これは夢に違いない、と女は思った。
あまりにも非現実的すぎるし、あまりにも理想的すぎた。
しかし、これが夢でも幻でもないことは、女が一番良く知っていた。一番の当事者であるが故に、あまりにも良く分かりすぎていた。この理論の骨子は、女が持ち寄ったものであったが、女の生まれる遥か以前より機構によって練られたものであった。だが、それでも『プランG』と呼ばれるこの命題は自分なんかではなく、より優秀な者の手によって結実するものと女は思っていた。
女はプランGの高尚なる数論より導かれる解がこの結末であるのならば、それこそこれはやはり現実であり己たちの生きうる生存環境なのだろう、と思った。
理想的でありすぎるが故に拒絶したくなる衝動は、当然の反応であり防ぐ手立てはなにもない。
上手く行き過ぎている時こそ注意すべき、という使い慣らされた警句はこういう時にこそ発揮されるが、それが有用性をもっているか否かは実際のところ問題が起きてみなければわからない。あるのは目の前に広がる現実であり、その現実が現実離れして理想的なだけだ。徒労にも思える警戒心は慣れていくにつれ次第に弱まっていく。警戒心が弱まればある程度の余裕ができるのだ。目を方方へと向ければ、息を呑むような絶景。それら細部に宿る美しさは意図的故か、見るものを魅力して圧倒する。
陽光。
微風。
草原。
山嶺。
海洋。
その完璧さといったら、彼女の夢想そのものであった。完璧すぎるものは、その完璧さ故にちょっとした瑕疵が気になるものであるが、そんな瑕疵さえ目に入れても痛くない、と惚気る始末であった。
故に、その瑕疵に気づいた時には既に致命的であり、取れる手段はあまり多くはなかった。
やはり先人の警句は素直に受け入れるべきであったのだ。気づいた時にはもう手遅れ、というのもまた使い古された警句でもあるが。
仰臥し、ため息を一つ。
この世界は美しい。
女は改めて思う。
息づく者たちは、等しく全てが愛おしい。
まるで己が胎児だ。
過分ではない、実際、恐らくはそうだ。
故に、自らの身を捧げてまでも、この世界を守ろうと思ったのだ。
それこそが自らの使命。
課された傍題であり、果たすべき宿願であるかもしれなかった。
恐怖、躊躇、それらはない。
臨む心境は、既に解脱し、天弦へと至っている。
ただ。
ただ少しだけ、忍びないとは思った。
彼のこと。
赤毛の彼のことだ。
重い瞼を閉じるその刹那、少しだけの後悔を抱きながら輪郭を思い出した。