むかしむかし、これまたむかしというのだから、これはもう相当むかし。あるところに一人のエルフ王がおりました。この王は三人兄妹でございまして、その長兄でありとても優秀な方でございました。
この王は優秀でしたが、ひょんなことからある儀式に参加することとなりました。
これ自体は変な話ではありません。
王というのは、特に優秀であればミステリアスな儀式の一つや二つ嗜むものです。ええ、そういうものですとも。
ともかく、儀式に参加すること自体にはなにも変哲のないものでございました。ただ、その儀式というのは、使い魔を呼び出して、これを戦わせるというものでございましたので、降霊術を行ったのでございます。
そこに問題がございました。
いえ、ちゃんと使い魔は呼び出されましたとも。そこは抜かりなく。
王には妹君がおりました。妹君は体が弱く、意思疎通はできるもののほとんど寝たきりの状態でした。彼女は慎ましくそして兄を敬愛している、とても愛らしい方でしたが、どうしても降霊術が見たいと、兄にせがんだのでした。愛しい妹に頼まれれば王も無下にするわけにはいきません。反対する魔法使いをなんとか説得させ、降霊の場に妹君を連れてきたのでした。
さて、問題はここから。
降霊術はとても上手く行きました。ええ、土地、人、縁、三方の相性が良かったとそう言えるかもしれません。ただ、行き過ぎたものは及ばざるが如しと言う通り、上手くいき過ぎたがために、あるイレギュラーが起こったのです。王が呼び出した使い魔に連鎖して、ある神霊が呼び出されてしまいました。神霊というのは、強力な存在ではありますが、このような人為的な呼び出しの場合、その存在強度はとても希薄なものとなります。ただし、今回は丁度その場には妹様がおられました。これもたまたまではあるのですが、呼び出されたのは女神であり、そして、妹様ととても波長が合う神霊でした。
なので、なんと、妹様に女神様が取り憑いてしまった、とこういうわけです。ええ、大問題です。
受肉を果たした女神は妹君の意識を意識野の奥底に追いやってしまい、ほとんど表層に現れるのは女神そのものでございました。この女神様のワガママたるや、もうそれだけで短編小説が六本はつくれるのでは?という有り様でございました。
それでもやはり、王は優秀であらせられた。妹君の意識は無くなったのではなく、奥に隠れているだけと知ると、それもまたよし、と咎めませんでした。何と言う度量の広さ、これがこのあとの悲劇を呼ぶことになるとは、流石の王も気が付かなかったわけですが。
それから何年、何十年もの年月が経ちました。いくら優秀な王と言えど寿命には勝てません。とうとうその時を迎え、黄泉へと旅立たれました。
では、このとき女神様はなにをされたかと言いますと、まあ、あまり面白い話ではありませんが、お話しましょう。女神様はただならぬ雰囲気で城から飛び出し、ある集落の上にお浮かばれなさったのです。まあ、それくらいは良いでしょう。神なのだからよくあることです。ですが、この女神様は一味違う。その身勝手さ嵐のごとくです。
なんと女神様はとんでもない次のようなことを言い出したのです。
「あんたたち!兄様が死んだというのに喪にも服さないなんて、サイッッテー!え?……うっさい!うっさい!言い訳は聞きません!あんたたちはもう死刑!」
なにがどうなったのか詳しく知るものはおりません。ただ、事実として言っておくと、ある森の中のエルフの集落はこの日、人を含めて跡形もなくなったのでした。後の世にはこの出来事は『女神様のご癇癪その一』と呼ばれました。よもや、こんな傍若無人極まる、神だから傍若無神なのでは?とも言いたくなるような恐ろしいことが、その二その三もあるのかと、とても畏れられながら伝わっていったのでした。村のあったところには、代わりに大きな谷ができ、その特徴を見て『宝石谷』と呼ばれるようになったのでした。
めでたし、めでたし。
☆
深い闇の中、闇を構成するのは多くの木々であり、闇の色はどちらかというと青系で、月明かりだけが辺りを照らしているが、枝葉に遮られて明るさは頼りない。アルフォンスが目を覚ますと、そんな光景が広がっていた。
どうやら夢を見ていたらしい、と彼は思う。
内容は覚えていないが、めでたくはないだろう、何がめでたい、という強い残留思念が寝ぼけた脳裏に焼け付いている。
夜闇に目が慣れてくると、近くには横臥している二人、シルビアとセイバーがいた。シルビアは顔と体型に似合わず、大きないびきを立てて寝ている。否、本来は大きな音なのだろうが消音の魔術とやらで音は聞こえない。大口を開けて寝ているだけだ。
セイバーは背を向けているため、詳細はわからない。
「どうしたい?マスター。悪い夢でもみたか?」
起きていた、とアルフォンスは思う。
セイバーは背を向けたままで話しかけてきた。
「起きちまったからってあんまり動くなよ?大人しく横になってて、もう一度寝ちまう方がいい。夜の森はおっかねえからな」
「セイバーは寝ないの?」
「ん?ああ。そもそもサーヴァントにゃ睡眠どころか食事も必要ねえのよ。だから、寝たように見せかけて寝ずの番ってわけだ。今までだって夜中は見張ってたんだぜ?」
そうだったのか、とアルフォンスは思う。なのに、何故かぼちゃパイを。
「どんな夢を見たかは知らねえが、マスターとサーヴァントってのは繋がりがあるせいか、お互いの記憶が流れ込みやすいって話だ。もし、俺の記憶を見て嫌な気持ちになったんなら悪かったな」
「いや、多分違うと思うけど。でもどうして嫌だと思うの?」
「俺の記憶、いやさ俺の人生ってのは修行か戦いの連続でよ。傍目に見て気持ちのいいもんじゃねえだろうなって思うわけよ。血反吐と死体ばっかりでよ。俺の人生ってのは当たり前だが俺のもんだ。故に、俺自身は当時出来る限りを尽くして生きてきたが、他人がもし俺自身になった時、どう思うかなんて考えて生きちゃいなかったのよ」
「それは、つまり、あんまり自分の思ったようには生きられなかったってこと?」
「確かに俺は、俺の人生ってのは思った通りに事が進んだってわけじゃねえ。番犬をはずみで殺しちまったんで番犬の代わりをしたり、軍団の名誉のために他人と競い合って、どうでもいいようなこともやった。だからって今の俺に後悔はねえ。その瞬間その瞬間に、俺は俺の出来る限りを尽くしたと、そう思ってる」
「セイバーはすごいね。やるべきことをちゃんとやったんだ」
「んあ?」
セイバーは寝転がったまま振り向いた。眉間に皺を寄せながらアルフォンスを見ていたが、突如として優しい笑みを浮かべると静かに諭すように言った。
「そうじゃねえ、そうじゃねえんだよ。やるべきなんてことはその時にはわからない。せいぜいが後から結果が出て推察するだけだ。人生にゃ『やるべき』なんてのはねえんだよ。場面場面で『やれる』と『やれない』が転がってるだけだ。やれることを拾いながら『もっとこうすればよかったな』の連続で人生は進んでいく」
「そうしたら、後悔ばかりが人生なの?」
「それも違う。『やれる』の果てに望みはある。無意味だと、間違ったと思われる選択肢の先にお前だけの答えがきっとある。その最果てが後悔だけのはずがない」
「うーん。でも、つまり後悔は最後まであるんだ」
「そりゃ人生の付属品だ。いつまでもついて回るもの。そいつをぶら下げながら、迷いに迷って生きていくもんなんだよ。生き抜くのは苦しいかもしれんが、苦しいだけじゃない」
「人生の付属品……。ぼくにはまだ難しくってわからない」
「なにも難しく考えることはねえんだ、マスター。お前さんはよくやってるよ」
「そ、そうかなあ?」
「ま、とにかく今はもう寝ちまうこったな。まだまだ夜明けまでには時間がある」
「そうするよ、おやすみ」
と答えてアルフォンスは瞼をつぶる。
自分はここまで何ができたろう。
何も。
セイバーはああ言いったが。
何も出来ていない。
きっとこの先も。
本当にこのままで良いのだろうか。
何もできないのに。
果たして。
たすき掛けの思考の連続。
やや緩やかに途切れ始める意識。
遠い虫のさざめきが頭の中を巡ると、徐々に意識が遠のいていった。
☆
この森は朝になっても薄暗い。夜間よりはやや明るいものの、差し込む陽光はあまりにも儚い。頭上を覆う枝葉は逞しく伸びており、偶然重なっていないところから日差しが差し込むばかりである。よくこんなところに住むな、と思うが仕方ない。そもそも先に森があって小さな村ができ、そこに谷ができて町が形成されたのだ。何故かアルフォンスは谷が人為的ないし神的に出来上がったものだと、うっすらと経緯を知っている。
木々の間、遠くに猪が見え、猪が踵を返し消えたところでシルビアが言った。
「よし、そろそろ到着じゃぞ」
「わわわ、準備、準備が。セイバー、服装変になってないかな?」
「なにを慌てておるんじゃ、アル。今更、準備もなにもない。そもそも森に入った時点で既に彼らには気づかれておる。エルフたちの森林索敵は高感応じゃからのう。さて……」
と言ってシルビアは目の前の蔦を暖簾をくぐるように上げた。
「わあ」
まず、目の前に飛び込んできたのは何色もの光。
大地に深く刻まれたその切れ目、露わになっている地肌からキラキラと幾つもの光が放たれている。
天を覆うのは、大きな葉数十枚で、それらが幾重にも重なることによって天然のドームが形成されていた。
谷は俯瞰してみた場合カカオのような形をしているが、その全長はざっと見てもかなり長い。今ちょうどアルフォンスたちは左端の縁付近にいたが、右端は霞がかるほどに遠い。幅は中央に向かってだんだんと広くなっていき、恐らく中央付近では三〇〇メートル近い広さになると思われた。深さは地肌の発光によって距離感が掴みにくいが、ビルで例えるなら五階建て分に相当する。地肌に沿っていくつもの通路が走っており、その通路をエルフたちが行き交っている。横穴が無数に見えるのでそこが住居や店舗らしかった。
「綺麗なところ」
「こりゃすげーな」
アルフォンスとセイバーが言う。
彼らの言う通り、この谷は美しかった。
地肌に埋められている億兆の宝石が輝いて、見るものを魅了する。その輝きは季節、天候、そして昼夜すらも問わず輝き続けこの谷が一つの大きな玉石のようであった。
そう、ここが『深林の絢爛城』『
「ほれ、ぼさっとしとらんと行くぞ」
見惚れている二人に声をかけてシルビアは先を行く。慌てて二人が後をついていき、暫く下り坂を行ったところで三人は呼び止められた。
「招待されたアルフォンス様御一行ですか?失礼ですが、招待状を拝見できますでしょうか」
頭に鉄兜を被ったエルフが言う。シルビアがローブの下から手紙を出し、彼に渡す。鉄兜のエルフは白手袋をはめたまま恭しくそれを受けとって中を検めた。
「お待ちしておりました。今ご案内いたします」
そう言うと彼は踵を返し歩き始めたため、その後ろをぞろぞろと三人はついていくことになった。
この谷は五層からなる階層に分かれており、上からウゾウム層、ル層、ムネンム層、メイ層、ドク層と呼ばれる。
玄関口とも言える最上層のウゾウム層、その下のル層は商店や宿屋などの商業施設が多い。店舗兼住宅にしている者もいるが、多くは店舗専用である。
中間に位置するムネンム層は居住層であり、店舗は僅かで、殆どが居住空間となっている。
次のメイ層は行政に携わる機関のある層で、兵舎や裁判所など行政機関が集中している。
最下層のドク層には地べたがあり、大小様々な砂山が見て取れる。その砂山にも紫や紺など色とりどりの光線が投射され、美しく幻想的な立体感を生み出している。
それぞれの階層には道があり、道は外壁にへばりつくようにして存在している。緩やかに傾斜した階段が点在し、上下の階層と接続していた。道の途中途中に横穴が散見されるが、それらには扉がつけられているもの、突き出たピクト板が取り付けられたものなど多様に存在し、道も幅が広狭様々で行き交うのはエルフばかり。道端にはところどころに、綺麗な彫刻の施された燭台があったり、整然と整備された街路樹や水路があったりして地下でありながら陰暗な雰囲気は感じられない。
三人はメイ層の一際豪奢に飾り立てられた青い両扉の前まで連れてこられた。壁面から突き出た案内板には『トルマリンの間』と書かれていたが、エルフ語だったのでアルフォンスには読めなかった。セイバーは道の先が気になるらしく、下を覗いたり、少し先へ進んで辺りをうかがったりしていた。
そんなセイバーを見た鉄兜のエルフが言う。
「それより先は行かないでください。危険ですから」
「ん?危険?この先には何が?」
「その先には下へと降りる階段がありますが、最下層のドク層は牢獄です。凶悪犯など収監しておりますので、お立ち寄りにならないよう、お願いしたいのです」
「ああ、そうかい。なるほどねえ。わかった、わかった。あんたの言う通りにしよう」
少し面倒くさそうに鼻息を吐くとエルフは扉を開けた。
三人は中へと入っていく。
☆
「こちらの応接間で暫くお待ち下さい」
そう言って鉄兜のエルフは本道らしき通路を右に折れ、三人を小部屋へと案内する。その小部屋も壁面に夜空の星の如く宝石が埋め込まれており、置かれているテーブルランプの灯りを受けて美しく輝いていた。
「他の招待客様の都合や会場の準備もございますので、少々お時間いただくかと思います。お待ちの間にはこちらをお召し上がりください」
そう鉄兜のエルフが言い終わると、二人の女エルフが皿を仰々しく白い手袋をした両手に乗せて部屋へと入ってきた。
なにか美味しそうなものが乗っている、とアルフォンスは口をぽかんと開けながら、皿の上を見ていた。
「一流のシェフがお作りしたものです。シルビア様にはガトーショコラを。アルフォンス様はかぼちゃがお好きだと聞きましたのでかぼちゃのキッシュを。どうぞお召し上がりください」
「へえー。美味しそうじゃねえの。で、兄ちゃん。俺のは?」
セイバーは尋ねる。皿が並ばれたものの彼の前には何も置かれなかったからだ。
「あ、いえ、サーヴァント様にはお食事は必要ないと聞いておりましたので」
「え?俺のはねえの?そんな馬鹿な!」
「申し訳ございません。また次回には気をつけますので」
「じ、次回って……」
鉄兜のエルフは申し訳なさそうに一礼したものの、給仕したエルフ二人を伴ってそそくさと応接間から出ていってしまった。
アルフォンスは件のエルフたちが出ていった扉を哀しそうに見つめながら、お気に入りのナプキンを取り出して言う。
「セイバー。残念だったね。必要ないからって、準備もしてくれないなんて……って、え?」
アルフォンスがセイバーへ視線を移すと、なんと、かぼちゃのキッシュを頬張っていた。皿の上は無慈悲にも既にまっさらだ。
「あー!」
「
「なにやってるの!ぼ、ぼくのキッシュは!?」
口の中のものを綺麗さっぱり食べきると、歯を見せて笑いながらセイバーは言った。
「お前さんのキッシュは俺がちゃあんと、毒見しておいたぜ?毒は入ってなかった。だが!キッシュもなくなっちまったがな!」
「うわー!ぼくのかぼちゃのキッシュがー!」
「うわっはっは!」
「お主らうるさいのう。もう少しお上品に待てんのか」
「でもぼくの、ぼくのキッシュが……。ぼくのかぼちゃのキッシュが!」
「ええい!めそめそしてもしょうがないじゃろう!もうないもんはないんじゃ!」
「はーっはっはっ!」
「ぼくのかぼちゃ……キッシュ……」
「ほれ!これで機嫌をなおせ!」
そう乱暴に言ってシルビアはガトーショコラを雑に切ってアルフォンスに渡した。アルフォンスはちょこんと置かれたその一片のガトーショコラを食べた。少し涙の味がして、二度とセイバーに食べられまいとそう心に誓うのであった。