「え?」
と起きしなにアルフォンスが声を漏らしたのは、書き置きを見たからであった。寝ぼけ眼を擦り、再度見てみるものの書かれた内容は変わらない。
「お」
と戸口からこちらの様子に気づいたセイバーは、朝方らしいさっぱりとした笑顔で歩いてきた。
「起きたか、マスター。なに見てんだ?」
と言いながらセイバーは肩越しに書き置きを覗き見る。
「なに!?」
と素っ頓狂な声を上げるのは致し方ないことだった。
アルフォンスの手元、書き置きにはこう書かれていた。
『いきなりですまんが、わたしは行動を別にする』
「んな馬鹿な!」
とセイバーは駆け出し、隣の部屋の戸口を乱暴に開けた。アルフォンスも後を追って隣室に入るが、既にもぬけの殻であった。
否。
ベッドの上には煙だまりに包まれた麦わら帽子が浮いていた。
「ちっ。こういうカラクリかよ。どうりで気づけねえわけだ。だが、いつの間に」
そう言うセイバーの背を見ながら、アルフォンスは記憶をたどる。
──あの森を出たのは……。
☆
嘲笑の霧森を抜け出た丁度その時、夜であった。充填を終えて色が変わったフラスコを入れた巾着を、森を出たと同時にアルフォンスは確かめる。ある。上着の内ポケットに確かにあった。頭上には幾千幾億の星が瞬き彼を含め一行を照らしている。ライダーは辺りを見回した後、少し鼻で笑った。
「なんか面白れえことでもあったのか?」
セイバーは問う。
「愛には愛を。働きには相応の褒美を下賜するが帝王というもの」
とライダーはセイバーを一瞥するとシルビアを見て言った。
「貴様らは疾く失せよ。この場はその報酬と思え」
「いきなりなんの話じゃ」
と言い終えたところでシルビアも気づく。右手側の森の中を歩く幾つもの足音。今はまだ虫のさざめき程の大きさではあるが、距離はそれ程遠くはない。足音の数は多く、草葉が踏みしだかれる音が絶え間なく聞こえ、かなりの大所帯と予想された。その意図判然としない軍団は確実に一行に向かって歩いてきていた。
「なるほどのう。出てくるところを狙われておったか」
「どうするよ?やってやれねえこともねえが」
「え?え?」
「二度は言わぬ」
とライダーは、ふためくアルフォンスとその一味に鋭い視線を送りながら言った。
「疾く失せるがいい。不埒者どもは我が受け持つ。これはここまでの恩賞よ。有り難く拝受せよ」
「へえ?やれんのかい。あんたに」
セイバーは挑発するように言った。
「口の利き方には気をつけよ。帝王に敗北はない」
「ヒュウ、言うねえ。本当にできんのかは知らねえけどよ」
「やめてよ。セイバー」
アルフォンスはあたふたとしながら、セイバーに言う。
「そんなことしている場合じゃないよ。早く逃げなきゃどうなるかわからないよ」
セイバーはライダーに背を向け、茶目っ気のある笑みを浮かべるとアルフォンスの頭を撫でた。これまでの刺すような敵意は失せている。
「すまんが、ここは任せてもええんじゃな?」
シルビアはパイプを袖口にしまいながら尋ねた。
「くどい」
「お主に聞いているのではない。マスターである六平寺に聞いておる」
「王様がええんなら、おらは構わね」
あっけらかんとした表情で迷いなく六平寺は答えた。
「では、すまんが、先に帰らせてもらう」
そう言うとシルビアは背を向けて走り出した。ぼんやりとしたアルフォンスの腕を引き、セイバーは二人の後を追っていく。引っ張られて行くアルフォンスの目には、自信に溢れたライダーの背中と
「アルさん!また会おうべー!」
と無邪気に手を振る六平寺の姿がいつまでも残っていた。
☆
「まあしょうがねえ。なにか理由があってのことなんだろ」
とセイバーはひとしきり愚痴を溢した後、悟ったようにこう言った。
アルフォンスも首肯する。だが、こうして宿屋に着く前の、昨夜のことを思い返してみても思い当たる節はない。残されたのは薄クリーム色の書き置きだけで、手がかりらしい手がかりは麦わら帽子とそれしかなかった。それでも首肯できたのは、既に彼女との間に幾らかの信頼関係があるからであったし、書き置きの内容によるところでもあった。
アルフォンスはセイバーに向けて、または、自分に言い聞かせるようにして言った。
「うん。とりあえず、ここに書かれているトゥンブークを目指そう」
そう、書き置きにはこう続きが記されていた。
『麦わら帽子を目印にまた会おう。場所はトゥンブーク。しばし待て』