お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作:うずつるぎ

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 NHスペシャル『オルトロス』

 アルナ・ミュラー専用武器。銀色と漆黒の二丁拳銃で一対となる。
 銀色の小銃『慈愛の一撃』はプラズマ弾。漆黒の小銃『悪夢の一撃』は時限式爆弾。それぞれを発射することが可能だ。

 接近戦の有効な相手にはガンカタを行えるよう、拳銃自体が強固に造られている。
 仮に銃弾を掠めたとしても、全身サイボーグである彼女が動作に支障をきたすことはない。
 なればこそ、強引な戦闘術は成り立つのだ。


第13話 濁り光るもの

 恐怖と絶望に揺れた双眸が、闇中を怯えている。

 

 それは、月明かりの欠けた夜のことだった。

 

 舞台は、朽ちた眠りに沈む廃墟の街。

 路地裏は澄んだ薄闇に浸されて、静寂を湛えている。

 吹き込む夏の湿っぽい風が鋼鉄の皮膚を錆び付かせては、闇中に人影を揺らがせた。

 

 この晩、薄汚れた路地にいるのは、ただ2組、『仕事人』と、腰を抜かした裏切り者だけだ。

 

「や……やめろぉおおおおおおッ!!」

 

 銃声が無人の街を轟いて、男の影が路上に倒れる。

 俺は師匠の淡々なる仕事ぶりを横目に、不幸な目撃者を地面へ押さえ付ける。

 

「師匠、こっちも終わったぞ」

「は、離せ……!」

 

 翡翠の半目が、額を撃ち抜いた男から向き直った。

 

「よく……やった……」

 

 ぬっと、ローブの脇下からナイフが闇を這う。

 俺は青年の拘束を解き放ち、後は師匠に任せた。

 

 闇を裂く銀色の刃は、青年の背中目掛けて大きく振り上がり──

 

「あ、あぁ……!おやじぃ……!!」

 

──額から血を流す男へと手を伸ばす醜態に、ピクリと、銀色の刃は硬直した。

 

「……師匠?」

 

 情けなくも目尻を光らせ、路上を藻掻く赤い瞳。

 師匠が動きを止めた訳が分からず、ポツリと、言葉を零す。

 

 やがて、振り上がった色白の手は──かしゃんと、ナイフを零れ落した。

 

「……行け。私たちの対象は……あの男、だけだ……」

 

 フードの底で確かに響く、冬の低声。

 青年が起き上がって男の亡骸を背負ったところで、俺はローブの裾へ勢いよく掴み掛かった。

 

「師匠、何をしている!?」

「……」

「目撃者を生かせば、アドラの奴に何を言われるか……!!」

 

 きゅっと、桜色の唇が噛み締める。

 ローブに覆われたか細い右腕が、再び青年の背中へとナイフを構える。

 

 が──銀色の刃は、血の一滴も滴らない。

 

「不必要に殺すことも、ないだろう……」 

 

 翡翠の半目は、遺体を引き摺る痕を残した表通りを映すばかりだった。

 

 まるで師匠らしくない、不合理な判断。

 理解が及ばず、けれど、漆黒のローブは夜空の星々のように輝いている。

 

 荒々しい突風がフードを掻っ攫って、苦く引き攣った白い頬が、金色の長髪を流星群みたいに揺らがせる。

 

「……昔は、こんな風に考えることも……なかったのだが、な……」

 

 それは、師匠の強さを壊す毒だった。

 

 なればこそ──俺は強くなる。

 いつか王座に着いて、完全なる生の安寧を手に入れるのだ。

 俺は心に固く誓い、いつものごとく強者に頷く。

 

「それが師匠の命令なら、俺はそれに従う」

「良い子、だ……」

 

 薄闇を浮かぶ、三日月の形。

 わしゃわしゃと、髪の擦れる音が聞こえる。

 頭に触れるその温かさが、いつか、心の底に手を伸ばしそうで恐ろしく思う。

 

 俺は色白の手をすり抜けて、一足早く荒野へ踏み出した。

 

「……師匠。帰ったら師匠の得意技をもっと教えてくれ」

「あぁ……次は、扱い辛くも強烈な回し蹴りを教えよう……」

 

 

 

 

 

 

 

 炎に揺れるローブの裾が、寄せては返る海波みたいに細かく視界を映っている。

 

「……行くぞッ、師匠ッ!!」

 

 初手から油断も隙も無い、フルパワーの『スーパーゾーン』。

 ひゅおんと煌めく一閃は、瞬く間に漆黒のローブへと吸い付く。

 はずが──大地を軽く蹴り上げる漆黒の革靴。

 

「……チッ」

 

 水平に軌跡を残した剣の腹に、隼のごとき飛翔が羽休めする。

 神憑ったバランス感覚に、左脚が音を裂いた。

 視界の端から首筋目掛けて、足蹴りが強襲する。

 

 が、それは既に『力』で見えている──

 

「……舐めるなよ!!」

 

 蹴り技は強烈であるが、身体の軸を相手に明け渡すリスクがある──故にこそ、相手の選択肢を奪ったその時に使え。

 

 言ったのは誰だったか。

 美麗なる脚へと舌なめずりしながら、俺は掴むべく腕を構えて、

 

「六ちゃん!受け止めちゃダメっ!!」

 

 叫び上げた金切り声が、俺の肩を後ろから掴んでグイと引っ張った。

 

「ぐ……!?」

 

 ギラリと、星屑みたいな軌跡が空間を断つ。

 胸元を走り抜ける、鋭利な痛み。

 泡のような赤が弾け飛んで、横一文字の斬り傷が戦闘服を浅く刻んだ。

 

「……隠しナイフか」

「接近戦はあっちの方が上だよ!だから付かず離れずで闘わないと──」

「……黙れ!」

 

 隣で喚く不協和音に耳を塞いで、再び接近戦へと臨む。

 周囲から次々と迫る機械兵を牽制するアメジストの瞳が、大きく見開く。

 

「ろ、六ちゃん……!?それじゃ絶対に倒せないよ!?!?」

「貴様程度の物差しで測ってくれるなッ!!」

 

 マジックショーみたいに四肢の至る所から迫る刃を潜り抜ける。

 時にヒートソードで弾き返し、袈裟斬り、上段、突き。

 刃先は漆黒のローブの切れ端を穿つばかりで、核を貫けない。

 片や、全身は鋭利な洗濯機に突っ込まれたみたいに、熱く痺れる感覚焼き焦がしていく。

 

「が……ぁ……!!」

「六ちゃん!」

 

 見かねたように放たれた援護弾。

 等間隔に地面を貫いて、時差的に小規模の爆発を鳴らす。

 躱す形で、血の滴るナイフを手足に纏った師匠は後方へと舞う。

 

 ストロベリーブロンドの髪が、血みどろに肩を抑える翡翠の義眼を真正面に映した。

 

「邪魔だ……退きやがれ……」

 

 戦闘中でありながら、敵に背中を見せる間抜けな姿。

 意味が分からない。舌を鳴らして、紺色の制服を押し退ける。

 阿呆は路上を強く踏ん張って、薄桜色の唇を動かした。

 

「……ねぇ、六ちゃんはさ、あのお姉さんをどうしたいの?」

 

 甘い毒牙が、心の底を蝕んだ。

 

「……殺す。ただそれだけだ」

 

 下唇を噛み締め、再びヒートソードを肩先に構えて突撃体勢を取る。

 薄桃色のアホ毛が刺々しく逆立って、華奢な両腕に行く手を阻む。

 

「嘘つきっ!そんなことしたくないって……さっきから動きに出てるじゃん!!」

「嘘など吐いていないッ!師匠はマーシャに与した。俺はレジスタンスと鳴った……それが現実だッ!!」

 

 カッと燃え上がる脳内に唾を飛ばす。

 乳白色の頬が膨らんで、鼻先にまで近づいてくる。

 

「絶対協力なんてしてないよ!」

「ならば、なぜ師匠は敵対している!」

「そんなのわたしだって分かんない!」

 

 バチバチと目線の間を迸る火花。

 瓦礫に佇む強敵を他所に、舌合戦を繰り広げる。

 アメジストの瞳は一度、首だけ振り返って、フードの底を封じた鉄の拘束具を映す。

 

「でも、轡なんて付けられてるんだから……っ!!」

「貴様の能天気もいい加減にしろッ! 俺は、師匠を殺すことなどなんとも思って──」

 

 俺は口走るがままに、阿呆を右腕に突き飛ばそうとして、

 

 

 パシンと、乾いた衝撃が頬を弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 熱く痺れた余韻が、右頬を赤く滞留している。

 俺は思わず右頬に手を添えたまま、ぽかりと唇を開いた。

 

「六ちゃん、さっきから偽物の声ばっかり……!」

 

 珍しく、確かな鋭さを帯びたアメジストの瞳。

 

「き、貴様……なにを──」

「──ちゃんと本物の声で喋ってよッ!じゃないと何も伝わらないじゃん!!」

 

 荒れ狂う高声が、青い海のように澄んだ言葉を胸奥へ突き付けた。

 

「わたしは……六ちゃんの師匠とお話してみたい……!だから助けるのっ!!」

 

 爆発したように、薄桃色の髪は路上を突風に靡く。

 けれどそんな考えなしの一撃が師匠に通じるはずもなく、漆黒の足先が、紺色の制服の横腹をめり込む。

 

「ぐ、ぅぅ……!!」

 

 燃え上がる建物の焼却音に紛れて、ギシリと軋むあばらの音。

 華奢な手が震えて腹部を抑え、割れた床タイルに膝をつく。

 それでも──真っ直ぐに師匠を見上げるアメジストの瞳。

 無数の刃に傷を負いながら、下唇を噛んで手を伸ばし続ける。

 

「だい、じょうぶ……わたしが、轡外してあげるから……!!」

「……やめろ」

 

 その純粋までに愚直な姿に、背中から指を差されたような感覚が胸を圧迫する。

 堪らず唇が震えた言葉に、頬に血を流す阿呆は喉奥から張り上げる。

 

「ヤダ……!わたしは、六ちゃんに悲しい思いをしてほしくないの……ッ!!」

 

 

 その太陽のごとき眩しさは、闇に閉ざした向かうべき道筋を、再び世界に照らし上げた。

 

 

「……」

 

 本当は、俺だって分かっていたはずだ。

 師匠と再会したその時に抱いた、本当の気持ちぐらい。

 

「……クソッ!」

 

 握り締めたヒートソードを震わせる。

 しかし現実というモノは無情であり、既にナイフの切っ先は、細い首元を捉えている。

 

「ぅ……あ……!」

 

 華奢な身体は漆黒の足先で地に抑えつけられ、動けない。

 

 ひゅんと落ちる銀色の刃に、丸い目はぎゅっと世界を閉ざし──

 

 

「させ、るか……ッ!!」

 

 

 寸前──光へ導かれたヒートソードが、止めの一撃に激しく火花を散らした。

 

 ぎゃりんと、刃の毀れる音が地底を響く。

 アルナは息を切らしながらも、斬り傷に汚れた顔を輝かせる。

 

「あ、ありがと……!」

「……」

 

 スーパーゾーンはあと60秒。

 師匠に目立った傷はなし。

 対して、俺とアルナは双方ボロボロ。

 

 それでも──大地に突き刺すヒートソード。

 

「ろ、六ちゃん……?」

 

 俺はかつてのように無手のまま構えて、フードの底から芯を持った声を震わせた。

 

「……良いだろう。師匠、ここからが本番だ」

 

 炎が地底の空洞風に靡く一瞬。

 火の粉にローブを揺らがせた師匠は、応えるように悠然と腰を落とす。

 

 俺は大地を蹴り上げ、喉奥から気合いを吠え上げた。

 

「まずはその邪魔な轡を砕いてやるッ!」

 

 繰り出される千手観音の如きナイフを、躱す、躱す、躱す。

 

 時には強引にサイボーグの左腕で受け止め、二丁拳銃のアシストに紛れ。

 全身に隠された刃を1つずつ砕き割る。

 無限の一撃を掠めながらも、スパーリングをするみたく俺の四肢を叩き落とす師匠へひたすらに食い下がる。

 

「六ちゃん!」

「──次だ! 師匠を拘束しろッ!!」

 

 薄桃色の髪を靡かせて並走するアルナは、ほわほわと快活に笑身を浮かべた。

 

「うん! ちゃんと轡を外してあげてよね──っ!!」

 

 グッと、アルナはもう一歩深くアクセルを踏み込む。

 華奢な両腕を無防備に広げて──ズパンと、快くも痛々しい音が響く。

 

「う˝、ぐぅ……!!」

 

 路上へ吹き飛ぶ、紺色の制服に包まれた左脚。

 乳白色の頬が固く食い縛り、それでも、阿呆とて『規格外のサイボーグ』だ。

 

 華奢な両腕が、ローブを羽交い締めにした。

 

「六ちゃんっ!いまっ!!」

「うぉおおおおおおおおッ!!」

 

 俺は裂帛の雄叫びを上げて──得意の回し蹴りで、呪いの轡を粉々と打ち砕いた。

 

 

 

 

 

 ガラスのように儚く砕け散る鉄の轡が、彫刻みたいに整った顔を曝け出していく。

 

 そっと、紺色の制服は細いローブから剥がれ落ちた。

 限界とばかりに瓦礫へ倒れ込むアルナは、荒れた息を安堵に零す。

 

「やった、ね……!」

 

 果たして、轡を解放したのは、吉と出るか、凶と出るか。

 

「……師匠」

 

 熱い息を口の端から零しながら、師匠を見上げる。

 

 翡翠の半目が、切り傷と灰に汚れた俺を映す。

 

「理、人……」

 

 胸の奥底を和らげる、懐かしい冬の声。

 ふらりふらりと、ローブは大地を引き摺った果てに──漆黒が、俺の視界を覆い隠した。

 

 警戒を怠ってはいけない。

 距離を取れ。

 わしゃわしゃと、頭を激しく伝う感触が触れる。

 

「……ずっと……夢を、見ていた……」

 

 数年ぶりに太陽を浴びたような感覚に、身体は成す術もなく弛緩した。

 

 胸奥から溢れる衝動が、止められない。

 俺は陽だまりに身を沈めて──抗えず、細い身体を抱き締める。

 レモネードの甘い香りを、胸いっぱいに吸い込む。

 

「師匠……!!」

「良かっ、た……もう一度、お前の頭を撫でてやれた……」

 

 

 師匠はそれが積年の遺恨であったと言うように、深い安寧を吐き出した。

 

 

「俺は……師匠の言っていた強さの意味が、今になってようやく……!」

「あぁ……私は、理人が生きているのなら……それで、良い……」

 

 落ち着いた声が、海へと溶け込むように心の奥底へと潜る。

 何か、俺は自らの全てを委ねても構わないようなものに、ゆっくりと浄化されていく気がした。

 

 爆音の響めく地底の街を揺蕩う、間隙の沈黙。

 やがて大切なことが脳裏を浮かんで、俺は胸元から顔を上げた。

 

「師匠!マーシャは邪悪だ!!レジスタンスもそう悪いものではないッ、俺と一緒に──」

 

──レジスタンスに来てくれ。

 言い終えるより先に、フードの下に覗く翡翠の半目が、緩く伏せる。

 

「悪いが……それは、できない」

「なぜ──」

「私は……もう、『死んでいる』からだ……」

 

 

 世界が、常闇の氷に覆われた気がした。

 

 

 脳内が真っ白に点滅して、師匠の低い声だけが揺り返す。

 言っている意味が、理解できない。したくないそんなわけがない。

 ぱくぱくと、唇を震わせる。

 

「死ん、で……? だが、師匠は今ここに──」

「ここに居る私は……K076の死体から記憶を読み取った……クオリアを持たぬ、残滓に過ぎない……」

「……ち、ちが、」

「理人なら……分かるだろう……?」

 

 桜色の唇が、三日月の形に淡く緩んだ。

 

「……師匠ッ!」

 

 ローブをぐしゃりと両手に握り締め、師匠に縋り付く。

 か細い手先が、申し訳なさそうに頭をゆるりと撫でてくれる。

 

「偽物で、済まないな……」

 

 人の命に後ろ足で砂をかけるような行為。

 平然と行うマーシャはやはり邪悪だ。

 強さこそに絶対の価値を置いたアドラ以上に、厄介な相手だろう。

 

 

 ならば、寝返ったアレックスに待つ結末とは──

 

 

 小さな笑声が、ふふっと耳元を撫でた。

 思わず覗き上げる。

 翡翠の半目が、緩やかに細みを帯びている。

 

「お前は……優しく、育ってくれたな……」

「以前とは、違う……きちんと、そこに居る人たちを見ている……」

 

 穏やかに囁く冬の声が、背中に温もりを叩く。

 

 陽だまりが胸を浸す度に、見上げる翡翠の半目が、ぼんやりと霞んでいく。

 

「スーパーゾーンの、反動だろう……」

「し……しょう……?」

「今は、ゆっくりと、おやすみだ……」

「ま……って……」

 

 曖昧に手を伸ばせども、瞼は沈む重力に抗えず、

 

「残された時間は、少ない……だが、私の不手際は……できる限り、私の手で払拭しよう……」

 

 微笑みの陽だまりが余韻を残し、世界は闇に閉ざされた。

 

 

 

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