結局のところ、三人は一度は選びかけた下り坂になっている森深い道を行くことになったのだった。バーサーカーに追い立てられ五叉路まで戻ってきてしまったがために、最早道を選ぶことはできず、逃げてきた勢いそのままに、坂を下っていったのだった。バーサーカーを巻けたのは違いない。もうこの道を行って一日以上経っているし、静か過ぎる森林が辺りには広がるばかりなのだった。昼夜が分かりにくいほどに薄暗い森道ではあったが、道のりは平坦であったし苦労は少なかった。ただの一人ともすれ違わないほどの寂しい道ではあったが。
「おお」
とシルビアが声を上げたのは、道なりに進みつつ森が拓け崖の上に出てきた頃であった。
眼下には樹海が広がっているが、少し先でその海はぷつりと途絶えて赤茶けた荒野が広がっている。荒野の中ほどにはジフ山が聳えており、つい今しがた赤雷が赤土の地を爆ぜさせていた。
崖の上と言ってもそこは少し突き出した高台のようであった。地盤はしっかりしていたし、腰掛けるのに丁度いいお手頃で平らな岩が転がっていた。
シルビアは岩に腰掛けながら言う。
「ちょっと休むとしよう。歩き詰めで疲れたわい」
セイバーとアルフォンスも岩に腰掛ける。あまりに座り心地が良い。明らかに人の手が加えられたものであると察せられた。
「ふむ。こりゃあ誰かのお気に入りの場所かもしれんの」
岩の上を撫でながらシルビアは言う。
「その割にゃあ、誰とも会わないよな」
セイバーはシルビアに答えて言った。
「誰かの場所なら勝手に座ってよかったのかな?」
アルフォンスは言葉通りではない、ちょっとした感想を述べたかのように言った。事実、彼の心の内には遠慮よりも疲労感を取るために座りたいという意思の方が強かった。
「いい機会じゃし、ちょっと他のサーヴァントのことを整理してみんか。相手のことを知ることが、巡礼を有利にするはずじゃからのう。セイバー、特にお主の直感と実際に戦った肌感はとても重要じゃ」
「おう?そうか?じゃあ、みっちりぎっちり答えてやらねえとな」
「そりゃあ頼もしいのう。アル、お主もわたしの本を読んどるんじゃから、ちゃんと考えるんじゃぞ。思いついたら何でも良い、言ってみるのじゃ」
「おーけー、おーけー。愛読者として役立ってみせるよ」
「よろしい。では、まずは、ランサーじゃが、彼奴についてなにか分かったことはあるかの?」
「いけ好かねえ野郎だったな!」
セイバーは膝を拳で叩いて言う。
「ふむ。真名は?」
「ん?ああ、ええと、そうだな……。ブリクリウの別側面とかなんじゃねえかな?」
シルビアはそう言ったセイバーを見て口をへの字に曲げた。
「いけ好かないってだけで言うとるじゃろ、それ。まあ……いいじゃろ。当てにしたわたしが悪かった。ランサーの身なりは古代ギリシャ風じゃった。じゃったが、古代ギリシャの人間かと言われると少し違う印象じゃったろ?なので、中心たるアテネやテーバイ、スパルタとは違う、その周辺国家群の人物じゃろう。気風や気品からして位は貴族以上の人物じゃろうが、従者のような気が利く人物でもあるようじゃった。まあ、なにより特徴的なのが右目の眼帯じゃな。片目を失った偉人は数あれど従者のような経験を持つ貴族で、ギリシャ周辺の人物といえば、十中八九、マケドニア王国の『フィリッポス二世』でじゃろうて」
「フィリッポス……二世」
アルフォンスはひとりごつ。
「左様。フィリッポス二世はマケドニア王国の王でな。かの有名なアレクサンドロス大王の父じゃ。彼は戦車競技のオリンピアンじゃ。最適性はライダーなんじゃろうが、サリッサの考案者でもあるからの、今回はランサーで現界したんじゃな」
「なるほどな。アレクサンドロスってのは聞いたことあるが、親父のそいつは強いのか?」
「強い。間違いなく強力なサーヴァントじゃ。そも、アレクサンドロス大王があれほどの偉業を成せたのは、もちろん本人の素質もあるが、父であるフィリッポス二世の下地づくりがあってこそじゃ」
「そんで、そいつの弱点とかはあんのか?」
「弱点、と言えるかはわからんが、彼の死は暗殺によってであったんじゃ。じゃから、不意打ちとかに弱いのかもしれんな」
「不意打ち?頼まれればやるけどよ。アサシンじゃねえから上手くできる保証はないぜ?」
「もし戦うにしても、いや、できれば戦いたくない、ないけども」
とアルフォンスは手をまごつかせながら言う。
「真っ向からいこう。不意打ちなんて、なんだかドワーフの彼女に失礼みたいで」
「流石だな!マスター。わかってんじゃねえの。そう、ああいう手合は真っ向から叩きのめしてこそだぜ!」
「ふむ。まあランサーはそんなんでええじゃろ。次はアーチャーじゃが、これもわかりやすい。こっちは完全な古代ギリシャ人で、かつ人馬一体な人物。『ケイローン』じゃな。戦ってみた感じはどうじゃったかの?」
シルビアはセイバーを見て尋ねる。
セイバーは足を投げ出し両手を体後方についた、だらけきった態度のまま答えた。
「アーチャーな。ありゃちょっとおかしいぜ?倒したと思ったらすぐ生き返りやがった」
「ケイローンは不死身なんじゃよ」
「……まあ、次はまた一発、ゲイ・ボルグを撃ち込んでやるぜ」
セイバーは宙を見ながら言った。
「え?不死身って、それじゃあ倒せないってこと?」
アルフォンスは今にも泣き出しそうな顔になって尋ねた。
「いや、奴の弱点は毒じゃ。毒があれば対抗できよう。もちろんそこいらの毒で良いというわけじゃないがの」
「あのバーサーカーはどうなんだ?」
セイバーは今度は姿勢を正し、岩の上にあぐらをかいてシルビアに尋ねる。
「バーサーカーは『張飛』じゃな。中華風の格好で、先がぐねぐねした槍を持っておったじゃろ?あれは蛇矛と言ってな、張飛の武具なんじゃよ」
「そいつの弱点は?」
「詳しくは知らぬが、張飛の最期は部下に裏切られての死だったらしい。バーサーカーとなった今ではそういった人間関係の弱点を突けるかはわからんのう。まずは、マスターを見つけ出すのが優先じゃな」
「ライダーの野郎はどうだ?あの偉そうなやつ。なんか気に障るんだよな」
セイバーは頭を掻きながら言った。なにか思うところがあるらしかったが、本人の意識よりも更に深いところでのひっかかりのようで、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ライダーは中東の王様じゃろうが、候補が多すぎる。もう少し情報を集めてみんとわからんのう」
「じゃあ」
とアルフォンスが口を開く。
「キャスターは?」
「ふむ」
とシルビアは眉間に皺を寄せて、煙を吐く。
「キャスターに関しては皆目見当もつかん。しかもキャスターは一度倒したはずなんじゃが」
「ああ。あの老婆は確実に倒してる。そりゃ間違いねえぜ」
セイバーも顎に手を当て惑っているように言った。
「だとすると、マスターであるあのゴブリンが再召喚したということなんかのう。ううむ。イマイチ正体がわからぬのう。マスターもサーヴァントも謎だらけの陣営じゃ」
「あらー」
と突然知らない男の声がした。
☆
さっと振り返る三人。
すると、森の中から出てきたのは一人のエルフだった。
エルフは左目に蔦の巻き付いた大木の刺繍の入った眼帯をしており、紫色の羽織と水色の長着を着ていた。凛とした美男子であり、切れ長だがはっきり二重の目をしていて、瞳は涼やかな青色を湛えている。
だが、彼は見た目に反してしゃなりしゃなりとした足取りで三人に近づいてきた。
「シルビアちゃんじゃなーい。お久しぶりー」
なにやら言葉遣いもフワフワとしている。
「おお、誰かと思えばエースではないか。久しぶりじゃの。どうしてこんなところに?」
「どうしてってここはほら、虹沼村の狩人さんたちの休憩所なのよ」
「虹沼村?」
不思議がったアルフォンスの口をついて出た言葉に、エースは懇切丁寧に説明をしてくれる。
「この下の樹海の中にエルフの村があるのよ。小さい村なんだけどね。古くからあるエルフの村だからわたしたちにとってはちょっと特別な村で、神殿まであるから、機会があったら行ってみなさいな。面白いわよー」
「お主は狩人でもないし、虹沼村のエルフでもないじゃろ?」
話を戻してシルビアは尋ねる。どうしてここにいるのか、と。
「ちょっと野暮用でねー。近くまで来たから立ち寄ったのよ。ま、わたしはこう見えてもエルフの王だから。柄じゃないんだけどー、ウケるー!ンーフフフ!」
「エース、手の甲を見せてみよ」
「あらやだ、ちょっとピリついてるじゃない?どしたの?シルビアちゃん、カルシウム不足?」
「カルシウムなどクソどうでもええから、手の甲を見せてみい。それとも見せられん理由でもあるのかの?」
「こわーい。ええ、でもいいわよ。乙女の手の甲、ほらどうぞご覧になって」
エースは両手とも素手であったので、そのまますっと甲を天に向け差し出した。袖口から伸びるスラリとした両手は、まるで白磁器のように白く滑らかだった。手の甲も同じく白く滑らかな肌、赤いアザは見当たらなかった。
「ふむ。違ったか。疑って悪かったのう、エースよ」
「え?もしかして巡礼?わたしを巡礼者だと疑ったの?やーね、わたしが巡礼者なら真っ先にシルビアちゃんに相談するわよ」
「それもそうじゃな。ほっほ」
あはは、とエースも笑った。
鳥たちの鳴あいに混じりながら、暫く他愛もない話を四人でしていた。
雲がゆったりと流れ、風は優しく吹いていた。
「じゃあ、そろそろわたしは行くわ」
「おお、そうじゃ。こちらをやろう」
と小箱を取り出したシルビアはエースに手渡した。
「なにこれ?マッチ箱?」
「ほっほ。秘密じゃ秘密。大切に持っておくんじゃぞ」
「でも、これって……まあいいわ。ちゃんと持っておくことにするわ」
「ふむ。わかればよろしい。気をつけて行くんじゃぞ」
「ありがと。……あ、そうだ」
と言ってエースは袖口から一つ、黒く丸い泥岩を取り出すとアルフォンスに放った。
アルフォンスがその石を取り、回して見ると一本の大木が彫り込まれていた。根が顕になったその図像には、ちょうど真ん中に一つ目が描かれていて、不気味な印象をアルフォンスは受けた。
「これは?」
「それはね、エルフィズムの紋章よ。わたしの部下が町で見つけて接収したの」
「エルフィズム?聞いたことないけど、エルフに関わることですか?」
「
「恐ろしい話だなあ。でも、気をつけるって言っても、どうやって?」
「彼らは自分たちの主張を正しいと思っていて、横の繋がりを大切にする。だからその紋様を体に刻んだり、身につけたりしてるから、それで判別できるわ。そういうエルフには近づかないことね。ロクなもんじゃないわよ」
「結構な物言いだが」
とセイバーが横から口を挟む。
「あんただってエルフだろ?そういうエルフィスト的な考えを持ってたりするんじゃねえの?」
「あらセイバーちゃん、乙女心がわからないのねー。わたしはそんなしがらみなんて大っ嫌い。エルフとかビコトとか、男とか女とか、なんてくだらない。そういう属性なんてあくまでアクセサリー。悪人が悪い事だけするわけでもなし、善人が良い事だけするわけでもなし。大切なのは目の前の人がどういう人なのかであって、その人の持つ属性ではないのよ」
「へえ」
セイバーはにやりと笑った。
「あんた結構男前だな」
「乙女ね、乙女!」
じゃ、と言ってエースは手を振ると森の中へ消えていった。
☆
すっかり辺は暗くなり、月明かりが森を照らしている。
遠くには狼の鳴き声がこだましていて、悲しげなその声は孤独を辺りに吐いているようであった。
森の中、ほぼほぼ背格好は似通った木々が生えているものの、頭一つ分高くなった木の上に一人の女エルフ、否、女神がいた。
エースはその木の下へたどり着くと顔を上げて女神を見た。
「ふー。全くもう、探しましたよ」
「あら、遅かったじゃない」
イシュタルはやってきたエースに声をかけた。
「ええ……。これでも頑張ってやってきたんですけど?」
「貴方の森林索敵錆びついてるんじゃない?ちゃんとメンテしなきゃだめよ。ま、貴方が遅いから、とっくに話は終わらせておいたわ」
「そうだったの。で、どうしでした?」
「限りなく黒じゃない?」
「へえ?あらまあ。……どうなされるおつもりかしら?」
「どうもこうもしません。別に私たちに害があるわけじゃないから」
「そう」
「あら?私の判断に納得いかないって感じね、エース」
「滅相もない。そんなわけないわ」
「私にとっては彼の考えも、貴方のその奇抜な趣味嗜好もどっちもどっち。でもどっちも許容できます、エルフたちになにかあるわけじゃないから。これはそれだけの話よ。なにかしたければ貴方が勝手になさい」
「そうはいかないのはわかっているでしょ?わたしにはわたしの立場があるから、おいそれと行動できない。だから貴女に来てもらったのに」
「もちろんわかっているわ。でももう、私は首を突っ込まない。そう決めたの」
長いため息をエースはつく。
「ほら、それがわかったら、もう帰るわよ。伴をなさいエース。今度は遅れないことね」
「はいはい。わかりましたよ。でも、わたしは空を飛べないからお手柔らかにね」
言うことを聞かない女神は、空を高速でかけていった。
「全く、もう」
エースは嘆息しながらそう言うと、月光に輝いている女神の背中を追うのだった。