Fate/Fantasia edge   作:わがし狂太郎

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8話

 

 煙から作り出された馬は、嘶きこそしないものの、元気な足取りで三人の荷物を運んでいく。載せられた荷物は戸狩集落を出る際に、助丸香など村の者達が用立ててくれた食料などだ。

 丁度、荷物をもらう際に『アルフォンスってのはてめえか?』と名指されてアルフォンスは手紙を受け取っていた。

 差し出し人はダストロイ・ドロフスキー。

 アルフォンスには心当たりのない名前であった。

 

 「ダストロイ・ドロフスキーとは、宝石谷の当主の名じゃ」

 

 手紙をしげしげと見つめるアルフォンスにシルビアが教える。

 

 「エルフ族の中でも大物の名じゃのう。ほれ、開けてみんか」

 

 中に入っていたのは一枚の紙切れ。三つ折りにされたその紙には達筆な文字でなにやら書かれている。

 

 「んん?これウヌス語じゃないよ。ちょっとわかんないなあ」

 「どれ」

 

 とシルビアは手紙を貰って読み上げ始めた。

 

 「拝啓 幸運なりし巡礼者様。

 芒種の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

 さて、既にご存知の通り、聖杯巡礼が開催され、幸運にも貴殿が巡礼者として選定されたとの事、お祝い申し上げます。貴殿の他にも六名選定されたわけですが、これは無上の誉れと言う以外なく、一度貴殿を含め巡礼者の皆様にお集まりいただき、食事会を開催したく存じます。

 きたる六月二〇日に宝石谷にて開催いたしますので、ご参加賜りたく、何卒よろしくお願いします。

 ニ四四七年六月一〇日 宝石谷当主 ダストロイ・ドロフスキー

 ……案内状のようじゃな。ウヌス語でなくエルフ語で書いておるし、文体からも彼の気高い性格がみえるのう」

 「で、どうするよ?そのお茶会みたいのに、参加するのか?」

 「ううん、どうしよう?」

 

 セイバーに問われたアルフォンスは考え込む。

 

 「行くべきじゃろて。他の巡礼者を説得できたら、争わんで済むかも知れんぞ?」

 「うまくいくかなあ?キャスターの人みたいに闘いになっちゃうかも知れないじゃない」

 「そんなもの、行ってみんとわからんじゃろ?決まりじゃ決まり。それそれ、さっさと準備をするのじゃ──」

 

 そうして三人は宝石谷へと向かうことになったのであった。

 

 

  「セイバー。傷は大丈夫なの?」

 

 アルフォンスはセイバーの肩を見ながら言う。あの激しい戦闘からまだ一日と経っていない。通常であれば、怪我の程度からするに大丈夫なはずはないのだが、セイバーはけろりとして言った。

 

 「ああ。自慢じゃねえが、父親譲りで俺の回復力はすげえんだわ。もう、コウチョウ、校長、絶好調よ」

 

 ぽん、とセイバーは自分の肩を叩いて言う。彼は終始にやにやしていて不思議なくらい上機嫌な様子だ。本当に絶好調らしい。アルフォンスは不思議がって尋ねた。

 

 「なにがそんなに嬉しいの?」

 「巡礼者ってことはマスターだろ?て、ことはサーヴァントもその宝石谷ってとこに集まるってことじゃねえの。こりゃ、楽しみになってきたぜ」

 

 鼻歌交じりにセイバーは言う。どうやら、上機嫌なのは他のサーヴァントと見えることが出来るかららしい。続けて調子に乗って彼は言う。

 

 「シルビア、この煙の馬をもう二体出してくれよ。皆で乗っていけば早く着くだろ」

 「クソバカ者!そんな魔力消費、わたしが耐えられるわけないじゃろ!」

 「お、おお。悪い悪い。そんな怒るなよ。ドルイドでも無理なもんは無理だもんな」

 「ドルイドって……。神代の魔術師と一緒にせんでくれ」

 「シルビア。あのさ、宝石谷まであとどのくらいかかるのかな?」

 「三日、いや、寄り道をするから四日かの。食事会は六日後じゃから……」

 「ちょっと待って。僕の聞き間違いじゃないよね?寄り道するって言った?寄り道ってどこに?」

 「どこって、ゼゼ丘じゃよ」

 「ゼゼ丘?そこに禮場でもあんのか?」

 「いいや、禮場ではない。じゃが……。ふふ。旅の道連れは多い方がええじゃろ。ヤツは力持ちじゃしな!」

 

 

 逃げて。

 逃げる。

 手を取り。

 手を引き。

 耳をふさぎ。

 逃げる。

 逃げろ、と叫ばれてからそうして走り抜けてきたが、ここが限界だろう。もたつく足がそう訴えている。

 手を握った幼い子は、つぶらなひとみを母親に向けていた。彼女は街を包囲している者たちを蹴散らすような力がなかった。崩れた倉庫、その物陰に二人で隠れて、時を待つ。

 一体なにを待っているのだろう。

 助けなどくるはずもないのに。

 だが、これ以上は逃げ切れない、走りきれない、母親は判断した。

 故に待つしかないのだ。

 最早二人だけになってしまった、この地獄のような街の片隅で。

 

 「マダ残ッテイル筈ダ」

 

 ゴブリンの声がした。

 阿鼻叫喚や喧騒が消えてから、自分たちを探しているらしいことを母親は悟る。そこまで執拗に町人を殺戮する意味はわからなかったが、意味など知る必要はない。ただ、見つからないよう祈るばかりだ。 

 だが、大抵こういう時の祈りは届かない。

 

 「見ツケタゾ!」

 

 瓦礫の隙間から緑色をしたゴブリンと目が合う。

 瞳孔までが真っ赤に充血したその眼差しには、狂気と殺意が込められている。

 母親は叫び声を上げる。

 立っていたのは数人のゴブリン。

 ゴブリンたちは母親の声を聞いて大笑いする。

 瓦礫は雑に退けられて、二人は露わになった。

 

 「当タリダ!女ト子供、二人イル!」

 「サッサト刺身ニシテシマオウ!」

 「オイオイ!女ハ輪姦シテカラノ方ガイイダロウ?」

 「テメエノ体液ガ肉ヲマズクスル、サッサト食ベヨウ」

 「マテ!」

 「「ガラマ様!」」

 「遊ビジャアネエンダ。早ク魔力ヲ回収シロ」

 「「ハッ!」」

 

 笑みを消したゴブリンたち。

 そのうちの一人が握った鎌を振り上げる。

 母親は子を守り、祈る。

 待つ。

 助けを待つ。

 祈りは、届けられた。

 ゴブリンたちの首が飛ぶ。

 

 「酷えことすんじゃねえよ」

 

 来るはずのない助けが来た。

 二人の前に立つのは青髪の男。

 均整が取れた筋肉質の肉体は二人には神々しく見えた。

 

 「何者ダ!?」

 

 少し離れたところから、ガラマが叫ぶ。

 

 「誰だっていいだろう?手前らには生きる価値すらねえんだからなあ!」

 「セイバー!」

 

 遅れて現れた赤髪のビコト。煙の中から現れたように見えたが、夢か錯覚か。

 

 「マスター!悪いが加減はしねえ。魔力を回せ!」

 

 こくこく、とビコトは頷く。彼は手の甲にあるアザを触りながら、セイバーと呼ばれた青髪の男を見た。

 すると、青い髪は根元から火が着いたように変色し、燃え盛るような紅緋色に変わった。

 セイバーは猛った猪のように、ガラマへと迫る。ガラマも持った棍棒で応戦し、数撃やりあったが、ついには首と胴が分かたれた。鮮血が噴き出し、セイバーは返り血を浴びて顔だけ振り返る。赤かった髪は青に戻っていた。

 

 「さあ、逃げて!あっちの方向は今ならゴブリンもいないから。今のうちに!早く!」

 

 二人にそう声をかけたのはマスターと呼ばれたビコトだった。

 母親が指された方向を見ると確かにゴブリンたちの姿はない。子供を引き起こし、母親は一礼をすると足早にかけていった。二人は無事に街を抜け出し、隣町へと更にかけていくのであった。

 逃げて。

 祈って。

 駆けていく。

 

 

 ずらりと並ばされたゴブリンたち。立膝の横並びのその様は虜囚のようであったが実際には異なる。彼らが侵略者であり、この街の破壊者だった。

 だが、皆なぜか一様に助命を懇願するかのように眼を震わせており、脈拍も恐怖からか早い。

 

 「弁明はあるか?賢い答えを期待する」

 

 一人だけ立つ背の高いゴブリンが言った。そのゴブリンは見た目は不思議な美しさを持つ男性であったが、両目は真贋を見定める鑑定士のように冷徹で険しい。

 

 「どうした?沈黙は無抵抗に他ならない。今、この局面において賢い選択とは言えねえだろ?」

 

 ゴブリンたちの後ろを行ったり来たりしながら、男は言う。

 

 「サ、サーヴァントガイタノデ……」

 「サーヴァント。それで?なんだ?言葉を続けろ」

 

 男は低い声でそう言った。言葉はまるで心臓を掴むような響き方をしている。冷や汗で湿ったゴブリンの禿頭をじっと見つめて動かない。

 

 「デ、デ、デスカラサーヴァント、ガ、イタノデ、アノ、ソノ、強クテ、死ニタクナクテ……」

 

 そこまで言いかけたゴブリンの頭を男は思い切り地面へ叩きつけた。少しだけ跳ね返った勢いを活かし起き上がらせると、今度は後頭部へ足の裏を当て、踏みつけるように頭を地面へと叩きつけた。倒れているゴブリンは頭を数十回と踏みつけられると痛みからか痙攣し、白目を剥いて突っ伏した。

 

 「死にたくないだと?くだらん。お前らの人生とは如何なるものか。俺だけが知っている。暗愚なお前らを俺が導いているのだ。死ぬ気で犯せ。破壊し尽くせ。お前らにはそれしかない」

 「「ハ、ハイ!」」

 「賢くないやつは嫌いだ」

 「「ハイ!我々ノ人生ニ価値ヲ与エクダサッテ、アリガトウゴザイマス」」

 

 男は人差し指を苛立だしく左右に振りながら、しかし、無感情な声色で続けて言う。

 

 「無価値なんだ。全てはな」

 

 くるりと背を向けて男は去っていく。遠くになるにつれ、ゴブリンたちはよろめきながらも立ち上がり、互いに生存している事実を確認し安堵のため息をついた。

 男の背中が黒い点ほどに見える距離になったとき、男からも彼らは黒い豆粒にしか見えなかった。男は無表情で無機質な声で言った。

 

 「だが、俺が、俺だけが価値を与えられる。価値を与えてやろう暗愚ども」

 

 黒い豆粒たちは、一度に爆ぜてなくなった。

 男は振り返らず一切変わらない足音を立てながら、崩壊した街の中を歩いていった。

 

 

 ゼゼ丘とはスコリア丘であり、御椀をひっくり返したようなその姿は綺麗な円錐台をしていた。ただ、植生は貧相で枯れ草と低木があたりに広がっているだけであった。

 ゼゼ丘が間近に見え始めてセイバーは言う。

 

 「いや、しかしなー、さっきのはなんだったんだ?」

 

 さっきの(・・・・)、とは道中にあった町での出来事のことだ。その町はゴブリンの襲撃を受けており、壊滅状態にあった。奇跡的に救出できた二人の母娘以外の生存者はなく、崩れかけた建物からは火の手が上がっていた。

 

 「ゴブリンだよ。あんなに凶暴なのは珍しい気もするけど……。全く、酷いやつらだ。思い出すたび、うーん。ちょっと吐き気が……」

 

 アルフォンスは答える。

 

 「じゃが」

 

 と青ざめた表情の彼に、優しく声をかけるのはシルビアだった。顔の良さも相まって女神のように見えなくもない。

 

 「なんとか救えた命はあった。これはすごいことじゃぞ。ゴブリンたちも一掃できたしのう」

 

 ──しかし、セイバーの違和感はそこではなかろう。恐らくはあのゴブリンの強さじゃ。たった数撃とはいえやり合ったあのゴブリン。全力のクー・フーリンじゃぞ?生身の人で武器を合わせられるなど到底考えられん。

 

 「ん?あれは」

 

 アルフォンスは顔を上げて声を出す。彼の指差す方向には一軒のロッジがあった。

 

 「おお。ようやく着いたか」

 「は?あれがその男の住処かよ。デカイにも程があらあな」

 

 そうセイバーが言うのも無理はなかった。

 そのロッジは丸太づくりではあるが、遠目にも大きいとわかるものであり、隣に植えられている木と対比させるとその異様さがより鮮明となっていた。

 更に歩き、もう間近、というところまで迫るとその大きさに圧倒される。一本一本の丸太は大木と呼べるものであり、ドアも大きくアルフォンスはドアノブに手をかけることすらできない。

 

 「おい!開けてくれんかー!」

 

 ノックをしながらシルビアは叫ぶ。

 反応はない。

 

 「留守にしとるのか!?おーい!開けてくれー!」

 

 反応はない。

 しんとして辺も静まり返っている。

 

 「おかしいのう。彼奴は出不精さんと思っておったが……」

 

 ふむ、と一息つき再びノックをしようとシルビアが腕を上げたその瞬間、凄まじい勢いでドアが開いた。

 現れたのは巨人。

 身の丈はセイバーの背の三倍近い大きさだ。

 彼は片手に大斧を振りかぶり、今にも振り下ろさんとして三人を見下ろしている。

 

 「わー!あっ!わー!」

 

 アルフォンスは驚きと恐怖のあまり涙を流して叫ぶ。

 

 「このクソバカ者!わたしがわからんか!斧を下ろせ!」

 

 シルビアが一喝すると、巨人は斧は上げたままではあるものの怪訝そうな顔つきになった。

 

 「もしかして、シルビア氏……か?」

 「そうじゃ!クソッタレめ!早く斧を下ろさんか、ホク!ホク・アロン!」

 「む、本当にシルビア氏のようだ。これは申し訳ないことをした」

 

 そう言ってホクは斧を下ろした。

 

 「旧友ともなれば立ち話もなんだ。中に入ってくれ」

 

 三人がロッジの中に入ると、ホクはドアを閉め近くにごとり、と斧を置いた。その斧は刃渡りだけでアルフォンスの背丈ほどもあり、怯えながらアルフォンスはホクの案内に従った。

 

 「ささ、三人ともかけてくれ」

 

 そう促されるものの、家具も全てがギガンテ族サイズであり、シルビアとセイバーはなんとか椅子に腰掛け、テーブルに手をつけられるサイズ感であったが、アルフォンスは椅子によじ登り、目線ががようやくテーブルの上に出るような有り様であった。

 ホクは甲斐甲斐しくも紅茶を淹れてくれたのだが、食器もギガンテ族サイズで、注いでくれたカップは、最早すり鉢と見紛うほどだ。

 

 「全く」

 

 両手でカップを持ち上げ、紅茶を飲みながらシルビアは言った。

 

 「なにを考えておるんじゃ、クソバカめ。いきなり斧を持ち出すクソバカがおるか。心臓が縮こまったじゃろに。この紅茶がまずかったらお主をどつき回しているところじゃ」

 「すまない。なにせこの辺も最近は物騒なんだ」

 「ああ、ゴブリンどもだろ?ここに来る途中やっつけといたぜ」

 「セイバー氏」

 

 先程、紅茶を淹れながら四人の自己紹介は済んでいた。ただし、セイバーの真名までは明かしてはいない。

 

 「ここに来る途中と言うのは、戸狩の方面からだな?」

 「ああ、そうだが?」

 「そちらの方面はまだ穏当だ。だが、ここから先、宝石谷方面はかなり苛烈だ。建物すら残っていない集落もある。油断しない方がいい」

 「そりゃどうも。てか、そりゃ本当にゴブリンどもの仕業か?」

 「わからない。なにせ生き残りがいないからな。宝石谷方面には大小合わせて二〇近い村や町があったが、半分近くは無くなってしまった」

 「半分!?そんな!」

 「アルフォンス氏、驚くのもわかるが真実なのだよ。原因がわからない以上、自衛するしかない」

 「宝石谷の当主はなにしとるんじゃ?近隣がそんなに荒らされて黙っておらんじゃろ」

 「討伐隊を派遣しているようだが……。成果は芳しくないようだな。実際被害は食い止められていない。ゴブリンたちは神出鬼没らしいからな」

 「ふうむ」

 「三人とも、この先宝石谷へ向かうのなら、細心の注意をはらうことだ。それで、ここへは何しに来たんだ?」

 「そりゃお主を旅の仲間に誘いにきたんじゃ」

 

 ほっほ、と笑いながらシルビアは煙を吐いた。

 ホクは短く切り揃えられたヒゲを撫でながら、少し思案している様子だった。彼はゆったりと紅茶を一口飲み、窓の外をちらと見た後、間を置いて言った。

 

 「断る。旅には出ない」

 「なんじゃと?これこれ出不精さんとはいえ、わたしとお主の仲じゃろうに」

 「気持ちはありがたい。だが、俺氏ももう二四〇歳の誕生日が間近だ。ギガンテ族の寿命からすればもう先は長くない。この地でゆっくりしたいんだ」

 「そう言われるとのう……」

 

 シルビアはため息をついて、パイプをふかす。美しい顔に『気持ちはわかるが、荷物持ちをしてほしい。でも気持ちがわかってしまう』と誰にでも読み取れる顔色で、複雑怪奇な表情を作り出している。

 

 「すまないな、荷物を持ってやれなくて。でも、俺氏には六〇年前、遠桐サクラ氏や徳川助丸香氏、ロジャー・ソラーテロッカ氏たちと行った旅の思い出だけで充分だ」

 「むむむ」

 「シルビア。仕方ないよ。ホクさんの気持ちを尊重してあげよう」

 「むむむむむ。うーむ。仕方ない、残念じゃが、むむむ、……そうする」

 「むの多さに未練が感じられるが……。ああ、丁度かぼちゃのパイが出来ていたんだ。食べていくか?」

 「え!?かぼちゃ!?もちろん!」

 

 歓喜の声を上げるのはアルフォンス。彼はかぼちゃに目がないらしい。

 

 「わかった。では準備しよう」

 

 そう言ってホクが運んできたかぼちゃのパイはこれまた巨大なサイズ。直径はアルフォンスの半身ほどもある。ゴツゴツとした手でホクは丁寧に切り分けると、三人の前に並べた。

 

 「こりゃ美味えな!」

 

 そう感嘆の声を上げるのはセイバー。

 彼はペロリと平らげると

 

 「ちょっと貰うぜ」

 

 とアルフォンスの分からもさらにパイを摘んで食べた。

 

 「な!?ちょっと!だめだよ!」

 「はは。そう揉めずとも、足りなければ俺氏の分をあげるとも」

 

 そう言ってホクは微笑んだ。

 四人とも紅茶を飲み干すと、和やかなこの会は解散となった。

 

 

 三人が去ってどのくらい経っただろうか。

 アルフォンスたち一行を見送ったとき、まだ昼前近い空模様であったので、今が夕暮れ時とするともう数時間は経っている。

 ホクは一人椅子に腰掛け、本を読んでいた。

 ホコリ溜まりの時代記(ファーアウェイクロニクル)、その第五巻。西ローマ帝国の興亡とその後の西欧の物語が紡がれている。彼のお気に入りはフリギドゥスの戦いの項であり、今も読んでいる最中であった。鳥のさえずりが遠くに聞こえる穏やかな落日。先程までの賑やかさ以外には特に変わり映えのない一日が終わろうとしていた。

 不意に静寂を割いて、ドアが叩かれる。

 誰だろうか。

 こんな時間に。

 ホクは本に栞を挟み、席を立つ。

 このロッジには窓はある。大きなガラス戸もあるため、開放感は確保されてはいる。

 だが、玄関付近には一つもない。外から中の様子がわからないようにするためであったが、それは同時に中からも来訪者がわからないということでもあった。

 ──覗き穴くらいはつけるべきだったか。

 そう考えながらホクは斧を握り、ドアを開けた。

 ぎらり、と光り向かってくる一筋の黒鉄。

 ドアを粉砕し、ホクの胸を目掛けて飛ぶように向かってきている。

 スローにホクには見えたものの、そのスピードは実際には凄まじいものだった。

 咄嗟に斧でそれを受け止められはしたものの、あまりの力に斧は弾き飛ばされてしまった。斧はそのまま背後の壁を突き破り、外の地面に突き刺さった。

 黒鉄の正体は矛の先であった。

 ぐねぐねと蛇行したその穂は、ホクの肩を切り裂き血を纏って再び玄関先の主の下へと戻る。

 

 「鬼が出るか蛇が出るかと思ったが、猿だったか。一体何用だ?人間族の」

 

 玄関先に立っている男にホクは問いかける。

 頭に深緑の頭巾を被った男は、針金のような髪と髭、それに眉を持ち、丸顔で鼻は大きく顎も大きい。鉄製の胸甲は片側のみを覆っていて、着ている衣服は元は頭巾と同じ深緑であったろうが、今は全体が赤黒く汚れている。背丈はホクには及ばないものの、二メートル近い高さで腕や脚は丸太のように太い。胸板にいたってはホクのそれよりも厚く、全身が筋肉でできた団子のような風貌であった。

 男は問いかけには答えない。

 ようやくホクは気づいたのだが、男からは魚が腐ったような血なまぐさい腐臭がぷんぷんと臭っていた。よく見ると男は白目を剥いていて、歯ぎしりをしながら荒く激しい呼吸をしている。

 ──これは。

 

 「狂っているようだな。紅茶を楽しむような知性もないとは残念だ」

 

 男は大きな咆哮を上げると再び矛を構えた。

 

 「いいだろう。相手をしてやる」

 

 ホクは自信に満ちた声で言った。

 だが、ここが最期だと彼は悟っている。

 何故か。

 強気な態度を取りはしたが、先程の一撃で既に片腕は折れ、右の肩は抉れて無くなり、頸動脈が断たれているのだった。

 薄まりゆく意識の中で、ホクは声を振り絞り大声で言った。

 

 「武を交えんとする者よ!我はホク・アロン!ギガンテの誇りとともに覚えていくとよい!」

 

 ──ああ、最期に我が友と語らえたこと、今生の喜びとしよう。

 口角から血を流しながらホクは微笑む。

 獰猛に放たれた矛は彼の頭蓋を砕いた。

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