぐらかい?」

「そうだ。貴様らは機械兵どもを喰い止めていろ」

 

 鉄扉にぶつかる勢いで階段を登る。

 設置された空間ディスプレイに暗証番号を指で何度も叩き込んだ。

 電子版が赤色から青色に変化し、鍵の外れる音が鉄扉の内部から鳴る。

 その一瞬さえもが無限に思えて足踏みが鳴る。

 

 レモネードのように甘酸っぱい香りが、重い扉の先から漂った。

 

 鍵の保管場所であるダイニングへと差し掛かる。

 とそこで、俺は思わず首を傾げた。

 

「……なんだ?」

 

 2人分の食事が、食卓で仄かに湯気を漂わせて静寂に眠っている。

 

 

 それはまるで……つい先ほどまで、ねぐらに師匠と俺が過ごしていたような光景で──

 

 

「六ちゃん!まだ時間掛かるの?」

「……もう戻る!移動を再開するぞ!!」

 

 頭を響く澄んだ声に、俺はキーを右手に握り込んでねぐらを発った。

 

 澱んだ空気の匂いを突き抜けて、共栄都市の外縁部へと抜け出す。

 

 足裏を反発する柔らかい草地。

 花々の吐息が、光と陰りに満ちた森林を流れ込む。

 

『この先立ち入るべからず』

 

 森の中で最終警告を促すドクロの看板を撥ね除け、有刺鉄線を乗り越え、

 木々の根に凸凹とした薄暗い緑を進んだ果てに──森が、一気に開けた。

 

 無限に広がる草花の楽園。

 何も知らぬ阿呆は駆け抜け──突如、何もない空間にゴチンと頭をぶつける。

 

「い˝たっ!?」

「これは……」

「外壁に映されたホログラムだ」

「ほ、ほろぐらむ……?」

 

 星を描いたアホ毛が、決して存在しない草地へ手を伸ばしては壁の感触に触れた。

 俺も同じく手探りに壁をまさぐり、見つけた。

 壁に彫られたパネルに、素早く暗号を打ち込む。

 

 ホログラムの景色が歪んで、細い一本道が壁を浮かび上がった。

 

「ここから一気に共栄都市を抜け出すぞ」

「六月一日隊長、僕に合わせてくれ!」

 

 カーディガンを纏った右腕が、追い縋った防犯ロボへと黒い物体を投げ込む。

 

 

 世界を焼き尽くす白光が、爆音と共に弾けた。

 

 

 濃い陰影を落とす周辺。

 抜け穴に入り込み、内側から扉を閉める。

 銃撃が、壁の向こうから轟いた。

 

「んへへ……脱出成功だね!」

「ふん。サッサと外に出てレイと連絡を取るぞ」

 

 この程度で一喜一憂していられるか。

 暗闇の突き当りに、ぷしゅりと扉が息を吐き出す。

 弱々しい光が差し込んで──薄気味悪い曇天を、荒野の果てにまで映し出した。

 

『ツインテールの人影』を、乾燥した地面に揺らしながら。

 

「キャハハッ!脱出おめでと~!!」

 

 上空を響く邪悪なる嘲笑。

『赤いシュシュ』にエプロンドレスを纏った童女が、遥か外壁から死の荒野へ降り立つ。

 

 舞い上がる砂煙が落ち着くだけの硬直の末、俺はフードの底から深紅の瞳を見下した。

 

「……なぜ、貴様がこの抜け穴を知っている」

「え?そんなの私も管理者だからに決まってるじゃん!!」

 

 ふっくらと赤い唇は、当然とばかりに歪む。

 しかし、そうと分かっていて抜け穴を抑えないとは、人工知能の癖に間抜けな奴だ。

 

 やはり、所詮はガキか。

 右手に握る小銃を、砂塵に紛れて光る深紅の瞳へと向ける。

 

「ふん。約束のタイムリミットは訪れなかったな」

 

 俺は勝利の優越に笑みを浸りながら、清々しい気持ちでマーシャを破壊してやろうとしたところで、

 

「ん?みんなの仲間が来てくれるまでに半日は掛かるよね?約束の時間は来るよ?」

 

 

 ピシャリと、心臓が凍り付いたような気がした。

 

 

「思った通りに脱出してくれて嬉しいなぁ~。内側じゃ色々とやりにくいし!」

「午後には絶望的な戦いを強いられると思うけど、頑張ってね!!」

 

──やられた。

 

 思う間もなく背後の抜け穴はガチリと閉ざされ、俺達は死の荒野に取り残された。

 

 

 




 次回の投稿日は9月3日の水曜日となります。
 それでは、また次話でお会いしましょう!
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