お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作:うずつるぎ

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 近距離戦闘用武器『ヒートソード』

 鉄で鉄を斬れぬ凡庸の為に造られた武器。
 刀身を高温化し、熱量であらゆるモノを溶かし斬る。

 高熱化が長くは持たないこと。剣の腹が脆弱であること。
 この2点に留意すれば、ヒートソードはあなたの右腕として、猛威を振るうだろう。



第5話 キミの為の悪意

 霧のように硝煙が漂う研究室に、無情にも迫る死の礫が『ゆっくり』と目に映る。

 

 焦ることは何1つとして無い。

 ヒートソードが薄靄を切り裂き、俺は『無傷』で機械兵の一体を串刺しにする。

 

「コイツはなんの冗談だ、アドラ」

 

 任務の偽装工作。

 あまつさえ奇襲。

 悪ふざけにしては、性質が悪い。

 

 機械兵のゴツゴツとした感触が、足裏に冷たく伝わる。

 薄闇に布陣する赤い複眼を鋭く睨んだ。

 

「冗談?私が一度でもお前にそんなことを言った試しがあったか?」

「それもそうだな」

 

 思い切り右脚へと力を込める。

 ぐしゃりと鉄クズが潰れる音。

 温かいオイルの血が、花火のように床を弾けた。

 

「では、もう一つだけ聞くぞ。師匠は今どこにいる」

「クロの奴は既に始末した。後はお前だけというわけだ」

 

 やはりそう素直に答えはしないか。

 師匠は圧倒的強者だ。何者かに始末されるはずがない。

 

 愉悦に踊る低声が、脳内を逆撫でる。

 

「とうとう、物語は最終局面に移行したのでな。お前も始末させてもらうぞ」

「そうか。ならば俺も遠慮することはないな──」

 

 

──俺に敵対するというのならば、容赦はしない。どちらが強者であるか分からせてくれる。

 

 

「死ね、A006」

 

 言質を取った途端、俺は研究室の床を凹ませる勢いで強く蹴り上げた。

 

 素早く飛び込む身体で冷風を切り裂く。

 ギュンと機械兵共との距離を詰め、一閃。

 真空を駆け抜ける一太刀が、白亜の機体を真っ二つに両断する。

 

 背後で赤く爆ぜる機械兵。

 零れた機関銃を奪い取り、スーパーボールの如く高速に研究室を跳び交いながら赤い単眼を蜂の巣にしてやる。

 

 結論が出るまでには、1分も掛からなかった。

 

 俺は鉄クズに塗れた屍の山へ腰掛け、白息を硝煙に馴染ませる。

 

「アドラ、貴様にしては珍しく失策だな。俺を機械兵如きで仕留められると思ったか?」

 

 さて、これで脅威は排除した。

 まったく、アドラにも裏切られた俺がこれからどう生活していくのかはサッパリ見当が付かないし、師匠の行方も不確かではあるが、取り敢えずは研究棟を脱出することにしよう。

 

 研究室の扉へ足を向けたところで、不敵な笑声が、背筋を冷たく浸した。

 

「まさか。これは最高の狩りを始めるためのウォーミングアップに決まっているだろう?」

 

 直後──超速に迫る黒影が、額に痛烈な鈍撃を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……ぁ……!?」

 

 

 荒波に転覆した脳みそが、ぐわりと、景色を激しく揺らいでいる。

 

 

 風に靡く身体をバク宙の要領で整え──着地。

 片腕で研究室の床を抉り、即座に顎を上げる。

 

 猛獣のような黄色い瞳が、扉前で仁王立ちに軍服を靡かせていた。

 

「せっかくお前と格付けを出来るんだ。私が直接遊んでやるに決まっているじゃないか」

 

 長く滑らかな指先が、黒の外套を掴む。

 バサリと、マントが宙を泳いで、陶器のような腕がファイティングポーズを構えを取った。

 

 左腰に差した黄金の剣を抜く様子はない。

 舐めているのだろうか。

 口の中に溜まった血を吐き捨てる。

 

「……ふん。わざわざ自分から殺されに来るとはな」

「フッフッフ……そちらこそ、簡単に壊れてくれるなよ?」

 

 

 不穏な笑声を響かせたアドラが、ふと、その場から姿を消す。

 

 

 気が付くと、宝石の光る拳が、ローブ越しに腹部を抉り込んでいた。

 

 

「何処を見ている?」

「ガ……ハ……ッッ!?!?」

 

 

──なにを、された……!?!?

 

 

 腹部を沈む重たい衝撃が、瞬時に背中へと突き抜ける。

 身体は見えざる手に引っ張られたかの如く、研究室の壁へと叩き付けられる。

 

 研究室を震撼する轟音。

 指先までもが痺れる感覚。

 訳も分からぬまま、俺はひび割れた壁面から剥がれ落ちる。

 

「どうした?私を壊すんじゃなかったのか?」

「なめるな……よッ!!」

 

 絶対的な自信にふんぞり返る鋭い顔つき。

 眉間に皺を寄せて床を蹴り飛ばし──身体を捻って首筋へ回し蹴り。師匠の十八番だ。

 

 緋色のポニーテールは闇を踊って、蹴撃を裕に躱す。

 

「もはや舐めてはいないさ……お前たちのことは、な」

 

 返すように白い右腕が伸びて、俺の左脚を握り込んだ。

 

 そのままハエ叩きをするみたいに、地面へ投げつけ。

 身体が重力に逆らって宙を舞ったと思ったら、床材に激しく衝突する。

 

「ぐがぁ……っ!」

 

 ゴキッと軋み音を叫んで、鼻頭は濃い鉄の香りを充満した。

 

「フッフッフ……どうした!先ほどまでの威勢は何処へ行った!!」

 

 

 赤い唇は恍惚と歪みながら、気ままな殴打をサンドバックに打ち込んだ。

 

 

 息を吐く暇もない、執拗なまでの頭部への連撃。

 

 お陰で脳が揺らいで、『力』を上手く発揮できない。

 一時撤退を選ぼうにも、扉を背に立つアドラを無視することはできない。

 辛うじて繰り出す俺の左拳は、引き締まった軍服を捉えることもない。

 

「クロと比べて動きが分かり易いな。胴ががら空きだぞ?」

 

 緋色の触覚が頬を撫でた。

 ハッと脚部を映す。

 右腰に差したヒートソードが、ない。

 

 

 心臓を握り込まれたような悪寒に──左肩が、赤く燃え上がった。

 

 

「ぎぃ、ゃあ……ッッ!!」 

「まずは一本目か?それともこれで終わりか?」

 

 激しい熱が、肩の断面を溢れ落ちる。

 

 が、大きな問題はない。

 額を噴き出す汗に息を整え、軽くなった半身のバランスを取って後退。

 

 アドラはお手玉でもするみたく肌色の左腕を弄び、やがてポイと、俺の足元へ投げ返した。

 

「詰まらん幕引きにしてくれるな。サッサと義手を接合しろ」

「……チッ」

 

 転がる鋼鉄の右腕を拾い上げ、体内のナノロボットに任せて癒着した。

 

 全身に滾る熱は白息が乱れるほどに横溢し、もはや凍てつく研究室の寒さは気にならない。

 ニヤリと歪む赤い唇を前に、勝負はこれからだ。

 

 俺はようやっと、『力』を行使する準備に移った。

 

 

 

 

 

 

──決して、アドラとの闘いに手を抜いていたわけではない。

 

 

『力』が上手く使えなかったのは、殴打によって脳内が震盪していたからだ。

 距離を取っての小休止を挟んだ今、『力』は血液のように身体中へ満ち満ちと行き渡る準備を整えている。

 

 俺は慎重に、ホルスターへと手を伸ばす。

 漆黒のガーターベルトに縛られた太ももが、機械兵の屍を踏み潰した。

 

「攻撃が当たらないことが不思議か? 当然だろう。私は人間の上位種──人工知能なのだからな」

「……なに?」

「おいおい。やはり義眼では、私が王座のお飾りにでも映ったのか?えぇ?」

「コケにしやがって……ッ!」

 

 強きに従い、強きを尊び、そして強きを挫く。

 弱さとは悪。全てを挫いて支配してやる。

 俺の築き上げた根幹を、蜘蛛をいたぶる猫のような眼差しが舐め回す。

 

「或いはお前が本気で『力』を使えば、この状況も少しは好転するかもなぁ?」 

 

──コイツは敵だ。

 俺から安寧を奪い、都合よく利用した廃都市の浮浪者共と同じ存在だ──

 

 人工知能だろうがなんだろうが、関係ない。

 小銃がミシミシと軋んで、見下す黄色い瞳を凄惨に睨み上げる。

 

 一触即発の爆弾を抱えた一室に、しかしくるりと、艶っぽい色気を放つうなじはこちらを向いた。

 

「そう死に急ぐ必要はない。仲間の意見を汲む形であるが……お前には、プレゼントを用意しておいたのだ」

 

 妖艶なる腕はヒートソードを投げ捨て、研究室の巨大な冷凍庫を、ゆっくりと開く。

 

「A006。受け取れ」

 

 ふわりと、メトロノームのように放物線を描く球状の物体。

 

 目の当たりにして、一瞬、脳みそが全てを拒んだ。

 それでも、宙へ投げ出される両腕。

 やがて、ポンと、俺のよく見慣れたモノが、胸の中に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 凍り付いた金髪を流した師匠が、永遠の夜に微睡んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

「フッフッフ……フッフッフ……!!」

 

 ぱしゃんと、夢のしゃぼんが弾け飛んだ。

 

 霜を下ろした長いまつ毛。

 二度と俺を映さぬ翡翠の半目。

 凍える冷たさだけが、確かに指先を伝わる。

 

「『もう一度……理人を撫でて、やりたかった……』アイツは死に際、涙を流していたぞ」

「だのに、弟子はフェイクビデオすら見抜けない……お前はとんだ不幸者だなぁ?」

 

 散々、意識の外で妖しい低声から挑発という挑発を受けた気がした。

 

 けれど、師匠の死体を突き付けられて、俺が真っ先に抱いた感情はなんだっただろうか。

 

 

……師匠を殺したアドラを挫けば、俺は真なる王者に──

 

 

「……ほう。喜んでもらえたようだな」

 

 

 ニヤリと、捻じれた鏡が、逆立った短髪を黄色い瞳に映していた。

 

 

 掻き消すように胸の内を焼き尽くす。

 師匠の生首をそっと床に置き、口の端に炎を洩らす。

 

「アドラ……ッ!……壊してやるぞッッ!!」

 

 そこまで言うのならば、良いだろう。

 お望み通り、後先考えずに『全力』で壊してやる。

 

 スッと瞼を閉ざせば、繊細にまで透き通る意識。

 俺は赤い衝動のままに床を強く蹴り上げて、

 

 

 ふと、右脚が大きく沈んだ。

 

 

「な、んだ……?」

 

 それは泥に嵌まったような感覚だった。

 足元へ、意識をずらす。

 踏み込んだ右脚が、深々と研究所の床を貫いている。

 

 この隙を突かれて止めを刺される──かと思えば、勝気な顔は一転して、神妙な色を作った。

 

「……どうやら、少し派手に暴れすぎたらしいな」

 

 顎を撫でる艶やかな指先。

 アドラは颯爽と、研究室から一抜けする。

 

 と同時に、研究所全体が、大きく揺れ動く。

 

「……クソ!!」

 

 腕に力を込めるも、床に嵌まった足は上手く抜けてくれない。

 大地の胎動は止まることを知らず、俺の身体を強く震動する。

 

 やがては白の床材は大きな亀裂が走り──ポカリと、大穴が闇に顎を開いた。

 

「な……ッ!?」

 

 音を立てて崩落する研究室の床部。

 

 俺は瞬く間に、底の見えぬ闇へと放り出された。




次回の投稿日は8月14日の木曜日となります。
それでは、また第6話でお会いしましょう!
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