お気の毒ですが、あなたは殺処分の対象です   作:うずつるぎ

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最終章 忘滅の祈憶(きおく)
第1話 Are You Continue? Yes!⇦ 


 

 海原のように濃い青空の下、緑に侵された街が、永遠の眠りについている。

 

 さわりと、くるぶしを撫でる雑草の揺らめき。

 蒸れた温風が夏の訪れを鼻腔に運んで、汗粒を真珠のように細い顎へ伝った。

 

 俺はフードの底から厳しい陽光を仰いで、太古の森に佇む廃都市の神秘を目の当たりにする。

 

「これが……俺たちのアジトなのか……?」

 

 廃ビルを崩す勢いで重なる蝉の大合唱に、ポツリと零した一言。

 それを拾い上げるようにして、背広に覆われたビール腹が、装甲車の運転座席から地に揺れる。

 

「そうだとも。HAF地下アジトに到着だ」

 

 恰幅の良い腕が生い茂る緑を引き千切って、廃ビルの残骸を目指した。

 

「……地下アジト?」

「はい。私たちレジスタンスの基地は、地下に隠されているんですよ」

 

 すっかり解毒薬で回復したレイが、斜め後ろに白黒ロングスカートを揺らしながら、事務的な冷声を吐き出す。

 

 背丈の高い雑草が、猫じゃらしみたく頬を擽った。

 緑に閉ざされた視界を掻き分ければ、壊れた機械兵が、バッタのように足元を紛れている。

 

「理人くん、こちらです」

 

 3つの足跡が、土埃の溜まった廃ビルを刻んだ。

 俺はハサンとレイに続いて、銃痕を残したエレベータに乗り込み──

 

 

──死んだ地底の街並みを、ガラスの向こうに目撃した。

 

 

「ッ……!!」

 

 反射的に、華奢な両手をガラス窓に押し込む。

 

 地震の後みたいな残骸だらけの地底。

 僅かばかり燃え残った、枯れ木のような街灯。

 

 

 エレベータの外側が主張する灰色に、生命の気配はない。

 

 

「こ、れは……」

 

 雪の結晶みたいな跡を刻んだガラス越しに、見開く青白い瞳。

 俺は地獄の直行便みたく奈落へ落ちるエレベータに乗せられたまま、広がる絶望的な光景に釘付けとなる。

 

 とそこに、野太い声が最後通告とばかりに重々しく響き渡った。

 

「A006……ここへ戻って来たということは、また我々に力を貸してくれるのだろう?」

「は、ハサンさん、それは──」

「記憶を取り戻す覚悟は、あるのだな?」

 

 ないはずの心臓を握り込まれた感覚に、ぐっと、引き攣る喉奥。

 

 失われた、3年の記憶。

 ソレを取り戻すことで、今の俺はどうなるのか。

 そもそも、取り戻す必要はあるのか。

 

 水面に一滴を反響させるみたいに、俺は瞼を閉ざして俺の中に問い返す。

 

 

 やがて──キッと、力強くこげ茶色の瞳を見上げる。

 

 

「俺はもう……俺であることから、目を背けない」

 

 エレベータが地獄の底にぶつかると同時に、ブルドックみたく垂れた頬が、大きく縦に揺れ動いた。

 

「よし。では医務室へ向かうと良い。リリーが記憶を再生してくれる手筈になっている」

「……承知しました。理人くん、行きましょう」

 

 ふわりと柑橘系の香りが前へ抜けて、メイド服が最下層を誘う。

 

 目的の砦は6等星みたいな赤く小さな光を発して、灯台のように地底の闇を照らしていた。

 銃痕に崩れたエントランスを抜ける。

 捨てられた洋館のような静けさが、不気味に足音をせせら笑う。

 

「こちらが医務室です」

 

 真っ白な手先が、薄汚れた卵色のドアをスライドする。

 

 

 真っ黒な三日月が、下瞼を幽霊のごとく浮かんだ。

 

 

「やぁやぁ、眠り姫くん。こうしてまた君と再会できるとは思ってもみなかったよ」

 

 チラリと、レイを後ろに見やる。

 けれど、カラスの羽みたく黒い瞳は、間違いなく、翡翠の瞳を映している。

 

 どうやら眠り姫というのは、俺のことらしかった。

 

「えっと……よろしくお願いします」

 

 毛糸を編むように指先で金糸の触覚をくるくると捩じって、ぺこりと、長髪を垂れ下げる。

 

 とすると、乾いた指先が、挟み込んだ葉巻を見事に零れ落した。

 

「……明日は槍でも降るのかな?」

 

 

 一体全体、記憶喪失以前の俺は、どれほどの無礼者だったのだろうか。

 

 

「まぁ……とにかく、記憶の移植を始めようか」

 

 気を取り直すように振り払われる濡れ羽色の長髪。

 リリー先生に導かれるがままに、俺はメカメカしいベッドの硬い感触に横たわる。

 

 天井のライトに、黒いヘルメットのようなものが覆い被さった。

 

 正体不明の施術工程に、ごくりと生唾を吞み込む。

 力んだ俺の腕に真っ白な指先が触れて、ひやりと程よく緊張を和らげてくれた。

 

「理人くん。どうか自分を強く保ってください。たとえどんなに悲しい出来事が蘇ったとしても」

「……あぁ」

 

 がぽりと、ヘルメットはウツボカズラみたく口を開いて、俺の視界を塞ぎ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗く深い水底が、木立の陽だまりみたいに光の出口を揺らいでいる。

 

 眩しさの向こうから、あぶくのように溢れ出す結晶たち。

 肌に触れては消え入るそのどれもは、俺を形作る輝きだった。

 

『お前は……私の弟子、なのだからな……』

『じゃあ……六ちゃんって呼ぶねっ!』

『アタシの言うこと、聞いてもらおうかしら?』

 

 身体はゆるりと、宝物が埋まったみたいに淡く光る砂底へ沈む。

 砂に紛れた一冊の書物を、噛み締めるようにして一枚一枚捲る。

 

『気が付いたか?新入り』

『その……ありが、とう……』

『なぜって……死にたいと思っているからでしょうか?』

『クックック……秋の空のごとき手のひら返し、だな……』

 

 死の荒野に目覚めたあの日。

 漆黒のローブに目を焼かれた刹那。

 規格外たちと共に過ごした時間。

 

 映画のフィルムが身体へと溶け込む度に、魂とも呼ぶべき何かは、血肉のように充足して、

 

 けれど、

 

『いつかアンタも……誰かのために……』

『マーシャを……殺して、くれ……』

『生きたかった……私は、まだ……!!』

 

 時に嵐が血肉を抉り取り、胸奥に痛々しい跡を残して。

 

「ぅ……あ……!」

 

 光を恐れて、洞穴みたいな闇だけが広がる水面へと、身体は逃げ出そうとする。

 

 

 それでも──

 

 

 陽だまりの感触が、

 右頬に残った熱が、

 託された祈りが、

 誰かの未来を望む意志が、

 洒落込む不敵な言葉が、

 

 

 そして──ペリドットのペンダントが、己が魂であればこそ、

 

 

 まだこの心臓が、現に今を刻むのであれば、

 

 

 俺は──託された祈りの聖火を、未来へと繋げなければならない。

 

 

「……ッ!!」

 

 生身の腕が、もう一度水底へと力強く伸びる。

 途中放棄された記憶の書を、再び捲っていく。

 その度に礼拝堂に満ちるような眩い光が身体を浄化する。

 

 

 そして辿り着いた真っ白な光の果てには──一瞬、アメジストの太陽がほわほわと浮かんで、

 

 

「……六ちゃん、もう一回だけ頑張ってみよ!」

「……そうだな」

 

 

 途方もない光が、俺の全てを呑み込んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫煙と消毒液の混じった香りが、相変わらず、肺底を過剰に浄化していた。

 

 

 パチリと、流暢に持ち上がるまつ毛。

 心電図みたいに点滅する天井の照明が、青白い瞳に金糸の長髪を反射する。

 

 ボロ絹みたいな医務室を流れる静寂に、事務的な冷声が空気を震えた。

 

「理人……くん……?」

 

 無視して上体を起こす。

 色白の細い両手を握ったり開いたりして、憑依した肉体の具合を確かめる。

 

 

 やがて──俺は颯爽とベッドから降り立ち、メイド服を見下した。

 

 

「ポンコツ。ハサンのところへ向かうぞ。今後どうするのかを話し合わねばならん」

 

 こんな形でも俺という戦力を欲したのだ。

 ブルドーザーにでも轢かれたみたいに完滅したHAF地下アジトの様子からもよく分かる。

 破れかぶれだろうがなんだろうが、決戦の時は近いはずだ。

 

 銀髪の向こうで彫像のごとく固まる青白い瞳。

 何を呑気しているのか。

 俺は出入り口へと向けたローブを翻し──フッと、頬を緩めた。

 

「……なんてな。前の俺はこんな感じだったろ?ちょっと真似してみたが……どうだ?」

 

 

 ふらりと、メイド服は糸が切れた人形みたく、背後からベッドに軋み音を鳴らした。

 

 

「お……思い出したんですか?」

 

 おずおずと震える、ふっくらとした唇。

 

「まぁ……昔、レイと会っていたことも分かるな」

 

 思い出した、とはハッキリ答えない。

 何かの刺繍みたく脳裏に継ぎ接がれた記憶は、いくつか奇妙な点を隠しているように思われたからだ。

 

 手を伸ばしてレイを起き上がらせてやると、くるりと、回転式チェアが振り返った。

 

「兎にも角にも、眠り姫くんの帰還って感じかな?」

 

 ニヤリと持ち上がる、葉巻を咥えた口元。

 俺はハッと鼻を鳴らして応じる。

 

「ふん。どうやら貴様には世話を掛けたらしいな」

「私はお医者様だからね。当然だよ」

「義体の調整も貴様か?」

「それはナランだね。あの子は武器の最終調整に飛んで行ったよ」

「そうか。邪魔したな」

 

 ひらりと揺れる乾いた手のひらへ背を向けて、医務室の扉を開く。

 

 とすると、廊下には赤子の誕生を待って右往左往する複数の人影があった。

 

「貴様ら、何をしている」

 

 絶望に憔悴した空気が、ピタリと、硬直する。

 

「A006!」

 

 餌の時間を察した豚が、勢いよくこちらへ駆け寄った。

 

「き、記憶の再生は上手くいったのか!?」

「無駄に喚くな。記憶は既に戻っている」

 

 冷や水を浴びせるように鋭く返す。

 腹踊りにでも向いて良そうな身体が、氷像みたいに固まる。

 

「そ、そうか……」

 

 あのハサンが藁にも縋る有様だ。

 どうやら状況は、俺が思っている以上に芳しくないらしい。

 

「貴様ら幹部がお揃いで何の用だ」

「目覚めたところで済まないが……最終決戦について、共有しようと思ったのだ」

「やはりゼウスに攻勢を仕掛けるか」

 

 人類を進化させるために、今を生きる人間全てを滅ぼす。

 実際にマーシャは倒錯的なことをしでかそうとした。

 一時的に共栄都市の殺戮を止めることはできたが、偽の平和に寝ぼけていた都市の連中は武力に疎い。

 

「仮にゼウスが停止した機械兵を再起動すれば、一巻の終わりということですね」

 

 メイド服に膨らんだ胸部が背筋を張って、赤いリボンを毅然と揺らす。

 

 目に見えないタイムリミットは、せり上がる海面のように既に首下まで迫っていた。

 存亡を掛けた一世一代の大博打が、人類に残された唯一の選択なのだ。

 

「……A006、レイ・アーシュリット。MCの破壊を頼めるか?」

「当然だ。元より『規格外』にしか頼めん作戦だろう」

「それが理人くんの選択ならば、私はどこまでも付いて行きます」

 

 安堵の吐息が、生き残った幹部共から零れた。

 

「そう言ってくれると思っていた。ならば、作戦内容を詳細に詰めていくとしようか──」

 

 

 

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