地底とは如何なるところなのか、考えたことがあるだろうか。ドワーフやビコトたちは穴を掘りそこへ住まうが、地底とは根本的に異なる。地底とは、空の代わりに
鎚の音、火の熱、煤けた匂い。混じって肉が焦げる臭いに、溶岩が流れる音がする。明かりと言えばその溶岩の明かりと、壁面や上地に取り付けられた無数の燭台に灯された炎だ。炎が落とす影絵は時折残虐な描写を見せる。今丁度、エルフの女の首が落とされたところだ。彼女だったものは綺麗に捌かれ、鍋に入れられた。
「飯ハマダナンカー!」
一段高くなった鉄板の上に涅槃の如く横たわっているのはトロールのクロ・グラッパスだ。赤い鼻が特徴的な彼はトロールらしい吹出物だらけの皮膚に、これもまたブツブツとおできのある分厚い唇、歯垢だらけな橙色に黄ばんだ歯をむき出しにしながらそう言った。体もギガンテ族の亜種であるだけに大きく、声すらも辺の小石を震わすほどに大きかった。何の因果か、彼の右手の甲には鎖が二本、✕型にクロスした薄赤のアザがあり、その手を腰巻きの中へ突っ込んでは陰部あたりをぼりぼりと搔いていた。
「マスター様」
薄暗がりの中、ぬっぺりと浮かびあがるような白装束の女が言う。女とは明記したものの声に艶があり声高な男なのかもしれなかった。というのも、その人物の顔には蔵面と呼ばれる布が掛けられていたし、頭に被った下り藤の刺繍が入った冠からは、左右の頬から後頭部を覆うように布が垂れていて顔の一切が見えない。薄い紫の水玉が入った狩衣のような衣服から推察される体つきが女性らしいという点は女性説を後押しするが、確証はなかった。
「夕餉の支度は今してますから、少々待ってください。それで、ご報告なんですけど、偵察してきたところ真名がわかったサーヴァントがおりまして、これでほぼほぼ全員分わかったんやないかと。今回わかったんは、セイバーのクー・フーリン、ランサーはフィリッポス二世、ライダーはサルゴン。アーチャーは恐らくケイローンやないかと思います。前からわからんかったバーサーカーは、まだまだ情報不足ですが中華系のサーヴァントやないかと」
「ホヤカー」
と言ってクロは腰巻きから手を出すと、そのまま人差し指を鼻へ突っ込んだ。
「飯ガモウスグナラ、ソレデエエネン」
「しかし、他のサーヴァントへの対応はどうします?」
「ソンナン知ラン。アサヤンナァ、前モ言ウタヤロー。ドウデモエエカラ、ハヨ勝タセテーナッテ。オ名前ナンテナンノ意味ガアンネン!」
「せやから、真名がわからんと対策の立てようもないって何度も言うとりますやん。んで、戦うってなったら面倒そうなんが不死身のケイローンと神霊ほどの霊基を持つサルゴンやないかと、そう思ってます。まずはこの二人と戦うんか戦わないんかを決めてですね……」
「アア、ワカッタワカッタワー。アサヤン、俺ハナー、ハヨウ欲望マミレノ生活ヲシタイダケナンヤ。セヤカラ、何ヲドウスルトカ、ドレガドウトカ、ソンナン面倒ナンハ、マトメテアサヤンガナントカシテクレーヤ」
「いやいや、そんなん言われましても。マスターのお力添えはいただきたい」
「セヤカラシタヤロ、オ力添エ。令呪ノ一画ツコウテオ願イシタヤン」
「そらそうやけども」
「ナ!セヤカラ、後ハ任セタ言ウテンネヤ。アーア、早ウ主宰ニナリタイモンヤワ」
「ボス!鍋ノ味付ケハドウシマショ?」
手もみをしながらそう言ったのはイワン・パパロッティという名のゴブリンだった。山吹色の肌をしたゴブリンらしい風貌だが、ゴブリンの中でも背が低い部類で、猫背のために一層小さく見えるのだった。
「オー、オチビ。オマエマダオッタンカイナ。早ウ家ニ返リ、言ウタヤロ」
「へへへ。僕ノ家ハココデスヨ。他ニ帰ルトコモナイデスシ」
「ホヤカー。マ、ボチボチナ」
「デ、鍋ノ味付ケハ如何イタシマショウ?」
「オオ、ホヤッタナア。今日ノ鍋ハ女エルフガメインヤッタナ。……任セル。オチビノ好キナヨウニヤッタラエエ」
「ヘイ、畏マリマシタ」
へへへ、と笑いながらイワンは闇の中へ消えていった。
アサヤンことアサシンのサーヴァントは所在なげに立っていたが、クロが面倒くさそうに手で払うのでアサシンもまた闇の中へ消えていった。
☆
「なーにがナントカシテクレーヤ、やねん!」
だんっと石のジョッキを鉄の机に叩きつけてアサシンは言った。蔵面の下の顔の子細はわからなかったが、かなり怒っていることは誰にでもわかった。アサシンの式神らしき角の生えた金色の肌を持つ異形は、おろおろとしながらアサシンを宥めようとしている。
「金ちゃんなあ、うちの気持わかる?わからへんやろ。なあんで、うちのマスターはあんなに人任せなんや!まあ、好きにやってええって言うから地上の村を襲ってあれやこれや出来るのはええけどな」
アサシンはくだを巻きながら、人差し指に腕輪を通しくるくると回す。それはクロの
「フラスコまでうちに任せっぱなしで、ホンマにええんかいな。ぎょうさん殺したんで、それなりに魔力は貯められとるけど。なあ。金ちゃん」
アサシンは金ちゃんなる異形の肩を叩く。異形とはいえ彼は人型で、ぬっと伸びた両腕は血が染み込んでいるのか、金色ではあるものの、斑に黒ずみが見えた。
「ホンマはしょうもない一般人を殺して回るより、サーヴァントを殺した方が楽なんやで?けど、うちのマスターが、まともに戦えるとは思えへんしな。あーあ、折角、隠形くんがいい情報持ってきてくれてんけどなあ」
遠くから大きないびきが聞こえる。
「のんきに寝てはるわ、うちのマスターは。厄介なんはアーチャーとライダー。後はキャスターか。マスターは簡単に最後になるまで互いには戦わんでーって約束してもうたけど、あのキャスターとマスターは中々の曲者やで。ん?そうや、そうやで金ちゃん!せやから、風ぼうに探らせとんねん。バーサーカーの方は水やんに任せとるしな、あれもあれできな臭いやろ。て、なんでうちがこないに考えなあかんねん。全く。うちの京言葉もおかしなっとるし、なんでマスターも訛ってんねん!トロールちゃうんか!」
ふぅとアサシンは小さくため息をついた。失望というより、まくし立てて喋り倒したため少し酸欠になっていたのだった。言葉を発せぬ異形に対してではあったが、喋り倒すことで平静を幾らか取り戻したようだった。
アサシンは石のジョッキを放り投げると、ゆっくりと立ち上がって言った。
「それでもうちのマスターに主宰なってもらわんと。欲望だらけの世界なら、なんでもやりたい放題にできるやろなあ。そら楽しみやろ?なあ、金ちゃん。さ、そろそろ、また地上に行くで。今度はドワーフの村でもやろうや。男は手足を落としたり、目をもいだり、爪剥がしたりして苦しんで死んでもろて、女は金ちゃんに滅茶苦茶にしてもろて後はマスターの食料に、やな。ほな、行こか」
蔵面の下からは嗜虐的な笑みの口元が見え隠れしていた。
真っ赤な紅が引かれた唇は、血塗れのようにも見えた。
アサシンは闇の中へ消えていく。
ごうごうと燃え盛る燭台は割れた石のジョッキを照らしていた。