Fate/Fantasia edge   作:わがし狂太郎

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27話

 

 南部に生えている巨木。

 その名を『ギゼウジ』という。

 トゥンブークのランドマーク的存在でもあり、清河党の本部でもある。どういうことかというと、ギゼウジの内部は大きな洞となっている。そもそも広いが更に魔術によって拡張、区割りされた、いわば一個のビルディングであり、中にはトゥンブークの行政に関わる部署がいくつも入っている。最上層は党首の住まう邸宅であり、その一つ下の階層は丸々一つが党首が執務にあたる空間になっている。その一角、質素な椅子が置かれた一部屋にて一人の人間族の黒人が書類を見ていた。彼の名はパオロ・イルマニィフィコと言った。清河党の党首であり、胸元に付けられた二つの円が重なった図像のバッジがそれを証明している。

 

 「砂鯱の被害がすごいな」

 

 パオロは半月型の眼鏡をずらすと、眉間を指で押さえてそう言った。そしてまた書類を見るが、ため息の出る内容には変わりがない。

 

 「報告書ありがとう。しかし、直接貴女からお話を聞こう。特に、この回収不可という記述について聞かせてくれるかな?張遥将軍」

 「は、僭越ながらお答えさせていただきます」

 

 と猫の耳を持った女が言った。彼女が張遥である。目が猫のように大きく、尻尾まで生えている月群族であった。彼女は日頃の鍛錬によって綺麗な身体つきをしているが、元来含まれる猫の要素が、しなやかで美しい身体のラインを更に補強している。

 

 「今回、近隣都市へ水の仕入れを行った部隊は十ありました。内、三部隊は無事帰還、一部隊は災霊と会戦、仕入れの七割の量で帰還、四部隊は砂鯱の襲撃に遭い潰走、残り二部隊は目的地にて水を仕入れることができませんでした。これが回収不可と記述したものです」

 「それはどういった理由だ?どこに買い付けに行った?」

 「買い付けに行きましたのは、デンラン村とポロワーツ町です。こちらの町村は既になくなっていた、とのことです」

 「なくなっていた?なんだ?それは」

 「は。最近、宝石谷周辺では町村が消失する事件が相次いでおります。この二つの集落も近隣でございますので、おそらくその関連ではないかと」

 「消失……穏やかな話ではないな。原因は?」

 「原因は不明です」

 「ダストロイさんはなにをしてるんだ?宝石谷の当主が黙っているわけにはいかんだろう」

 「調査隊などを派遣しているそうですが……結果は芳しくないようですね」

 「ぬう、そうか。要請があれば直ぐ動けるように準備しておけ」

 「は!」

 「他所を気にしている余裕があるんですか?党首パオロ」

 

 同席していた一人の男が言った。その男は他の頭髪は綺麗に切り揃えられているのに、右の前髪だけが異様に長く腰元あたりまで伸びている。胸元のバッジは円形に輪っかのついた所謂土星型のもので、それは張遥が付けている紅色の大きな星型のものと比べて格上であることを表していた。

 

 「エリギン。心配はないよ。この街はまだ当面大丈夫だからね」

 「どうだか」

 

 エリギンはパオロの失策を逃すまいと、こうしていつもなにするでもなく周りをほっつき歩いているのだった。嫌らしい笑みを浮かべているときは、警戒のサイン。失策の臭いを嗅ぎつけているのだ。

 

 「どうでもいいが、我ら五ツ星の水はきっちり分配するようにしてくださいね」

 「エリギン様。お言葉ですが、今回の仕入れ量は前回を下回ります。五ツ星の皆様にもご協力をいただかないと、末端まで水が行き渡りません」

 「おーい!誰に口を聞いてるんだあ?張遥!貴様、党杖軍のトップ程度で五ツ星の私に文句を言うつもりか?だいたい軍がちゃんと仕入れられないから、水が足りないんだろ。貴様の責任じゃないか。貴様のミスをよく私達に転嫁できるな!」

 

 きっと張遥は大きな目を鋭く上げて睨めつける。そんな彼女の視線を切るようにパオロは手を出し制して言う。

 

 「エリギン、張遥、二人とも熱くなるな。分配量はあくまでも私に裁量がある」

 「では、聞かせてもらいましょうかねえ。今回の分配」

 

 パオロは書記官を呼び寄せる。書記官が駆けてくるまでの間、エリギンは終始せせら笑っていた。

 

 「今回の分配、まず五ツ星には大瓶五〇個分」

 

 ──前回と変わらぬ量。

 と張遥は思う。しんと静まりかえっているため、書記官が書く音だけが響いている。

 

 「次、四ツ星には大瓶二〇個分中瓶三〇個分。次、三ツ星、大瓶十五個分中瓶二〇個分。次、二ツ星、大瓶一〇個分中瓶一〇個分。次、一ツ星、大瓶五個分中瓶五個分」

 

 張遥は下唇を噛む。これら党員への分配は前回より少ない。続いて各省庁への水配分も発表されたが、こちらはほぼ変わりがなかった。

 

 「……『事務部』に中瓶五個分。そして、残りのうち大瓶一〇〇個分は『暗礎部』に回す」

 「お待ち下さい!」

 

 張遥は堪らず声を上げた。

 

 「『暗礎部』に回してる量の幾つかを、他の党員へ回すことはできませんか」

 

 パオロは首を横に振る。

 

 「前回も、いや、この水不足が起きてからもずっと変わらず『暗礎部』という部署に大量の水を回しておられます。どうしてそこまで『暗礎部』という部署に水が必要なのですか?」

 「張遥」

 

 とパオロの眼鏡の奥の瞳が厳しく光る。

 

 「言わんとすることはわかるが。これは決定だ。私が、党首が決めたことだ」

 「しかし……」

 「五ツ星の量が変わらないなら、私は後はどうでも」

 

 エリギンは二人の一触即発な空気を見て少し怯みながらも、厭味ったらしく言った。

 

 「最後に党首に中瓶一個分。分配は以上だ」

 「「中瓶一個!?」」

 

 エリギンは目を白黒させて驚く。が、すぐに笑い出し、なにがそこまで面白いのか腹を抱えながら話し出す。

 

 「中瓶一個って、ハハハ。どうやって生きるつもりです?ハハハ」

 「節約すればどうとでもなるよ。幸い、今、私一人で住んでいるしね」

 「党首」

 

 と自らの怒りを恥じ入りつつ、張遥はポツリと呟いた。だが、いつまでも笑いこけているエリギンにとうとう彼女は怒鳴った。

 

 「いつまで笑っているつもりだ!この野郎!」

 「は」

 

 とエリギンは涙を拭いてから、下心のある笑みを作る。

 

 「誰に向かって言ってるんだあ?四ツ星ごときが五ツ星様に楯突いたらどうなるかわかってるよなあ?薄汚い化け猫さんよ」

 「知ったことか!」

 

 肩をいからせて張遥はエリギンへと迫る。

 

 「いいのかな?貴様の娘のことは、よーく知っているぞ?」

 「!?この!外道が、やはりここで殺す!」

 「よせ!張遥!」

 

 とパオロが叫んだ時、一人のゴブリンが部屋に入ってきた。ゴブリンらしからぬ達者なウヌス語でその男は言う。

 

 「おっと、お取り込みんとこ失礼すんよ」

 

 ぴらっと一枚の紙切れを床に投げた。床スレスレに飛んで行ったその紙切れは、丁度パオロの目の前に落ちた。

 

 「党首!おやめください!」

 

 と紙切れを拾おうとするパオロを張遥は諌めるが、パオロは大丈夫だと言わんばかりに首を振り、紙切れを拾って見た。

 

 「おお、これは」

 

 パオロは感嘆の声を思わず漏らす。

 

 「そいつが、今回俺たちが仕入れた分の水、その余剰分よ。どうする?要るならくれてやれって言われてんだけどよ」

 「勿論、ありがたくいただこう」

 「あいよ。すぐ手配するわ」

 「ありがとう。ジェダさんによろしくとお伝えください」

 「はいはい」

 

 とゴブリンは手を降ってそそくさと退室して行った。

 

 「いやあ、見事なもんですねえ。ゴブリンたちは。どこかの誰かと違って」

 

 とエリギンはあいも変わらず煽るように微笑みながら張遥に言った。

 

 「張遥」

 

 とパオロに釘を刺されては、身を乗り出そうとした張遥は、もう動けない。しかも水問題はクリアされたのだ。先ほどのゴブリンによって供出された水は大瓶で五〇個近くあり、全党員が前回と同じだけの水を受け取れるようになったのである。勿論党首を含めて。

 

 「しかし」

 

 と張遥は両手を握ったままで言う。

 

 「このまま彼らを頼ってていいものでしょうか。ゴブリンですよ?」

 「しかしもクソもないだろ。お前ら軍がしっかりしてないんだからさあ」

 

 とエリギンが言うも、もう返す気力を張遥は持っていなかった。

 

 「まあ、悪い人ではないと思う。ジェダ・アルラジークさんは」

 

 パオロは質素な椅子に腰掛け直しながらそう言った。

 

 

 「人を探しているのかい?それなら、あれさね。西区の海老谷酒場に行ってみるといい」

 

 そうアガサに言われて宿屋を出た二人は街の中央通りとも言える、街で一番広い通りを歩いていた。ギゼウジが伸ばしている枝葉に覆われているとは言え、街の中には日差しが入り込み明るい。意外にもギゼウジの枝ぶりは天高く、高い建物も散見されて開放感がある。

 二人の歩いている中央通りは、ギゼウジに向かって伸びており、手前に突き当って左右に伸びるT字路である。彼らがやってきたところが北区と呼ばれているように、ギゼウジのあるエリアを南区、そこから東西に分かれて東区と西区と呼称されている。二人は人混みの中を歩きながら西区へと向かった。

 西区の大通りには左右にいくつもの商店が並んでいた。宿屋から本屋に雑貨屋、八百屋から肉屋までありとあらゆる商店が建ち並んでいる。人混みの多さは北区のそれを遥に凌ぐが、道幅が広いため密度でいえば同じくらいに感じられた。大小様々なお店が建ち並んでいたが、合間合間に『お休み!』と書かれた下げ札がかけられた店があることにアルフォンスは気がつく。そして、しばらくするとそれらの店はどれも飲食店であることに気づくのだった。

 どうりで今日は大丈夫なわけだ、とアルフォンスは思う。昨日と違い、気分が悪くならないのは人混みに慣れただけではなく、料理の匂いがどこからもしないからであった。

 『Bar“ボニート”』と書かれた店の三軒先に目的の店が見えてきた。そこからのみ、美味しそうな料理の匂いが流れて来ていた。

 

 「へい!らっしゃい!……ん?旅人さんかい?いいねえ!うちでゆっくりしてきな」

 

 と出迎えたのはタコの月群族の男。髪の毛一つ無いつるんとした頭部にねじり鉢巻きを巻き、八本の足、否、手で酒を作ったり料理を作ったりしている。カウンター越しにいるその男は二本腕では考えられないスピードで、次々にカクテルや料理を拵えていった。

 

 「まあ、そんなとこ突っ立ってねえで座んなよ。うちは昼からでも飲めるし、お子様料理も充実してんだ」

 

 とタコの男が言う。どうやらアルフォンスを見て人間族の子供だと思ったらしい。

 

 「助さんさ」

 

 とカウンターの端の方に座っていた常連らしい老エルフが酒臭い声で言う。

 

 「そいつは子供じゃねえぜ?ビコト族の立派な成人さんだよ」

 「おっと、そいつは失礼しやした。じゃあ、じゃんじゃか飲んでってくれよ」

 

 八本の腕は止めずにタコの店主は謝る。

 

 「い、いえ。別に気にしてないので」

 「まあ、マスター。とりあえず座ろうや」

 

 とセイバーが言うので、二人は手近な椅子に腰掛けた。カウンター席で老エルフからは椅子を三つ挟んだところである。

 

 「知らずとは言え、子供だなんて悪かったな。俺は海老谷。店主の海老谷助蔵ってんだよ」

 

 とタコの男が言う。言葉は聞き取りにくくはないものの、腕の動きがほぼ曲芸の域なので、なにかとそちらに気を奪われやすい。ぼやっとアルフォンスは腕の動きを見ていたものの、腰を落ち着かせたので、段々と心も落ち着いてくるのだった。

 

 「しっかし珍しいねえ、お客さん。こんな時分にトゥンブークへやってくるなんて。なにか入り用なのかい?ここじゃなきゃ手に入らないもんなんてあったっけかな?」

 「いえ。ここには買い物じゃなくて、人を探しに来たんですよ」

 「おう、探し人かい。ならうちはぴったしだな!なにせ西区じゃあいっち番の人気店よ」

 「なあに言っちゃてんの、助さん」

 

 と老エルフがちゃちゃを入れる。離れているのに酒臭い。

 

 「ボニートがやってないからでしょう?ボニートに関わらず食べもん屋はどこもやってないんだけどさ。水不足でね」

 「やあかましいわ、水がちょっと足りねえくらいで店じまいなんざ、気合と根性が足りねえのよ。あの馬鹿野郎め。ふん」

 「旅人さんや」

 

 と老エルフは笑みを浮かべてアルフォンスたちに向かって言う。すごい酒臭さだ。

 

 「ボニートのマスターはさ、鰹柳角吉っていってね、以前ここで働いていてたんだよ。助さんの弟子だったんだな、彼は。助さんはああして気にもとめてない風を装おっちゃあいるがね、角さんはイカの月群族でねえ。腕が十本あるのさ。だから物理的に助さんは絶っっ対に敵わねえ。それがわかってるから、ああしてむくれっちまうわけよ」

 「は、はあ」

 

 にしても酒臭いエルフだ、とアルフォンスは思いながら頷く。

 

 「ところでよ、西区(・・)で一番っつたよな?この街でって言わねえのな」

 

 とセイバーは海老谷に尋ねた。

 

 「そりゃ旅人さん、一番はわかりきってるからよ。俺だってぶっちぎりで差があるんじゃあ、この街で!なんて、流石に言えねえもんなあ」

 

 忌々しそうに海老谷は言う。

 

 「ジェダ・アルラジークの経営するキャバレー『エデン』、そこがこの街で一番人気のある店だ」

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