お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作:うずつるぎ

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 NHスペシャル『ミュンヘンMk-3』

 かつて仲間の祈りに生きた者が装着していた漆黒の全身鎧。
 その装甲をリメイクすることにより、レイ・アーシュリットの秘密兵器として返り咲いた。

 全長2.5m。基本的な性能は、以前と変わりない。
 ヒートソードを握るも良し、大型兵器を肩に担ぐも良し、或いは手のひらからレーザー光線を放つも良しである。
 兜の奥に青い光を灯した『ミュンヘンMk-3』には、あらゆる選択肢が用意されているのだ。


第6話 Route 084 シンボライズBパート

 

 朽ちた眠りにつく街並みが、薄暗い雲の涙を浴びている。

 

 黒く濡れた瓦礫の手前には、青い傘を差した森の不思議な精霊が待っていた。

 ドローンが展開する傘に続いて、俺は悠然と水溜まりに波紋を生む。合わせて野太い声が、瓦礫に張った蜘蛛の巣を揺らがせた。

 

「お生憎の天候だ。貴様の身体が錆び付いてしまう前に要件を話すのだな」

「改めて見れば、貴様は随分と動き辛そうな身体をしているな。地上まで這い出すのは一苦労だったか?」

 

 売り言葉に買い言葉。

 ニヤリと口元を歪めれば、こげ茶色の瞳はカッと見開く。

 巨体が拳を握り締め、アルマジロみたいな前傾姿勢に移った。

 

「む、六月一日隊長……!」

「落ち着け。単なる軽口に過ぎん」

「それにしては……ハサンさんは相当お怒りのようですが……」

 

 脂肪に弛む拳が口元に咳を払い、黄色い歯を覗かせる。

 

「私も忙しい身でな、そろそろ本題に移って欲しいものだが」

「ジャックはレジスタンスの裏切り者だ。今日はそのことについて──」

「──寝言は寝てから言うのだな」

 

 深々と、嘆息の音が湿気を帯びた。

 

「……全く、馬鹿馬鹿しい。無駄な時間だった」

 

 太った背広が翻り、連絡エレベータのある廃ビルへと歩みを進める。

 俺はその背中を眺めて、雨音の中に唇を動かす。

 

「だが、ジャックの奴が裏切り者である証拠が挙がったと言ったら?」

 

 ピタリと、波のように揺れる腹部が硬直した。

 

 こげ茶色の瞳はゆっくりと振り返って、雨降りに紛れた漆黒のローブを鋭く映す。

 

「……証拠だと?貴様のでっち上げた偽証では──」

「──廃都市難民殺害事件。その映像については、幹部である貴様なら知っているだろう?」

「当然だ。尤も、貴様のように信頼のない人間は捜索にすら加えて貰えなかっただろうがな」

 

 どこか勝ち誇ったように鳴るデカい鼻。

 俺は浅く目を伏せて、脳内電信へ呟く。

 

「レイ」

「はい。ハサンさん、こちらをご覧ください」

 

 雨模様に薄暗い地上で、球状ドローンは手際よく空間ディスプレイを3つ浮かべた。

 

 1つは、監視カメラが捉えたひしゃげた前腕の映像。

 1つは、かつてアレックスと過ごしたマーシャ強襲当日の映像。

 そして最後は、ナランの証言録音。

 

 グイと、脂まみれの顔が羽虫のように青い光へ引き寄せられる。

 

「……む?」

「気が付いたか。廃都市難民事件が発生した際、アレックスは既に全身鎧を完全復活させていた」

「であれば、監視カメラに映ったひしゃげた義手は……」

「──ナランの証言通りだ。ジャック総統が持って行ったとな」

 

 大型肉食獣の鳴らす太い唸り声が、「ううむ」と木霊した。

 

 間隙、雨粒の弾ける音が静寂を刻む。

 太った指は醜い豚みたいな二重顎を撫でながら、胡乱げに視線を寄越す。

 

「貴様の言い分は理解した。しかし、ジャック総統が裏切り者とはどういうことだ。廃都市難民殺害事件に関わったからと言って、あのお方が我々を裏切ったわけではあるまい」

 

 ハサンの言い分は尤もだ。

 

「では、ジャックの奴がマーシャの強襲を事前に知っていたとしたら?」

「なに……?」

 

 俺は夜闇の街灯みたいに、新たなる青白い光を展開した。

 

「この前の通達文か」

「そうだ。そしてコイツが作成されたのは、マーシャが訪れる前日にあたる」

「前日、だと……?」

 

 不安を呷る詐欺師のやり口で、ローブの内ポケットから黒光りしたUSBメモリを取り出す。

 

「コイツは俺とレイだけが共有する情報だが……俺達の部隊には、裏切り者が居る」

「な、に……!?!?」

 

 でっぷりと太った横腹が、数歩うしろへ揺れた。

 

 もう、充分だろう。

 俺は空間ディスプレイを閉ざし、見開くこげ茶色の瞳を見据える。

 

「俺達はこれからジャックを問い詰める」

「俺が貴様に何を求めているか、分かるな?」

 

 再び、世界は雨降りに支配された。

 

 今のコイツに、協力する以外の選択肢はないはずだ。

 ジッと、脂汗を伝う鼻筋を見上げると──

 

「──あ、あり得んッ!!」

 

 青い傘がひび割れた道路を激しく転がる。

 こげ茶色の瞳は雨を浴びながら、険しい大声を繰り出した。

 

「あのお方は散り散りとなった人類連合軍をまとめ上げ、今なおサイボーグ化技術によって我々を支えて下さっている守り神だぞ!なぜ、レジスタンスを裏切る必要があるッ!!」

「そんなことは俺が聞きたいことだ」

「あ……或いはそうしてジャック総統を亡き者にするのが、スパイとしての役割か!A006ッ!!」

 

 血走った目が、人混みに犯罪者を見つけたように、脂肪を纏った指先を突き付けた。

 

 どうやら、ハサンは相当にジャックの奴を信頼しているらしい。

 住民からの人徳に厚く、レジスタンスの為を想って声を荒げる男。

 コイツなら共同相手に適任だと思ったが、空振りか。

 

「……」

 

 俺は浅い嘆息を残して、地上を発とうとしたところで、

 

「だが……貴様らが疑うに充分な証拠をかき集めてきたのも、また事実だ」

 

 背後から不服に唸る言葉に、思わず翻った。

 

「なに……?」

 

 ピカソの絵のごとく半信半疑に混濁とした表情は、しかし、確かに頷いた。

 

「……良いだろう、A006。私が貴様らの証人になってやる」

 

 まったく訳の分からない返答に立ち尽くしたところ、巨体は連絡エレベータに向かいながら、すれ違いざまに一言だけ零す。

 

「ふん。これで貴様への借りは返した。今後はこんな不確かなことで私を動かしてくれるなよ」

 

 その言葉を最後にハサンは俺の前から姿を消し、全ての準備は整った。

 

 

 

 

 

 

 

 証人との密約から3日後、遂に決行の日が訪れた。

 

「クックック……我の上を征くとは、流石は星追いの英雄か……」

 

 熱っぽく荒れた吐息が、廃都市の瓦礫に縺れ合う。

 両手を上げた姿を見て、紫色のウルフカットへあてがったヒートソードの切っ先を、俺はゆっくりと鞘へ納めた。

 

 これで戦闘訓練は終わり。

 ハサンの仕事が一通り済むまでは、1日の流れはいつもと変わらない。

 墜落したドローンの周りを踊るアホ毛へと歩み寄る。

 

「アルナ、今日はどこへ行く」

 

 薄桃色の髪が振り返って、言い忘れていたとばかりに両手を合わせた。

 

「あっ、六ちゃんごめんね!わたし、これから総統のところに行かないとなんだ!」

「なに……ッ!?!?」

 

 反射的に、右手が紺色の肩を握り込む。

 

「……どーしたの?」

 

 こてんと、子犬みたいに傾げる小首。

 裏切り者かもしれんジャックには近寄るな。

 言ってやりたいところだが──裏切り者が確定していない、この現状。

 これ以上、他人に情報を開示するわけには、

 

「……いや、気にするな」

 

 純心なるアメジストの瞳から逃れるように寄宿舎へ戻る。

 なに、問題はない。アレでも阿呆は規格外。異常があれば連絡を寄越すだろうし、ジャックも総統という立場にある以上、目立って妙なことは起こせないはずだ。

 言い聞かせるように頭の中で唱えながら安楽椅子に沈み、時計の音をメトロノームに瞼を閉ざす。

 

「いよいよですね、六月一日隊長」

「あぁ……行くか」

 

 午後5時45分、事務的な冷声が、浅く揺蕩う脳内を響いた。

 

 雑兵たちは気だるげな足取りを重ねて、基地から地底の街へと向かう。

 1日の終わりに弛緩した空気の中、俺は真逆に、張り詰めた気配で鋭く足を進める。

 

「時間通りだな、A006」

 

 エントランスで腕を組んだハサンと落ち合った。

 遅れて登場する球状ドローンが先導する形で、本部の廊下を最奥まで辿る。

 

 やがて、上質な木の扉が目前を圧迫した。

 

「貴様ら……準備は良いな?」

 

 ドアノブに手を掛け、間隙、息を吞む。

 振り返れば、ハサンとドローンは同時にこくりと頷いた。

 

 それを合図に、俺はノックもせず勢いよく扉を開け放ち──

 

 

 薄桃色のアホ毛が、ベージュの絨毯に倒れた一幕を目の当たりにした。

 

 

 

 

 

 

 うつ伏せとなった紺色の制服が、鼓動も響かせぬまま、氷像のごとく沈黙している。

 

「お、おい……!」

 

 思わず手を伸ばした矢先、ひょいと、薄桃色の髪は大柄な肩に担がれた。

 灰色の瞳は廊下を立ち尽くす3つの影を眺めて、余裕に歪む。

 

「A006にレイくんに……ハサンくんか。随分と頓狂な組み合わせだねぇ」

「貴様……アルナに何をしたッ!!」

 

 唾を飛ばしてフードの底から睨み上げれば、掴みどころのない笑声が返った。

 

「何もこうも、調整の一環だよ。アルナくんから聞いていなかったかい?」

 

 そうか。阿呆の言っていた『特別製』ゆえのメンテナンスとやらか。

 けれどそんなことは露も知らぬドローンは、淡々と吐き鳴らす。

 

「これで全ては明白となったはずです。やはり、ジャック総統は裏切り者ですね」

 

 尋問開始の合図が、香木に満ちた執務室を密かに染み渡った。

 

 なんの前振りのなく、本題を切り出されたジャック。

 灰色の瞳は暫し丸みを帯び、やがて首を傾げて天井を映す。

 

「……裏切り者?はて、なんのことだろうねぇ」

 

 まるで素知らぬと言わんばかりのとぼけた様子。

 しかし始まってしまった以上は、仕方がない。俺はもう1歩詰め寄り、長机を軽く手のひらで鳴らす。

 

「廃都市難民を殺したアレックスではない。あの事件には貴様自身が関与したはずだ」

 

 筋肉質な背広が、両手を宙に投げ出して竦んだ。

 

「おいおい、私が廃都市難民を殺しただって?」

「あの事件に関わっただろうと聞いている」

「第一、映像からして犯人はもう決定しているだろう?」

「ふん。貴様の薄ら笑いもいつまで持つだろうな」

 

 あくまでも自白するつもりはないらしい。ならば、丸裸にしてやるだけだ。

 

「これでも、知らぬ存ぜぬを貫き通すと?」

 

 空間ディスプレイに指を振い、ナランの証言映像を突き付ける。

 

 皺の目立つ指先が、感心したように無精ひげをざらりと鳴らした。

 

「……ほう。良く気が付いたねぇ。ナランくんの証言は私が保障しよう」

「ジャ、ジャック総統!それは何かしらの理由があってのことですね!?」

 

 バルーンみたく膨れた腹が後ろから迫る。

 まるで俺が間違っているとばかりに、キッと、こげ茶色の瞳は鋭く俺を睨んだ。

 

 コイツは一体、どちらの味方なのか。

 浅く息を吐き鳴らしたところで、

 

「いいや、認めるよ。確かに私は廃都市難民の殺害に寄与した。その罪をアレックス君に擦り付けようとした。どれも事実だ。君に嘘を吐いたことも謝ろう」

 

 ジャックは椅子に座ったまま、カーキ色のオールバックを軽く垂れ下げた。

 

「なに……?」

「ジャ、ジャック総統!?それは一体、どういう──」

 

 一言も言い訳をせぬとは、予想外だ。妙な展開に、俺は唖然と口を開く。

 とそこに、まるで煽るような薄っぺらい笑みが浮かび上がる。

 

「けれど、それがどうしたというんだい?私がアレックス君に罪を擦り付けたのがそんなに不愉快だったのかい?」

 

 当然だ。

 貴様の勝手な都合で、アイツを穢してくれるな。

 

 赤い炎が頭の中を焼き尽くす。が、焦ってはいけない。

 俺は気を取り直して唇を固く結び、冷え切った声をフードの底から突き刺した。

 

「話の本題はこれからだ。貴様、マーシャの強襲を事前に知っていたな?」

「これまた随分と頓狂な質問だねぇ」

「疑わしき証拠があってこその追求ですから」

 

 これまで沈黙を保っていた球状ドローンが、不意と前を躍り出る。

 ぺかっと青い目玉が懐中電灯みたいに光って、通達文を空間ディスプレイに浮かび上げる。

 

「私たちに通達した指令が問題でした。マーシャが来る前日に作り上げられていますが……これは、どう説明されるのでしょうか?」

 

 薄っぺらい笑みは、絵画の世界に閉じ込められたみたいに微塵も動かなかった。

 

 これまでのジャックとは違った反応だ。

 ここで、切り札を使うべきか。

 俺は素早く指を空間ディスプレイに滑らせ──アレックスの遺した証拠を表示する。

 

「アレックスはマーシャに与したが……最期に、重大な事実を教えてくれた。特殊部隊『L7th』に裏切り者が居る、とな」

「な、に……?」

 

 

 薄っぺらい笑みが、彫の深い顔をガラス片みたいに砕け散った。

 

 

 微かに驚愕を孕んで見開く灰色の瞳。

 俺は黒の長机を挟んで、革製の椅子に固まる背広を見下ろす。

 

「現状、貴様が最も怪しいぞ。弁解があるなら聞かせて貰おうか」

 

 緊迫した静寂が、執務室を張り詰めた。

 

「……これは、アレックス君を手のひらで動かしたマーシャによる作戦かな?」

「あり得ん。アレックスは最後に自らの信念を貫いた。これはアイツの意志だ」

 

 飛び込んできたトラックを斬り捨てるように素早く返す。

 ジャックは理解が及ばないとばかりに、ニヒルに息を鳴らす。

 

「つまり君は、これまでレジスタンスを守ってきた私よりも、穴だらけの言い分で裏切り者の彼女を信じると?」

「そんな大昔のことは知らん。俺はただ、アレックスの意志を受け継ぐだけだ」

 

 灰色の瞳が、少しばかり意外そうに丸まった。

 

 程あって、口元を覆う無精ひげはどこか清々しくため息を吐く。

 

「……君は、随分と変わったねぇ」

「さて、そろそろハッキリ答えて貰おうか。ジャック、貴様は裏切り者か?」

「ジャック総統ッ!A006共に言ってやってください!それが疑心暗鬼による詰まらぬ妄想だと!!」

 

 少なくとも、コイツはなんらかの意図があってアレックスに罪を擦り付けようとした。

 例えコイツが裏切り者でなかったとしても、それ相応の制裁は加えてやる。

 拳を強く握り締めて心に誓う。

 

 果たして、ジャックは裏切り者なのか、或いはそうでないのか。

 気の遠くなるような沈黙に、図らずも息を吞んだ、瞬間、

 

 

 乾いた拍手の音が、疎らに響いた。

 

 

「いやぁ、おめでとうおめでとう。ゲームクリアだよ、A006」

 

 それはまるで、観測者のような言い草だった。

 ジャックは目を覚まさぬアルナを机の上に置いて、確かに告げる。

 

「そうだ。私こそがレジスタンスの創始者にして──ゼウスに生み出された四天王が1人、ジャック・カッシーラーさ」

 

 

 

 




次回の投稿日は10月11日の土曜日になります。
それでは、また次話でお会いしましょう!
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