碧黄エビのスープ。
白身魚のクリーム煮。
氷極苺のソルベ。
ホロ鴨のコンフィ。
フルーツポンチ。
以上が食事会のメニューだった。
既に食事会は終わり、アルフォンスたち三人はル層にある宿屋で寝床についていた。
アルフォンスは膨れた腹を撫で回し、ニヤつきながら天井を見つめていた。
天井の青と緑の宝石がはめ込まれた壁面をぼんやりと見つめながら、アルフォンスは久しぶりのまともな食事の味を思い返す。ただし、不穏な会話も付随して思い返すのだが。
☆
碧黄エビのスープ。
魚介類の旨味が染み出したスープ。エビの中でも一際高級な碧黄エビという、黄色みがかった青いエビが使われたスープだ。中に入った根野菜は形がしっかり残っているのに柔らかい。磯と野菜の爽やかな香りが口から鼻腔へと駆け抜けて、より美味しい味わいを引き立たせている。
「それで」
と言ったのはハナだった。苛烈そうな性格の見た目であったが、言葉もどこかトゲトゲしい。
「その『ぬらりひょん』とやらはどこにいるのよ?」
今回の激甚厄災は『ぬらりひょん』と名付けられたと言ったのはバフムートだった。しかし、彼は答えず視線をシルビアへと送った。
「『ぬらりひょん』の姿は確認されてはおらん。厄鬼災霊とゴブリンやトロールたちとの連携の姿、その統率のとれた動きから、一連を総じて名付けたに過ぎん」
シルビアは一口スープを飲むとそう答えた。
「じゃあなに?片っ端からやっつけていかなきゃならないってこと?厄鬼災霊からゴブリンまで全滅させるのが、今回の目的なわけ?」
「フン、くだらねえ。ドワーフ族は頭の中まで石綿が詰まっているのか?」
口を挟んできたのはキャスターのマスターであるジェダ・アルラジークであった。彼はゴブリン族である、とつい今しがたダストロイに紹介されたばかりだった。ゴブリン族の者がこのような場に出てくるのは非常に稀で、こうして少し言葉を発するだけでも耳目を集めるのだった。
ハナは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「なによ!失礼じゃない?」
「どっちがだ。馬鹿女め。俺たちゴブリン族が厄災に肩入れしているなどと、なにを根拠に言っている?」
「だが、現にゴブリンは方方の集落を襲っているのだろう?シルビアやジャンガラの小娘たちの証言もある」
バフムートが片眼鏡奥の赤い瞳をジェダに向けて言う。
「しかし、貴様は本当にゴブリン族なのか?見た目はエルフのようではないか」
それは皆がそう思っていた。ジェダはゴブリンにしてはあまりにもウヌス語が達者であったし、背丈もすらりとして高く、髪や肌の色が特殊な人間族やエルフ族に見えるのであった。
「それはお前たちが俺たちを知らないだけだ。ゴブリン族も一枚岩というわけではない。村を襲うような輩もいれば、平和を好む者もいる。ウヌス語が得意なゴブリンもいるだろう。ゴブリン族としても激甚厄災は厄介な存在だ。顕れたのなら対処する」
「では聞きたいが、厄鬼災霊と行動を共にしているゴブリンどもは、一体何を理由に一緒にいるのだ?」
「俺の知るところではない。先も言ったが一枚岩ではない」
「ふん。話にならんではないか。それでは厄鬼災霊と一緒に打倒されても仕方あるまいよ」
「そうしたいならそうすればいい。できるかどうかは知らんがな」
「まあ、全滅とはいかなくとも、歯向かってくる者は倒す以外にないでしょう。あくまで自衛の範囲として」
にこやかに、少し苦笑いしながらダストロイがこの場を締めた。
☆
ホロ鴨のコンフィ。
高級鶏肉の一つホロ鴨の肉を油に浸しじっくりと焼き上げた一品。時間をかけて火入れされた鴨肉はとろけるように柔らかい。簡単な香辛料で味付けされているだけなのにも関わらず、肉の旨味と香りによって豊潤な味わいをもたらしている。パリパリとした外側の皮の部分が丁度よいアクセントである。
「で、だ!」
と言ったのはセイバー。彼が見据えるのは食べずに立ち続けるランサーだ。食事は要らないサーヴァントとはいえセイバーとキャスターは出された一品一品を食べきっている。形式とはいえそれが礼儀だと思われるからだ。だが、ランサーだけは全ての食事を断り続けて立ち続けていた。
「ランサーさんよ。いっちょやる気はあんのかい?」
「マスターの指示さえあれば。だが、私は貴様のような戦闘狂ではない。それに、貴様のマスターも戦闘は好んでないようだが?」
セイバーは隣にいたアルフォンスを見る。彼はへの字に口を曲げてこくこくと頷いている。
「あのなあ、マスター。向こうのマスターを見てみろ。どう見ても一番を譲るような人相じゃあねえぞ?」
アルフォンスはその言葉にもこくこくと頷く。
「よくわかってるじゃない?あたくしはあたくしのため、この巡礼の旅をいの一番に終わらせるつもりよ?」
オホホ、と笑ってハナは言った。
「人には向き不向きがある。向いてねえと思ったなら、早めに降参するのが賢いやり方だ。俺の見立てじゃ、お前は向いてねえよ」
とジェダもアルフォンスに向かって言った。
「おいおい、そりゃ俺のマスターを馬鹿にしてんの?」
アルフォンスがなにも言い返さないので、苛立ったセイバーが言う。
「馬鹿?馬鹿にするほどもねえ。事実を言っただけのこと。賢さをもう少し上げた方がいいぞ、セイバーとやら」
「なんだと?」
セイバーは立ち上がりジェダを睨みつける。
「お前のような小間使いなどに価値はない。大いなる流れの中で足しにもならねえ有象無象だろうが。下らねえ視線を俺に向けるな」
ジェダは軽蔑するかのようにセイバーを睨めつける。横にいたキャスターは杖を手に取りセイバーの出方を窺った。
「ううむ。なんとも」
シルビアが嘆息しながら独りごつ。その目はバフムートに向けられていた。
「血気盛んなのは結構です!」
と中央のダストロイが語気を強めて口を挟む。
「ですが、この宝石谷で争うことは認めませんよ。流血沙汰は他所でお願いしますね?」
三人のマスターが三者三様、承知したような反応を示し場はしんと静まり返った。
「なんとまあ」
と静寂を割いたのはダストロイ。
「皆様が手を取り合って厄災に立ち向かう、といった風にはならなそうですね」
「そりゃ、バフムートがこの食事会に絡んでいる時点で希望薄じゃ。こりゃ元からただの親睦会じゃないのう」
シルビアはバフムートを睨みつけて言う。
「なにを言うか。わしは無理に戦わせようなどと画策してはおらぬ。話し合いで主宰が決まるのならそれもよかろう。ただ、厄災への対応は早ければ早いほどよい。故に主宰が早く決まるのであるのならば、その過程は問わぬ。それだけのこと」
バフムートはそう言うと、給仕エルフからグラスを受け取り一息に飲み干した。
☆
フルーツポンチ。
締めとなるデザート。中にはサンバナナ、溶白桃、ナワテカパイナップル、ローランオレンジの切り身が入っており、甘みが果物の香りと共に口全体に広がる。かといって甘すぎるわけでもなく、オレンジの酸味もあるのでくどくなく、とても食べやすい一品である。
シルビアはスプーンでバフムートを指した。余りの無作法にバフムートは顔を顰めるものの、シルビアの放った次の言葉によって怒りはどこかへ消え失せたようだった。
「トンマーゾがどこにいるか知らんか?」
「トンマーゾ・ルカーニアのことか?どこぞの森で奴と会いでもしたか?」
「そうじゃ、ようわかったのう。戸狩の猫地蔵のあたりで見かけたんじゃよ」
「ほう?それで?」
「奴を見失った直後、『アペプ』の力に襲われた。奴ならなにか知っているやも知れぬと思ってな」
「待て」
とバフムートは片眼鏡奥の瞳を鋭くした。
「アペプと言ったか?あの終末蛇のことか?」
「そうじゃ」
「何をバカなことを。ありえぬだろう」
「バカでもクソでもない。しっかりとこの身で体感したんじゃ」
「ありえぬ。なにかと間違っておるのだろう」
「わたしが間違えると思うのか?よりにもよってアペプの力を?」
ふーっと短く強くバフムートは息を吐いた。
「本当となれば事だぞ。言っている意味はわかるな?」
「もちろん。じゃから聞いておるのじゃ。トンマーゾはどこにいるかと」
「わしは知らぬ」
「お主が知らんとなると……こりゃ困ったのう」
「そうだ。困ったことになった。シルビア、お前がそこまでして言うからには軽視するわけにもいかぬ。あれは確か『嘲笑の霧森』に封印されておった筈、お前が調査してまいれ」
「ええ!?わたしが?」
「そもそもの言い出しはお前だ。あそこはわしらがいなければ入れぬ出禁地であるし、その上三禮錨の一つ『夢の泉』がある。そこのビコトに肩入れするのならば丁度よかろう」
「ぬうう」
シルビアは唸り、額をこつこつと叩いた。
それを見たダストロイは顔は笑みを浮かべて言った。
「では、そろそろお開きといたしましょう」