Fate/Fantasia edge   作:わがし狂太郎

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28話

 

 瞬く間に卵焼きと、人参のきんぴらが提供される。それも二人前。お通しだというこれらの品物を出してから、ずいと顔を近づけて海老谷は尋ねる。

 

 「で、飲み物はなんにしやす?あ、わりぃけど水とかノンアルコールは一人一杯までにしてくれや」

 「ケチくさいことばっかり言ってんだよ、助さんはさ。それじゃあ、どこが酒場だってんだ」

 

 と横から老エルフが言う。彼の名前はロバートと言った。エルフ族だからか皺は少ないが頭髪は白く薄くなっている。頬や鼻が赤いので白髪がよく映えていた。

 

 「酒は飲めてるじゃねえか。だったら酒場で問題ねえだろ?」

 

 元々尖っている口を更に尖らせて海老谷は言う。

 

 「飲みたいもんも飲めねえで、なにが酒場だってんだよ。なあ、アルちゃんよ」

 

 先ほど名前を明かしたばかりなのにロバートは既に馴れ馴れしい。酔っ払いの特権なのかもしれなかった。

 

 「また、昼間から飲んでらっしゃるわ。困っちゃうわよね、ロバート爺様にも。ん?」

 「まあ、いいんじゃないのー。老後の楽しみなんだろうしさー。あれー?いるの、ロバ爺だけじゃないねー」

 

 やいやいと賑やかに二人の女性の声がやってきた。カツカツと蹄の音、ペタペタと鱗らしき音。現れたのは桂珍喬と星晶だった。

 ロバートは半開きの目で二人を睨めつけて言う。

 

 「うるせえな。アルコールのが安いんだから仕方なく飲んでんだよ」

 「お、いつもの二人組じゃねえの。いいねえ、また今日も華があって」

 

 海老谷は二本腕を組んで言った。残りの六本の腕は休むことなく料理を作っている。

 

 「二人組?三人組じゃあ……?」

 

 と言ったアルフォンスの横に星晶は腰掛けた。と言っても彼女の下半身は人間のそれとは違うので、牛の如き前脚と後脚を綺麗に折り畳みゆったりとした姿勢になっただけだが。星晶はアルフォンスを見もせずに、だが、彼にしか聞こえないような小声で言う。

 

 「あー。その話、今はパス」

 「そのバッジからすると、もしかしてこの街初めてかしら?」

 

 と星晶の横に腰掛けた桂珍喬が、顔を覗かせながらソプラノ声で言った。

 

 「え?ええ。まあ。昨日来たばかりなんだけども」

 

 とアルフォンスは桂珍喬の容姿に怯えながら答えた。

 

 「あらー」

 

 とワニ顔を綻ばせて桂珍喬が喜ぶ。

 

 「じゃあ私たちが案内してあげないとね!」

 「おん?知り合いだったのかい?」

 

 と桂珍喬の横にいるロバートは尋ねる。彼女は老爺には向き合わずに答えた。

 

 「そうよ!旅の途中で出会ったのよ。また再会出来るなんて奇跡ね!私たちきっと運命的なお友達なのよ」

 

 アルフォンスは否定しようとした。“お友達”なわけはない、むしろ競い合う“運命的な”敵と言った方が適切だ。だが、会話を断ち切るように星晶が注文する。

 

 「ビール!」

 「あら?晶ちゃんも昼間から飲むの?」

 「うるせー。飲まずにやってられっかー」

 「あらまあ」

 

 と星晶と桂珍喬が話してる間にビールが出てきた。星晶はそれを一気に飲み干すと、おかわりを要求した。アルフォンスは横でそれを見ていたが、彼女の前歯が1本欠けていることにその時気づいた。

 

 「あ!もしかして、それ」

 

 と桂珍喬が、アルフォンスの背中に背負われている麦わら帽子を指した。

 

 「魔法使いシルビアのじゃない?ねえ、もしかして彼女来ているの?どこにいるか教えてくれる?」

 「いや、今はちょっと、別々に動いてて、ここにはいないと思うけど」

 「あら、そうなの。残念」

 

 残念なのはこちらの方だ、とアルフォンスは思った。もう数十日もなんの音沙汰もない。シルビアは一体どこでなにをしているのか。最も知りたがっているのは、恐らくはアルフォンスに違いなかった。

 

 「大将」

 

 と賑やかさの間隙を突いてセイバーが海老谷に尋ねる。

 

 「さっき言ってた、そのキャバレー『エデン』とやらはどこにあるんだ?」

 「ああ、そいつは東区にあるよ。興味が出てきたのかい?」

 「ちょっとな」

 「おう、そうかい。ま、この街で水飲み放題なのはあそこだけだもんな。けどねえ、お客さん……」

 「だが、東区はなあ」

 

 と遠くからロバートが呂律も怪しい口調で言う。

 

 「っと、東区はなあ、旅行者のあんちゃん方にゃあ言っとかねえと。この街は、なあ、ギゼウジを中心に西だ東だあ、と分かれちゃいるがよ、ギゼウジが生えてるのは西よりなんだなあ、これが。だからよう、東区は西区よりも広いわけよ。探すのは、はーこれは、骨だぜ」

 「それは大丈夫ですよ、ロバート爺さま。なんでかって?それは私たちが案内するもの。ねー晶ちゃん」

 

 と桂珍喬は既に案内役を気取っている。星晶は片手を挙げて『了解』を表すので精一杯だ。何故なら、彼女は今もなおビールを己の体内へと流し込んでいる最中なのだ。既にジョッキは五つ空いている。

 

 「晶ちゃん!飲みすぎよ!飲みすぎ!」

 「うるへー」

 「海老谷さん、お水もらえる?」

 「おう、勿論よ。そもそもうちの水は、二人が持ち帰ってくれたもんだ。気兼ねなく言ってくれや」

 「そうだそうだー。遠慮せずじゃんじゃん出せー」

 

 と言って星晶は更にビールを飲み干した。

 

 「流石にじゃんじゃんとはいかねえけどよ」

 

 と海老谷が言いながら小さなグラスで水が二つ提供されると、どちらも間髪あけず星晶が飲んでしまった。

 

 「大将、さっきなにか言いかけたよな」

 「え?」

 

 セイバーの問に海老谷は首をひねる。腕八本は未だに忙しない。

 

 「俺が『エデン』に行きたいって言った時だ。東区だって教えて貰って、その後『けどねえ』とかなんとか言ったろ」

 「ああ、けどねえって、言ったのはよ、丁度今、東区にコレクトネス(・・・・・・)が来てるみたいなんだよな。だから、あんまり近寄んない方がいいんじゃねえかって」

 

 コレクトネス?なんだそれ?とセイバーは聞こうとしたが

 

 「ビール!」

 

 と注文する星晶の大きな声に遮られて、結局聞くことができなかった。

 

 

 ギゼウジの前を大きな通りが一本横走っている。この道が西区と南区、それに東区を繋ぐ道路であり、日中の人口はほぼこの通りに集約されると言っても過言ではない。働き口もお買い物も殆どがこの道路によって完結する。そんな通りを四人、アルフォンス、セイバー、星晶、桂珍喬は歩いていた。ギゼウジの前、物々しい衛兵が立ち並ぶその入り口を通り過ぎて少し経った頃、二人の群青色の詰襟を着た兵士らしきエルフ族とネズミの月群族とすれ違った。

 

 「今度はちゃんと間違いないだろうね?芭喃慈中佐に言われたのは九月一日から十二月三一日までの資料だよ?二四四四年の」

 「わかってますよ、ほらここの背表紙にも書いてある、九月一日からってね。年号だってほら紀鼎歴の二四四……一!?ありゃ?ちょい古かったみたい」

 「だー!ほら、また探し直しじゃない!三年前の資料って言われたのに、どうしてそんなに古いの持ってきちゃうわけ」

 「いやー四と一は見間違えるんすよねー」

 「このバカ!何回やるの、このくだり!」

 

 と忙しなく踵を返す二人組の胸には星が二連連なったバッジが付けられていた。星晶の『肉食です!』Tシャツにつけられたものは三連で、どうにも区別があるらしいがどのような区別か、アルフォンスにはわからなかった。

 

 「他の都市だと部族ごと階級をつけるでしょう?エルフの街ならエルフが一番偉くって他の部族はそれより下ってみたいに。この街にもあるのよ?ま、党に入っていればみんな同じ、部族による差はないわ。ゴブリン族さんたちなんて他の街なら厄介者なんでしょう?この街ならそんなことないわ。みんな一緒。部族の差なんて個性の差なのよ。ただ、ちゃんと格付けはあるのよ。えっ?知ってる?三ツ星とか二ツ星とか?なんだあ、もう聞いてたのねえ。じゃあ、見分け方はわかる?……ふふん。じゃあ私が教えてあげちゃおう。見て、胸元の……」

 

 と桂珍喬は己の胸元に付けている少し大きな紅色の星型バッジを指差した。

 

 「このバッジを見れば一目瞭然!私が付けてるこの、大きな赤星は『四ツ星』党員の証。晶ちゃんが付けてるのは『三ツ星』の証。さっきすれ違った二人組がいたでしょう?あの人たちのは『二ツ星』。他には丸に輪っかがついたのは『五ツ星』で、ちっちゃな紺色の星が『一ツ星』なの。もちろん党首のもあるわよー。特注のやつ!」

 「へえ。詳しいんですね。あ、いや。教えてくれてありがとうです」

 

 と、なると自分たちにつけられているのは『旅行者』もしくは『部外者』と区別するバッジかな、と思いながらアルフォンスは言った。アルフォンスは未だに桂珍喬の顔に怯えていた。成り行き上、彼女たちと一緒に行動することになったのだが、どうにも彼女の顔貌には慣れなかった。

 

 「ほら、うちってば、外交官だからね!政府系のこういったことは昔からよく教え込まれてたの」

 

 道中、話したところによると彼女たちはどちらもこの街の出身らしかった。星晶の家はこの街でいう一般家庭らしいが、桂珍喬の家は上流、姉を含めた全員が外交官であると言い、家族全員がこの街から離れて生活しているらしい。

 

 「別に区別するのはさー、いいんだけどさー」

 

 と星晶が言う。海老谷の店で死ぬほど飲んでいた彼女だったが、今は外から見るに全くの素面のようである。

 

 「色々制限設けてるのはやり過ぎと思うなー」

 「制限?」

 「そー。一ツ星の人は北区以外の建物に入っちゃいけない、とかねー」

 「えっ?そうなんですね。それは厳しい」

 「でしょー」

 「それで、あの、元嶺……」

 「その話はパあぁース!」

 

 アルフォンスが言い終わる前に星晶は叫んだ。鼻息荒く叫んだ星晶を見て桂珍喬は苦笑いしていた。今度はセイバーが尋ねる。

 

 「じゃあよ……」

 「その話もパあぁース!」

 「まだなんも言ってねえだろ!」

 「みなまで聞かなくてもわかるもんねー」

 

 ふん、とそっぽを向いて星晶は一人前に出た。その背中を見て桂珍喬は暖かな眼差しを向けながら、小さくため息をついた。

 

 「晶ちゃんが気に入らないのはね、あれこれ制限されてるってことじゃなくて。いや、それもそうなんだろうけど、晶ちゃんはきっと選び方に不満があるのよ。誰が一ツ星で誰が五ツ星なのか、その選び方にね」

 

 それはほぼ答え合わせ。わざわざなこの言説には、言わずまでも浮かび上がる一つの真実がある。つまりは、とアルフォンスは口を開く。

 

 「じゃあ、やっぱり元嶺さんは……」

 

 

 北区は夕暮れどきこそが一番賑やかだ。何故なら東南西区での売れ残りを売りさばく業者がやってくるからであり、弾かれた旅人が宿を求めてやってくるからであり、奴隷の如く襤褸布になるまで働かされた低賃金労働者が帰って来るからでもあり、収穫の乏しい乞食たちが諦めて寝床に帰って来るからでもあった。昼間はぐっと人口密度も下がり、建物内を駆け巡る風の音だけが賑やかだ。

 そんな昼間の北区の中にあって、より一層人が寄り付かない箇所があった。丁度壁際であり、ララがいる門から数キロ離れた東寄りの地点であった。そこは共同墓地であった。舗装されていないため砂地がむき出しであり、砂埃が舞っていた。

 元嶺清瑠華は一人その墓地の中を歩いていた。従者であるアーチャーは入り口で待たせ、彼女は片手に一輪の花を持って歩いていく。トゥンブークに数ある共同墓地の中でも、その墓地は貧相な者たちが眠る墓所であり、彼女の両側にはいくつもの墓が見えたが手入れはされていないようだった。中には完全に崩壊して木片が散っているだけの墓もあり、より寒々とした空気感がそこここから漂うのだった。

 足跡によって踏み均された、一見ただの砂地である通路を歩き、突き当たったところ、この中では立派な墓があるところで右に折れる。更に数歩歩いて元嶺は歩を止めた。少し大きめの石が四つ置いてある。墓と呼ぶにはあまりにも変哲のないその石ころが元嶺の祖母と両親、妹の墓だった。元嶺はおもむろに己の頭角を触るとするすると紐を解き、かけられていた角のカバーを脱いだ。薄黄色のカバーが取り外され中からは緋色の角が現れた。元嶺は憂いた表情を浮かべては前脚を折り、膝まづくと四つの石の前に一輪の花を置いた。花は随分としおれていた。

 

 「これ、綺麗だったからさ。ここ、花咲かないし」

 

 と墓に向けて呟く。しばらくの後、また呟いた。

 

 「もう何年になるかのかな?」

 

 元嶺がこの街にやってきたのは、たった一人きりであり、親族たる祖母を頼ってのことだった。祖父はそれよりはるか前に他界していていなかった。

 では、両親は。

 両親は殺された。

 殺された後、彼女はトゥンブークへとやってきたのだった。 

 その日は雨だった。

 風はないので、雨音がだけがはっきり聞こえる少し肌寒い朝方のこと。雨音に隠れて数人のものたちが朝の団欒を囲っている父、母、まだ赤子だった妹、そして清瑠華を強襲した。木造の扉を打ちこわし中へ入ってきた暴漢数名は、叫びながら清瑠華を指さすと彼女を攫おうとした。真っ先に抵抗した父はドワーフの暴漢に頭を割られ、次いで泣き叫ぶことしかできなかった妹はエルフの暴漢に首を落とされた。真っ青になり絶句していた母は人間の暴漢に胴体を真っ二つに切り落とされた。とうとう清瑠華が攫われる段になって、リーダー格らしい女はフードを取ってその顔を見せた。

 隣人の母であった。

 何故、と元嶺と思ったがその理由は幼いながらになんとなくわかっていた。

 彼女の角は緋色をしている。正確には全身の骨が赤鋼の如き緋色をしているわけだが、これは月群族に現れる『猛牛者(レイジングブル)』と呼ばれる突然変異の特徴であった。猛牛者は心臓が緑色であることもその特徴で、神秘的なその見た目から心臓を食べると不老不死になれると信じられていた。歴史を紐解けば、迷信であることは明らかだったが、未だに信じている者は少なくない。この女もそうであった。幼い元嶺は流石にそこまではわかっていなかったが、自分が他の子と違う、妹とさえ違うこと、違う個体というのは往々にして排除されるものであることを悟っていた。

 家族を片付け終えた三人の暴漢は、いよいよ元嶺に手をかけた。

 これは迷信ではないのだが、猛牛者は生まれながらに尋常でない身体能力を持つ。幼いといっても大人を凌駕する力を発揮できるのだ。つまり、この時点で既に元嶺はこの暴漢たちとは比べ物にもならない程の力を有していた。

 手をかけた人間の暴漢の腕を元嶺が反対方向へとねじ切ると、男は叫びながら床に転がった。驚いたエルフとドワーフが得物を片手に元嶺に襲いかかる。肌を裂き、血が飛び散るが少女は怯まない。頭突きや、腕を振り回して抵抗すると、肋や腰骨、頚椎が折れる音がして暴漢二人は床に転がって動けなくなった。首謀者であった女はあんぐりと口を開けていたが、少女への認識を恐怖に変え、真っ青になって家から飛び出して行ってしまった。

 この間、元嶺はずっと泣いていた。泣きながら家族が殺されるのを見、泣きながら暴漢を打ち倒したのだ。激しい雨音にかき消されて彼女の泣き声は家の中にだけにこだましていた。

 少女の苦難の日々はまだまだ続いた。

 親類を頼ってトゥンブークへやってきたのは数日後のこと。それから数年間は何事もなく過ごすことができた。祖母の拵えた薄黄色の角カバーは彼女の素性を隠すのに大いに役立った。祖母が三ツ星党員だったことにより、清瑠華も自動的に三ツ星党員となった。友達もできた。同じ三ツ星の星晶と、四ツ星党員なのに公平に接してくれる桂珍喬だ。彼女たちと常に一緒で日々は楽しく、元嶺にはこの街が故郷のように思われた。

 ある日、街中の十三歳以下を集めて体力測定を行うことになった。ここで優秀な成績を修めると軍のエリートコースに採用されるとの噂で、街中の子連れが挙って参加していた。桂珍喬は既に外交官である未来が約束されていたので渋々の参加だったが、残る二人は気合十分に参加した。

 恐らくは第二競技だった、と元嶺は記憶している。五〇メートル走が行われた。元嶺は生まれ持っての身体能力でぶっちぎりの一等であった。

 そのことが気に食わない男の子が一人いた。

 どうやら五ツ星のその子息には足が速いということが何よりも取り柄だったらしい。生まれながらの能力でそれを粉々に粉砕した元嶺が許せないのだ。彼は親に言いつけ、その親はこれ目ざとく元嶺の角カバーに気づいた。あることないことをふっかけると無理やりにそのカバーを剥ぎ取ったのだった。

 顕になる緋色の角。

 流石の五ツ星の党員である。知識見聞だけは一丁前、一目見て少女が何者であるかを見抜いた。

 

 「こいつは猛牛者だ」

 

 情報が素早く主催者に届いたのか、即座に体力測定は中止となり、元嶺や祖母、同じ場にいた星晶らは一箇所に集められるとこう説明を受けた。

 

 「ここまでの一切は口外禁止だ」

 

 箝口令がしかれた。猛牛者が街にいたとあっては混乱をきたすという判断であろう。後日、元嶺と祖母は呼び出され党首直々に申し渡しを受けた。党の判断は厳しいものだった。二人はこれまでの生活を捨て、あばら家で生きていくことを余儀なくされた。祖母は結局最期まで元の生活に戻れぬままこの世を去った。自分のせいで。

 もう昔のことではあったが、思い返すたび心がきゅと締め付けられる。強靭であるはずの肉体は全て汚泥でできたように感じられる。無力さが体中を駆けているようだった。

 元嶺は自分が決して頭が良くないことはわかっていた。だがそれは、心までが馬鹿になっている、ということではない。よく馬鹿は明るく元気良く、という下らない類型に当て嵌めることがある。頭脳が足りないから、心情までも鈍く馬鹿である、とそう論じているわけだ。だが、当たり前ではあるが全員が全員そうではない。鈍感たり得るのは一種の才能なのだ。彼女はその才能を持ち合わせてはいなかった。

 繰り返し繰り返し、昔のことを思い返しながら元嶺は墓地を出た。

 

 「墓参りはどうだった?マスター」

 

 とアーチャーが出迎える。彼がやってくる前に角には薄黄のカバーを付けておいた。

 

 「ひとっ走り行こうか?心地が良くなるぞ!」

 

 と元気づけようとするアーチャーに力なく微笑み返し、元嶺は首を振った。アーチャーは軽く笑って頷き返した。

 突如として北門が開いた。まずは複数のラクダが、背に人を乗せ特急で駆け入ってきた。続いて、無数の足音とともに激しく砂埃が舞い何十人もの人が中には入ってくるのが見えた。砂埃に浮かぶシルエットには、一様に武器が携えられている。雄叫びに近い猛々しい会話は遠目ながらに聞こえてくるのだった。

 北門はララが守っている筈だが、と元嶺は思いながら駆け出した。アーチャーも後を追って駆けてくる。彼女の胸元には小さく、くすんだ紺色の星が付けられていた。

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