力強く握った手の中で剣ははっきりとした手応えを返してくれる。瞳に映る大男はその屈強な体躯にも優る大弓を引くと再び発射した。
砲撃のような一射。
空を裂き、余波で地を削るように飛んでくる。
顔の近くまで引き付けると、セイバーは剣を振るって弾道を逸らす。背後の岩柱に着弾し轟音を立ててそれは崩れ落ちた。音に驚いて、離れたところの茂みから雀たちが一斉に飛び立つ。一羽の鷹は関せずように上空を舞っていた。
セイバーは跳ぶようにアーチャー目がけて走り出した。体躯に似合わぬ素早い動きで大男のアーチャーは再び矢を番えると一射、そして立て続けにもう一射と発射した。ウサギのように軽やかに飛び跳ねてセイバーはそれらの矢弾を回避すると懐に飛び込んだ。
剣が鋭く振るわれる。
だが、アーチャーは四本脚の下半身を軽やかに動かすと大きく後方へ跳躍した。二人の間には再び長い間合いができ、睨みあって互いの出方をうかがった。
セイバーの剣は先程空を切ったものの、斬撃が飛んだのか、向かいの岩壁には大きな切れ目がついていた。
着弾するたびに砂埃が舞い上がり、セイバーもアーチャーの動きも尋常ではないくらいに素早いためアルフォンスはようやくここで視認ができた。
あまりにも常軌を逸した戦い。
自分ができることはなにもないではないか。
目で追うのですらやっとなアルフォンスには、無力感だけが心内に広がっていた。
「ハッハッハー!どうやら君の力を見誤っていたようだ!」
腰に手を当ててアーチャーは大声で笑う。
「へっ。手を抜いてたってか?そんなふうには感じねえけどな?」
「いや!」
と言いながらアーチャーは器用に指に三本の矢を挟むと、そのまま弦に当て弓を引いた。
「申し訳ない!少しばかり加減をしていた!しかし、戦士同士の戦いでそれはやってはならぬこと!非礼を詫びて、ここからは全力でいく!」
ばしっと同時に放たれた三矢はそれ一つ一つが変わらず砲撃並みで、セイバー目がけて飛んでくる。
「マジかよ!そんなのもできるのか!」
と言いながらセイバーは腰を低くし背を丸めると、そのまま目にも止まらぬ速さでアーチャーとの間合いを詰める。
頭の上を矢が掠め、地面に着弾するより前に一気に間合いが縮む。
確かに正攻法だ。
弓兵に対しては間合いを詰めるのが常道というもの。
だが、このアーチャーは普通ではなかった。
馬のように、否、馬そのもののといった体躯を活かしアーチャーは駆け出すと突っ込んできたセイバーに向かって逆に突っ込んできた。
「なっ!?」
「近接戦もまた良し!パンクラチオンもまた私の得意とするところ!」
不意をつかれてセイバーは顔面にアーチャーの拳を受ける。みしり、と顎が鳴りその残響もそこそこに身体は吹き飛び岩壁へと叩きつけられた。
「セイバー!」
アルフォンスは彼に駆け寄って声をかける。倒れているセイバーを起こしてやるも、両手は震えていて側に立つのが精一杯、これ以上声の一つもかけられない。
「よお、マスター。ありがとよ」
セイバーは半眼でアルフォンスを見る。まだ意識は朦朧としているようだ。
「どうしたい?そんなに震えちゃってよ。怖いのか?」
アルフォンスはこくこくと頷く。
「まあ、しょうがねえわな。お前さんは戦場を知らねえ。だが、それは別に罪でもなんでもねえ。全く構わねえことなんだよ」
「そ、そうかな?僕はここにいてもなにも出来ない。で出来ることなんて一つもないよ」
「サーヴァント同士の戦いでのマスターなんざ、そんなもんよ」
「でも、僕はここに立ってるだけで、もう」
セイバーはアルフォンスがそう言うのを尻目に聞きながら己の顔を二度叩いて立ち上がる。
☆
「あのさ!」
と怒鳴っているのはアーチャーのマスターの元嶺だ。
「まだ手加減してるよね?」
「いや?そんなことはないが?」
アーチャーは困惑して答える。
「じゃあなんでまだ、倒しきれてないの!ほら!また立ち上がってくるじゃん!」
「そりゃあ、彼らがそれなりに強いからだな!うん!久方ぶりの強者だぞ!」
「なに喜んでるの!ほら!令呪一画!あげるからさっさと倒しちゃって!」
そう言うと、元嶺の手の甲が赤く光り、その光がアーチャーへと注ぎ込まれた。
「「おおー」」
と星晶と桂陳喬が声を上げるくらいにアーチャーから感じられる魔力量が増大した。肌が総毛立つこの感覚は、それだけで見ているだけの者であってもその気持ちを昂らせた。尤も、視認できるほどの魔力がアーチャーを包みこんでいるので彼女らはそれに声を上げているようだったが。
元嶺の手の甲にある鳥型のアザは丁度片翼が無くなったように図像を変えていた。
「ほう、これは」
と言いながらアーチャーは力こぶを作っては己の体に注ぎ込まれた魔力を確認する。
「いいだろう!ここまでしてもらって倒せぬとあらば、戦士の名折れ!次の一射で仕留めてみせよう!」
アーチャーはとうとう片手に五本矢を持つと、弦に当てて弓を番えた。
狙いはセイバー。
今彼はマスターに起こされたばかりだ。
☆
なにもできない。
セイバーを立ち上がらせられはしたが、結局のところそれだけだ。
立ったのは彼の足の力によるものであるし、立とうとした彼の気力の賜物であって、自分の力が加算されたわけではない。
つまり、なにもしていないのだ。
自分の手も震えているが、セイバーの両足も震えている。
先程の拳撃が思ったより効いているのだろう。
その震えを取ることはできない。
そう、なにも、自分には出来ないのだ。
「いいんだよ。それで」
「え?」
セイバーがニヤリと呟き、アルフォンスは思わず声を上げる。
──それでいい?
「そのままでいい。それで一向に構わねえのさ。震えながら、怯えながら、でも、なんとかしなくっちゃってその気持ち。その気持だけでここに立つ。それが今お前さんの『できる』ってことだろう?それが、誇りってもんだ!できることをできる限りやっていて、蔑むこたあなにもねえ!サーヴァントってのはな、マスターの誇りさえあればいくらだって戦っていけるもんなんだぜ!ここからは俺も本気でいく!魔力を回せ!マスター!」
「は、はいー」
アルフォンスには要領はよくわからなかった。よくわからなかったが、よくわからないなりに彼はセイバーの力になりたいと強く念じた。それがそのまま形となって魔力がセイバーを包み込むと、鮮血が立ち昇るように青い髪が赤色へと変色した。
「おし!気合もらったぜ!ちゃんと見てろよ?」
そう言ってセイバーは片手を軽く上げる。緩やかに天に向かって開かれたその手のひらの中には、皎然と魔力が視認できるほどに湧き出す。渦を巻き、今それは渾然一体、朱い槍となって顕現した。
「宝具解放!加減はなしだ!影の国から土産代わりに貰ってけ!
『
海老反りになってセイバーは投槍する。まるで自分が弓にでもなったかのように体全体をしならせ、力強く槍を放った。朱い槍は一筋の朱い弾丸となってアーチャー目がけて飛んでいく。その中途、アーチャーが放った五本の矢は槍が通過する際の衝撃波によって四散し、粉々になって地に撒かれた。
「ぬ?」
アーチャーは片方の眉を上げて訝しんだ。
あまりの破壊力。
そしてその速度。
予想されるそれらはアーチャーにとって致命的に思われた。
アルフォンスの胸に去来するのは涼風のごとき爽やかな心情。
全てを吹き飛ばすあの一筋の朱い弾丸のように。
彼はこのままでいいのだと、背中を押して欲しかったのかも知れない。当人がそれを自覚していたかは別として。
迷いなきアルフォンスの心情を映すかのように朱槍はブレることなく飛んでいき、ついにはアーチャーの左胸を貫いて、彼の背後、こんもりとした地面に突き刺さると凄まじい砂埃を上げた。