一応、第二次大戦以後から現代ジャンルとのことなので、現代ジャンルにさせて頂きました。
戦場での英雄譚を語るメディアは民衆を右派に寄せる為の宣伝であり、民間人の悲劇を語るメディアは民衆を左派に寄せる為の宣伝であるので、どちらもバランスよく報道するべきかなと思うこの頃です。
金髪碧眼の長身。
それが択捉3等陸尉の特徴だった。
曽祖父を択捉島に、母親にウクライナ人を持つ自衛官である択捉は、射撃訓練中にタイムスリップしてしまった。
いきなりよくわからないところへと流された択捉が最初に思ったのは、実弾と実銃を持ったまま行方不明になったらマスコミに叩かれてクビになるかもという、実に公務員的な考えだった。
「動くな!!」
そんな平和ボケした考えは怒声により掻き消された。
咄嗟に振り替えると、そこには銃剣を喉に突き付ける男の姿があった。
目の前に本物の殺意がある。
択捉はパニックになったが、必死にそれを抑えた。
「大人しく捕虜になるってんのなら、殺しはしねえ」
その男の姿を一言で言うのならば、旧日本兵だった。
これは夢なのかも知れない。
だが、択捉は日本人に外国人扱いされる事には慣れていた。
見た目が見た目なのだから仕方無い。
だからこそ、相手が自分をどう見ているかを理解できた。
「私は、誇り高き日本国自衛官です」
「ジエイカンだぁ?」
当然の事ながら1945年では、日本人ですら自衛官という言葉は知らない。
「令和7年の日本の陸軍です」
「レイワ? よく分からん」
勿論1945年の日本人では令和という年号が分からない。
「恐らく、私は未来から来ました。
今は何時ですか? 此処は何処ですか?」
「頭おかしいのか? 南樺太だよ。今は昭和20年だ」
見た目はロシア人のようで、それでいて余りにも流暢に日本語を話していて、手元には自分達の使うものとは明らかに違う銃を持ち、見覚えのない軍服を着た兵士に対して、日本兵である勝征という若い中尉は律儀に答えた。
「まだ北方領土は取られていない? いや、これから─────」「させねぇ!! させるもんかよ!!」
再び銃の先に付いた刃物を択捉に向ける勝征。
「俺たちの生まれた島は北方領土だ!! 北方領土は俺たちのもんだ!!」
択捉は、既に北方領土が支配された後に生まれた人間だ。
北方領土が今奪われようとしている時代の人間の熱意を思い違いしていた。
「私は、日本人です。
金髪で目は青いですが、日本人です。
母親がウクライナ人ですので、混血です」
択捉は自衛隊に入らない方が恐らく幸せだった。
択捉はイケメンハーフなので、他人と接する仕事やメディア系の仕事であれば、それは大きく成功に導く要素であっただろう。
自衛隊に入ったところで、女が少ない職場では女モテによる恩恵は少ないし、見た目のせいで無駄に英語が話せると思われて外国との共同訓練に参加させられるが、日本語以外にはウクライナ語とポーランド語、そしてほんの僅かにロシア語が話せるくらいで、英語は苦手だ。
ポーランド系出身の米陸軍のお偉いさんとは話が弾んだが、英語やスペイン語は話せないので、お偉いさんに通訳してもらうという謎状況でアイスブレイクしたことがあった。
まあ、そんな背景があったにしろ、勝征にとっては、
「ウクライナ、聞いたことがあるような無いような…」
「ソ連に併合されて、いつか独立する国です」
勝征はようやく銃剣を下げた。
日本人かどうかは未だに怪しいが、少なくともソ連に好意的でない事は理解したからだ。
「俺は国後、階級は中尉だ。お前は?」
択捉は一瞬動揺した。
しかし、彼はそれを押し留めた。
「階級は少尉です。自分のことは…カツユキ、そう呼んで下さい」
「驚いた、俺と同じ名前じゃねぇか」
今度は勝征が大袈裟に驚いた。
これが彼らの切っ掛けだったのだろう。
勝征は部隊の仲間にカツユキを味方として紹介した。
最初はそれを信用しなかった味方達だったが、徐々に打ち解けていった。
副長には長く怪しまれていたが、多くの者は日本酒を好んで飲むカツユキという謎の少尉を味方だと認識し始めていた。
勝征の部隊はソ連に押され、徐々に南下せざるを得なかった。
仲間は気が付けば半分になっていった。
動けなくなった者らは置いていくしかなかったが、彼らはソ連に殺されているか、殺される方がマシな目に遭っているか、自決したに違いなかった。
それでも彼一人で戦場が変えられる程、北方領土戦域は狭くはなく、ソ連軍も少なくは無かった。
択捉3尉にとっては、途中から弾種の関係で元の銃が使えなくなり、
それまで、この部隊において射撃の名手と言えば勝征だったのだが、今ではもう一人の方のカツユキにお株を奪われつつあった。
それでも二人は仲が良かった。
カツユキはよく戦いが終わるごとに吐いたり泣いたりしていたが、新兵で狙撃手になった者にはよくある事だと、勝征は理解を示していた。
二人は生き残ったら未来の日本はどうなるかという話をよくした。
正確には、カツユキがよく話して、勝征が聞いてやるということが殆どだった。
部隊の仲間は、カツユキは犬の様に勝征に懐いていると笑っていた。
カツユキもそれを聞いて照れ笑いしていた。
部隊は遅延戦術を取りながら後退を続けて来たが、これ以上は遂に南下出来なくなった。
背後にいる住民の疎開が完了していないのだ。
逆に相手を押し込む必要さえも出て来た。
勝征は無理をした。
自分の生まれた島は少し前に奪われた。
そこを南下して離脱すると決まった時には荒れた。
絶対に離脱したくはなかったが、北海道も取られるのを防ぐ為という副長の指示により従った。
副長は生き残ったら娘の婿に来い。どうせどちらも北方領土の名字だし丁度よいだろう、らしくもない冗談を言っていた。
ある日、ソ連軍が奇襲に成功した。
これまでもその様な事は何度もあったが、今回の奇襲は規模も味方の被害も違った。
勝征は腹を撃たれたし、副長だって片脚が弾けていた。
もう駄目だと思った時、勝征の横に誰かがいた。
「父さんが言っていました。お前は爺さんの様な立派な男になれ、と。
ひいおじいちゃんは、僕が生まれる前日に亡くなったそうですが、きっと立派な人だって
その誰かは、銃を掴んでソ連軍に突撃した。
防御を捨てた突貫であり、個人の戦果としては余りにも大きく、部隊の仲間が勝征と副長を救出する時間は稼げた。
それが、国後勝征が最後に見たカツユキだった。
それから四十六年後…
択捉家は少し慌ただしかった。
戦後多くの投資や賭け事に成功して莫大な富を得た家だ。
古めかしい大屋敷と言って良い荘厳な空気がする家だった。
そんな家が慌ただしかったのは、択捉勝征の妻の父親、嘗ての上官の二十三回忌があった一週間後というのもあったが、孫が嫁を連れて来るというのだ。
それなのに空気が固いのは、択捉勝征が大のソ連嫌いであり、それを家族全員が知っており、孫が連れて来る嫁が旧ソ連人ということが原因だった。
「そろそろか」
勝征は呟く。
家族の緊張は高まった。
時間は到着すると連絡があった5分前に近付く。
玄関には先程から、人の気配はあった。
入るタイミングを待っていたようだ。
予定の5分前丁度で戸が開いた。
孫が連れて来た女性は美人だった。
日本人離れした風貌であったというより、日本人ではなかった。
勝征の妻も息子もその嫁も勝征の方を見ていた。
孫は妻は今まさにソ連から独立しようとしているウクライナの出身である事を説明しようとしていた。
その準備を周到にしてきた。
妻にも日本語でウクライナの出身と挨拶させる一言だけは自分で言えるように教えた。
彼の祖父は何もかも人任せにする人間を嫌うからだ。
「カロリナ、デス。シュシンハ、ウク─────」「ウクライナだろう。よく、知っている」
ウクライナがソビエト連邦から独立した事は確かにニュースにはなっていたが、それを温和な口調で勝征が答えた事には誰もが驚いていた。
「孫を頼む。そして────いや、何でもない」
そういって、勝征は頭を下げた。
「お前、あれを持ってきてくれ」
勝征の妻は日本酒を持ってきた。
勝征が好きな日本酒だ。
何時もの銘柄。
だが、年度だけが違う。
何時のものか分からない、古い古い日本酒。
質がどうなってあるかなど、分かったものではない。
勝征は家族にはその銘柄の最高級の純米大吟醸を振る舞い、自分は一人で何時のものか分からない日本酒を飲み干した。
勝征がいた畳は、僅かに濡れていた。
一年後、ひ孫が産まれるという話が来た。
勝征はそろそろかと思った。
ようやく、ようやくだ。
そしてひ孫が生まれる予定日の前々日。
全ての身支度を終わらせた勝征は、屋敷の敷地にある誰の名前も彫られていない墓へと酒をかけた。
「生まれて来てありがとう。カツユキ」
そして次の日、孫に電話をかけた。
「お前の息子はきっと立派に育つ。分かるんだ。
いや、
電話をかけた数時間後、彼は息を引き取った。
享年七十六歳、択捉勝征(旧姓国後勝征) 大往生
御読了ありがとう御座いました。