お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作:うずつるぎ

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 都市管理局『AMS』

 共栄都市全区画を保全する組織。
 公安から行政に至るまで、数少ない人間の局員と、システム化された行政ロボや警備ロボが共栄都市の根幹を担っている。
 彼が一斉停止でもすれば、共栄都市の機能は瞬く間に麻痺するだろう。




第2話 白痴

 

 青白い月光が、真昼に薄暗い室内を照らしている。

 

 片目を隠した銀色の長髪。

 膨らんだ胸元を覆う白黒メイド服。

 そしてどこか懐かしい、漂う柑橘系の芳香。

 

 俺は柔らかいベッドに寝そべったまま、思わず吸い込まれるようにして声を零した。

 

「……誰、だ……?」

 

 畢竟、俺が青白い瞳から目を離せない理由はそこにあった。

 

 彼女は何者だ。というか、そもそもここは一体。俺は久方ぶりに乾いた喉へ亀裂を走って、

 

 いや、待て。『久しぶり』とはなんだ? 

 

「……ッ!?」

 

 バサリと、身体を覆う毛布を振り払った。

 

 改めて視界を浮かぶのは、まるでそこに居るのが当然だとばかりに突っ立つ真新しい学習机、空っぽの本棚たちだ。

 ベッド脇の窓辺には中庭を繁茂する樹木たちの光景がある。様子からしてマンションか何かか?

 

 なぜ、病院にいない。

 

 というか、俺はIDSシステムに検知されたはずで──

 

「なに、が……」

 

 妙に細く長い指が、窓枠から滲むじめっぽい熱気を彷徨う。

 いつの間にか目に掛かるほどに伸びた前髪を、さわりと搔き上げた。

 

 とそこで、雪解けの頬がゆっくりと動き出す。

 

「申し遅れました。私はレイ・アーシュリットと申します。本日より、理人くんのお目付け役として任命されました」

 

 それは聞く人の警戒心を与える抑揚のない冷声だった。

 

 けれど、その一言は俺にとって有意なものでもあった。

 ベッドを這い出る勢いで、思わず早口に吐き出す。

 

「いや、俺は双葉玲也だ!やっぱりIDSシステムは何かの間違いを──」

 

 

 手鏡がひょいと、俺の前を躍り出る。

 

 

「──いえ、あなたは今日から、六月一日理人くんですよ?」

 

 

 黄金の長髪を一本に結えた美形が、目前を浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 翡翠に光る大きな両目が、パチリと、鏡の世界を瞬いている。

 

 卵型に整った小顔。

 桜色の唇。

 頬を撫でる金糸の触覚は、吸血鬼のような面立ちを男性とも女性とも映した。

 

「は……?」

 

 訳の分からぬ手鏡の世界に、しかし確かに、動き出す桜色の唇。

 細長い指が震えて、ゆっくりと頬を撫でる。

 触れる柔らかさの全てが、いよいよ現実を俺の頭へ重く押し付ける。

 

 ベッドを映すピントがあやふやになったところ──真っ白な右手が、ベッド脇から差し出された。

 

「詳しい話は、リビングでしましょうか」

 

 言われるがままに、冷たい手先を掴んでベッドを降り立つ。

 身体の妙な軽さに、思わずたたらを踏む。

 

「大丈夫ですか?」

 

 長年連れ添ったメイドの足取りが、見知らぬ一室を別荘のようにエスコートした。

 

「こちらです」

 

 案内されたリビングは、段ボールをピラミッド状に積み上げていた。

 食卓の前を流れるホログラムが、近日のニュースにあれやこれやと騒いでいる。

 

「6月14日頃未明、都市管理局議会代表メノン氏の発表した声明によると、セントラルタワー周辺で起きた大規模な爆音は、タワーの機能不全に起因するとのことです」

「──もう2116年ですよ?そろそろセントラルタワーの立ち入りを許可するべきではないですかねぇ」

 

 やはり何かがおかしい。俺がIDSシステムに検知されたのは、2113年の夏のはずだ。それが今は2116年だと?

 どんぶりから立ち上る蒸気に、浮かび上がる文字盤はミミズみたく歪む。

 

「では、食べながらで構いませんので、気楽に私のお話に付き合ってください」

 

 気軽に訊けるものか。

 こちとら目を開けたら3年後、更には容姿が全くの別人だったんだぞ。

 

 浦島太郎にでもなったような感覚に、せめてもと、俺は長い銀髪に隠れた青白い瞳を睨んだ。

 

「双葉玲也くん改め六月一日理人くんは、自らがIDSシステムに検知されたことを覚えていますか?」

「……あぁ」

「けれど、今も生きていることが、どうにも信じられないと」

 

 こくりと、首を撫でる金糸の髪を揺らす。

 

 雪のようなまつ毛が、静かに伏せた。

 

「それが殺処分の正体です」

 

 心の中で祠石が弾け飛んで、俺は両目をカッと見開いた。

 

「な、に……!?」

「IDSシステムとは、『規格外』を全身義体によって別人に仕立て上げ、新たなる人生を送っていただくプログラムになります」

「ま、まさか──」

「その通りですよ。故にこそ、あなたは双葉玲也ではありません。六月一日理人くん、ということですね」

 

 

 それが、IDSシステムが意味する殺処分だった。

 

 

 どうやら俺は、最後の晩餐にうどんを食わされているわけではないらしい。

 安堵のため息が肺から洩れて、全身の筋肉が緩んでいく。

 とそこに、真っ白な指先は遠足帰りの先生みたいに黒Tシャツの胸元を突き刺す。

 

「ただし、私を初めとするオブザーバーが、規格外の保護観察を行います」

 

 不穏な言葉に、細い肩はビクリと慄いた。

 氷像みたいに凝り固まった頬は緩んで、仄かに加虐を帯びた色を浮かべる。

 

「期限はありません。理人くんが真っ当な常人に戻れたその時が、保護観察の唯一の終わりです」

 

 つまりは──24時間365日の監視。

 あまりに重々しい制約に言葉が詰まって、いや、保護観察にも期限はあるようだ。殺処分よりはよっぽどマシか。

 金色の触覚をくるくると指先に弄りつつ、ポツリと返す。

 

「その『真っ当な常人』になるための条件は、あるのか?」

「ありますよ」

 

 アッサリと吐き出された最適解。

 教えてくれ。

 両手を食卓に鳴らそうとしたところ、レイは内緒話でもするみたいに、くすりと指先を俺の唇に添えた。

 

「ですが、それを本人に話してしまっては元も子もないでしょう?」

 

 全くだった。

 

 

 

 

 

 

 2116年7月10日。六月一日理人としての生活が始まり、1週間が経過した。

 

 特筆すべき事柄はない。

 監督者のレイと共にマンションの一室で目覚め、共に眠る。そして日記を付ける。

 ただそれだけを繰り返す毎日だ。

 

「少し、片づけるとしましょうか」

「もう1週間だもんな」

 

 胸元に結ぶ赤いリボンが、むにゅりと段ボールへ押し寄せる。

 俺も色白の細腕で黒Tの長袖を捲って、段ボールを開封する。

 

 ビリリとガムテープを剥がして中身の確認し、食器やら本やらをキッチンに立つレイへと手渡す。

 そうして引っ越し作業は黙々と続いた、その時、

 

『インターホンの音』が、不意と静謐に声を掛けた。

 

「ッ……!!」

 

 何かに導かれたみたいに、ぶわりと立ち上がる身体。

 俺は我先にと玄関先へ金糸の長髪を揺らす。

 息を切らして扉を押し開けば──でっぷりと、ヒヨコみたいに太った腹。

 

 

 汗に滲んだこげ茶色の瞳が、弛む瞼の底で軽く見開いていた。

 

 

 違う。求めたモノとは異なる結果に、身体が重くなる。

 初夏に気怠い気配が、玄関先をサウナの前みたく浸した。

 脂に照る唇は、野太い声を吐き出す。

 

「……『A006』か。随分と、調子も戻って来たらしいな」

 

 

 ぐらりと、世界が揺れた。

 

 

「あるふぁ……ゼロゼロ、シックス……?」

 

 黄金の前髪を乱暴に握り締め、玄関先に蹲る。

 頭が、痛い。

 汽笛でも鳴らされているみたいに、脳内がキンと軋んで──

 

「あぁ、気にすることはない。それより、アーシュリットは居るか?」

 

 指先をリビングへ向けようとした矢先、メイド服が廊下の向こうを浮かんだ。

 塞ぎ込んだ俺を前に、間隙、青白い瞳は硬直する。

 やがて玄関先へとズカズカと迫って、薄ら禿げの男を鋭く見上げる。

 

「……ハサンさん。理人くんに何か吹き込みましたか」

「これは事故だ。それに、なぜそんなことをする必要がある」

「戦力の補充が最大の目的でしょう」

「貴様らの安全は保障すると言ったはずだが」

 

 軽い口論に火打ち石みたいな熱さを散らす2人を他所に、俺は廊下に手を添えてリビングへふらつく。

 

──A006。

 

 なんだ、この呪文は。

 頭を覆う輪に締め付けられたような痛みに、奥歯を噛み締める。

 落ち着け。何も気にすることはない。

 荒ぶる呼吸を無理やり喉奥に押し込み、無心で段ボールを開けていく。そしてある物を見つけ出す。

 

 

 傷付いたペリドットのペンダントが、窓から差し込む陽光に夏の始まりを告げた。

 

 

「……なんだ、これ」

 

 じゃらりと、金メッキの留め具を持ち上げる。

 

 壊れているが、レイの所持品だろうか。

 フローリングを緑に濡らす輝き。

 見ていると不思議と心は弛緩して、けれども同時に、重く沈んでいくような気もする。

 

 知らぬ間に俯いていた視線に、事務的な冷声が耳元を撫でた。

 

「それは……理人くんのペンダントですよ」

「俺、の……?」

 

 真っ白な手は雪の結晶へ触れるみたいに、傷だらけのペンダントの留め具を外す。

 後ろから俺の首筋を撫でて、パチリと、留め具を嵌めた。

 

「はい。肌身離さず、身に付けておいてください」

 

 ペリドットのペンダントは、吸い付くように俺の胸元をひょこひょこと飾って、

 

「きっとそれが、彼女にとって何よりの望みですから」

 

 胸の風穴を吹き抜ける風が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

 

 

 




 すみません。火曜日に投稿した気になっていました。<(_ _)>
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