ゾンビが全滅し終わった世界【あべこべ】   作:耳野笑

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第7話 ゾンビが全滅し終わった世界で――ヒバリ視点

 大島探検3日目。

 

 私はショッピングモールで手に入れた新品のジャージに着替えた。

 

 再び、静寂の都市の中を歩き始める。

 手入れされていない街路樹は、豊かに葉を茂らせていた。植え込みは雑草が伸び放題で、車道にも歩道にも草が飛び出し、巨大な草むらとなっている。

 

 そして、私の通っていた学校が見えてきた。

 

「あれが私の通っていた高校だ」

 

「どれどれ? あ、あれ?」

 

「ああ」

 

 校舎に二枚の垂れ幕が掛かっているのを見て、私は「あっ」と声を漏らす。

 

 し、しまった……!

 

「どうしたの?」

 

「い、いや、なんでもない」

 

 近付くにつれて、垂れ幕の文字がはっきりと読めるようになる。一枚は『祝 野球部甲子園出場』の垂れ幕。そして、もう一枚は――『祝 日本地学オリンピック優勝 西園ヒバリ』の垂れ幕。

 

「えっ!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 つばめが目を見開き、私と垂れ幕を交互に見る。

 

「えっ、えっ、えっ!? 日本地学オリンピック!? なにそれ!? ヒバリってすごい人だったの!?」

 

「あっ、あぁ……うん……」

 

「すごいすごい! 絶対すごいやつじゃん! なんで教えてくれなかったの!?」

 

「えぇと……」

 

 私は地学研究部に所属していた。無論、陽キャ集団であるヨット部とは対照的な、陰の者の集いだ。だから、ここまで隠してきたのに。

 

「なんでそんな嫌そうなの?」

 

「その、正直に白状してしまうと、私は地学研究部だったんだ」

 

「うん」

 

「地学研究部はオタクしかいないから、つばめからそういう風に思われたくなくて黙っていたんだ」

 

「地学オタクってこと?」

 

「いや、アニメやマンガが好きな、一般的なオタクだ。地学研究部はそういう人しかいない」

 

「そうなの?」

 

「ああ、地学研究部は陰の者の集いだ。これは偏見ではなく実体験だ」

 

「そうなんだ。名前はエリート集団っぽいのにね」

 

 地学研究部であることがバレてしまったのは無念だが、これは仕方ない。防ぎようがなかった。

 

 私たちは校舎へ入る。

 

「妙な気分だね、私服で学校に来るなんて」

 

「あ~確かに」

 

 例によって、土足で廊下を進む。

 

「部室に行ってみてもいいだろうか」

 

「うん、もちろん! 僕も気になってたし!」

 

 地学研究部の部室を訪れる。

 数個の机とイス。地学用語がびっしり書かれたホワイトボード。地学イベントの予定表。地球儀、望遠鏡、虫取り網、植木鉢などがある。

 

 ……。

 

 懐かしい。また、この部室に戻ってこれるなんて。

 

 というか、地学研究部の部室に男子がいるの、新鮮だな。なんか面白い。テンションが上がる。

 

 私たちはイスに座る。

 

「地学研究部ってどんな活動してたの?」

 

「基本的に自習だね。植生、鉱物、地理、天文、気象、海洋などの勉強をしていたよ」

 

「うわすご~! 放課後にまで勉強してるとか、やっぱりエリートじゃん!」

 

「いや、真面目に勉強していたのは地学オリンピックの前だけだね。あとはずっとソシャゲをやっていた」

 

 ソシャゲのデイリークエストをこなした。ソシャゲのイベントを周回した。ソシャゲのガチャを引いて盛り上がった。

 そんな当たり前の日常が、今では特別なものになってしまった。

 

「でも地学オリンピックって大会で優勝してるんでしょ? やっぱりすごいじゃん!」

 

「あ、ありがとう」

 

 嬉しかった。認められた気がした。猛勉強の末に地学オリンピックで優勝を果たしたその時よりも、つばめに褒められた今この瞬間に価値を感じた。

 

 同時に、気恥ずかしさもある。なんだかむず痒い。恥ずかしい部分に触れられている気がする。

 

「色々触ってもいい?」

 

「ああ、好きにしていいよ」

 

 つばめは棚を開けて、ファイルを取り出す。地学オリンピックの過去問だ。

 

「全天88星座のうち、日本から全く見えない4つの星座を答えよ。えっ、むっず! ヒバリ分かる?」

 

「4つ……? カメレオン座、テーブルさん座、はちぶんぎ座。あとはおそらく、ふうちょう座と書いてあるのかな」

 

「すごっ!!! 合ってる!!!」

 

「それ、問題が間違ってるね」

 

「え、そうなの?」

 

「何年か前に、ふうちょう座は日本の沖ノ鳥島からごく一部が見えると明らかになったんだ。だから、日本から全く見えないというのは誤りだね。その過去問、おそらく相当古いバックナンバーなんじゃないかな」

 

「すご~!!! クイズ王みたい!!!」

 

 ヤバい、ちょっと嬉しい。ニヤけそう。男子から褒められるの、なんでこんなに嬉しいんだろう。

 

 その後、ドン引きされないように少しだけ、地学の話をしてみた。つばめはずっと楽しそうに私の話を聞いてくれた。天使すぎる。ほんとに可愛い。

 

 そして、私たちは教室へと移動した。元々私のクラスだった場所だ。

 後ろの黒板には、委員会の日程や、球技大会の種目一覧などが貼ってある。

 

「球技大会……」

 

 瞬間――急激に寂しさが込み上げる。誰がどの種目をやるのか話し合った記憶が甦る。

 友達との、何気ない会話。もう絶対に訪れない、球技大会の予定。

 

 涙が込み上げそうになる。同時に、こんな何でもないものに心を動かされることに、自分でも驚いた。

 

 つばめが、私の袖を掴む。

 

「だいじょうぶ?」

 

「ああ」

 

「だいじょうぶじゃないでしょ」

 

「……ああ」

 

 つばめは私を、正面から抱きしめた。

 

「寂しいね」

 

「……寂しいな」

 

 私もつばめを抱きしめ返す。

 

「何故だろうな。もう訪れることのない予定、というだけで、ひどく胸が締め付けられた」

 

「うん、分かるよ」

 

 しばらく、そうしていた。お互いの体温が溶け合う。静かな時間だけが過ぎていった。

 

「ねえヒバリ、体育館行かない?」

 

 つばめは私を抱きしめたまま、そういった。

 

「体育館? どうして?」

 

「やろうよ、球技大会」

 

「えっ」

 

 *

 

 私たちは体育館に移動した。卓球、バドミントン、バスケ、バレー。いくつかの球技をやってみた。ほとんど、ラリーをしながら雑談するような形だったけど。

 

「楽しかった?」

 

「ああ、楽しかったよ。たぶん、本物の球技大会より楽しい思い出になったと思う」

 

「え~? いいすぎだよ~」

 

「いや、本当だ。男子と遊べる方が絶対楽しい。これは真理だ」

 

 球技大会に参加したところで、私はほとんどの時間を友達と駄弁って過ごすだけになる。それよりも、男子とふたりきりで遊べる方が確実に楽しい。これは間違いない。

 

 私たちは、体育館の壇上に上がった。ピアノが置いてある。つばめがフタを開け、白鍵をひとつ押す。ぽろん、と高音が鳴った。

 

「弾けるのかい?」

 

「ちょっとだけなら」

 

 つばめはイスに座り、演奏を始める。――クロード・ドビュッシーの、亜麻色の髪の乙女。

 

 無人の体育館に、ピアノの音色だけが響く。

 

 無音となった荒廃都市の真ん中で、ピアノを弾く美少年。この世のものとは思えない、奇妙な引力のある光景だった。

 

 3分ほどの演奏を終えて、つばめは立ち上がる。私は拍手した。

 

「素晴らしかったよ、つばめ」

 

「ありがとう」

 

「トロンボーンだけじゃなくて、ピアノも弾けるんだね」

 

「吹奏楽部の顧問から教わったんだ」

 

 話しながら壇上から降りて、体育館を出る。

 

「吹奏楽部からヨット部か。随分大胆な転向だね」

 

「元々ヨットやってたから、ずっと入りたかったんだ」

 

「ヨット部の話をする時のつばめは、いつも嬉しそうだからね。楽しい部活だったのが伝わってくる」

 

「うん、楽しかったよ。ヨットで遊んで、夜になったらバーベキューしたり、花火やったりしたよ」

 

「ぐふっ……」

 

 女子だけの部活で、ソシャゲばかりやっていた私たち。男女グループで、夜にバーベキューや花火をするつばめたち。

 陰と陽。正反対の高校生活だ。泣けてくる。さっきまで地学の知識を語ってドヤ顔してたことが恥ずかしくなってきた。

 

「どうしたの、急に泣きそうな顔して」

 

「つばめの青春が眩しいだけだよ、気にしないでくれ」

 

「あっ、そっか。地学研究部って男子いなさそうだもんね」

 

「ああ、女子だけだったよ……。男子との関わりなんてない高校生活だった」

 

「ふふっ、かわいそ~(笑)」

 

 灰色の高校生活だった。勉強、ソシャゲ、勉強、ソシャゲ。それだけだった。虚無だ。男子との絡みなんて全くなかった。男女混じった陽キャ集団を羨ましそうに眺めることしかできなかった。

 

 思い出すだけでつらくなってくる。しんどい。

 

 一方、つばめは嗜虐心に満ちた笑顔を浮かべている。確実に私を格下と認識している。

 

 まずい、地学研究部が下に見られている。地学徒が舐められる。

 

「ごめんね? 異性とバーベキューなんて、地学研究部さんには縁遠い話だったよね?(笑)♡」

 

「ぐぅううううううぅっっっっ!!! ち、地学徒をバカにするな!!! 私だって男子といい感じの雰囲気になったことがあったんだ!」

 

「そうなの? どんな?」

 

「普段話さない男子から、地学オリンピック優勝おめでとうって言ってもらえたんだ!」

 

「うん」

 

「えっと……」

 

「え、それだけ?」

 

「……はい」

 

 それだけ。そう、それだけなのだ。

 

 処女という生き物は、たった一度男子と話せた思い出が、大切な宝物になってしまうのだ。

 

「えっ、マジ? 男子との思い出それしかないの?」

 

 つばめの言葉が、グサッと胸に刺さる。自分の惨めさを自覚してしまい、涙が込み上げてくる。

 

「うぅ……つらい……悲しくなってきた……」

 

 すまない、地学徒の同士たちよ……。我々は陽キャに虐げられ、日陰で生きることしかできないようだ……。

 

 すると、つばめは私を抱きしめてくれる。

 

 私は甘えるように、彼の身体をぎゅっと抱擁する。

 

「ヒバリ、処女すぎてウケるね(笑)♡」

 

「うぅ……言わないで……」

 

「でも安心してよ、僕とえっちできるんだから」

 

「それは本当にありがとう……!」

 

 本当に、心の底から、ありがたかった。

 

 こんな私に、処女を卒業する機会を恵んでくれる。S○Xしてくれる。奇跡だ。つばめには感謝してもしきれない。

 

 *

 

 校舎を出て歩くこと5分ちょっと。ホームセンターにたどり着いた。大型の建物だ。駐車場も広い。

 

 私たちは、入口の前に立った。

 

「いよいよだね」

 

「ああ」

 

 私は緊張していた。ついに、来栖さんと馬場くんに再会できるかもしれない。

 会ったら、何を話そう。まず、生きていてよかったと言ってあげたい。

 

「もしミユさんとジュンくんに会ったら、僕のこと彼氏ですって紹介してよ」

 

「えっ」

 

 つばめを見る。彼は、ワクワクしているように見えた。

 

 そ、そんなことしていいの? まだ付き合ってないのに?

 

「いいのかい?」

 

「うん、ヒバリの彼氏ですって、誰かに言ってみたい」

 

「そ、そうか……。分かった」

 

 なにそれ、嬉しすぎる……。私の彼氏という肩書きに、そんなに価値を感じてくれてるんだ……。ヤバい、にやけそう。

 

 来栖さんたち、どんな反応するかな。きっと驚くだろうな。

 

 私は前を向く。そして、ホームセンターに入った。

 

「誰かいませんか~!!!」

 

 つばめが大声で呼びかけたが、返事はない。

 

「順番に見ていこうか」

 

「うん」

 

 まず、小物や日用雑貨のコーナー。時計、ロープ、箱入りの飲み物、ドッグフード、植木鉢、腐葉土などがある。

 

 次に、インテリア・エクステリアコーナー。蛍光灯、ステッパー、犬小屋、キャットタワーなどがある。

 だんだんと、大物のコーナーになってきた。自転車、イス、机、本棚、ベンチ、格納庫などがある。

 

「あっ!」

 

 つばめが声を上げた。

 

 ベッドの周りに、缶詰や空き缶など、生活の跡があった。ベッド上には紙片も残されている。そこに書かれていたのは――。

 

「っ!!!!!!!!!」

 

 紙片には、相合傘のイラストと「ジュン」「ミユ」という文字があった。

 

 息を呑む。間違いなく、ふたりがここにいたのだ。

 

「来栖さん! 馬場くん! いたら返事をしてくれ!」

 

 私はそう呼びかけた。しかし、返事はなかった。

 

「どうしよっか」

 

「もしかしたら、今は外出しているだけかもしれない。ここで明日まで待ってみてもいいだろうか」

 

「うん、いいよ」

 

 つばめは即答してくれた。私たちは、隣のベッドに腰掛ける。

 

「ところで、ヒバリの家ってどこにあるの?」

 

「ここから7駅先の地域だ。とても歩いていける距離ではないよ」

 

「そっか、残念だね」

 

「ああ」

 

 私たちは喋ったり、物資を軽く見て回ったり、ボードゲームで遊んだりしながら二人を待った。

 しかし――夜になっても、彼らは現れなかった。

 

 こうなると、望み薄だ。ここを拠点にしているなら、日が暮れるまでには戻ってくるはずだ。わざわざ夜中に動き回る理由もない。

 

 つばめがベッドに寝転がった。私も隣へ横になる。

 

 落胆していた。期待していただけに、落差が大きい。

 

 すると、つばめに手を握られた。彼を見る。優しい目をしていた。

 

「……ありがとう、つばめ」

 

「うん」

 

 しばらくそうしていたが、お腹が減ったので夕食を食べることにした。

 

 持ってきた蒸しジャガはなくなった。

 食べ終わった缶詰と空き缶を、ベッドの脇に置く。ちょうど、二人が残していったのと同じように。

 

「間違いなく、ここにいたのにね」

 

「ああ」

 

「どれくらい前までいたんだろうね」

 

「……缶詰と空き缶の乾き具合を見るに、相当時間が経ってしまっている」

 

「そっか……なんか、もうちょっとって感じなんだけどなあ……」

 

 これまでと同様に清拭をして、毛布をかぶる。気付けば、つばめと一緒に寝るのが日常になってきた。すごいことだ。

 

「あ~あ、ヒバリの彼氏ですって自慢したかったな~」

 

「きっと驚いただろうな。……見てみたかった」

 

 *

 

 翌朝になっても、来栖さんと馬場くんは現れなかった。

 

「私たちからのメモを残しておこう」

 

「あ、そうだね」

 

 私たちは、紙片にメッセージを残した。私からは無事と状況を伝える内容を、つばめからは私の彼氏であるという内容を、それぞれ書き残した。

 

 そして、朝食を食べて、ホームセンターを出た。最後にもう一度大声で呼びかけてみたが、やはり反応はなかった。

 

「帰ろう、つばめ」

 

「うん」

 

 ――仲間を探す旅は、これで終わりだ。

 中途半端な形で終わってしまうのは無念だが、ここまでだ。これ以上は、手掛かりがない。

 

 ここからは、真っ直ぐ帰るだけだ。リュックも、セカンドバッグも、スーツケースも、全てパンパンだ。物資も食料も充分手に入った。

 

「二人に会えなかったのは残念だけど、いっぱい食料手に入ってよかったね」

 

「ああ、ライターや電池も手に入った。そして何より、種パックが大きい」

 

「そうそう! 帰ったらいっぱい畑耕さなきゃね!」

 

 廃墟都市を往く。

 

 色を灯さない信号機。フロントガラスが割れた車。道端に転がっている、ゾンビの死体。

 

 手入れされていない街路樹。植え込みは雑草が伸び放題で、車道にも歩道にも草が飛び出し、巨大な草むらとなっている。

 

「すまない、お手洗いに行ってくる」

 

「うん、待ってるね」

 

 路地に面するお店へ入り、女子トイレへ。別に男子トイレへ入っても咎める人はいないけれど、一応女子トイレを使うようにしていた。

 

 用を済ませ、ウェットティッシュで手を拭いていると――ワオォ~~~~~~~~ン!!!!!!と、遠吠えが響いた。

 

 ビクッと震える。

 

 え、なに今の。

 

 店の出入口へと向かうと――。

 

「ヒバリ!!! 助けて!!!」

 

 つばめの叫び声が聞こえた。走って外へ出る。車と、割れた窓から侵入しようとするオオカミ。車中には、つばめの姿もあった。

 

「つばめっ!!!」

 

 私は駆け出した。ポケットからライターを取り出し、植え込みに火を放つ。さらに、スーツケースを前面に構え、オオカミへと突進して弾き飛ばした。

 

「ヒバリっ!!!!!」

 

 オオカミはすぐに体勢を立て直し、こちらを睨み付ける。今にも飛び掛からんとする構えだ。私はスーツケースを盾として構え、対峙する。

 

 ――命の懸かった瞬間。凄まじい恐怖で、身体が震える。心臓が潰れそうだ。

 

 同時に、背後に熱を感じる。植え込みと街路樹が燃え上がっているのが分かった。

 オオカミも、炎を警戒している様子だった。

 

「えっ、なに!?」

 

「つばめ! 今なら襲われない! 車を出るんだ!」

 

「分かった!」

 

 つばめが車のドアを開けて出てきた。

 

 大丈夫、仮に襲い掛かってきても、私が盾になる。ここで死んでもいいから、つばめには手を出させない。つばめだけは、必ず逃がしてみせる。

 

 オオカミと睨み合う。

 

 やがて、オオカミはじりじりと後退し――バッと振り返って駆けていった。命の危機を脱し、深い息が漏れた。

 

 私も振り向き、つばめに合流する。

 

「仲間がいるかもしれない! すぐに離れよう!」

 

「うん!」

 

 私たちは急いでその場を離れた。しばらく走ってから、建物の中に入り、座り込んで休憩する。

 

 走ったせいもあり、呼吸が乱れている。まずい、まだ恐怖が消えていない。むしろ、危険な状況だったことを改めて理解し、余計に手足が震えてくる。身体全体が冷たい。背中に冷や汗が伝う。

 

 けど、今はつばめの安否だ。

 

「つばめ、怪我は?」

 

「ないよ、ヒバリは?」

 

「私もない」

 

「そっか、よかった……」

 

 つばめが傍に寄ってきた。間近で見る、つばめの顔。その表情には、まだ恐怖と焦燥が残っている。

 

 つばめは、私に抱き着いてきた。

 

「……死ぬかと思った」

 

「ああ」

 

「ありがとう、ヒバリがいなかったら、絶対死んでた」

 

 私はつばめを強く抱きしめ、頭を撫でる。つばめを、少しでも安心させたくて。

 

「っ……ありがとうっ……」

 

「ああ」

 

 つばめの声は震えていた。

 

「怖かったな」

 

「うん……でも、ヒバリの方が怖かったでしょ、僕のためにオオカミに突進していったし」

 

「ああ、死を覚悟したよ。つばめだけでも逃げてほしくて」

 

 瞬間、つばめに思いっきり抱きしめられる。絞め殺すつもりかと思うほど、強すぎる抱擁だ。

 

「痛い痛い、つばめ、痛いよ」

 

「だめだよ、死なないで」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 つばめの顔を見る。泣きそうな顔をしていた。

 

「ヒバリ」

 

「なんだい?」

 

 間近で見つめ合う。つばめが真っ直ぐ私を見つめる。その瞳は熱を帯びていて、心なしか陶然とした表情だった。

 

 つばめの顔が近付く。まさか――と思う間もなく、キスをされた。

 

 !?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 

 え、マジ!?!?!?!?!?!?!?!?

 

 すぐに覚悟を決め、つばめの動きに応える。

 

 キスを通して伝わる、つばめの感情。私に向けられた愛情。心地よくて、胸が幸せで満たされる。

 私の人生で初めて、異性からもらえた本物の愛だった。

 

 唇を離し、また間近で見つめあう。

 

「好きだよ、ヒバリ」

 

「ああ、私も、つばめのことが好きだ」

 

 ここだ。ここしかありえない。

 

 私は息を吸い込み、ゆっくりと口を開いた。

 

「愛してる。私と、恋人になってほしい」

 

「うん、喜んで」

 

 つばめは笑顔でそう答えた。

 

 今度は、私の方からキスをした。

 

 ――幸せな気持ちだった。受け入れられている。男性に、受け入れられている。通じ合い、求め合い、繋がれている。

 

 私の人生史上最大の幸福に、身も心も沸き立つ。幸せすぎて、意識が飛びそうだった。

 

「ヒバリ、好きだよっ」

 

「ああ、私もだ」

 

「好きっ、好きっ、大好きっ……!」

 

 つばめは恋心が暴走したかのように、私を強く求めてくる。その勢いの強さに、歓喜を覚える。

 

 私も、これまで我慢してきた分、思いっきり好きという気持ちをこめてキスをした。

 

 *

 

 どちらからともなく、キスを中断し、顔を離した。私はつばめの目をまっすぐ見つめる。

 

「ありがとう、僕のこと助けてくれて」

 

「ああ、どういたしまして」

 

 つばめは私に寄りかかり、体重を預けてくる。

 

「僕、これが初恋なんだけど」

 

「そうなのかい?」

 

「うん、どうしよ、完全に好きになっちゃった」

 

「…………」

 

 好き。好き、か。本気で、私に恋をしている。私が、恋をされている。

 

 ノリでえっちしてしまうとかではなく、お情けで処女捨てさせてもらうとかではなく、本当に私を女として見ている。

 

 初恋。完全に好き。つばめの言葉が、徐々に徐々に、心の深いところに浸透していく。

 

「どうしよ、ほんとに好き、です。元から好きだったけど、もっと、好き」

 

「ああ、私もだ。愛してるよ、つばめ」

 

 つばめの目は完全に蕩けていた。

 

 この表情を、他人事ながら知っている。後藤さんに向ける、井出くんの表情だ。来栖さんに向ける、馬場くんの表情だ。

 

 男が、本当に惚れた相手にだけ見せる顔だ。

 

 信じられない。まさか、私が、つばめに本気で惚れられる日が来るなんて。

 

 ――身体の芯に、電流のような気持ちよさが走る。女としての、勝利。男性を自分のものにしたという事実に、女としての野心のようなものが満たされた。

 

 私はつばめを抱きしめ、頭を撫でる。その表情はデレデレとしていて、幸せそうだった。

 

「まさか、自分が異性から本気で好かれる日が来るとは思っていなかった。だから、感無量だ」

 

「……そっか、ど、どう? 本気で僕の心を奪った気分、みたいなの」

 

「最高だ。もう、絶対に逃がさない」

 

「っ~~~~~~~~~~~~!!!!!」

 

 女としての自信が芽生え、暴力性のようなものが湧いてくる。

 

 どうしよう、押し倒したい。私のものにしたい。今、強烈に、めちゃくちゃヤりたい。

 

 でも、流石にそんな訳にはいかない。まだ近くにオオカミがいるかもしれない。危険すぎる。

 

「さっきの、オオカミだよね?」

 

「ああ、オオカミだった」

 

「絶滅したんじゃなかったの?」

 

「観測されていなかっただけで、山中で生き延びていたんだろう。それが繁殖して、人間の生活圏だったところまで入ってきたんだ」

 

「じゃあ、あの炎は?」

 

「私がライターで草むらに火を付けた。オオカミが火を怖がって逃げてくれることを期待して」

 

「とっさにそれが浮かぶのすごいね」

 

「そうかもね。つばめ、そろそろ動き出そうと思うが、もう平気かい?」

 

「あ、うん。もう行けるよ」

 

 私たちは立ち上がった。そして、警戒しながら帰路を進んだ。幸いにも、オオカミとは出会わずに砂浜まで来れた。

 往路は物資を回収しながらだったため3日掛かったが、復路は1日で済んだ。

 

 海の中に一本の砂道がある。――陸繋砂州(りくけいさす)。島と島を繋ぐ、砂の道だ。

 

 既に日が沈みかけている。水平線上の太陽が、目映い黄金色に燃えている。

 

 私たちは砂道に足を踏み入れる。一歩ごとに靴が沈む。足も、体も、とても重い。

 また、スーツケースが重くなった分、より動かしにくくなっていた。水を吸った砂と車輪の相性がとても悪い。

 

「ヒバリ、だいじょうぶ?」

 

「問題ないよ」

 

 しんどかった。つばめもだいぶ疲れている様子だ。

 

 チラチラと後ろを確認しながら歩く。オオカミの姿はない。追ってきてはいないようだ。

 

 そして、砂道に苦労しながらも、対岸まで渡り切った。久々の中島だ。

 

「やった~~~~~!!!!!」

 

「ああ、やっと帰ってこれたね」

 

「長かった~~~~~!!!!!」

 

 安全圏だ。完全に、命の危機から脱した。

 

 私たちは最後の力を振り絞り、家まで歩いた。久々の家だ。すごく安心する。身体から力が抜けて、廊下に座り込んでしまう。

 

「疲れたね」

 

「ああ……本当にお疲れさま」

 

「うん、おつかれさま」

 

 一度座り込むと、再び立つ気にならない。心身ともに疲れ切っている。

 

「夕飯食べなきゃね」

 

「ああ、そうだね……」

 

「体も拭かないと」

 

「そうだね……」

 

 と言いつつも、お互い全く動こうとはしない。私はその場でリュックからランタンを取り出し、灯りを付けた。

 

「しばらく休もうか」

 

「うん、もう動けないもんね」

 

 *

 

 翌朝。目覚めると、隣でつばめが私を見下ろしていた。

 

「ん……あ、つばめ……」

 

「おはよう、ヒバリ」

 

「おはよう、つばめ」

 

 朝起きて最初に見るのがつばめなの、凄いな……。

 

 私たちはリビングへ下りて、朝食を取る。贅沢に、朝からカニの缶詰だ。

 

「美味しい!!!!!」

 

「ああ、凄いね。まさかゾンビパニック後の世界でカニが食べられるとは……」

 

 そうして、カニに舌鼓を打っていると――。

 

「ヒバリ、学校に行きたいんだけど、いいかな?」

 

「ああ、いいよ。何をするんだい?」

 

「ん~、行ってからのお楽しみかな。ついでに旅館にも泊まりたいから、着替えも持っていこうね」

 

「ああ、分かった」

 

 旅館……大島でホテルに泊まっていたから、そういう気分なのだろうか。

 

 朝食後、言われた通り着替えをリュックに入れて、リビングで待つ。数分後、同じくリュックを背負ったつばめが来た。

 

「おまたせ」

 

「私も今準備が終わったところだよ」

 

「じゃあ行こっか!」

 

 一緒に学校へと出発する。天気がいい。日差しが眩しかった。

 

「ところで、ミユさんとジュンくんのことだけど、これからどうしよっか」

 

「結論からいうと、捜索は諦める。たとえ二人が生きていたとしても、オオカミがいる以上、もう大島には行けない」

 

「いいの……?」

 

 つばめが私を見る。私のポニーテールが、海風に揺られて靡いた。

 

「生死不明のまま終わってしまうのは無念だ。でも、無理をして捜索を続けるつもりはない。四人を探す旅は、これで終わりだ」

 

「そっか、終わりか……」

 

 四人のうち二人を発見し、もう二人は未発見。しかも生死不明。中途半端な終わり方だが、やむを得ない。

 

 港まで辿り着いた。大量の船とヨットが繋留されている。海面が太陽光を反射し、目映くきらめく。

 

 今日は港には用がないので、そのまま道路を歩いていく。そして、学校にたどり着いた。校舎へ入り、職員室へ。

 

「今日は、これを書きにきたんだ」

 

「あ……」

 

 机の上に置かれた、進路希望調査票。以前、つばめがここで書いたものだ。

 

 第1希望『 』

 第2希望『生きる』

 第3希望『四人を見付けて弔ってあげる』

 

 結局、第1希望は空欄のままになっていた。

 

 つばめはシャーペンを取り出し、第1希望に『ヒバリと結婚する』と書いた。

 

「っ……!!!!!!!!!」

 

 結婚……!!!

 

 結婚か……!!! 私が……!!!

 

 そうか、私、結婚するのか……!!!

 

 つばめは、私の顔を覗き込むようにして笑いかけてくる。

 

「ヒバリ、これからよろしくね」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 私は真剣に、力強く応えた。

 

 必ず守る。必ず幸せにする。そう、覚悟を決めた。

 

「じゃあ、役場行こっか」

 

「……もしかして、婚姻届かい?」

 

「うん、書きにいこうよ」

 

 そして、役場に移動した。机に平置きされている婚姻届を取って記入していく。だが、ひとつ問題があった。

 

「つばめ、苗字はどうしようか」

 

「僕、西園になりたい!」

 

 つばめはキラキラと目を輝かせながらそういった。

 

「じゃあ、そうしよう」

 

「やった~!!! じゃあ僕、これから西園つばめね!」

 

 こうして、つばめが私の苗字にすることが決まった。改めて、そのように記入していく。

 

 夫になる人『西園つばめ』

 妻になる人『西園ヒバリ』

 

 西園つばめ、か……。いい……。すごくいいな……。

 

 私たち、本当に夫婦になったんだ……。すっご……。

 

 そして、婚姻届を受付に置いて、私たちは役場を出た。これで、私とつばめは正式に夫婦だ。

 

 私が婚姻届を書くことを、ゾンビパニック前の自分が想像できただろうか。あの頃の私は、自分が男性と交際し、結ばれる姿を、現実的な可能性として認識していただろうか。

 

 いや、全く、微塵も想像できなかった。

 

 これは奇跡だ。幾重にも奇跡が重なった末に訪れた幸福だ。

 

「つばめ」

 

「なに?」

 

「ありがとう、私と結婚してくれて」

 

 つばめに感謝を伝えた。心からの想いだ。つばめには感謝してもしきれない。

 

「うん、僕の方こそ、ありがとう。ヒバリと結婚できて、幸せだよ」

 

 ああ……すごいな……。

 

 私、本当にここまで来たのか……。

 

「泣いてるの?」

 

「ああ、感動して」

 

「ふふっ、僕も嬉しいよ」

 

 そのまま、ふたりで旅館へと移動した。

 

 受付のすぐ隣に売店がある。つばめはコンドームの箱を手に取る。私は期待して、じっとそれを見てしまう。

 

「今回は、ほんとに持っていこっか」

 

「ああ、そうだね」

 

 一応、多めに持っていくことにした。

 

 客室のエリアへ移動する。廊下には、旅館内の間取り図が書いてある。10部屋の客室――桜の間。葵の間。欅の間。楪の間。菫の間。撫子の間。睡蓮の間。紅葉の間。菖蒲の間。秋桜の間。

 

 つばめは間取り図を指でなぞりながら、部屋名を読み上げていく。

 

「さくら、あおい、けやき、ゆずりは、すみれ、なでしこ、すいれん、もみじ、あやめ、コスモス」

 

「すごい、全問正解だ」

 

「ヒバリに教えてもらったおかげだよ」

 

「今日はどこに泊まろうか」

 

「ん~じゃあ、秋桜の間で!」

 

 私たちは廊下の最奥まで歩く。そして、秋桜の間の扉を開けた。

 

 二人分の、比較的腐敗の進んでいない死体があった。

 

 衝撃のあまり、動けなくなる。布団の上で抱きしめ合うような形の、二人分の死体。

 

 まだ肉が残っている。1年前にゾンビ化した死体なら、とうに朽ちているはずだ。つまり、この死体は――来栖さんと馬場くんだ。

 

 私たちは死体に近付き、その様子を確認する。間違いなく、私の知る二人だった。

 

「……来栖さんと、馬場くんだ」

 

「……!」

 

 私はじっと、二人の死体を見る。

 

 もう、亡くなっていたのか……。

 

 来栖さん、馬場くん……。生きていてほしかった……。

 

「ヒバリ、これ!」

 

 つばめがテーブル上の紙を指差した。手紙だった。しかも『西園さんへ』の文字から始まっている。

 

「僕も読んでいい?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 西園さんへ。これを読んでるってことは、私とジュンはもう死んでるんだと思う。

 

 私たちは、食料を確保するために大島へ行ったんだ。そして、ジュンがゾンビに噛まれて感染した。ジュンはまだ話せるけど、その内完全にゾンビになっちゃうと思う。

 私は無事だけど、最後までジュンと一緒にいようと思う。また、西園さんをひとりにしちゃってごめん。

 

 半年間、西園さんと一緒に暮らせてよかった。西園さんのおかげで、私たちは生きられた。傘で雨水を溜めたり、寄生虫がいるかもしれないから貝は食べない方がいいって教えてくれたり、西園さんの知識に何度も助けられた。

 たぶん、西園さんがいなかったら、私たちはとっくに全滅してた。本当にありがとう。

 

 さよなら、西園さん。勝手なこと言うようだけど、西園さんが生きていてくれて、幸せになってくれると嬉しい。来栖ミユより。

 

「うっ……うぅっ……! うぁあああああああああああああああああああああああッ……!」

 

 私は号哭し、その場に膝を突いた。涙がこぼれて、手紙を濡らしてしまう。

 

 つばめが抱きしめてくれる。強く、抱きしめてくれる。

 

 つばめも泣いていた。抱き合いながら、一緒に泣いた。互いを拠り所にするように、強く抱きしめ合いながら、ずっとそうしていた。

 

 そして、しばらくして――私は泣き止み、落ち着いた。

 

「ふたりのこと、埋めてあげる?」

 

「……いや、このふたりは、ここを最後の場所にすると決めたんだろう。だから、このままにしてあげよう」

 

「そっか、そうだよね」

 

 来栖さんは覚悟を決めて、馬場くんと運命を共にすることを選んだのだ。

 

 このふたりは、そっとしておいてあげるべきだろう。

 

 私たちは、ふたりの遺体の前で手を合わせ、黙祷した。それから、秋桜の間を出た。

 

 死体探しの旅は、これで終わりだ。

 

「びっくりしたね」

 

「ああ……。そうか、ここにいたのか、ずっと」

 

「近くまで来てたのに、ぜんぜん気付かなかったね」

 

 きちんと、一部屋一部屋探すべきだった。そうすれば、もっと早く見つけてあげられたのだ。

 

 私たちは桜の間に入った。前回泊まった部屋だ。

 

 私とつばめは、お喋りして、何時間かボードゲームをした。やがて日も暮れて、夜になる。私はランタンを取り出し、灯りを付けた。

 

 夕食を食べながら、私たちは話す。

 

「前にここで泊まった時に、ヒバリが処女だって分かったんだよね」

 

「やめてくれ、あの夜はトラウマだ」

 

 クイズを出され、それに誤答して処女なのがバレた。あの瞬間の絶望感は、人生でもトップクラスだ。たまに思い出して叫びたくなる。本当にトラウマだった。

 

「なんだかすごい昔の話みたいだよね」

 

「ああ、確かにね」

 

 初めのころ、私はクールで頼りになる才女を演じていた。男性経験が豊富な、余裕のある女を装っていた。

 ある程度は上手くいっていたし、つばめの信頼と尊敬を得ることもできていた。彼が陽キャでフレンドリーなのもあって、順調に仲良くなれていた。

 

 しかし、その嘘はあっさり暴かれた。男性の目は誤魔化せなかった。

 

 終わったと思った。絶対嫌われたなと思った。けれど――なぜか、かえって仲良くなれた。処女をからかわれるのは屈辱の極みだったけど、それはそれとして距離が縮まった。

 

 さらに、明確に心を開いてくれたように感じたタイミングがあった。井出くんの死体を見付けた境内での、あの瞬間だ。

 

 ――もう、ひとりはやだよ。ずっと一緒にいてよ。

 

 あの言葉を聞いた時、はっきりとした展望が見えた。実際あの時キスしたら受け入れてくれるつもりだと、つばめ自身も言っていた。

 

 そして、昨日。私はつばめを命懸けで助け、その結果、完全に惚れられることになった。そんな打算はなく、つばめを助けたい一心だったけど、最高の結果がもたらされた。

 

 キスをして、恋人になって、夫婦になった。前回この部屋に泊まった時より、私たちの関係は大きく前進した。

 

 つばめも、私を好きになってくれた。

 

 確実に、つばめと気持ちが通じ合っている。愛し合えている。そう、確信できていた。

 

 夕飯も食べ終わった。持ってきた歯ブラシで歯を洗い、水ですすいだ。

 

 私たちはテーブルを壁に寄せ、二組の布団を敷いた。窓からは青白い月光が射し込んでいる。つばめは立ち上がり、広縁のカーテンを閉めて、広縁と室内を隔てる障子も閉じた。

 

 光源は、ランタンの灯りだけになる。室内全体が、温かい橙色に染まっている。

 

「そろそろ着替えよっか」

 

「ああ、そうだね」

 

 お互いに背を向けて着替え始める。

 

「ヒバリって、可愛いのにカッコいいよね」

 

「……? なんの話だい?」

 

「処女なの、ずっと気にしてるでしょ?」

 

「ああ、コンプレックスではある。つばめに処女をいじられるようになってからは、悔しさに震える毎日だ」

 

「処女煽られると顔真っ赤で涙目になって、でも生着替え見せたりおっぱい触らせてあげたりすると、すごい鼻の下伸ばして嬉しそうな顔してくれて、そういう弱いところ、可愛くて好き」

 

「私今すごい暴言を吐かれてないか?????」

 

「でも、好きなところだよ。だから、昨日はビックリした。ヒバリに守られて、愛されてるって分かって。そして、ヒバリのものになって。男として、人生で一番の喜びを感じた」

 

「……!」

 

 私のものになることが、男としての喜び。信じがたいが、現実だ。私は、つばめにとって魅力ある女になれたのだ。

 

 私はパジャマに着替え終わった。

 

「ヒバリ、僕のこと、助けてくれてありがとう」

 

「それは当然のことだ。つばめのことを、愛してるから」

 

 私は壁の方を向いたまま、そういった。心からの言葉だ。今後何があっても、絶対につばめを守り抜くつもりだ。

 

「ヒバリ、こっち向いて」

 

 私は振り向く。

 

 !?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 

 ドエロいブラと、ドエロいガーターパンツと、その上にネグリジェを着たつばめの姿があった。

 

 ネグリジェはレースのため、薄っすら肌色が透けて見える。ブラジャーが黒色であることも分かる。パンツは隠れてしまっているが、それが私のリクエストしたものであるなら――チ○ポが丸出しの、あのクロッチレスパンツに違いない。

 

 つまり、布一枚めくればチ○ポが丸出しの状態で、つばめは立っている。

 

「心の準備、できたよ」

 

 つばめが私に近付いてくる。

 

 覚悟を決める。ついに、この時が来たのだ。

 

 そして、私たちは唇を重ねた。身長差があるので、つばめは少し背伸びをして、私を求めるような、必死なキスになる。

 

「んっ……っ……!」

 

 つばめの口内に舌を入れる。舌を絡め、舐り、蕩け合う。頬の内側を撫ぜるように、口内中を蹂躙する。

 

 脳味噌に幸福ホルモンがドバドバと分泌される。さらに、これからすることを期待して、身体中の血液が沸騰しそうに熱い。

 

「はぁッ……はぁッ……! んっ……!♡ んぅっ……!♡ ねえっ……! もうちょっとしゃがんでよっ……!」

 

 体勢のキツさと、呼吸の苦しさで、つばめは涙目になる。けれど、私は彼の顎を持ち上げる。

 

「必死なつばめ、可愛い」

 

「い、いじわるっ……!♡ ばかっ……!♡ んっ……!♡」

 

 つばめは言葉でこそ非難してくるが、その目は蕩けきっていて、甘い声にも悦びが滲んでいる。

 

 男を、いじめている。独占し、支配している。

 

 女としての暴力的な本能が満たされる。身体が熱い。興奮が止まらない。このオスを、私のものにしたい。めちゃくちゃにしたい。オスはメスに敵わないのだと身体に教えて格付けしてやりたい。

 

 私は、つばめを布団へ押し倒した。彼は枕元のコンドームに手を伸ばす。

 

「ねえ、ヒバリ」

 

「なんだい?」

 

「その、今まで処女煽って、からかってきたから……」

 

 つばめの瞳は、愛欲に濡れていた。そして、彼は媚びっ媚びの猫撫で声で――。

 

「僕のこと、いっぱい理解(わか)らせて?♡」

 

 下腹部が、異常な熱を帯びる。

 

 私は笑みを堪えきれない。かつて私を処女と煽ったつばめが、私にいじめられたくてお仕置きを乞うている。最高だ。最高すぎる。

 

 私は、つばめの耳元に唇を寄せる。

 

「ああ、覚悟しろよ。絶対手加減しないからな」

 

 決めた。朝まで啼かせ続けてやる。

 

 そして、私はつばめのネグリジェに手を伸ばした。

 

 *

 

 翌朝。

 

 つばめが水を飲む。私はそれをじっと見る。

 

 彼は再び寝転がり、布団をかぶった。

 

 一晩中犯し続けた。これまでの鬱憤を晴らしてやった。めちゃくちゃ気持ちよかった。

 

 つばめが私に身体を寄せてくる。私は彼を抱きしめ、頭を撫でる。幸せで、身も心も満たされる。

 

「つばめの喘ぎ声、エロくて最高だったよ」

 

「い、いわないでよ」

 

「思いっきり声出してくれるから、感じてるの伝わってきてよかった」

 

「そ、そこまで声出してないし」

 

 私は布団の中で、つばめの胸に手を伸ばした。そして、手探りで乳首を探し当て――ぐにっと乳頭を押しつぶすように抓った。

 

「んっ……!!!!!♡♡♡♡♡ あっ!♡ あっ!♡ んっ!♡ だめっ……!♡ ちくびだめっ……!♡」

 

「ほら、ね?」

 

「~~~~っ! いじわる! ばか! さいていっ!」

 

 つばめは私をぽかぽかと殴りながら、抗議の眼差しを向けてくる。私は彼を宥めるように、頭を撫でる。

 

「可愛いよ、つばめ」

 

「うぅっ……」

 

 完全に立場が逆転した。かつて弱い処女だった私は、今や夫を啼かせる側だ。

 

 男性を惚れさせたことが、女として自信に繋がった。また、S○Xも経験して、より女として強くなれた。かつて憧れた強い女に、本当になれたのだ。

 

「あ、そうだ、これ言おうと思ってたのに忘れてた」

 

「なんだい?」

 

「改めて、処女卒業おめでとう、ヒバリ」

 

「……! ああ、ありがとう、つばめ」

 

 私はつばめを抱きしめる。体温が溶け合う感覚が、心地よくて幸せだった。

 

「つばめ」

 

「うん」

 

「愛してるよ」

 

「うん、僕も愛してる」

 

 そして、私たちは唇を重ねる。

 

 障子の隙間から眩しい朝日が射し込んでくる。庭からは、夜に鳴き続けた私たちと交代するように、鳥たちのさえずりが聞こえてきた。

 

 

 『ゾンビが全滅し終わった世界【あべこべ】』完




 ご愛読ありがとうございました。

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