Fate/Fantasia edge   作:わがし狂太郎

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0話

 

 澄んだ青い空。

 眼下の森は小波のように風に揺れ、歌うように葉音を立てる。

 鷹は遠く上天を飛んでいる。

 これは、六〇年も前のおはなし。

 まだ、彼が見出される、否、わたしが見つける、その前のおはなし。

 

 

 ここはとある山腹。

 一際飛び出した岩塊に、樹齢幾千年という大樹から切り出された大きな円卓がある。その昔、その円卓では三〇を超える各地の代表が腰掛けたという巨大なものだ。

 今、腰掛けたるは男女ふたり。

 一人は象牙色のローブを着、麦わら帽子を被った若い女。

 一人は片眼鏡をかけた真紅のローブを羽織る、年老いた男。

 

 「……という感じなんじゃが、どうかの?」

 

 とシルビア・コノートマードが言った。

 彼女はふたりのうち麦わら帽子を被った方であり、目鼻立ちのしっかりした美しい顔立ちをしていた。エメラルドグリーンの瞳が彼女真摯な性格を反映しているかのように綺麗に輝いているものの、今、その瞳は不安げに左右に揺れている。右手に握った海泡石造りのパイプをとんとんと人差し指で叩いているのは緊張半分、苛立半分からであった。

 

 「ふむ」

 

 一方、男の方は真白なヒゲをなでながらぶっきらぼうに言う。

 

 「わざわざご苦労であったな」

 

 男は席を立つ。

 

 「なぬ!?」

 

 シルビアは慌てて立ち上がり、真向かいにいた男に困惑と怒りの滲んだ眼を向けながら怒鳴った。

 

 「ご苦労とはどういうことじゃ。ご苦労さんで終わりか!」

 「もうわしから言うことはない、無駄骨を折った」

 「なにを!待て!このクソ爺!」

 

 シルビアは走る。

 怒りのままにパイプを咥えて走る。

 長いローブがはためき彼女のゴールドの髪の毛と同じように揺れて波を打つ。

 男はシルビアを見ない。

 彼の言に偽りはなく、もはや用はないと関心すらもシルビアには向けていないようだった。

 

 「てめー!無駄とはなんだ、この野郎!」

 

 シルビアがたどり着くよりも早く、音もなく現れた別の女が老爺の胸倉を掴んだ。二人は睨み合って、今にも額を合わせそうなほど顔を近づけた。

 

 「……これ、やめんか。助丸香」

 

 シルビアは言った。

 熱くなりすぎていたのは自分も同じだと思い、彼女はいくらか平静を取り戻したようだった。

 助丸香、と呼ばれた女は舌打ちと同時に手を離した。彼女の背からは大きな鳥の羽根が生えていて、苛立たしげに上下に翼をバタつかせていた。羽音が立たないのは彼女の特性でもあるらしい。

 老爺は薄っすらと眉間に皺を寄せて助丸香を見やる。視線の先には助丸香がいるだけではなかった。体躯が三メールはあろうかという一際目を引く巨人の男、紫色の髪を持つ気の良さそうな女、背は低いががっしりとしたヒゲ面の男。

 どれもシルビアの旅仲間であった。

 老爺は小さくため息をつくとシルビアに向き直って言った。

 

 「よいか、シルビアよ。お前とは友であり、長い付き合いであるから言っておくが、我らはいくら魔法使いと呼ばれようと……」

 「わかっとる。わかっておりますよって、それくらい。クソミソなわたしの頭であってもじゃ。それに、彼らは、お主が思ってるような弱き者でもならず者でもないんじゃ。そんなことより、バフムート。わたしの不安は本当に無駄骨なことなんじゃろうか。この予兆は見逃せるものではない、そう、わたしは思っておるのじゃがね?」

 

 バフムートと呼ばれた老爺は首を振って言う。

 

 「予兆などなにもない。厄鬼災霊がゴブリンやトロール共と徒党を組むことなど、これまでにもあるだろう」

 「それは、まあ、そうじゃが」

 「なにか特別なことはあったのか?予兆と呼べるような、激甚厄災の顕れとなるような、なにかあるのか?」

 「そこまでかはわからんが、厄鬼災霊の数が多く……」

 「多くなってきている。そう言いたいようだが、本当にそうなのか?多い少ないはお前の体感に過ぎぬ。わしにも伝わるような、特別な、予兆とよべるような異変はどこにあるのだ」 

 「それは」

 「見つけておらんのだろう?」

 

 シルビアはしょんぼりと俯く。

 バフムートは表情が柔らかくなり、小さく頷くと彼女の肩をぽんと叩いた。

 

 「確かに無駄とは言い過ぎであった。だが、お前も大仰に騒ぎ回るものでないぞ。我らは賢者とも呼ばれる者なれば、その責任は相応のものであるが故に」

 

 ではな、とバフムートは森の方へと歩いていった。ふわりと木の葉を運ぶ風が吹くと、もう彼の姿は見えなくなっていた。

 

 

 「なんだってんだよ!かー!気に入らねぇなー!ちくしょう」

 

 助丸香は腰掛けるなり足を円卓に叩き下ろし、叫んだ。

 残されたシルビアたちは円卓に腰掛けたのだった。ただ一人、大柄すぎるホク・アロンだけは地べたに座っている。ホクもまた溜飲下げきらぬといった、苦虫を噛み潰したような顔つきであった。

 

 「お行儀がよくないよ?ジョマルちゃん、貴女本当はとっても良い子なのに」

 

 紫髪の女が笑顔で、それでも口をへの字に曲げて助丸香に指摘した。

 助丸香は嫌そうに、しかし少し照れながら足を円卓から下ろす。

 

 「あーはいはい。どうせ俺はお行儀が悪うございますよ。あとその、すんげえ気持ちの悪い言い方はやめてくれよ。ガキじゃねえんだからさ」

 「そんなことより、今回の旅はここで終わりですか?」

 

 と背の低いヒゲ面の男が疑問を口にする。彼はドワーフ族と呼ばれる部族の男で、名をロジャーと言った。

 

 「ドワーフの鼻垂れ小僧が言うじゃねえか。まあ、そこんとこは俺も気になってんだがよ。どうなんだ?シルビア」

 

 シルビアは円卓に頬杖をついたまま、大きなため息をパイプの煙と共に吐き出すと力無く言った。

 

 「バフムートを説得できなんだら、最早この旅に意義はないじゃろ。厄災の兆候は間違いなくあるものの、説得力のある証拠が何もなかったのは確かじゃ。宝石谷でエルフの従者でも連れ立てれば、あるいは何か変わったのやもしれんがの」

 「なかったものを悔やんでも仕方ないでしょう?」

 

 と紫髪の女は優しい口調で言う。

 少々胸の大きいこの人間族の女性は名をサクラと言い、この旅団の中では中心的存在であった。本来導く存在であるシルビアよりも、よりこの集団を導く精神的支柱であると言えた。

 

 「改めて情報を整理してみましょうよ。そうしたらわかることもあるかも。そもそも厄災というのは……」

 「そこからかよ!?ずいぶんと長え話になりそうだな?」

 「いいじゃない。こうやって改めて振り返ることも大切よ。行き詰まったら最初に戻ってみる。登山だってこれが大切だって聞いたわ」

 「そもそも」

 

 と女性二人の会話を割いてホクが口を開く。

 彼の声は低いが良く通り、その重厚な声質もあって説得力があるのだった。

 

 「厄災というのは、我らの、この場合ここにいる俺氏やサクラ氏を含む我々だけでなく、全部族の人を指すわけだが、つまりその我らの脅威となる悪意の存在であり、全部族が総力をもって当たるべき事象と言えるものだ。事象と言ったのは、厄災が特定の人物や生物を指すのではなく、様々な形でこれまでに歴史に登場しているからである。過去には『アンピプテラ』と呼ばれる竜として、また別のときには『スフィンクス』と呼ばれる獣として顕れている。特に脅威度が高いものを激甚厄災と呼んでいて、先に挙げた二つも激甚に比定されている。激甚でないものも当然あり、例えば厄鬼災霊というのは平時にでも現れる野犬のようなもので、厄鬼は唸り声を上げては襲い来る実体のものを、災霊とは実体ではなくモヤのような思念体のことを言う。どちらも生物を襲い生命を奪う事を目的としていて、意思疎通はできない存在だ」

 

 助丸香は拍手と共に言う。

 

 「素ん晴らしい解説だなー、なあ、おい、ホク。素晴らしすぎてもう涙が出るってもんだ。拍手もんだよ、拍手もん。ま、全部聞き取れたのに全然頭ん中にゃ入って来なかったがな。それで、俺らはこの旅でその厄鬼、災霊を倒しながら、各地の怪しい感じの土地を回ってきたわけだが、まあ結局、激甚を証明できるような結果はなあんにもなかったと、そういうわけだよなあ」

 

 彼女の言う通りではある、とシルビアは思う。

 じゃが、とも思う。

 確たる証拠はなくとも、異常を感じる。それがこの旅によって、より認識を強固にさせられたという事実、これを無視してよいものだろうか。

 

 「こうやって改めて確認すると、結構悲しいものですな。色々な苦労はしたんですが、結局結果にならずというのでは」

 

 とロジャーは言った。

 

 「それを言っちゃあおしめえよ!」

 

 助丸香はそう叫びながら円卓をだんっと叩く。

 

 「さっきのジジイじゃあねえが、やっぱ今回の旅は無駄だったのかもしんねえな」

 「でもね」

 

 と満面の笑みでサクラは言う。

 

 「確かに結果は出なかったかもしれないけれど、この旅は楽しかったわ。私にとってはそれだけで素晴らしい体験だったの。これから何十年経とうとも、この思い出は忘れない。たとえ、この旅がここで終わりだとしてもよ」

 

 サクラは満面の笑みで言った。

 ──そうじゃとも。懸命に旅したその旅程が無駄であろうはずもない。

 そよ風がサクラの言の葉を乗せて全員を励ましているかのように、柔らかく包み込む。

 これまでの旅。

 得難いもの。

 ここにいる友。

 そして、鷹が飛んでいく。

 これはもう六〇年も前のおはなし。

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