お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作:うずつるぎ

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 クオリア(主観的意識)

 人を人たらしめる本質。
 空の青さ、林檎の赤さ、それぞれ各人が認識する感覚を意味し、それは千差万別である。

 クオリアは脳のどこに存在するのか。或いは非物質的なものなのか。
 かつて多くの学者がその正体に迫ったが、終ぞ答えを手にすることはなかった。
 であればこそ、汎用ロボットは人間の感情や経験をビッグデータ解析することで、クオリアを持たぬ哲学ゾンビを生み出したのだ。
 
 もしもクオリアの生成方法を編み出すことができれば、それは、人類を新たなステージへと昇華させるだろう。



第8話 ブラックコーヒーにココアを添えて

 ひゅおりと荒野を吹く毒々しい旋風が、花吹雪みたいに土煙をまき散らしている。

 

 三日月を描く深紅の瞳を前に、間隙、3つの人影が唖然と立ち尽くした。

 

「……」

 

 俺達はわざと、共栄都市から逃がされた──

 

 突き付けられた事実に身体が硬直して、いや、言葉を失っている場合ではないな。

 どちらにせよ、コイツはここで破壊しておくべきだ。

 

 握り込んだ小銃へ力を込める。

 

 歪んだ赤い唇が、だらりと涎を零れ落した。

 

「ッ!?」

 

 不可解な行動に、砂利を擦る音が後退る。

 幼気な手足は狂喜の人形みたいに震えて──ぐりんと、深紅の瞳に白目を剥いた。

 

「それじゃあ、わ、waワわたシiは、じゅjジュん備に──」

 

 砂嵐に吞まれて、機械音がノイズを走る。

 黄色いエプロンドレスは、次第にスパークを散らした。

 

 ぶわりと黒煙が背中から蛆虫のように吹き出して、乾いた大地をパタリと倒れる。

 

「な、なにこれ……」

 

 青い顔に固まる阿呆に反して、確かな足取りが、壊れたマーシャへと迫った。

 

「……偽物だ。『Maggots』が仕込まれていたんだと思うよ」 

 

 二つ結びに纏めた赤いシュシュを掴み上げて、深紅の瞳がは確信したように頷く。

 

 アメジストの瞳は、挙動不審に涸れた荒野を見渡す。

 

「こ、これからどうするの?」

「……廃都市に身を潜めるぞ」

「僕も賛成だ。掩体のない荒野に居たら、格好の獲物になるからね」

 

 苦しい道筋だが、他に選択肢はない。

 構造物に入り組んでいる分、銃弾を節約しつつ近接戦闘に持ち込めるだろう。

 薄気味悪い空に落ち込む崩れた摩天楼へ、人影が3つ導かれる。

 

「レイ、聞こえるか」

 

 何度か問い掛けるも、脳内は少しも波長を揺らがさない。

 あのポンコツは何をしているのか。

 荒野の小石を思い切り蹴飛ばす。

 

 

 生命が廃れた灰色の街は、その音さえもが貴重な食糧であるというように空っぽの胃を響かせた。

 

 

 折れ曲がった信号機を潜る。

 見覚えのある廃ビルが、瓦礫を散在した交差点に聳えている。

 

 途端に苦々しい記憶が脳裏を過って、泥沼に足を取られた。

 

「六ちゃんはこの辺りに詳しいの?」

 

 鈴のような高声が、脳内を清涼に澄み渡った。

 

「……以前はここに住んでいたからな」

「こ、こんなところにっ!?!?」

「それは……中々にハードな人生だね……」

 

 固まる馬鹿どもを置いて、薄汚れた一階へ立ち入る。

 

 割れた窓ガラスの破片に、埃を被って傾いた額縁。

 泥だらけのエントランスは、師匠に救い出されたあの夜のまま残されている。

 俺は安全確認のために、所々が床の抜けた階段へ音を鳴らし──

 

 

──世界が、たった一点に凝縮した。

 

 

「ひ、人……だよね……?」

 

 ひょこりと隣から覗くアホ毛が、ピントがずれたみたいに視界を霞む。

 

 茶色い瞳。

 微かにふくよかさを残した口元。

 見間違えるはずもない。ほつれたソファに横たわる、目前の女は、

 

「……ぁ……『キミ』……あの時の……男の子……?」

 

──かつて俺に紛い物の幻想を見せつけた、『彼女』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 枯れ木のように干乾びた腕が、古びたソファから震えている。

 

 時が巻き戻ったような感覚に、俺は茫然と、朽ちた中央ホールを立ち尽くした。

 

 

……これまでの仕事……廃都市に生きるグズどもの駆除で『彼女』を見たことはなかったが、まさか、まだ生きていたとは。

 

 

 一気に真冬の鉄へと凍てつく心。

 反して、腹の底は沸々と言いようのない熱源を煮え滾った。

 虚ろな瞳が、翡翠の義眼を淡く捉える。

 

「助け……て……」

「貴様ら、行くぞ」

 

 素早くローブの裾を翻せば、赤子のようにむせび泣く声が、背後を縋り付く。

 

「……おね、がい……!たす……けて……!!」

 

 チラリと、首だけ振り返る。

 

 ボロ絹みたいな衣服。

 カビみたいに変色した下腹部の皮膚。

『彼女』はソファから転げ落ちて、脚を失った亡者みたいに俺の足元へにじり寄る。

 

 アメジストの瞳が耐えかねたように、固まる漆黒のローブを映し出して、

 

「……ろ、六ちゃん……! やっぱり──」

「──貴様はどの面下げて俺に助けを求めているつもりだッッ!!」

 

 

 右眼を焼き尽くす闇が、ひび割れたホールの壁面を染み渡った。

 

 

 激しく上下する呼吸音。

 かつては平気な顔をして裏切った奴が、今更何を都合よく救いを求めているのか。

 黒い炎にビクリと震えた『彼女』は、乾いた唇を弱々しく引き攣らせる。

 

「あの時は……ああするしか、私は生きられなかった、から……!」

「その選択の果てに貴様は俺を食い物にしたのだろう!ふざけやがって……ッ!!」

 

 ならば、この場で俺が見捨てるのもまた道理。

 それが分からないのだろう。

 不思議とふくよかさを残した頬が、見当違いの甘言を惑わせる。

 

「助けてくれたら……今度はちゃんと、心からキミを──」

「──もう死ね。貴様はここで死んだ方がマシだ」

 

 ローブの下から小銃を素早く取り出す。

 

 脳内を煮え滾る衝動は、トリガーへ掛けた指にアッサリと最後の一線を踏み越えさせて、

 

 

「──これ、良かったら食べて!」

 

 

 寸前、割り入った桃色の宇宙が、『彼女』にドライフルーツを差し出した。

 

 

 

 

 

 

 朽ちた中央ホールを流れた硬直は、各々に思考する時間を平等に与えた。

 

 廃ビルに残る4体の石像が、それぞれ動き出す。

 

 礼も言わずにドライフルーツを奪い取る『彼女』。

 ほわほわと満足げに頷く阿呆。

 凡人は静観を保持し──俺は紺色の肩を力強く掴り込んだ。

 

「貴様……何をしているッ!!」

 

 岩壁を引き剥がすように、無理やりグイとこちらへ引っ張る。

 

「ん? お姉さんのこと助けただけだよ!」

 

 

 つくづく、癇に障る笑みが振り返った。

 

 

 それが如何なる意味を持った行動なのか、分からないとは言わせない。

 暗い嵐が胸の内を暴れ狂う。

 細い鎖骨を掴む指先が、ミシミシと危険な音を軋ませる。

 

「ふざけるなッ!コイツは共栄都市を追放されるのも納得のゴミカスなんだぞ……ッ!!」

 

 少しも痛みを表情に出さない子犬は、パッと薄桜色の唇を輝かせた。

 

「でも、困ってる人は助けてあげないとじゃん!」

 

 

 純心に輝くアメジストの瞳が、悪魔のようなローブ姿を反射する。

 

 

 他人の心に手を伸ばす。

 他者の為に力を振るう。

 コイツがやっているのは、その種の無償の善意なのだろう。

 

 そしてそれは──俺が目指したヨルの姿そのものであり、

 

 沸騰した頭は、緩む薄桜色の唇に揉み解された。

 

「…………もう知らん。貴様の好きにしろ」

「んへへ……ありがと六ちゃん!」

 

 薄桃色のアホ毛は上機嫌にひょこひょこと揺れ動いた。

 

 結局、保存食を切り崩す形で、少しでも『彼女』の飢えを和らげてやることになった。

『彼女』にとっては恐ろしいほどにまともな食事だ。

 涙塗れの唇を大きく開いて、固い棒状クッキーにがっついている。

 

「喜んでくれているみたいで良かったよ」

 

 こんな奴を喜ばせる必要などないと思うのだが。

 脳裏に過らせつつ、しかし、『先ほどから上空を響く妙な音』は、何なのだろうか。

 

 安全確認を再開する。

 崩落した上階へと大きく跳躍した。

 着地の震動は錆色の階段に寿命を突き付けて、一部が地上へと堕ち、目下に砂埃を巻き上げる。

 

「わわっ!これ危ないね!!」

 

 凡人はその場で待機。

 阿呆が付いて来たが、気にする必要はなし。

 刺々しい突風が荒野の砂塵を吹き荒らす。

 

 俺はローブを深く被り直して、フェンスのない屋上へと踏み入り──共栄都市の空に『ソレ』を見た。

 

「な……ッ!?」

 

 

 廃都市を目指して進みつつある、鋼鉄の大型飛行艇を。

 

 

 

 

 

 

 タンカーほどはある鉄塊が、茶色い荒野に濃い影を落としている。

 

 前方を飾る漆黒の主砲に、側面を並ぶ無数のミサイル発射口。

 まるで空に浮かんだ母艦はゆっくりと、だが確実に、廃都市を圧迫しつつあった。

 

「な、んだ……アレは……!!」

 

 言うまでもなく、俺達を殲滅するために準備された秘密兵器だ──

 

 掠れた呼気が、口の端から逃げ惑う。

 華奢な指先もまた酷く震えて、巨艦を示す。

 

「ろ、六ちゃん……アレ、なんとかなる……?」

 

──当然だ。

 

 口が裂けても、そんな気休めの言葉は出てこなかった。

 

「……クソッ!!」

 

 対空装備を整えた状態ならいざ知らず。しかし、今は弾薬すら限られた状況だ。

 どうする? 廃都市から逃げるか? いや逃げたとしてどこへ向かう。

 歯を食い縛って拳を震わせるばかりで、尤もらしい答えすら見つからない。

 

「あー、テステス……規格外のみんなー!聞こえてるかな~?」

 

 邪悪な大音量が、空気に裂け目を生み出す。

 阿呆が両手で耳を塞いで屋上をしゃがみ込んだ。

 俺は顔を顰めつつ、発生源を睨み上げる。

 

「ちょっと早いけど……飽きちゃったので規格外の処分を始めたいと思いまーす!」

「まずは挨拶代わりの電磁砲を……どうぞ!!」

 

 

 漆黒の主砲が、殺戮の合図を鳴らした。

 

 

 砲口に充填する稲妻が──天をも貫く勢いで、雲を突き破る。

 

「ッ!!」

 

 強烈な光が、眼球を焼いて空気を痺れ渡った。

 

 瞼を強く閉ざしてフードを揺らす。

 やがてゆっくりと視界が舞い戻って、しかし、周囲に変化はない。身体に異常も見られない。

 思わず、汗を噴き出した手のひらを握ったり開いたりしてみる。

 

「な、なんだったんだろうね……?」

「何が狙いだ……?」

 

 思わず2人して疑問を零したところで、白いパラシュートが、タンポポの綿毛のように飛行艇から次々と降下した。

 

「……分からん奴だな」

 

 おまけとばかりに空に魚群を描くドローン部隊。

 何度やろうと、機械兵如きに遅れを取るはずがない。

 浅くため息を零す。

 俺はパワードスーツに頼って、廃ビルを屋上を蹴り上げ、

 

 

 しかし跳躍は『たったの2メートル』ほどを泳いだだけで、ゆるりとアルナの目前に着地した。

 

 

「な、に……?」

 

 砂塵に汚れた屋上を踏む両足を覗く。

 隣の廃ビルへ跳び移るつもりが、元居た廃ビルの屋上で幅跳びしただけの結果だ。

 

──なぜ、向こう側のビルへ跳び移れない。

 

「キャハハッ!」と特徴的な嘲笑が、最悪の答えを寄越してくれた。

 

「鬱陶しい戦闘服は電磁波で無力化しましたー!」

「無効化……だとッ!?!?」

 

 つまりは、戦闘服による超人的な動きが成し得ない状況──

 ばくりと、心臓が乱れ打つ。

 邪悪の化身はその音を耳聡く聞き分けて、嬉々と飛行艇から声を煽る。

 

「ただの人間に戻ったみんなに、これは避けられるかなぁ?」

 

 飛行艇の側砲が、無数に空気を轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 真昼に降り注ぐ流星群が、廃都市の至る場所へと飛来している。

 

 廃墟の街は爆音を重ね響かせ、震動に吞まれる。

 放たれた追撃砲は、当然、俺の立つ廃ビルにも影を落とした。

 

──不味いッ!

 

 思うも、両脚は屋上に深く根を下ろしている。

 戦闘服がなければ、屋上から飛び降りることもできない。

 

 なればこそ、俺は『全身サイボーグ』へと声を飛ばした。

 

「アルナッ!!」

「任せて!!」

 

 ぐいとローブを掴み寄せる華奢な手。

 背後で粉塵が巻き上がって、廃ビルは粉々と残骸に帰する。

 

 しゃぼん玉の香りに引っ張られて地上へ降り立つや否や、土煙に紛れた瓦礫の山がゴソッと動いた。

 

「六月一日、隊長……一体、何がどうなって……」

「マーシャの奴が廃都市を爆撃し始めた!戦闘服は使い物にならん、注意しろ!!」

 

 

 言っている傍から、機械兵が灰色の十字路を躍り出た。

 

 

 出し惜しみをしている余裕はない。

 一気に100秒間のスーパーゾーンへ突入する。

 微細な銃口の動きから、糸を手繰り寄せるようにして射線を見切る。

 

「た、助け──」

「黙っていろッ!!」

 

 こんな奴の為に命を投げ出して堪るか。

 包囲する白亜の機械兵に、頭を抱える『彼女』へ吐き捨てる。

 状況は厳しい。機械兵を相手取る2人へ唾を飛ばす。

 

「もう無理だ!!アイツは諦めろ!!」

「ヤダッ!わたし助けるって決めたもん!!」

 

 

 アルナは強情にも、全身に銃弾を浴びながら『彼女』を守り抜いた。

 

 

 続々と現れる機械兵の群れ。

 ストロベリーブロンドの髪が、虫に集られたみたいに覆い隠されていく。

 

 後方からも新手が現れた。

 俺は堪らず、廃都市の曲がり角へ隠れ込む。

 出会い頭にサイボーグの左腕で掴み掛かり、機械兵を粉砕。

 それを盾に、銃弾の中を逃げ惑う。

 

「俺が……この俺が機械兵なんぞに殺されるかッッ!!」

 

 身体に溜まった熱を吠え上げるも、小銃は弾切れ。

 スーパーゾーンも余裕はない。

 この状況で一番動けるアルナとも分断された。

 

 

 つまりは、

 

 

「いま気が付いたかもしれないけど~……みーんなここに来た時点で『詰んでる』んだよ?」

 

──チェックメイト。

 潜入から脱出まで、マーシャの掌のうえで踊らされた結果。

 万事休す。逆転の一手は都合よく手元にない。

 

 邪悪に廃都市を響く声から息を切らしながら逃げ込んだ先は、細い行き止まり。

 

 振り返れば、無数の一つ目が嘲るように暗闇を赤く光っている。

 

「ッ……!!」

 

 散々、相手にならんと見下してきた機械兵に殺される未来。

 

 死の気配が皮膚に凍り付く。

 それでも俺は、拳を振り上げようとしたところで──

 

 

「……いや待てッ!!」

 

 

──小さな生存の光を、薄闇の彼方に見出す。

 

 

 そうだ。

 ナランから受け取った『アレ』が、まだ残っていたのだ。

 

 思わぬ勝機に引き攣る口元。

 俺はローブの下から颯爽と試作銃を抜き出して、路地裏を充実する無数の赤い単眼へとトリガーを引いた。

 

「馬鹿がッ!この俺がそう簡単にやられると思ったかッ!!」

 

 強烈な反動が、腕から肩を爆発する。

 

 解き放たれた空気砲は、勢いよく機械兵へと迫り──

 

 

──鋼の肉体を、ほんの僅かにだけ仰け反らせた。

 

 

「クソが……ッ!!」

 

 ナランにつかまされた廃産武器。

 声を荒げて小銃を路地裏に投げ捨てる。

 

 もはや、打てる手はない。

 前腕と一体化した銃口が、薄闇を瞬いて、

 

 球形ドローンが上空から飛来し、レーザー光線に機械兵共を貫いた。

 

──増援が来たのだ。

 

 

 




 次回の投稿日は9月4日の木曜日となります。
 それでは、また次話でお会いしましょう!
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