Fate/Fantasia edge   作:わがし狂太郎

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13話

 

 「こっちに行ってみねえか?」

 

 そうセイバーが言ったのは、森の中、丁度行く手が四本の道に分かれている多叉路に差し掛かった時であった。

 その数時間前の朝方、アルフォンス一行は宝石谷を出発した。目的地は『嘲笑の霧森』でありその中にあるという禮場の一つ『夢の泉』だった。前日のバフムートからの指摘にはあまり乗り気でなかったシルビアだったが、改めて考え直したのか、彼女は起きしなに曰く

 

 「まあ、確かにあそこの禮場は誰にも取られておらんだろうしのう」

 

 との事で日も昇って早々に宿を出たのであった。

 宿を出て程なくして、ある行列と鉢合わせをしたアルフォンス一行は、その行列の中から一際耳目を集めている人物が近づいてきているのに気がついた。

 ダストロイ・ドロフスキー。

 この宝石谷の領主だ。

 

 「やあ、皆様。もう出発ですか?」

 「そうじゃ、朝起きは三文の徳と言うじゃろ。世話になった、ダストロイ」

 「いえいえ。これは当然のことです、力あるものの責任、と言ったところでしょうか」

 

 慈愛に満ちた笑顔を向けてダストロイは、アルフォンスに片手を差し出す。白い手袋のはめられたその手は握手を求めているらしく、アルフォンスは気恥ずかしさからまごつきながらも握り返した。

 

 「食事会ではなにかと言われていましたが、私は期待していますよ、アルフォンスさん。あなたこそが主宰になるべき人物でしょう。私はビコト族の素晴らしさをよく知っているつもりです」

 「あ、ありがとうございます。いやー、そこまでの人物じゃないですよ」

 「これは、またご謙遜を。頑張ってくださいね」

 

 そう言うとダストロイは笑顔と手を振りまいて去っていった。彼の後を何人ものエルフがついていき、アルフォンスの周りには人気が失せてしまったのだった。アルフォンスらはそうして、特に誰に見送られるでもなく宝石谷を発った。

 

 

 嘲笑の霧森は宝石谷を出て西方に数日行ったところにある。三人は西を目指して旅を始めたのだった。程なくして森に入り、幾つかの集落、否、集落だったものを目にした。それらは既に跡形もなく消し去っており、まるでその一帯だけが嵐にでもあったかのように木々がなぎ倒され、地肌が露出していた。焦げた土や切り屑が残っているので恐らくは人の営みがあったろうと推測できるのが限度で、気まぐれでその一角だけが切り取られたかのようであり人の痕跡はほぼ見当たらなかった。街道沿いに三人は歩いていたものの、人と会うことは一度としてなかった。

 さて、そうして歩き続け彼らは五叉路に差し掛かったのであった。

 来た道を除き、選べるのは四本。左手から順に見た印象は下り坂になっている先が森深くなりそうな道、少し先に洞窟の見える砂利道、その上を迂回するように蛇行している緩やかな坂道、最後に急な上り坂になっていて地平線の向こう側へと続いている拓けていそうな道、この四本であった。

 

 「どうしよう?」

 

 アルフォンスはシルビアの後ろから彼女の背に向かって尋ねる。

 シルビアは煙を吐き、少し眉をひそめて言った。

 

 「嘲笑の霧森に最短で行くには真っ直ぐ、見た感じ洞窟の道に行くのが近道じゃろうて。じゃが、あの洞窟は恐らく竜の巣じゃな。あまりに血なまぐさいし焦げくさい。となればその道とその上を行く道は避けたほうが良いじゃろう。上り坂はジフ山へ通ずる道じゃし、と、なればこの下り坂の方じゃな」

 

 シルビアは一番左手にある下り坂を杖で指した。

 

 「さて、そうと決まれば行くとするかの」

 

 と言って数歩シルビアとアルフォンスが歩き始めたところで最後尾のセイバーが言ったのだった。

 

 「こっちに行ってみねえか?」

 

 そう彼が指差すのは、急な上り坂、長い雲が浮かぶ青空を木々と茶色い地平線が区切っている方向であった。

 

 「その道はジフ山を通って行かねばならなくなる。行くべきではない」

 

 シルビアは煙を吐き出しながら言った。

 

 「ジフ山ってのはなんだ?ただの山とは違うのか?」

 

 セイバーが不思議そうに問う。

 

 「ジフ山は死の山と呼ばれているんだ。毎日毎日雷が降ってるらしくて、怖くて誰も寄り付かないところだよ」

 

 とアルフォンスが答えた。

 

 「ほー、なるほどな。そりゃおっかねえ」

 「じゃから、この下り坂の方へ行くんじゃ」

 「じゃあそっちの道には何があるんだ?」

 「それは……」

 

 と言いながらシルビアは振り返って下り坂の先を見た。緑色が濃くなり、その深まり様は深海へ潜っていくのと似たような濃度である。

 

 「わからん。この道はよく知らぬ」

 「わかった危険のある道となにもわからん道、そりゃどっちが安全かは言い切れねえんじゃねえの?」

 「うーん、確かに」

 

 妙に納得するアルフォンス。

 

 「それにドルイドの嬢ちゃんよ」

 

 と言いながらセイバーはシルビアの肩をぽんと叩く。

 

 「こっちの道から魔力の流れを感じるぜ?この先に禮場があるんじゃねえの?寄ってかねえのか?」

 「うん?ああ、確かに禮場らしき魔力の流れは感じるが……。これだけ宝石谷に近ければ既にランサーやキャスターあたりが抑えておるじゃろうて。それにわたしはドルイドではないと言っとるじゃろに」

 「まあまあ、そう言いなさんな。行ってみなきゃわからねえだろ。そんな何が起るかもわからねえ道を行くよりかは、禮場もありそうなこの道がいいって、な?」

 「ううむ」

 

 シルビアはそう唸ったものの、セイバーの

 

 「ちょっとだけ行って、危なそうなら引き返そうぜ!」

 

 との言葉に押され三人は上り坂を行くことにしたのだった。

 

 

 陽が中天からやや西方に傾き始めた頃、三人は岩柱ばかりの平野へと到達した。遠方に見える独立峰がどうやらジフ山らしく、黒い山肌を晒しており、山の周囲には雷雲らしき濃鼠色の雲が渦を巻いて漂い幾度となく稲光を発している。

 今三人がいる平野は穏やかな晴天で、陽が林立するいくつもの灰褐色の石柱と若草色の草原を優しく照らしている。三人がちょうど岩壁に囲われた楕円形の広場のような場所に差し掛かった頃、びたりとシルビアは足を止めた。

 

 「セイバー、お主、もしや……!」

 

 麦藁帽子の下の綺麗なエメラルド色の目を見開いてシルビアが言った。アルフォンスにはわからなかったが、彼女はなにかしらの気配を感じたらしかった。

 

 「黙っちゃいたが悪気はなかったんだ。ま、諦めてくれや」

 「えっと、なにが……」

 

 と口を開きかけたアルフォンスの口を抑えてシルビアは横っ飛びで石柱の陰へと隠れる。

 

 「サーヴァントの待ち伏せじゃ。サーヴァント戦はマスターは身を隠すのが基本!ここはセイバーを行かせて、わたしらはここで待つのじゃ」

 

 二人にウィンクと軽く手を振ってセイバーは広場の中央へと向かう。ゆっくりと堂々とした歩みと共に掃いた剣を一本抜く。抜いたなり、剣をすっと前方へ向けると足を止めて彼は言った。

 

 「よう!さっきから、キンキンキンキン煩いんで、わざわざ来てやったぜ」

 

 向かい合うのは筋骨隆々の大男。髪は健康的に黒黒として、前髪は綺麗に切りそろえられているものの、後ろ髪は長く腰のあたりまである。上半身は岩を削り出したように荒々しくも均整のとれた筋肉塊で、これでもかと見せつけるように一糸も纏わぬ裸である。下半身には腰の辺りにベルトらしい金属の帯とそこから垂れ下がる緑青色の布地を纏っていたが、腰から下は明らかに人間のものではない。前脚と後脚があり、よく見れば蹄も存在していて先が二つに割れている。つまり男の下半身には偶蹄目の胴体がくっついているのだった。

 

 「ハッハッハー!よくぞ来た!よくぞ来てくれた!待ちかねていたぞ!」

 

 朗らかな大声で男は言う。両腕まで広げて歓待の態度だ。何故かは分からないが。

 

 「なかなか誰も来てくれないんで、私の魔力が弱すぎるかと思い悩んでいたところだ!だが、君が来てくれたから私の思い過ごしだ!良かった!ありがとう!」

 「ああ?そりゃどうも」

 

 なんか調子狂うな、と思いつつセイバーは腰を低くし臨戦態勢をとる。そのままの姿勢ですっと視線を横に向ける。

 

 「あんたの横にいる嬢ちゃん方はなんだい?サーヴァントじゃあないようだが?」

 「ああ!彼女は私のマスターとその友達だ!君のマスターは恥ずかしがり屋さんだな!そんな岩場の影に隠れてしまって!」

 「わ、見つかった!」

 「だいたいなんでそっちのマスターは出ずっぱりなんじゃ。なにを考えとるんじゃ。基本はどうした、基本はのう!」

 

 と言いながらアルフォンスとシルビアは岩陰から出てきた。アルフォンスは偶蹄男の横にいる三人?を見てぎょっとした。

 一人は動きやすそうな青い鎧を纏った女であり、頭から牛のような角が生えている。下半身は男と同じく動物のものであり、角から察するに牛の胴体であると思われた。

 もう一人も牛の角と牛の下半身を持つ女であり、こちらは下半身はホルスタイン柄でわかりやすい。彼女は黄色い鎧を纏って脱力感満載にへらへらと笑っている。

 もう一人を見てアルフォンスは目を白黒させていたのだが、彼女?は二足で立つワニであり青い鱗上にピンク色の鎧を着て、ピンク色のリボンを頭につけている。

 

 「わ、わ、ワニ!?ワニが立ってる!?」

 「あら、やーね。月群族を見るのは初めてかしら?」

 「ワニが喋ってるー?!」

 「ちょ、ちょっとそんなに驚かなくてもいいじゃん」

 「だって、わ、ワニが、ワニが喋るなんて初めて見たんだから。え?ワニ?どうして喋れているんだろう。はー」

 「ちょっと黙っとれ」

 

 ぽこっとアルフォンスの頭をパイプで叩いてシルビアは半歩前に出た。

 

 「月群族の元嶺清瑠華じゃな?」

 「ん?あれ?あたし名前、言ったっけ?んん?言ってたかなあ?あれ?」

 

 青い鎧を着た女が驚いた顔で言う。どうやら彼女が元嶺というらしかった。

 

 「ほっほ。お主のご家族のこともよーく知っておるよ。わたしはシルビアじゃ。知らぬものはない」

 「ああー!その麦藁帽子!麦藁の賢者シルビアよ!チョー有名人じゃない!」

 

 元嶺の横にいるワニが叫ぶ。珍妙な光景だが、彼女の声は乙女らしくソプラノで、艷やかでもあり透き通って聞きやすい。

 

 「ケイっちー?ちょっとうるさいよー。シルビアさんは、セルセルに用があるみたいー」

 

 黄色い鎧の女がそう言ってワニを宥める。彼女は顔つきの通り緊張感と抑揚のない声をしている。彼女を見据えてシルビアは言う。

 

 「お主は星晶じゃな?」

 「はい、正解ー。あたいの名前まで知ってるなんてホント凄いねー」

 「で、そっちのお主は桂陳喬」

 「わあ!私のことも知ってるわ!流石は賢者ね!」

 「それで、巡礼者は……お主じゃな、元嶺」

 「そう!あたしが巡礼者。それもお見通しなんて魔法使いってやっぱ凄いね。でもさ、ここの禮場はあたしが抑えたの。あたしだってすごくない?」

 

 そう言って元嶺は左手の甲を見せる。鳥のような形の薄赤色のアザが浮かんでいる。

 

 「ふむ。にも関わらず魔力を感じたということは、お主のサーヴァントの仕業か」

 「手っ取り早く一網打尽にしてほしかったから、彼にお願いしておびき出すことにしたの」

 「だが!こうして来てくれたのは君たちだけだ!ハッハッハー!」

 

 大男のサーヴァントは呵々として言う。

 

 「ふむ」

 

 とシルビアはパイプを咥えて一呼吸置く。

 

 「元嶺。お主に尋ねたい」

 「なに?」

 「こちらのアルフォンスに主宰を譲る気はあるか?」

 「え!?ないよ!そんなの絶対にない!」

 「では、お主は主宰となったら、厄災に立ち向かえるか?」

 「うーん。多分、大丈夫じゃない?」

 「多分、では困るのう。巡礼を終えた時、厄災と相対してもらわねば困る。もし主宰となればお主が中心となる、その覚悟を問うておるんじゃ」

 「うーん。うーん」

 

 ぐりぐりぐりと元嶺は自分の頭に拳を当てて唸る。しばらく唸り続けた後、突然、ぱっと大きな目を見開き、曇のない青い瞳をシルビアへと向けた。

 

 「わかんない!」

 「うーむ、潔し。じゃが、そうならばじゃな……」

 「わかんないけど、先ずはあたしはあたしの夢を叶える!だって巡礼ってそういうものでしょう!?難しいことは、その後!アーチャー!やっちゃって!」

 

 急に呼ばれた大男、アーチャーは少し困った顔をして元嶺を見る。

 

 「本当に倒してしまってよいのだな?」

 「いいよ!やっちゃって!」

 「承った!」

 

 アーチャーは下半身の胴部分にくくりつけていた大弓を取り出し素早く番えた。

 同時にセイバーは身を屈めながら叫ぶ。

 

 「ありゃやべえぞ!マスター!嬢ちゃん!急いで下がれ!」

 「サーヴァント以外は狙わないさ!」

 

 とアーチャーが言うのと同時に矢が放たれる。放たれた矢は最早矢と呼ぶには相応しくなく、砲艦から放たれた砲弾のようにセイバー目がけて飛んでくる。矢はひらりと躱したセイバーのいた地点、その大地に着弾し大きく抉った。その余波でアルフォンスとシルビアは吹き飛ばされたが、セイバーが二人を両脇で抱えて受け止めたため、事無きを得た。

 

 「わ、わ」

 

 アルフォンスはセイバーの小脇で怯える。

 

 「よっと」

 

 セイバーは二人をゆっくりと下ろすと、余裕のこもった不敵の笑みを浮かべて独りごつ。

 

 「面白れえじゃねえの」

 

 だが、アルフォンスは彼の大腿から赤い鮮血が滴っていることに気がついた。

 アーチャーを見続けるセイバー。

 痛みさえも歓喜の一部かのように、笑みには一点の曇もない。

 それはいつか見た夢の中での彼に似て。

 まるで自分とは相容れない肖像のように。

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